ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第三十話 終わりの始まり

 

 

 当たり前だと思われているものは当たり前ではない。逆に非日常のものとして普段は意識の彼方に追いやっているものは案外身近なものなのかもしれない。普段自分達が過ごしている日常はとても貴重なものであり、決して無為に過ごしてよいものではないのだ。日常生活の其処此処には、非日常と思われていた異なる物が口を開けて待っている。何も知らない愚かな子羊達が迷い込む瞬間を待っている。

 愚かな子羊を噛み砕き、日常という光り輝く世界から引き摺り下ろすことを夢見て。

 

 

 

「別に着替え位は自分で出来るから、シエスタが態々手伝わなくてもいいわよ」

「そうですか?。ですがそういう訳には行きません。私はルイズ様をスパイしなければならないのですから。しっかりとお世話させていただきますね。」

「ああ、………そう。」

 

 

 

 凡そスパイの意味が分っていないであろう目の前のメイドの少女を見てルイズは溜息を吐いた。

 アルビオンの秘密任務が無事成功の内に終了して大分経つ。新しく樹立されたアルビオン王国との間にも一定の交流が生まれ、トリステインは平和を享受することが出来た。ゲルマニアとの間に結ばれた同盟も一役買っているのだろう、トリステインにはこれまでと変わらぬ安定が訪れている。

 トリステイン魔法学院もその例に洩れず、戦争か、ゲルマニアとの同盟が、アルビオンの革命が、などといった学内の狂騒も鳴りを潜めた。特権階級にある貴族子弟が望むのは乱世よりも安定だ。この点だけは市居の人々と同様、誰も好んで戦争などしたいとは思わない。自然と従来の学院生活を貴族子弟達は過ごすようになっていた。

 

 ルイズも部屋に引きこもらなくなり、魔法学院は完全に本来の姿を取り戻したように見えた。だが、ルイズは知らない。ルイズが引き籠っている間にも絶え間なく変化は訪れ続けているのだということを。

 

 

「ねぇシエスタ。貴方スパイの意味分かって言ってるの?」

「え?スパイの意味ですか。うーん実のところよく分ってないんです。けど、メイドと響きが似ているので。スパイもメイドも似たような意味合いのものですよね?なのでルイズ様のお世話も私の大切なお仕事になります♪」

 

 

 そう言ってシエスタははにかんだ。天真爛漫のこの笑みはどう見ても作り物には見えなかった。なのでシエスタの言っていることは本当なのだろう。逆にルイズのこの反応まで織り込んで、スパイをやっているのであれば主演女優賞ものの演技として賞賛しても良いくらいだった。スパイの意味をやっぱり分かっていなかったシエスタ。スパイの意味が分らなかったことは問題ではない。問題は何故シエスタがスパイをやっているのかだ。

 

 

「誰からお願いされたのよ。私のスパイをして得をするような立場の人が学内にいるのかしら?」

「はい?私が御依頼されたのはルイズ様御自身ですよ?」

「は?」

「お忘れになってしまったのですか?一介のメイドである私に沢山の御給金を渡して、私のスパイをして欲しいと御依頼くださったじゃないですか。あの時は本当に驚きましたが、とても助かったんです。これで故郷の村へ倍以上の仕送りをすることができます。沢山お金を貯めることが出来たので私自身も精神的に余裕が持てました。ルイズ様のスパイとして寛大なルイズ様の御心に見合うような御奉仕をしたいと思っています。なのでルイズ様。なんでもお申し付けください。私に出来ることであれば何でもいたしますから。」

「その意気込みは嬉しいけど、何時よ。私が何時シエスタにスパイになれって言ったのよ。」

「一昨日明朝の中庭で、「一昨日はずっと部屋にいたわよ。」………では先週の明朝ということにしましょう♪」

 

 

 何時でも構わないようだ。そもそも露見しても構わず、シエスタはごり押しで誤魔化す腹積もりらしい。まるで依頼に含まれているように、シエスタとしてはどうしてもルイズから依頼されたということにして欲しいようだった。ルイズへの感謝の口上は述べるが、誰から依頼されたのかどれだけ問質してもシエスタは頑として答えようとしなかった。

 下手くそな口笛を吹きながらはぐらかし続けるシエスタを見てルイズはそれ以上の追求を諦めた。シエスタが何故ルイズを依頼主という立場にしたいのか、確証はないが既にその理由をルイズは知っていたからだ。応えられないシエスタをこれ以上問い詰める必要もない。シエスタの介助をありがたく頂戴し着替えを済ませルイズは部屋を後にした。

 

 

「ルイズ様。いつもお世話になっています。見てくださいこの水汲み機を。この絡繰りのお蔭で井戸からの水汲みが随分楽になりましたよ。負担は今までの十分の一です。我々平民の生活にも配慮してくださるルイズ様の寛大な御心に感謝しています。」

「ルイズ様。この間貰ったまき割りの絡繰りは大変重宝しています。一日仕事だったまき割がこんなに楽になるなんて思いもよりませんでした。腰を悪くしていた私にこんなに良いものを下さるとは、本当に感謝しています。この絡繰りを私の出身村でも使ってもいいと、快く承諾していただいたルイズ様の慈悲深さには感服するばかり。ルイズ様の様な素晴らしい方にお仕えすることが出来てとても光栄でございます。」

「おいルイズさんよ。改良されたこの調理器具だが、最初は全然期待していなかったんだが使ってみるとこれがまた素晴らしいんだよ。どんな固い食材もスパスパ切れるんだ、たまんないね。持ち手も手に吸い付く様だし言うことなしだ、あんた本当いいものをくれたぜ。これからも腕によりをかけて上手い飯を作ってやるからな。期待してろよ!」

 

 

 教室へ向かっているルイズに絶え間ない感謝の言葉が浴びせられた。魔法学院内で働いている平民の使用人たちから投げ掛けられたものだ。ギーシュとの一件もあり、学院内における平民たちからの高い支持をルイズは獲得していた。

 召使の人々曰く、貴族であることに胡坐をかいた傲慢な貴族の中の変わり種、平民として見下すのではなく一人の人間として私たちを尊重してくれる、そうである。只々見下され奉仕を強要される現状に平民たちは嫌気がさしていた。見たこともない強力な使い魔を従え現状のあり方に疑問を抱くルイズの様な存在に平民で構成されている召使の人々が期待を抱くようになることは当然だろう。ルイズに関わっていれば何らかの余禄に与れるかもしれないからである。

 しかし―――――――、

 

「ルイズ様!!!」

「ルイズ様!!」

「ルイズ様!」

 

 

 次々とその他の召使の人達からも声をかけられルイズは困惑した。

 幾らなんでもこれは異常である。そもそもルイズは平民たちに何かをしてあげた覚えは無いからだ。

 魔法を基点とした貴族と平民という絶対の階級制に対してルイズは常々疑問に思っていた。だが、あくまでも疑問に思っていただけであり、階級制となっている現状の社会よりも皆がある程度の平等を享受することが出来るあるべき社会の姿がその他にあるのではないか、と思考を巡らせるに留まっていた。

 平民たちからこれ程の感謝をされる謂れは決してない。それがこの有様である。感謝を向けられる相手が高い支持を得ている平民たちだけであればかろうじて納得する筋道もあった。自分の機嫌を取ろうとする平民たちからの胡麻刷りだ、と好意を強引に捻じ曲げて解釈することも出来たかもしれない。だが、そもそもこれ程の感謝を受けるような行いはしていないし、ルイズへ向けられる感謝はこれだけではなかったのだ。

 例えば香水のモンモランシ―。

 

 

「いやー本当に助かったわよルイズ。領地経営の上手くいっていない私の家に、まさかヴァリエール公爵家が資金援助をしてくれるなんて。大金をあんな低利子で借款してくれるなんて普通じゃあり得ないわ。流石はヴァリエール公爵家ってところかしらね。トリステインでもっとも由緒ある公爵家の看板は嘘じゃないって精々思い知らされたわよ。モンモランシ家にとってはまさしく九死に一生ってやつだったけどね。」

「………。」

「お父様も感謝してたわよ。モンモランシ家はもうヴァリエール公爵家に頭があがらないってね。ヴァリエール公爵家だけじゃなくて貴女にも正式に感謝状が届くはずだから確認してね。」

「………。」

 

 

 感謝を向けられる相手が平民だけではなく、とうとう貴族にまで及んだことを理解してルイズは頭を抱えた。

 感謝の矛先を向けてくる相手は香水のモンモランシ家だけではなかった。まるで準備が整ったとでもいうようにその他の貴族子弟達からも感謝の言葉を向けられた。実家に何かしらの問題を抱えていた貴族子弟が多いようにルイズは感じた。それらの問題を解決する効果的な援助をヴァリエール公爵家が提供しているらしい。各々の貴族たちはその援助によって大なり小なり助かっているのだそうだ。

 

 

「ルイズ!!!」

「ルイズ!!」

「ルイズ!」

 

 

 平民だけではなく今まで自分を見下していた貴族子弟達までもが次々と感謝の言葉を向けてくる。土砂降りの様な感謝の雨をどうにかこうにか受け流し、ルイズは廊下を進んだ。

 ヴァリエール公爵家はルイズの実家である。実家がそのような支援をしているのであればルイズの耳に入らない訳がない。しかし、そのような情報は一切ルイズの耳には入っていない。それにも関わらずヴァリエール公爵家の支援が行われている。つまり、ヴァリエール公爵家を騙って莫大な支援をする存在がいるということだ。そのようなことが出来る存在、そのようなことをする存在はたった一人しかいない。その身近な存在を思い浮かべルイズは複雑な表情を浮かべた。

 

 

「メガトロンの馬鹿ッッ!!少しは手加減しなさいよッ?!」

 

 

 そうやってルイズは叫ぶが、直接メガトロンに問質すようなことはしなかった。否、問質すことが出来なかった。これはルイズがメガトロンを恐れているからという訳ではない。メガトロンへの恐れがないと言えば嘘になるが、メガトロンへの恐れ以上の問題をルイズは抱えていたからである。

 その問題こそがルイズを悩ませる理由であり、メガトロンを問質すことが出来ない原因となっていた。

 

 

 ▲

 

 

「また、あんなことをしたらただじゃおかないから。スコルポノックをゲルマニアに嗾けて伝説の再来を高らかに歌い上げてやるわ。今度は国力十年分じゃあ済まさない。倍以上の損失をゲルマニアに送り付けてやるからね。ツェルプストー領なんて領地ごと焼き尽くしてあげるわ。」

「まぁ怖い。随分と恐ろしいことをいうのねルイズ。最初にあれだけ私の胸を捏ね繰り回してきた人間のいうことじゃあないわ。両者痛み分けということで我慢しましょうよ。」

「アンタが得しかしてないんだけれど、まぁそれでいいわ。」

「それで?態々こんなところまで連れてきて相談したいことって何よ?」

 

 

 怒っているルイズをサラリと捌いてキュルケは会話の先を促した。

 今日行われた授業を無事に終えた後のこと。

 夕日が学院郊外の草原を彩る中、ルイズとキュルケそしてタバサが並んで歩いている。

 彼女たちの向かう先は、使い魔召喚の儀式を行ったあの小高い丘だった。

 

 

「ミスタに元気がない?どういうことよ。それ。」

「私にも分からないのよ。だからキュルケとタバサに相談したんじゃない。ほらあそこよ。メガトロンがいるでしょう?」

 

 

 ルイズが指差した先にはメガトロンがいた。ただし、仰向けに横たわっていて動こうとしていない。在来持っていた暴虐な雰囲気は何処へ行ってしまったのだろうか。まるで死んでしまったのではないか、と見る人が錯覚してしまう程に微動だにしていなかった。

 ピクリともしていないメガトロンの姿を見てキュルケは得心した。元気がないと言ったルイズの言葉にも頷ける。一体何故あのメガトロンが横たわったまま動かないのだろうか、ルイズが心配に思うのも当然だ。悩みを抱えず他者に相談したのも一人で抱えることが出来なかったからだろう。あのメガトロンに元気がないという事実はそれだけの衝撃をルイズに与えたのだ。

 

 

「あら本当、丘の上で横たわってるわね。一体どうしちゃったのかしら。ミスタに元気がないなんて空から雨の代わりに槍でも降ってきそうね。槍で済めばいいけれど。いつからミスタはああなって動かなくなっちゃったの?最初からああだった訳じゃないんでしょう?」

「そこなのよ。何時からメガトロンが動かなくなったのかが分からなくて………何があったのか知るために色々と声をかけているんだけど、メガトロンからの反応が返ってこないのよ。」

 

 

 イヤリングを摩りながらルイズは言った。強力無比な使い魔であるメガトロンだからといってもやはり不安なのだろう。有り余るエネルギーを持て余しているほど元気な普段の姿を知っているからこそ、募る不安も増していく。

 

 

「あらあら、それは大変ね。呼びかけにも答えないなんて一体何があったのかしら。それまでは普段と変わらなかったから、ミスタが動かなくなったのは少なく見積もってもアルビオンから帰ってきてからのことでしょう?。だとすれば、ルイズ貴女が引き籠っていたからミスタも元気を失くしちゃったんじゃないかしら?時期的には丁度マッチするわよ。」

「ええッ?!わ私が原因だっていうの?」

「そうよ。ミスタも御主人様である貴女が引き籠っちゃったもんだから。つられて気が滅入っちゃったんじゃないかしら。ああ、可哀そうなミスタ。御主人様を気遣う余り自分が寝込んじゃうなんて。でもとてもロマンチック。破壊の権化みたいなミスタが御主人様であるルイズを心配して寝込んじゃうなんて。お伽噺に登場しても可笑しくないわ。」

「で……でもでも。メガトロンがそんな殊勝な性格をしているとは思えないわよ。そ……そんな私を気付かって寝込んじゃうなんて。そんな………でも、ちょっと、ちょっとだけ嬉しいかな。」

 

「でもよくよく考えればおかしいのよ。ミスタはそんなに柔じゃない。覚束ない御主人様が引き籠ったくらいでどうにかなるなんて絶対ありえないわ。むしろ『ずっと引き籠ってろ二度とその顔を見せるんじゃない』、とでも言い放って笑うんじゃないかしら。」

「うるさいわね!言われなくても分かってるわよそんなこと!!」

 

 

 ころりと態度が変わるキュルケ。そもそも本気で言ったつもりはないのだろう。キュルケはメガトロンと深い中ではないが、それでも理解できることはある。ルイズが引き籠ってしまった程度のことで、あのメガトロンが弱ってしまうなどあり得ない。破壊大帝のメンタルはその鋼の身体以上に強靭だ。精神的脆さなどという言葉とは無縁の存在なのである。

 ギャーギャーとキュルケとルイズが喧嘩をし始めたころ、その喧嘩を遮るようにタバサが言葉を投げ掛ける。

 喧嘩をする両者の間に杖を差し込み、逸れていた会話内容を本題に軌道修正。

 

 

「直接本人に聞けばいい。」

 

 

 言って、タバサは目の前に横たわっているメガトロンを見据えた。

 キュルケとルイズが会話をしている間に、目的の丘に到着したようだ。聳える鋼鉄の巨人は夕焼けを反射して橙色に彩られている。

 使い魔召喚の日をルイズは思い出していた。横たわっていても見上げなければその全体を見渡すことが出来ないほどの巨体。よくも自分はこのメガトロンによじ登って契約を為したものだ。夕暮れの肌寒い空気もさわさわと揺れる下草もそっくりそのままだ、まるであの時の再現だった。使い魔召喚の日も同様の強い西日が差し込んでいた。ルイズは一人成功することが出来ず、日が暮れるその直前になってようやくメガトロンを召喚したのだった。使い魔召喚の日を懐かしく思うルイズだったが、思い出に浸り続ける余裕は無い。

 込上げる焦りを落ち着けながらルイズはメガトロンへ話しかける。

 

 

「ねぇメガトロン。どうしたの?随分元気がないようだけれど、こんな所に横たわるなんて貴方らしくないわ。話したくないのであれば私も無理は言わない。でも出来れば教えて欲しいわ。一体どうしたの?メガトロン。何か思うところがあったの?」

 

 

 ルイズが声をかけてもメガトロンは何の反応も示さなかった。まるで置物のように微動だにしない。ルイズの表情に更なる不安が募った。不安げなルイズを見てキュルケも黙っていられなかった。

 

 

「ねぇメガトロン。答えてよ。黙っていては何も分からないわ。お願い、お願いだから。貴方のことを教えてよ。」

「ミスタ?ご機嫌いかが?まだ眠るに早すぎる時間じゃないかしら。ルイズがとても心配してる。この子はこの子でミスタのことを気にしているの。ミスタが使い魔だからじゃない。ルイズは一人の人間として大切な存在であるミスタのことを心配している。その心配を蔑ろにする理由はないと思うわ。何か一言でもいいから声をかけてあげて頂戴。」

 

 

 キュルケの言葉に反応したのか、草原に横たわっている鋼鉄の巨人に変化が現れた。鋼鉄の巨人そのものに何らの変化はないが、ルイズのイヤリングを通して反応が返ってきた。

 

 

「何の用だ。」

「何の用って。メガトロン私は貴方のことが心配で「失せろ。貴様に出来ることは何もない。」―――ッッ!?」

 

 

 

 その言葉を聞いてルイズは押し黙る。失せろと言われて失せるほど、ルイズも素直ではない。餅のようにしつこく粘るバイタリティは一筋縄で如何にかなるものではないからだ。だが、そのルイズでさえ応えに窮せざるを得なかった。

 これまでに聞いたことがないほどにメガトロンの声音が余りにも弱弱しかったからである。

 

 

「ミスタは本当に元気がないみたいね。あんなに弱弱しげなミスタの声を聞いたのは初めてよ。本当にミスタなのかと疑っちゃったくらい。本当にどうしちゃったのかしらねミスタは。」

「意外な一面。」

 

 

 声の内容は勇ましく他者を一切近づけない剣呑さを感じさせるが、その声音はあのメガトロンとは思えない程に力がなかった。

 落ち込んでいる、と言い換えても当て嵌まるだろう。そうルイズたちが感じてしまう程に今のメガトロンからは覇気が抜け落ちていた。漲っていたエネルギーは何処へいってしまったのか、横たわったまま動こうとしないその姿も何処か哀愁を感じさせた。

 

 破壊大帝メガトロンに一体何が起こったのだろうか、その後ルイズたちが何を問いかけてもメガトロンは何の反応も見せなくなってしまった。日が暮れかけて夜になってしまう恐れもある、今日中の解決を諦めてルイズたちは再び来た道を辿って帰り始めた。大切な使い魔であるラヴィッジも行動不能。加えてメガトロンにも元気がなく何を話しかけても応答が返ってこない。

 その事実に呆然として幽鬼のようになってしまったルイズ。

 脇に立つキュルケは必死でそのルイズを慰めていた。

 

 

「元気出しなさいよルイズ。ほらミスタも今日偶々調子が悪かっただけかもしれないでしょう。ミスタも明日になればまた元気になって何時も通り何処かを飛び回っているわよ。あまり気落ちしないでルイズ。あなたに元気がないと私も哀しいから。」

 

 

 まるでゾンビのようにトボトボと歩いているルイズの前では、さしものキュルケの励ましも何処か空回りしていた。

 どうにかしてルイズを励ますことが出来ないか、と思案を巡らせるキュルケ。ポンッと手を叩き自身に閃きが訪れたことを始祖ブリミルに感謝する。そして、思い出したようにして、胸元に差し込まれていた紙束を取り出すと嬉々としてルイズに差し出した。

 

 

「何よこの紙束。」

「宝の在り処を示した古地図よ。こういうこともあるんじゃないかと思って前々から集めておいたの。」

 

 

 呆れたように言うルイズを無視してキュルケは続けた。

 

 

「ルイズ!落ち込んでいる暇があるんだったらこの連休を利用して宝探しをしましょうよ!」

「宝探し?急にどうしたのよ。宝さがしをして一体何になるっていうの?」

「あらあらルイズ。貴方らしくないわね少しは考えてもみなさいよ。まぁミスタのこともあるし仕方がないかしら。ほら貴女も言ったでしょう?ミスタ以外にもミスタの様なゴーレムが何処かに存在するかもしれないって。スコルポノックの件もあるわ。確実に他にも似たような何かがここハルケギニアに存在していると思うのよ。」

 

 

 その言葉を聞いてルイズはハッとする。キュルケの指摘で今まで失念していた考えを思い出したからだ。破壊の玉として長らく眠りについていたスコルポノックの存在もある。ここハルケギニアの何処かにメガトロンの様な存在がいないとは言い切れなかった。メガトロンの様なゴーレムが他に存在したと仮定すればこのまま放置するのは危険である。メガトロンという対処法を有している自分が探索に赴いて何とかしなければ、という考えに遅かれ早かれルイズは到達していただろう。だとすればキュルケの提案は渡りに船だった。

 

 

「―――――確かに。」

「でしょう?!ドクターの言っていたしょくばい?とかいうものも見つかるかもしないし、何処かにいるかもしれない御仲間を見つけることが出来ればもしかしたらミスタも喜んでくれるかもしれないわ。一石二鳥よ言うことなしね。」

「そうね、……うん。そうしましょう。」

 

 

 キュルケの提案を聞いて幽鬼のようにふら付いていたルイズの身体に力が戻った。

 即座に頭脳を回転させ持ち前の明達さを如何なく発揮する。何が必要で何が必要ではないのか、現状をしっかりと把握し内実に即した判断を次々とルイズは下していった。様々な修羅場を潜り抜けてきたからこそ、淀みなく判断を下すことが出来る。ルイズは確実な成長の証を見せていた。

 

 

「キュルケ随分とアンタらしくない冴えた提案ね。でもその提案に乗らせてもらうわ。メガトロンには頼れないけど、代わりとしてスコルポノックを宝さがしに連れて行きましょう。何かあった時対処できるし用心棒としても期待できる。」

「けど本当にメガトロンの様な何かを見つけたら、先ずはその場を離れて安全を確保しましょう。私たちだけで如何にかできる可能性は少ないから。何があったとしてもそのことだけは忘れないで。自分の命を最優先に考えて頂戴。」

「タバサ。貴方にも力を貸してもらうわよ。シルフィードを移動の足として使いたいの。何かあった時万が一の為の逃走手段は確保しておきたいから。構わないかしら?」

「了解した。」

「ありがとうタバサ。協力に感謝するわ。」

「えっ……と、今のところ下せる判断はこれくらいかしら。後のことは追って話し合いましょう。もう日も暮れるし、このまま外で話し合えば風を引いちゃうわ。詳しくは明日の朝ということでいいわね。」

 

 

 ルイズの一言でこの場はお開きとなった。

 門限の時間ぎりぎりで、寮塔にある其々の自室へと辿り着く。

 ルイズの自室には動かないラヴィッジが朝と変わらない姿で寝そべっている。ハルケギニアの夜風が開いた窓から流れ込み、ピンクブロンドの髪を揺らした。頬を撫でる微風を感じながらルイズはラヴィッジの脇に立つ。動かないラヴィッジに今日経験したことを報告することが最近のルイズの日課になっていた。そして、今日もその日課を欠かさない。

 仮初の死を強制されているラヴィッジを慈しみ、その額を優しく撫でながら呟いた。

 

 

「今日もまた散々褒められちゃった。別に私は何もしていないのにね。メガトロンが私の見えないところで色々としているみたい。何をしているのかは絶対に教えてくれないのよね。何でだろう、メガトロンは意外と恥ずかしがり屋な所もあるのかな?とてもじゃないけど本人の前では絶対に言えないけどね。」

「色々と裏で工作をして私に賞賛を集めたことも。最初はね、メガトロンが私に与えた試練だと思っていたの。」

「つまり、『俺様は使い魔としてこれだけのことが出来るぞ、じゃあお前はどうなんだ。何をすることが出来るんだこの俺様にみせて見ろ』、っていうことよ。私がメガトロンの主として適格なのかどうか、メガトロンはそういうところを見ているんだと思ってた。」

 

「でも、多分試練としてだけじゃない。」

「私には何となく分かるの。」

 

「キュルケも誤解していたように私も誤解をしていた。悪辣で暴悪で何て使い魔を召喚してしまったんだって最初は思ってた。でもやっぱり違うのよ。メガトロンは暴悪なだけじゃない。私如きが推し量れるような、単純な存在じゃなかったのよね。」

 

「悪辣で暴悪だけれど、これ以上ないほどにメガトロンは忠実よ。盲目的な忠誠じゃない、本当の意味での忠を尽くしてくれている。相手が仕えるに足る存在なのか、という刷新を忘れない。課された試練を乗り越えれば、それに見合う形でメガトロンは必ず応えてくれる。栄光と名誉は私に、その労苦は全て自分が背負うだなんて、メガトロンそのものが使い魔の身本みたいね。戦力としても使い魔としてもメガトロンは最高の存在なんだって思い知らされる。」

 

「メガトロンは使い魔としての責務をしっかりと果してくれている。」

「だから、今度は私の番。」

「メガトロンを元気にして、少しでも主としての役目を果たさなきゃね。」

「今日の報告はここまで。お休みラヴィッジ、また明日。必ず貴方を治してあげるからもう少しだけ待っててね。」

 

 

 そうして日課となっているラヴィッジへの報告を済ませたルイズは眠りに入った。窓から射し込むハルケギニアの双月の光。蒼と赤の月光を反射したラヴィッジの身体はまるで濡れているようで、耽々としたルイズの報告に応えるように艶やかに煌めいた。

 

 

 ルイズがこの選択肢を採択することがなければ、その結末は避けられたかもしれない。しかし、既に賽は振られたのだ。物語は止まらない。ルイズたちの宝探しが契機となり、物語は加速する。ハルケギニアに降り注ぐ災禍の顕現。夥しい人々の死骸が積み上げられるその時、メガトロンとルイズは最大の岐路に直面することになる。死と破壊を司る破壊大帝は何を選択するのか、ルイズとの交わりはメガトロンに何を与えたのか。

 終末と再生。始まりと終わり。破滅と創造。その相反する未来が待っていることをルイズは知らない。

 

 

 

 


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