ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第二十七話 始祖の祈祷書

 

 トリステイン魔法学院本棟。その最上階の一室にてオールドオスマンは佇んでいる。

 パイプを口に含み水ギセルを燻らせながら目の前の書籍を見つめている。ページを捲るその姿一つとっても泰然としており、悠久の時を過ごしてきた魔法使いに備わる凄みを感じさせた。眼を僅かに細めながら書物を捲る。「始祖ブリミルの使い魔たち」という文字列が書物の表紙に記載されていることを再び確認してオスマンは言う。

 オスマンの目の前には、呼び出しを受けたコルベールが偉大なる老魔術師と向かい合うという緊張を伺わせながらその場に直立していた。

 

 

「のう、コルベール君。君はどう思うかね?」

「は……、どう思うとは何を指しているのでしょうか?」

「ミス・ヴァリエールとその使い魔のことじゃよ。」

 

 ふむ、と頷いてコルベールは腕を組む。

 質問に返答しようと頭を捻るがそれらしい答えを導き出すことが出来なかった。目の前にいる偉大な魔術師の本意が見えてこないからである。使い魔という質問だけであれば納得できた。鋼鉄で構成された巨人。あの使い魔は異質過ぎる存在だからである。全身を覆う装甲、高すぎる知性。如何に高位のゴーレムであるとはいえ普通の生物であるとはとてもではないが思えなかった。報告によれば、土くれのフーケ捕縛やアンリエッタ姫殿下の手紙を取り戻したのも実質的にはあのゴーレムが一人で成し遂げてしまったそうだという。その報告がどこまで正しいのか定かではないが、ただの優秀な使い魔に出来る芸当でないことだけは確かだった。

 その存在は余りにも異質過ぎている。それこそ何処か違う星からやってきたのではないかと疑ってしまう程に。

 

 

「あの使い魔………、あのゴーレムのことは確かに気にかかります。ただの使い魔でないことだけは察せられますからね。言葉を解しあれほど強大な力を持ったゴーレムはこれまでに見たことがありません。ですが、何故ミス・ヴァリエールをそのゴーレムと同じ俎上に並べたのでしょうか? 未だに魔法が使えるようになった気配はありませんが、学業は非常に優秀ですし特に問題もなく模範的な生徒です。彼女はあの使い魔をたまたま召喚してしまっただけで彼女自身に何か思うところがあるとは思えませんが?」

 

 コルベールから帰ってきた無難過ぎる答えを聞いてオスマンは溜息を吐いた。自らの抱いている思いを理解されない歯痒さが表情に表れている。

 

「たまたま…………、のう。とてもそうだとは思えぬがな。ミス・ヴァリエールがあの使い魔を召喚したことには何か理由があると思うのじゃよ。何か納得できるブリミルの思し召しのようなものがのう。」

 

 

 手に持っていた書物のページを閉じ表面が見えるようにして置いた。机の上に置かれたその本を左腕でなぞり、表面に印字された文字を確かめる。オスマンの視線が注がれている書籍を見てコルベールも息を呑んだ。纏う雰囲気が落ち着かないものに変わり、コルベールの額に汗の粒が浮かびはじめる。その可能性がないわけではなかった。だがお伽噺のような逸話の存在を真面に信じることが出来る人は殆どいないだろう。コルベールもまたその当たり前の人々の内の一人だった。

 

 

 

「オールド・オスマン。彼女が伝説の系統を司ると言いたいのでしょうか? それは幾らなんでも論理が飛躍しすぎです。確かに彼女は真面に魔法を使えません。魔法を使おうとすれば爆発を引き起こすばかりです。だからと言ってそれを『虚無』に結び付けて考えるのはどうかと。始祖ブリミルが使ったという虚無の系統が実際に存在していたのかすらも分かっていないのです。その可能性が高かろうとも彼女にその可能性を伝えてしまっては徒に混乱を招いてしまう恐れがあるのでは?」

「そう慌てずともよい。ミス・ヴァリエールにまだ儂の考えを話すつもりはないからのう。」

 

 

 その言葉を聞いてコルベールは安心したように息を吐いた。余計な混乱を生徒に齎さずに済んだ安堵から自然と体が弛緩する。だが、安堵したコルベールとは対照的にオールドオスマンは未練がましく本の背表紙を触っている。古書独特の時を経た紙の質感を指先から感じ取っていた。

 後ろ髪引かれる思いがあるのか目の前にいるコルベールが反対していてもなおその独白を続けている。

 

 

「しかしのう、考えてもみて欲しいのじゃよ。」

「ミス・ヴァリエールは何故魔法が使えないのか。明らかにそれは不自然じゃ。トリステインの中で屈指の名門ヴァリエール公爵家を出自とする血筋に問題はない。成績も優秀、決して自堕落な生活に身を浸すことなく弛まぬ鍛錬を継続して自身に課している。学院生の中で彼女ほど熱心に魔法の訓練に取り組んでいるものはそう居らんじゃろうて。まぁちと血気盛んな部分もあるがそれは十分許容範囲内じゃろう。寧ろあれ位の気位が備わっていればこれからも安心じゃろうて。」

「そして、何よりも彼女自身じゃ。コルベール君、君も感じているじゃろう?ミス・ヴァリエールからは強い魔力の片鱗を見受けることが出来る。失敗する魔法そのものが何かの萌芽を意味しているのではないかと思っているのじゃよ。」

「彼女ほどの条件を揃えているのに魔法が失敗し続ける。受け継いでいる魔法の才は何処へ行ってしまったのじゃろうな?故に儂は思うのじゃよ、ミス・ヴァリエールはこれ以上ないほどに魔法の才を受け継いでいる。そう考えればこの不自然を矛盾なく解決することが出来るとのう。」

 

 

「なるほど。だから『虚無』ですか。」

「確かにオールドオスマンの仰られたことにも一理あります。ミス・ヴァリエールの魔法が失敗し続けることも、真面な魔法ひとつ使うことが出来ないのも、彼女が四大系統そのどれにも当てはまらない『虚無』であると仮定すれば十分に説明できる。」

「しかし、一つ疑問があります。」

「彼女が『虚無』であるならば、彼女の召喚した使い魔には『虚無』の証たるルーンが刻まれるはずです。私は今年度のコントラクトサーヴァントの儀式を監督していました。その際に全ての使い魔のルーンを確認しています。ミス・ヴァリエールの使い魔も、その他の使い魔と例外なく通常のサモンサーヴァント同様のルーンが浮かび上がっていました。彼女の使い魔の場合は左肩にルーンが刻まれていましたが、特筆する点はそれ位です。あのゴーレムが異質であるということ以外には何か変わった様子があるとは思えませんでしたが?」

 

「そうなのじゃよ。問題はそこなのじゃ。」

 

 

 コルベールの指摘を受けてオスマンは天を仰いだ。オスマンが実際に何度確認したところでメガトロンに刻まれているルーンは変わりなく通常のものだったからである。ルイズが四大系統そのどれでもない『虚無』の系統を有しているのではないか、と推測するところまでは簡単に辿り着くことが出来た。しかし、『虚無』であることを証明する基準が何所を探しても見当たらないのだった。

 

『虚無』の系統を持つ者が召喚する使い魔には召喚者が『虚無』であることを証明する『虚無』独自のルーンが刻まれる。ルイズの召喚したメガトロンにそのルーンが刻まれていれば監督官であるコルベールが誰に忠告されずとも自ら気付いていただろう。ルイズが伝説の系統を受け継ぎし者であるという事実を観測することができた筈だ。だが、メガトロンにそのルーンは刻まれていなかった。メガトロンの異質さが先んじて、ルイズが『虚無』の伝説を受け継いでいるのではないかという推測はこれまで触れられることなく置き去りにされていた。

 

 

 

「ミス・ヴァリエールが『虚無』であるか否か、という疑問をこれ以上放っておく訳にはいかないじゃろうて。トリステインとゲルマニアの同盟が無事成立し、この『始祖の祈祷書』が必要になったのじゃからのう。彼女が本当に伝説を受け継いでいるのであれば『始祖の祈祷書』が必ず何かの反応を見せるはずじゃ。」

 

 

 

 そういってオスマンは固く封印された小箱を取り出す。

『始祖の祈祷書』。始祖ブリミルを称えたトリステイン王家に伝わる秘宝の一つだ。偽物も市中に沢山出回っているが、オスマンが持っているものは嘘偽りなく本物の祈祷書だった。古来よりの習わしで王族同士の婚姻の際には必ずこの秘宝を用いなければならない。貴族より選出された巫女が『始祖の祈祷書』を手に式の詔を読み上げる。

 

 貴族より選出される巫女には誰が選ばれるのか、蓋を開けずともオスマンには分かった。アンリエッタ姫殿下の意思とその後ろに控えるマザリーニ枢機卿の思惑は意図せずともに重なっている。なればこの『始祖の祈祷書』は何れ巫女として選出されたルイズの元へ手渡ることになるだろう。『虚無』が『始祖の祈祷書』を所有した時何が起こるのか、未だ未知数である。だからこそ、オスマンはその行末を注視しなければならないのだった。

 

 

 

「そうなればより一層あの使い魔………、そう、メガトロンといったかの。ミス・ヴァリエール本人だけでなく、そのメガトロンにも注意を配らねばならぬじゃろうて。ミス・ヴァリエールが『虚無』であるならば必ずその片鱗が使い魔にも表出している筈じゃ。使い魔はメイジを映す鏡なのじゃからな。その異質さに囚われて本質を見逃すことがないよう気を付けるように。」

「了解しました。オールドオスマン。」

「そしてトリステイン魔法学院教師としての威厳が損なわれないように気を付けるのじゃぞ?コルベール君。」

「は?そ、それは一体どのような意味合いなのでしょうか?私には何を指しているのかさっぱり………、」

 

 

 

 コルベールは恍けた様にして誤魔化したが、伝説の老魔術師の眼は掻い潜れない。冷ややかなオールドオスマンの視線がコルベールを諌めるようにして注がれている。呼び出しを受けた本当の理由はここにあったのか。コルベールは自身のこれまでの企みが筒抜けであることを理解した。

 

 

「熱心な探究心は評価するがのう。些か行き過ぎている所もあるかもしれんぞ。そう、ドクターといったか。ミス・ヴァリエールの使い魔の内の一人。そのドクターにまるで学生の様に教えを乞うとはのう。トリステイン魔法学院の教師が使い魔に弟子入りとは前代未聞じゃな。」

「は………あははは。も、申し訳ありません。オールドオスマン。」

 

額に浮かぶ汗を拭いながらコルベールは閉口していた。教師としてあるまじき行いであると分かってはいてもドクターのもたらす未知のテクノロジーは魅力的に写ったのだろう。研究熱心なコルベールがその誘いを断れるはずもなかった。オスマンはコルベールの研究熱心な部分を高く評価していたため、表だって口を荒げることもなかったが、こうして釘をさすこともまた忘れていなかった。

 

「まぁよいわ。してコルベール君。今制作中の水汲み動力は完成しそうなのかね? もしそうなのであれば資材を発注して本格的に学院へ配備することを検討しても構わないのじゃがな。」

「本当ですか?! オールドオスマンがあの機構の素晴らしさを理解してくださるとはこれ以上のない行幸です。ドクター様からお教えいただいたあの動力装置は本当に素晴らしいのですよ! あの無駄のない機構! 効率的な設計! まさに革命的です! ハルケギニアの生活が根底から変わってしまうかもしれません。いいでしょうか? まず量産化に成功した暁にはどれだけ日常生活が楽になるか――――、」

 

 

 

 我が意を得たりと熱心に喋りはじめる。急に饒舌になったコルベールを横目にしながらオスマンは再び水煙草のパイプを燻らせ始めた。コルベールの飽くなき探求心を褒めるべきなのか、それともあの使い魔たちの人心掌握術を恐れるべきなのか、オスマンには判断しきれていない。

 ルイズやオスマンの眼にも届く形で鋼鉄の使い魔たちはその影響力を様々な領域で及ぼし始めている。その影響力が意図されたものなのか、何を目的としているのか、それは鋼鉄の彼らしか知りえないことだった。目に見える変化はあくまでもその表層であり、鋼鉄の彼らが及ぼしている影響はより広い範囲に及んでいることをルイズやオスマンが知ることになるのはもう少し先の話だった。

 

 コルベールの主張にはより熱が入りまるで大勢の人々を前にした演説の様になった頃、オスマンは小さく呟く。何者かが盗み聞きをしている訳がない、出来る訳がない、という油断が働いてオスマンの口を緩ませたのかもしれない。それは自然に漏れ出た極小さな呟きだった。

 

 

 

「秘宝は単独で真価を発揮することはなく、その他の秘宝がなければガラクタも同然じゃからな。このことを知る者は居らぬし、ミス・ヴァリエールに関する心配も杞憂に終わればよいんじゃがのう。」

 

 

 

 オスマンは自身の居室にて誰かと会話する際必ずディティクトマジックを使用している。トリステイン魔法学院学院長という立場上、オスマンは否応なしに重要な機密に関わってきた。情報を盗み出そうとする様々な魔手を経験してきたオスマンは、その経験から情報の重要さを理解している。情報を留め機密性を守ること。そのために講じることが出来る手段を日常的に行使するようオスマンの身体は自然と習慣付けられていた。オスマンの居室で情報を盗み取ることが出来る人間はいない。しかし、探知魔術にも引っかからない物理的な諜報員にまでオスマンの気は回らなかった。

 

「■■■■」

 

 

 オスマンの足元から何かの虫が飛び出していく。まるでお目当ての情報を略取したと言わんばかりに意気揚々と。羽音周波数が8〜10Hzに定められているため、その羽音は人間の耳には届かない。可聴周波数の外側を行動する小さい何かを感知することは如何なオールドオスマンでも叶わなかった。

 蠅よりも小さい鋼鉄の虫。インセクティコン。

 それらメガトロンの眷属たる忠実な手足は学園やハルケギニアの至る所に配置されている。情報を収集し、メガトロンへ献上する。物事がメガトロンの謀通りに進行しているのも彼らインセクティコンの働きが一役買っていた。

 重要な要因を隠しているのは自分たちだけだと思うのは大間違いである、オールドオスマンは知らない。

 破壊大帝の魔手はどこまでも伸びるのだということを。

 

 

 

 


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