ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第二十三話 覚悟と誇り

 キュルケとタバサ、そしてワルドの激戦が視界の端で踊っている。

 まるで彼らが何処か遠くへ行ってしまったようにその光景は現実味を伴っていなかった。目に見えない薄い膜を隔てた向こう。テレビ画面を眺めているようにその光景からルイズは実感を感じ取ることが出来なかった。

 

 

 キュルケやタバサ、そしてワルドは何処か遠くへ行ってしまったのか、

 否、それは違う。

 彼らは未だ礼拝堂で戦いを続けている。

 遠くへ行ってしまったのはルイズの方だった。

 

 

 

 

 外界の出来事が急速に遠ざかり思考が内面へ集中していく、殻を作って内側に潜り込み外界から距離をとる。死という目の前の現実から自身の心を守ろうとしていたのかもしれない。

 ルイズの腕の中でウェールズ皇太子は息を引き取った、心臓を貫かれた傷跡は既に乾き始めている、最早吹き出す血液も残っていないのだろう、徐々にそして確実に冷たくなっていくその身体。

 

 

 力の込められていない身体はそのもの巨大な砂袋のようだった、その活動していない様が揺るぎようのないウェールズの死をルイズに突き付ける。

 受け入れざるを得ないウェールズの死はルイズに強い衝撃を与えていた。

 

 

 

 メイジであるとはいえルイズは未だ幼い少女である、生死という厳然とした存在、その惨い現実を直視できるほどまだ成熟していなかった。人間の死という陰惨な現実の存在から普段は向かい合わずに目を背けて生活することをどうして責められるだろうか、メイジとしての義務があるとはいえまだルイズは成り立てであり若すぎた。

 

 

 メガトロンを召喚し様々な難関を乗り越えてきた今現在であってもルイズは一度も人の死というものを直接経験したことはない。ルイズが監督しきれていない領域では定かではないが、それでもルイズはメガトロンに命令を下していたからだ。無暗に人を傷つけたりましてや殺すようなことをしてはならない、という唯一の禁止命令。

 

 

 命というものの尊さをルイズは理解していたから。

 そして何よりも、人を害するという明確な覚悟をメイジが持っていないにも拘らず、その責任と罪を使い魔だけに押し付けるようなことをしたくなかったからである。自分だけが綺麗なままでいるために使い魔を都合の良い傘として扱う。そのような陋劣な行為は願い下げであった。もしそのような傲慢に浸ってしまえば、貴族としての誇りは絵に描いた餅となり、使い魔との間に培われた信頼は水泡に帰するだろう。

 汚れるのであればともに汚れたい。戦うのであれば轡を並べてともに戦いたいとルイズは思っていた。

 

 

 使い魔の実施した行為に責任を持たないメイジはメイジとして失格である。

 特にメガトロンのような存在が使い魔であれば尚更だった。

 もしその命令を下さざるを得ない状況に追い込まれるのであれば、先ずは自分が率先するくらいの覚悟を見せなければメガトロンからの信頼は得られないだろうとすらルイズは考えていた。

 

 

 

 

 ではその状況に追い込まれた時、自分は人の死を命じることが出来るのか。その覚悟を持つことができるのか。

 これまでにも何度も考えてきたことだった。思考を繰り返すたび結論を先送りにしてきた絶対命題。

 だがこれまで曖昧に暈かしてきたルイズだったがもう逃げることは出来なかった。

 厳然とした現実に追い込まれ退路を断たれたルイズは選択しなければならない。

 

 

 

 

 人が死ぬとはこういうことか、という揺るぎのない現実を今ルイズは直視していた。

 自分がこれから背負わなければならない覚悟とはこれだけ重いものなのか、それがどのようなものなのか、ほんの僅かの遊びもなくその覚悟を想像できた。

 氷点下まで冷却された十字架を抱きしめるように、その覚悟は容赦なくルイズを苛むだろう、だがそれでも、ルイズはその十字架を受け入れて抱きしめなければならないのだった。

 自らの誇りと名誉、そして仲間や大切なものを守るためにはどうしても避けては通れない道だった。

 

 

 

 ウェールズの亡骸を抱いて、ルイズは思う。

 亡骸となってしまったウェールズの姿はとても他人事とは考えられなかった。

 

 

 

 ウェールズは死んだ。

 誇りに殉じた高潔な精神も民を最後まで愛した心優しさも、その面影の欠片すら何も残っていなかった。

 死んでしまえば一つの遺体が転がるだけである。誇りも名誉もそこには何も残っていない。

 

 

 

 ウェールズは何のために死んでいったのだろうか、王族としての義務と誇りを滔々と薫陶したウェールズの姿も今となっては余り思い出せなかった。吹き出した血液がルイズの手足を朱に染めている。身に着けている衣服がたっぷりと血を吸いこみ重くなっていた。元々の色すら判然とはしない赤黒さ、余りに吸い込み過ぎたためか鼻腔を突く鉄の臭いも曖昧で知覚できないようになっていた。

 

 

 

 血に塗れた自分の姿と心臓を貫かれ打ち捨てられたウェールズの姿が重なって見える。

 

 

 

 ウェールズがルイズを、ルイズがウェールズを。

言葉には表れてはいないが互いに認め合ったように貴族と王族という立場の違いはあれど、二人はとても似通っている存在だった。

 

 

 誇りを胸に抱き、理想とする正しさと名誉を守るため。襲いくる困難に対して果敢に立ち向かっていく。

 その誇りを途中捨てることも出来ただろう、捨ててしまえればどれだけ楽に生きることが出来ただろうか。

 易きに流れることもなく、只々苦行のようにして茨の道を進み戦い続ける。

 

 

 

 全ては誇りを守るために、ありとあらゆる災禍に勇気をもって立ち向かう。

 その崇高な本性を全うするということが、どれだけ困難で意義深く気高いことなのか、理解できる人は殆どいない。

 

 

 

 ウェールズは死んだ、無様にそしてあっさりと死んでいった。

 だがその死様は確実に意味があり掛替えのない尊さを持っている。

 

 

 

 その偉容は同様に戦う者へ勇気を与え、進むべき黄金の道を指し示してくれる。

 

 

 

 ルイズは自身の未来をウェールズの姿に重ねていた。貴族としての誇りと名誉のため、恐らくは自分もこのようにして死んでいくのかもしれない。無様にみっともなく、道半ばにして力尽き打ち捨てられた石ころのようにして死んでいく未来を簡単に想像することができた。

 けれども、ルイズはその迎えるかもしれない未来に一片の嫌悪も抱いていなかった。

 

 

 

 

 その誇り高い鮮烈なウェールズの姿は例えようもない気高さを持っていた。

 

 

 

 

 立派な先人を敬うように、そっとウェールズの頬を撫でる。

 陶器のように冷たくなっている肌を慈しむようにしてなぞった。

 惜しみない敬意と尊崇を込めてルイズは言った。

 その眼差しは死体に対する忌避など一切感じさせない清廉で慈愛に満ち溢れたものだった。

 

 

 

 

「御見事でしたウェールズ皇太子殿下、王族としての誇りを全うする為、殿下は最後まで立派に戦い抜きました。アルビオン王家の名誉は僅かの曇りもなく燦然と輝き続けるでしょう。」

 

 

 

 

 全身が返り血に染まりピンクブロンドの美しい長髪も斑の紅朱に色づいている。ウェールズを慈しむルイズの姿は間違いなく異様だった。さながら死体を抱きしめる聖女のように奇怪だが見る人をどうしようもなく惹きつける。

 

 

 ウェールズの死を看取る可憐な少女の姿がそこにはあった。

 

 

 皇太子としての名誉と誇りを全うしたウェールズの気高い姿に、自然ルイズは強い尊敬の念を抱いた。

 最後の言葉をウェールズに投げかけ、そしてルイズの意識は再び礼拝堂へと復帰した。

 

 

 

 


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