ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第二十話 鋼鉄の罪科

 この光景は夢ではない。そうルイズは確信している。

 

 これまで何度も見てきた光景だった。使い魔召喚のあの日あの丘でサーヴァント契約を結んだあの時から、ルイズはその身に背負うことになってしまった。運命の分岐点その選択。この時であればルイズは引き返すことが出来たかもしれない。しかし少女は望んでしまったからもう戻れない。

 

 横たわる鋼鉄の巨人。その修羅の貌に口づけをした、その部分から流れ込んでくる何か。鋼鉄の罪科。少女を雁字搦めに縛る永遠の関係はその瞬間から始まった。

 

 

 ▲

 

 

 二つの月が重なる日まで丸二日残していたが、ルイズ一行はアルビオンへ到着した。

 本来であれば港町ラ・ロシェールを経由しなければ向かえない。だが空を飛ぶエイリアンタンクはトリステイン魔法学院と浮遊大陸アルビオンを直接結ぶことに成功していた。

 

 

 風石を燃料とする移動船は風石の使用量を抑えるためにアルビオンとラ・ロシェールが最も近づく日、スヴェルの月夜を待って航行するのが普通だ。その通常のルートをとっていればラ・ロシェールに待機することを余儀なくされ少なくとも移動に三日は要していただろう。貴族派が襲撃する絶好の間隙となっていたかもしれない。

 

 

 

 メガトロンの力はその手間すら省いてアルビオンへ到達することを可能とした。魔法学院からアルビオンへの旅を妨げる障害は何も現れず無事終了する。

 

 

 

 白の国と通称される浮遊大陸アルビオン。

 白い霧が浮遊している大陸の下半分を覆っている。その霧は大陸の山河から溢れ出た水が空に落ちることで生まれている。溢れ出た水は霧となり、何れは雲となってハルケギニア全土に雨を降らせる。現代ではありえない幻想的な光景だった。

 

 

 

 ドクターから聞いた情報、

 反乱軍からの猛攻撃を受けた王軍側は陣を引き、現在はニューカッスル城へ籠城しているのだという。

 

 

 無事にウェールズ皇太子殿下へ御目通り叶うことが出来るだろうか、とルイズは不安に思った、

 苦戦している王軍側は反乱軍によって包囲されている。通常の連絡手段は使えない。反乱軍の目を掻い潜って連絡をとることも難しいだろう。では、どうすればいいのだろうか。

 

 

 その王軍側へコンタクトをとるには陣中突破を敢行しなければならないのではないか、とルイズは考えた。アンリエッタ姫殿下よりの依頼を達成するにはどうしてもニューカッスル城にいるであろうウェールズ皇太子と連絡を取らなければならない。そのニューカッスル城が包囲されているとなれば反乱軍との一戦は避けて通れないだろう。

 

 

 では自分にその覚悟はあるのか、とふとルイズは思った。

 

 

 至る所に待ち受けている貴族派の刺客をニューカッスルを包囲する反乱軍を、その彼らを蹴散らせと打ち倒せとメガトロンへ命令出来るだけの覚悟はあるのだろうか。命令されれば彼らは容易に成し遂げるだろう。ゆうにそれだけの力を彼らは持っている。血に塗れるメガトロンが自然と想像できた。

 だが、それだけの屍を築き上げる覚悟は自分にあるのだろうか。それだけの犠牲を受け止めることが自分に出来るのだろうか。

 投げかけられた重い問い。ルイズの中で不安と混乱がむくむくと湧き上がり頭の中を至高の渦が急速に駆け巡った。

 コックピットの窓辺からキュルケが身を乗り出すようにして辺りを見渡す。

 

 

 

「竜騎士が沢山飛んでるわ、あの旗色はきっと反乱軍側の部隊でしょうね、こんな有様じゃあ王軍側が負けるのも時間の問題かしら。どうするのルイズ?、正面から向かえば反乱軍とかち合っちゃうわよ、何とかしてニューカッスル城へ入り込まないと御姫様の手紙も取り戻せないわ。」

「分かってるわよ、でもどうすれば………ううん、」

 

 

 

 ルイズは苦悩する。哨戒をする竜騎士の姿が遠目に確認できる。

 反乱軍側の監視に映ることを覚悟して突入してもらおうか、メガトロンのスピードであれば追っ手を振り切ってニューカッスル城へ向かうことも出来る筈だ。そう言おうとしたルイズだったが、それら全てを嘲笑うようにしてメガトロンは飛行する。

 

 

 ガクンッと機体が大きく振動する。目的地であるニューカッスルがどんどんと遠くへ離れて行った。距離が広がるにつれて反乱軍側の監視網に捕まる畏れが少なくなるだろうが、これでは本末転倒である。

 突然の進路変更に反応してルイズたちは慌てて叫んだ。

 

 

 

「ちょっとメガトロン!何処へ行くつもりなのよ?ニューカッスル城から離れてるじゃない!!」

「このままじゃあアルビオンの下へ回り込んじゃうわ、ミスタは一体何処へ向かってるのかしら?」

「………迎え火?」

 

 

 

 視界が全く効かない濃密な霧の中、次第に見えてきた灯りをタバサは指さす。

 その灯火はゆっくりと揺れておりまるで何かを誘導するようにして瞬いている。

 

 アルビオンの下半分を覆う濃密な霧の中、メガトロンはその雲を通り浮遊大陸真下に潜り込む。そしてニューカッスル城の真下、王族側だけが知る秘密の港に一度も迷うことなく着陸した。光る白い苔が秘密の港を照らしている。月明かりの届かない鍾乳洞は不思議な雰囲気に包まれながらも王軍側の兵士が忙しく働いていた。

 

 

 

「さっすがミスタだわ、こんな所に港があったなんてきっと王軍側もここを拠点に活動しているのね。あれが御出迎えの兵士かしら。こっちだって手を振ってるわね、」

「恐らくニューカッスル城の真下に続いている、反乱軍もこの拠点の存在に気づいていない。」

 

 

 

 そう言ってタバサは冷静に分析しキュルケは呑気に手を振りかえしている。

 けれども恐ろしいほどのその手際の良さに頭を抱えるルイズだった。キュルケやタバサも内心驚いている。この分ではアルビオン王族側と何かしらの交流があったのではないかと思いたくなるほどだった。この時間帯に訪れることも恐らく計画済みだったのだろう。

 

 衛兵の先導の下メガトロンは秘密の港に着艦し、ルイズたちは歓迎の言葉でもって出迎えられた。戦時中の張りつめた雰囲気がニューカッスル城を包む中での出来事だった。事前の打ち合わせがなければあり得ないことだ。

 ニューカッスル城を兵士の案内で進みながら歯軋りをするルイズ。

 

 

 つくづく道化だ、とルイズは自嘲した。すべてはルイズを通り越した頭の上で決められている。役立てていない自分、その事実を受け入れざるを得ない自分の不甲斐無さが何よりも許せなかった。

 

 

 ウェールズ皇太子殿下への御目通りは叶った。アルビオン大使であるルイズだけが王族とは思えないほど質素なウェールズの部屋に招き入れられる。アンリエッタの肖像が描かれた小箱、その中に納められていた依頼の手紙をルイズは受け取った。

 

 

 

 

「任務ご苦労だった。ラ・ヴァリエール嬢よ感謝する。反乱軍が厳戒態勢を敷いているニューカッスルまでよくぞ来てくれた。」

「姫からいただいた手紙はこの通りだ。確かに返却したぞ。これでアンリエッタの心を曇らせる雲も晴れるだろう。トリステインとゲルマニアとの同盟も成立するはずだ。」

「ありがとうございます」

 

 

 

 拭いきれない名残惜しさを残しているがそれでもウェールズは手紙を差し出した。

 自身の死を覚悟しているのだろうか、アンリエッタ姫殿下よりルイズが預かった手紙にはアンリエッタがゲルマニア皇帝と同盟の為に婚姻をすることも記されていたはずだった。それでもウェールズは色濃い哀惜を表情に浮かべるだけで、叫びだしてしまいたいだろうその気持ちを決して洩らすことはなかった。

 

 愛しい恋人が誰かのものになってしまう。それでも死期が迫る自分に何かをすることは出来ない、とアンリエッタの婚姻を受け入れてしまったのかもしれない。

 

 ウェールズの言葉を聞いても同情することしか出来ない現状にルイズは懊悩する。

 

 この手紙がアンリエッタの恋文であることは簡単に察せられる。もしこの手紙がゲルマニア側の皇室へ渡ればアンリエッタが皇帝に誓う愛が偽物であると露見してしまう。そうなってしまえば同盟の破綻は避けられないだろう。トリステインがアルビオン貴族派と一国で対立することを避けるためには、ウェールズとアンリエッタ、両人の関係は蔑ろにされなければならなかった。

 

 

 国家という大きなものの為に踏み躙られる二人の思い、王族の勤めであると捌いてしまえばそれまでであるが、それでも思うところはある。苦悶の表情を浮かべるルイズだったが、次にウェールズの放った言葉の内容を理解してはたと動きが止まった。

 

 

 

「そうだ、忘れるところであったな。」

「卿の御助力もあり我々は未だ何とか戦いを続けることが出来ている。ラ・ヴァリエール嬢よりも一言伝えておいて欲しいのだ、感謝している、と」

 

 

 

 やっぱりか、と半ば確信していた事実だった。

 しかもウェールズ皇太子からは卿と呼ばれている。かなり親密な間柄であることは間違いなかった。

 メガトロンと王族側は何らかの接触があったのだ。だからこそメガトロンは秘密の港の位置する場所を知っていたしルイズたちはスムーズにニューカッスル城へ入ることが出来た。何かしらの援助をメガトロンがしたということだろうか。

 

 何故メガトロンは王族側と交流を持っているのか何か目的があってのことなのかとルイズは考えるが、右耳のイヤリングからルイズの思考を中断するように声が響いた。

 

 

 

 

「未だ健在のようだな、ウェールズ、」

「メガトロン卿!ラ・ヴァリエール嬢の使い魔だということは本当だったのだな。声の出所はそのイヤリングか。我々が持っているものとは形状がことなるが卿のものだと間違いなく分かるぞ。」

 

 

 

 

 メガトロンの重い声がウェールズの部屋に木霊する。

 ウェールズの態度はその重々しい口調を以前から知っていたと伺わせるものだった。ルイズのイヤリングとはまた違う相互通信機をウェールズにも貸与しているようだ。

 また、自分の与り知らないところで話が進んでいくのか、とルイズは憤慨するが、ウェールズ皇太子の明るくなった表情を見てその場は我慢するしかなかった。

 

 

「多勢に無勢の我々がここまで抗することが出来たのも卿の協力なしにはあり得なかった。感謝の言葉を贈ることしか出来ないこの身が悔しい、感謝するメガトロン卿よ。我々が我々であることを示す檜舞台がここにあるのだ。」

 

 

 

 と感謝の言葉を述べるウェールズ。

 一体メガトロンは何をしたのだろうか。アルビオン王室との間に結ばれた繋がりは生半なものではないようだ。どのような関係があるのかルイズには分からなかったが、ウェールズは相当の信頼をメガトロンへ抱いてるようだった。

 くぐもった笑い声をあげるメガトロン。礼はいらないと前置きをした上で問いかける。

 

 

 

 

「ウェールズ。一言了承すれば貴様は王になることができるぞ。この俺様が反乱軍を全て屍に替えてやる。アルビオンは再び王家のものになる。無駄な混乱を隣国へ齎さずに済む。」

「どうだウェールズ、この申し出を受諾するつもりはないのか、」

 

 

 メフィストフェレスのような甘美な誘い。まるで悪魔の様なメガトロンのその言葉。六万人からの反乱軍を如何とも出来る力。権力者であれば咽喉から手が出るほど欲しがるだろうその蜂蜜。武力を用いた下手な脅しよりもずっとずっと悪辣だった。

 アンリエッタ姫殿下の御身を思気遣うウェールズ皇太子殿下にとっては何よりも抗いがたい極上の提案だろう。アンリエッタとウェールズの関係を踏まえたうえでの提案。メガトロンの持つ悪辣な本質が垣間見えた瞬間だった。本来であればその提案を拒める者は存在しない。愚かな有機生命体を拐すことなどメガトロンにとっては造作もないことだからだ。例え、救いの先に破滅が待っているとしても。誘蛾灯に誘われる蛾のように、差し出された救いの手にふらふらと縋ってしまう筈だった。――――――だが、

 

 

「断る。」

「残念だがその申し出だけは受け取るわけにはいかないのだ。メガトロン卿よ、」

 

 

 ズバリ、と返す刀でウェールズはその申し出を断った。

 ウェールズの持つ誇りはその甘露の誘因を断ち切った。その反応を聞いてメガトロンは少しも残念ではなさそうに通信を切る。相も変わらないメガトロンのその様子。だがメガトロンが抱く精神には僅かな綻びが生じていた。その綻んだ縫目が明らかになるのはもう少し後の話である。

 

 

 ドギマギしながら二人の会話を聞いていたルイズだったが、ウェールズの促しにしたがって部屋を出た。

 

 

 ルイズ自身もウェールズにトリステインへの亡命を申し出る心積もりだった。

 アンリエッタ姫殿下の気持ちを考慮すれば愛しいウェールズが窮地にある現状を受け入れることは出来ないだろうからである。またアルビオン王家の命脈が保たれる上にアルビオン貴族派との有力な交渉材料として期待できるかもしれない。ウェールズの生存はトリステイン国家として好都合な部分も存在するからである。

 

 しかし、メガトロンの誘いを断ったウェールズ、その決然とした姿を見てルイズは何も言えなくなってしまった。その潔さは何を語りかけたとしても揺らぐことはないだろう。アルビオン王族だからではなく、ウェールズだからこそ纏っている確固とした芯のある気概だった。

 

 

 ルイズたちに設えられた一つの部屋。手狭で調度品も粗末なベッドが窓辺に置かれているだけだった。

 ルイズたちは客人でありトリステイン大使でもある。しかし、戦時下であり余裕もない中で用意されたものだ。資源に限りがある中で必死に準備してくれたのであろう。その苦労を考えればルイズたちから文句の一つが出る訳もない。

 

 

 自然三人の少女は同じベッドで一緒に眠ることになる。

 キュルケとタバサは先に眠っていた。

 ルイズがウェールズ皇太子殿下の部屋から戻ってくると、素っ裸のキュルケに抱き着かれているタバサが目に映る。抱き枕のようになっているタバサ、うんうんと唸っているその表情は寝苦しそうだった。

 

 寝巻を着ているタバサと異なって何も身に着けていないキュルケ。豊満なプロポーションをタバサに蛇のように絡みつかせている様を見て、何かを着ろよとルイズは苦笑する。身体が火照るからとか何とかよく分らない理屈でも捏ねたのではないだろうかと、あて推量しながらルイズも着替えを済ませ、ベッドに入った。

 

 

 

 もう夜更けだった。戦時下の城でも夜は静かなのか、としみじみ思う。窓の外ではハルケギニアの双月が何の変わり映えもなく煌めいていた。

 

 

 

 二つの月が重なるスヴェルの夜まであと二日。

 ウェールズから聞かされた話。反乱軍から通達された総攻撃の日時もあと数日だった。あと幾日もないうちにニューカッスル城を包囲する6万の反乱軍が蜂起する。300人も残っていない王軍側は抵抗の甲斐なく壊滅するだろう。

 アルビオン王国終末まであと数日だった。

 王国崩壊が迫る中ルイズは思う、自分に何が出来るだろうか。

 

 

 

 ▲

 

 

 

 この光景は夢ではない。そうルイズは確信している。

 これまで何度も見てきた光景だった。ルイズがその身に背負った鋼鉄の罪科。

 使い魔召喚のあの日から、ルイズは度々夢を見ていた。その夢が夢でないと気付いたのは使い魔を召喚した日より余り時を経ていない時のことである。

 

 

 今までに見たことがない光景。どこまでもどこまでも見渡す限りの鉄の平原。天を支えるようにして伸びる鋼鉄の柱。複雑な形状の部品を幾つも重ね合わせたような構造物、夥しいほどのその構造物が奇妙な連続性を持って並んでいる。

 一定の構造モジュールを組み合わせた無駄のない建築は遥かな先進性を感じさせた。

 

 

 この光景がハルケギニアのものではないとルイズは理解できる。ここが何処なのかは理解できなかったが、ハルケギニアではないことだけは理解することが出来た。異世界であると前提知識のないルイズでも確信してしまうほどの異様な光景がそこにはあった。

 

 

 その鋼鉄の集塊が夥しく積み重なっている光景で、自分の使い魔であるメガトロンの姿が見える。

 メガトロンの様な鋼鉄の巨人はやはり一人ではなかった。ほかにも多数存在しているのではないか、というルイズの予想は当たっていた。

 

 

 

 メガトロンは戦っていた。

 武骨な骨組みを伝ってくる無数の鋼鉄の巨人。メガトロンよりはやや小さく異なった外観を有する鋼鉄の巨人たち。その様子から判断すれば、彼らは力を合わせて共同でメガトロンに戦いを挑んでいるようだった。

 

 

 

 死と破壊を司る破壊大帝メガトロン。その破壊の権化に立ち向かうとはどういうことか。

 戦線を張るその他の巨人とは異なってメガトロンは一人だった。一人で十分だったのだろう。次々と破壊される鋼鉄の巨人たち。踏みつぶされ引きちぎられ人型を為していた身体が複数の部品へと姿を変えられていく。

 

 どれだけ仲間が倒されようと鋼鉄の巨人たちは諦めなかった。勇敢に戦いを継続し、いくら傷つけられようともメガトロンに挑み続ける。その様子を見て、メガトロンの修羅の様な厳しい顔つきがより一層険しくなる。

 

 

 更に苛烈さを増す破壊の嵐。

 ライオンの様な猛々しい咆哮を轟かせながらメガトロンは修羅のように戦い続ける。

 破壊に浸るメガトロンの姿を見てルイズは言葉を投げ掛けずにはいられなかった。

 

 

 

「泣いているの? メガトロン。」

 

 

 

 どれだけ痛めつけようとも鋼鉄の巨人たちは諦めなかった。決して諦めることなくメガトロンに食らいついていく。そしてそれら勇敢な鋼鉄の巨人たちをメガトロンは破壊した。皆尽く例外はなく。鋼鉄の巨人たちの勇気と思いを踏み拉く。

 

 

 夥しいほどの死骸がその場に築かれる。そうしてやっと破壊大帝の暴虐は沈静化の兆しを見せた。

 

 

 屍の積み上げられた丘陵の頂で、メガトロンは吠える。

 その叫び声とともにメガトロンの奔流のような思いがルイズの身体を駆け巡る。その余りに膨大な思いの量と激しさに引き千切られそうになる。だがルイズは身体を両腕で抱きしめ必死で耐えた。

 

 

 全身を朱に染めメガトロンは叫び続けた。

 身体全てが引き千切った鋼鉄の巨人たちの体液に塗れている。故にメガトロンのその表情を詳しく伺うことは出来なかったが、ルイズにはどうしても泣いているようにしか見えなかった。

 鋼鉄の巨人が折り重なった丘陵。積み重なった屍の頂で叫ぶ姿。それは暴虐に溢れ破壊を本性とする破壊大帝に見合ったものだった。

 

 

 だが、ルイズは思った。

 

 

 暴悪の叫び声をあげながら、ホロホロとした静かな落涙を修羅の貌に張り付けるメガトロン。

 あの破壊大帝でも涙を流すことはあるのだろうか、とても哀しい光景だと。

 

 

 そして場面が移り変わり、目の前の光景が変化する。

 

 

 何処か分からない場所、先ほどまでと同じようなハルケギニアではない何処か、何もかもが鋼鉄で形作られているその場所で、メガトロンと一人の鋼鉄の巨人をルイズは確認する。

 目を凝らし詳しく様子を伺う、するとメガトロンともう一人の鋼鉄の巨人はどうやら口論をしているようだった。

 

 

 

「何故だ。わが友よ何故理解しない?!我らが故郷を。サイバトロン星を。貴様は見捨てるつもりなのか?!」

 

 

 

 必死で何かを訴えているメガトロン、その光景は衝撃的だった。

 メガトロンを召喚してからまだ余り日が経っていない。とはいえそれでもルイズはメガトロンのことを知ろうと努力している。より良い友好を築き上げる為に、メガトロンが普段何を思い何を考えているのか、ルイズはそれを汲み取ろうと汲々とする日々を送っていた。

 

 だが、そのルイズですら見たことがない光景だった。

 

 あのメガトロンがここまで必死になっている。何かを訴えているその姿は懸命そのものだった。

 あの残虐で恐ろしいメガトロンも友人のためには必死になるのか意外と優しいところがあるのかもしれない、とルイズはメガトロンの新しい一面を見て頷いていた。

 張りつめた空気がその場に満ちる。薄皮一枚で包まれたその雰囲気は針で突けば忽ち破れてしまいそうだった。

 

 

 

「わが友よ、私にとっても故郷となるこの星は大切だ。掛替えのない唯一のものだ。だが、それでも他の種族を滅ぼしてまでサイバトロン星を優先することは出来ない。わが友よ、故郷を思う気持ちと破壊とを見誤らないでくれ。」

「馬鹿なッッ?!! ならば我らが故郷が滅んで行くさまを貴様はただ黙って見ていろというのか!!」

「ーーーーッッ!!!」

 

 

 

 説得にあたるメガトロンの必死な訴え。だが、鋼鉄の巨人は苦渋の表情を浮かべながらもその訴えを否定した。苦悶を浮かべる鋼鉄の巨人。その反応を見てメガトロンは堪らずに掴み掛った。説得が通じない苦悩がその姿からありありと感じられる。

 メガトロンが何かを叫ぶ。何を叫んだのかルイズには分からなかった。その叫びが掛け替えのない兄弟の名前を呼ぶメガトロンの声なのだということをルイズが知ることは終ぞない。

 

 

 メガトロンと鋼鉄の巨人。

 互いを友柄と呼び信頼しあう二人だからこそ、幾ら説得しても通じない分かり合えない最後の一線が其処にはあるのだった。

 

 メガトロンの悲痛な叫び、全身を貫くような感情の慄然がルイズの身体を襲った。

 そして再び自分の身体を抱きしめて必死で身を保とうと努力する。奔流のような感情の波濤を何とか受け流す。

 

 

 

 すると再び場面が変わっていることをルイズは確認する。

 

 

 

 ここがフーバーダムのほど近く、ロサンゼルス市街地の郊外であることはルイズには分からない。ハルケギニアにいるルイズが地球という惑星の存在を知ることになるのは、彼女が青年の使い魔を新しく召喚した後の事である。

 

 

 鉄の平原が広がる先程までの光景とは随分と異なる、鉄とコンクリートで作られているビルディング。鬱蒼とビルディングが立ち並ぶ場所でメガトロンと鋼鉄の巨人が戦っていた。鈍色だった全身の装甲が赤と青を基調とする鮮やかなものへとその外見は変わっている。だがそれでもメガトロンと共にいたあの鋼鉄の巨人だと、ルイズには直感で分かった。

 メガトロンがここまで語気を荒げる相手はあの鋼鉄の巨人以外に居ないのだろうと察することが出来たからである。

 

 

「何故そこまで危険を冒す――――――――あの虫けらの少年のために。」

「我々の種族全体の未来の前で、たった一人の人間の命に何の価値がある? たとえお前が無意味にこだわる相手だとしても。数字を理解して論理に従う能力をこの星でしばらく暮らすうちに失ったのか?」

「弱いものを守るために戦うだと?! だから貴様は勝てんのだッッ!!!」

 

 

 赤と青の装甲を纏った鋼鉄の巨人をメガトロンは投げ飛ばす、

 どちらが正しいとか間違っているということではない。簡単な善悪の二分法を超越したところ、

 互いの思う正しさと信念の為に両者は衝突している。メガトロンとその鋼鉄の巨人は互いが掛替えのない友人であるからこそ対立し戦うのだった。

 メガトロンは言った。

 

 

 

「人間は生きるに値しない、」

 

 

 

 鋼鉄の巨人は反駁する。

 

 

 

「彼らにも運命を選択する権利がある、」

 

 

 

 ルイズは見た。苦渋に歪むメガトロンの顔を、

 最後の最後まで二人は分かり合うことが出来ないのか、迎えることになるその運命の結末は変わらないようだった。

 

 

 運命を選ぶ権利がある、と人間を尊重する態度を見せる鋼鉄の巨人。

 これまでと全く変わらないその信念を見たメガトロンは覚悟を決めたようだった。

 常食とする暗黒物質が活発に働き始め、メガトロンの全身から膨大なエネルギーが溢れ出す。破壊大帝メガトロン。その圧倒的な強さの秘密はエネルギー源として常食するパワーコアという暗黒物質にある。暗黒物質を摂取するメガトロンは通常のトランスフォーマーとは比べ物にならないほど耐久性とパワーがすば抜けている。他のトランスフォーマーが暗黒物質を摂取してもその暗黒物質のパワーに耐えきれず一時的なパワーアップと引き換えに身体が崩壊してしまう。暗黒物質を常食として莫大なパワーを発揮し続けることが出来るトランスフォーマーはメガトロン以外に存在しない。

 メガトロンは生まれながらにしてメガトロンであり、その本性は破壊そのもの。破壊大帝の破壊より逃れられるものはいない。メガトロンが対峙している掛け替えのない友人を除いては、

 

 

 

「ならば貴様も死ね! 人間諸共、滅びるがいい!!」

 

 

 

 

 その圧倒的な殺意を前にしてルイズは身体の震えを止めることが出来なかった。

 放たれる光弾。赤と青の鋼鉄の巨人を紙切れのように吹き飛ばすその蒼い閃光を見てルイズの視界は黒に染まった。

 

 

 

 

 そしてルイズは目を覚ました。

 自分が設えられたベッドの上にいることを確認し安堵の息を吐いた。

 びっしょりと汗をかいている、額に張り付く髪の毛が煩わしかった。

 窓からはハルケギニアの双月が煌々と輝いている。

 ルイズが寝入ってからまだ幾分もたっていないようだった。

 

 

 メイジと使い魔にある繋がりは、稀に記憶の共有を伴うことがある。その記憶を頼りにしてより使い魔との友好的な交流を紡ぐために努めたりもする。使い魔を召喚したメイジの間ではある程度知られた普通の出来事だった。

 

 

 ルイズは思う。そのような生易しいものであればよかった、と。

 ルイズの背負う鋼鉄の罪科、破壊大帝を召喚した少女にはより重い枷が圧し掛かっている。

 

 

 

「メガトロンは、自分の故郷の為に戦っていたのね。すごく悲しそうな顔をしていた、メガトロンもあんな表情をみせるんだ。何て説明すればいいのかな、私の中に貴方の失われた記憶があるんだなんて。」

 

 もはや取り返しがつかないのだという確かな実感。目の前にある絶望的な状況を前にして、ルイズは自身の背負う罪科を呟いた。

 

「謝っても許してはくれないわよね。」

 

 

 

 ルイズの独白を聞く者はいない。

 泣き出しそうになるルイズ。瞼を強く閉じてそれ以上の落涙を止めようと努めるがどうしても溢れて止まらない。

 何て事をしでかしてしまったんだろうか、後悔も罪悪も何もかもが最早手遅れだった。

 課せられた使命の為に戦い続けるメガトロンから記憶と目的を奪い去り、そして自分の使い魔として使役している。

 これ以上の罪科が果たして他に存在するだろうか。

 

 

 

 

 願ってしまったから、求めてしまったから、もう少女は戻れない。

 可憐な少女が進まなければならない茨の道。

 その険しい行く先と対比するようにハルケギニアの双月は眩く輝いた。

 

 

 


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