ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第十八話 使い魔品評会

「どうしよう、」

 

 

 ルイズは溜息を吐きながら空を見る。寮塔の自室にて窓枠にもたれ掛りながら自身の使い魔であるメガトロンにどうやって説明しようか考えていた。使い魔品評会という伝統ある催し物がここトリステイン魔法学院にて数日後に開催される。その使い魔品評会をどうやって乗り越えようか、ルイズは思案を巡らせるが巡らせるまでもなく結論は導き出すことが出来た。

 

 

 使い魔品評会とはメイジが召喚したその使い魔たちがどれだけ優れているか、を競うコンテストのようなものだ。使い魔とはメイジを映す鏡でありその分身でもある。その使い魔が評価されるということはそのままメイジの名誉にも寄与する大切なステータスだった。

 

 

 トリステイン魔法学院にて古くから行われてきた伝統ある催し物であったが、今回はゲルマニア遊行より帰還したアンリエッタ女王陛下も見分に来るとあっては、学院生たちが張り切らないわけがない。魔法学院校舎のあちらこちらでは使い魔の良さを引き出すために各々が奮闘している光景が散見された。沢山のメイジが使い魔との練習に励んでいる中で、ルイズだけは溜息を吐いている。

 

 使い魔品評会を辞退する腹積もりをルイズは固めていたからだ。

 

 誇り高いメガトロンたちが使い魔品評会。言い換えてしまえばそんな見世物のようなものに参加する訳がなかった。加えてルイズ自身もメガトロンたちを皆に見せびらかすような真似はしたくなかった。衆目に晒すことでメガトロンたちの名誉を傷つけたくはなかったし、品評会の評価云々といったことで使い魔たちとの関係を悪化させたくもなかったからである。

 

 メガトロンたちとの友好を思えば、使い魔品評会の辞退という不名誉なことも十分に耐えられる。

 それでもルイズは溜息を吐いていた。

 矢張り不名誉なことは不名誉なことである。強力な使い魔達を皆に自慢したいと思う気持ちはあったしアンリエッタ姫殿下にも彼らを一度見て欲しかった。加えて教員への諸諸の説明、周囲や実家からの反応、それらの雑音を考えるとやっぱり心が重くなる。

 

 

 その雑音を振り払うように頬を叩く。

 まずはメガトロンたちへの説明を済ませようと、右耳のイヤリングに手を伸ばす。日常的に身に着けているため最早体の一部のように感じられる黒い結晶体を指先で弄りながら、どこか遠いところ、自分の与り知らない場所を飛んでいるだろうメガトロンへ呼びかけた。

 そして一通りの説明をするが、

 

 

「何故辞退する必要がある。」

 

 

 

 その返答はルイズの予想していたものとは全く違うものだった。

 使い魔品評会を辞退する旨と辞退について何も気を遣わなくていいということを説明するルイズ。その説明を聞いた後にメガトロンは素っ気なく言い返してきたからだ。使い魔品評会へ出場する意向を示したメガトロンに対してルイズは慌てた。

 あの誇り高いメガトロンが何故見世物のような真似を受け入れたのか、全く理由が分からなかったからだ。

 

 

 

「如何してよメガトロン、品評会っていっても見世物みたいな真似をするのよ?無理をしてでも出なくていいのに、」

「ふん。それは貴様の都合だな。こちらにはこちらの都合があるのだ。軽々しく俺様を理解したような口をきくんじゃない。不愉快だ。」

「それは……、確かにそうね、ごめんなさい、でもらしくないわメガトロン、貴方がそんな真似を受け入れるなんて、何か品評会に出なければならない理由があるの?」

「ククッ。貴様にもわかるだろう、何れな。」

 

 

 

 と、くぐもった重々しい笑い声を残してメガトロンは通信を切断した。何か企みがあるのかと訝るルイズだった。あのメガトロンがただでこんな事をする訳がない。だが、それ以上の喜びの気持ちも心の内から湧いてきていた。あのメガトロンが使い魔品評会において何か粗相をするのではないかという不安もあったが。それ以上にルイズは期待していたからだ。ルイズの使い魔であるメガトロンが品評会において何を見せてくれるのかということを。

 

 

 使い魔品評会の客席を大いに賑わせる自分の使い魔たちが容易に想像出来て、ルイズは上機嫌だった。一応とはいえ自身の使い魔であるメガトロンを皆が評価してくれるかもしれない、メガトロンへの評価であればルイズは手放しで喜べる。

 

 これまで吐いていた溜息はどこへ行ったのか、今度は溜息ではなく鼻歌を歌いながら窓枠に腰掛け、空を眺める。

 自身の使い魔が品評会に出場してくれるその事実が嬉しかった。どこか自分の与り知らないところ、雲一つない天空を飛び回っているだろう使い魔を想像しながら。

 

 

 

 

 使い魔品評会はトリステイン魔法学院郊外の草原に特設されたステージにて開催される。伝統ある催し物らしくそれなりに確りとした造りのステージが建設されていた。舞台裏では使い魔を引き連れた学院生達が今か今かと出番を待ちわびていたが、表舞台を覗き見した学院生の一人が悲鳴のような叫びをあげる。

 その声に反応した何人かもつられるようにして叫んだ。

 

 

 

「おい皆見ろよ、あれゲルマニアの○○公爵だぞ」

「本当だ。××大公もいるし△△伯爵もだ。何で品評会なんかに、」

「それだけじゃないぞ、トリステイン側も何人かいるみたいだ、」

「何で今年だけこんなにお偉いさんがいっぱいいるんだよ、嘘だろう。」

 

 

 

 学院生の全員を更なる緊張が襲った。

 トリステインを統べるトリステイン王家王女アンリエッタ姫殿下が来席するだけでも学院生にとっては大変な精神的負担だった。しかし、トリステインのみならず隣国ゲルマニアの有力者が大勢参加するとなればその負担は倍増である。まだメイジになり立ての若い貴族子弟にとってはやや酷すぎる試練かもしれない。

 

 

 準備が整えられいよいよ開催が近づいた直前になってようやく教員からの説明が入る。

 曰く、今回の使い魔品評会にはゲルマニア遊行より帰還されたアンリエッタ姫殿下だけではなくその御帰還に付き添ったゲルマニア側の貴族何名かが来席しているのだそうだ。

 

 学院生からは、自身の技量を疑う弱気な意見が自然と噴出していた。教員は焦るが不安をより募らせるような激励を言うことしか出来なかった。ゲルマニア側の有力者が参加するという事実を教員側も知らなかったのかもしれない。

 ただの催し物でトリステイン国家としての威信その全てが問われる訳ではないが学院生側の負担は確かに増していた。

 

 

「一体どうなっているのかしら、本当に沢山の方が来ているわねぇ、」

「関係ない、ただ済ませるだけ、」

「ふふっタバサらしいわね、その方が無駄な緊張しなくていいかもしれないわぁ見習おうかしら」

 

 

 参加しているゲルマニア側の有力者が本物だと確認したキュルケは訝しんだが、タバサはそれらの有力者も全く気にしていないようだ。使い魔であるシルフィードの相手をしながら待っている。

 有力者の来席という驚きもあったが使い魔品評会は予定通り開催された、次々と名前を呼ばれる学院生達。これまでの成果を発揮する為に緊張を背負いながらも皆必死だった。

 

 

 

 伝統ある催し物といっても言い換えてしまえばお遊戯会の様なものである。幾ら彼らがメイジであるとはいえまだ経験も少なく成りたてて間もなかった。使い魔を召喚してから幾日もたっていないその学院生たちの使い魔品評会は余り素晴らしいものではないのだろう。

 

 ステージ上で頑張っている学院生を見ながらも退屈そうな表情を浮かべる有力者たち。中には欠伸を噛み殺しているものもいた。キュルケのサラマンダーやタバサの風竜など数少ない目を惹かれるような使い魔もいた。だがあくまでもそれは例外であり所詮はお遊戯会程度のものである。退屈そうな雰囲気を醸し出す有力者たちは間違ってはいなかった。

 最後の発表者であるルイズを除いては、

 

 

 

 

「ラ・ヴァリエール嬢はコントラクトサーヴァントの儀式において三体もの使い魔を召喚いたしました、故に本発表会においてもそのそれぞれの使い魔を御披露していただくことになります、それではお願いします、」

 

 

 

 

 ルイズが壇上に呼ばれると教員によるマイクが入る。本来は二体の使い魔を召喚したルイズだったが、三体だったとする事前説明はオスマンからの配慮だったのかもしれない。ルイズにとっても余計な説明をせずにすみ好都合だった。

 いよいよ登場したぞという期待と怯え、それら学院生たちを余所にルイズは壇上に登る。

 鋼鉄の使い魔を引き連れて登場したルイズを見て有力者たちの目の色が変わった。

 

 

 その変わりようは、鋼鉄の身体を持った使い魔たちを初めて見た時の反応としてはややおかしいものだった。

 何だあの使い魔はという一般的な反応ではなく、相手を見定め伺うような冷静な視線。

 

 

 有力者のその反応を横目で確認するルイズ。

 有力者たちは既にメガトロン達を知っていたのかもしれないとルイズは思った。メガトロン達がこのトリステイン内でどこまで名が広まっているのか、普段学院にいるルイズには分からない。雁首を揃える有力者たち。ある程度まで知れ渡ってしまっているのかと感じたが、耳聡い有力者たちがその目で直接確認に来たとあれば相当広まってしまっている証拠でもある。しかし、態々こんなところまでご苦労様だとただルイズは思うだけだった。

 

 

 

 一番初めに登場したのはラヴィッジだった。

 周囲の観客の恐れを十分に伴ってステージに登場する。紅の単眼がまるで刺し傷のように迸っている。コルベールにも協力してもらい果物を宙高く浮かび上がらせる。唸り声をあげながらラヴィッジはそのよく実ったリンゴを噛み砕いた。一足飛びでその巨体が数メートル飛び上がるさまは迫力満点だ。発表から観戦へと移った学院生達からもどよめきが上がる。幾つも浮かび上がっているそれらの果物は一つ残らず鋸の様な乱杭歯の錆になる。

 

 

 

 続いて登場したのがスコルポノック。ステージ手前の地中から躍り出るようにして現れた。その巨体が宙をうねり木製のステージを踏み砕きながら着地する。一対の巨爪をガチガチと打ち鳴らし六つの紅目で観客たちを見つめている。巨大な黒蠍という異様は観客を更に恐怖させるのに十分だった。

 土属性を持つ教員が杖を振るう。すると青銅で出来た騎士像が黒蠍の前にずらりと並んだ。突然に高速回転しだす一対の巨爪。金属と金属が奏でる強烈な不協和音は観客たちの耳を覆った。怪物の手により次々と砕かれ打ち倒される青銅の騎士。ゴロリと転がる首を見て学院生達は思わず顔を顰める。観覧席につくオールドオスマンは身体の内を甦るその畏怖に必死で耐えていた。時を遡って甦る畏怖の顕現、伝説に唄われたアルデンの鬼を前にしてゲルマニア貴族は何を思うのだろうか。

 

 

 

 そして最後を飾るのが破壊大帝メガトロン。

 観覧席上空擦れ擦れに轟音を響かせながら現れた。タバサが品評会にて披露したシルフィードの飛行。それがまるで児戯に見えてしまうほどの見事な滑空。飛翔するエイリアンタンクは急加速と急停止、急激な方向転換を伴う曲芸飛行を繰り広げ観客の視線を掻っ攫った。

 

 そして極めつけはその砲門より放たれた光弾だ。

 落下するようにして高度を下げるメガトロン。その降下の勢いそのままにして光弾を解き放つ。解き放たれた一発の光弾。フュージョンキャノン砲により打ち出された反物質は品評会会場よりほど近い場所にあった小高い丘を跡形もなく消し飛ばす。放たれた光弾が着弾すると同時に周囲全てを巻き込み収束。そして爆散するさまは恐怖を通りこして最早憧憬に値した。混じり気のない純粋な破壊。メガトロンはその全霊を思う存分披露した。

 

 

 ルイズの使い魔である彼らはその各々の力を存分に発揮した。

 観戦していた学院生達は結果を待たずして品評会の優勝者が誰かを理解する。

 居並んだ有力貴族には賞賛よりも、恐怖や畏れの表情が強く伺えた。メガトロン達の実力を目の当たりにすれば当然かもしれない、だがそれら有力貴族の面々の中で何故か枢機卿であるマザリーニだけは蒼白を通り越して土気色の表情を浮かべていた。その反応が気になったが、無視して最後のあいさつにルイズは出向く。

 

 

 

「これが私の使い魔達です、名前は順にラヴィッジ、スコルポノック、メガトロンといいます、種族は、ゴーレムです。ありがとうございました。」

 

 

 真っ先にアンリエッタ王女殿下が反応して拍手を送る。王女の拍手を待たずに他の皆も拍手する。中には本心からの賞賛で拍手をする者もいたが、その殆どは恐怖と賞賛が入り混じった拍手だった。しかし、多かれ少なかれ恐怖が内包されていても賞賛は賞賛である。ルイズは嬉しかった。自身の使い魔たちが存分にその才を披露し、そして沢山の賞賛を受け取る。何も言うことはない。それらの賞賛を受け入れるだけである。

 

 今まで散々蔑まれ見下されていた自分が皆の賞賛を一身に集めている。しかも国内だけではない隣国ゲルマニアの有力者が居並ぶ重要な場面でである。これ以上痛快なことがあるだろうか。トリステインの評判を守ることが出来たという自負もある。間違いなくルイズは今までの人生の中で絶頂の居心地を味わっていた。

 

 

 

 使い魔品評会は満場を持ってルイズが最優秀賞を獲得した。概ね皆の予想通りの結果に終わり、つつがなく全ての過程が粛々と進められた。

 アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下が壇上に登りその他の学院生達からの声援に応える。儀礼に乗っ取ってルイズは跪きアンリエッタ姫殿下への忠誠を示す。姫殿下より賜れる表彰授与。トリステイン貴族としてこれ以上ない誉れの一つだった。

 静々と高貴な雰囲気を纏って姫殿下はルイズの前に立った。

 

 

 

「おめでとうルイズ、貴女は素晴らしい使い魔を召喚しましたね。」

「姫殿下自らのお褒めの言葉、この身に余る光栄です。」

 

 

 

 礼法に乗っ取った勅を朗々と読み上げるアンリエッタ。

 彼女はその後にルイズにだけ聞こえるようにして言葉をかける。幼少の砌より親交のあるルイズとアンリエッタの深い仲を感じさせる光景だった。そしてアンリエッタはオスマンより受け取った褒章の直垂をルイズに渡した。

 立ち上がって一礼、肩に懸けられた直垂を触って恍惚の表情を浮かべるルイズだった。そのルイズとは対照的な無言のメガトロン。ルイズが直垂を貰う様を眺めていたがゆっくりとまるで先程のルイズに倣うようにして膝を折る。

 護衛の従士がメガトロンの動きに反応し剣を構えた。アンリエッタ姫殿下何事かと狼狽えるが、

 

 

 

「恐れ多くも先の陛下の忘れ形見、トリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下に御目通り願うことが出来てとても光栄だ、」

 

 

 

 と重々しく述べられた謝辞を聞いてぱっと顔を綻ばせた。女王としての権威が揺らぐのではないかという程の喜びようだ。喋るゴーレムを前にして思わず素の自分が出てしまったのだろう。それらの様子を見たマザリーニが溜息を吐いていたがアンリエッタ殿下だけでなく既に様々な意味で手遅れだったのだ。

 

 

 

「まぁ何て素晴らしいのかしら。言葉を解するだなんて高位なゴーレムの証。滅多に見られない貴重な使い魔だわ。ルイズあなたは本当に素晴らしい使い魔を召喚したのですね。」

「あ、あありがとうございます、ですが姫殿下ここは抑えてください。衆目の眼があります故に、」

「そ。それもそうですね。んんッ。ご丁寧な素晴らしい返礼、とても使い魔のものとは思えませんわミスタ。」

 

 

 

 小声でルイズは窘める。はっとしたようにアンリエッタは素が出てしまっている自分を自覚したようだ。咳払いをして居住まいを正しメガトロンの謝辞に応える。直ぐに居住まいを治すことが出来たため学院生たちへの影響も少ないだろう。それよりもだ。

 

 今のルイズはアンリエッタ姫殿下よりもメガトロンにより強い懸念を抱いていた。謝辞を述べるだなどメガトロンは一体どうしたのかとルイズは思ってしまう。使い魔品評会に自ら出席したいと言い出した時から既におかしかった。普段のメガトロンらしくない。何がメガトロンを変えたのかを考えるが特筆すべき出来事などありはしなかった。メガトロンの主としてはこれ以上ない状況である。使い魔品評会最優秀賞だけでなくアンリエッタ姫殿下への配慮も万全。自分に対する株も鰻登りだろう現状に文句などありはしない。

 

 

 膝を折りアンリエッタ姫殿下への敬意を表すメガトロン。修羅の様な恐ろしい貌もこの時ばかりは何時も以上に頼もしく見えた。ちっとも光栄だなどとは思っていないにも拘らず何故畏まった謝辞を述べたのかルイズには分からなかった。

 

 だが、大勢の有力者が軒を連ねた使い魔品評会はルイズにとって、そして何より重要なのはメガトロンにとっても大成功を納めることが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 


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