ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第四章 覚悟
第十七話 新しい武器との出会い タバサの場合


 トリステイン魔法学院より数リーグの森の中。程好い広さを持ったその広場には自身よりも長い節くれだった杖を持った少女がいる。少女の顔は真剣そのものだった。強張ったその表情からは強い緊張が見て取れる。必死に頭脳を回転させ、最善だろうと思われる次手を導こうとしていた。

 

 肉食獣による捕食を避けるために抗う草食動物のように、その全力を持って立ち向かっている。

 一斉に飛び立つ小鳥の群れ。空間を引き裂くような絶叫が少女の鼓膜に突き刺さる。

 

 

 

「■■■■!!!」

 

 

 

 それはまるで地獄の窯の底、その奈落の闇を遊び場としている悪鬼のような咆哮だった。その叫び声を発したものが果たして生き物なのかどうかも判然とすることが出来ないほどの陰惨さ。金属質的な要素を含む重低音の絶叫。その余りにもおぞましい鳴動が森の中の広場に轟く。

 氷のように冷たい瞳と青い髪の少女タバサはその背中を伝う汗を止めることが出来なかった。

 

 

 鋼鉄の黒蠍・スコルポノックが何故タバサと対峙しているのか。それは何を隠そうそのタバサ本人から訓練を持ちかけられたからである。北花壇騎士団の7号として日夜危険な任務を強制されているタバサ。彼女は更なる力を求めていた。危険な任務から生きて帰ってくる実力だけではない、自身から何もかもを奪い取った怨敵に復讐を遂げるための力を求めていたのだ。その余りにも遠い彼岸を埋めるためにはタバサはより強くならなければいけなかった。

 

 この鋼鉄の蠍との実践は貴重な経験になる。

 自分の刃をより磨き、届かせるためには必要になるだろうと、タバサは思ったのだ。

 任務だけでは足りない。目の前にその絶好の機会が転がっているのであれば見過ごすわけにはいかない、と考えたのかもしれない。

 

 

 だが、その考えは甘すぎるものだと直ぐにタバサは理解する。

 オスマンの告解は過たずに全てが真実である。スクウェアクラスの手練れを苦も無く葬り去るという黒蠍の実力。ゲルマニアにて唄われ恐れられた怪物を今、少女は眼前にしているのだ。

 

 

 

 明朝。他人の視線のない時間帯。

 森の中の広場にてそれと対峙したタバサを戦慄が襲う。

 六つの紅眼が煌めいたとき、それまでとは全く異なる雰囲気がその全身から発せられた。

 闇に浮かぶ紅眼が迸る。陰に沈む日常の雰囲気。その場は既に戦場だった。

 手で触れるのではないかと錯覚するほどの濃厚な殺気。その全身から噴出する暴虐な威圧感。

 

 

 北花壇騎士団の7号として様々な任務に携わってきたタバサでさえ感じたことがないそのおぞましさ。

 訓練を持ちかけた自分が恥ずかしくなる。自身の全力をもってしても歯牙にもかけられないだろう絶対の実力差をタバサは身を持って痛感することになった。

 

 

「――――――クウウッ!」

「■■■■!!!!」

 

 

 ブレイドの魔法を使うタバサ。

 すると節くれだった杖の周辺に魔力が高密度で集積し青白い刃のようになる。その白刃となった杖でタバサは黒蠍の爪に立ち向かった。黒蠍と互角に切り結ぶタバサだが繰り出される黒蠍の巨爪と巨矛。徐々に徐々に突き出される速度が増していき、黒蠍がまるで山津波のようにして襲いかかってくるとタバサはその攻撃を防ぎきれなくなっていた。繰り出される斬撃は致命傷を与えることがないように手加減して行われていたがタバサの身体を着実に傷つける。

 切り裂かれ血をふきだすタバサの身体、

 

 

「ウィンディ・アイシクル!」

 

 

 堪らずタバサが距離をとり、自身の最も得意とする魔法を繰り出さざるをえなかった。

 水と風の複合魔法。無数の氷の矢が中空に形作られる。怪物を討とうと狙いを定める氷矢は朝焼けの光を受けて眩く輝いた。

 余裕をなくし追い詰められたタバサは渾身の力を込めて杖を振るった。

 引き絞られ放たれた氷矢は雨のように降り注ぐ。日光を遮るほどの大量の矢。逃げ道を塞ぐようにして全方位から黒蠍を覆っていた。

 だが、

 

 

「■■■■■■■ッッ」

 

 

 

 そのおぞましい一対の巨爪を躍動させる黒蠍。まるで強力なミキサーに放り込まれた野菜のように氷矢は微塵に砕かれた。その重厚な装甲には一本の矢も届かない。

 

 得意とする魔法が通用しない、心が折れかけるような光景だったがタバサにとってそれはまだ想定の内だった。

 砕かれた氷矢が織成す大量の水分が舞っている。周囲の環境を確認し呪文を詠唱するタバサ。出し惜しみをする余裕はない、でなければ直にでも決着をつけられるという焦燥がピリピリとタバサの首筋を突く。更なる詠唱と魔力を杖に込めアイスストームの魔法を展開させた。

 

 森の中の広場にて暴風雨が吹き荒れる。

 黒蠍の巨爪によって砕かれた氷矢。布石となった策が功を奏し事前に撒き散らされた大量の水分。それまでも取り込んだ竜巻はより巨大なものになっていた。

 

 

 

「手ごたえがない……、」

 

 

 

 荒れ狂う竜巻に飲み込まれた黒蠍を確認しても、タバサの表情は硬いままだった。有る筈の手応えが杖から感じられない。タバサはアイスストームを解除して辺りを見渡す。だが竜巻が濡らした下草しかそこにはなかった。

 どこへ、という疑問を感じる前に、タバサは地面から感じる鈍い振動を察知した。地面と接地した両足から伝わるその振動は十分にタバサを絶望させた。

 

 

 

「(地下を移動している、………不味い、全く予想がつかない、………どこから出て来る?前?後ろ?それとも、)」

 

 

 

 玉のような汗が頬にびっしりと浮かんでいる。

 その両目を大地に凝らし、タバサは杖を構えなおした。

 水と風を操るトライアングルメイジのタバサであっても、地面から伝わる微弱な動きだけではその黒蠍の位置を捉えることは出来なかった。彼女が土属性を備えていれば話は変わっていたかもしれないが、大地を闊達に泳ぎ回るこの怪物を捉える手段を現状のタバサは持ち合わせていなかった。

 

 魔力消費を覚悟して土中を凍らせようか、とタバサは考えた。

 すこしでも黒蠍の動きを阻害し、何か反撃の芽を見つけることが出来れば、と思考を実行に移そうとしたその瞬間。

 

 タバサの目の前に花が咲いた。

 

 思わず目を剥いたタバサだが、その大輪の花は本物の花ではなく、死を連想させるスコルポノックの巨爪だった。

 バカリ、と開かれた爪の中心。三連の多連装砲身は同時に迫撃砲を発射した。

 思わず身構えるタバサだったが、狙いはタバサではなかった。

 

 

 タバサを囲うようにして着弾する三連の迫撃砲。頭ほどもある巨大な弾丸は地面を抉り土煙を巻き上げた。

 予め土中を泳ぎ回り十分に地面構成が緩んだであろう頃合いを見計らってのこの行動。

 一連の姦計を見てタバサは戦慄した。

 凡そ通常の生物では考えられないこの奸智。オールドオスマンも言っていた。周到に周到に襲い掛かる黒蠍の怪物、その実力と狡猾さは手練れのメイジ数人を簡単に葬り去ってしまうのだ。

 

 

 

「(どこ…?地面の振動が無くなった、一体何処へ、)」

 

 

 

 ウィンドブレイクの魔法で辺り一帯の土煙を吹き飛ばす。広場全体を覆っていた土煙はタバサの視界を封じていた。その間に黒蠍の動向を見失ったタバサは改めて周囲に注意を向ける。しかし。どこにも怪物の姿はいない。その上に両足から伝わる地面の振動もなくなった。

焦るタバサだが自身の足元。その揺らめく影が徐々に巨大になっていくのを見て飛びずさる。

 

 

 

「!!!」

 

 

 

 無言で絶句するタバサ。

 今まで自分がいた場所には巨大な黒蠍がその巨爪を突き立てていた。もし回避していなければ全身とまではいかずとも手足の一本二本は潰されていたはずだ。背中を滴る汗は止まらなく流れる。

 

 ほんの僅かな間だけでタバサは何度死線を潜り抜けたのだろうか。相手が手を加えているとはいえ、相手の実力が実力である。手加減しても到底埋まらないその実力差。黒蠍の怪物。強大な力に何とか抗しようと死力を振り絞るタバサには自然夥しい経験が蓄積されていった。

 

 着地したままの勢いで突進する黒蠍。

 自分めがけて猛然と突進する巨大な蠍を視界にとらえるとタバサは死に物狂いで杖を振るった。この咄嗟の身の熟しも以前までのタバサでは出来なかったかもしれない。巨大な異形との戦いは確実にタバサを成長させていた。飛びずさり転がってしまった姿勢の悪い状態でも杖を構え、自身の中にある少ない魔力を振り絞る。

 

 

 

「アイスウォール!!」

「■■■■!!!」

 

 

 死力を振りぼって放たれた氷の防壁。数メートルはあるかという巨大な壁が一瞬でタバサの前に構築される。怪物の進行を食い止めようと、数十センチの厚みを持った防波堤は立ちはだかった。

 

 だが、ほんの数瞬だけだった。

 残り少ない魔力を全て注ぎ込み構築された氷の防壁。その練られた魔力が注入された堅固な壁も怪物の前では意味をなさない。高速回転する一対の巨爪。叩きつけられた惨たらしいその爪は豆腐を小分けに分割するように氷を破壊した。いつかのゴーレムのように粉々にされていく防壁を見てタバサは思う。かつてスクウェアメイジになり立てだったオスマンもこんな気持ちを抱いたのかもしれない、と。

 

 黒蠍の突進は僅かしか鈍ることなく、そのままの速度を維持してタバサに迫る。そして接触。黒蠍の巨体はタバサの身体を木端のように吹き飛ばし、木の葉のように宙を舞ったタバサは地面に叩きつけられる前にその意識を手放した。

 

 

 

 

 体中至るところを切り裂かれ、噴き出た赤に衣服が染められている。咄嗟に両腕で身体を防御したお蔭か、取り返しのつかない怪我を負うことはなかった。だが、最早魔力も残されていない。杖をも取り落しタバサに振るえるものは何もなくなっていた。

 

 

 巨大な黒蠍。アルデンの鬼と呼ばれたスコルポノックが少し遊んだだけでタバサは再起不能になった。訓練をお願いした立場としては些か益体な結果ではあるが、それでも優秀なトライアングルメイジであるタバサだからこそ、短い間ではあるが真面な戦いを行うことが出来た。これがその他の未熟なメイジであれば戦いにすらなかったはずた。

 

 

 広場の脇で控えていたドクターは出番が来たとばかりにやってきた。ふわりとタバサの身体に舞い降りると横たわっている彼女の身体を治療し始める。治療がある程度まですすめられタバサの意識が明瞭になる。すると、ドクターは普段の敬語口調はどこへ行ったのか吐き捨てるようにして言い放った。

 

 

 

「いい加減諦めやがれボケが、テメーにはどうやったって勝てねーよ、」

「態々こんな所にまで連れ出しやがって、お前ほど暇じゃねーンだよ、こっちはよ、」

 

 

 

 荒い口調で喋りながら治療を続けるドクターを見てタバサは驚いてはいなかった。何故ならこれがドクターの通常の態度だったからだ。あの破壊大帝が一応とはいえ主従関係を結んでいるというルイズに対しては、破壊大帝と同様の態度でもって接しているドクターだった。

 だが、それはたった一つだけの特別な例外であり、優れた頭脳と高いプライドを持つドクターが其処ら中にいる有機生命体の人間という生き物に頭を垂れる筈がない。

 機械生命体である自分たちよりも遥かに下等で劣った生き物だ、というのがドクターが持つ人間観だった。

 ルイズを除いたその他人間全般に対して接するとき、ドクターは見下した態度を隠さない。

 

 金属でできた身体を持つドクター達に自分から話しかけようとする人たちは殆どいないため、ルイズ以外の人間と話す機会自体全くと言っていいほどに訪れなかった。故にドクターのその見下した態度を知る人は殆どいない。何か意図があってのことなのかはわからないが、ルイズに対して意図的にその態度を隠しているため、キュルケやタバサなど数少ないルイズと親交が深いものしか彼ら本来の姿を知る者はいなかった。

 

 

 尚も悪態を吐くドクターや言うことを聞かない傷ついた身体を無視してタバサは立つ、

 そして再び怪物の下へ向かおうとした。

 

 

「もう一度、……相手、…を、して欲しい」

「馬鹿かテメーは、何度やっても無駄だって言ってんだろ、」

 

 

 

 足を引き摺りながらタバサは向かった。治療もまだ終わっていないにも拘らずである。動けるようになって直ぐに再戦を希望する、起伏の乏しい感情を持つタバサからは考えられないような熱意だった。

 

 こんな所で立ち止まっている暇はなかったからかもしれない。この黒蠍との戦いを通じて更なる力を手に入れること、それすらもまだ序章だった。やり遂げるべき本懐は遥か遠く、頂への道のりは始まったばかりである。ハルケギニア有数のメイジであるオールド・オスマンでさえ敗れ去ったその実力。ましてや学院生であるタバサには過ぎたものだった。

 

 だが、その氷のような瞳に宿っている決然とした意志と燃え盛るような憎しみが、踏みとどまることを許さない。

 

 

 

「まだ、戦える、……私、は、まだ、」

「無理だ無理だ、諦めろ、」

「ま、……だ、まだ……、」

「さっさと辞めちまえ、そんな身体で何ができるってーンだよ」

 

 

 ミシリと軋むタバサの身体、それでも息を大きく吸い込み、力の限り叫ぶ、

 

 

「出来るッ!!成し遂げてみせるッ!!、私は!!、取り戻して見せるッ!!」

 

 

 

 裂帛としたタバサの叫び。それはアルデンの鬼と呼ばれた怪物が思わず身構えるほどの気迫が込められていた。ドクターは傷ついた身体で無理をするな、という意味合いで話しかけていた。だが、地面に酷く叩きつけられ意識がやや混濁したタバサはその意味合いを取り違えてしまったのかもしれない、

 

 奪われたものを取り戻す、狂乱の檻に囚われた母を、人形となった自分を、その何もかもを何時か必ず。

 その悲願ともいうべき本懐をタバサは諦めることが出来なかった。

 

 

 ドサリ、と何かがタバサの前に放られる。

 傷だらけの身体で杖を支えに立っているタバサの前には不思議なものが転がっていた。今までに一度だけ似たようなものを見たことがある。ゼロと皆に笑われた少女が新しく腰に下げた金属の塊がそうだった。混濁した意識が次第に明瞭さを取り戻し正常な意識で目の前のものを見る。タバサの前にあるそれは自身の記憶にあるその金属の塊とは大分異なる造形をしていた。

 

 

 節くれだった自身の長い杖とほぼ同様の銃身長、

 8ミリ程の口径、

 放熱性を高めるために溝を施された銃身、

 同時に10発まで装填できるデタッチャブルボックスマガジン

 ボルトアクション式を採用したシンプルかつ無駄を省いた美しい構造。

 無骨な見た目からは考えられないほどの軽量性、

 

 壊れにくくどんな環境でも働いてくれるであろうドクター謹製の逸品はタバサの腕にしっかりと馴染んだ。

 まるで最初から持っていたように掌に吸い付く持ち手を握って、タバサは感嘆の息を吐いた、

 渡し忘れるとまたうるせえからな、と憎まれ口を吐くドクターに一言、お礼を言わずにはいられなかった。

 

 

 

「ありがとう、」

 

 

 

 氷の瞳を持つ少女、

 タバサはその生涯にわたって使い続けることになる新しい武器を手に入れた。

 

 

 

 


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