ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第十五話 ヴァリエールとツェルプストー

「スコルポノック……と、言うのよね。あの蠍は。」

「そうよ、メガトロンがそう言ったんだもの。間違いないわ。」

 

 

 

 自室へと戻る最中、寮塔内の廊下でキュルケとルイズは新しく仲間入りした彼。巨大な黒蠍であるスコルポノックを会話の題材としていた。本棟ではいまだ授業の真っ最中なのか彼女たちの会話を聞く者はいない。人影が存在しない廊下には学生が行き交う従来の賑わいは失せ、ルイズとキュルケの言葉だけが響いていた。 硬い声音で会話を交わす少女たち、普段とは異なるガラリとした廊下には戯れを許さない神妙な雰囲気が醸し出されていた。

 

 

 スコルポノック。ルイズの新しい使い魔、それはとてもとても巨大な鋼鉄の蠍だった。

 身体は鋼で出来ている。その身に宿すは奸智と暴虐。

 スクウェアクラスの土メイジ数十人が力を結集しても創り出せないであろう精緻を極めたその造形、それは見事という他になかった。頭胸部の遮蔽殻一つとっても分かり得る。彼がどれほど洗練された存在なのかを。

 

 

 

 しなやかな靭尾はより鋭く、岩盤を砕く穿爪はより硬く。徒爾な部品を極限まで省いたそのボディ。

 

 

 敵を殺す、対象を破壊する。

 彼の存在は絞り込まれた一つのベクトルへと磨き上げられていた。

 一口に言ってしまえば彼はとてもシンプルなのである、単純でいて無駄がないシンプルな存在。

 

 

 四つの眼球。二つの巨爪。 彼が蠍であることを象徴するアイコンは何らの瑕疵も齟齬もなく彼を称えていた。尾部を含めた全長は6~7メイル程。蠍という概念上、節足動物門鋏角亜門クモ綱サソリ目の規格では考えられないほどの巨体を有していた。

 

 

 何故彼が異なる惑星であるハルケギニアに遥か昔から存在していたのか、それは誰にもわからない。その真相は闇に覆われたままだった。冷酷なディセプティコンとして名を馳せたブラックアウト。その眷属たるスコルポノック。この度の件で彼は新しい主人をその身に戴くことになった。

 

 

 破壊大帝メガトロン、それが彼の新しい主人の名前である。

 最強の名を欲しい儘にしたディセプティコンの独裁者。強力無比なメガトロンの存在力はメガトロンの眷属となったスコルポノックにも例外なく働いた。鈍色に輝いていた銀灰色の装甲は艶のある黒檀のような深黒色へ。相手を注視する四つの目は朱に染まり紅色に煌めいた。

 

 

「共生者」たるスコルポノックは自生するためのエネルギーを己自身で精製できない。 そのため宿主となる金属生命体からエネルギー供与を受けなければならないのだが、今回の件はその特性が災いしたことになる。暗黒物質であるダークマター。それを常食とするメガトロンから供与されたエネルギーはスコルポノックの存在自体を引き上げた。宛らガソリンに代わってニトロメタンを注入された普通自動車のように。

 

 

 引き上げられたスコルポノックの存在。今現在のスコルポノックはスコルポノックでありスコルポノックではない。桁外れのエネルギーを供与された彼の身体はそのエネルギーに適応するため進化した。身体は組換わり、装甲は強化された。

 

 銀から黒へ、白から赤へ、ブラックアウトから破壊大帝メガトロンへ、

「共生者」スコルポノック。 この世に顕現した畏怖の黒蠍。

 彼もまた、伝説を縒り合せる一つの重要な要石となっていくことになる。

 

 

 ▲

 

 

「~♪~♪、スコルポノック……かぁ、ちょっと変わった名前ね。でも凄く覚えやすいわ。もう覚えちゃったもの。ってどうしたのよキュルケ。あんたの部屋は隣でしょ、」

 

 

 それがどれだけ惨たらしい事実だろうと使い魔が新しく増えたこと。メイジにとってそれは喜ぶべきことなのかもしれない、鼻歌を呟きながらルイズはドレスを吟味していた。

 

 

 だが、そのルイズの言葉を遮ったのは彼女の友人であるキュルケの存在だった。マチルダとの戦闘を通じて深まった彼女たちの間柄から鑑みれば戦友とでも言うべきなのだろうか。自室に戻ったルイズは今夜学院で開催されるフリッグの舞踏会にて何を身に着けようかと、思案に耽っていたのだが扉を開いて入室したキュルケを見て食指を止めた。

 

 

 見るとキュルケは未だに学生服から着替えていないようだった。マントを脱いでいるためやや身軽そうではあるが、ブラウスにスカート。代わり映えのしないその恰好は派手好きのキュルケには似つかわしくないものだった。 キュルケは暗い表情を貼り付けたまま室内にあった椅子に腰かけると。

 

 

「ルイズ。あなたに話しておきたいことがあるのよ」

 

 と、言った。

 足を組み頬杖をつくキュルケの姿はツェルプストーの名に違わないものだった。妖艶かつ妖美。誘い込まれるようなその視線は男であれば誰であれパブロフの犬のように涎を垂らすのだろう。けれども今この部屋にはルイズと血の通っていない獣であるラヴィッジしかいないのでルイズが持ち前の癇癪を起すことは無い。

 ルイズはキュルケに先を話すように促した。だが、居心地が悪そうにラヴィッジを見ると言った。

 

 

「出来れば二人だけにして欲しいの、いいかしら?」

「変な事するんじゃないのであれば、別に構わないわ、」

 

 そんなことしないわよ、と苦笑しながらキュルケはベッドに腰掛ける。イヤリングを通して連絡するまで時間をつぶしてきて欲しい、というルイズの言いつけ通りラヴィッジはドアから外へ出た。そして部屋には二人の少女と静寂だけが残される。

 

「私の出身がゲルマニアだということはルイズ、あなたも知ってると思うけど。この話はまだあなたには話してないわよね。そもそも話すつもりも無かったんだけど、まあいいわ。聞いてちょうだい。」

 

 

 といってキュルケは歌い始めた。 それは惨たらしい苦難を味わった人々が、その経験を後世の人々に残すために紡がれた一つの名残だった。

 

 

 

 起きているときは両の目で大地を見ろ、

 

 眠るときは片目を閉じて残った目で大地を見ろ、

 

 闘おうと思ってはならない、立ち向かおうと思ってはならない、

 

 名を惜しむな、命を惜しめ、

 

 走れ走れ、その命が続くまで、

 

 気を配れ、注意を怠るな、彼のモノは常にお前を見ている、

 

 

 

 

 淡々と淡々とその歌は紡がれた。キュルケの顔にはルイズの部屋に入った際の時と変わらずに暗い表情が浮かんでいる。思い起こすように、思い出すようにして歌うキュルケ。そんな彼女を見てルイズはキュルケが何を言いたいのかを理解した。

 

 

「キュルケ、……その歌は?」

「アルデンの鬼、土中の暗殺者、皆殺しの怪物。この歌はそう呼ばれた怪物を謳った寓話よ。童話と呼んでもいいかもしれないわね。ほらよくあるでしょう。細かいところは違いがあるけれど、子どもに歌って聞かせる小噺の様なものよ。良い子にしないと襲われちゃうわよ~っていう躾のためのものかしら。お転婆だったからね、私はこの歌を幼いころからよく聞かされたわ。その度に泣いちゃって爺やを困らせたものよ。」

 

 

 ルイズの疑問に答えるキュルケ。ルイズはこの時点で確信した。

 目の前にいる友人が何を言いたかったのか、何のためにここに来たのか。

 アルデンの鬼、土中の暗殺者、皆殺しの怪物。おどろおどろしい二つ名の羅列。

 それは、

 

 

 

「……スコルポノックね、其の歌が表しているものは私の使い魔、」

 

 

 

 オスマンの話を聞いて見当を付けたのだとキュルケは言った。

 オスマンを含めた手練れの精鋭たちを、スクウェアクラスのメイジ達を撃退し全滅させることが出来る怪物などそう多くない。悪名高い悍ましきその怪物を類推することはそう難しいことではなかった。

 恐ろしいほどに狡猾で、身震いするほどに強力で、狂おしいほどに残虐な。

 その怪物の名を。

 

「この民謡はゲルマニア固有のものよ。ガリアにもトリステインにもこんな恐ろしい化け物を謳った民話なんてありはしなかった。ゲルマニアに限って言えば「イーバルディの勇者」よりも有名よ、このお話。一応言っておくけれどルイズ。私は別に憎しみがあるわけじゃないのよ、私が生まれるよりもずっと大昔の話なんか忖度のしようがないし、どう感じればいいのかも分からないしね。今更と言えば今更のことよ。」

 

 

 けれども、とキュルケは続ける。 次第に熱を帯びていくその口調。いつのまにかキュルケの話に聞き入っているルイズがそこにいる。間接的にでもその恐ろしさを知っているからこそ、キュルケの言葉にはその真剣さ以上の説得力が込められていた。

 

「私は心配なのよ、ルイズ、あの蠍は間違いなく怪物。やろうと思えば集落の一つや二つ、どころじゃあないわ。ゲルマニア建国史にはこう書いてあるの。件の化け物、あの怪物によってゲルマニアの被った損失は10年分の国力に匹敵するだろうって。たった数週間でそれだけの損害をゲルマニアは被ったのよ!。あれはそんな存在なの。あのオスマンが対処を放棄した、放棄せざるを得なかった怪物よ!。ルイズあなたはそんなモノを使い魔として使役できるっていうの!?」

 

 

 

 虚偽や誇張がある程度含まれているとはいえ建国史の記載を鑑みればその恐ろしさも推測できる。 キュルケの推測は正しかった。球体上に変化したスコルポノックを態々学院の宝物庫に保管した理由はそこにある。オールド・オスマンはルイズ達に語らなかったが、誰にも手出しできなかったというのが真相なのだ。恐らくはオスマンも何度か破壊しようと相対したに違いない。

 だが結果はご覧のとおりである。スコルポノックは破壊大帝の眷属として復活し、その脅威の手綱は一人のメイジに委ねられることになった。あれだけの脅威がたった一人の可憐な少女に委ねられるなど本来ではありえないことである。だが、どれだけありえないと思われることがあろうと、実際にその状況が成立する以上該当の場にはその状況を生み出した自然な理由や要因が必ず存在しているのだった。

 

 

 口調に熱が籠っていくのをキュルケは止めることが出来なかった。溢れ出す奔流のように次から次へと漏れ出る言葉。中には暴言も含まれるそれらの言葉を流れに任せてルイズに叩きつけている自分に気付いた時キュルケは口を噤んだ。やりすぎたとキュルケが思う間もなくルイズは喋り始める。

 

 その表情は焦るキュルケとは対照的に晴れやかだった。

 もしかすれば、その少女は狂っているのかもしれなかった。

 けれども、この責務を背負えるのもまたその少女しかいなかった。

 

 

 

「ありがとう、キュルケ。私を心配してくれてるんでしょう。その気遣いはとっても嬉しいわ。でもあれとかそれとか言っちゃ駄目よ。ちゃんと名前で呼んであげなくちゃ。スコルポノックが悲しむもの。」

 

 

 驚き。困惑。

 キュルケの頭の中に様々な思いが駆け巡る。

 自分の知っているルイズ・フランソワーズという人物からかけ離れた態度にキュルケは思わず、はいと答えるしかなかった。

 

 

 罵倒した相手を気遣うその度量。懐の深さとでもいうのだろうか。ルイズの可憐な美貌も伴ってまるで聖女とでも言うべき存在がキュルケの前にいる。

 キュルケは理解した。何故目の前にいる幼い少女があのように恐ろしい存在を使い魔として召喚したのか、出来たのかを。それはきっと必然だったのだろう。もしくは始祖ブリミルの思召しだったのかもしれない。あの存在を従えることでハルケギニアを守護できるのは後にも先にもこの少女しかいない。そう確信させる何かをキュルケはルイズから感じ取ったのだ。

 

 数瞬の戸惑いから覚めた後キュルケは見た。震えているルイズの両手を。

 晴れやかな表情とは対照的にスカートの裾を掴んでいるルイズの両手は小刻みに震えていた。

 キュルケは苦笑する。何だかんだと言っているが自分もまだまだ年端もいかない小娘であるのだとキュルケは思う。自分を心配させないようにとルイズに気遣わせてしまっている自身が滑稽で仕方がなかった。態々自分に言われずともルイズが一番わかっているのだろう、彼らの主であるルイズが一番理解しているのだろう。

 

 

 ルイズの双肩に圧しかかっているものがどれほど重いのか。一体で万人力を超越する使い魔を従えている自分に課せられた責務がどれほど巨大なものなのかを。

 

 

 そして、ルイズは語った。

 眦に涙をためながらも、溢れ出る思いを自分の中に収めておけないといったように。

 何故自分が彼らから離れられないのかを。その罪と絆。そして鎖のような軛と枷を。

 

 

 

「それに、ね、……私は望んでしまったから。願ってしまったから。求めてしまったから。もう戻れないの。召喚の儀式のとき、私は思ったの。強い使い魔が欲しいって。私をゼロだって苛む何もかもを吹き飛ばせるような。その世界全てから解放してくれるような使い魔が来て欲しいって。願ってしまったから。もう戻れないの。私は嬉しかった。鋼鉄の彼らが来てくれて。誇らしかったし有能で強力な彼らが頼もしかった。でもね、私は何もわかっていなかったの。力には責任が伴うんだってことを。言葉だけは知っていても、実際には全然分かっていなかった。それだけの力があるんだってことは、それだけの課せられる責務が、責任があるんだって、私は何も分かっていなかった。」

 

 

 

 分かっていなかった、とルイズは繰り返す。

 自戒を込めるように、まるで自分を戒め苛むようにして繰り返しつぶやいた。

 そんなことはないやり直しはあると、言おうとしたキュルケを遮ってルイズは続ける。

 

 

 

 そして、ルイズは明かした、

 誰にも話したことがない自分だけの確信を。

 何故ルイズは戻ることが出来ないのか。

 何故取り返しがつかないのか。

 その身に背負わされた鋼鉄の罪過をルイズは明かした。

 

 

 

「……………。」

「そんな……、」

 

 

 

 キュルケは愕然とした、

 逃げてしまえばいい、当初キュルケはそう考えていた。背負わされた責任から、自身の大切な友人であるルイズを守るためには、何もかもを投げ出してしまえばいいとすら思っていた。強力な使い魔を召喚してしまった責任など、自分に課す必要などない。そんなメイジの責務などルイズの身を守る事に比べれば些末なことだと思っていた。責任に押し潰されてしまう前に、故郷であるゲルマニアにてルイズを匿うことまで考えていたキュルケだが。

 その考えは木端微塵に打ち砕かれた。

 

 

 

 ルイズの言ったそのことが本当であれば、あの鋼鉄の使い魔は地の果てまでも、ルイズを追ってくるはずだ。 その追跡を躱し切ることが出来るとはとてもではないが思えなかった。人間ではない超絶な力を持った鋼鉄の彼らが、血眼になって草の根を分けてでもルイズを捉えにやってくる、となれば匿うことは不可能である。ハルケギニア中のすべての国家が束になったとしてもルイズを守りきることは出来ないだろう、ハルケギニアが火の海に包まれるという結果を生み出すだけだった。

 

 

 

 もう何もかもが手遅れなのだということをここにきてキュルケも理解した。

 

 

 

 物語は既に始まっている。その始まりを変えることなど誰にも出来ないのだった。

 キュルケは思う。自分に何が出来るだろうか、と、自分を心配させないように必死で笑顔を浮かべる少女に何をしてあげられるのだろうか、と。何か特別な理由があったわけではない。何か特別な思いがあったわけでもない。

 しかし、キュルケの身体は勝手に動いていた。椅子から腰を上げると、ベッドに腰掛けるピンクブロンドの少女を慈しむように抱きしめる。豊満な胸部にルイズの顔が包まれた。

 

 

 

「頼りにならないかもしれないけれど、ルイズ。私に何でも相談してちょうだい。何も出来ないかもしれないし、出来ることはもう無いのかもしれない。けれど、何もないままに終わりだなんて死んでも御免だわ。ツェルプストーはあなたの味方よ。」

「………。」

 

 

 

 ルイズは泣いていた。涙を流す顔は窺えない。しゃくりあげる様な振動を己の胸に感じながらキュルケは思った、

 

 世界は残酷だ、と、

 

 強く抱きしめれば折れてしまいそうな線の細い矮躯に世界を如何とでも出来うるパンドラの箱が委ねられている。強大すぎる力は破滅しか生み出さないが、それを一方的に押し付けられたものはどうすればよいのか。果ての無い苦悶と葛藤。

 

 

 終わりのない究極の責任が幼い少女に課せられている。 ならばとキュルケは自分に命じた。

 

 自分も背負おう、と。

 

 雁字搦めに繋縛する軛から少女を解き放つことが出来ないのであれば自分もそれを受け入れよう、と。

 ルイズだけに責を負わせない。ルイズだけに原因を押し付けることはしない。

 もうできることは何もないのかもしれない。これからの抗いも全てが藻屑となり巨大な奔流に飲み込まれてしまうのかもしれない。

 

 だが、何も出来ないままに終わってしまうのを指をくわえて見ていられるほど、彼女たちは弱くない。

 

 

 ヴァリエールとツェルプストー。対立する両者は今日、少しだけ仲良くなった。

 

 

 

 


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