ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第十二話 土くれの襲撃 狙われた獲物は,

 

 土くれのフーケと呼ばれ、トリステイン中の貴族にとって恐怖の的となっているメイジの盗賊がいる。その盗賊が用いる盗みの手法は単純だ。何のことはなく只錬金の魔法を使って頑強な扉や壁をただの粘土や砂に変えてしまうことだった。それは単純故に対策を講じることが難しかった。宝物を守る防壁を強力な錬金の魔法を用いて無効化し、その後に侵入して目的の品を奪い取る。 固定化や硬化の魔法で守られている防壁は、その強力な錬金によって敢え無く土くれへと変えられてしまう。

 

 それ故にその盗賊には土くれという冠名が自然と付いて回るようになった。

 身の丈およそ30メイルの巨大なゴーレムを操って盗みを行う時もあるため、その盗賊はトライアングルクラスに位置する強力な土系統のメイジであるといわれている。しかし、それ以上の正体は誰にも知られておらず、その全貌は謎に包まれている。

 

 盗みを行った犯行現場の壁には己の犯行であることを誇示するサインを残していくという。その貴族をあざ笑うかのような行動をとることもトリステインにおけるフーケの認知度が高まる一助となっている。貴族を毛嫌いする平民の中では貴族がフーケによって面目を潰されていることを皮肉った小噺が流布しているくらいだ。

 支配層に位置しているプライドの高いトリステインの貴族たちが土くれのフーケに対して抱く憎しみの感情も一角のものだろう。

 現状のトリステインにおいて土くれのフーケは最も有名な盗賊の内の一人だった。

 

 

 

 

 

 虚無の曜日深夜、蒼と紅の双月がハルケギニアの景観を彩っている時分、トリステイン魔法学院敷地内に建立されている本塔の前に一つの人影が現れた。頭部が隠れるようにすっぽりと黒いフードを被っているためその人物の表情や性別を窺うことはかなわない。それは辺りを見渡すようにして人の目が無いことを確認すると片膝をおり両手を地面に接触させる。その両手が大地に触れた途端、異変はおこった。

 

 

 

 地面が噴出する泉のように隆起してあっという間に巨大なゴーレムがその場に構築されたのだ。ゴーレムはその巨腕を振りかざして拳を塔の壁に叩きつけた、本塔を伝って大きな衝撃が辺りに伝わる。本塔の壁が一撃で崩落しないことを確認したゴーレムは連続して拳撃を浴びせ続けた。岩と岩のぶつかり合う籠りの強い重低音が辺り一帯に響く。

 その音を聞きつけた当直の警備兵は各々が剣や槍を持ってゴーレムの元に集結し、本塔を護衛しようと武器を構えるが、30メイルもある巨大なゴーレムに魔法も使えない平民の兵士が対抗できるはずもなく、奮戦むなしくも鎧袖一触で彼らは叩き伏せられてしまった。

 しかし、不思議と重傷を負った兵士は無く、身動きが取れない程度に抑えて攻撃されていた。

 

 

 

 兵士たちから発せられる悲鳴や拳撃によって生じた破砕音を聞きつけいち早く現場にルイズが駆けつけた時には、巨大なゴーレムは大きな地響きとともに悠然と学院から去っていってしまった。その際にゴーレムが胸に何かを抱えてことに気づくことが出来たのはルイズを含めあまり多くない。負傷した兵士があげる呻き声や学院に所属している水属性治療師による搬送の指示が辺りに響く中。

 一台の戦車と一匹の獣がその一部始終をじっと観測していたことを知る者はいなかった。

 

 

 

 

 翌日のトリステイン魔法学院は蜂の巣を突いたかのような喧騒に包まれていた。

 トリステインを揺るがしている盗賊『土くれのフーケ』の来襲。

 固定化や硬化などの厳重な防衛魔法がかけられてたはずの宝物庫が破壊。

 保管されていた秘宝の強奪。

 阻止しようとした兵士たちの負傷など、まさに学院が創設されて以来の大事件であると同時に、過去に類を見ないほどの大きな失態でもあった。

 

 

「やはり、平民の兵士などに任せていたのが間違いだったのですよ、あれほど私が仰ったのにもかかわらずに」

「今はそんなことを言っている場合ではないでしょう!、慎みなさい」

「何だと……「ええい!!静まれ、静まらんか!!話が進まんわ。」

 

 学院長室では教師達が集まって今回の事件に関する対策会議が開かれていた。

 多様な意見が噴出する中で、責任の所在の押し付け合いを行っていた教師を一喝して黙らせたトリステイン魔法学院、学院長オールド・オスマンが口を開く。

 

 

「さて、うだつのあがらん様を見せてしまってすまんが、ルイズ・フランソワーズ。君を呼びつけた理由は他ならぬ土くれのフーケに関することじゃ。」

「君は当直の兵を除けば誰よりも早く現場に駆けつけたそうじゃが、昨夜見聞きしたことをなんぞ説明してはくれないかの?」

「当直の兵士からは話を伺わないのですか?」

 

 居並んでいる教師の中から声が飛ぶ。

 

「兵士たちの中で重傷を負ったものはおらなんだ。しかし、今は出来ればゆっくりと休みを取らせたい。昨夜必死で職務を果たした彼らにこれ以上の無理をさせたくはないのじゃよ。」

 

 

 オスマンの言葉を聞いた教員の人々の中には顔を顰める者もいた。先ほどの平民蔑視の言葉の意趣返しと感じたのかもしれないが、オスマンからは一顧だにされていなかった。彼の目線の先には今ルイズとその使い魔である一匹の獣の姿があった。寝不足気味なのか彼女の目はやや充血している。彼の命に従いルイズは昨日の夜に己が現場で見たことを詳しく説明した。

 

 人間の悲鳴や轟く重低音を耳にして何事かとベッドから跳ね起きたこと、

 悲鳴の出所を探し出して本塔へ駆けつけた時にはすでにゴーレムは学院から遠ざかっていたこと、

 学院から遠ざかるゴーレムの肩には黒いフードを被った人物が乗っていたことなど、

 昨夜の出来事を事細かに語るルイズ。それに対してオスマンは厳かに頷きながら彼女に言葉を返す。

 

 

「うむ、報告の中でも触れられていたがその人物が土くれのフーケで間違いないじゃろうて。」

「まさか魔法を直接使わずに力押しで宝物庫を破壊してくるとはの。対魔法用の魔術にばかり重点を置いていたことが徒になったようじゃ。」

 

 悩ましい声をあげるオスマンに対して教員の一人が対応策を提案する。

 

「オールド・オスマン、王宮に連絡しましょう。王宮衛士隊を増援に呼べばフーケを捉えられるはずです。」

「ならん。時間がかかり過ぎる上にそんなことをしていればフーケに気取られる。ぐずぐずしていれば盗まれた宝物ごととんずらされるのがおちじゃろうて。」

 

 教員の出した提案を取り下げるとオスマンは傍に控えていた美しい女性に声を掛けた。

 

 

「のう、ミス・ロングビル。土くれのフーケに関する調査は如何ほどじゃな、」

 

 

 オスマンの問いかけを受けてロングビルは掛けているメガネの蔓をきらりと光らせ、はきはきとした声で自身の調査結果を話し始めた。

 

「はい、周辺住民の聞き込みから土くれのフーケと思しき者の足取りが掴めました。」

「とある農民からの情報によりますと、近郊に位置する森の中の廃屋に黒いフードを被った人物が這入っていく姿を度々目撃したものがいたそうです。」

「さすが、仕事が早いの。ミス・ロングビル。」

 

 

 満足そうな顔で労を労うオールド・オスマン。

 彼は周囲を見渡しながら声を張り上げる。

 

 

「我々の手で盗まれた宝物を奪還し、盗賊によって汚された学院の名誉を取り戻すのじゃ。我と思うものは杖を掲げよ!!」

 

 しかし、教員の中にはオスマンの声に応えるものは見られない。勇ましいオスマンの声とは対照的に教師たちの視線は伏し目がちに揃えられていた。トリステインを賑わせる土くれの勇名は教師たちも知るところなのだろう。幾ら煽てられようと分の悪い戦いに自ら赴きたいと思う人物はそうそう居ない。得られる功名とリスクを勘案すれば、この場合圧倒的にリスクが上回っていた。

 

「どうした、フーケを打ち取って名をあげようという貴族はおらんのか?!」

 

 オスマンは慌てたような声をあげるが現状は変わらない。

 ルイズは周囲の様子をちらちらと伺ってばかりいる教師陣を見て堪らずに杖を掲げた。ゼロという汚名を雪ぐため自身が持つ貴族としての誇りがため、目の前の問題を見逃すわけにはいかなかったのである。固い決意とともに杖を掲げるルイズは凛々しくも美しかった。

 

 

「私が志願いたします!!」

「おお!ミス・ヴァリエール。君が参加してくれるのか。さすがは優秀なメイジを多数輩出している誉れ高きヴァリエール公爵家の息女じゃ。」

 

 

 オスマンは志願者が名乗り上げてくれた安堵からか、喜びの声をあげる。

 ルイズは気づかなかったが、この時のオスマンの顔はにこやかだったが目は真剣そのものである。何かを内に秘めた視線。物事のさらにその先を見通そうとするかのような鋭い眼差し。

 それは一体何を意味するのだろうか。

 

 

「では、ミス・ヴァリエール。君にフーケ追補の任を「ちょっとお待ちになって!!」

 

 オスマンがルイズに命を下そうとしたとき一人の女性が学院長室の扉を開けて入室してきた。

 

 

「ツェ、ツェルプストー?!どうしてここに!!」

「ヴァリエールには負けられませんわ、私も任務に志願させていただきます。」

 

 室内に入室したのはキュルケであった。彼女は燃えさかるような赤い髪をたなびかせながら自身の杖を掲げる。ルイズに負ける訳にはいかない、という尤もらしい理由を述べたのはキュルケなりの配慮なのだろう。ルイズの高いプライドを逆立てることのないように、前もって配慮するその賢明な姿勢から彼女の有する思いやりと賢さが見て取れた。

 

 

「あんただけじゃ心許ないでしょ。私も一緒に行ってあげる。」

「べ、べべ別に嬉しくなんてないわよ!! お礼なんて言ってあげないんだから!!」

 

 素直じゃないわねぇと呆れながらキュルケは一人呟く。すると何時の間にか傍にいたのか彼女の横にはもう一本の杖が掲げられていた。その杖はキュルケにとって見慣れたものだった。身の丈を上回る節くれだった杖。その杖を振るうメイジはキュルケの記憶している限りたった一人しかいない。

 

 

「タバサも付いてきてくれたのね、一体どういう風の吹き回しかしら?」

「二人が心配、」

 

 キュルケの問いに青髪の少女、タバサは事もなげに応える。平易な調子の言葉だったが、それはタバサの心からの言葉だったのだろう。キュルケとルイズの性急さと危うさは日頃一緒にいる機会の多いタバサが一番よく知っている。日常生活において親交の深い二人が盗賊追補に向かうと息巻いているのだ、如何に起伏の乏しい感情を持つタバサであっても気をそそられてしまうのは致し方のないことだった。

 こうして二人のメイジが土くれ追補の任務に加わったことになる。戦力的に大幅な改善が見込める吉事だが、オスマンは然程態度を変えていなかった。彼が注目を注いでいる存在はここにはいない、という意味が底冷えした態度から読み取れる。学生とはいえ手練れのメイジ二人の存在が霞んでしまう何かがオスマンの脳裏の大勢を占めていたからである。

 

 

 

「うむ、ではこの三人にフーケ追補の任を頼むとしようかの。」

「ミス・タバサ、ミス・ツェルプストー、両者ともに優秀なメイジであると聞いている。ミス・ルイズと協力して必ずや宝物を取り戻してくれるじゃろう。」

 

 

 彼女たちに激励の声を掛けるオスマン。随分と事も無げな声だった。まるで、すぐに済ませて帰ってくるだろうと予想していたかのように。そして、トリステイン魔法学院長である彼は杖を掲げるとルイズ達に感謝の意を述べた。

 

 

「魔法学院は諸君らの努力と貴族としての誇りを評価する。」

「オールド・オスマン、私が案内役として同行いたします。」

「そうしてくれるか、ミス・ロングビル。」

「もとよりそのつもりです。」

 

 

 謝辞を述べるオスマンに自らルイズ達との同行を申し出るロングビル。こうなることを予期していたか否かはさておいて、了承したオスマンに対してにこやかな笑みを浮かべた彼女は目の前にいる三人の少女に踵を返した。

 

 

「さあ皆さん行きましょう、表に馬車を待たせてあります。それに乗っていけば目的地はすぐです、」

「その必要はない」

 

 

 突如として発せられた音。重々しく厳かなおよそ人間とは思えないような冷たい声音に反応して、ルイズを含めその場にいた全員による驚きの声がその場に響いた。

 

 

 ▲

 

 

 トリステイン魔法学院近郊に位置する森の中。一台の巨大な戦車が内部をはしる小道を進撃していた。戦車の両輪を担っている厳つくものものしいキャタピラが発する独特の鳴動が一帯に響いている。森に生息しているらしい動物たちはその音を聞いて先を争うように逃げ出していった。

 その戦車には三人の少女と一人の女性が思い思いの場所に腰かけており、目的地に到着するまでの暇を会話によって潰している。最初は渋っていたキュルケやミス・ロングビルもだんだんと慣れてきたのか己が戦車に乗車しているという事実に対しての動揺は見られない。それは、厳つい巨大戦車と四人の女性という不思議な光景だった。

 

 

「何で土くれのフーケは盗賊なんかやっているのかしら。魔法が使えるってことは貴族なんでしょう?」

 

 ルイズは自身が感じた疑問を話題に投じるとミス・ロングビルがそれに反応した。戦艦砲のように巨大な砲門の付け根。戦車基幹部に座っているロングビルは居心地の悪さを自身の仕草で表現しながらも、平然とした様子でルイズ達との会話に参加していた。加えてメガトロンという鋼鉄の巨人に対する畏怖を感じさせるどころか、まるで見慣れたものであるというようにも振舞っている。線の細い整った美貌とは対照的に、割と豪胆な性格をしているのかもしれない。巨大なキャタピラによって木々がなぎ倒されている周囲の景色を悠々と観賞する程の余裕を持っていた。

 

 

「メイジが全員貴族であるという訳ではありませんわ、様々な事情で平民になった者も多いのです。その中には身を窶して傭兵になったり、犯罪者になる者もいますわ。かくいうこの私も貴族の位を無くした者ですから。」

「えっ、ミスロングビルはオスマン氏の秘書なんでしょう? 本来であれば貴族の位を持つ方が務める職務ではないのかしら?」

 

 ロングビルの告白にキュルケが重ねて質問を投げかけた。やや下世話な質問かもしれないが、この年代の女の子にとっては特に興味をそそられる内容でもある。キュルケが貴族であり、他の貴族子弟子女と同様に漏れなく噂好きであることも災いした。そういった内容の話にキュルケは目が無いのである。詳しく掘り下げることは失礼であると分かっていてもついつい追加の質問が口を吐いて出てしまうキュルケだった。

 

 

「オスマン氏は平民や貴族などの身分に拘らないお方ですから…………。」

「では、どういった事情で貴族の地位を?」

「……」

 

 キュルケの問いに沈黙で返答するロングビル。沈黙は金なりという言葉があるが、ロングビルも沈黙の大切さをよく知っているようだ。若い少女が向けてきた無邪気な関心をスマートに捌くためには沈黙という手段が一番だった。その如才のない行動は年長者の功が発露したからだろうか。はたまた様々な含蓄を積み重ねなければならないほどの修羅場を経験してきたということだろうか。その答えをルイズ達はこの後すぐにでも知ることになった。

 

 

「いいじゃない、お聞かせ願いたいわ。」

「こーらッ!!失礼よ、ツェルプストー!!」

「はいはい、ちょっとお喋りしただけよ。身元を詮索するつもりなんてないわ。」

 

 

 答えを催促したキュルケに対して釘を刺すルイズ。このまま制止しなければキュルケは何時までも似たような質問を繰り返すだろうと簡単に想像できたからである。そうしてルイズはキュルケの関心を中断させ、必要となるだろう質問を投げかけた。いざという時になって行動に破綻が生じてはどうしようもない。土くれに関する目撃情報の精査を行い互いの認識を一致させる。その上で様々な状況を想定し、どのようなオプションが有効になるのかをルイズ達とロングビルは検討していた。

 彼女たちは広場につくまで会話を続けていたが、重厚という文字をそのまま顕現したかのような戦車。もといルイズの使い魔であるメガトロンが木々を容易くなぎ倒しながら驀進する様をみて口を噤んだ。幾重にも重ねられ縒り合された繊維質が強引に捩じ切られる断末魔。土中深く張った根を丸ごと引き抜かれた木々が次々と倒壊している破砕音をまざまざと耳にして、その場にいた全員の背筋に一筋の怖気が走った。

 

 ルイズは気持ちが悪いくらい素直なメガトロンを見て訝しむ。プライドの高いメガトロンが唯々諾々と下された命令を聞くとはとても思えなかったからだ。ましてや自分から協力を申し出るなど以ての外。ここまで従順なのには何か理由があるのではないかとルイズは考えた。右耳のイヤリングでドクターに尋ねてみようかとも思ったが、寸前まで指を伸ばして辞める。

 

 何か目的が、狙いがあるのではないかと、と考えても埒が明かないからだ。

 土くれのフーケを捕え秘宝を奪還すること。今のルイズの使命はそれである。重要視するべきは何か勘違いしてはいけない。自身の使い魔の企みを受け入れる度量、いっそのこと利用してやろうというしたたかさが自身には求められているのかもしれない、とルイズは思った。

 

 実力無き理想は絵に描いた餅にすぎない、自身の誓いをルイズは忘れていなかった。

 この誓いにメガトロンの影響が無いとはまた言い切れないのではあるが。

 

 

「もう、そろそろですね」

「ミス・ロングビル、もしかしたらあれが目撃情報にあったという廃屋ですか?」

 

 ルイズはロングビルに確認を求める。

 森の中の小道が随分と広くなって街道という呼称が適切になった頃、ルイズ達一行は目的地である廃屋に到達していた。小屋の中から見えないよう、彼女たちは森の茂みに隠れながら小屋の様子を伺っている。

 

 

「ええ、間違いありません。」

「農夫の目撃証言とも一致しています。」

 

 ロングビルのお墨付きを得たルイズたちは散開し、小屋を取り囲む。

 杖を構え、互いに目配せを配りあいながらじりじりと廃屋への距離を詰めるが。

 

 

「やっぱりもう居ないようね。」

「中は空っぽ、フーケどころか秘宝も見当たらないわ。」

 

 朽ちた窓枠の隙間から中を伺ったキュルケ。しかし、目当てのものは一切見つからなかった。キュルケの言葉を聞き落胆しながら杖をおろすルイズたち。半ば覚悟していたとはいえ実際に目で確認してみるとまた違った徒労感が降りかかってきた。

 

 トライアングルメイジであろうと目されているフーケ。手練れの盗賊との戦闘が今か今かと始まるのではないか、という緊張感。その軛から解き放たれた影響もあってか、ルイズたち一行はメンバーが一人欠けていることに未だ気づいていなかった。

 幾度の戦闘を経験していたタバサにしても非常にらしくもない失態だった。

 

 

「あーあ、結局無駄足だったわねー、ぐずぐずと何時までも逗留しているわけがないし。お目当てのものを見つけてさっさと何処かへ言ってしまったのかしらね。それにしても随分と汚いわ。埃だらけで本当にフーケはこんな所を塒にしていたのかしら。」

 

 無造作に中に入るとキュルケは廃屋の内部を見分し始めた。しかし、誰かが生活していたということを示す僅かな痕跡も見当たらなかった。目ぼしい発見は何もなく、ただこの場所が廃屋であることだけが改めて確認されただけだった。

 フードで口鼻を覆いながら埃が舞う廃屋内を見分していたキュルケが思い出したように言った。

 

 

「ねえ、フーケは宝物庫から何を盗んでいったのよ。」

「キュルケ、あなたオスマン学院長の話を聞いていなかったの? あれだけ詳しく説明してくれたじゃない。」

「私が学院長室に入った時にはもう終わっていたんじゃないかしら。そのお話は。だから詳しく知らないのよ。盗み出された宝物が何なのか。あんなに大騒ぎするだなんて、そんなに大切な代物なのかしらね。」

 

 

 それでは知らなかったことも致し方ないかと、ルイズは自省し自身が聞いた話をキュルケ達と共有する。忘れてしまった部分もあるためオスマンが説明した内容をそっくりそのまま反芻することは出来ないが、重要な部分だけを掻い摘んで話すことは十分に可能だった。説明をするオスマンからは隠しきれていない微かな苦渋の心情が漏れ出ていたが、その苦渋が何を意味していたのか、ルイズにはまだ分らなかった。

 

「フーケは宝物庫にあった『破壊の玉』っていう秘宝を盗んでいったそうよ」

「玉?どんな外見をしているのよ、それ。」

「オスマン学院長はみれば分かるって言ってたけど……」

 

 

 不安そうな声をあげながらルイズは宝物を探し続ける。もし見つからなかったらどうなるのだろうか。任務の失敗による責任の所在を一介の学生であるルイズが問われることはないだろう。だがそれでもむざむざと宝物を盗まれてしまったことには変わりない。トリステインが誇る有数の魔法学院にとっては大きな汚点となるかもしれない、在籍する母校のことを思うルイズの探す手には熱がはいる。

 しばらく探索を続けていると同じく宝物を探していたタバサから声があがった。

 

 

「これ?」

 

 

 コンコンと杖で自分のすぐそばに鎮座している大きな玉を突っついているタバサ。それは埃舞う廃屋の中ではなくその外、近隣する森の中に隠されるようにしてあった。

 その球面はなだらかな滑面ではなく所々ごつごつと隆起している歪な形状をしていた。鈍い銀灰色を放つそれは全体で見れば確かに球体だが、特殊な形状を有した部品が大量に集積して構築されているような独特の構成をしていることが見て取れる。

 縦横ともに2メイルを越えるほどに大きな玉を見上げる三人の少女。

 衣服に纏わりついた塵を叩き落としながらキュルケは言った。

 

 

「こ、こんな物が秘宝なの?トリステイン人の品性を疑っちゃうわねえ。」

「宝物に品性は関係ないでしょう?!装飾だらけのゲルマニアには分からないでしょうけどね。」

 

 強がりを見せるルイズだが、ルイズ自身もこんなものが秘宝として扱われていたのかと驚きを隠せなかった。内心フーケがこれを盗んでいった理由も分からなかったし、使い道に困るこんなものを処分してくれるというのであればくれてやっても良いのではないか、位にルイズは思っていた。どうみてもこの不格好な銀灰色の球体に有用な使い道があるとは思えなかったからである。

 

 

「……」

「何かしら、これ。何か見たことがあるように思うんだけれど。」

 

 無言でペタペタと件の玉を触り続けるタバサとキュルケ。しかし、結局の所は何もわからず、二人は曖昧な推測を導き出すことしかできなかった。その球を直接触っている二人とは異なってルイズはその球の全景を見渡すように一歩引いて観察していた。ごつごつとした滑面の全てがルイズの視界に収まる。そうしてルイズはその球の全体をゆっくりと上から順に見聞した。そして、ルイズは気付いた。直接触っているキュルケやタバサでは見ることが出来ない高い場所にあるその刻印の存在を。その刻印は夕焼けに染まる丘で見たあのマークと同じものだった。

 

「この模様は……ッッ?!!」

 

 何かを発見してしまったルイズの全身に戦慄が走るのと同時に事態は急展開を迎える。緩んだ雰囲気は一掃され三人の少女は杖を構えた。奇妙な地鳴りとともに大地が盛り上がり、不格好な巨人が形成される。キュルケの視線の先には30メイルを越える巨大な土のゴーレムが音を立てて顕現していた。不格好な巨人は佇立していた姿勢から重力に逆らわない形で巨重を傾けるとその巨大すぎる足を踏み出した。すぐに加速し前進を続けるゴーレムは森の木々を踏み潰しながら広場に迫った。圧倒的な威圧感を放つ土の巨人はまさに昨日の再現だった。ルイズ達を叩き潰そうとその巨腕を振り翳している。その偉容は土でできたゴーレムらしく不格好なものだったが、天にも届こうかというほどの巨体はどんな策を弄されるよりも遥かに強力で厄介なものだった。

 

 

「見て!!フーケよ、ゴーレムの肩にのってるわ。」

 

 

 ルイズが大声で指摘する。目を向けるとゴーレムの肩には黒いローブを纏った黒づくめの人物が確認できる。

 青髪の少女、タバサが真っ先に反応して杖を振る。彼女が自分の背丈よりも長い節くれだった杖を呪文とともにふるうと氷雪混じりの竜巻が発生し、ゴーレムにぶつかった。続けてキュルケが己が得意とする炎系統の魔法であるフレイム・ボールをゴーレムにお見舞いするも、桁の違う膨大な質量を止めることは出来なかった。

 土の巨人は全く意に介さずに前進を続ける。その超重につられるようにますますと速度を高めて広場へと進撃を続けた。

 

 

「全然効かないじゃない!!敵わないわ!!」

「一時退却。」

 

 得意とする魔法が目の前にいるゴーレムに効かないことを目の当たりにするとキュルケとタバサは一目散に広場から森の中へと駆け出した。正面から立ち向かって敵わないのであれば、搦め手や側面からの攻撃機会を狙う、という彼女たちの判断は正しかった。距離をとり機会を伺う、戦術的撤退は戦場においては最も常套な方法の一つである。

 だが、ルイズは退かなかった。30メイルを越える巨大なゴーレムが眼前の敵を圧し潰そうと迫る中。森の中の広場には一台の巨大な戦車と一匹の獣、そして一人の少女がただ取り残されていた。ルイズには戦略的な思考が欠けていたのだろうか。若しくは互いの圧倒的な実力差が分からないほど生粋の愚か者なのかもしれない。圧倒的な強敵が迫る中、只立ち尽くすルイズは愚かだったが、自身の使い魔を置き去りにして一目散に逃げるほど賤しくはなかった。

 意思を持つ戦車と可憐な少女。今の今まで一言も言葉を発していなかった使い魔はようやくその時が来たとばかりに話し始めた

 

 

「どうした、お前は何故動かない。何故この場から逃げださないのか。」

 

 

 日常の中のワンシーンにあるかのように澱みなく話しかける使い魔は来る困難に直面した少女の反応を楽しんでいたのかもしれなかった。巨大なゴーレムが迫っているというのに、一切の焦りが感じられないメガトロン。その落ち着いたメガトロンの反応は死地にある者とは思えないほどに安穏としたものだった。

 話しかけられた少女は傍らに在る戦車に自らの答えを返した。どれだけ幼かろうがルイズはメイジである。使い魔を従えるメイジである以上、その使い魔が投げかけた信頼には応えなければならないのだった。それがどれだけ理不尽で残酷であろうと、ルイズにとっては乗り越えなければならない試練である。

 

 

「私は貴族よ、使い魔を置いて先に逃げる者を貴族とは呼ばないわ。敵に後を見せない者を、真の貴族と呼ぶのよ。」

 

 

 事も無げにルイズは言った。

 目の前に迫る強大な脅威に対する恐怖からか、少女の身体や構えられた杖はブルブルと滑稽なほどに震えていた。

 しかし、少女の瞳に宿る光に一切の揺らぎは見られない。ルイズを叩き潰そうとゴーレムが巨腕を振り翳しているにも関わらず。その命は今まさに散ろうとしているにも関わらずである。

 

 巨大な土のゴーレムがその巨腕を高く掲げるのを見てキュルケは叫ぶ。

 太陽の光が遮られることによって生じた影がルイズの視界を覆った。

 

 

「ルイズ!!ルイズーーー!!!」

 

 

 ルイズを助けるために森の木陰から走り出したキュルケが届かぬと知りながら必死にその手を伸ばすが、到底間に合わない。予想された凄惨な光景は彼女に瞼を瞑らせた。

 

 ゴーレムの腕部を構成していた大量の土砂が持つ位置エネルギーの解放。

 大質量を持った物体どうしがぶつかり合う轟音、そして衝撃波が辺りに轟く。

 ただ振り下ろされただけでこの威力、真面に目もあけていられないほどの突風が森の中の広場を所狭しと吹き荒れた。

 しばらくして、キュルケは恐る恐るその瞼を持ち上げるが、その瞳に映ったものは衝撃だった。

 

 

 森の中にある広場の中央。

 そこにはゴーレムの巨大な右腕を自身の左腕で受け止めている鋼鉄の巨人が凛然と聳えたっていた。

 

 

 鋼鉄の巨人はその凶悪な相貌を浮かべた顔面を愉快そうに歪めた。瞬時に身体を戦車形体からトランスフォームさせ、振り下ろされる腕を受け止めることなどメガトロンにとっては造作もないことである。メガトロンが笑っていたのは自らの破壊を振るう場を獲得したことではなかった。自身の傍に立つ小さな少女の存在がメガトロンにとっては可笑しくて堪らなかったのである。

 刹那の直前、傍らに立つ少女の声がメガトロンの耳孔には微かだが確実に到達していた。

 

 

 「共に戦う」

 

 

 ギリギリとゴーレムの巨腕を握りこんでいる鋼鉄の巨人に浮かぶは、狂喜か欣快か。

 未だメガトロンには分からなかった。遥かに小さく弱い存在のルイズが何故ここまでの強さを持っているのか。何故自分は使い魔の身分に甘んじているのか。メガトロンが抱いた些細だが確かな関心。その興味の行く末は依然不透明で曖昧だ。破壊大帝が動くには値しないあまりにも小さなものだった。

 しかし、

 

 

「グハハッ」

 

 

 可笑しかった、愉快だった。

 遥かに小さく弱い存在にも拘らず、乞わず、嘆かず、壊れない。

 死ぬ直前でも死んでいたとしてもけして砕かれることはないだろうその偉容。

 可笑しかった、愉快だった。だからこそ、それは破壊大帝を動かした。

 

 

 

 自身よりも巨大な存在を目前に戴いているにもかかわらず、一切の焦燥や切迫の感情が見られない。メガトロンはうろたえることなく冷静に、端然と目の前にいるゴーレムを見据えている。抑えきれていない身体の震えを露わとしているルイズとはまるで対照的だった。

 ルイズを含めてその場に居合わせた人々は土塊のゴーレムが優勢ではないかという共通認識を抱いていた。

 鋼鉄の巨人が如何に強力な力を持っているとはいえ、己の二倍近い体躯を有した敵を相手取ってまともに戦えるわけがない。

 

 だからこそ、ルイズは一緒に戦うために広場に残り、キュルケやタバサは広場から距離をとったのだ。

 

 しかし、彼女達は知らなかった。

 全宇宙で恐れられ、忌避された破壊大帝と呼ばれる存在を。

 

 外見だけで判断するならばメガトロンは確かに他のディセプティコンより見劣りするかもしれないだろう。彼は広域殲滅武器であるプラズマ砲や六連の多連装砲身などを保持するブラック・アウトのように豊富な武装を有しているわけでも、複数のディセプティコンが合体することによって出現するデバステイターのような巨躯を有しているわけでもない。

 

 しかし、彼は強かった。

 前述の事柄が取るに足らない些末な事実に成り果ててしまうほどに、彼は強いのだ。

 暗黒物質であるパワーコアを常食とする逸脱した剛力。不死身にも近い耐久力をもった堅牢無比を誇る鋼体。高い戦闘能力を持った数々のディセプティコン達を己が力のみで屈服させ、従属させた彼は絶対的な力を持っている。部下の反乱すらも大した問題としない彼の力は最早馬鹿馬鹿しいという表現すら生ぬるい。

 

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、

 周囲からゼロと罵られた少女はそれほどの存在をここハルケギニアに喚んだのだ。

 一国どころか世界を傾ける力がここにあるのだということを彼女が自覚するのはもう少し先の話である。

 

 一つだけ確定された未来がそこにはあった。

 後に時を於かずして土くれのフーケは徹底して思い知らされることになる。破壊大帝を敵として相対することがどれほど愚かで恐ろしい行為なのかを。

 

 

「ッッ!?!」

 

 ゴーレムの巨腕が弾き飛ばされる。ゴーレムの肩に取りついたフーケは驚愕の眼差しを向けた。メガトロンは唯振り払っただけだった。何をするでもない。唯振り払っただけでゴーレムの巨腕を吹き飛ばしてしまったのだ。どれだけの剛力があればそのような所業が出来るのだろうか。土で構成されているとはいえ、強力な魔力が練りこまれた土である。通常の鉄に近い硬度を持つその巨腕を吹き飛ばすなど、普通ではありえないことだった。

 フーケが驚いたのもつかの間、メガトロンは自らそのものである破壊を披露する。

 

 

「グハハッ」

 

 

 悪魔は嗤う、そして、メガトロンもまた笑った。

 メガトロンは上体が揺らいだゴーレムの隙を見逃すことなく、腹部にソバット、もとい後ろ回し蹴りをお見舞いした。剛脚による強烈な一撃を食らったゴーレムは仰向けに倒れ、大質量を持った物体が大地に接地する轟音が地響きとともに辺りに轟く。

 

 桁違いのスケールで繰り広げられる大立ち回りを目にして三人の少女たちは助力しようという気持ちすら湧き上がらず、唖然とした様子で彼を見守ることしかできなかった。

 

 

 土塊ゴーレムの肩に取り付いていた土くれのフーケは目論見が外れた不満を唾とともに吐き捨てる。

 

 

(なんてえ馬鹿力をもってやがるんだい、化け物め!!)

(身長が二倍でも体重は二倍じゃ収まりきらないってのにこっちのゴーレムを蹴り上げてくるだと?!)

(長期戦は不味いね、奴らにさっさと宝物を使わせるように仕向けないと……)

 

 巨大な体躯で以て力圧せるとの腹積もりが崩れ、新たな戦略を練るために深思に耽るフーケだがここでも彼女の憶測は見誤っていた。そもそも土と鉄では物体を構成する物質の密度に差がありすぎるのだ。見掛け上の体格の差は大きいが両者の重量は拮抗していた。メガトロンの繰り出す一撃が途方もなく強力なのはその鋼体が強靭無比だからこそのものなのだ。

 加えて、今、フーケが相手としているのは通常の鋼体を持つ金属生命体ではなく、破壊大帝そのものである。

 

 所蔵されていた宝物だといくら主張しても有用な利用法。そして使い方が分からなければそれはただ嵩張るごみである。盗み出した宝物。その使い方を知るためにゴーレムを召喚し強制的なプレッシャーをかけ宝物を使わせるように仕向けるという単純な考え。

 

 学院に在住するメイジであれば宝物について何か知っているのではないか、特にあの金属でできた使い魔であれば、宝物について何かを見出すかもしれないとフーケは算段していた。だが、その安っぽい算段も全ては無駄である。破壊大帝を前に対抗できるのは、唯の一人を除いて存在しなかったからだ。

 倒れていた土塊のゴーレムが起き上がろうとしている様を見て、メガトロンはヴィークルモードに変形、離陸する。

 

 

「…なんだ?何処へ行くつもりだい?」

 

 

 フーケはあらぬ方向に向けて飛行する鋼鉄の巨人を見て戸惑った、しかし、その口は直ぐに閉ざされることになった。ヴィークルモードで飛行するメガトロンはゴーレムから一定の距離を取るとブレードを展開。突撃衝角を髣髴とさせるエッジの効いたフォルムへとトランスフォームする。数瞬の滑空でゴーレムの胸部に衝角の照準を合わせるメガトロン。フーケやルイズの視線が彼に集中する中。エイリアンタンク後部に搭載されている巨大なスラスターノズルから蒼白い猛火が噴出し、一気に加速。

 

 

 ゴーレムに向けて己自身という巨大な弾丸を撃ち込んだ。

 

 

 間近で見ていたルイズですら目で追えぬ程の速度。空を疾駆するメガトロンは土塊のゴーレムを豆腐のように抉り抜き、穿通した。ゴーレムの背面に躍り出たメガトロンは瞬きする間に人型に変形。急激な停止を伴って中空で身を反転させゴーレムに生じた惨たらしい洞穴に向けて照準を合わせる。構えられた右腕の砲門から幾つもの光弾が解き放たれた。

 

 

「終わりだ、」

 

 

 メガトロンの破壊は絶対であり、その宣告もまた絶対である。

 メガトロンの右腕から迸った光体がゴーレムに着弾した瞬間。赫奕とした炎がゴーレムを覆い目も開けられないほどの蒼光が辺り一帯に撒き散らされた。

 光に耐え切れずにルイズやキュルケ達が瞼を閉じようとしたその時。

 暴れ狂っていた煌めきは一点に集束し、爆散した。

 

 

 パラパラとゴーレムの身体の一部を構築していた土くれが周囲に降り注ぐ中。三人の少女は白痴のように唖然とすることしかできなかった。目の前で起こった出来事は完全に埒外のものだった。30メイルを超えるゴーレムが苦も無く消滅させられた。体を構成していた一片の欠片もなく完全に。

 これだけのことをその他の誰が出来るだろうか。

 

 破壊はメガトロンの本性そのものである。

 故に、メガトロンに破壊できないものもまた存在しないのだった。

 

「……」

 

 ルイズの口からは己の使い魔を労わる言葉ではなく乾いた吐息しか漏れ出てこない。

 ひゅーひゅーという咽喉を通る空気の流れを感じながらルイズは考える。あれは何なのか、自分は何を使い魔として喚んでしまったのか。

 

 ルイズは少し前の自分を酷く滑稽に思った。あの力を前にして、助力を申し出るなど以ての外だ。自分に何が出来たというのだ。目の前で繰り広げられた光景に対して只々疑問を投げかけることしか叶わないルイズは己の双肩に圧し掛かっているものが生半可なものではないことを深く心に刻みつけていた。

 自分に絡まりついている鋼鉄の罪過。その重みがより一層増した気がした。

 右腕の砲門を再び拳へと組替え直したメガトロンは地面に座り込んでいるルイズに向き直った。

 

「震えているのか、それとも恐れているのか」

「……、」

 

 無言の返答、だが無言のままのメガトロンを見て次に言葉を発したのはルイズだった。

 

「……、」

「見縊らないでと言ったはずよ、メガトロン。私はあなたを恐れない、使い魔を心の底から信じきることが出来ないものを貴族とは呼ばないわ。」

 

 修羅の貌を持った鋼鉄の巨人に対して毅然とした態度で接するルイズ。

 相も変わらずに身体は震え、未だ自力では立ち上がることすら出来ていないが、少女の瞳に宿る強い光は一切の揺らぎなくその先にあるメガトロンを見据えていた。見据えることが出来てしまっていた。出来てしまっていたからこそ、ルイズはメガトロンを召喚してしまったし、これから先歩まねばならなくなる棘の道を諦めることなく進んでしまうのだった。

 

 

 そして、ルイズは感じた。自分はもう戻れない場所にいるのだと。取り返しのつかない物語の最中、その端緒を潜り抜けてしまっていることを。ルイズ以外にこの役目を成し遂げられる者はなく、ルイズ自身もそれを理解していた。

 

 

 

 自分がやるしかないのだ。悲壮な覚悟のまま、ルイズは進むしかなかった。

 

 

 

 メガトロンのその本性を垣間見たルイズ。

 破壊大帝を召喚した少女は困難に負けない強く誇り高い心を持っていた。

 それが最大の悲劇であることを、知る者はいない。

 

 

 

 

 


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