遊戯王 Black seeker   作:トキノ アユム

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宣戦布告

「こうして一対一で話すのは始めてだったな」

「……」

 話しかけるが、相手は答えない。ただ憎しみを込めて、俺を睨みつけて来る。

「その様子だと、あまりよくない友達(・・)が出来たみたいだが……」

「……」

 ふむ。表情に大した変化はなしか。随分とクールな性格になったものだな。前見た時は暑苦しいバカに見えたのだが。

「俺に、何か言いたいんじゃないのか?」

 わざわざ俺の部屋に来たぐらいだ。余程言いたい事があったのだろう。

「……場所を変えるぞ黒崎。ここは少し狭すぎる」

 一方的にそう言うと、大地は踵を返した。

「やれやれ、説明もなしか」

 まあ、嫌いではないがな。そういう強引さは。

「いいだろう。どこにでも着いて行ってやるよ」

 俺は大地の後に着いて行く事にした。

 

 

 

「どう、なってるのよ!」

 私は走っていた。幼馴染の安否を確かめる為に、まず教室に向かった。

 二人の無事を確かめたかったからだ。だが、同級生達に聞いた所、二人共今日は学校に来ていないらしい。

「麗華どこにいるの?」

 麗華の安全を確認する為にブルー女子寮に行ったが、麗華はどこにもいなかった。

 次に大地の様子を見る為に、レッド寮に行ったが、大地の姿もなかった。

 偶然か? 否。そんなはずはない。これは必然だ。

 二人が私達の一件に巻き込まれたのは確実。

 その事実が、どうしようもなく私を焦らせる。

(駄目。落ち着きなさい雪乃)

 デュエルアカデミアに着いた。乱れた呼吸を落ち着かせるために、移動速度を一般的なレベルに落とす。

「先生に……」

 まずは二人が行方不明になった事を報告するべきだ。それから、どう動くのかを決めよう。

(我ながら、情けないわ)

 竜姫神やアイドルなんて偉ぶっていても、肝心な所で自分は無力だ。現にこうしてどうしていいか分からず、先生に相談しようとしている。

「あれ? 雪乃じゃねえか?」

「?」

 名を呼ばれてようやく気が付いた。

「十代の坊やと、翔の坊や」

 遊城 十代と、丸藤 翔がいつの間にか近くにいた。

「ちょうどよかった! なあ、黒崎先生がどこに行ったか知らねえか?」

「先生に何か用なの?」

「ああ! 今日こそは、本気で決闘してもらおうと思ってな!」

「まだ諦めてなかったのねあなた」

 そう言えば、授業で先生に0ターンキルさせられてから、十代の坊やは毎日のように先生の所に来て、決闘を申し込んでいたわね。

「アニキー。午後の授業もうすぐ始まっちまうっすよー。はやく教室に行こうよー」

「いいや翔! 今は授業よりも決闘だ! 今日は先生が決闘してくれるまで諦めないぜ!」

「……」

 呆れるほどの決闘馬鹿とは聞いていたけど、噂よりも更にバカみたいね。先生がとても気に入りそうな坊やだわ。 

 でも今は非常時なの。悪いけど、ここは適当な嘘をつかせてもら――

 

 

『ちょうどよかった! なあ、黒崎先生がどこに行ったか知らねえか?』

 

 

 ちょっと待ちなさい。

 

 

 『行った』?

 

 

「十代の坊や。あなた、先生がどこかに行くのを見たの?」

「え、あ、おう。見たぜ?」 

 

 

 

「大地の奴と一緒にどっか行ってたな」

 

 

 

「!!」

「ど、どうしたんだよ雪乃?」

 私の剣幕にたじろいでいるようだが、今はそんな事は気にしていられない。

「どっちに行ったの!?」

「あっちだけど……」

 十代の坊やが指さしたのは、森。

 最悪だ。よりにもよってそんな人気のない場所に!!

「!!」

「あ、雪乃!!」

 私は駆け出していた。

(先生!!)

 急がなければ! もし、大地がレイン恵の時のように、白崎に操られているのであれば、先生が危険だ!!

 

 

 

 

(随分と、歩かされるな)

 大地の後について歩いているうちに、随分と森の奥まで来てしまった。

 人気どころか生き物の気配すらしない。

(絶好の殺人現場だな)

 ここなら、仮に人を殺しても誰かに目撃されることはないだろうなと、木々を見回しながら思っていると、

「止まれ」

 何の前触れもなく、大地が足を止めた。

「もういいのか? もう少し散歩してもいいんだぞ?」

「御託はいい。明日あんたと決闘(デュエル)する前に、あんたに聞きたい事がある」

「へぇ……」

「なんだ?」

「いいや。何も」

 はっきり言ったな。明日の決闘と。

 現状こいつが知るはずのない情報だ。

 ということはだ……

(こいつが次の俺の()か)

 岩越 大地は白崎 白乃からの刺客だと見て間違いない。

「なんだ? 何でも答えてやるよ」

「なら、言え」

 大地は濁った眼で、俺を真っ直ぐ睨みつけながら、口を開いた。

 

 

 

「あんたにとって雪乃はなんだ?」

 

 

 

 …………

 

 

 

「はあ?」

 正直に言おう。

 完全に予想外だ。もっと別の事を聞かれると思っていた。

「なんだとはなんだ?」

「質問を質問で返すな」

「じゃあ、ちゃんとした質問をしろよ」

 その言葉を吐いていいのは、キラーなクイーンをスタンドに持つ殺人鬼だけだ。

「あんたは雪乃の婚約者と聞いた」

 それ信じなくていいぞ。あいつが勝手に言ってるだけだから。

「雪乃の事を愛しているのか?」

「いきなりぶっこんで来たな」

 恐るべし、思春期男子と言った所か。

「その質問になんの意味があるんだ?」

 正直、生産性のない無駄な質問にしか思えない。

「意味ならある」

 

 

 

「俺は雪乃の事が好きだ」

 

 

 

 うわぉ。

「若いねぇ……」

 まだ二十歳だが、なんというか、眩しい。目の前にいる思春期ボーイが眩しくて仕方ない。

 だがまあ、それはそれとしてだ。

「……で。それ、俺に何か関係あるか?」

 まさか恋愛相談にでも乗って欲しかったのか? だとしたら、相談する相手を致命的に間違ってると思うぞ?

「関係ならあるだろ」

「なんだ?」

「雪乃はあんたの事が好きだからだ」

「……」

 ほんと、直球だなこいつ。

「あんたはどうなんだよ。雪乃の事をどう思ってるんだ?」

 どうと言われてもな。

 

 

「生徒だ」

 

 

 ――というしかない。

「……それだけか?」

「? それ以外に何かいるか?」

 ああ。上にめんどくさいってのをつけるのを忘れた。

「他には何も思わないのか?」

「思うわけないだろう。年齢差考えような。後立場も」

 普通にOUTだから。

「何か勘違いしているようだから言っておくが、お前さんの恋路を邪魔する気なんて俺には毛頭ないぞ?」

 むしろくっつくならさっさとくっついて欲しいぐらいだ。その方が皆にとって絶対いい。

「だから、勝手に青春でもなんでもしてく――」

「……気に入らねえな」

「ん?」

 それまで嫌に静かだった大地が動く。

 一気にこちらに詰め寄ると、俺の胸ぐらを掴んだ。

「どうして自分は関係ありませんっていうツラでそんなことが言える!?」

「どうした突然?」

 一体何が気に入らないというんだ?

「雪乃はあんたを愛している!」

「だからなんだ?」

「なんとも思わないのか? 」

「思わん」

「あいつの想いに答えてやるとか!」

「ないな」

「あいつを」

「どうもしない」

「お前!!」

 間髪入れずの即答に、大地が激昂する。

 もう片方の手が拳を作り――俺の頬に迫る。

(……避けるか?)

 いや。むしろ殴られた方が都合(・・)がいいか?

「む」

 結構痛いな。同性の歳下から殴られるのはこれで二度目だが、以前受けたやつよりも痛い。

「どうして雪乃はあんたみたいな奴に惚れたんだ!」

「さあ?」

 そんなの俺が聞きたい。こんな人でなしのろくでなしのどこがいいのか? まったくもって理解できない。

「というか、普通に考えたら、お前にとっては嬉しい事なんじゃねえの?」

 立ち上がろうとするが、無理だった。その前に大地が俺の上に馬乗りになったから、

「俺がそんなちっぽけな奴に見えるってのか!?」

「見えるね」

 二度目の拳が今度は反対側の頬にやってきた。さっきよりもいい一撃だ。

「誰が見ても、お前はただのちっぽけなガキだ」

「!」

 三度目。次は目だ。視界が急に狭まった。

「他人の言葉に激昂し、自分を見失ってる」

 四度目。? どこを殴られたかが分からない。少し頭を殴られすぎたか。

「黙れ!」

「それをガキと言わずになんと――」

「黙れぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 ……少し挑発しすぎたか? 五発目を叩き込まんと、大地が腕を振り上げるのが、かろうじで見える。

 流石にこれ以上食らってやるわけには――

 

 

 

「いいえ。先生の言う通り、あなたは坊やよ」

 

 

 

 いいタイミングで、その声は来た。

 

 

 

 

 その声はどうしようもないぐらいに、怒りに満ち溢れていた。

 だから最初は誰の声なのか分からなかった。

 記憶にある『彼女』の声は、何時だって大人びていて――

 そしてどこか悲しそうだったから。

「雪乃」

 そこには幼馴染で、そして自分が何よりも手に入れたい少女がいた。

「なにを――しているの?」

 だがその少女は、先程の自分と同じか――否。それ以上に激昂していた。

「先生に! 何をしたかと聞いているのよ!!」

「っ!?」

 掴まれた腕。それがミシミシと音を立てる。とてもではないが、同年代のましてや、少女のものであるとは思えない。

 折れる。直感など必要ない。ただ漠然と当たり前のようにそう確信した。

 だが……

「やめろ雪乃」

「!」

 たった一言。黒崎 黒乃が言葉を発しただけで、万力のような力がなくなる。

「でも!」

「やめろと言った。冷静になれ」

 諭すように、黒崎は冷静に指摘する。

 

 

 

「そいつは、お前の幼馴染だぞ」

 

 

 

「っっ!!!」

 はっとした顔で、雪乃がこちらを見た。

 怒りと、悲しみ。それが混じり合った奇妙な表情を作ると、

「!!」

 大地を放り投げた。

「がふ!?」

 近くにあった木に背中から叩き付けられ、大地の呼吸が一瞬止まる。

 だがこれがひどく手加減されているという事は、大地にも分かった。

 雪乃が本気で投げていたのなら、今頃自分は生きていない。

(なんだよ……)

 だから余計に怒りを感じた。

 あんなに怒っていた雪乃を、たった一言で抑えこんだ黒崎にだ。

「先生!」

(ふざ、けるな)

 泣きそうな顔で、雪乃に抱き起される黒崎。

「先生! 先生!!」

「何度も呼ぶな。鬱陶しい。瀕死になってるわけでもないのに、騒ぐ必要なんてない」

 抱き着いてくる雪乃に心の底から面倒そうに言う黒崎。

(ふざけるな!)

「俺なんかに構わず、幼馴染を見てやれ」

 自分の事など、どうでもいいと。雪乃にこちらを向かせる黒崎。

 全て。全て。全て。全て……

「憎い!!!!」

 どうしようもなく。

 黒崎の全てが。憎くて、憎くて仕方がない。

「いよいよ。本性が出て来たな」

 黙れ。喋るなカスが。

「うるさい。うるさい。うるさい。うるさい!!!! 雪乃から離れろ! この疫病神が!」

「よく分かってるじゃないか」

 何楽しそうに笑ってやがる。

 そうか。分かった。また雪乃を危険な事に巻き込もうとしているな。

「大地……」

 待ってろ雪乃。今お前をそいつから救って――

 

 

 

「あなた。おかしいわ」

 

 

 

「!」

 その言葉は、どうしようもなく意識を貫いた。

「づっ!!!!」

 言い返そうにも、頭を締め付けられるような激痛が頭に響き、上手く喋る事が出来ない。

「俺は、俺は――」

 意識を無理やりつなぐ。ここで気を失うわけにはいかない。

 俺は強くなったのだ。こんな所で、倒れるわけがない。

「雪乃を幸せにするんだ! 黒崎よりも!!」

 負けるわけにはいかない。あいつだけには。絶対に!

「ほう。()よりも雪乃を幸せにすると?」

「当たり前、だ!!」

 その為に奴から力を手に入れたのだから。その為に、その為に――!!

 

 

「そうか。なら、今のお前に雪乃は任せられんな」

 

 

 頭痛が止んだ。

「なんだと?」

「聞こえなかったのか。今のお前には、雪乃を任せられないと言ったんだよ」

 黒崎がゆっくりと立ち上がる。

「は! それが本音か! やはり雪乃の事を生徒と言ったのは嘘だったんだな!」

 それならいい。こちらも立ち上がる。

「それならそうとはやく言え」

 これは漢の闘いだ。どちらが強いか。どちらが雪乃に相応しいのか、雌雄を――

「勘違いするなよ思春期」

 ぎろりと黒崎がこちらを睨んでくる。殴られ、傷ついた顔だというのに、その顔には衰えどころか、一段と迫力がある。

「俺は雪乃の教師として、そして一人の男としてお前に雪乃を任せられんと言ったんだよ」

「どういう意味だ?」

「簡単な事だ」

 黒崎が笑う。小馬鹿にする笑みではない。

 どうしようもない愚者を大馬鹿にする笑みだ。

 それを大地に向け、言い放つ。

 

 

 

「惚れた女の事を誰か(・・)じゃなくて誰よりも(・・・・)幸せにする覚悟のない男に、俺の一番(・・)の生徒は任せられない……そう言ったんだよ坊や(・・)

 

 

 

「……」

 衝撃(・・)だった。間違いなく先程よりも、明確で強烈な衝撃を、大地は受けた。

「――」

 頭痛はない。

 あるのはただ。

 ただただただただ――

 

 

 

「なら、力づくで認めさせてやる」

 

 

 

 この敵を倒したいという闘争心のみ。

 そして、自分たちが決着をつける方法はただ一つ――

決闘(デュエル)だ黒崎。明日の月一試験で、あんたを完膚なきまでに叩き潰す」

「いいだろう。俺も借りは返さないと気が済まない主義だ」

 自らの顔を指さし、黒崎は凄惨に笑う。

「この四発分の借りを、明日の決闘(デュエル)で返してやろう」

 覚悟しておけと、黒崎は言った。

「あんたこそ。今までの俺と思っていたら、痛い目を見るぞ」

 最早、この場に用はない。

「覚悟を決めておくんだな」

 明日の為にデッキの最終調整を行わなくては。

「待ちなさい大地!」

 ああ、そうだ。もう一つだけ用があった。

 雪乃にこれだけは言っておかなければ。

「大丈夫だ雪乃。俺は負けない(・・・・)

 これだけは誓っておかなければならない。

 

 

「そして今度こそ、俺は君の騎士(・・)になる」

 

 

 かつて果たせなかった幼い日の約束を今度こそ果たして見せる。

 だから――

 

 

 

「勝つのは俺だ」

 

 

 

 

「追うなよ」

「分かってるわ」

「そうか」

 今追っても、奴を救う事が出来ないというのは分かっているようだな。

 少し安心した。中々に冷静なようだ。

「先生。大地は……」

「言う必要があるか?」

「……」

 雪乃は無言で首を横に振った。

 愚問という奴だ。今の岩越 大地が正常ではないのなんて、馬鹿でも分かる。

 思考も言動も無茶苦茶。自分でも制御できない程に、全てが暴走していた。

 まず間違いなく、白崎に何かされたのだろうな。

「元に、戻るのかしら?」

「戻る……」

 いや、

 

 

戻す(・・)さ」

 

 

 

 この俺の手で、必ずな。

 

 

 


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