「……」
あれから3時間が経過した。空腹は限界を越え、吐き気までしてきだした。
『あ、あのーマスター。大丈夫ですか? なんか目が、大分虚ろなンですけど……』
(大丈夫だ。問題ない。ところでバカ娘。雑草って食ったら腹の足しになるか?)
『名前がバカ娘に戻ってます!? って、マスター落ち着いてください! 流石にそれはまずいですって!!』
(うるさい。こっちの世界に連れてくる時に、俺の財布を元の世界に置いてきたバカに、俺を止める資格はない!!)
『うう。それを言われると、何も言えなくなります……』
俺の目の前で肩を落とすバニラ。その瞬間にたゆんと揺れる胸。
(……いいな)
『あう!? マスター! どこ見てるんですか!!』
(お前の巨乳)
『即答されました!?』
改めて見るが、ホントにでかいよなこいつ。
(なあ、その胸なんだがーーー)
『あう。なんですか、マスター?』
真剣な顔になった俺に、バニラも何故か頬を赤らめる。
俺はそんなバカ娘に、にこりと微笑んでやった。
(食えるかな?)
『って、食用ですか! カニバル的な意味で私の胸を見てたんですか!! 私のドキドキを返して下さい!!!』
(やかましい。うまそうな肉まんみたいな胸してるお前が悪い)
『私のせいですか!?』
うわあ。考えると余計に腹が減ってきた。
なんでもいいと思っていたが、バニラの胸のせいで、今は無性に肉まんが食べたい。
肉まんでふと思い出したが、そういえばなんか遊戯王の代表ゲームーーータッグフォースにも今の俺みたいに肉まんの魔性に取りつかれていた奴がいたな。
「うふふ。先生♪」
そうそう。こんな感じになんか角砂糖を溶かしたような甘ったるい声のーーー
「え?」
振り替えると、そこに頭の中で思い描いたキャラが立っていた。
藤原 雪乃。
ゲームタッグフォースの強烈な人気を誇るゲームオリジナルサブキャラ。
ユキノンの愛称でプレイヤー達から親しまれる存在自体がR指定と言われた色々サービス過剰なキャラ。
そんな奴が、俺の前にいた。いっぱいの肉まん詰めた袋を両手に。
「ーーーなんの用だ?」
警戒の為に俺は身構えた。先生と俺を呼んだということは、こいつはあの試験会場にいた可能性が高い。本来なら警戒する必要はない。だが今俺達がいる所は十代から逃走したためにあの試験会場からかなりの距離が開いているのだ。
偶然か? いや、それにしては少し不自然だ。
「あら、つれない態度ね。せっかく一緒に食べようって誘おうと思ったのに……」
言うと、雪乃は俺に手にもつ肉まんを見せた。肉まんの旨そうな匂いに頭がくらりとするが、流石にここではい喜んでと言うわけにはいかない。
いくらなんでもこの女、怪しすぎる。
「何が目的だ?」
「ちょっとお話がしたいのよ。あなたとーーー」
言い、視線を外すと、雪乃は俺ではなく、虚空ーーー
否、バニラを見た。
「そこの可愛らしいお嬢さんとね」
「なに?」
『マスター! この人!』
見えているのか? 精霊であるバニラの姿が?
「そんなに警戒しなくてもいいのにーーー」
「この状況で警戒するなっていう方が無理だな」
「あら、つれない」
そう言い、雪乃はくすりと微笑んだ。
「でも、いいのかしら? お金持ってないんでしょ? まさか本当にここで野宿する気? 何も食べずに?」
「ぐ……」
ご丁寧に、肉まんの入った袋を俺の目の高さまであげる雪乃。こいつ、いい性格してやがるな。
「泊まるところなら提供してあげるし、食べ物もあげるわよ。あなたにとってはプラスしかないんじゃないのかしら?」
「盗み聞きは趣味が悪いな」
「愛のリサーチ---と言って欲しいわね」
怯むどころか、楽しそうに微笑む雪乃に、俺は覚悟を決める必要があった。
「いいだろう」
『え、マスター!?』
バニラが騒ぐが、無視する。ここでこの雪乃から逃げるのは簡単だ。しかし、バニラが見える以上、こいつが俺の知っているただの藤原 雪乃である可能性は低い。
ここでイレギュラーの正体を掴んでおかなければ、後々面倒なことになっても対処が難しくなる。
ならば危険を承知でこいつの話にのってみるのもありだろう。
「交渉成立ね。私が宿泊しているホテルまで案内するわ」
「待て」
確かにこいつの提案は受けた。だが、こいつの先導を受ける前に言わなければいけないことがある。
「……何かしら?」
俺の真剣な顔に、今までずっと浮かべていた笑みを消し、雪乃も俺の視線を真っ向から受け止める。
しばしの沈黙。俺は意を決して、口を開いた。
「肉まん今、一個くれ」
クロ君。見事サルベージされました。