「やれやれだ」
まったくもって盛大な手間をかけさせてくれたものだ。
倒れたレイン恵の決闘盤から抜き取ったNo.23冥界の霊騎士ランスロットを見ながら、俺はため息を吐いた。
『マスター。その黒いカードが原因でレインさんは乗っ取られていたんですか?』
「ああ。多分な」
恐らくこのカードを回収してから、気付かないうちにレイン恵はナンバーズからの浸食を受けていたのだろう。
以前よりも行動が過激になっていたのはおそらく、このカードが原因と見ていい。
『そのカード、どうするんですか?』
「正直に言うと、こんなトラブルの元になる物なんて捨ててしまいたいんだが……」
そういうわけにもいかない。他の者が拾ってそいつがまた暴走しても面倒だしな。
「とりあえずは、以前デイビットから回収した物と同じようにシュヴァルツディスクに入れておく」
当分はこれで対処するしかない。
『大丈夫ですか? マスターもレインさんみたいに乗っ取られたりしませんか?』
「ないな」
『そ、即答ですか』
乗っ取れるのなら、デイビットのナンバーズを回収した時点でとっくの昔に俺を乗っ取っているだろう。今の俺がある事が、俺がこのナンバーズを持っていても安全な何よりの証拠なのだ。
まあ、それにだ。
「あんな白崎とかいうクソガキに乗っ取られるほど、俺がやわに見えるか?」
『ああ、はい。なんか大丈夫な気がしてきました』
さて。一つの問題を解決したところで、次の問題に移るとするか。
「こいつを起こすとするか」
地面に倒れるレイン恵を抱き起こす。虫の息とまではいかないが、相当に疲弊している。このままにするのは少し危険か――
ならばやはり
「ウェン子。モーヤンのカレーはまだあるか?」
『ん。ある』
「そうか。なら、それをレイン恵の口元に入れてやれ」
『りょうかい』
これで、レイン恵は目を覚ま――
『ちょ、ちょっと待って下さい!!』
「なんだ?」
そうとした所で、何故かバニラが俺達の間に割って入ってきた。
『レインさんが気絶してるのって、多分さっきの決闘のダメージが大きかったからですよね?』
「ああ」
間違いなくそうだろな。
『なのになんでモーヤンのカレーなんですか!? ここは、どこかのベットの上に運んで、安静にしてあげるのがベストなのではないでしょうか!』
「?」
おかしなことを言うな。
「ダメージが大きいからモーヤンのカレーをやるんだろう?」
子供でも分かる理屈だ。
『いや。だからなんでモーヤンのカレーなんですか!? 確かにLPは回復する効果はありますけど、たった200ですよ!? たった200で目を覚ますわけ――』
『ますたー。めをさました』
『ウェンディゴちゃんまで、冗談を言わないで下さい。カレーで人が回復するわけ――』
「あ……」
『へ?』
「あたたかい……」
『えええええ!!!???嘘ぉぉぉ!!!????』
レイン恵が目を覚ました。
『なんで!? なんで回復するんですか!? マスターも回復してましたけど、おかしくないですか!? カレーですよ!? カレーなんですよ!!??』
「何を言ってるんだお前は?」
レイン恵がモーヤンのカレーで回復する。そんなの当たり前だろう?
「これは……私の、機能が……回復している?」
『か、回復しちゃってるんですか! カレーで!?』
「黒崎 黒乃、あなたが助けてくれたの?」
「今お前に倒れられていたら、困るからな」
『いやあの、マスターが助けたって言うか――カレーが助けたっていうか――』
「どうして……助けたの?」
『うわっほい。私の事は華麗にスルーされるんですね』
「私はあなたの敵のはず。ここで私を助けてもメリットはない」
「いいや。それは違うな」
むしろメリットしかない。
「まずお前が知っている情報はとても貴重だ。敵であるお前を助けても欲しい程にな」
「……私があなたに話すと思っているの?」
「だからこうして恩を売ってる」
『正直すぎますこのマスター!?』
どうせばれる事だ。隠しても仕方ないからな。
「だがまあ、正直これは建前だ」
本当の目的は別にある。
「本当の狙いはなに?」
警戒するように、こちらを見るレイン恵に、俺は笑みを浮かべながら言った。
「お前とまた決闘が出来る」
「……え」
黒崎 黒乃のその言葉に、私は思わず、声を漏らしてしまった。
何を言っているのだこの男は? 私とまた決闘が出来るから助けた? なんの冗談だ。
「それ、本気?」
「いたって本気だが?」
冗談を言っても俺になんの得がある? そう言わんばかりに、黒崎 黒乃は首を傾げた。
首を傾げたいのはこちらだ。まさか本気で敵である私を助けたというのか?
信じられない。
『あー。ですよねー。マスターならそう言うと思ってましたよ』
『パパ。決闘大好きだもんね!』
『それこそますたー』
だと言うのに、黒崎 黒乃の精霊たちは驚くどころか逆に納得していた。
「お前。いい決闘をするからな。ドラゴネクロに特化させたデッキ構築。戦術。プレイング。どれも見事であった」
「あ、ありがとう……」
褒められた。何故か。何気に生まれてから
同時に、どうしてか頬が熱くなる。なんだこれは? 先程の決闘の影響で私の中の機能が狂っているのか?
「ああ、そうだ。後、これは返しておかないとな」
言うと、黒崎 黒乃は私に一枚のカードを手渡してきた。
渡されたカードは――超融合のカードであった。
「どうして!?」
「うお!?」
思わず、本当に思わず大きな声を出してしまった私に驚いたのか、黒崎 黒乃が面食らう。
だがそんな事は気にしていられない。私は黒崎 黒乃と唇と唇が触れってしまうのではないかと言うほどに顔を近づけ、問いただす。
「どうしてあなたがこれを持っているの?」
「顔近いぞ」
「いいから答えて」
逃げるのは許さない。返答次第ではこの場で――
「お前が操られてる時に、白崎の奴からエクスチェンジで奪ったんだよ……お前、意識があったんじゃないのか?」
「……あった」
「なら、なんでわざわざ血相を変えて聞いてくる?」
「それは……」
黒崎 黒乃の言う通りだ。今の質問はまったくもって無為なものだった。
なのに、他の者が持っていたというだけで、冷静さを欠いてしまった。
「そんなに大事なカードなのか?」
「……そう」
マスターから託された大事なカードなのだ。
他に替えがきかないたった一つの大切な……
「そうか。勝手に使ってすまなかったな」
「いい。私こそ、ごめんなさい」
超融合を決闘盤に大切に仕舞うと、私は黒崎 黒乃から離れ、自分の足で立ち上がった。
「あなたには感謝している。でも、あなたが私の敵である事には変わらない」
「意外と頑固な奴だな。そんなお前に一つ提案したいんだが、いいか?」
「なに?」
大した事じゃないと黒崎 黒乃は笑いかけてくる。
「敵同士ではなく、味方――いや流石にそれは早すぎか…‥そうだな―― 一時休戦して協力関係になるのはどうだ?」
「……ちょと、待って」
一体何を言っているのだこの男は?
「あなたと協力関係になるのは無理。私にとってあなたは排除しなければならないイレギュラーでしかない」
「なるほどな。確かにその通りだ‥‥だがな、それは今必要な事か?」
「……どういう事?」
「白崎 白乃」
「!」
出された名前に、思わず身を固くしてしまう。
「排除するべきイレギュラーの優先順位で言うのであれば、俺よりもあいつの方が圧倒的に上ではないのか?」
「それは……」
その通りだ。黒崎 黒乃は確かに危険だ。だが、この男は曲がりなりにも、この世界の
だがあの男――白崎 白乃は明らかにこの世界の根本的なルールを変えようとしている。
黒いイレギュラーカードという最悪の手段で。
「お前にあいつを排除する事は出来るのか?」
「……」
普段であれば、自分は黒崎 黒乃の言葉を気にもとめないであろう。
だがつい先程まで成す術なく身体を乗っ取られていた今の私は別だ。
黒崎 黒乃の言葉に言い知れぬ不安感を感じてしまった。
「察しのいいお前なら気が付いているとは思うが、お前が回収し、身体を乗っ取られたカード――ナンバーズは、まだ他にも複数枚存在する。それを全てお前は回収できるのか?」
「……」
出来ない。一枚だけで乗っ取られたのだ。後何枚のカードが存在するのかは分からないが、全てのナンバーズを回収するのは絶対に不可能である。
「そして白崎 白乃。奴自身を倒すことがお前には出来るのか? 俺の事を警戒しながら?」
無理だ。片方だけでも手一杯だというのに、両方に対処していれば、今回のように隙を生み、また失態を犯すだろう。
「理解しろ。俺と白崎。二つのイレギュラーが出てきた時点で、お前は詰んでいたんだ」
「……」
否定しようがない。
「よってここがお前のターニングポイントだ」
顔を近付け、私の目と目を合わせながら、黒崎 黒乃は言う。
「お前自身のプライドを押し通し、勝てない戦いをするのか。プライドを曲げ、勝つ可能性のある戦いをするのか」
すなわち、黒崎 黒乃と協力するのか。しないのか。
確かにここは私の――否。この世界の運命を決める選択だ。
「……」
「さあ、どうする?」
……答えは決まっていた。
「あなた。とてもいじわる」
というよりも、
「よく言われる」
自分には他に手がない。それを分かっていて、この男は言っているのだ。
実に賢しく、そして性格が悪い。
「白崎 白乃を排除するまで、あなたと協力関係になる」
だがそんな悪魔的な男こそが今の自分には必要なのだ。
「OK。黒崎 黒乃だ。よろしく頼む」
出された手を、私は自らの意志で取った。
「レイン恵。よろしく」
こうしてレインさんとマスターは一時的な協力関係が結ばれました。
洗脳された身としては少し複雑な心境ですが、マスターが言うなら私はOKです。
むしろ味方になってくれるなら、とても心強いですね!
なんて事を言ったら、デミスさんとルインさんに呆れられていましたが、私は変な事を言ったでしょうか?
ともあれ、終わりよければ全て良し! 色々ありましたが、私は記憶を取り戻し、レインさんとは協力関係になり、大ハッピーエンドです!!
……の、はずだったんですが――
「あのーマスター1つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「どうして私はこんな所に乗せられているのでしょうか?」
「なんだ知らないのか? その乗り物はコーヒーカップと言ってな。遊園地の遊具の一つだ。まあ、英語圏の国ではティーカップと呼ぶのが基本らしいけどな」
「いや、そんな豆知識ではなくてですね!!」
どうしてそのコーヒーカップの中に実体化した状態で私は乗せられる事になっているのでしょうか?
しかもウェンディゴちゃんとひなたと一緒に!
「ウェン子がこれに俺と乗りたいと言ったんだがな。生憎今の俺はさっきの決闘で体力を使い果たして、乗る力も残っていない」
「いや、どこがですか!」
めっちゃぴんぴんしてるじゃないですか!?
「そこでお前に代わりに乗ってもらおうと思ったんだよ。ただそれだけだ」
にこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべているマスターに、私は冷や汗が止まらない。
「ほ、本当にそれだけですよね?」
「ああ」
嘘はないと言わんばかりにマスターの満面の笑顔。
「ついでにウェン子とひなたの全力回転に付き合ってもらうだけだ」
「それついでじゃないですから!!!」
冗談じゃないですよ! うちのロリっ子二人の全力回転なんて、どんな絶叫マシーンよりもやばい事になるに決まってます!
「安心しろ。デミスに頼んで貸し切りにしてもらってる。今から閉園までの数時間。ずっと乗っていられるぞ」
「とりあえずせんかいてんからはじめよう」
「全速回転だ!」
ぎゃあああ!! みんなとんでもない事を言ってらっしゃるー!!
「あ、あのマスター」
「なんだ?」
もしかしなくても――
「私が洗脳されていたとはいえ、敵になったこと、結構怒ってます?」
マスターはにこりと笑うと、
「スタートだ」
肯定を示すように、ウェンディゴちゃん達にGOサインを出した。
レイン恵が一時的な仲間になった!