遊戯王 Black seeker   作:トキノ アユム

75 / 80
魔王超龍

「白崎 白乃?」

 明らかに、俺のこの世界の名前を意識した名前だ。

『ますたー。しりあい?』

 さあな。恨みを買うような真似をした覚えは――

「……いっぱいあるな」

 やばい。心当たりが多すぎる。

 こっちの世界に来てから結構派手に動いてるからな俺。

「さあ、決闘を始めようか……」

 それにあんまり考えている時間をくれなさそうだしな。

「手札からマジック・プランターを発動――自分フィールドの表側表示となっているトラップカードを墓地に送り、2枚ドローする。この効果で最終突撃命令を墓地に送り、デッキから2枚もらうよ」

 ドローしたカードを確認した白崎の顔に、笑みが浮かぶ。

 どうやらいいカードを引けたようだな。

「大変長らくお待たせいたしました」

 優雅に一礼をして見せると、白崎は引いたカードを頭上に掲げた。

「これより皆様にご覧いただきますは、偽りの同調召喚でございます」

 偽りの同調召喚? なんだ? なんの事を――

(……まさか)

 考えられるのは一つしかない。 

「ルイン! デミス!!」

 この決闘を観戦しているであろう従者たちの名前を叫ぶ。

「どうかされましたか黒崎様!」

「雪乃を連れてここから離れろ!!」

「?突然どうしたと言うのだ!?」

「いいから行け!!」

 説明している時間はない。

 この状況、このタイミング、加えて白乃の今扱っているデッキがアンデットデッキだということ。

 間違いなく白崎はこの後、神にも等しい最上級モンスターを召喚してくる!!

「どうしたの先生!」

「雪乃!?」

 目を覚ましていたのか。いや、今はそれ所では――

「劫火の舟守ゴースト・カロンを召喚」

 召喚されたのは亡者の舟守。やはり、俺の読みは間違っていない。

「効果発動」

「!」

 駄目だ。間に合わない。致命的なまでに時間が足りない。

「ウェン子! 雪乃達を頼む!」

『りょうかい!』

 ウェン子を雪乃達の所に行かせる。

「自分の墓地に存在する融合モンスター冥界龍ドラゴネクロとこのカードをゲームから除外し、その二体の合計のレベルを持つシンクロモンスターをエクストラデッキより特殊召喚する」

『BAOOOOOOO!!』

 劫火の舟守と墓地に眠っていたドラゴネクロが一つの闇となっていく。

「我を崇めよ、我に傅け、我に捧げよ。汝の旅路はここにて終わる」

 一つとなっていた闇は一気に膨張すると、限界を超えた風船のように破裂した。

 だが風船のように、中にあるのは空気ではない。

 

 

 蠅。

 

 

 蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅蠅……

 

 

 数える気すら起きない程の極量の蠅がフィールドを、この地下空間を満たしていた。

 

 

偽同調(フェイクシンクロ)召喚」

 

 

 それらは、再び一つとなり、一体の魔龍をこの世に顕現させた。

 

 

 

「魔王超龍ベエルゼウス」

 

 

 

『LAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』

 

 

 

「……なに、あれ?」

 フィールドに現れた超大型モンスターに、私は絶句していた。

 吐き気がする程の闇の瘴気と、冥界龍が可愛く見える程の圧倒的な威圧感は、神にも匹敵する。

「先生!!」

 駄目だ。あれ(・・)は。いくら先生でもあんな化け物と戦ってはいけない。

『ゆきのおねえちゃん、すとっぷ』

 だが先生の元に行こうとしていた私は、ウェン子に遮られてしまう。

『それいじょう、うごいたらだめ』

「でも!」

 それ所ではない。はやく先生とバニラを助けに行かなくては。

『きもちはわかる。すごくわかる。でも、いったらだめ』

「どうして!?」

 気持ちが分かるというのなら、今すぐにでも先生達を――

 

 

『しぬ』

 

 

 さらりと、何ともないようにウェン子はそう言うと、傍らにあるペンドルフィンの人形から一個の林檎を取り出した。

『てい』

 そしてそれを先生のいる方に投げた。

 放物線を描きながら飛んでいく林檎。

 だが――

「え?」

 それは空中で枯れ落ちた(・・・・・)

 一瞬見間違いかと思ったが、間違いない。まるで何かに全てを吸い取られたかのように、林檎は枯れ落ちてしまったのだ。

『いまここはわたしのうぃんどおーるでまもってるからだいじょうぶだけど、あまりはなれられると、いっしゅんで、あいつにすいとられる』

 言われ、良く見ると私たちの周りには、風のヴェールが張られていた。これがなければ、私達もあの林檎のようになってしまうというのか?

「待って。それじゃあ先生とバニラは!!」

『おちついて。だいじょうぶ、ひなたがまもってる』

「……!」

 本当だ。今見えた。先生も、バニラも無事だ。

 

 

 

「はは! いいね。シンクロもたまには!」

 実に機嫌よく、白崎は笑っている。

「無事かバニラ?」

「……マスター。これが終わったら私――」

「やめろ」

 それ以上はいけない。

「とりあえず冷静になれ」

「無理ですよ! 無茶言わないで下さい!!」

 まあ、無理か。確かにあんなとんでもない化け物を見れば――

 

 

「私、虫苦手なんですよ!!!」

 

 

 ……そっちかい。

「こうなったら、ブラックバーニングであの大きいのを!」

「無理だな」

「そんな即答!?」

 いや無理なものは無理だ。

「あいつ、効果破壊耐性あるぞ」

「なんですと!? なら、バトルで倒――」

「攻撃力も守備力も、お前の攻撃力のちょうど倍だ」

「4000!? そ、装備カードでなんとか――」

「戦闘破壊耐性もある」

「……だが、バトルダメージは受けてもら――」

「1ターンに1度、相手モンスタ1体を対象にして、その攻撃力を0にし、そのモンスターの元々の攻撃力分、自分のLPを回復する」

「どないせい言うねん!!」

 なんで喋り方変わるねん。

「なんですかそのインチキ効果は!? 私じゃあ逆立ちしたって勝てないじゃないですか!?」

 やっと気が付いたか。

「だがまあ、その分デメリット効果もある」

「……召喚したターンのエンドフェイズに敗北が確定するとかですか?」

「んなわけねえだろう」

 どこの無双竜騎だ。

「あいつがフィールドにいる限り、他のモンスターは攻撃出来ずに、相手に与える戦闘ダメージは半分になる」

「おお! それなら何とかなりそうですね! 一発ぐらいは攻撃をもらっても――って、あれ? マスター。残りライフは?」

「2000だ」

「ジャストキル!?」

 うるさい。言われなくても分かっている。

「更に言うとだ、もう一つのデメリットも何の意味もないだろう」

「? どういう事ですか?」

 ……分からん奴だな。白崎はデメリットを承知で魔王超龍を出したのだ。

 俺の墓地に攻撃を一度無効にするSR三つ目のダイスがいるのを、承知の上でだ。

 当然、それに対する策は用意してあるはずだ。

「茶番はそれでもういいかい? 僕は更に手札からクリティウスの牙を発動しよう」

 ……ほらやっぱり。

「クリティウスの効果――このカードの効果でのみ特殊召喚できる融合モンスターカードによって記されたトラップカードを、自分の手札またはフィールドから墓地に送る。その後、その融合モンスターをエクストラデッキから特殊召喚する」

(……まずいな)

 この状況で召喚するモンスターは間違いなく――

「手札のタイラント・ウイングを墓地に送るよ」

 やはりあいつか!

 

 

 

「破壊の翼を持ちし竜よ。出でて、その英知を我に授けよ」

 

 

 

「融合召喚。タイラント・バースト・ドラゴン」

 

 

 

 

「あのモンスターは!」

 白崎と名乗ったレイン恵を乗っ取った『何か』のフィールドに現れた新しいドラゴンの姿に、デミスは声を出した。

「知ってるのデミス?」

「ええ。私は冥界龍とあのモンスターにやられたのです」

 訊くと、悔しそうにデミスは頭を俯かせた。

「しかし、あの禍々しい魔王超龍というモンスターしか攻撃出来ない現状ならば、そこまでの脅威もないのでは?」

「いや、この状況だからこそ、恐ろしいのだ」

「?」

 それはどういう事なのか? 答えは白崎の宣言によって教えられた。

 

 

「このモンスターを、装備カードとして、ベエルゼウスに装備する!」

 

 

「!?」

 装備カードとなる融合モンスターですって!?

「融合合体ってこの子は言ってたっけ? くひ、ひはははははははははは!!」

 白崎の高笑いと共に、二体のモンスターが一つになる。

 

 

「魔王超竜 ベエルゼウスタイラント降誕」

 

 

 そして災厄が現れた。

 

 

 最早、そう表現するしかない暴虐と破滅の力の塊。

 最早、神すらも超えかねない正真正銘の化け物(モンスター)

「タイラント・バースト・ドラゴンを装備したモンスターは攻撃力を400ポイント上昇させ、一度のバトルで三回攻撃する事が出来る!」

「な……」

 4400の攻撃力で、三回の連続攻撃が出来ると言うの!?

 これじゃあ、先生は――

「バトル。ベエルゼウスタイラントで、クソの役にも立たないラーの翼神竜に攻撃」

 魔王超龍より攻撃が放たれる。それは真っ直ぐに、ラーをひなたに向かって行き――

「先生! ひなた!」

 神はフィールドより、姿を消した。

 

 

 

「マスター! ひなた!!」

 魔王超龍の攻撃により舞い上がった粉塵により、フィールドの視界は潰されていた。

「返事をして下さい!!」

 だから叫ぶ。絶対に攻撃が通ると信じて。

「マスター! マスター!!」

 だが、いくら呼んでも返事はない。

 ……返事が、ないのだ。

「無駄だよ」

 視界がやや戻ったおかげか、今は一番見たくもない白崎と魔王超龍の姿が見えた。

「君も見ただろう? ベエルゼウスの攻撃によって消えていったラーの姿を」

 見た。確かに見た。だが――

「マスターは負けてません!!」

「なにそれ? ベエルゼウスの攻撃で決闘は終わったんだって、分からないのかなぁ?」

「分かりません!」

「……即答かよ」

 分かるはずがない。だって、だって!!

「マスターは負けてないんです!!」

 そう信じている。

「だーかーらー。LPが0になったら決闘は負けなんだって。分かる?」

「分かります」

「ならこの決闘で勝ったのは?」

「まだ分かりません!!」

「……ちょーっとイライラしてきちゃったなぁ」

 何と言われようが構わない。だが――

「私に力はないです!」

 攻撃力なんてたかが2000。同じレベル6で、私より強いモンスターなんてごまんといる。

「……何を突然?」

「賢くだってないです!!」

 この前なんて九九の七の段を真面目に間違えて、かなりへこんだ。

「女子力も皆無です!!!」

 ウェン子ちゃんに洗濯を頼まれて、マスターの洗濯物を間違えて洗濯機ではなく乾燥機に入れてしまうぐらいの家事駄目精霊だ。

「だけど!」

 そんな私でも、これだけは胸を張って言える。

 

 

「私はあの人を誰よりも信じています!!」

 

 

 

 自分をエースと言ってくれたあの人の言葉を。

 不器用だけど、揺るがないあの人の強さを私は知っている。

 

 

 だから、だから!!

 

 

「マスターは負けてません! すぐに戻ってきて、あなたを倒します!!」

「だーかーらー!! もう決闘は終わったんだよ! また茶番を――」

 

 

 

 

「ギャーギャーギャーギャー。やかましいぞ」

 

 

 

 

「!?」

「!」

 白崎は驚き、私は驚かなかった。だって分かっていたからだ。

 私のマスターがこんな所でやられたりしない事を。

「当たり前の事に一々騒ぐな」

 マスターが私を見る。そしてふっと笑い、

「このバカが」

 いつも通り、私を罵倒した。

「なんですかバカって……」

 だがそれでこそ黒崎 黒乃だ。それでこそ、私のマスターだ。

「……どうやって生き残った? 確かにラーは消えたはずだよ?」

「いや、ラーを消したのはお前じゃない。この俺だ」

「なに?」

 粉塵が晴れ、完全に戻った視界の中、マスターのフィールドにひなたはいない。だが、代わりに一枚のカードが表になっていた。

「お前が攻撃した瞬間に、俺は永続トラップ強制終了を発動していた。このカードはバトルフェイズにのみ発動することが出来、このカード以外のフィールドのカード1枚を墓地に送ることでバトルフェイズを終了する」

「……そういうことか」

「え、え、どういう事ですか?」

 まるで意味が分からない。

「分からないのかバカ娘」

「はい」

「……ベエルゼウスの攻撃に合わせて、強制終了のコストで、ラーを墓地に送ったんだよ。だからベエルゼウスの攻撃によってラーが破壊されたように見えたんだ」

 ため息を交えながらもちゃんと説明してくれるマスター。大好きです。後、本当にバカでごめんなさい。

「……やってくれるね」

「たとえ、一度のバトルで三回の攻撃が出来ようが、バトルフェイズ自体を終了させてしまえば、お前のベエルゼウスは木偶になり下がる」

「お見事。逃げ足だけは褒めてあげよう。だけど、それがどうしたのかな? 悪足掻きに過ぎないね。君にこの魔王超龍が倒せるのかな? ああ、何も言わなくてもいいよ。答えは分かって――」

「随分とよく喋るな。そんなに怖いのか?」

「あん?」

 饒舌に喋っていた白崎の口がマスターの一言によって閉じられる。

「この状況で、君を怖がる理由がどこにある?」

「さあな。それは俺にも分からん。自分に聞いたらどうだ?」

「かまをかけただけか……くだらないな。あんた(・・・)は」

 一瞬。どうしてか、白崎という人の何かがほつれたように見えました。

 ここまで道化師のように掴みどころのない言動をとっていた白崎の仮面が、マスターの言葉によって一瞬、なくなったように見えたのです。気のせいだと思うのですが、無視できない自信が私にはありました。

「ターンエンドだ。さあ、君のターンだよ」

「俺のターン」

 ターンが移る。ドローしたカードを確認したマスターはそれをすぐさま発動した。

「貪欲な壺を発動。墓地に存在するモンスター5枚をデッキに戻し、その後2枚ドローする。ほう。これは中々――」

 いいカードを引けたのか、何故かマスターは私を見た。? もしかして、私に心配をかけまいと――

(にたり)

「ひぃ!?」

 あれ、今なんかぞくりときました。これはあれです。いつもマスターに弄られる前に感じるものです。でも今回ばかりは、気のせいですよね。

 いくらマスターでもこの状況で、私に何かをするなんて出来っこないはずです。うん。

 ……出来ないよね?

「モンスターをセットし、カードを1枚伏せてターンエンド」

 よし! 何もなかった。

「私のターンですね!」

 今気が付いたのですが、私は白崎のフィールドを自由に出来るのです。つまり、魔王超龍を簡単に除去することだって出来ちゃうのです。

 残念ながら、今手札には魔王超龍を無理やり処理するカードはありませんが、このドローで逆転の一手を引き込んで見せます。

 今こそデスティニードローの時!!

「私のド――!!」

「ドローフェイズ時にトラップ発動」

「ふえ!?」

 ちょ、マスター!?

 

 

「運命の分かれ道」

 

 

 ‥‥…あれ? あのカード見た事ある。マスターがデッキにロマン枠と言って入れてたカードだ。

「お互いのプレイヤーはコイントスを一回行い、表ならライフを2000回復し、裏なら2000ダメージを受ける」

 私もマスターも残りライフは2000未満。

 自称宿敵の表情には、俺に対する隠しきれない殺意があった。

「正真正銘、運命のギャンブルだ。さあ、コント――」

「ちょーっと待ってください!!」

「ん? なんだ? うるさいぞバカ娘」

「あの、その、いくらなんでもこれはあんまりなんじゃないでしょうか!?」

 私今デスティニードローしようとしていたんですよ!? これ、コイン次第では見せ場なく即死じゃないですか! 

「やかましい。これでいいんだよ」

「いや、そ、そんなカードを使わなくても、私が華麗な頭脳プレイで魔王超龍を処理して見せ――」

「そういう事は期待していないから大丈夫」

「そんなあっさり!?」

 私あなたのエースじゃないんですか!?

「じゃあ、やるぞ」

「ストップ! スト―ップ!! マスター冷静に考えて下さい!! マスターの残りライフ2000なんですよ? コイントス外したら終わりなんですよ!?」

「ふむ」

 私の言葉を聞くと、マスターは小さく頷き、何の躊躇いもなくコイントスを実行した。

 宙に舞うコイン。それを手の甲で受け止めたマスターが手を離すと――

「表だな」

 そこには分かりやすく『表』と書かれたコインの表面があった。

「よってライフを2000回復する」

 

 黒乃LP2000→4000

 

「さあ、次はお前の番だ」

「あ、あわわわ……」

 お、落ち着くんです私! 確率は二分の一。当たりも外れも同じ確率なんです! 無心で、無我の極致でやればいいんです! 神様は見ていてくれるはずです!

『バニラママがんばれー!』

 ほら! 我が家の神様(ひなた)も応援してくれてます。

『がんばって外してねー!』

「そっちですか!?」

 ガッデム。神はいない。

「はやくしろ」

「う、うぐぐぐ……」

 こうなったら、腹をくくるしかない。

 そうだ。神頼み自体が間違っていた。

 運命を切り開くのは、いつだって己の力なのだ!!

「見せてやりましょう!! 奇跡って奴を!!」

 コイントス!!

 宙を舞うコイン。それを私は手の甲で受け止める。

 その結果は――

「……あ」

 

 

 裏だった。

 

 

「一つ教えてやろうバニラ」

「は、い」

 にこりとマスターは本当にいい笑顔を浮かべて私に言った。

 

 

 

「奇跡ってのは起きないから奇跡なんだ」

 

 

 

 ああ、もう――これはこう言うしかないだろう。

 

 

 

「マスターの鬼畜!!!!!!!!!!」

 

 

 

 バニラLP0

 

 

 

 

「……さて」

 これでようやく準備が整った。

「君は、何がしたいんだ?」

 呆気にとられていた白崎からの質問に、俺は肩をすくめた。

「決まってるだろう?」

 何を今更聞いてくるのやら。

「勝ちたいんだよ」

 先程の一手もすべてその為の布石だ。

「それがさっきの茶番となんの関係がある? なんの意味がある?」

「意味ならあるさ」

「?」

 どうやら本気で分かっていないようだな。

「うちのバカのライフが0になったことにより、次のターンは俺へと移る」

「ああ、1ターン欲しさに、さっきの茶番をやったのかな?」

「まあな」

 それだけではないが、一番の理由はそこだな。

 ドローフェイズのドローを行うと、引いたカードは俺がこの状況で一番欲しいカードであった。

「カードを1枚伏せる」

 これで保険(・・)は出来た。

 後は――

「さっさと戻ってこいバカ娘」

『ふーんだ。どうせ、私はなんの期待もされてないバカですよーだ』

 いじけながらも、実体化を解き、いつもの精霊状態に戻ったバニラは俺の隣に戻ってくる。

『ママお帰り!』

『うう。やっぱり私の味方はひなただ――』

『ナイスアンラッキー!』

『うえーん!! やっぱり味方なんていないんだー!!』

 ……盛大にいじける前にさっさとやってしまうか。

「メインフェイズに移り、セットしていたモンスターを反転召喚。セットしていたのはメタモルポッド。よってそのリバース効果で互いのプレイヤーは手札を全て捨て、デッキからカードを5枚ドローする」

「おやおや。ただでさえ勝ち目がないのに、僕に手札を与えてしまっていいのかな?」

「構わん」

「成程ね。そうでもしないといけない状況なんだ」

 まあ、間違いではない。しかしまあ、何とも人を小馬鹿にした態度だな。別に俺は気にならないが。

『むっかー! なんですかあの態度!』

 ああ。お前は気になるのね。バニラ。

『マスター。やっちゃって下さい! マスターなら出来――ってあれ?』

 ぴたりとバニラの動きが止まる。理由はすぐ分かった。

 見てしまったからだ。俺がデッキからドローした5枚の内、3枚のカードを。

 

 

 そう。そのカードは――

 

 

『わ。私?』

 

 

 ブラック・マジシャン・ガールだった。

 

 

『申し訳ございませんマスターぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 戻ってきて早々、バニラは見事な土下座を俺に披露した。うん。もっと謝れバカ野郎。

『こ、これ。絶対私が帰ってきたからですよね!?』

「だろうな」

 俺の異常なまでのブラマジガールドローの原因が、バニラであるという事がこれで証明された。

「おやおや。そっちの手札はよくないみたいだねぇ」

 こちらの様子――というよりも、バニラのオーバーリアクションからこっちの手札の悪さに感付いた白崎は、余裕の笑みを浮かべている。

「サレンダーするのをお薦めするよ。これ以上続けても、無意味だろ?」

「サレンダー?」

 おいおい。何を言い出すのだ。

「するわけないだろう?」

 俺はこの状況を(・・・・・)待っていたのだ。

「そっちこそ、サレンダーをするなら今の内だぞ?」

「何を言い出すかと思えば、そんなくだらないはったりに惑わされるとでも思っているのかい? 決闘は続行するに決まってるだろう」

「そうか」

 それを聞いて安心した。

「準備しろバニラ」

『え、でもマスター?』

「勝つぞ」

『! は、はい!』

 その為の条件は今全て揃った。

「メタモルポッドを生贄に――」

 だから言って来い俺のエース。

 

 

「ブラック・マジシャン・ガールを召喚!」

 

 

 

「は! 今更そんな弱小マジシャンを出したとしても何の意味もない」

「さて、どうかなそれは」

 これで役者は全て揃った。

 

 

「行くぞ。ここからがクライマックスだ」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。