(ありがとう先生)
私を見る――否、見守ってくれている先生に私は感謝する。
そう、まだ決闘をやめるわけにはいかない。
私はまだなにも為してはいない。
「続きを始まるわよデミス」
停めていたエンジンを吹かせる。
「よろしいのですかな? この圧倒的に不利な状況下でまだ決闘を続けられるのですか? 私の最上の目的はあの観客席にふんぞりかえっている男を始末することです。雪乃様がよろしければ、ここで決闘は無かったことにすることもでき――」
「ふざけるのもたいがいにしなさいデミス」
「……」
ピタリとデミスが動きを止める。開きかけていた口も閉じた。デミスはバカではない。今の一言で伝わったのだろう。
私の本気に。
「いいでしょう」
デミスもまた、エンジンをいれる。
「ならば、私も全力であなたを倒させていただきます」
「行くわよ?」
私とデミスはスタートした時と同じく、同時にアクセルを入れる。
そうして私とデミスは再びスピードの世界に入って行った。
「再開したか……」
さて、どうなる?
「……黒乃様。雪乃様はこの決闘勝てるとお思いですか?」
俺が雪乃を助ける事を諦めたのだろう。ルインは心配そうな顔で俺に尋ねてきた。
「デミスは雪乃様の決闘の師です。当然雪乃様の戦術は全て知っています」
「だがそれは、雪乃も同じだろう?」
デミスが雪乃の手の内を知っているように、雪乃もデミスの手の内を把握しているはずだ。
「そこの条件は五分と五分。まともに闘えば、むしろ有利なのはデッキの大幅な変更をしている雪乃の方だ」
しかしそれはあくまでデッキの話だ。
「この決闘。今のままでは負けるのは雪乃だ」
「な!?」
驚いた顔をするルインに、俺は少し呆れた。
「あの身内には甘い竜姫神様が、自分の執事とまともに決闘出来るとでも思ったのか?」
だとしたら、笑っちまうぐらいな希望的観測だな。途中からだが雪乃の決闘を見る限り、あいつの今の精神状態は最悪に近い。
「……私が見る限り、雪乃様はいつも通りの決闘をしてると思いますが?」
「そうか? いつもの雪乃ならネクロ・ガードナーの効果をデミスの効果発動前に、発動していたはずだぞ?」
「!」
ルインがはっと目を見開く。
そう。雪乃は先程かなり致命的なミスをした。それがネクロ・ガードナーの発動タイミングだ。
「勘違いされやすいがネクロ・ガードナーは、別に相手のバトルフェイズのみに発動出来る効果ではない。あいつの効果が発動可能なのはドローフェイズからバトルフェイズのバトルステップ開始時までの間だ」
あの時、デミスの効果で吹き飛ばされる前の雪乃の場には墓地のモンスター1体が除外された時に効果を発揮する正邪の神喰があった。
「デミスの効果で吹き飛ばされる前に、ネクロ・ガードナーの効果を使っていれば、神喰の効果でデッキからモンスターを1体墓地に送ることを可能だった。いつものあいつならそれに気が付かないわけがあるまい?」
事実。以前大地と決闘した時は雪乃はそのことを理解し、相手のドローフェイズ時にネクロ・ガードナーの効果を発動していた。
「私は一体何を見て……」
「落ち込む必要はない。お前自身が今、まともな思考が出来てないからそれは仕方がないことだ。ルイン」
なんせ、自分の夫が狂い、仕える主と闘っているのだ。冷静に物事を見極めろというのは無理な話である。
さて、どうなるかと雪乃達の決闘に目を戻そうとした時だった。
「ますたー。もどった」
「ただいま! パパ」
「ご苦労さん。で、どうだった?」
「ここのちか、ふたりでぜんぶみてきたけど、だれもいなかった」
「そうか」
やはりな。あの銀髪娘はここにはいない。
(まあ、そんな事だろうと思ってたけどな)
相手は『超融合』を持っているイレギュラーな存在だ。俺達の認識できない所からこちらの様子を伺っていると考えた方がいいだろう。
「どういうことですか黒乃様? 先程からひなた様とウェン子様の姿が見えないと思っていましたが、何をさせていたのですか?」
「ちょっとした下見だよ。それより、雪乃がどうやら動くようだぞ?」
少々露骨だがここは話を逸らすことにする。今ルインに話しても仕方ないことだ。
「さて――」
まあ、それよりも今はこの勝負を見ることだな。勝敗によっては俺の動きも大分変わってくる。
俺は眼下の決闘に再び視線を戻した。
「私のターン!!」
ドローしたカードを確認する。残念ながら逆転を起こすカードではないが、逆転を呼び込む事が出来るカードだ。
「墓地の神秘の代行者アースをゲームから除外し、私は手札からマスター・ヒュペリオンを守備表示で特殊召喚!」
だが今墓地にはヒュペリオンの発動コストとなるモンスターは存在しない。
「なら、手札からマジックカード手札抹殺を発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨てて、捨てた枚数デッキからドローする!」
「今度は雪乃様がそのカードを使いますか」
「私は手札を3枚捨てて、3枚ドロー!」
「私も2枚捨てて、2枚ドローします」
「まだよ。更に速攻魔法手札断札を発動! お互いに手札を2枚捨て、2枚ドローする!」
「よほど手札が悪いようですな」
(……く!)
――まだこない。これだけ手札交換しても手札に逆転のカードはない。だがこれでヒュペリオンの効果の弾丸となるモンスターは装填された。
「マスターヒュペリオンのモンスター効果を発動! 墓地の天使族モンスターアテナを除外し、デビル・ドーザーを破壊する!」
この効果でせめて1体でもデミスのモンスターを除去したい所だがーー
「手札よりエフェクトヴェーラーの効果を発動します! これでヒュペリオンの効果は無効です」
そう簡単に通るはずないわよね。攻撃力でデミスのモンスターに負けている以上、このターンマスターヒュペリオンは何も出来ない。
「その顔を見ると、どうやら逆転のカードはこなかったようですな」
「私のターン。ドロー。手札から成金ゴブリンを発動。デッキからカードを1枚ドローし、雪乃様のライフを1000ポイント回復します」
雪乃LP3000→LP4000
「そしてバトルフェイズ。私自身でヒュペリオンに攻撃!」
「手札断札で墓地に送った超電磁タートルの効果発動! このモンスターを除外し、バトルフェイズを終了させる!」
デミスの放った攻撃は、電磁防壁に阻まれ霧散する。
「お見事です。私はカードを1枚伏せ、更に手札から永続魔法エクトプラズマを発動し、ターンエンドフェイズ時にその効果でデビル・ドーザーをリリースし、その元々の攻撃力の半分のダメージを与えます!」
「――1400のダメージね」
魂と化したデビル・ドーザーが私を襲う。
「くっ!?」
雪乃LP4000→LP2600
姿勢を崩しそうになるのを、気力で修正する。
「これでターンエンド。さあ、雪乃様のターンです!」
ここでのあの永続魔法はかなり面倒だわ。壁モンスターを出しても、あのカードで処理される。
つまり、私にはもう後がない。
(ヒュペリオンの効果を使えば、デミスは処理できる。でもそれじゃあ、
ならば私に残された逆転の可能性はただ一つ――
(あのカードを引くしかない!!)
私のデッキにはこの絶体絶命の状況でも逆転の可能性を引き寄せることのできるカードがある。
それを引かなければ、私は負け、デミスを救うことは出来なくなる。
(私は――)
「追い詰められたな雪乃の奴」
「どうしてですか? この状況では雪乃様が有利なのではないですか?」
「そう見えるか?」
まあ、無理もないがな。一見すれば、雪乃が有利だ。マスターヒュペリオンの効果でデミスを破壊。ヒュペリオンのダイレクトアタッタで雪乃の勝利。ガキでもわかる簡単な逆転の展開だ。
だが――
「雪乃は決してヒュペリオンの効果でデミスは破壊しないだろう」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「言いきれるさ」
これでも俺はあいつの教師だぞ? 生徒が何をしようとしてるのかぐらい分かる。
「あいつは今でもお前の旦那を救おうと考えてるからだよ」
「デミスをーー救う? 出来るのですか?」
ルインが期待する目でこちらを見てくるが、俺は頭を振る。
「普通の方法なら無理だろうな」
だからこそ雪乃はあんなにも苦戦している。
「そうだろひなた?」
「うん!」
俺の傍で大人しく雪乃の決闘を見ていたひなたは大きく頷いた。
「なんかあのおじさんから変な感じがする!」
「わ、分かるのですかひなた様?」
「うん!」
まあ、こんなちっこくても神だからな。闇には特に敏感だ。
「ひなた。その変な感じはデミスのフィールド魔法から出てるか?」
「え!? パパどうして分かったの!?」
「さあな」
デミスの闇がオレイカルコスの結界から出ているのを、どうしてか俺はぼんやりと『見る』ことが出来た。俺が見えたということは、デミスの近くにいる雪乃はもっとはっきりと見えているはずだ。
「で、ではまさか雪乃様はーー」
「理解したか。そうだよ。あのバカはオレイカルコスの結界を破壊してこの決闘に勝利するつもりだ」
それは決して容易なことではない。1ターンに1度破壊を無効にすることができるあのフィールド魔法を破壊したければ、1ターンに2回あのカードを破壊しなければならない。だがフィールド魔法にばかり除去カードを使ってしまえば、デミスのモンスター達の猛攻を防ぐ事が出来なくなってくる。
「だからこそ、この状況はかなりまずいんだよルイン」
こういう場合は壁となるモンスターを展開し、勝機が来るのを待つのが
「エクトプラズマは各プレイヤーのエンドフェイズ時に、自分のモンスター1体をリリースし、リリースしたモンスターの半分のダメージを相手に与えるーーこの強制効果を発動し続けたら、先にくたばるのはデミスの方だ」
そして強制とはいえ、デミスにトドメを差して雪乃が平気なはずがない。まず間違いなく精神的に大きなダメージを受けることとなる。
(やれやれ。あの女、随分いい性格してやがる)
これまでの決闘でデミスのデッキにレイン恵の手が加わっているのは明白だ。となれば、エクトプラズマをデッキに入れたのもあの女だろう。
普通ならデビル・ドーザーデッキには入らないカードだが、おそらくこの状況になることを読み、トドメとしてデミスのデッキに入れたのだ。
(呆れるぐらいにいい一手だ)
これなら勝とうが負けようが、雪乃は戦力にならなくなる。
このような外道な策を使ってでも、雪乃を排除しにきたということは、どうやら本気で俺と決着をつけたいらしいな。
(だがなレイン恵。お前は一つだけ、間違ってるな)
俺の生徒は用意された
「私のターン!!」
納得のいかない道は蹴り飛ばし、自分の望む未来のために、突っ走る。そういう
もう猶予はない。このターンが正真正銘のクライマックスだぞ。
(私は負けない!)
負けるわけにはいかない。デミスを、私の『家族』を絶対に取り戻す!
(だから――)
答えて私のデッキ。勝つためじゃない。
デミスを救う力を私に貸して!!
「ドロー!!!」
運命の1枚をドローする。瞬間世界の時間は止まり、私の意識はドローしたカードに集中した。
「っ!!!」
引いたカードを確認した私は決闘中だというのに、思わず観客席にいる先生を見てしまった。
「そうか引き当てたか」
俺を見る雪乃の目には新たな光が灯っていた。あれは可能性の光だ。
どうやら雪乃は自らの望む未来のためのワンピースを手に入れたようだ。
「いけ雪乃」
見せてみろお前の手にした可能性を。
「ええ、行くわ先生」
このカードで、私は私の未来を切り開いて見せる。
「ヒュペリオンの効果を発動! 手札断札で墓地に送った神秘の代行者アースを除外し相手のカード1枚を破壊する!」
「ほう。ついに私が破壊される時が来ましたか」
デミスの言葉に、私は笑みを浮かべる。
「何勘違いしてるのかしら?」
「勘違い?」
私の狙うのは――
「効果対象はオレイカルコスの結界!!」
「な!?」
ヒュペリオンの光弾がオレイカルコスの結界に炸裂する。
「気でも迷われましたかな? オレイカルコスの結界は1ターンに1度、破壊されないのですぞ!?」
「わかってるわ」
よく分かっている。自分が馬鹿な事をしていることぐらい。デミスでも伏せカードでもなく、破壊出来ないオレイカルコスの結界を選択する。普通なら考えられない事だろう。
だがこれでいい。
何故ならここからがこの決闘のクライマックスだからだ。
「手札から装備魔法契約の履行を発動! LPを800払い、自分の墓地から儀式モンスター1体を特殊召喚し、このカードを装備する! 」
雪乃LP2600→1800
「流石と言いたい所ですが、そのカードになんの意味もありません」
「ふ……」
前を走っていたデミスに追いつき、並走する。
「何がおかしいのですかな?」
別にデミスを笑ったんじゃない。クセになりかけていることを自覚してしまったからだ。
「どうかしらそれは」
この台詞を言う自分を。そして先生が感じていた絶対絶命のこの時でしか味わえない途方もないスリルを。
「蘇りなさい。我が魂! 竜姫神サフィラ!!」
フィールドに再び現れる私の分身。
「だから無意味だと……」
「いいえ」
この瞬間。私の手札にある
見せてあげるわデミス。私のデッキの本当の切り札を!
「自分フィールドの光属性天使族モンスターマスター・ヒュペリオンと光属性ドラゴン族モンスター竜姫神サフィラをリリースし、私は手札からこのモンスターを特殊召喚する!!」
「な!? その特殊な召喚方法は!!」
フィールドに存在する天使と竜は光となって、1つになる。
「2つの光。今交わりて、真なる輝きとならん!!」
やがて『光』は『輝き』となり、その真なる姿を現した。
「光誕せよ! マァト!!」
マアト ATK/0 DFF/0
フィールドに降臨した大天使の姿に、デミスは目を見開く。
「このモンスターは!」
ええそうよデミス。これは『あの日』事故に遭い、すべてを失った私の前にサフィラと共にあったカード。
お父様に言われ今まで封印していたが、今こそその封を解く時だ。
「行くわよデミス」
このカードで私はあなたを取り戻してみせる。
「ここからがクライマックスよ!」