デミスドーザーには子供から大人が楽しめるアトラクションが多数存在する。だがもしその中で目玉はどれかと聞かれれば、迷わずそれを選ぶという。
超絶叫アトラクション『エンド・オブ・ザ・ワールド』
ジェットコースター系の乗り物ではあるこのアトラクションは、純粋にジェットコースターとしての刺激と、ソリットビジョンを利用したデュエルモンスターズのモンスターやフィールドを体感できるというなんともまあ、贅沢なものだった。
なんでも、乗客は乗り物であるデビルドーザーに乗り、デミスの支配するエンド・オブ・ザ・ワールドを旅するというのが乗り物の設定らしい。
オープン初日というのに、その人気は凄まじく、俺達が来たときにはうんざりするほどの長い列が既に出来上がっていた。もしルインの案内がなければ、あの列に並ばなければならなかったと思うと、正直ゾッとする。
だが並びをショートカットし、いざ乗り物の乗ろうとした時、問題は発生した。
「申し訳ありません。ひなた様とウェン子様は身長が足りないため、お乗りになることは出来ません」
「ええー!?」
「なんーーだと?」
そう。俺も遊園地なんて久しぶりなせいで、すっかり忘れていたが、ジェットコースターのような乗り物には身長制限が存在する奴があるのだ。
当然うちのロリッ子達は身長がまったく足りていない。
「残念ながらお二人は乗ることが出来ません。危険がありますので」
「ええー! 私、頑丈だから大丈夫だよ!」
「そういう訳にはいきませんのですひなた様」
「・・・・・・」
「ウェン子様。風の力を利用し、宙に浮いてなんとか身長を伸ばそうとしてもダメです」
「しょんぼり」
ひなたとウェン子の奴、かなり落ち込んでやがるが、こればっかりはなー。どうしようもなーー
「むむー。じゃあ私、大きくなるもん!!」
へ?
「ええーい!」
くるりとひなたが光を発しながら1回転する。
するとそこには――
「じゃじゃーん! ひなたちょっと大人バージョンだよ!」
幼女の姿から中学生ぐらいの少女の姿になったひなたの姿があった。
「……なあ、ひなた」
「ん? なーにーパパ?」
「なにした?」
「えっとね。昨日パパからいっぱいおいしいのもらったから、変身出来るようになったの!」
あー。それ、変身って言うのか? いやまあ、言うか。背丈と一緒になぜか身につけていた服まで大きくなってるし。
……それにしても、ひなたが言っているおいしいのってなんのことだ?
「そんなのやったっけ?」
「うん! 昨日の夜にいっぱいパパのこい命の源もらったから、私パワーアップしたんだー! 」
「な、なんでしょうか! ひなたちゃんがすごく卑猥なことを言ってるように聞こえます!」
「まさかそれって白いブツなんじゃ――」
「とりあえず黙ってろエロ娘」
「まだ最後まで言ってないのに……」
当然無視だ。しかし、俺の命の源か。考えられるとすれば――
「ますたーのらいふ」
「だよな」
流石はライフちゅっちゅギガントと言った所か。決闘で吸収したライフが現実にも影響を与えるのか。
「これで問題ないよねルインのお姉さん!」
「は、はい。そうですね。文句のつけようがないです。正直驚かされました」
「えっへん! パパ。褒めて褒めて!」
「おーえらいえらい」
「えへへ……」
神様か。俺から見ると、甘えたいさかりの子供にしか見えないんだけどな。
「では、ひなた様は乗るとして、ウェン子様はいかがされます?」
「私も変身する」
「なるほど変身されるのですか……って、へ?」
ルインの目が点になる。かく言う俺も、驚き、思わずウェン子の方を見た。
「……ついに日常でこのウェン子ドライバーを使う時が来た」
ウェン子ドライバーってなんだ!? てかいつの間に腰にベルトを装着したんだお前!?
「きょうはかぜのえれめんとでいく」
今日はってなんだ!? お前結構頻繁に変身してるのかよ?
てか、さっきのひなたのせいで周りが注目している所でウェン子が変身してみろ。まためんどくさいことになるよな。
「へんし――」
「ストップだウェン子」
「……なに? ますたー?」
「とりあえず変身はやめろ。ここでは人が多すぎる」
「でもじぇっとこーすたーが……」
「我慢して他の乗り物にしろ。その代わり俺も付き合ってやる」
「……わかった」
頷くと、ウェン子の腰にあったベルトはいつの間にか消えていた。とりあえず、つっこんだら負けなのは理解した。
「というわけで、俺とウェン子はここから別行動させてもらうぞ」
「……仕方ないわね。正直、先生と一緒の方が嬉しいのだけど、ウェン子を1人にするわけにはいかないし」
「すまんな雪乃。子供2人の面倒は頼んだぞ」
「了解したわ。何かあったら、ウェン子の携帯電話に連絡するから」
「ああ」
こうして俺たちは別行動をとることになった。
「……あのー雪乃さん」
「何かしらバニラ?」
「黒乃さんが言っていた子供2人の1人がひなたちゃんということはわかるんですけど、後の1人は誰ですか?」
「……え?」
「え? なんですかその『まさかこの子本当に気がついてないの?』って顔は?」
「……なんでもないわ。やっぱり記憶はなくてもバニラはバニラなのね」
「へ? ど、どういう意味ですか!? あ、待ってください雪乃さん! ゆーきーのーさーん!!」
「で、どれに乗る?」
雪乃達からなったんだけど別行動をとることになった俺達は、ベンチに腰を下ろし、パンフレットを広げていた。
「遊園地に大抵ある乗り物は全部あるみたいだからな。選びたい放題だぞ」
「じゃあこれがいい」
「え、それがいいのか?」
すっと、ウェン子が差した乗り物に俺は思わず聞き直してしまった。何故ならその乗り物はジェットコースターに乗りたがっていたウェン子が選ぶとは思えないほど地味なものだったからだ。
「これがいい」
「いや、でもこれ。ジェットコースターとは真逆な奴だぞ? ゆっくりとそれこそ亀のように動ーー」
「これがいいの」
念入りにそう言うウェン子は真剣だった。どうしてそんな顔をするのかは分からなかったが、俺は何も聞かなかった。
「分かった」
ベンチから立ち上がる俺にならい、ウェン子も立ち上がる。
幸いこの乗り物はここからそう遠くない。物の数分で着くだろう。
「じゃあ、行くか」
「れっつごー」
俺達は目当ての乗り物に乗るために、のんびりと移動を開始するのであった。
「……って、やろうと思ったんだけどなー」
そうすることは出来なかった。何故なら俺達の前に一人の少女が現れたからだ。
「なんで、お前がここにいるんだ?」
銀髪をツインテールにした人形のような無表情の少女は、俺を見ると、ゆっくりと口を開いた。
「あなたを
少女の名はレイン恵。以前俺達の前に現れた謎の決闘者だった。
エンド・オブ・ザ・ワールドはひどく刺激的なアトラクションだった。
急降下による超スピードのような、ジェットコースター好きのツボを押さえているといい。
更にソリットビジョンによるリアルな背景は、まるで本当にエンド・オブ・ザ・ワールドの中にいるような錯覚を覚えさせる。
「楽しいーーーー!!!」
ジェットコースター初体験のひなたは勿論のこと、経験豊富な雪乃も中々楽しめた。
(惜しむべくは、先生がいないことね)
本当に残念でならない。
このようなアトラクションの最中なら、自然に抱きつくことが出来たはずだ。
(まあいいわ)
まだお化け屋敷のようなアトラクションもここにはあるようだし、先生に抱きつくチャンスは数多く残っている。
今はこのアトラクションを楽しむことにしよう。
「雪乃様」
と、
「なにかしら?」
「後ろをご覧ください。いよいよクライマックスです」
ルインに言われ、後ろを振り返り、雪乃はくすりと笑った。
「なるほど。面白いクライマックスね」
後ろから迫り来るものに、雪乃は笑みを浮かべた。
『待てーー!!!』
乗り物に乗った雪乃達を追ってくるものは、このエンド・オブ・ザ・ワールドの主であった。
「ど、ど、どうなってるんですか!? あれってデミスさんですよね!?」
そうそれは紛れもなく終焉の王デミスであった。
『逃がさん!!』
「ひい!」
「きゃはは!! こわーい!!」
鬼の形相でこちらを追いかけてくるデミスに、バニラは怯え、ひなたは喜ぶ。
「ソリットビジョンかしら?」
「はい。その通りです。エンド・オブ・ザ・ワールドのクライマックスはここの主であるデミスから逃げきらなければなりません」
「へえ。それはまた面白いわーー」
そこまで言いかけた雪乃はピタリと止まり、前に戻そうとした視線を後方に戻した。
「ねえ。ルイン?」
「なんでしょうか?」
「そのソリットビジョンって1体だけよね?」
「はい。そうですが、それがどうかしたんですか?」
「そう――」
雪乃は瞼を閉じると、ゆっくりと開いた。
「なら、あのもう1体のデミスは何かしら?」
「え?」
瞳を黄金に輝かせる雪乃の言葉に、ルインが目を見開いたその時であった。
ドン! という衝撃が雪乃達を襲ったのは。
「
俺はレイン恵の物騒な言葉に思わず笑みを浮かべてしまった。
「何がおかしいの?」
「いや、すまん。お前が意外といい奴だということが分かったからな」
「……どうしてそう思うの? 私はあなたを殺すと言っている」
「なら、俺にわざわざ
「……」
黙ったか。まあ、逆にそれが言葉以上にレイン恵がどういう少女なのかを表現してしまっているんだがな。
「それでどうするんだ? 俺は簡単に殺されてやるつもりはないし。こんな人が多い所でやりあう気にはならないぞ?」
「……既に舞台は用意している。でも、その前にあなたに聞きたいことがある」
「へえ。聞きたいことねえ――」
「…………どうしてまた笑うの?」
かすかに眉をしかめるレイン恵に俺は肩をすくめた。
「何故かってそりゃあ、おかしいからだよ。どうして他人の思考を読めるお前が俺に質問する必要がある? 読めばいいだろう? 俺の頭の中を……」
「……」
「それをしないということは、お前は今、
「……あなたはやはり危険」
それはお互い様という奴である。超融合なんていう存在してはいけないカードを持ってるこの銀髪女は、俺の中で今最も警戒しなければならない相手だ。
「それで? 俺に何が聞きたいんだ?」
「聞いてくれるの?」
なぜか少し嬉しそうに言ってくるレイン恵に、俺は少しだけペースを乱される。
「聞くだけはただだからな」
答えるとは言っていない。だからそんな期待する顔をするな。
「これ。なにか知ってる?」
少女が胸ポケットから出したものを俺に見せてきた。
それはやはりというか、1枚のカードだった。
だが俺が目を剥いたのはそのカードがあってはならないカードだからだ。
NO.23 冥界の霊騎士ランスロット
それはNOのエクシーズモンスター。この世界にあるはずがない……否、あってはならないカードだった。
「どうしてお前が、そのカードを持って――――」
言いかけ、俺は気がついた。1つだけレイン恵があのカードを手に入れることができる可能性を。
「レディ・マッケンジーが所持していたカードだな?」
「……」
そうだ。おそらくだが雪乃と決闘した時に、レディが出そうとしていたエクシーズモンスターカードがあのランスロットだったのだ。
(雪乃はレディがレベル8モンスター2体を並べていたと言っていた)
ランスロットは素材指定なしのレベル8モンスター2体エクシーズによって出せるモンスター。話のつじつまは合う。
「レディ・マッケンジーを回収したのは、あいつらを送ってきた奴だと思っていたが、お前だったのかレイン恵」
「……答えられない。それは禁則事項だから」
ほぼ答えていると同じだがな。
「教えて。このカードは一体なに? どうやってこの世界に来たの?」
「悪いが、答えられない。禁則事項なものでね」
正直な所、答えようにもほとんど答えられないのが本音だ。どうしてエクシーズカードがこの世界にあるかなんて俺が聞きたいわ。
「……いじわる」
「いや、いじわるて―― 一応俺の中じゃあ、お前は敵だからな? 簡単に教えるわけないだろう?」
「……確かに」
納得しちゃったよこのレインさん。
なんというか、こいつバニラとは違った素直なバカなんじゃないだろうか?
「なら、あなたを屈服させ、それから聞くことにする」
「やれやれ……」
美少女に屈服させられるなんて、人によってはご褒美なんだろうが――
「残念だが、屈服させるのはお前じゃない。俺の方だ」
生憎俺はどちらかというと、虐める方が好きでね。攻められるよりかは攻める方が好きだ。
「聞きたいことがあるのはこっちも同じなんだよ。俺が勝ったら、色々と喋ってもらうぞ。裸エプロンでな」
「分かった」
…………
え? 最後の裸エプロンのくだりは、冗談だったんだが、なんで普通にOK出してるんだこいつ。冗談だよな? 空気読んで、頷いてるだけ――
テーテーテー♫テテテ♫テーテーテー
「ひい!」
その時、聞き慣れたBGMがずっと黙っていたウェン子の方から鳴った。忘れもしない。これはウェン子の携帯電話の着信音だ。
「もしもしとおりすがりのシャドールです。ん。りょうかい。ますたーにかわる」
ゑ? なんかひどくデジャヴるんだけど、俺にかわるってことはまさか――
「ますたー。ゆきのおねえちゃん」
ひいいいいいい!! やっぱり!? ちょ、なにこのグットタイミング!? まさかあいつ何かしらの方法で俺の言動とか監視してるんじゃないだろうな!?
「居留守を決め込んでくれ」
「けっこうまじめだから、でたほうがいい」
「……」
ウェン子にそう言われてしまうと、出るしかないよな……
俺は恐る恐る電話に出た。
「もしもし。いや、違うんだぞ? 別に俺は裸エプロンが趣味なわけではなく、ただジョークとして――」
「大変よ先生!!」
電話越しの雪乃から、思わず耳を遠ざけたくなるような大声が俺の鼓膜を揺さぶった。
「ごめんなさい! 私がいたのに。何も出来ずに――」
「落ち着け。何があったのかを簡単に言え」
これじゃあ、何が起こったのかも分からな――
「黒崎 黒乃」
俺の視線の先にいたレイン恵がゆっくりと口を開く。
「アトラクション『アクセラレーション』で待っている」
無感情で小さなな声だったのに、その声ははっきりと聞き取れた。そしてそれに重なるように電話越しの雪乃の大声が俺の意識を揺さぶった。
「バニラがデミスに攫われたのよ!!」
目を見開き、視線の先にいたレイン恵を睨みつけようとしていたが、そこにレイン恵の姿は既になかった。
「なるほど」
どうやら神様は俺に心休まる休暇を意地でも与えないつもりのようだ。
俺は苦笑するしかなかった。
次回デュエル回です。