決闘はようやく終わりを迎えようとしていた。
雪乃LP4000
マックLP300
「意外にもつわね」
大型の天使モンスターが軸だから防御力は低いと思っていたが、予想以上の粘り強さを相手は見せている。
「く。一体なんなのよあんたは!?」
決闘は本当のクライマックス。私とマックのフィールドにはお互いのエースモンスターが並ぶのみとなっていた。
かなり追い詰めたはずだったのに、まだ仕留めきれなかったのは、私がまだ未熟だからでしょうね。先生ならもう勝ってるはずだわ。
「あなたのターンだけど、どうするのかしら?」
マックの手札は0。フィールドにはVENUSのみ。ここから逆転するには、マックが次のドローで起死回生のカードを引き当てるしかない。
「……ドローするわ」
マックがデッキに手を起き、カードを引く。
「!」
あら、嬉しそうな顔をしてるわ。どうやらいいカードが引けたようね。
「見せてあげるわ藤原 雪乃。あなたが知らない異世界の召喚方法を」
「それは楽しみだわ」
一体何を見せてくれるのかしら?
「まずは手始めに今引いたマジックカード死者蘇生を発動するわ! これで私は墓地から特殊召喚する!」
「……テュアラティンを召喚するのね」
だが今更テュアラティンを召喚して何になる? 彼女の墓地には既にオネストが墓地にいる。それを蘇生し、手札に加えれば、1ターンは生き残ることが出来るだろうに。
それをしないということは、
「異世界の召喚方法……」
おそらく、それを行うつもりなのだ。
そしてその召喚方法を行うには、2体のモンスターが必要なのだろう。
(それもただの2体ではダメなのね)
ただの2体なら別にテュアラティンではなくても、オネストや他のモンスターでもいい。
ならばオネストにはなく、テュアラティンにあるもの。
それはーー
(レベル……ね)
間違いない。マックの目的は同じレベルのモンスターを2体並べることだ。
VENUSのレベルは8。そしてテュアラティンのレベルも同じく8。もしこの死者蘇生が無事に通れば、彼女の場にはレベル8モンスターが2体並ぶことになる。
「さあ、あなたの知らない未知の力を堪能させてあげーー」
ピタリと、余裕を取り戻そうとしていたマックが固まる。
「ど、どうして!? どうして死者蘇生の効果が発動しないの!?」
決闘盤に差し込んだはずの魔法カードが発動しないからだろう。
「うふふ。安心しなさい。ちゃんと
そう
「! あなた!」
ただし死者蘇生の発動にチェーンして、こちらもトラップを発動させてもらったけれども。
「永続トラップカード虚無空間。このカードが魔法トラップカードゾーンに存在する限りーー」
私はマックに微笑みかける。
「互いのプレイヤーはモンスターを特殊召喚出来ない」
例え、私の知らない未知の召喚方法を持っていたとしても関係ない。それを根本的な所で潰してしまえば、何の脅威にもならない。
「虚無空間の効果により、あなたの死者蘇生は無駄に終わったわ」
「そん、な……」
よっぽど、出そうとしていたモンスターに自信があったのか、完全に戦意を喪失してるわね。
「ターンエンドかしら?」
「私はこれでターンを終了するわ」
あらあら、モンスターを守備表示にもしないのね。まあ、私の場にある天空の聖域の効果はマックのVENUSにも適用されるから、間違った選択ではないけれども。
「私のターンドロー」
ちょっと迂闊ね。
「バトル。竜姫神サフィラでVENUSに攻撃」
「! だけど、あなたの天空の聖域の効果で、私にダメージはーー」
瞬間。私の場に展開されていた天空の聖域が吹き飛んだ。
「え?」
なにが起こったのかが分からないという顔でマックは私を見る。
私はどこまでも笑顔で彼女の疑問に答える。
「速攻魔法サイクロンを発動し、天空の聖域を破壊したわ」
これでもう相手には自らを守る術はない。
「そしてーー」
私の最後の手札。これはサフィラの効果で常にサルベージを続けたこのデッキのキーカードの1枚。
「ダメージステップに手札からオネストの効果を発動。これにより、バトルを行う相手モンスターの攻撃力をサフィラに加える」
したがって、サフィラの攻撃力は5300。
「もっともあなたのVENUSの永続効果で攻撃力は4800にダウンするけどね」
だが残りLP300の相手を叩き潰すのには十分すぎる。
「受けなさい」
光の翼を新たに生やした私の分身は、掌に光の弾を生み出すと、
「ーージャッジメント!!」
その光を大天使に投擲。光に触れた大天使は瞬きのあいだに、跡形もなく消滅した。
「そ、そんなーーこの私がーー」
マックが地に倒れ伏す。私はただ一言彼女に言った。
「竜姫神の名は伊達じゃないわ」
マックLP0
一つの決闘がここに終わりを告げた。
「くくくーーやはり、あの程度のコマでは奴等は倒せんか……」
闇の中。自らの
「しかも、マックの方はあの小僧から渡されたカードすら出せずに敗北か」
トラゴエディアの手元には、マックが持っていたVENUSと、彼女が雪乃との決闘に使用しようとしていた異世界のカード……エクシーズモンスターが戻っていた。
「どんな強力なモンスターでも召喚出来なければ意味がない」
それは
「くく、やはり新しい
男が背後を振り替えると、そこには二人の男女がいた。
「よろしく頼むぞ。岩越 大地 そして原 麗華」
「「……」」
雪乃が逃がしたはずの二人の男女がそこにいた。二人は虚ろな目で虚空を見つめている。
「くく、さあ、黒崎 黒乃。俺を失望させるなよ。ゆっくりと楽しみたいんだ。もがきあがく様を俺に見せーーむ?」
闇の中、終止笑みを絶やさなかったトラゴエディアが怪訝な顔をした。
彼の手元にマックの時のように、デイビットが使用していたカードが戻ってきたからだ。
だがーー
「なぜ、エクシーズモンスターが戻ってこない?」
「・・・・・・まさか」
トラゴエディアは意識を再びあの青年に向けることとなった。
「あ、あのーマスター」
恐る恐ると言った風に、バニラが俺に尋ねてきた。
「なんだバニラ?」
「私がバカなことは重々承知してますし、こんな質問はするまでもなく分かることなんだと思いますけどあえて聞きたいんですけど……」
「はっきり言え」
回りくどい奴だな。さっさと聞いてくればいいのに。
「ああ、はい。じゃあはっきり聞きますね――」
「デイビットって人、死んでませんか?」
「……」
俺は無言で、デイビットのいた所を見た。
闇の決闘が終了し、今は景色がはっきりと見える。俺の視線の先にデイビットの姿はなく、あるのは夜の黒い帳だけであった。
デイビットの姿はどこにもない。
「バニラ」
「はい。なんでしょうか?」
「デイビットは生きてるさ。俺たちの心の中に」
「遠まわしに死亡宣言してます!?」
いや、ヲーだから大丈夫かなーっと思ったが、やはり闇の決闘で神の一撃は致死レベルの攻撃だったのか。
これは――やっちまったか?
「まあ、闇の決闘を挑まれてたからな。やらなければこちらがやられてた」
正当防衛だ。問題ないだろう。
「いやいや、問題大アリですよ! 殺人ですよ殺人!」
うるさい奴だな。カードゲームではよくあることだろう。
決闘で人がリアルダメージを受けることなんて。現にさっき俺もリアルダメージ受けてたし。これでおあいこというやつだ。
それに――
「別に殺してはないぞ?」
「え?」
「ひろってきた」
視線を向けると、そこには実体化したウェン子がいた。そしてその足場となっている海豚の人形の上には気絶したデイビットの姿があった。
「どうしてこの人がここにいるんですか?」
「別に不思議なことではないさ」
闇の決闘が終了した瞬間に、リアルダメージでデイビットがくたばる前に、ウェン子にデイビットを回収させただけだ。
「え? そんなこと、命令してましたっけ?」
「しんのますこっとは、しせんだけでますたーのしたいことをさっするものだから」
「ウェン子ちゃんが有能すぎます!?」
今更じゃないかバニラ?
まあ、それは置いておいて。
「おい。起きろこら」
気絶したデイビットの
「まさか、上手くいくとはな」
決闘が終わり、ティマイオスの竜の上に立つ俺の手元には二枚のカードがあった。
ヘブンズ・ストリングス。
ジャイアント・キラー。
共に先程の決闘でデイビットが使用したこの世界に存在するはずのないエクシーズモンスターだ。
「え? なんでそのカードをマスターが持っているんですか?」
「決闘に勝利した瞬間。試しにシュヴァルツディスクのキャプチャーを使ってみたんだよ」
「キャプチャー? ああ、あの精霊を捕まえることが出来る奴ですよね? え、そのカードって精霊なんですか?」
「いや、それは違うだろう」
精霊とは違うことは分かる。だが特別な何かが宿っているのは確かだ。でなければ、シュヴァルツでキャプチャー出来るはずかない。
「でも黒いカードですか。珍しいですね!」
……何故だろうか。俺はその瞬間ひどいディジャヴを感じた。このままバニラを自由にさせると、何か取り返しのないことをしでかしそうな――そんな予感すら感じた。
「大人しくしてろバカむすーー」
「私もちょっと近くでみたいですー!」
遅かった。俺が制止の声をあげたのと、バニラが俺の手にあるエクシーズモンスター達に触れたのはほとんど同時だった。
そしてやはり異変は起きた。
「な!?」
かつてのラーのように、カードから目映い光が放たれ、たまらず俺は目を閉じる。
「バーカー娘ぇぇぇ!!」
今度という今度はまじで許さん。口では言い表せないような罰を与えてやる。
「お前いい加減にーー」
目を開くと、バニラがいた。
いつもならここで拳骨の1発でも食らわしてやっただろう。
だが出来なかった。
「な、なん、で・・・・・・?」
バニラの顔がいつになく、真剣だったからだ。
「おい。どうした?」
俺もバニラの視線を追う。そして見てしまった。
俺達が探し求めるバニラの師匠のブラック・マジシャンの姿を。
そしてそれだけではなかった。
「なんだ、これは?」
倒れていた。何人もの決闘者がそこには。
誰も動かず、その命の灯火が消えていることは一目で分かった。
(おいおい。なんの冗談だ?)
そう思わないとやっていられない光景だ。
「なんで、
倒れていたのは遊戯王ZEXALの主要メンバー達だった。
シャークこと、神城 猟牙 に天城 カイトを始めとした見間違えるはずもない者達だ。
そしてーー
『遊馬!!』
叫びが聞こえた。見るとそこには、よく知った人物達がいた。
一人はアストラル。主人公のパートナーで、アニメの序盤から終盤まで主人公を支え続けたアストラル世界の住人だ。
その彼が地面に倒れ付し、何かを掴もうと必死に手を伸ばしている。
「アス……トラル」
そしてもう一人は九十九 遊馬。
遊戯王ZEALの主人公であり、幾つもの決闘とカットビングで絆を作り、最後には世界を救った熱い魂を持つ決闘者だ。
その彼が地に倒れていた。
「逃げろ! 遊馬!!」
アストラルが叫ぶ。だがそれは遅すぎた。
無慈悲にも地に倒れる遊馬の足に幾つものナイフが降り注いだ。
「ぐ、うああああああ!!!」
「遊馬!!」
肉が刃物によって貫かれた音と共に、遊馬の苦痛の叫びが木霊する。
「ひどいーー」
バニラがそう呟くのも無理はなかった。遊馬の足は幾つものナイフを突き刺され、その機能を永遠に停止させていた。
それでさえ目を剥くというのに、それ以上に驚いたのはーー
「どうして、ですか?」
まるで虫の標本を作るように、地面に遊馬を縫い付けたのがーー
「お師匠様……」
俺達が探し求めているバニラの師。
ブラック・マジシャンだということだ。
「やめろ!! お前の目的は私の持つヌメロンコードだろう!? なら、遊馬は関係ない!」
アストラルの悲痛な叫びに、ブラック・マジシャンは一瞬だけ彼に目を向けたが、すぐに遊馬に視線を戻す。
その手にあるナイフを自らの頭上に放るとナイフは瞬きの内に増殖し、空中で静止した。
その数千。
文字通りの
「止めてくださいお師匠様!!」
バニラが飛び出す。遊馬の壁になる形でブラック・マジシャンの前に出ると両手を広げ、必死に声を絞り出す。その瞳からは涙が出ていた。
「目を覚まして下さい! お師匠様はこんなことをする人じゃないはずです!!」
だが恐らく無駄だ。何故なら今俺達がいるここは多分ーー
「・・・・・・」
バニラの必死の制止も空しく、無慈悲にも千本ナイフは放たれる。
「お師匠様!!」
叫びはもう悲鳴だった。自分の敬愛する師が罪を犯そうとしているのだ。当然のことだ。
「逃げてください!!」
バニラは遊馬に対してそう叫ぶが、バニラの声は決して届かない。
千本ナイフは壁となったバニラをすり抜け、遊馬に降り注いだ。
絶命。その一言に尽きる。
九十九 遊馬の命はたった今、永遠に消え去った。
「遊馬ぁぁぁぁ!!!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
アストラルとバニラの叫び。それと同時に、俺達のいる世界は音を立てて崩れ去った。
「パパ!!」
「!?」
聞き慣れた声に、俺の意識が覚醒する。瞼を開くと、ウェン子とひなたが心配そうに俺を見つめていた。
「パパ!」
「うお!?」
涙で目を真っ赤にしたひなたが俺に抱きついてくる。それを何とか受け止めるが、ひなたはしがみついて離れない。
「よかった! パパが、パパが死んじゃったかと、思って、それで!!」
「あー。ウェン子説明を頼む」
大泣きするひなたの頭をあやすように撫でながら、俺はウェン子に状況説明を求める。
よく見ると場所まで変わってるし。ここはーー森か? ということはデュエルアカデミアには戻ってきたということか。
「ん。まず、ますたーはいままできをうしなってた」
「……どれぐらいだ?」
「だいたい1じかん」
「まじかよ」
気を失った原因は、考えるまでもなくさっき見たヴィジョンのせいだよな。
待てよ。それならーー
「バニラはどうした?」
あいつにも何か影響があっても、おかしくない。
「それがーー」
ウェン子が、言いにくそうに言葉を濁すので、俺は無言でウェン子に続きを促した。
「ちょくせつみたほうがはやいとおもう」
「あん?」
見ると、俺達より少し離れた位置にバニラがいた。
「おいバニラ。大丈夫か?」
「え? あ、はい。大丈夫です」
俺の問いかけに慌てて答える。
?なんだこの違和感は? おんなヴィジョンを見せられて、『大丈夫』という段階でおかしいのに、それ以前に、どうしてこいつは俺を見知らぬ人間を見るような目で見てくるんだ?
「あの、すいません。一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
そして次の瞬間。俺の感じた違和感は決して気のせいではないことを思い知らされる。
「バニラって私のことですか?」
「は?」
俺は自分の耳を疑った。そして次はバニラの頭を疑った。ついに自分の名前すら分からないほどにバカになったのかと。
「このバーー」
「ますたー」
だからいつものようにバカと言おうと思った。だがそれを言おうとした俺をウェン子は手で制した。
そしてこう言った。
「ばにらおねえちゃんは、きおくをなくしてる」