遊戯王 Black seeker   作:トキノ アユム

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アンティークギアアルティメットゴーレム 
ノーマル ¥100
ウルトラ ¥185
シークレット ¥205


……随分安いな 


絶望の就職試験決闘3

「ブラック・マジシャン・ガール……!」

 初代決闘王者の武藤 遊戯が使っていたエースカード。そのカードの登場にクロノスはおろか、試験会場の人間は全て困惑していた。

 ブラック・マジシャン・ガールはレア中のレア。そのイラストと、武藤 遊戯の切り札として数億の値段で取引されている幻のレアカード。

「で、ですーが。いくらあの初代決闘王者の切り札でも、所詮攻撃力2000の雑魚モンスターにすぎませんーノ!!」

「その通りですよ。クロノス教諭。こいつは現状ただのバニラモンスター。あなたのアンティークギアゴーレムの足元にも及びません」

 だがと黒乃はそこでニヤリと不敵な笑みを見せた。

「巻き込まれた形ですが、俺の切り札はこいつとなったんです。なら、こいつの可能性を切り開いてやるのがデュエリストの仕事なんじゃないですかね?」

 クロノスはその黒乃の言葉を聞き流すことは出来なかった。

 何故ならそれを言った黒乃の表情が、先程自分が敗北した落ちこぼれの少年と同じ顔をしていたからだ。

 

 

『ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ先生!!』

 

 

「くだらないデスーノ! さっきのドロップアウトボーイにも言いましたが、デュエルにくだらない御託はいりませんーノ!!」

 そう。必要なのはただの力だ。純粋にデュエルを制する力。それがデュエリストに必要な物。

 このアンティークギアゴーレムのような圧倒的な力こそが……

 

 

「な!?」

 

 

 がきんと、クロノスが視線を向けていた鉄の巨人が突如として拘束された。

 

 

「トラップカードを発動しました。六芒星の呪縛---これでアンティークギアゴーレムは攻撃と表示形式の変更は出来ません」

 

 

「小賢しい手なノーネ!」

 闇の呪縛の下位互換と呼ばれるカードであり、現在ではほとんど使用されていないカードに動きを封じられたことにクロノスは怒りを感じる。

 そしてまた武藤 遊戯の使っていたカードだ。

(間違いないですーノ!)

 ここまで来ると、相手のデッキが武藤 遊戯をイメージして作られたファンデッキなのは明白だった。

 このアカデミアの就職をかけた決闘に、ファンデッキで挑むとは舐めているとしか思えない。

 クロノスの怒りは頂点にまで達した。

「黒乃ボーイ。あなたに世界の広さを教えてあげるーノです」

「それは楽しみです。この世界のことをあまり知らないんで、助かりますよ」

 どこまでも余裕の態度を崩さない黒乃にクロノスの迷いは完全に消えた。

 就職試験で使うつもりはなかったが、もうその必要もあるまい。

「私は手札から融合を発動しますーノ! 手札のアンティークギアガジェルドラゴンと、2体目のアンティークギアゴーレム。そして場にいるアンティークギアゴーレムを融合素材にするノーネ!!」

 フィールドで拘束されていたアンティークギアゴーレムが素材になったことで、六芒星の呪縛は意味をなさなくなる。

「現れるノーネ! アンティークギアアルティメットゴーレム!!」

 

 

 アンティークギアアルティメットゴーレム

 融合・効果モンスター

 星10/地属性/機械族/攻4400/守3400

 「アンティークギアゴーレム」+「アンティーク・ギア」と名のついたモンスター×2

 このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。

 このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、

 その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 このカードが攻撃する場合、相手はダメージステップ終了時まで

 魔法・罠カードを発動できない。

 このカードが破壊された場合、自分の墓地の「古代の機械巨人」1体を選択し、

 召喚条件を無視して特殊召喚できる。

 

 

 クロノスの背後にアンティークギアゴーレムを超える巨大な鋼の巨人が現れる。

 先程のブラック・マジシャン・ガールの時と同じか、あるいはそれ以上の歓声が上がる。

 皆が口々に「すごい」や「攻撃力4400!」などの感嘆の声を上げる。

 

 

 その中でただ一人……

 

 

「くくく……」

 

 

 黒乃は笑っていた。

 

 

 絶対的な力を前にした乾いた笑みではない。逆に勝利を確信したかのような笑みだった。

「何がおかしいノーネ! このモンスターは究極のアンティークギア! 攻撃力なら神をも超えた最強モンスターなノーネ!!」

 だからそんな笑いは出来ないはずなのだ。ここに来て、クロノスは黒乃という男がまったく分からなくなってしまった。

「神? 究極? 最強?」

 堪えきれなくなったという風に、声を出し笑う黒乃。その気が狂ったような笑いのためか、歓声に湧いていた生徒たちも怯え、口を閉ざしてしまった。

「な、何がおかしいノーネ!!」

 クロノスも恐怖を怯え、声を張り上げる。そうしないと、自分が圧倒的な優位だということを忘れてしまいそうだったからだ。

「くく、いやすいませんね……」

 笑うのをやめた黒乃はすっとクロノスの背後を指さした。

 

 

 

 

「随分安いなと思いましてね」

 

 

 

 

 釣られ、クロノスが、観客である少年少女達が---皆の視線がクロノスの背後……鋼の巨人に向けられる。

 

 

「トラップ発動---」

 

 

 だからその場にいた者達は見た。

 

 

 その光景を。

 

 

「黒魔族復活の柩」

 

 

 突然現れた柩に鋼の巨人が埋葬されるその瞬間を。

 

 

「なん、ですーノ!?」

 混乱から一番早く回復したのはクロノスだった。背後から対戦相手である黒乃に視線を戻し、彼のフィールドにも巨人を埋葬した同様の柩があることに気が付く。

「黒魔族復活の柩……このカードは相手がモンスターを召喚、特殊召喚した際に、俺のフィール上の魔法使い族モンスター……この場合ブラック・マジシャン・ガールを生贄にし、そのモンスターを生贄にする」

「生贄ですーノ!?」

「そう『生贄』だ。よってクロノス教諭。あなたのアルティメットゴーレムの隠された効果は発動出来ませんよ。何故ならその効果の発動のトリガーは『破壊』された時ですからね」

「……知っていたかノーネ」

 アンティークギアアルティメットゴーレムは破壊された際に、墓地のアンティークを召喚条件を無視して特殊召喚することが出来る効果がある。もし破壊だったならば、墓地のアンティークギアゴーレムを召喚条件を無視して特殊召喚できていた。

「さて、柩の効果はまだ続きます。生贄にした後、俺はデッキから闇属性の魔法使い族を特殊召喚出来ます。この効果で俺はデッキから---」

 デッキを手に広げ、黒乃はニヤリと笑った。

 そしてその笑みの意味を対戦相手であるクロノスは理解した。

「ま、まさか!?」

「そのまさかです。デッキからブラック・マジシャン・ガールを攻撃表示で特殊召喚! 再び現れろ。バカ娘!」

 柩の中から現れたのは埋葬された筈のブラック・マジシャン・ガールだった。

「2枚目を持っているですーノ!?」

 武藤 遊戯でさえ、所持しているのは1枚だけだったはずだ。それなのに、黒乃という青年は2枚も幻のレアカードを持っているというのか!?

「どうやらそうみたいですね……悲しいことに」

「く……ですが、まだ私は倒せませんーノ!」

 ぼそりと黒乃が何かを呟いたが、クロノスの耳には入っていなかった。

「手札から死者蘇生を発動するーノです!」

「死者蘇生……狙いは当然 攻撃力3000のアンティークギアガジェルドラゴンですか」

「その通りなノーネ!! 現れるノーネ! アンティークギアガジェルドラゴン!!」 

 フィールドに召喚される機械の竜。

 切り札を除去されても、すぐさま新たな強力モンスターを出すクロノスに、再び湧き上がる試験会場。

 

 

 ……だがそれも---

 

 

 機械の竜の背後に先程と同じ柩が現れたことにより、消え去った。

「ま、まさか……」

「そのまさかですよ。クロノス教諭。あなたの特殊召喚に2枚目の黒魔族復活の柩を発動させてもらいました」

 もう説明の必要ありませんよね? と言う黒乃に、クロノスは頷くことすら出来なかった。

「あなたのドラゴンと俺のバカ娘の魂を生贄にデッキから---」

 再び広げられるデッキ。そして、その中の1枚を黒乃はデュエルディスクに置いた。

 

 

「ブラック・マジシャン・ガールを特殊召喚します」

 

 

 幻と言われているはずのレアカード。その3枚目を。

 

 

「さ、さ、さ、3枚目なノーネ!!!!???」

 

 

 

 

 3枚目のバカ娘……その特殊召喚に、会場全体が驚いている。そうだよな驚くよな。俺だってバカ娘を3枚デッキに投入している奴を見たら驚くよ。

 こいつ、正気か?……ってな。

『ひ、ヒドイですマスター。私だってやれば出来るんですよ?』

(何が出来るってんだ? あん? お前、攻撃力2000の分際で何をほざいてるんだ? なんでそんな貧弱ステータスでレベル6なんだよ? どうしてお前ごときに生贄いるんだよ? むしろ、お前生贄になるべきほうだろ。うん、ていうか無理矢理にでも生贄にするわ)

『さ、さっきから黒魔族復活の柩の生贄にしてるのってそれが理由ですか!?』

 半分はその通りだ。ここまでの鬱憤を晴らすためにやった。

 だがもう半分は勝つためだ。

 融合召喚に、死者蘇生。このターンで俺はクロノスの手札を削りきった。おそらく奴の手札にはもう……

 

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドなノーネ」

 

 

 ……やはりな。もう奴の手札には壁となるモンスターはいない。

「俺のターン。ドロー」

 引いたカードは---サイクロンか。

『やりましたねマスター! これでクロノス先生のリバースカードを破壊すれば、確実にダメージを与えられます!』

 ……確かにその通りだ。

 本来ならそれがベスト。

 だが……

 デッキを見る。俺のデッキは現状、ブラック・マジシャンが入っていない為、使用できないカードが数多く存在する。先程柩でデッキを見た時に確認したが、まだそれらのカードがいくつもデッキに残っていた。

 そのため、持久戦などは考えられない。

 おそらく、今が……今だけが俺が勝つことの出来る唯一のチャンスなのだ。

 ならば……

「バトルフェイズに入る」

『え!?』

 バカ娘の驚く声が聞こえるが、無視する。

「ブラック・マジシャン・ガールで直接攻撃!」

 俺の指示を受け、バカ娘が手に持つクロノスに向ける。

 

 

 クロノスは伏せているカードを……

 

 

「その程度の攻撃なら、くらっても平気なノーネ!」

 

 

 発動しなかった。

 

 

「ブラックバーニング!」

「熱いノーネ!!」

 クロノスLP4000→2000

 杖から出た炎がクロノスを燃やす。現実ではないと分かっていながらも、ちょっと心配になるな。ソリッドビジョン……リアルすぎだろ。

「残念だったノーネ! まだ私のライフは半分も残ってるノーネ」

「そうですね。その通りだ……」

 だから、ここからが最後の賭けだ。

「この瞬間に、手札から速攻魔法サイクロンを発動します」

「! このタイミングでなノーネ!?」

 サイクロン。それはフィールドのマジック、トラップを1枚破壊できるカード。

 俺が破壊するターゲットは---

「クロノス教諭。あなたのフィールド魔法歯車街を破壊させてもらいます」

「なんっですって!?」

 驚くのも無理はない。歯車街は破壊された時にこそ、真価を発揮するカード。それを俺がわざわざ破壊したのだ。愚策にしか思えないだろう。 

「……破壊された歯車街の効果……墓地からアンティークモンスターを1体特殊召喚するノーネ……」

「……どうしました? そんな怖い顔でこちらを見て?」

「……」

 クロノスはすぐに効果を発動することを宣言しなかった。俺がこのタイミングで歯車街を破壊した意図を考えているのだ。

 さあ、クロノス……あんたはどの選択をする?

 

 

「あれ? あのクロノスっていう先生。どうして効果をすぐに発動しないの?」

疑問を声に出したのは、観客席で試合を観戦している受験生の一人である丸藤 翔だった。

「確かに普通ならそうだが、今回は少し特別なんだよ」

 疑問に答えたのは、彼の隣に座っている理性的な顔立ちの少年だった。

 名を三沢 大地。

「特別? 何がっすか?」

「それはだね……」

 

 

「あの黒乃先生の発動タイミングがおかしいからよ」

 

 

 説明をしようとした三沢を遮ったのは、背後からかかった女性の声だった。

 翔が振り返るとそこにいた人物を見て翔は、目を見開いた。

 

 

「アイドルの藤原 雪乃さん!?」

 

 

 薄紫色の長い艶やかな髪と、整った容姿。同い年とは思えない周りの人間を魅了する妖艶な雰囲気。

 ネット上で雪乃様、またはユキノンの愛称で呼ばれているアイドルだ。

 デュエルアカデミアの中等部に所属しているとは聞いたが、まさかこの試験会場にいるとは!

「あら、知ってくれていて嬉しいわ。隣いいかしら?」

「ど、どうぞどうぞ!」

 顔を真っ赤にさせながら頷く翔にクスリと笑うと、雪乃はその隣に座った。

「でも、今はお忍びで来ているんだから、静かにしてね坊や」

「ひゃ、ひゃい!」

 坊やと呼ばれにへらと顔を歪ませる翔を一瞥だけすると、雪乃はすぐに眼下のデュエルを見下ろした。

「さて、中々面白い駆け引きになったわね。そうは思わない? そこの頭の良さそうだけど、ちょっと影の薄い坊や」

「そ、それって俺のことか? 確かにアイドルである君に比べると俺は影が薄いかもしれないが……」

「なんか地味に気にしてるね……」

 影が薄いと言われ、必死に言い訳のようなことを呟く三沢に翔は苦笑すると、雪乃の方を見た。

「でも、黒乃っていう人の発動タイミングがおかしいってどういうことっすか?」

「魔法トラップを破壊するなら、普通まずはトラップの可能性である伏せカードをまず破壊するわ。でもそれをせずにあの黒乃先生は、あえて攻撃をし、そしてこのバトルフェイズのタイミングで発動したわ。それっておかしいとは思わない?」

「単に発動するのを忘れてたんじゃないっすか?」

「それはないわね」

 雪乃は断言した。

「前のターン……クロノス先生のアンティークギアゴーレムに六芒星の呪縛をどこで発動したのかを覚えている?」

「え……えっと、メインフェイズ1っすね」

「そうよ。本来ならあのカードのベストな発動タイミングはバトルフェイズだったわ」

「え? でも、アンティークギアゴーレムにはマジックトラップを封じる効果があるんじゃ……」

「それはあのモンスターの攻撃宣言時からだ。バトルフェイズに入った瞬間なら六芒星は使える。だがもしバトルフェイズに発動していたら、先程のターン。クロノス先生はモンスターをあそこまで展開していなかっただろう」

「どうしてっすか?」

 口を挟んできた三沢の方を見ると、翔は正直に疑問を口にした。

「バトルフェイズ時に発動したのなら、アンティークギアゴーレムの動きはその時点で停止。次に通常魔法やモンスターの召喚を行えるのは、メインフェイズ2。もうバトルをするチャンスがないクロノス先生は強引にモンスターを出さなくても、アンティークギアゴーレムがいたため、モンスターを防ぐ壁はあった……」

「だから、それをさせないためにあの黒乃先生はあえてメインフェイズ1で六芒星の呪縛を発動し、クロノス先生がモンスターを出す()を作り上げたのよ。相手が強引に動きやすいように、挑発をしながらね」

「そ、そうなんですか……」

 あの一瞬でそんな心理戦が行われていたのか。デュエルの奥深さに翔は思わず唾を飲み込んだ。

「そして、今硬直状態になっているのは、そんな心理戦を展開して抜け目ない黒乃先生がサイクロンで歯車街を破壊した意味をクロノス先生が思いついたからよ」

「え? なんすかそれ?」

「見ていなさい……黒乃先生の宣言通り、ここがクライマックスよ……」

 

 

 

 

 今まで襲ったことのない程の緊張を、クロノスが襲っていた。

 心臓が早鐘のように鳴り、呼吸も荒くなっている。

 歯車街……アンティークギアモンスターを特殊召喚する強力な効果……だがその強力な効果を使用するか否か、その二択でクロノスは迷っていた。

(もし……あの黒乃が伏せている最後のカードが『あのカード』なら……)

 アンティークギアを特殊召喚してしまえば、自分はデュエルに敗北してしまう。

 だがもし『あのカード』でないならば、自分はこのデュエルに勝利する。

 クロノスは手札を見る。

 融合をした為にクロノスの手札はモンスターが1体もいない。ここでモンスターを特殊召喚しなければ、次のドローがモンスターでない限り、クロノスは次のターン壁モンスターを出せずに敗北する。

(だけーど……)

 クロノスの手札の中には機械族の切り札 リミッター解除 があった。

(黒乃の手札はゼーロ。歯車街の効果を発動し、攻撃力3000のアンティークギアガジェルドラゴンを特殊召喚すれば、次の私のターン。リミッター解除を発動し、攻撃力を倍にしたドラゴンの攻撃で私の勝ちなノーネ)

 モンスターを引く可能性……

 そして黒乃の伏せカードが『あのカード』の可能性……

 全てを計算し、クロノスは---

 

 

「私は歯車街の効果を発動するノーネ!」

 最も堅実な1手をとった。

 

 

「アンティークギアガジェルドラゴンを特殊召喚するノーネ!」

 

 

 フィールドに再び機械の竜が現れる。

 竜は主の勝利を掴み取るために、己を鼓舞するために、天を向き咆哮する。

 

 

 もう誰も何も言わなかった。強力なモンスターの出現だというのに、誰1人として声をあげようとしなかった。不思議なことに、奇妙な一体感を会場の全員が感じていた。

 

 

 

 

 だからだろう……

 

 

 

 

 機械の竜の背後に、『三度』柩が現れた時、その場にいた者が皆、驚いた。

 いや『皆』という表現……それは正しくはない。 

「黒魔族復活の柩発動……最後の1枚です」

 ただ1人……発動した黒乃だけは不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

「俺とあなたの場にいるモンスター2体の魂を生贄に……」

 勝った。

 棺の中に埋葬される機械のドラゴンと、バカ娘を見、俺は笑みを隠しきれなかった。

 正直、歯車街を破壊し、その効果をクロノスが使うか否かはかなり分の悪い賭けではあった。

 だがおそらく、モンスターが手札にいないというプレッシャーと、俺の伏せカードが3枚とも黒魔族復活の柩だったはずがないという常識にクロノスは負けたのだろう。

 別におかしなことではない。俺もクロノスの立場なら、もしかしたら彼と同じ選択をしたかもしれない。

「効果により、墓地から四度(よたび)現れろバカ娘! ブラック・マジシャン・ガールを特殊召喚!!」

『……4回も召喚されたのはマスターが初めてです』

 かなり疲労した感じのバカ娘。

 まあ、正直言うと、俺自身も驚いている。今回のデュエルで過労死させる程、バカ娘を呼べるとは思わなかった。

「バトルフェイズの特殊召喚により、まだこのバカ娘には攻撃が可能です」

 これで終わりだ。かなりの苦戦を強いられたが、楽しいデュエルだった。そう言い切れ---

『あ、あのマスター……その、一つだけお願いがあるんですけど……』

 攻撃を宣言しようとした俺を何故か緊張した面持ちのバカ娘が遮った。

(なんだバカ娘?)

『そ、その……それをやめて欲しいんです!』

(あ?)

 それって……ああ、『バカ娘』っていう呼び名のことか。

(バカをバカと言って、何が悪い?)

『う、うぅ……じゃあ、せめて何か他の呼び方で読んでください!』

(他の呼び方だと?)

 めんどくさい奴だな……

(アホ娘)

『却下です。ほとんど一緒じゃないですか!』

(ニューネオバカ娘)

『悪化してるじゃないですか!! それに私はセルフBGMなんかしません!!』

(我が儘な女だ……)

『マスターが酷すぎるんですよー!』

 顔を赤くしたかと思えば、泣き出しやがった。なんで泣き出したのかまるで意味がわからんぞ。

 しかし名前か……

 ああ、ちょうどいいのがあった。

(バニラ……とかどうだ? まだ女っぽいだろう?)

『……一応聞きますけど、そのネーミングの由来は?』

(お前の扱いほとんどバニラモンスターだから)

『やっぱり! もう、それでいいですよ! 多分それが一番ましですから!』

(じゃあ、さっさと攻撃しろバカ娘)

『バニラって呼んでください!!』

(……行け。バニラ)

『はい!!』

 名前を呼んだだけだというのに、嬉しそうに頷くバカ……いや、バニラ。

 ほんとに訳のわからんやつだ。

 ……まあいい。

「バトルだ。クロノス教諭にダイレクトアタック!」

『はい!』

 クロノスに向かっていくバニラ。

 

 

「『ブラックバーニング!!』」

 

 

 クロノスLP2000→0

 炎の魔術が放たれ、俺の異世界初デュエルは決着をむかえた。

 


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