決闘実技場は沈黙していた。
誰もが呆然とした顔で一人の教師のことを見ている。
黒崎 黒乃。あくまで噂でしかないが、かなりの腕を持つと言われる今話題の決闘者。
そして遊城 十代。今この場にはいないが、デュエルアカデミア実技担当最高責任者のクロノス・デ・メディチを入学試験で破った今新入生の中で最も注目されている決闘者。
そんな2人の決闘だ。興味が湧かないはずがない。
だがまさかたった1ターン。十代から見ると0ターンで勝負がつくなどとは誰も予想しなかった。否、出来なかった。
「うふふ。流石ね先生。誰もがあなたに釘付けよ」
たった1人彼と黒乃と親しい関係である藤原 雪乃を除いては。
0ターンキル。1ターンキルの上位である幻の完全勝利だ。アニメでも当然正位置ぃ!さん以外誰も達成していない実にレアなもの。
そして今、俺が決闘盤にセットしているのは、そのレアなことを相手にさせるためのデッキ。
通称最初からクライマックスだぜ(笑)! だ。
俺の元の世界の決闘者達なら分かると思うが、真面目にデッキを組んでいると、たまに完全に遊びのネタデッキを組みたくなることがある。
このデッキは俺のそういった遊び心100パーセントのネタデッキだ。
ちなみに、既に真面目なデッキに入っているカードや安価なカードで組んだので、殆どDPを消費していない。アンロックしたのバブルイリュージョンと後片手で数えるぐらいじゃないのかな?
まあ、それは置いておいて、『仕事』をするとするか。
「さて、万丈目 準」
「は、はい!」
名差しされるとは思っていなかったのか、観客席にいた万丈目が慌てて立ち上がる。
そう緊張しなくていいのにな。別に取って食おうというわけじゃないんだ。
「決闘前。お前は確か俺にこう言ったな――『決闘とは勝てなければ意味がない。敗者には何の価値もない。常に栄光を掴むのは勝者だけ』」
「あ――」
俺に何を聞かれるのか分かったのか、万丈目は顔色を悪くする。
「さて、所で質問なのだが、今、十代は決闘の勝者になったが、
「そ、それは……」
我ながら意地の悪い質問だと思うが、生徒の意識改革の為だ。ここは心を鬼にしよう。
『あの、マスター。顔がすごく凶悪なんですけど、結構楽しんでませんか?』
そんなことはない。俺はそこまでドSじゃないぞ。
ただ困っている万丈目が面白いと思ってるだけだ。
「おかしいよな。今お前たちの注目を集めてるのは決闘の敗者である俺だ。万丈目。お前が言った何の価値もない敗者である俺だ。どうしてかな万丈目?」
「……その、あの――」
狼狽してるな。いやあ、同情するぞ万丈目。もし俺がお前の立場だったら、意地の悪い質問をする教師に対して軽く殺意が沸くな。
だが、凝り固まった意識を改革するにはこれぐらいのインパクトが必要だ。
だから俺は慎重に言葉を選び、万丈目の思考を誘導して行く。
「万丈目。お前は正しいよ。確かに勝者は栄光を掴む」
「え?」
俺の予想外の肯定に、目を丸くする万丈目。
……今だな。畳み掛けるべき時は。
「だが時として、勝者ではなく、敗者が栄光を掴む例外はある」
俺は万丈目に固定した視線を、周りにいる生徒たち全員に向ける。
「俺が教師としてまず一番はじめに教えたかったのは『可能性を否定するような決闘者にはなるな』という事だ。世の中に絶対はない。それは決闘でもそうだ。攻略不可能な最強の布陣を形成しても、相手のたった1枚のカードで覆されるということだってある……天上院 明日香」
「は、はい!!」
おやおや、そんな怯えた顔で俺を見なくてもいいのにな。先生ちょっと悲しいぞ。
『そんな顔芸してたら、誰だって怯えますよ……』
そうか? 俺としては普通の顔をしてるつもりなのだが――
「お前は先程の決闘で、俺が十代にターンが回らない内に敗北すると予想していたか?」
「い、いいえ! していませんでした」
「お前はこの結果をどう思う?」
「その、あの、純粋に凄いとしか……」
ふむ。予想通りの返答をありがとう明日香。
「凄いか。それは光栄だな。1枚のカードなら、決してこの結果は生まれなかった。カードとの組み合わせによる連携……『コンボ』でなければ出来ないことだ」
いつの間にか、全員が固唾を飲んで俺の言葉を聞いている。勉強嫌いの十代でさえだ。どうやら先程の決闘は俺が考えていた以上に効果があったようだ。
「今日の授業でお前たちに教えたいもう1つのことは、『コンボ』だ。相性のいいカードをただ組み合わせるのはコンボではない。見るものを驚かせ、魅了し、圧倒する。それが本当のコンボなのだ」
喋りすぎて喉が痛くなってきたな。今度から授業する時は水を持ってきておこう。
「そしてもし本当のコンボが成功し、見ている者達の視線を釘付けにした時、決闘者としてこれ程嬉しいことはない。事実、明日香。俺はお前に評価してもらえたことを大変嬉しく思う」
「あ、ありがとうございます」
微笑みかけてやると、明日香はなぜか顔を赤くして俯いた。
? 少し予想していた反応とは違うが、まあいいか。
『……天然の誑しです』
「……」
なにを小声で言っているバカ娘。後、そんな昏い目で俺を睨むのはやめろ雪乃。
「これからお前達はこのアカデミアで決闘について様々なことを学んでいくだろう。だからこそ今一度思い出して欲しい。カードを初めて手にした時の自分を。そしてその時に感じたワクワクを」
そしてそれこそが決闘者がまずはじめに学ばなければいけないことだ。
「それはお前たちがこれから学んでいく上で、お前たちを支える原動力であり、お前たちの規範になる」
俺は決闘盤のデッキからカードを1枚ドローし、それを生徒たちに見えるように頭上に掲げた。
……ドローしたカードはやはりブラック・マジシャン・ガールだった。
「決して忘れるな。カードを扱うから決闘者なんじゃない。このカード達のことを大切に想っているからこそ、お前たちは決闘者なんだ」
さて、こんなもんか。これ以上説教じみた講義をするのは、逆効果だ。それにいい加減俺の喉も限界だ。外の自販機で何か飲み物を買うとしよう。
「以上。俺の話は終わりだ。ここからは自由時間とする。チャイムがなったら、遅れずにちゃんと次の授業に行くように……」
それを告げると、俺は実技場を後にしようとするが、1つ言い忘れたことがあったので、振り返った。
「遊城 十代」
「は、はい! なんだ先生?」
やけに静かだと思っていたが、ぼーっとした顔で俺を見やがってらしくないな。まあ、いいか。
「次に決闘する時は全力で
「……あ」
目をぱちくりとする十代だったが、やがて顔を輝かせると、拳を突き出した。
「ああ! その時は楽しい決闘をしようぜ先生!!」
言われるまでもない。
「最高のクライマックスをくれてやる」
こうして俺の初授業は終わった。
「ただいま」
「おかえりなさいパパ!」
「おかえり。ますたー」
レッド寮の自室に帰ると、留守番のひなたとそのお守りであるウェン子が出迎えてくれた。
「いい子にしてたか。ひなた」
「うん。今日はね。私もお勉強してたんだよ!」
言いながら、自分のやった算数のドリルを出してくるひなた。
「どれどれ――」
見てみると、ほとんどの問題が正解していた。ひなたには結構難しそうな問題もあるのに、大したもんだ。
「ねえ、パパ。どうかな?」
褒めて褒めてオーラを出しまくり、キラキラした目でこちらを見てくるひなたに、俺も頬が緩む。
「ああ、よくやったな。えらいぞひなた」
「あ。えへへーパパー」
頭を撫でてやると、ふにゃりと頬を緩ませ甘えてくるひなた。やれやれ娘を溺愛する父親の気持ちが分かるな。
「ますたー。あいろんかけるから、うわぎちょうだい」
「ああ、すまんなウェン子」
「いい。すきでやってることだから」
少し背伸びしながら服を受け取るとウェン子。その何気ない仕草に俺は癒される。
「ごはんなにがいい?」
「そうだな……」
特に思いつかずに、俺は頭をひねる。
「わたし、オムライスがいい!」
「だめ。おむらいすはきのうつくった」
「むー。おいしいのにー」
そう言えばひなたの奴、えらくオムライスを気に入ったんだったな。いつもウェン子に「作って」とせがみ、それを困った顔で却下する二人の様は見ていて微笑ましい。
「パパ! パパもオムライスがいいよね?」
「俺か? 俺はなんでもいいぞ」
「……ますたー。それがいちばんこまる」
と言われてもな。本当になんでもいいのだ。
「ウェン子の料理はなんでもうまいからな。リクエストしなくても俺は満足だし、嬉しいんだよ」
「……おだてても、なんにもでない」
「あー! ウェン子お姉ちゃん顔が真っ赤かだー。かわいいー」
頬を赤く染めるウェン子に苦笑する。
「本心だ。飯もそうだが、このアカデミアに来てからウェン子には本当に世話になってる」
炊事洗濯家事。そしてひなたの子育てとよく働いてくれているからなうちのマスコット様は。そろそろまじで頭が上がらなくなって来た今日この頃である。
「ありがとなウェン子。お前がいてくれるから、俺も安心して仕事に専念出来る」
「ますたー」
感謝の気持ちを表すためウェン子の頭を撫でてやると、赤く染まった頬を更に赤くなる。
ちょっと面白いな。よしもっと頭を撫でてや――――
『なんですかこれはあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!』
突然バカ娘が叫んだ。
「うるさいぞバニラ」
『そりゃうるさくもなりますよ! なんですかこれ!? なんでこんなに甘々なんですか!? なんで新婚さんみたいなノリになってるんですか!? ジャンル違いますよね!? そしてなんで私のことは華麗にブレイクスルーなんですか!?』
「いやだってお前そういうキャラだし」
『ひどいですよ! ひどすぎます!! ねえ、ひなたもそう思――』
「! バニラママ何時からそこにいたの?」
『存在にすら気付かれてませんでしたー!!!』
泣きながら外に飛び出すバニラ。精霊状態じゃなかったらすげえ近所迷惑な奴だな。
「そういえばゆきのおねえちゃんは?」
「ああ。なんかあいつ。やることがあるからとか言って別行動を取ったぞ」
「めずらしい」
「まったくだ」
アカデミアに来てからというもの、ずっと俺にべったりだった雪乃が別行動をとるなんてどういう風の吹き回しかと思ったぞ。
「まあ、あいつもあいつなりになんか考えてるんだろ」
俺の授業を受けた後、誰よりも真剣な顔で何か考えているようだったからな。
このまま俺から離れて行ってくれたら楽でいいんだがな。
「ますたー。それはむり」
「……またお前はナチュラルに俺の思考を読むんだなウェン子」
流石はサイキック族と言った所か?
「ゆきのおねえちゃんが、べつこうどうをとったのは、たぶんますたーのためだとおもう」
「どうしてだよ?」
「だってゆきのおねえちゃんはますたーのこと、ほんとうにたいせつにおもっているから」
えらく自信たっぷりに言うな。このマスコット様は。
「だからちょっとでいいから、ゆきのおねえちゃんにもやさしくしてあげてほしい」
「優しくねー具体的にはどうやって?」
「だきしめて、あいをささやく」
「無理」
即答した。だってあいつは生徒で俺教師だし。そんなことリアルでやったら犯罪だ。
「そんなますたーにいいことおしえてあげる」
「なんだよ?」
そこでウェン子は何故か悪そうな笑みを浮かべると、はっきりと言った。
「ばれなきゃはんざいじゃない」
うん。それ普通にアウトだからな。ウェン子。
「バトルよ。サフィラで麗華のモンスターに攻撃! そしてこの瞬間手札からオネストを2枚発動! これで終わりよ!」
「きゃああああああ!!」
麗華LP0
決闘が終わった。授業が終わってから始めたからこれで15回目の決闘だ。
「もう、いいですか雪乃? これで18回目ですが?」
おや、どうやら私は3回ほど数え忘れていたようだ。
「ええ。ありがとう麗華」
新しいデッキのテストプレイに付き合ってくれた麗華に礼を言う。
「まだ完成じゃないけど、とりあえずはこれで闘えるわ」
「18回私を完膚なきまでに叩き潰したデッキなのに、まだ満足出来ないんですか?」
「足りないわね」
そう全然足りない。あの人を――先生を守るにはこれでは駄目だ。もっと強くならなければならない。
このままではあの人の隣に立つことはおろか、後ろを追いかけることすら出来ない。
「私はもっと強くならなければいけないのよ」
「そうですか。ならまたテストプレイがしたくなったら言って下さい。いつでも付き合います」
「ありがとう麗華」
「いいえ。その、友達として当然のことです」
あらあら、照れちゃって可愛いわね。今までは自分の事ばかりに目がいっていて、他の事が見えていなかったけど、改めて考えると私は友人に恵まれているわね。こんな遅くまで嫌な顔せずに付き合ってくれる友人なんて滅多にいないだろう。
「所で雪乃。そろそろ丁度いい時間ですし。夕食を一緒にどうですか?」
「そうね……」
その提案に私は少し悩む。今レッド寮ではウェン子が私の分の夕食を作ってくれているはずだ。あの子の厚意をふいにするのは少し……いや、かなり心が痛む。
だが……
「ええいいわよ。久し振りに一緒に食べましょう」
せっかく誘ってもらったのだし。たまにはいいかと、私は友人と親睦を深めることを優先した。
「なら行きましょう。せっかくですから、お風呂も一緒にどうですか?」
「もう、仕方ないわね……」
私は苦笑を装いつつ、嬉しそうな顔をしてくれる麗華に心中では感謝の気持ちでいっぱいだった。
ウェン子の絶賛料理に舌鼓した俺はひなたと一緒に風呂に入っていた。風呂といっても、職員用の簡易風呂なのでこじんまりとしたものだ。俺とひなたが湯船に浸かるとちょうどいいぐらいだからな。
しかしやはり風呂はいいものだな。一日の疲れが一気に取れる気がする。
……それにしても、さっきからひなたが歌を歌ってるんだが……その歌がすごく聞き覚えのある宇宙な刑事さんのOPなんだが――
「若さ♪若さってーー」
「……なあ、ひなた」
「ん? なあにパパ」
「その歌誰から聞いた?」
「ウェン子お姉ちゃんだよ?」
デスヨネー。
「かっこいい歌だよね! 私将来は宇宙刑事になりたい!」
「とりあえず蒸着する所から始めような……」
「うん! ウェン子お姉ちゃんがお手本見せてくれるから、いつか私も出来るように頑張るね!」
「そうかそうか。ウェン子がお手本を――――って、へ?」
今、なんかさらっととんでもないことを聞いたような……
「ウェン子お姉ちゃんすごいよね! パパがお仕事の間、ウェン子お姉ちゃんの色んな変身を見せてもらうんだけど、どれもかっこいいんだ!」
「……例えば、どんなのがあるんだ?」
「えっとね。超変身! とか、後携帯電話に555って押して変身したりとか、指輪で変身したりとか、とにかくすごいのー」
「そろそろ真剣に俺のマスコットの正体が気になってきた」
ウェン子。お前は一体なんなんだ?
「とおりすがりのしゃどーる」
「うわ!」
いつの間にか風呂の入口にウェン子がいたので、流石にびっくりした。
「お前いつからそこにいた?」
ていうか、どうやって入ってきた?
「わたし、くろっくあっぷできるから」
どこのカブトなライダーさんですか、あなたは?
「そんなことより、ゆきのおねえちゃんからでんわあった」
「雪乃から?」
そう言えばあいつ。結局夕食の時も帰ってこなかったな。
「なんて言ってたんだ?」
「ごめんなさいうぇんこ。ゆうはんはじょしりょうでたべる。たぶんおふろもこっちではいるから、せんせいにあやまっておいてって」
「何を謝るんだ?」
「いつもみたいにいっしょにおふろにはいれないからって」
「一回も入ってないからな? 何回かあいつが乱入して来たことはあったが、速攻で追い出したからな?」
あのエロ娘。勝手に事実を捏造しやがって。
まあ、いいか。あいつが女子寮で風呂に入るならしばらくはゆっくり出来――――
ん? ちょっと待てよ?
「!!」
まずい! 俺とした事が大事な事を見落としていた!!
「ウェン子! 今すぐあの海豚の人形を出すことはできるか!?」
「できるけど、どうしたのますたー?」
「いかなきゃ行けないところが出来た!」
俺は湯船から立ち上がる。ウェン子が頬を赤く染め、俺から視線を外すが、構ってられない。
そう。俺は忘れていた。
今日このGXの世界で起きるイベント。
アニメGX3話であった丸藤 翔の女子寮風呂覗き事件のことを。
同時刻。湖にて。
カヌーを漕いでいる
「明日香さーん! 今行きまーっす!!」
「今行くぜー雪乃ー!!」
1人はオシリスレッド丸藤 翔。そしてもう1人は同じくオシリスレッドの岩越 大地。
「「いざ、女子寮へ! 全速前進だぁ!!」」
鬼気迫るという言葉が相応しいテンションで女子寮に向かう2人の少年達。
だが二人は知らない。これから自分達の身に起こることを。
知っているのは、ただ1人。イレギュラー。黒崎 黒乃のみである……