「先生。あなた、私と同じで精霊と人間のハーフになってるわ」
俺にあてられたレッド寮の部屋に着くと、雪乃はストレートにそう言ってきた。
「そうか」
俺はそれだけを言うと、部屋に備え付けられているベットに横になった。ここまで怒濤の展開に流石に疲れた。少しでいいから仮眠をとりたい。あー。やばい。すぐにでも意識落とせるわこれ。
「ーー他に反応はないの?」
「ないな。正直そんな感じしてたし」
精霊体のバニラ達に触れられるという段階で、ある程度の予測は立てられた。その中の一つだったに過ぎない。
「今のあなたが、ひなたと何らかの魂の繋がりがあるっていうのは予測してたかしら?」
「あー。それは予想外だわ。まじでか?」
やばいな。もう限界だ。これ以上は意識を保てない。
「深夜になったら起こしてくれ。じゃあ俺は寝るぞ」
「先生ーー自分の身に起こったことなんだから、もう少し別の反応しなさい。あなたはまともな人間じゃなくなったのよ?」
思うところがあるのか、雪乃が俺に食いついてくる。やれやれ。俺は静かに眠りたいのにな。
「不安とか思わないの?」
「別に」
普通なら俺でも不安を感じたかもしれないな。
だが今の俺に不安はない。
「お前がいるから、不安になるわけないだろう」
「え?」
雪乃がピタリと止まる。
「せ、先生。それってどういう意味かしら?」
いつも余裕な態度を崩さない雪乃にしては、随分動揺してるな? そんなにおかしなこと言ったか俺?
「言葉通りの意味だ。もういいか? 眠くて仕方ない」
もう何を言われても、やられても俺は寝るぞ。それを態度で示せす。
「――ええ。もういいわ。お休みなさい」
「ああ、お休み」
俺はそれだけを告げると、意識を手放した。
「ば、ばかなーー」
鮫島LP0
鮫島は膝を屈した。自らの誇りであるサイバー流の道場で、彼は敗北したのだ。
自らの半分も生きてない少年に。
相手のフィールドには2体のブラック・マジシャンと、3体の漆黒の魔導師が立っていた。
「あらら、やっぱり時代には敵わないと言った所ですか?」
少年はどこかつまらなさそうに、膝を屈した鮫島を見下ろす。
「いやあ、まあ、エクシーズのないこの時代の人達にはこの幻想の黒魔導師が、かなりキツイってことは分かってますが、もう少し頑張ってほしかったなー」
「エク、シーズ?」
少年の単語に反応を示した鮫島に、「あ」と少年は自分の口を手で覆った。
「いやあ、しまったしまった。禁句だったなー。僕としたことが、思わず口を滑らせてしまいました」
棒読みにそう言う白乃は、ニヤニヤしながら何処からか1枚のカードを取り出した。イラスト部分に何もない白紙のカードである。
「口封じをするためにも、あなたの魂をこのカードに封印させてもらいますね。このカードの中に」
「なんだと?」
魂をカードに封印する? そんな芸当を出来るのはーー
「まさか、君は闇のゲームに関わっているのか?」
鮫島は知識として知っていた。闇のゲームと呼ばれる危険なゲームがあると。その敗者には特別な罰ゲームが下されることを。
「闇のゲーム? ああ、違いますよ。そんなのじゃありません。これは僕の力じゃなくて、この決闘盤の力なんですよ」
白紙のカードにイラストが描かれ出す。
「決闘盤?」
自然と白乃の着けている白銀の決闘盤に目が行く。それは見たことのない決闘盤ではあるが、とても人の魂を封印することが出来るような代物ではない。
「まあ、正しくはあなたの魂をエクシーズ素材にする力ですけどね」
「な、何を言ってるんだ君は?」
自然と声が震える。鮫島はようやく気がついた。目の前の少年の危険性に。
関わるべきではなったのだ。この少年は鮫島がこれまで会ってきたどんな決闘者とも違う。
「明度の土産に教えてあげましょう。この決闘盤の名前はヴァイスディスク。4つある『エクストラディスク』の中でやがて全ての頂点に君臨するディスクです」
白紙のカードはやがて、鮫島という名を刻み、姿を得、そしてそれと同時に鮫島の魂は深い闇に落ちていった……
時刻は深夜。デュエルアカデミア校舎の外に、本来いないはずの生徒達3人がいた。
「まったく世話の焼ける人ね」
一人は女子。オベリスクブルーの天条院 明日香。
「ちぇ、余計なことを」
「ありがとう明日香さん」
「どう? オベリスクブルーの洗礼を受けた感想は?」
「まあまあかな。もう少しやるかと思ってたけどね」
二人は男子。遊城 十代。そして丸藤 翔。
「そうかしら? 邪魔が入っていなければ、邪魔が入らなかったら、今の決闘。今頃アンティルールで大事なカードを失う所じゃなかったの?」
「いいや。今の決闘俺の勝ちだぜ」
そう言うと、十代は手に持つカードを明日香に見せた。
見せたカードは……
ミラクル・フュージョンだった。
「こいつで墓地のフレイムウィングマンとスパークマンを除外すれば、E・HEROシャイニングフレイムウィングマンを融合召喚。シャイニングフレイムウィングマンは攻撃力2500で墓地のHEROの数だけ攻撃力を増すから、3400の攻撃力で攻撃。更にシャイニングフレイムウィングマンの効果で戦闘で破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与えるから……」
「万丈目君が負けていた?」
「へへ……」
得意そうに笑うと、十代は帰っていた。
「兄貴ー!」
その背を翔は追いかけ、そんな彼を見て明日香も微笑む。
「あの子……面白いかも」
「やれやれ……」
その様子を三人に気付かれないように物陰から見ていた俺は、思わず苦笑いを浮かべた。
「先生。用事って言うのは、あれの事かしら?」
「ああ。
どうしてもこの一部始終を見る必要があった。正直、何の成果を得られなくても仕方がないと思っていたが、想像以上の
(やはり俺の知っているGXの世界とは少し違うな……)
GXの第二話。万丈目との決闘で最後に十代がドローしたのはミラクル・フュージョンではなく、死者蘇生だったはずだ。
更に十代のあの口ぶりからすると、十代のデッキにはフレイムウィングマンの強化体であるシャイニングフレイムウィングマンが入っているようだ。
(シャイニングフレイムウィングマンはセブンスターズのカミューラで初めて使うカード……)
それが今の時点で入っているのもおかしい。
(俺とバニラというイレギュラーがこの世界に来たせいで、物語に何らかの影響を与えたのか?)
あるいは――いや、よそう。今は判断材料が少なすぎる。これからのこのアカデミアで起こる事には、俺の知らないこともある……それが分かっただけで儲けものだ。
「帰るぞ。雪乃」
「あら? このまま野外で一戦するのじゃないのかしら?」
お巡りさん。ここです。ここに癡女がいます。
「寝言は寝て言え」
「うふふ。ならそうさせてもらわ」
そう言い、俺の腕に自らの腕を絡める雪乃に、ため息が出る。
(よく考えると、この状況まずいんじゃないのか?)
今更だが、自分の迂闊さを呪った。
バニラとウェン子はひなたの面倒を見させてるから、今はこいつと本当に二人っきりだ。
こんな姿。誰かに見られたら、いくら婚約者という肩書き持ちでもかなりまずいはずだ。見つかったら一発でクビになる。
レッド寮に到着するまで、気が休まることはできなさそうだ。
「さて、あちらも感づき始めた頃だねー」
校長室に戻った白乃は腰かけていた校長室から降りると椅子に座った鮫島校長に目を向ける。
「じゃあ後のことは手筈通りによろしくたのむね。僕のカードを派手にばらまいてね。鮫島校長ーー」
いやと、そこで白乃は敢えて言葉を切り、悪魔のような笑み浮かべた。
「トラゴエディア君」
対する校長も白乃に負けず劣らずの凶悪な笑みを浮かべ、答えた。
「いいだろう。楽しい退屈しのぎになりそうだ」
その目に光はなく、どこまでも暗い無限の闇が広がっていた。