「ありがとうございます黒崎先生!」
「ああ……」
「俺たち一生ついていきます!!」
「このハンバーグまじうまっす雪乃様!!」
「あらあら、そんなに焦って食べなくても、おかわりはたくさんあるからゆっくり食べなさい坊や」
ルインと再会(?)してから時間は少し進む。今は祝賀会の晩餐の最中だ。
しかし俺は知っていた。レッド寮の晩餐がご馳走とは言えない、しょぼい料理だったことを。だから俺はしょぼい料理が出てくることを覚悟していたのだが、それは予想もしないことで奇遇に終わった。
今レッドの生徒の前には、ブルーの料理に勝るとも劣らない豪華な料理達が並べられている。
しかもただ豪華なだけではなく、味も格別。四ツ星レストランクラスの料理などではないか? と、料理素人の舌でもわかるぐらいにうまい。
もし、これだけなら俺はレッドの学生達と同じくただのラッキーということで、出された料理を嬉々として食していただろう。
料理の中に小刻みに動いているハングリーバーガーさえなければ。
「いやあ、本当にありがとうにゃ。黒崎先生。本当はもっと素朴な晩餐だったのに、こんな豪華な料理をご馳走してもらっちゃって」
「いや、せっかくの歓迎会の晩餐ですからね。これぐらいの贅沢は生徒たちにさせてあげたいと思っただけですよ」
アムナエルーーじゃなかった。大徳寺に俺は嘘をつく。
(我ながら誰だよって感じだな。俺はそんな優しい先生キャラじゃない)
この料理。なぜか俺の自腹で用意したことになっている。そのため、さっきから俺に対する感謝の声が絶えない。
「あら先生。いいこと言うわね」
「お前な……」
……無論。今だに一文無しな俺がこんな料理を用意できるはずがなく、本当の仕掛け人は俺の隣でにやにやと笑っている雪乃だった。
『私達の生活を効率よくするためにも、まずこの寮の坊や達の好感度を稼ぎましょう』
どうやって知ったのか。雪乃は今日の晩餐がしょぼい料理だということを事前に情報として入手しており、そこに自らの家から料理人やルインのような使用人を呼び、豪華な料理を作らせた。
そしてそれだけでなく、俺からのサプライズということで寮長の大徳寺や生徒たちに話し、俺への好感度を無理やり上げさせた。俺のあずかり知らぬところで。
『男の好意を掴むには、まず胃袋から満たすのが鉄則よ』
そう言いながら腹黒く笑う雪乃に、俺は何も言えなくなった。
今更だが、俺はとんでもない女に目をつけられた気がする。
「パパ! このオムライスおいしいよ!!」
「おー。よかったな」
口元にケチャップをつけながら、にこにこ笑うひなたの頭を撫でながら、俺もつられて笑顔になる。あー。こいつとウェン子だけが俺の癒しだな。
「ひなた口綺麗にするから、ちょっとじっとしてなさい」
「ん! んー」
「ほら、綺麗になったわ」
「ありがと雪乃ママ!!」
「どういたしまして」
しかしその癒しといつの間にか仲良くなってる雪乃は本当に怖いな。こいつ人たらしのテクニック持ってんじゃねえのか? アイドルだったし。
「料理追加入りまーす!」
「「「待ってましたー!!」」」
と、料理の配膳をしているルインが台所から出てきた。そう言えば、バニラをはじめとした精霊メンツは今、実体化して台所で雪乃の家の料理人である鉄さんの調理の手伝いをしているんだったな。
少し見てみるか……
「……」
「ふえ!? キャベツの千切りですか? えっと、それってみじん切りの友達ですか?」
「……」
「うわあ、ごめんなさい! 決して料理を侮ったわけではないんです! 包丁は向けないで下さい! ただでさえさっき雪乃さんにデーモンの斧を振り回されて、トラウマになってるんですから!!」
「りょうりできた」
「って、ウェンディゴちゃんが当たり前のように手際よく料理を作ってます!?」
「……!!」
「そして味見した鉄さんが料理を食べて、涙を流してる!? そんなにおいしかったんですか!? ウェンディゴちゃん! もしかして料理とか得意だったんですか!?」
「わたしのしゅびりょく2800はだてじゃないから。かじはかんぺき」
「え、守備力ってそんな意味があったんですか!? は! 私1700しかない!!」
「……!!!」
「て、鉄さーん!! 土下座してまでウェンディゴちゃんに弟子になりたいんですか!? やめて下さい!!頭をあげて下さい!!」
「ふ、かんがえておく」
「そしてウェンディゴちゃんがなんかかっこいいです!?」
「…………」
台所では想像以上にカオスな光景が繰り広げられていた。
一応結界などを張り、立ち入り禁止にはしているようだが、これ向こうに聞こえていないだろうな。
それとウェン子。お前料理出来たんだな。果てしなく意外だ。
「ちなみに私も料理結構得意よ。守備力2400あるし」
「……ナチュラルに俺の背後をとるのはやめろ雪乃」
「ちょっと二人だけで私達の部屋に行かない?」
「なにする気だよ?」
「あら、若い男女ご一つの部屋で二人っきり。わざわざ口に出して言うのは野暮ってものじゃないかしら?」
「俺はお前ほど若くないから、若い男女は適応されないな。そういうわけで俺はひなたの所に戻るぞ」
俺はこいつとシーン回想に登録されそうなイベントを起こす気はさらさらないからな。
「あら、つれないわね。でもいいわ。冗談だから」
嘘だな。お前顔結構本気だったからな? 俺が首を縦に降ったら、迷わずアクションを起こしてきそうなそんな顔してたからな?
「ひなたが一緒じゃだめか?」
危険はないと思うが、子供を一人にするのは抵抗がある。
「出来ればひなたに聞かれたくないのよ。あの子と先生のことに関することだから」
雪乃の表情は真剣だった。どうやら、おふざけで言っているわけではないようだ。
「――分かった」
俺は頷くと、雪乃は微笑んだ。
「ありがとう先生」
生徒達が各寮で歓迎会が開かれているその時、デュエルアカデミアの校長である鮫島は一人校長室にいた。
「私は一体何をしていたのだ?」
彼はひどく戸惑っていた。それもそのはずだ。新入生の入学初日である今日の記憶が所々なくなっているのだから。特に黒崎 黒乃と会った所の記憶はほとんど消えている。
「歳か? いや、違うな」
まだ物忘れが激しくなる歳ではないと自負している身としては、かなり心に来るものがあるが、鮫島はその可能性をすぐに否定した。
「このカードはなんだ?」
なら、自分の前にある数枚のカードはなんなのだ?
自分の物ではないことは分かる。これまで生きてきて見たことのないカード達だからだ。
「そしてこれはーー」
その中にある1枚のカードをとる。
「私が知らないサイバーモンスター……」
カードのフレーム部分が漆黒のカードからは、途方もない力を感じる。サイバー流に伝わる裏デッキのカードをも凌駕する暴虐の力だ。
そしてその力はこのデュエルアカデミアに封印している三幻魔にも匹敵するかもしれない。
「なんということだ……」
鮫島は恐怖した。これだけではない。机の上に並べられたカード達には、これと勝るとも劣らない異質な力を感じる。
「危険すぎる」
何故、これらのカードが自分の手元にあるのか。それは分からない。だが、鮫島は一つだけはっきりと理解していることがあった。
このカード達は誰の前にも出してはならない。誰にも気づかれないまま、早急に処分する必要がーー
「おいおい。それはないんじゃないかなー」
「!?」
自分以外誰もいないはずの校長室に、若い少年の声が響いた。
ぎょっとし振り返ると、そこには真っ白なシルクハットを被った奇術師のような格好をした少年が立っていた。
「こんばんわ。デュエルアカデミア校長の鮫島さん」
「……君は一体何者かね?」
警戒心を顕にし、鮫島は少年を睨みつけると、少年はにこりと笑った。
「名乗るまでの者じゃない。けど、呼び名がないと色々不便だからねー。あえてこう名乗らせてもらおうか」
そうだなーと、少年は悪戯を思いついた子供のような顔で名乗った。
「白崎 白乃ってね」
「白崎 白乃だと?」
偶然などではない。分かりやすすぎるほどのその名前は鮫島にどうしてもある人物を連想させた。
「君は黒崎 黒乃君の知り合いか?」
「ふふふ……さあてね。どうでしょうかそれは?」
にやにやと人を小馬鹿にするような笑いを浮かべながら、白乃は肩をすくめた。
「そんなことよりも困るんだよねー。せっかく僕があげたカードを勝手に封印しようとするなんて。そこにあるカード。結構レアなカード達ばかりなんだよ?」
「このカードは君の仕業か?」
「ストーップ!」
どうしてこんなものをと言いかけた鮫島を制した白乃はやれやれとため息をついた。
「そういうのは、決闘で聞くべきんじゃないかなー。僕の世界じゃあ、有り得ないことだけど、こっちではそういうのが常識でしょ?」
「……確かに決闘の前では誰も嘘はつけない」
このまま話してもこの少年は何も真実を話さないだろうと判断した鮫島は、1つ頷くと、校長室に置いてあったデッキを装填済みの決闘盤を装着した。
「決闘だ。君の正体を教えてもらおうか」
「OK! いいね流石いいノリだ」
ぱちぱちと拍手をする白乃は「それではー!」と、本物の奇術師のように両手を広げた。
「イッツ SHOW TIME!!」
「なに!?」
少年がそう言い終わるのと同時に、鮫島は驚きの声をあげた。
それもそのはず、自分は今まで校長室に立っていたはずなのに、瞬きの内に鮫島と白乃は移動していた。
鮫島がよく知るサイバー流の道場に。
「よかれと思って、あなたのフィールドに移動してあげましたよ。さあ、始めるとしましょうか」
笑い、白乃は短く呟く。
「デュエルスタンバイ」
すると、白乃の片腕に白銀の決闘盤が現れた。
「タネも仕掛けもございませーん♪」
「ーー最早、一々驚くのが馬鹿馬鹿しく思えてくるな」
敢えて質問はせず、鮫島は決闘盤を起動させる。
対する白乃の決闘盤もひとりでに起動した。
「ゆくぞ!」
「どこからでもどうぞー」
「「決闘!!」」
鮫島LP4000
白乃LP4000
「先行は君に譲ろう」
「へえ。それってあれですか? ハンデ?」
「好きに思いたまえ」
「あらら、つれない。それじゃあ僕のターン。ドロー。スタンバイフェイズ。メインフェイズまで」
わざわざ一つ一つのフェイズを口にする白乃はにやにやとした笑みを絶やさない。それがかえって不気味だと鮫島は感じた。
「手札からチートマジックカード。強欲な壺を発動しようかな。この効果でデッキから2枚ドロー。おおっと、キタキタ! いいカードが来てくれました。僕はモンスターをセットし、ターンエンド! さあ、どうぞ鮫島校長」
「私のターンだ。ドロー」
ドローカードを確認した鮫島は迷わず手札の1枚のカードを使用する。
「私は手札から融合を発動し、手札のサイバーオーガ2体を手札融合する」
「おやおや、いきなりですかー」
「現れろサイバー・オーガ・2!!」
フィールドに現れたのはサイバーの名を持つ機械の鬼。2600という攻撃力を持ながら、攻撃時に戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の半分を自らに加えることが出来るそのモンスターはサイバー流を象徴する効果であるとも言える。
「バトル! サイバー・オーガ・2でセットモンスターに攻撃!」
「セットしていたのは、聖なる魔術師。リバース効果で墓地の強欲な壷を手札に加えさせてもらいますね」
「……私はカードを2枚伏せてターンエンド」
「僕のターン。ドロー。スタンバイフェイズ。メインフェイズまで。手札から再び強欲な壷を発動し、2枚ドロー。おやおや、これはまたまたいいカードを引いちゃいましたよー」
「ほう。私のサイバー・オーガ・2を倒せるカードなのかね?」
「まさか。これだけなら、あまり使えないカードですよ」
「ですが」と、白乃は笑みを隠そうとせずに1枚のカードを決闘盤に差し込んだ。
「とても面白いカードですよ。魔法発動! 黒魔術のカーテン!!」
「なんだ、そのカードは……?」
白乃の前に現れた不気味なカーテンに、鮫島は身構える。
「そんなに怯えないで下さいよ。さっきも言いましたが、このカードはあまり使えないカードです。まず発動コストとして僕はLPを半分払います。そしてこのターン。この効果以外で僕は召喚も、反転召喚も、特殊召喚も出来ません」
「……それ程のデメリットを払って、何をするカードなのかね?」
「大したことはしません。ただデッキから忘れ去られた魔術師を特殊召喚するだけですよ」
「忘れ去られた魔術師?」
一体何のことを――と言いかけた鮫島の疑問に答えるように、不気味なカーテンが開かれる。
「我が魂を糧に、その姿を示せ。永遠なる魂よ!」
「ブラック・マジシャン!!」
カーテンが完全に開かれる。
現れたのは黒き衣を纏った魔術師であった。
「なんだ、そのモンスターは!?」
途方もない力を感じさせるモンスターに、鮫島は思わず後ずさる。
これまでの人生。幾つもの決闘を経験し、数多のモンスターを知識として持っている鮫島は、目の前に現れた
魔術師に途方もない戦慄と威圧感を感じた。
そして同時に恐怖を感じた。そのカードを平然と扱う相対する少年に。
「白崎 白乃。君は一体何者なんだ?」
「ふふふ……」
少年は答えない。代わりに不敵な笑みを浮かべると、両手を大きく広げ、宣言した。
「さあ、フィナーレを始めましょうか」