動き始めた物語
『未来のデュエルキングを目指して楽しく決闘してください』
デュエルアカデミア校長の入学式の式辞が述べられている。
その場の空気故に、口に出して発言することはなかったが、全ての者の注目はモニターの校長ではなく、周りに向けられていた。
いるはずの人物かいないためだ。
その者はあの人気アイドル藤原雪乃と特別な関係を持っているという疑惑でニュースに取り上げられ、更にその数日後には彼女のコンサートでプロ顔負けの決闘を行った男。
あの決闘王者 武藤 遊戯が使った幻のレアカード『ブラック・マジシャン・ガール』を三枚保持する経歴不明の謎の決闘者ーーー
黒崎 黒乃。
教師として、このデュエルアカデミアに就職することはテレビなどでも報道されていた。
故に誰もが一躍時の人となった黒乃を見れると密かに期待していた。
だが始業式も終わりに近付き、教師達の軽い自己紹介が開始されたというのに、黒乃が現れる気配はない。
楽しみにしていたのに、当てが外れた落胆と、どうしていないのかという疑問。
始業式の事なんて頭に入ってこなかった。
(どうして黒乃先生がいないんだよ!)
遊城 十代もその1人だった。
デュエルアカデミアに来たら真っ先に決闘をしてもらおうとワクワクしていただけに、彼の落ち込みは大きかった。
(まあいいや。先生がどこにいるのか知ってそうな奴はいるし)
「それでは、これにて始業式を終わるノーネ!」
と、長かった始業式がようやく終わる。解散し、この後はそれぞれの所属のクラスに行くことになっているが、その前に十代にはどうしても話しかけないといけない人物がいた。
その人物は解散となったすぐ後に、他の生徒から詰め寄られ人垣を作っていた。
「すげえ人気だな」
十代は呆れながらも人垣の間を移動し、その人物の前に立った。
「なあ、あんた藤原 雪乃だろ?」
話しかけると、その人物……藤原 雪乃は十代の顔を見ると微笑んだ。
「あら、坊やは確か入学試験の時にクロノス先生を倒した……」
「お! あんたも見てたのか?」
相手はアイドル。そんな相手に顔を覚えていてもらうなんて男として嬉しくないはずがない……というわけではなく、自分の決闘が1人の決闘者の記憶に残っていることが嬉しい十代だったが、
「確か遊城 二十代だったかしら?」
盛大な名前の間違いにずっこけそうになった。
「違ーう!! 遊城 十代だ!! なんか余計なものついてるぞ!!」
「あらあら、ごめんなさい。私とした事が人の名前を間違えるなんて……それで? 遊城 三十代が何の用かしら?」
「あんたわざと言ってないか?」
「さあ、どうかしらそれは?」
まあいいやと、十代はすぐにそのことを気にせずに、雪乃に頭を下げた。
「あんたに頼みがあるんだ!」
「私に頼み? 私のファンっていうわけじゃなさそうね」
「ああ! アイドルのあんたには興味ない!!」
即答した十代に雪乃の周りにいた人間が、顔をしかめたり、舌打ちをする者がいる。
中には「雪乃様の魅力が分からないなんて、これだから男はダメなのよ。死ねばいいのに!」とまで言う少女がいたが、興味がないと言われた当の本人である雪乃はむしろその答えを気に入ったようであった。
「叶えられるものだったら聞いてあげるけど?」
「ホントか! サンキューな雪乃!」
まだ叶うと決まったわけではないのに、ガッツポーズをとる十代。
さりげなく名前を呼び捨てで呼んでいたが、雪乃は気にした様子はなかった。
「それでなんなのかしら?」
「おう! 俺の頼みは―――」
にぃっと、混じりけのない純真な笑顔で十代は自分の願いを口にした
「黒乃先生と決闘させてくれ!!」
「黒崎黒乃様。よくお出でくださいました」
本来なら俺は今頃デュエルアカデミア入学式に教師として参加しているはずだ。
なのに、どういう間違いが起こったのか、俺は今デュエルアカデミアではなく、ドミノ町にいた。
しかもよりにもよって海馬コーポレーションのビルの前に。
そう。あの海馬コーポレーションのビルだ。
今朝雪乃の家からデュエルアカデミアに行こうとしたその時、雪乃の家にデュエルアカデミアの鮫島校長から連絡があった。
『オーナーがあなたと話がしたいそうです』
……正直、こうなることはなんとなく分かっていた。
世界に1枚しかなく、遊戯のデッキにしか入っていないバニラを使っているだけで目立つのに、あの闇雪乃との決闘がテレビ中継されているせいで、テレビやネットで俺は悪い意味で有名人だし。
後、教師として就職するのに、俺の初勤務日が雪乃達生徒の入学する日と同じってこともおかしいとは思ってたんだよ。
何かはあると思ってたけど、まさか『奴』と直接話をするはめになるとは流石に予想外すぎた。
グラサンをかけたスーツの男。どっかで見たことあるなと思っていたら、男は磯野と名乗った。
バトルシティ編で審判とかやってた色々苦労人の人かと、思っていると、磯野が一つの部屋で足を止める。
その部屋で軽くノックをすると、
「社長、黒崎 黒乃様をお連れしました」
「通せ」
返答は酷く簡潔だった。
「私はここまでです」
そう告げられ、俺は溜め息をつく。
やや、憂鬱な気持ちで俺はその部屋に入っていった。
「天下の海馬コーポレーションの社長様が、俺になんのようだ?」
中にいる相手に、あえて不遜な態度でそう言う。
「ふぅん。この俺を前にしてその態度。貴様、いい度胸だな」
……この声を聞いて、遊戯王をやってる人間で誰か分からない奴なんてほとんどいないだろうな。
俺は椅子に偉そうに座ってる、実に偉そうな社長様に笑ってやった。
「無駄なことはしない主義なんだよ。お前が媚びへつらう態度なんて求めていないことは分かってるからな。むしろこういう直接的な態度の方が好きだろ?」
「ほう。中々の洞察力だ。ひとまずは合格といった所か」
相手はにやりと笑う。俺は単刀直入に聞くことにした。
「それで? 一体俺に何の用なんだ?
「黒乃先生と決闘させてくれ!」
あの入学試験決闘の後、先生がこの坊やに追いかけ回されていることを知っていた私は十代という坊やの願いを私は予想していた。
(困ったわね……)
正直先生とこの坊やの決闘は見たい。だがそれはあくまで私個人の想いだ。先生がそれを求めているとは思えない。
「代わりとして私が坊やの決闘の相手をしてあげるわ」
……と言いたいところだが、今私のデッキは大幅な構築の変更をしているため、まともに闘えるデッキではない。
さて、どうしたものか――――
と私が少し困っていたその時だった。
「ちょっと待ったぁぁぁ!!」
ひどく聞き覚えのある声が聞こえたのは。
見ると、人垣の間を通り、私の幼馴染二人が出てきた。
「その決闘をお前にさせるわけにはいかないぜ十代!!」
「ん? お前だれだ?」
「俺の名は 岩越 大地!! 最強の決闘者を目指してるものだ!!」
ビシッと、親指を立てる大地に少し笑ってしまう。視線を送ると、もう1人の幼馴染の麗華はうんざりした顔でため息をついた。
「お、いいなそのノリ! 俺も決闘王者を目指してるんだぜ!」
「だがそれは無理だぜ」
「どうしてだ?」
「何故なら俺が最強だからだ!!」
自信満々にそう言う大地は、呆れを通り越して尊敬するわね。アイドルの私でもあそこまで自信を持って自分を『最強』だなんて言えないわ。
周りは大地の身につけた赤いデュエルアカデミアの制服を見て、「オシリスレッドの分際で」や「最弱の間違いなんじゃないの?」などと言う侮辱の言葉を吐くが、大地はまったく気にした素振りを見せない。
「大地のことを何も知らないくせに……」
むしろ、本人ではなく麗華の方が怖い顔をしているわね。
「だから黒崎とかいう奴とまず一番初めに決闘するのは俺だ!」
「ええ! そりゃないぜ! 先に言ったのは俺だ!」
「俺は雪乃の幼馴染だ!!」
「何の関係があるんだよ!?」
言葉のキャッチボールが見事に成立していないわね。少し十代坊やに同情するわ。
だが少しだけ考える素振りを見せると十代坊やはいいことを思いついたとばかりに笑った。
「じゃあ、こうしようぜ! どっちが先に黒乃先生と決闘するかを決闘で決めるんだ!」
「いいぜ。決闘なら俺も大歓迎だ」
「お前とは気が合いそうだな大地」
「俺もそう思うぜ十代」
あらあら、なんだか意気投合した感じね。似た者同士波長が合うのかしら。
でも二人共肝心なことを忘れてるわ
「盛り上がってる所悪いけど
「「あ」」
同時にしまったという顔をした二人はやっぱり似た者同士のようね。