半壊した屋敷の修理が終わり、ようやく一息ついた頃に私はお父様に呼ばれた。
「雪乃お前の選んだ男は予想以上に派手に暴れたな」
部屋に入ると、お父様はそう言い、笑った。
「私の選んだ人だからこれぐらい当然よ」
それに釣られ、私も微笑を浮かべると、お父様は「ほお……」と、笑みを深めた。
「いい表情で笑うようになったな雪乃。これも黒崎のおかげか?」
「その質問に意味なんてある?」
私と先生の決闘……あの決闘は予想していた以上に、各方面に大きな影響を与えた。
まず私達の儀式のモンスターの精霊達は、あの決闘を見て、先生のシュバルツディスクを託すことを全面的に承諾した……いや、せざる終えなかったという所かしら? 反対派だった精霊たちは、この屋敷へのクーデター紛いの襲撃に参加していた為に罰を受けて反対所ではないし、他の穏健派は先生の力に恐れて、何も言わなくなった。
そこにはこの屋敷の襲撃の際、融合サイドにいる鳥の剣闘獣が先生の助っ人に入ったことが大きな理由の1つである。もしかしたら先生は融合サイド精霊たちと何か太いパイプを持っているのではないか? という噂が儀式サイドの精霊達の間で広がり、先生の扱いが慎重になったのだ。
まあ、先生に聞くと「ベストロウリィがいい奴すぎるだけだ」と言っていたので、噂は本当にただの噂でしかないのだけど。
そしてもう一つ大きく影響を与えたのは、先生の就職についてだ。あの決闘をテレビで見ていたのか。デュエルアカデミアの上の人間が、ぜひ先生を教師として迎えたいという連絡が入ってきたのだ。
私との関係で少し問題があったそうだが、そこは上手い具合に『誤魔化し』をしておいた。先生にも内緒で話を
通しているので今からデュエルアカデミアに行くのが楽しみである。
そして一番大きな影響があったのはやはり私だ。
あの決闘以来、自然と他人や他の精霊達と接することが出来るようになった。
ぐだぐだ悩んでいたことに、思わず苦笑してしまうほどに一度行動すれば私の悩みは簡単に解決した。
『あーだこーだ考えて、歩みを止めるより、歩きながらあーだこーだ考えた方が絶対にいい』
あの時先生が言ったことは本当だった。
「頬を緩めてどうしたのだ雪乃よ?」
「別に大したことじゃないわ」
先生のことを考えたせいで、頬が緩んでいたようだ。アイドルで鍛えたはずのポーカーフェイスは先生に関することでは上手く機能しない。
「ふむ。その調子ならもう闇人格ではなく、ちゃんとしたお前のようだ」
「それは愚問よ。それで、お父様用件はなにかしら?」
「うむ。1つだけ確認をしようと思ってな」
「なに?」
聞くと、お父様は1つのデッキを私の前にだした。
「お前が使っていたこの影霊衣というデッキを、本当に我が預かっていいのか?」
それはあの決闘が終わった後に、お父様に預けた影霊衣デッキだった。その力が危険すぎることを感じているのか。預けた時からお父様は肌身離さずに常に持ち歩いている。
「ええ」
私は迷わずに頷いた。
「それは強すぎる力よ。今の私では扱いきれないし、使ってはダメだと思うのよ」
「何故だ?」
「私は先生の隣に立ちたいの。その為に、今よりも強くならなければいけないのよ」
私はお父様を見て微笑んだ。
「私には、借り物の力を使って寄り道してる暇なんてないの。先生が私の傍にいる内に、先生と一緒に歩めるぐらいに強くならないといけないのだから」
偽りなど一つもない私の本心を口にすると、お父様は「ふ……」と笑い、ただ一言だけこう言った。
「孫の顔を楽しみにしている……」
……と。
雪乃との決闘から数日が経った今日……
影霊衣デッキとの決闘で稼いだ莫大なDPをどう使うかを、俺は雪乃の屋敷の一室で、考えていた。
一応俺の精霊達にも意見を聞こうと、一緒に新しいデッキのアイディアを考えているのだが……
『というわけで、マスター!デッキに
分かっていたことだが、バカ娘は少し考えがなさすぎる。
「なに言ってるんだバカ娘。2枚で十分だ。3枚入れるとデッキの回転率が悪くなる」
『でも、相手の表側表示モンスターを全て破壊出来るんですよ? ライボルです! ライボル!!』
「その発動条件にお前がいないといけない時点できついわ。ティマイオスの眼は3枚入れるからそれで満足しろ」
『むむむ……分かりましたよ』
そしてもう1人の精霊……ウェン子は―――
『ふふふ、しゃどーる・ふゅーじょんなんてどう? ますたー』
予想以上にチョイスがガチすぎた。
いや。まあ、無難な選択だし。強いっちゃ強いんだけどさ。
もっとこう……俺的にはロマン溢れるカードを入れたいわけよ。
「なら、私の意見を聞いてくれるのかしら先生?」
「……気配もなくいきなり現れるなよ雪乃」
さっきまでいなかったはずなのに、俺の背中から抱きついていやがった。
『雪乃さん!! 近すぎます!! マスターから離れて下さい』
「というか、お前。前よりもスキンシップが激しくなってないか?」
「あらいけないことかしら?」
「それは……」
「『私が1人でも大丈夫になるまで、先生には私の傍で私を見守って欲しい』」
「……」
「私のこんな子供っぽい願いに頷いてくれたんだから、これぐらいのスキンシップぐらい先生は許してくれるわよね?」
『それとこれとは話が別です! というか、雪乃さんさっきから私を思いっきり無視してませんか!?』
「……仕方ないな」
『ほら、マスターもダメって言ってます! 離れてくださ―――ってマスター!?』
確かに雪乃の願いに頷いたのは他ならない俺だ。なら、これぐらいのスキンシップは許すべきだろう。
「俺は責任は必ず取る主義だからな。好きにしろ」
「うふふ。なら好きにさせてもらうわ」
『あのー。そろそろ私にもリアクションくれませんか?私、既に泣きそうなんですけど』
『よしよし』
『うぅ! ウェンディゴちゃーん!!』
がしっと幼女にすがり付くバニラを横目で見るが、何というかすごいシュールな光景だな。
「で、雪乃。お前はどんなカードを入れればいいと思う?」
「そうね……だけどそれを言う前に、先生に貸しを返したいのだけど、いいかしら?」
? いきなりだな。まあ、別にいいが。
俺は少し訝しげに思いながら、後ろを振り返る。
「それで雪乃。お前は一体何で俺への借りを返すつも――――――」
「ん」
瞬間。後ろに振り返ったその瞬間。
俺の唇は雪乃に奪われた。
「……」
沈黙。そう、沈黙だ。
俺も、バニラも、そしてウェン子でさえ、突然の雪乃の行動に驚き、目を見開いている。
「んぅ―――」
と、場が混乱している最中を幸いと見たのか、雪乃は更に自らの舌を俺の口内に侵入した。
たっぷり数十秒。雪乃の舌は俺の中を蹂躙し、やがて満足したのか、雪乃から口を離した。
「うふふ。お返しは私のファーストキスよ」
頬を赤く染めながらそう言う雪乃は歳下のガキでありながらも、ひどく色っぽく、また魅力的だった。
『な、ななななーーーーーにやってんですかああああああああああああ!!!!!』
まあ、もっともその後のバニラの絶叫で全て台無しになってしまったのだが。
『雪乃さん! なんですかそれ! なんですかその奇襲は!!』
「ふふ、闇よりの奇襲ってやつよ。本当の攻撃は、一見終わった後に来るものなのよ」
『わ、わけわかんないです!!そんな不意打ちみたいにマスターとキスするなんて! 私だってまだしてもらってないのに!!』
「うふふふ、先生の唇はとってもおいしかったわ」
『ん。それには同意』
『って、ウェンディゴちゃんまで!? は! そう言えば色々あって忘れてましたが、ウェンディゴちゃんもマスターとキスしてました!!』
おい待て。それは初耳だぞ。一体どこで俺はウェン子とキスをしたんだ?
「これでようやく私もスタートラインに立ったわ。絶対に負けないわよ」
『わたしこそ……』
なんか俺の知らない所で、新たな戦いの火蓋が切って下ろされたみたいだが……
「って、おいバニラ。なんで実体化して俺に抱きついてくる?」
「私もマスターとキスするからです!」
「なんでそうなる?」
「雪乃さん達に負けるわけにはいかないからです!!」
訳の分からん対抗心を燃やしやがって。
というか、あれ? なんか身体が動かないのだが?
「ふふふ。マスターの身体は私の魔術で拘束しました。これでマスターは私の好きに出来ます」
おいお前。仮にもマスターになにしてくれてんの? それにお前。なんか目がすごくイっちゃってるんですけど?
「そうですよ。キスぐらいがなんですか。それよりもすごいことをすれば私の勝ちです。こういうのは既成事実を作った方が強いんです」
お巡りさんこいつです。頼むからこいつを今すぐ逮捕して下さい。確実に危ない奴になってます。
助けを求めるため、雪乃達に視線を向けるが、
「うふふ。これはチャンスね」
『びんじょう。2どろー。おいしいです』
あ、ダメだ。なんかバニラと似たような目をしている。
えー。まあ、あれだ。とりあえず1つ言うことがあるとすれば―――
お前ら頼むから、俺の話を聞け。
これにて、就職準備編は完結。
次回からはいよいよデュエルアカデミアです。