今更だけど、遊戯の声が違ってショックを受けている作者です!
俺は瞼を開いた。
サフィラを召喚したまでは覚えている。だが召喚した瞬間に、突然光がフィールドを照らして……
「ここは、部屋か?」
前の夢のように、何もない殺風景な部屋というわけではない。人が生活している生活感がその部屋にはあった。
しかも個人ではなく、集団――それこそ、家族が暮らしているような印象を受ける。
「まったく、やれやれだ」
超常現象のオンパレードなためか、この程度ではもう動じなくなってる自分に、苦笑を浮かべようとした瞬間――――
「わたしは、おおきくなったらパパやママみたいに、テレビにでるひとになる!!」
「!」
聞き覚えはあるが、その声を幼くした舌っ足らずな少女の声が聞こえた。見ると、俺の背後にいつの間にか、少女がいた。
「……これは、雪乃か?」
幼い。本当に幼い。幼稚園児ぐらいの幼女だが、その薄紫の髪と、赤い瞳は間違いなく俺の知ってる藤原 雪乃と共通している。
「どうして、チビ雪乃が?」
いやチビ雪乃だけではない。いつの間にか部屋にはチビ雪乃と一緒に若い男女ひと組がいる。
1人は、薄紫の髪の女性。
そしてもう1人赤い目をした男性。
二人共美形で、なんというのだろうか? 一般人では有り得ない眩いオーラのようなものを放っている。
「……もしかしなくても、雪乃の親……だろうな」
確かTFでの設定では雪乃の両親は芸能人だったはずだ。そのことを思い出し、俺は改めて2人とチビ雪乃を見る。
「そうか。パパやママのような芸能人になりたいのか」
「うふふ。私達の娘である雪乃ならきっとなれるわ」
「ホント!?」
2人から頭を撫でられた雪乃は裏しそうにえへへと無邪気に笑う。
「……パパ、ママか」
その時、俺は少し前に雪乃に感じた違和感を思い出していた。
そう、雪乃がゾークのことをお父様と呼んでいた時に感じたあの違和感だ。
TFで雪乃は両親のことをパパママと呼んでいたのに、ゾークのことをお父様と呼んでいた。俺はその事に対してここは異世界だからと思っていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。
今の雪乃のどこをとっても、モンスターの精霊と人間のハーフには見えない。ということは、考えられる答えは1つ。
雪乃はゾークの本当の娘ではないということだ。
「ん?」
景色が変わる。今度は俺は車の中にいた。
隣を見ると、チビ雪乃がすやすやと寝息をたてている。
窓を見ると、外は夜だった。おそらく深夜なのだろう。走行している車はこの車以外になかった。
俺とチビ雪乃が座っているのが後部座席。そして前の運転席と助手席にはさっき部屋で見た雪乃の両親が座っていた。
「すー、すー、すー」
「はあ。気持ち良さそうに寝やがって。こちとらまるで意味がわからんぞ状態なのにな……」
頬でもつついてやろうと、雪乃の頬に手を伸ばしたが、俺の指は雪乃に触れることは出来なかった。
まるで俺の身体が幽霊になったかのように、すーっと、雪乃の身体を通り抜けた。
「なるほど……そういうことか」
この訳の分からん状態で、1つだけ分かった。それは今俺が見ているものは今現実として起こっているのではないという事だ。おそらく何か
「一体俺に何を見せようってんだ?」
俺が呟いた瞬間に、隣にいた雪乃が不意に目を覚ました。
一瞬俺の声で起こしてしまったのかと思ったが、そうではなかった。雪乃は顔を真っ青にし、叫んだ。
「パパ逃げて!!」
「どうしたんだ?」
運転席の男……雪乃の父親が雪乃に聞き返そうとした――――
その時だった。
横手から突如として飛来した純白の光を放つ『何か』に、車が衝突したのは……
「……」
俺が絶句している内に、景色がまた変わる。
まず見えたのは炎。そして次に写ったのは――――
「ねえ、パパ? ママ? どうして目をおきないの?」
両親の身体を揺さぶるチビ雪乃だった。
「ねえ? パパ? ママ? ねえ、ねえ?」
「こいつは――」
衝撃的な光景――では片付けられないとんでもない光景だ。
おそらく事故。『何か』が横から車にぶつかり、それが原因で雪乃の両親は――――
「そう。死んだわ」
すぐ後ろから声が聞こえた。だが、俺は振り返らなかった。
背後に誰がいるのかが、もう分かっていたからだ。
「雪乃……か?」
「ええ、そうよ」
雪乃の返答は短かかった。俺も短く質問をすることにした。
「この光景はなんだ?」
「私の過去よ。私が竜姫神になってすぐのことよ」
「竜姫神……」
見ると、チビ雪乃の背にうっすらとだが、純白の翼が見える。先程までは見えていなかったものだ。
「どうしてかは分からないわ。だけど、私はこの事故が原因で、竜姫神として覚醒したのよ」
「……だから、お前だけが生き残ったのか?」
「そうよ」
雪乃はやはり短く答えた。
「ねえ、パパ! ママ! いじわるしないでおきてよ!!」
強く交互に両親の身体を揺さぶるが、返答はない。
それは仕方のないことだった……その身体の下からは明らかに致死量である大量の血が流れ出ているのだから。
誰の目から見ても、雪乃の両親はもう――――
「我ながらバカだと思うわ。死んでいることなんて誰だって分かるのに、」
「もういい」
「本当に私はバカで子供だったからーー」
「喋るな」
降りかえる。そこには俺の知っている成長した雪乃が立っていた。
その目からは到底隠しきれないぐらいの涙が流れていた。
「この後、私はゾークお父様に拾われて、それからーー」
「もう、黙れ」
俺は雪乃を抱き締めた。見ていられなかった。これ以上の発言は、決してさせてはいけない。そう思うと、俺は雪乃を黙らせるために、抱き締めていた。
「あらあら先生、もしかして欲情したのかしら?」
「あほ言え」
そんなのではない。だが今の雪乃に必要なのは言葉なのではないと思ったから、行動にうつしたまでだ。
「そんなに泣いて、俺にすがり付いてくるガキじゃあ、俺は堕とせねえよ。もう少し大人になってから出直してこい」
「……敵わないのね。今の私じゃあどうやっても」
悔しいなぁと、雪乃は涙を流しながら俺の胸に顔を埋めた。
「安心しろ。お前が1人でも大丈夫になるまでは傍にいてやる」
「その間に先生を堕とせばいいのね?」
「俺は手強いぞ?」
「……これでも私、トップアイドルだけど? それ以上になれって言うの?」
「言ったはすだ。俺から見れば、お前はただのガキだ」
「半分は精霊よ?」
「何度も言わせるなバカ」
頭を撫でながら、おそらく雪乃が1番求めているであろう言葉を言う。
「お前はどこにでもいる普通のガキだ」
アイドルでも、竜姫神でもない。ただの1人の藤原 雪乃だ。
だから――――
「今は何も考えずに黙って泣け」
「本当に、敵わないわ先生には……」
「でも」と、雪乃は俺から身を離した。
「泣くのは後にするわ。今は他にやることがある」
「……今、影霊衣を使っている自分を止めることか?」
「……気がついていたのね?」
「まあな。と言っても確信を得たのはついさっき、ここでお前と出会ってからだが……」
今現実で決闘をしているのは、おそらく雪乃であって、俺の知っている雪乃ではない。
「そうよ。あれは私の闇。心にある私の欲望が強制的に高められ、具現化した姿……」
「自分を理解してくれる相手が欲しい……か?」
「……」
雪乃は無言で頷いた。
「どうしてかはわからないけど、私の前に突然現れた銀髪の少女が使ったカードのせいで、私の闇が増幅されて―――」
「……それで、身体の所有権を闇の方に乗っ取られたというわけか?」
「ええ、情けないことにね」
雪乃は自嘲気味に笑う。
銀髪の少女……間違いなく、レイン恵のことだろう。
そして恐らく雪乃の闇を増幅させたカードは――――
「超融合のカード……」
「知ってるの先生?」
驚く雪乃。ああ、やっぱりかよ。予想は嫌な方にばかり当たるな。
「少しだけな」
「やっぱり異世界から来たから?」
…………おい。ちょっと待て。
「……どうしてそれをお前が知ってる?」
俺は一言も異世界から来たことをこの世界の奴らには話していないはずだが?
「ブラマジガー……バニラが教えてくれたわ」
「あのバカ娘がぁ!!」
いらんことを言いやがって! エースっぽく活躍したから少しは見直してやろうと思っていたのに、やっぱりあいつは闇行き決定だ!
「帰るぞ! あのバカに文句を言ってやらんと気がすまん!」
「え、ちょっと待って先生!」
「なんだ? まさかこの空間から元の世界に帰れないというんじゃないだろうな?」
「いや、それは大丈夫よ。ここは私が作った空間だし」
「なら、さっさと帰るぞ」
「でも……」
何故か渋る雪乃。俺はなんとなく雪乃がなにを考えているのかが分かった。
「お前、まさかこの後におよんで、私の闇は私の力だけで、止める! とか言うつもりか?」
「……なんで分かるのかしら?」
お前のことが段々分かってきたからだよ。どうやらこいつ、バニラとは違うベクトルのバカらしい。
「あのな、今更お前1人でどうこうなる問題だと思っているのか?」
「それは―――その……」
言いよどむ雪乃に、ため息が出る。
「具体的な方法は? どうやってお前だけで影霊衣デッキ使ってるお前自身に勝つんだよ?」
「……竜姫神は伊達じゃないわ」
「完全に無計画ってことだな。よく分かった」
「もう! だったらどうしたらいいのよ!」
頬を膨らませ、俺を睨みつけてくる雪乃。
「それでいいんだよ」
俺はそんな雪乃に深く頷きを返す。
「え?」
「いくら考えても、どうしようもないことはある。そういう時は、周りのやつを頼れ。そうすれば案外簡単に道が開けることがある」
「……でも、私には頼れる人なんて――」
「少なくとも、お前の目の前にいる男は、お前が頼れば、この絶体絶命の盤上をひっくり返すことが出来るぞ?」
にやりと笑うと、俺は雪乃の頭を豪快に撫でてやった。
「あーだこーだ考えて、歩みを止めるより、歩きながらあーだこーだ考えた方が絶対にいい。というわけで、俺はお前を助ける。これは決定事項だ」
「……強引ね先生は」
俯き、唇を尖らせる雪乃だが、頭は撫でられたままだった。満更ではないようだ。
「分かったわ。これは借りにしておくわ」
「別にそんなのはいらんぞ」
女相手に借しを作らせる趣味はない。
「私自身が納得出来ないからよ。先生が嫌って言ってもこの借しは必ず返すわ」
「面倒な奴だ。分かったよ」
「うふふ――――楽しみにしていてね先生?」
艶やっぽく笑う雪乃に若干嫌な予感を感じたが、今はそれを気にする暇はない。
「さて、なら行くぞ?」
「ええ。竜姫神は伊達ではないことを私自身に教えてやるわ!」
パチンと、雪乃が指を鳴らすと、光がここに来たときと同じように、俺を包みこんで行った……
『マスター! どこですかマスター!!』
闇が覆うフィールドの中で先生の精霊の少女が叫ぶ。心の底から主の安否を気遣っているのが分かる。
今フィールドには先生の姿がなかった。それだけなら、私もあの精霊の少女のように、先生を探していただろう。
だが、私は焦らなかった。
分かっていたからだ。
何故なら先生だけではなく、私――――竜姫神サフィラもフィールドから消えているのだから。
「出てきなさい『私』!!」
叫ぶ。
「言われなくても、そのつもりよ『私』」
すると、その声が届いたのか、フィールドに再び光が溢れる。
光が晴れた時、フィールドには――――
『マスター!』
先生……
「『私』!!」
もう1人の私―――サフィラが戻っていた。
ふむ。どうやらちゃんと元の世界に戻ってきたようだな。
『よかったですマスター! 私心配して……』
バカ娘がいるのがその証拠だ。涙目になりながら、俺に近づいてくるバニラに、俺は笑顔を浮かべてやった。
「うるさい黙れ死ね」
『なんか、めちゃくちゃひどいです!?』
やかましい。お前は余計なことを言ったせいだ。余計なことをぺらぺら喋りやがって。この決闘が終わったら、本格的に説教だ。
『あらあら、相変わらず仲がいいわね』
と、バニラと同じ実体のない精霊体として、俺の隣に雪乃が現れた。
『あれ、雪乃さん? どうもです』
『ええ』
『…………』
『?』
『って、ええええ!!?? 雪乃さん!!!???』
反応遅っ!!
やっぱりお前は正真正銘のバカだなバニラよ。
『なんでですか!? なんで雪乃さんが2人いるんですか!? あれですか? 双子ですか!?』
大混乱に陥っているバニラだが、俺からバカに説明する時間はない。
なにしろ、闇の雪乃の方が俺達を怖い目で見ているからな。養豚場の豚を見るような残酷な目だ。
そしてその目を向けられているのは、俺の隣にいる雪乃だった。
「どういうつもりよ私」
『あら、見ての通りよ私。あなたを倒すわ』
「それは分かっている。私が聞きたいのは、どうして先生の隣にいるかということよ」
『もう1度言うわ。見ての通りよ。私は先生の力を貸してもらうことにしたのよ』
「は!」
闇の雪乃は、鼻で笑った。
「私が? 笑わせないで。今まで否定されるのが怖くて、誰かに自分から近づかず他者と壁を作り続けていたのに? 今更誰かに助けを求めるって言うの?」
『信じられない?』
「当たり前よ! 私はあなた自身なのよ?」
答えるまでもないと闇の雪乃は吐き捨てる。
「願うだけで、本当の意味での行動をしようとしなかった弱い私が今更になって動くなんて信じろって言う方が無理よ。どういった面白い心境の変化をしたの?」
『大したことじゃないわ』
俺の隣にいる雪乃は清々しそうに、微笑んだ。
『作っていた心の壁を、ツンデレお節介さんがぶち壊してくれたのよ』
『……ツンデレお節介さん』
おい雪乃。そのツンデレお節介さんってもしかしなくても俺のことか? そしてバカ娘よ。何故お前はツンデレお節介さんで俺の方をすぐに見る?
「……今更、心境に変化があったとしても、手遅れよ」
『うふふ……』
雪乃は不敵に微笑むと、一瞬俺を見ると、自らの闇に指を指した。
『どうかしらそれは?』
「……先生の真似かしら? でも無駄よ。このターンであなたを完全に消して、先生を私の物にするわ」
『やれるものならね』
「やれるわよ。バトルフェイズはまだ続いている。行きなさいユニコールの影霊衣!」
攻撃命令を受け、守備表示のサフィラに、装備カードが装備されていないユニコールの影霊衣が来る。
『先生、お願いね♥』
「おい!」
あんなに相手を挑発しといて、他力本願かい!
まあ、なんとか出来るから別にいいが……
「リバースカードオープン! 速攻魔法ハーフシャット! このカードはモンスター1体の攻撃力を半分にする。俺はこの効果対象をサフィラにする」
「それになんの意味が――――」
「そしてこの効果で半分になったモンスターは、このターン。戦闘では破壊されない」
「また破壊耐性を!?」
ユニコールの影霊衣の攻撃を翼で受け止めるサフィラ。
『あらあら。羽が傷んじゃうわ』
軽口を叩いてくる雪乃に、俺は苦笑する。どうやらこっちの雪乃は調子が出てきたようだ。
「何度も、何度も、何度も、何度も防いで! どうして私の思い通りにさせてくれないの!!」
対してあっちの雪乃は、激高している。こちらに雪乃が出てきたのが一番の理由だろうが、自分の攻撃が俺にことごとく躱されていることが、腹立たしいらしい。どっかのファンサービスさんみたいなことを言ってる。
「ふ、ふふふ! でもいいわ! あなたの場にいる私――――サフィラはどうせ壁にしかならないわ」
おっと。それに気がついたか。
『え、マスターどういうことですか!?』
『簡単なことよ。サフィラの効果は強力だけど、その効果を発動するにはデッキまたは手札から、光属性モンスターを墓地に送らなければいけないのよ』
『? なら、墓地に送ればいいんじゃないですか? 前の雪乃さんみたいに』
ああ。まあ、確かにそうなんだけどなバニラ。
『そう簡単にいかないのが決闘よ。私のデッキはサフィラを軸にして構成したデッキだから簡単に光属性モンスターを墓地に送れたけれど、先生のデッキは本来サフィラを使うことを考慮して作られていないわ……』
『つまり、マスターのデッキでは、サフィラの効果を使うことは難しいってことですか!?』
『正解よ』
強いカードを入れるだけでは決闘は決して勝てない。デッキを作る上で特に重要になってくるのは、自分がどういうデッキにするかというイメージを形にすることだ。それが出来なければ、デッキは上手く回らないし、仮に回ったとしても、土壇場でデッキは確実に機能しなくなる。
「うふふ。さあ、教えて先生? このターン先生はサフィラの効果を発動出来るのかしら?」
「そんなに都合良くサフィラとコンボ出来るカードは今、俺の場にはないな」
このデッキには数々の意味不明カードを入れてるが、流石に光属性モンスターをピンポイントで墓地に送るカードは入れてない。
「うふふ。ならやっぱり、ただの壁モンスターに……」
「だが――――」
にやりと、俺は自分でも分かるほどに凶悪な笑みを浮かべた。
「お前ならどうだ?」
「え?」
闇の雪乃の顔が凍りつく。俺はそれに笑みを深め、伏せておいた1枚のカードを発動した。
「トラップカード。マインドクラッシュを発動。このカードはカード名を1つ宣言し、それが相手の手札にある場合、そのカードは全て捨てなければならない」
「一体何を狙って――――」
「俺はエフェクトヴェーラーを宣言する」
「!?」
目を見開き、自身の手札の1枚を凝視する闇の雪乃。
「どうやら、当たりのようだな」
「どうして!? どうして私の手札にエフィクトヴェーラーがあると分かったの!?」
やれやれ。そう驚くことじゃないだろう。
「大したことじゃない。ここまでの決闘でお前のデッキがサフィラと影霊衣を軸としたデッキということは分かっていた。そして今のお前のデッキに問題なく入り、サフィラの効果と相性のいいモンスターはエフェクトヴェラー一択だ」
「……なら、どうして手札にあると分かったの?」
「ああ。それはただの賭けだ」
あんなにドローしたからかなり勝率が高いギャンブルだとは思っていたがな。まあ、もし外したら外したで、別の手段をとっていた。
「さて、マインドクラッシュの効果上、俺はお前の手札を確認出来る。見せてもらおうかお前の手札を?」
「く!」
闇雪乃が手札を公開する。現状で有効なカードはあまりないが、2枚だけ無視できないカードがあった。
「ディサイシブの影霊衣か。厄介なカードを持ってるな」
ディサイシブは手札から捨てた場合、自分の場にいる影霊衣モンスターの攻撃力と守備力を1000ポイントアップさせる効果を持っている。
この局面で1000ポイントのステータスアップはでかい。
更に厄介なことに、奴の手札にはアルカナフォースXIVーTEMPERANCEがいる。こいつは手札から墓地に送ることで戦闘ダメージを1度だけ0にすることが出来る効果を持つ。
「やれやれだ。最強の矛と盾を両方持ってるわけか」
「……諦めてくれるのかしら?」
「アホ言え」
逆に壊しがいがある。相手の思惑を完膚なきまでに破壊するのがこのゲームの醍醐味だ。
『うふふ。流石は先生ね。惚れ直すわ』
「あーはいはい。そういうのは全部終わってからにしような」
『……子供扱い』
事実お前ガキだし。なんの問題もない。
「さて、この後はどうする闇雪乃?」
「……私はこれでターンエンドよ」
「ならばこの瞬間に、サフィラの効果を発動し、俺はデッキからカードを2枚ドローし、その後手札を1枚捨てる」
さて、これで全ての
「闇雪乃!」
ここに宣言しよう。
「このターンが、お前とのクライマックスターンだ」
「は! この状況で逆転する気なの? そんなことは不可能よ! 私は負けない! あなたに! 他者の力を借りる弱い私に! この
「それは違うな闇雪乃」
「どういうことかしら?」
「他者と力を合わせるのは弱さではない。その相手を信じ、共に歩もうとする―――」
闇雪乃を真っ直ぐに見、俺は言う。
「それは紛れもない『強さ』なんだよ」
「……」
「このターンで、お前のその歪んだデッキに、心に、解釈に、クライマックスをくれてやる」
さあ、いくぞ。
「俺のターンドロー! 俺は手札から魔法カードモンスター・スロットを発動する。このカードは自分の場のモンスター1体を選択し、そのモンスターと同じレベルのモンスターを墓地から除外する。俺の場にはレベル6のサフィラがいる。よって俺は墓地にいるレベル6のモンスター……」
『マ、マスター? どうしてそんな極悪顔で私を見るんでしょうか?』
そんなの決まってるじゃないか。やだなーバニラさん。
「俺が除外するのは、当然!! ブラック・マジシャン・ガール!!」
『どうせそうなると思ってましたよ!!』
ヒャハハハ! 墓地に叩き落とすだけじゃ、満足出来ねえんだよ! 次元の彼方に消えろバカ娘!!
「そしてその後デッキからカードを1枚ドローする」
「……今更、手札を増やすだけ? 随分手札が悪いのね」
「焦るな。闇雪乃。モンスター・スロットにはまだ続きがある」
「え?」
「ドローしたカードをお互いに確認し、そのモンスターが選択したモンスターと同じレベル―――つまりレベル6のモンスターだった場合、フィールドに特殊召喚する」
「! でも、そう簡単にレベル6モンスターがドロー出来るはずが……」
「くくく……」
「なにが、おかしいの?」
「言う必要、あるか?」
「……」
俺に問いかける闇雪乃の声には隠しきれない怯えが混じっていた。もう聞くまでもなくあいつも気がついているのだろう。
この俺の事故ドロー率に。
「ドロー!」
俺はデッキからカードをドローする。
引いたカードは――――
「レベル6モンスター! ブラック・マジシャン・ガール!」
やはり俺の呪いのバニラドロー率は健在だった。
「モンスタースロットの効果で攻撃表示で特殊召喚する!」
『マスター。私、そろそろ休暇が欲しいかもです』
当然却下だ。
「そしてサフィラを攻撃表示に変更」
「ふ、ふふふ! 血迷ったのかしら先生? バトルなんて自殺行為だわ。私の場には3体の影霊衣!しかも1体の攻撃力は、装備魔法の効果で3800! 先生のモンスターを圧倒してるのよ!」
「ああ。おかげで助かったよ」
「!?」
「トラップ発動。あまのじゃくの呪い」
「また知らないカード!」
だよな。元の世界でもこのカードをフリーデュエルで使った時は必ず効果確認されてたからな。あまり知られてない初期時代に出たカードだから知らないのも無理はない。
だが、それゆえに効果はひどく面白い。
「このカードは発動ターンのエンドフェイズまで、フィールドのモンスター達の攻撃力・守備力のアップ・ダウンを逆にする」
「アップ・ダウンを逆?……まさか!」
「そうだ。お前の装備カードで強化したユニコールの影霊衣の攻撃力は3800から800にダウンする」
「っ!!!」
倍や半分にする効果には作用しないのが難点だが、このカードは相手の意表を突くカードとしては優秀なカードだ。
『すごいですマスター! 相手のモンスターのステータスアップを逆手にとって逆にパワーダウンさせるなんて!』
『それだけじゃないわ』
『へ?』
まあ、雪乃は気が付くよな。俺のもう1つの狙いに。
『先生は、相手を弱体化させたのと同時に
『あ、そうか! 今、攻撃力を1000アップさせる効果を使えば、逆にモンスターの攻撃力を下げてしまうから効果を発動しても意味ないんですね!』
これで、道は開けた。
後は――――攻撃するのみ。
「バトルフェイズだ。ブラック・マジシャン・ガールでパワーダウンしたユニコールの影霊衣に攻撃!」
「っ! 手札からアルカナフォースXIVーTEMPERANCEを墓地に送り、その効果でバトルダメージを0にするわ!」
「だが、戦闘破壊はされてもらう! バニラ!!」
『はい! 行きます!』
バニラが飛翔。その杖をユニコールの影霊衣に向ける。
『
杖より打ち出された破壊の魔術はユニコールを粉砕する。
「そしてサフィラでもう1体のユニコールの影霊衣に攻撃!! 雪乃! お前の想いをもう1人の自分にぶつけろ!!」
『ええ。分かってるわ』
サフィラ……いや雪乃が、片手を天に掲げる。掌に光の太陽が生まれる。
『ジャッジメントブレイク!!』
それを掌に維持したまま、雪乃はユニコールに肉薄し、それをユニコールのボディーに叩きつけた。
瞬間。光が炸裂した。
再び、あの事故現場に俺はいた。だが今度は俺だけではない。
「パパ、ママ!!」
涙を流す幼い雪乃の背中を見る形で、二人の雪乃が向かい合っていた。
「……どういうつもりかしら私?」
闇雪乃は自分をここに連れてきたことがもう1人の雪乃であることを理解しているのだろう。意味が分からないという風に、自分自身に問いかけた。
『分からないの? そんなはずはないわよね? だってあなたは私なんだから』
「……」
闇雪乃は沈黙する。
『私はあなたとも分かり合いたいと思ってるのよ?』
「自分の闇なのに?」
『闇だからこそよ。私はあなたを受け入れることで、成長したいのよ』
雪乃はかつての自分。幼い雪乃に近付き、その身体をそっと抱きしめる。
無論、これは雪乃記憶の世界なので本当に抱きしめられるわけ無いが、雪乃は確かに幼い雪乃を抱きしめていた。
『今は無理でも、私はこうやって傷ついている誰かを抱きしめてあげられる大人になりたい。その為に私はあなたを――自分の闇を受け入れるわ』
「……」
『ダメなのよ私。誰かを屈服させて、自分のモノにしても、それで本当の意味で孤独から解放されるわけじゃないのよ。私はそれを先生に教えられたわ』
「……そんなこと、今更言ったって、もう遅いわよ。だって私には、もう――」
「遅くないさ」
そこまで黙っていたが、闇雪乃の発言に、俺は首を横に振った。
「間違いを認め、それをなおすことに手遅れはあっても、遅いなんてない。そして闇雪乃。お前はまだ手遅れじゃない」
「でも……」
「でもじゃない。お前はどうしたいんだ? 本当のお前の願いを言え」
「私は――――私……は―――」
闇の雪乃は迷う。その様は普段トップアイドルとしている時の雪乃とも、竜姫神の雪乃とも違う。
ただの1人の少女がいた。
ふっと俺は思わず笑ってしまった。
「なにビビってやがる。ガキならガキらしく、自分の願いを素直に口にしろ」
こういう所は、うちのバカ娘を見習ってほしいものだ。
……まあ、あそこまでバカでは流石にダメだがな。
「私は――」
俺の笑みに安心したのか。闇雪乃は迷いながらも口を開こうとした――――その時だった。
「それは、ダメ」
不意に、闇雪乃の足元の影から闇が溢れた。
『これは!?』
その闇は実体のない闇だったが、その声を俺は知っていた。
「レイン恵か」
「そう。私」
闇はツインテールの銀髪少女の形となり、闇雪乃を後ろから拘束した。
「どうやら文字通り影で暗躍していたようだが、どういった風の吹き回しだ? 今更出てくるなんて?」
「ここで決闘を終わるのを、私は認められない。だから出てきた」
なるほど。理由は分からないが、レイン恵は俺達の決闘に決着をつけずに終了するのを避けたいようだ。だけど闇雪乃が説得されて決闘が無理やり終わりそうな空気だったので、出てきたというわけか。
「くくく……」
「……なにがおかしいの?」
「いや、確かにもう決闘は終わるからな。お前が出てきたのもあながち間違いではないと思っただけだ」
「それを私は認めな――」
「だが1つだけ間違ってる」
だがなレイン恵よ。それは勘違いというものだ。
「中断するからじゃない。この決闘が終わるのはこのターンで俺が勝つからだ」
「……冗談?」
「いいや。大いに本気さ」
俺は出来ないことを宣言する趣味はない。
「2枚だ。後、2枚でこの決闘の決着は着く」
「……フィールドにはまだトリシューラの影霊衣がいた。それでも?」
「くどい。それでもだ」
「……」
レイン恵は少し迷う素振りを見せたが、闇雪乃の拘束を解く。
「分かった。あなたの可能性を見せてもらう」
「ああ」
俺は頷き、雪乃に視線を送ると雪乃はこくりと頷いた。
『待ってて私。すぐにあなたを自由にするわ』
パチリと指を鳴らし、再び世界は変わる。
『マスター! また消えて! 今度はどこ行ってたんですか!?』
(バニラか)
俺は心配そうにこちらを見るエースに、目を向ける。
『む、むむ! またひどいこと言うつもりですか?』
さっきのことを思い出したのか、バニラは身構えるが、俺は苦笑を浮かべただけだった。
(この決闘の最後の一撃はエースであるお前の仕事だ)
『ふえ? えっと、あのその―――』
(行くぞ。ついてこい)
『は、はい! どこまでもついて行きますとも!』
いい返事だ。それでこそ俺のエース……
俺は改めて闇雪乃を見る。
「先生……私は―――」
決闘を始めた時の狂気や闘志は消え去り、闇雪乃は不安そうに俺を見る。
その背後にいるドラゴネクロの幻影は、闇雪乃を逃がさないとばかりに、鋭い眼光で俺達を見下ろしていた。
「待ってろ。今、そこから助けてやる」
俺の――――
「いや……」
「俺は速攻魔法瞬間融合を発動する!」
1枚目。瞬間融合。速攻魔法故に、バトルフェイズ中の追撃にも使えるカード。そのデメリットとして融合召喚したモンスターはエンドフェイズ時に破壊されるが、今はこれで十分!
「俺はフィールドのブラック・マジシャン・ガールと、ドラゴン族の竜姫神サフィラで瞬間融合!!」
そしてこれこそが、今の俺のデッキの最強モンスター
「光を纏いて、闇を斬り、闇を纏いて、光を斬る!」
「今こそ全ての可能性を切り開く剣となれ!!」
フィールドにいるバニラと雪乃が1つとなり、新たな力がここに現れる。
その名は――――
「竜騎士ブラック・マジシャン・ガール!!」
進化した竜に跨るバニラ。俺のエースの新たな可能性だった。
「バトルフェイズ中故、この竜騎士は攻撃が可能だ」
トリシューラの影霊衣の攻撃力は2700。その竜騎士の攻撃力は2600。戦闘では勝てないが、この竜騎士には全てを切り裂く剣を持っている。
「更に竜騎士ブラック・マジシャン・ガールは1ターンに1度、手札を1枚墓地に送ることでフィールドに存在する表側表示のカードを破壊することが出来る。そしてこの効果は相手ターンでも使用出来る。つまり今この瞬間にも発動可能だ」
「先生……」
闇雪乃が俺を見る。俺は手札の1枚を前に出し、笑ってやった。
「約束の2枚目だ」
手札をコストに竜騎士の破壊効果が発動する。
『いきます!』
バニラがティマイオスの竜から跳躍し、空に上がる。
俺もフィールドにいる最強の影霊衣を指差し、宣言する。
「破壊対象はトリシューラの影霊衣!!」
食らうがいい。これが可能性を斬り開く力!
「『破壊剣!!』」
俺とバニラの声がユニゾンする。天に掲げたバニラの剣に、雷が落ちる。辺りを覆っていた闇が晴れる。
雷とバニラの魔力により、天を貫くほどに、巨大刀身になった剣のためだ。
あの剣なら何だって斬れるはずだ。モンスターも、闇も、
1人の少女の孤独だって!
「『ブレイクサンダー!!!』」
そしてその剣は振るわれた。大きく横薙ぎに。
「きゃああああああ!!!」
その雷の刀身を受けたトリシューラはフィールドから消え去り、その余波を受けたドラゴネクロの幻影も雪乃の背後から姿を消した。
『やりましたよマスター!!』
思念で会話をしてきた空中にいるバニラに俺は深く頷きを返した。
ああ。今回ばかりは純粋にこう言えるぞバニラ。
(よくやった。流石は俺のエースだ)
『ふ、ふえええ!!?? マ、マスターが褒めてくれた!?』
何故そう驚く? 俺はよくやったらちゃんとそれを評価する主義だぞ?
『って、きゃわわわわあああああ!!!』
と、驚きすぎたのか、空中でバランスを崩し、地面に急降下しだすバニラ。
『はぶ!』
地面に激突する前にティマイオスの竜が器用にバニラをキャッチしたが……
はあ。本当にどこまでも俺のエース様は格好がつかないな。
まあ、もう慣れたけどな。
「先生……」
と、闇雪乃が俺を見ている。ドラゴネクロの影も消え、穏やかな表情をしているが、少し何かを迷っているようだ。
やれやれ。どこまでも臆病なお嬢さんだ。
「よく頑張った。後はお前が正直に自分の願いを言うだけだ」
促すと、闇雪乃は「あ、う……」と少しだけ逡巡したが、やがてポツリと告げた。
「――――――して欲しい」
それは誰が聞いてもちっぽけな願いで、そしてどんな奴が聞いても、頬を緩ませてしまう無邪気な願いだった。
俺は何も言わずにただ無言で頷く。
すると、闇雪乃は微笑んだ。
これまでのような大人の振りをして浮かべていた艶っぽい笑顔ではない。
歳相応の、まだ幼い少女の心からの笑みだった。
狙ったものではなかったが、どうやら最高のクライマックスにされてしまったようだな。
会場にいる観客も、皆、雪乃の笑顔に見とれている。
やれやれ。最後の最後でこの決闘の本当の意味での勝利を雪乃に持って行かれたな。
(まったく……)
これじゃあ、俺も心の底から言えてしまうじゃないか。
「感謝する。楽しい決闘だった」
「ええ。私もよ」
色々振り回されて、訳の分からないことに巻き込まれはしたが―――
「竜騎士ブラック・マジシャン・ガールでダイレクトアタック!!」
「私の敗けよ先生」
雪乃LP1600→0
俺はこの世界に来て、お前に出会えて良かったと今は心の底から思うよ雪乃……
次回で就職準備編も終わる……はずです!