「な、なんであなたが!?」
予想外すぎて一瞬呆気にとられてしまいましたが、どうして鳥さんがここにいるんですか!?
「それにはわたしがこたえる」
「うひゃあ!?」
背後から突然聞こえた声に背後を見ると、
そこにはーーー
「ウェ、ウェンディゴちゃん!?」
謎の旅に出たウェンディゴちゃんがいつの間にか私の背後にいた。いつも通りお供の海豚の人形に乗って。
「ただいま。おねえちゃん。じごくのそこから、まいもどってきたぜ」
「あ、はい。お帰りなさい」
無駄にかっこいい台詞を言いながら、ウェンディゴちゃんがびしっと敬礼してきたので、私もつられて敬礼する。
「それでどうして鳥さんがここにいるんですか?」
「それは、とりおじさんがいいひとだから」
はい? どういう意味ですか?
「あんこくかいにたびにでたわたしは、ひとつのもんだいがはっせいした」
「は、はあーーー」
一体なんなんでしょうか?
「わたし、まいごになった」
……はい?
「まいごになって、こまってたところを、とりのおじさんがたすけてくれた」
「ちょ、え、まじですか?」
「まじ」
「と、とと、鳥さーん!! ごめんなさい!! うちのウェンディゴちゃんがご迷惑をおかけして!!!」
慌てて頭を下げると、鳥さんはふっと笑った。
「単なる偶然だ」
「鳥さん!」
鳥さんがいい人すぎて逆に辛いです!!
「マスターのくすりをさがすのもてつだってくれた」
「単なる気紛れだ」
「鳥さん!!」
ちょ、本当に辛い。心が辛い! 鳥さんが優しすぎて辛い!!
「そしてここにかえるときに、いっぱいのもんすたーがいることがわかったから、すけだちしてくれるってきてくれた」
「単なる酔狂だ 」
「鳥さん!!!」
すみません! すみません!!土下座させて下さい!!
「バニラよ。ここは私に任せ、はやく黒乃の所に行ってやれ」
「いこうおねえちゃん。くすりはわたしがもってる」
「いや、でも!」
鳥さんを1人で置いていくわけにはーーー
「私に心配など無用だ。この程度の獣達などすぐに片付ける」
そう言った鳥さんは余裕の表情を浮かべていました。それは私を安心させるために取り繕ったものではなく、本心からの余裕のように感じました。
「ーーー分かりました。お願いします」
「承知した」
「じゃあーーー行く」
そう言ったウェンディゴちゃんはがしっと私の服の上着を掴みました。
あれ、なんででしょうか? なぜかいやな予感がーーー
「ふりきるぜ」
「ちょ、ウェンディゴちゃんストップ! 今動かれたら私ーーー」
「わたしにしつもんをするな」
「って、きいやあああああああああ!!!」
制止してくれる所か、アクセル全開と言った風に動きだすウェンディゴちゃんの海豚。
ちょ! まずいですって! 私の服は自分で言うのもなんですが、露出が激しくて、そんな強引に引っ張られたら、
「見えます! 色々アウトなものがポロリしちゃいますよー!!」
「さーびす。さーびす」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ずれそうになる服を必死に押さえながら、私とウェンディゴちゃんは再び雪乃さんの家に入って行った……
というか、油断したら本当に脱げちゃいます!!
「……行ったか」
ウェンディゴとバニラが建物の中に入って行くのを確認したベストロウリィは再び視線を目の前の獣達ーーーそのリーダーであるゼラに向けた。
「さて、来ないのか? それとも臆したか?」
「なぜだ?」
挑発に乗るどころが、ゼラは理解できないという風に頭を横に振った。
「なぜ貴様がここにいる? 融合のものである剣闘獣がなぜ儀式のものである我等の闘いに介入する」
「不思議か?」
「大いにな。お前には何のメリットもない」
「ふ、そうでもない。メリットならあるさ」
「なんだと?」
ベストロウリィは翼を広げる。空に浮かぶ。
「私は剣闘獣だ。誇り高き戦士だ。それが私が闘う理由だ」
「……襲撃など行う卑怯な我等が許せないと言うか?」
「いいやそうは言わんさ。お前たちは必死なだけだ。汚泥をすすってでも自分達の未来を勝ち取ろうとしている」
私にも覚えがあると、ベストロウリィは自嘲気に笑った。
「仲間を助けるために、私は戦士の誇りを捨て黒崎黒乃と闘ったーーーだが負けた。そして私はシュヴァルツディスクに封印されるはずだった……」
「たが、お前は今現にこうして我等の前にいるではないか」
「そうだ。私はここに確かにいる。その意味は分かるはずだ」
「ーーーまさかシュヴァルツディスを持つあの人間がお前を見逃したというのか?」
「そのまさかだ。そしてそれだけではない。奴は封印された我が同士達も解放してくれた」
「そんなバカなことがーーー」
「そんなバカみたいなことをするのが黒崎黒乃という男だ」
「信じんぞ!」
愉快そうに言うベストロウリイにゼラは声を荒げた。
「我らモンスター達の価値を勝手に決め、使役を行う人間にそんな奴がいるなどとは!!」
「人間は信じられんか?」
「当たり前だ!! 何故お前は信じられる!?」
「勘違いしてもらっては困る」
ふっとベストロウリィは笑った。
「私が信じてるのは人間ではあらず、黒乃を---私を打ち負かした誇り高き
「なんだと!?」
「そして剣闘獣は受けた恩は決して忘れない。黒乃に私はとんでもなく大きな借りを作ってるからな……お前たちと闘うのは、その返済のためだ」
「それだけの理由で、我らと闘うだと?」
馬鹿げてると吐き捨てるゼラに、誇り高き戦士は不敵に笑った。
「それが剣闘獣だ」
「ついた」
「や、やっとですか!」
服が脱げる前にウェンディゴちゃんから解放されたのは運が良かった。
「バニラ様!? それと、ウェン子様!?」
マスターを抱えたルインさんが私とウェン子ちゃんを見て驚く。う、なんかびしっと決めて行ったのでこうやってのこのこ帰ってくるのは少し気まずいです。ですが、今はそれどころじゃありません!
「ますたーのからだをげんきにするひやくをげっとしてきた」
「そうなのですか!? 分かりました。黒乃様失礼します!」
床に丁寧にマスターの身体を置いたルインさん。私はウェンディゴちゃんを見る。
「ウェンディゴちゃんその秘薬をはやく!」
「うん……」
こくりと頷くとウェンディゴちゃんは海豚の人形の関節(?)部分に手を突っ込んだ。
はたから見たらすごいシュールな光景ですね。
「あのウェンディゴちゃん? なにを?」
「このこはばっぐにもなるの……」
あ、そうなんですか。べ、便利ですね。
少しの間がさごそと手探りで物を探していたウェンディゴちゃんだったが、「あった」と海豚のバックの中から『それ』を取り出した。
「これがひやく」
「そ、それは!?」
『それ』は紛れもなく---
どこからどう見てもただのタッパーだった。
「あ、あのウェンディゴちゃん?」
あれですよね? 間違えただけですよね? まさかそれが秘薬なんて言いませんよね?
「これひやく」
「いや、いやいやいや……」
流石にバカな私でも騙されませんよ? タッパーの中に入ってるのってどう見ても……
「それ、カレー……ですよね?」
食事の定番であるあのカレーだった。
「ただのかれーじゃない。これはもうやんのかれー」
「え、モウヤンのカレー?」
それってあれですよね? LPを200だけ回復する通常魔法のあれですよね? えと、200だけの回復しかないのに、どこが秘薬なんですか?
「ウェンディゴちゃん。今は大事な時だから真面目に---」
「ま、まさかこんな所で伝説の秘薬にお目にかかれるとは!」
「って、ええええ!!??」
して……と言おうとした私を遮るように、ルインさんが興奮した面持ちでウェンディゴちゃんのタッパーに触れました。
「一体どこでこれを!」
「くろうした……さんかいは、しにかけた」
「そうでしょう! そうでしょう!! それ程までにこれは貴重なものです!!」
手に入れるのに三回も死にかける必要があるカレーってなんですか!?
え、なんですかこの空気? もしかして私が間違ってるんですか? モウヤンのカレーって誰もが知る伝説の秘薬なんですか!?
「あ、あのー」
「なんでしょうかバニラ様?」
「その、つかぬことをお聞きしますが、そのカレーって本当にマスターのことを目覚めさせれるんでしょうか?」
「ま、まさかバニラ様、モウヤンのカレーをご存じないんですか?」
「おねえちゃん……」
あれ? なんで私かわいそうなものを見るような目で二人から見られているんでしょうか? やっぱりおかしいのは私なのかな?
「実際に見たほうがはやいでしょう」
「ろんよりしょうこ」
そう言うと、ウェンディゴちゃんはタッパーを開けると、どこに持っていたのかスプーンでそれを一口分すくい、マスターの口元に運ぼうとした。
「黒乃様は気を失っていらっしゃいますから、おそらく自力で食べるのは不可能です」
そうでした! いくらあのカレーが秘薬だったとしても食べられなければ意味がありません!
「わかった」
一体どうすればいいのかと頭を捻っている私とは違い、何か考えがあるのかウェンディゴちゃんは何かを覚悟したような決意ある表情で、こくりと頷いた。
「ぱくり」
そして何故かマスターに食べさせるはずだったカレーを自分の口に運んでしまった。
「……って、まさかウェンディゴちゃん!?」
ここまで来ればバカな私でも分かります。ウェンディゴちゃんは口移しでマスターにカレーを流し込む気です!!
「それなら、私がやらせてもらうので待ーーー!!」
叫ぶが時すでに遅し。
「ちゅ」
ウェンディゴちゃんの唇とマスターの唇は交わってしまった。
「ウェ、ウェ。ウェ、ウェンディゴちゃーーーーーーーん!!!!」
「ぽ」
頬を赤く染めながらマスターに口移しでカレーを流し込むウェンディゴちゃん。なんですか! 胸に感じる途方もないこの敗北感は!?
「バニラ様落ち着いてください。あれはただの医療行為です」
「うーうーうー!!」
二人を引き剥がそうとする私をルインさんが後ろから羽交い締めにする。分かってますよ!? 分かってますけど、身体が勝手に動くんです!! 止めずにはいられないんです!!
私が見る中、たっぷり数十秒間。マスターとウェンディゴちゃんは唇を重ね合ったままでした。
「ん……ごちそうさま」
ようやく離れたかと思うと、ウェンディゴちゃんは潤んだ瞳でマスターの唇を指で撫でました。
何故カレーを流し込むという意味不明な医療行為に、あんなに甘ったるい雰囲気になってるんですか!? あれですか!? モウヤンのカレーは甘口なんですか!?
っていうか、マスター起きませんよ! やっぱりあれただのカレーだったんじゃないですか!? ウェンディゴちゃんマスターにキスしたかっただけじゃないんです---
「う、俺……は?」
ええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!??????
嘘でしょ!? マスターが起きた!? カレーで!? あれ本当に秘薬だったんですか!?
「ますたー!」
「ウェン子か……」
ひしっとマスターに抱きつくウェンディゴちゃん。
「よかった。ますたーの、めがさめて……がんばってよかった」
「……そうか。どうやら迷惑をかけたみたいだな」
涙ぐむウェンディゴちゃんの頭を優しく撫でるマスター。なんですかあれ! なんかすごくいい雰囲気ですよ!? 羨ま……じゃなくておかしいんじゃないでしょうか!!
「バニラ……って、お前……」
「は、はい! なんですか!?」
呼ばれたので私はびしっと気を付けをする。いつの間にかルインさんに拘束はなくなっていた。
「めんどくさいからお前もこっちに来い」
「ちょ! マスター! ウェンディゴちゃんとの扱いに差がありすぎですよ!!」
「やかましい」
はあ、とマスターはため息をつくと少しだけ笑った。
「自分が泣いてるのも気がついていないようなバカ娘にはこれが一番いいんだよ」
「え?」
指摘され、頬に触れると、そこには確かに涙の雫がありました。
どうやら自分でも気がつかない内に私、泣いてたみたいです。
「あれ? 安心したからですかね? 私。私……」
「何も言うな。どうせバカなことしか言えないんだから。黙ってこっち来いバカ娘」
「バカバカってひどいですよ……」
でもおかしいとはわかってるんですけど、バカって言ってもらえてどこか嬉しくなっている私がいます。そして胸に温かい気持ちが溢れてきます。
この気持ちはなんだろうかと考えようとしたが、やめた。
今は考えるよりも---
「マスター!!」
駆け寄り、マスターに抱きつく。そしてたった一言。どうしてもこう言いたい---
「おはようございます。マスター!!」