衣装選びは計画的に
『は!!』
部屋の扉が開かれる音がして、私は飛び起きました。
どうやら気づかないうちに少し眠ってしまっていたようです。昨日の夜までの記憶はありますが、その後の記憶はごっそり消えてます。
「バニラ様、すいません。ルインです」
『あ、どうも。おはようございます』
部屋に入ってきたルインに頭を下げる。ずれた帽子を直しながら、寝癖がないかチェック……よし、大丈夫!
「いえ、残念ながらバニラ様。今は昼過ぎなので、おはようではありません」
『ふええ!?』
私、少しではなくかなり寝てたみたいです!
やってしまったです私……
「そうお気になさらないで下さい。あなた黒乃様が倒れられてから満足に休むことなく彼のことを見ていたではないですか。寝過ごしたとしても仕方ないです」
『でも、今の私にはマスターのことをそばで見守ることしか、出来ないんです……』
それなのに、それすら満足に出来ないなんて私は……
「いいえ。そんなことはありません。あなたには今から重要なことをやっていただかなければなりません」
『重要なこと? それって私にもできることですか?』
「はい。むしろ、黒乃様の精霊であるバニラにしか出来ないことです」
『な、なんですか!』
私、頑張っちゃいますよ! 自分でも単純だなとは思うけど、そんな風に言われるとやる気が満々です!!
「それはーーー」
『それは!?』
「黒乃様の衣装選びです」
…………
……
は! 予想外過ぎて一瞬フリーズしていました。
『え、えと、どうしてそれが私にしか出来ないことなんですか?』
「はい。雪乃様のライブの後にもし黒乃様が目覚めていれば、お二人が決闘することになるのはご存じですよね? ギリギリまで待つ為に、この後、眠ったままの黒乃様を雪乃様のいるライブ会場にお連れするのですが……流石に今の格好ではまずいでしょう?」
『そう、ですね……』
確かに今のマスターの格好は病院の患者さんが着るような服なので、移動に適した服ではありません。
「さらに、この際時間と手間を短縮するために、ついでに雪乃様との決闘用の衣装に着替えてもらいたいのです。本来なら黒乃様のお好きな衣装を選んでいただくのですが……黒乃様の意識はまだお戻りになりません。そこで代わりにバニラ様に選んでいただきたいのです」
『え、なんで私なんですか?』
「もし黒乃様の意識が戻られた時に自分が趣味に合わない服を着ていたら黒乃様はどうされますか?」
『怒りますね』
即答です。マスターなら誰だろうと、選んだ人を怒りますね。
「しかし、もしその服を選んだのがバニラ様だとしたら黒乃様はどうしますか?」
『私だけを怒りますね』
さっきよりも更にはやい即答です。「このバカ娘!」と言って私を怒るマスターの姿が簡単にイメージできます。
「というわけでお願いします」
『って、それって服がマスターの趣味に合わないものを着せてしまった時の怒りの矛先を固定するために私を生贄にするってことじゃないですか!?』
「いいえ。サクリファイスです」
『一緒ですよ!』
「大丈夫です。ザオラル唱えますからザオラル」
『なぜか何かをけちられている気がするのですが、気のせいでしょうか!?』
やる気出てたのに、こんなのあんまりです!
「……仕方ないですね。バニラ様が拒否されるというのなら、私が選びますがよろしいですか?」
『はい』
むしろ、私なんかよりもルインさんが選んだ方が絶対にいいに決まってーーー
「そうですか。なら、これでいきましょうか。名付けて……正義の味方!! カイバーマーーー」
『待ってください』
「はい?」
ルインさんがどこからか取り出したブルーな眼のドラゴンさんと、その使い手さんをイメージしている衣装に、流石に私は待ったをかけた。
『あの、それはダメです。なんていうか上手く言葉にできませんが、それをやるととんでもないことが起きる予感がします』
「そうなんですか? これ私の自作なのですが、結構人気作品ですよ? ネットで売り出したらどこかの社長さんが、凄いレベルでまとめ買いしてくれましたし」
「……」
あれ? 気のせいでしょうか? 何故か一瞬脳裏に「わははは!! 」と高笑いする坊っちゃんヘアの男の人の姿が浮かんだんですが……気のせいですよね?
「ちなみにそこの社長さん。同じく私の自作のブルーアイズマウンテンのコーヒー豆も一年分まとめ買いしてくれましたよ?」
『ちなみにお値段は?』
「普通にコーヒーを入れたとして、コーヒーカップ一杯分で3000円です」
『高っ!!』
ぼったくりってレベルじゃないですよ!? そんなの飲む人いるんですか? まともに働いてる人でもその値段は家計的に飲んじゃだめな値段です!
「どうしてもダメですか?」
『ダメです。別のやつでお願いします』
「仕方ないですねーーー」
はあと、心底残念そうに溜め息をつくルインさん。いや、でもここは譲りませんよ? こんなのマスターに着せた日には、止めなかった私が悪いと烈火のごとく怒られます!
「じゃあ次はーーー」
『あの、まともなのでお願いしますね?』
「もちろんです。一級品のにしますよ」
「私の最高傑作の1つーーー名付けてメタルキングの鎧!!」
『まともなやつって言ったのに!』
ルインさんは衣装と言うよりかは防御装備と言ったほうがいい銀色の鎧を出しました。完全に遊びじゃないですか!? もう完全に何かのコスプレです!
「失礼な。これは最高級の防御能力を持っているんですよ?」
『そんなことは聞いてません! というか、衣装に防御力を求めてどうするんですか!?』
「仕方ありませんね。今ならメタルキングの剣もメタルキングの盾もつけます。これなら文句ないでしょう?」
『文句しかありません!!!』
『ぜー、はー、ぜー、はー』
「ふむ。では衣装はこれにしましょうか」
メタルキングの鎧の後もルインさんの意味不明な衣装チョイスは続きました。その度に待ったをかけて、ようやく赤と黒を基調にしたダークヒーロー系の衣装で落ち着いた。
し、しかし疲れました。ルインさん。正直ふざけすぎです。
「さて、それではさっそく黒乃様をお着替えさせてもらいますね」
『え?』
あれ、それってどういうーーー
「失礼します」
『って、きゃあ!?』
ルインさんがマスターの服に手をかけたかと思うと、一瞬でマスターの服が脱がされました。いきなり下着姿になったマスターに私は目を逸らします。
「ふむ。意外と筋肉がついてますね」
って、ルインさん!? なにをチェックしてるんですか!?
「そしてーーーおっと、これは予想外です」
なにが!? なにが予想外だったんですか!?
「グゥレイト!」
なにですか!? 一体マスターの身体のどこに対しての発言なんですか!?
ーーーさ、流石にここまで来ると気になります! さあ、私! 真っ赤になってないで、マスターを見るんです! ルインさんがグゥレイトと表したマスターの何かを!!
「着替え終了です」
『それはないですよルインさん!!』
私が見たときにはマスターの着替えは完了していました。なんとなく損をした気がするのは何故でしょうか……
「ふむ。しかしバニラ様。正直まだ地味すぎると思いませんか?」
『え、そうでしょうか?』
私的にはもうこれでいいような気がします。マスターにすごく似合ってかっこいいですし。
「もっと腕にシルバーを巻きましょうか?」
『いや、多分それもやめた方がいーーー』
マスターに怒られそうな予感したのでルインさんに却下しようとしたーーー
その瞬間。耳を覆いたくなるような轟音と共に、家全体が大きく揺れました。
『な、なにごとですか!?』
実体化はしてないおかげで、ルインさんのように地面に倒れることはありませんでしたが、それでも私は戸惑ってしまいます。一体なにが起こってーーー
「バニラ様」
『は、はい!』
と、そこまでどこか砕けた空気を発していたルインさんが真剣な顔で私を見た。
「今、実体化出来ますか?」
『あ、はい。できますがどうしたんですか?』
「黒乃様をお連れして、逃げて下さい」
『え?』
それってどういうーーー
『敵が来ました』