遊戯王 Black seeker   作:トキノ アユム

32 / 80
忍び寄る銀の影

『……私はなにをやってるんだろう』

 ぽつりと私は呟いた。私---バニラの目の前にはマスターがベットで眠っていた。

 邪神さんとの決闘の後、意識を失ったマスター。その後、雪乃さん達の手を借りてここのベットに運んでもう6日経ちました。それまでマスターは一度も意識を取り戻していません。

『……マスター』

 後から聞いた話ですが、邪神さんと決闘をしていたあの時、マスターが受けた傷は完全に治っていなく、決闘すること自体が危険な身体だったそうです。なのに、それを隠してマスターは決闘をされた……

(……私のせいだ)

 私がマスターをこの世界に連れてこなければ。私がマスター守っていれば。私がマスターの不調に気付き、決闘を止めていれば。こんなことにはならなかった。

(私は---)

「あら、まだ休んでいなかったの?」

『雪乃さん……』

 と、雪乃さんが部屋に入ってきた。

「……まだ先生は起きないのね」

『はい……』

 雪乃さんも心配そうにマスターを見ます。その様を見て私は改めて頭を下げた。

『ありがとうございます。マスターと私のためにこの部屋を貸してくれて』

「礼を言われる必要はないわ。先生がこうなったのは私が原因だし、それに先生を助けたいと思うのは私も同じなのよ」

『それでもありがとうございます』

 もう1度頭を下げると、雪乃さんは「律儀ね」と言いながら微笑んだ。

「ところで気になってたことが二つほどあるんだけど、聞いていいかしら?」

『はいなんでしょうか?』

「一つ目はあの小さなシャドールの子猫ちゃんのことよ。あの子、先生に懐いてるみたいだったのに、この六日間一度も姿が見えないけど、どうしたの?」

『ああ、ウェンディゴちゃんならマスターが倒れてすぐに---』

 

 

『ばにらおねえちゃん。わたしたびにでる』

『と、突然どうしたんですか?』

『ますたーのからだをなおすくすりをさがしてくる』

『え? で、でもウェンディゴちゃんはマスターの決闘盤に封印されてるんじゃなかったんですか?』

『だいじょうぶ。ますたーのおかげでわたしはいま、ますたーのでぃすくにはしばられてないから、ますたーによばれないかぎりはとおくにいける』

『そ、そうなんですか……で、でもどこに行くんですか?』

『ちょっとあんこくかいまで……』

『ああ、そうですか。なるほどなるほど……って、暗黒界!? ダメですウェンディゴちゃん! 危ないですよ!?』

『いってくる』

『って速!? ウェンディゴちゃん待って! 帰ってきて!! カムバーーーーック!!!!』

 

 

『……という感じです』

「そ、そう……大丈夫かしら?」

『心配ですが、多分大丈夫だと思います。ウェンディゴちゃん見た目は子供ですけどしっかりしてますから』

 私が気付けなかったマスターの不調を一瞬で見抜くぐらいですから。

 そう。私なんかよりウェンディゴちゃんのほうがマスターの助けに……

「何やら沈んでいるところ悪いけど、二つ目の質問をしていいかしら?」

『あ、はい。ごめんなさい……』

 表情に出てしまっていたようです。意識して私は笑顔を浮かべた。

『なんですか? なんでも答えちゃいますよ?』

「そう。なら下着の色を教えてもらおうかしら?」

『下着ですね! 上はつけてないですけど。今日下は勇気を出して黒にしてみました!! って、なに言わせるんですか!?』

 あまりに自然すぎて思わず答えてしまいました! は、恥ずかしすぎて死ねます!!

「じゃあ次は3サイズを---」

『いやです! 答えません!!』

「あら、なんでも答えてくれるんじゃなかったの?」

『そ、それはそうですけどー』

 雪乃さんがにやにやしながら私を見ています。あの目は残酷な目です! 養豚場の豚を見るような目……じゃなくて、マスターが私に意地悪するときの目です!!

 えと、これ答えなきゃダメな空気……ですよね?

『……あ、あの、その---3サイズはですね……』

「うん。それでいいわ」

『え?』

 顔を真っ赤にしながら答えようとした私を見て、雪乃さんはくすりと微笑みました。

「あなたはそうやってあたふたしながら場を和ませてたらいいと思うわ」

『ど、どういう意味ですか?』

「自分のせいだとか、自分は何も出来ないとか……そうやって自分自身を追い詰める必要はないってことよ」

『……また顔に出てましたか?』

「ええ。とってもよくね」

『あうあうあう……』

 そんな顔してたんですか? ど、どこかに鏡はないでしょうか? 今自分がどんな顔をしているのかすごく気になります……

「あなたはそうやってバカしながら先生の傍にいてあげなさい。そして起きたら笑顔で迎えてあげればいいんじゃないのかしら? 多分、先生はそれを一番望んでると思うわ」

『……私って雪乃さんから見てもバカでしょうか?』

「ええ。可愛いおバカさんよ……羨ましいほどにね」

 そう言うと、雪乃さんは私に踵を返した。

「明日。儀式モンスター達の今後を決めるための決闘を行うわ」

『……やっぱりもう延期はできなかったんですね』

「ええ。ごめんなさい。もうこれ以上の延期は不可能だそうよ……」

 ゾークさん達の儀式モンスターの皆さんを決めるための決闘。それはマスターが意識を取り戻さないことを理由に延期していたのですが、それももう限界だったようです。

「明日の午後。私のアイドルとしてのライブの最後のイベントとして、全世界生中継で行う決闘だから、遅れは許されないわ」

『……もしその時までにマスターが目覚めなかったらどうなるんですか?』

「……そうならないことを祈るしかないわね」

 雪乃さんはあえてどうなるかを言いませんでした。バカな私でもとんでもないことになることはわかっています。多分、ゾークさんの儀式モンスター達のリーダーとしての立場が悪くなることは避けられないでしょう……

「……そうそう。もし先生が起きたらこれだけは伝えてくれる?」

『なんですか?』

「あなたの対戦相手は私だからふつうのテクの決闘なら、すぐに私にイカされちゃうわよ……って」

『わ、分かりました』

 何故でしょうか。多分決闘のことを言っているはずなのに、なんかエッチい感じがします。これも私がバカだからでしょうか?

「じゃあね……また明日会えることを祈ってるわ」

『はい。ありがとうございます雪乃さん。おかげで少し気が楽になりました』

「礼を言う必要はないわ……私にその資格はないから」

『え?』

 後半がよく聞こえませんでしたが、聞き返す間もなく雪乃さんは部屋を出て行ってしまいました。

『あれ?』

 そう言えば、忘れていましたが……

 

 

 

 

 雪乃さんは二つ目に一体何を私に聞く気だったのでしょうか?

 

 

 

 

 家から出て時間が経過した。

 今日の宿泊場所であるホテルのひと部屋にいた。

「……流石に、疲れたわね」

 ベットに仰向きに寝転がり、私は呟いた。

 家を出てからここまではかなりのハードスケジュールだった。何しろアイドルとしての顔と、ゾークの娘としての顔両方を使いわけながら、両方の仕事をこなしていたからだ。

 いくら半分が精霊の身でも疲労は濃い。

「……そう言えば、聞けなかったわね」

 忙しさのために忘れていたが、家を出る直前、先生の精霊の子猫ちゃんとの会話で私は彼女に一番大事なことを聞けなかった。

「……まあ、いいか」

 改めて冷静に考えると言わなくて正解だったと思う。それほどまでに私がしようとしていた質問は黒く、醜いものだったから……

「聞かなくてよかったのよね……」

 答える者なんて誰もいない無意味な呟き。いや、無意味ではないか。私はそう呟くことにより。自分自身を納得させようとしているのだ。

 これでいいのだ……と。

 

 

 

 

「本当にそう?」

 

 

 

 

 不意に、本当に唐突に、私以外いるはずのない部屋に、聞き覚えのない声が聞こえた。

「……誰かしら?」

 横たえていた身体を起こすと、少し離れた位置に少女がいた。

 同い年ぐらいだろうか? 制服のような服を身にまといながら、左腕に純白の決闘盤を装着している少女。

 銀髪をツインテールにした人形のように美しいその少女は感情の一切篭らない瞳で私を見て……いや、観察(・・)していた。

「私のファン……ってわけじゃないわよね?」

 無論冗談だ。

 もしファンだとしても人の部屋に気配も感じさせずに不法侵入をする人なんてごめんだが……

「……ある意味でファンかもしれない」

「え?」

 しかし冗談のつもりだったのに、少女はまさかの肯定をした。

「興味がある。あなたと彼がこの世界にどんな影響を与えるのかに……」

「……彼?」

 一体誰のことを言っているのだ?

「黒崎黒乃」

「!?」

 先生が? いや、それよりもこの子は今私の思考を!?

「分かる。そして次にあなたが私に言う台詞はこう---」

 

 

 

 

「「あなたは一体何者?」」

 

 

 

 

「っ!!」

 間違いない。この子は完全に私の思考を読んでいる!

「あなたに手伝ってもらいたい。藤原 雪乃」

「なにをかしら?」

「黒崎 黒乃という人物の可能性を私は確かめたい。だから明日彼と決闘をする際はあなたにこのデッキを使って欲しい」

 言いながら、少女はスカートのポケットからデッキを取り出した。

「うっ!!!」

 そのデッキを直視した瞬間。私は心臓を凍らされたかのような感覚を感じた。

(なに、あれは?)

 人間としての私ではない。精霊としての私が本能的にあのデッキを……あのデッキに宿る力に恐怖を覚えている。お父様と一緒に色々な精霊と会ったが、こんなことは一度もなかった。

「返答は?」

「NOよ!」

 YESというわけがない。あれはダメだ。もしあれを先生との決闘で使えば、間違いなく先生に災いが降りかかる。

「そう……なら仕方ない」

 少女は特に残念がることなくデッキをポケットにしまうと、私をまっすぐに直視した。

「なら、力づくで使わせる」

「どういう……」

「デュエルスタンバイ」

「え!?」

 少女が呟いた瞬間。世界が塗り変わった。

 瞬きの間に私はホテルの部屋ではなく白一色の何もない世界へと移動させられていた。

「あなたの決闘盤とデッキも準備した。さあ……」

 レシェフのような上位の精霊による力かと思ったが違う。それよりはむしろ……

「あなた、シュヴァルツディスクの---!!」

「勝敗を……」

「く……」

 止むを得ない!

 

 

 

 

「「決闘!!」」

 

 

 

 

  

 




次回肉まん娘VSカレー娘です

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。