「狂戦士の魂……だと?」
レシェフは戦慄していた。対戦相手である人間が使ったカードがあまりにも予想外だったからだ。
「知っているようだなこのカードの効果を?」
「ぬぅ……」
狂戦士の魂。相手に直接攻撃によって1500以下のダメージを与えた時、手札を全て墓地に送り、発動出来るカード。
「俺は今からデッキの一番上のカードをめくり、それがモンスターカードならお前に500のダメージを与え、再びこの効果を使える。この効果は連続7回まで可能だ」
「……儂のライフは残り2800」
つまり、人間が6回モンスターカードを引くことが出来れば、自らが敗北することに、レシェフは内心で舌打ちをした。
だが、同時にほくそ笑みもした。
このバカが……と
(儂の伏せているカード。これを発動すれば貴様が全てモンスターを引いても関係な……)
「速攻魔法神秘の中華鍋……か」
「!?」
瞬間レシェフの心の中の笑みが消失した。
バカな……と。
自分の伏せているカードが言い当てられたからだ。
「貴様、一体どうやって儂の伏せカードを把握した!?」
「ほお……その反応。やはりその伏せカードは神秘の中華鍋だったか」
「っ!」
にやりと笑みを浮かべる人間に、レシェフは彼が自分にカマをかけただけだということを理解した。
「いいカードだよな。相手のモンスターのコントロールを奪取するが、エンドフェイズに元に戻るあんたのデメリットを帳消しにしてくれるとても相性のいいカードだ」
「……なぜ分かった?」
相性がいいと言っても、あのように強気でカード名を言い当てたのはあの人間が何かしらの確信を持っていたからだ。
「あんたがさっき教えてくれたじゃないか」
「なんだとそんなはずは……」
「あんた自身気づいてないだろうが、あんたはさっき俺がラピッドで攻撃した時に、この程度のダメージと言いながら、自分の伏せた石版……いや伏せたカードを一瞬見た。それを見てもピンと来たんだよ。あんたが場にライフ回復のカードを伏せてるんだってな。そしてあんた大邪神レシェフ様と相性のいいカードを考えれば、神秘の中華鍋が出てきたってわけだ」
「……」
レシェフはこの時、初めて人間を見た。今までのように矮小で醜悪な存在としてではない。相対する敵として、目の前の人間を見た
「……なるほど。流石はゾークの娘が選んだ人間。少しは出来るというわけか」
「そいつはどうも。邪神様に褒めていただけるとは光栄だ。それでどうする? 発動しないか? それとも発動してエクゾディオスを生贄にしてくれるか?」
「バカか貴様は。儂は貴様の狂戦士の魂にチェーンし、神秘の中華鍋を発動し、終末の騎士を生贄に捧げ、その攻撃力1400を回復する」
レシェフLP2800→4200
これで例え、人間が7回全てモンスターをドローしても問題はない。
レシェフは再び心の中で笑みを浮かべた。
まずは作戦成功という所か……
レシェフが神秘の中華鍋を発動したのを見て、俺は内心でほっと息をついていた。
狂戦士の魂を発動はしたが、正直俺はこれで連続でモンスターを引く自信など皆無だった。
墓地を肥やすカードがDP不足のためアンロック出来なかったため、墓地肥やし兼ネタでDPが少なかったこのカードを入れた。
レシェフは神秘の中華鍋を発動したが、正直その必要はない。
おそらく引けてせいぜい3体か4体だろう。
後はこれで出来るだけシャドールを引くだけだ。
行ってみるか。
「さあ、行くぜ! まず1枚目ドロー!!」
引いたカードは---
ブラック・マジシャン・ガール
……だった。
『あ、私です!』
(……)
『え、なんですかマスター。そのお前いらんときに限ってデッキトップにいやがってこのバカ娘がっていう目は』
ほうバカ娘。読心術は学んで来たようだな。よくやった。褒美をやろう。
(墓地に全速前進する権利をやろう!!)
『ちょ、マスターひどい!?』
バニラがなにか言ってるが、当然無視。
俺はドローしたカードをレシェフに見せ、宣言する。
「俺の引いたカードはモンスターカード ブラック・マジシャン・ガール!!したがってこのカードを墓地に送り、お前に500ポイントのダメージを与える。行けラピッド!」
全てを振り切れ!! トライアルマキシマムドライブだ!!!
「更にできるようになったなマスター!!」
高速回転をするラピッドはそのままレシェフに突貫し、奴の頭を蹴りつけた。
「ぬぅ!?」
LP4200→3700
再び吹っ飛ばされるレシェフ。
だがまだだ!!
「2枚目ドロー!」
引いたカードは……
ブラック・マジシャン・ガール
……おい。俺、狂戦士の魂がなければ即死だったんじゃないか?
「モンスターカード! 俺のデッキのボケ兼バカ担当 ブラック・マジシャン・ガール!!」
『いつの間にか、不本意すぎる担当になってます私!?』
なにか雑音が聞こえるが当然ブレイクスルーだ。
「まだ終わらんよ!!」
「ぬごぉ!?」
レシェフLP3700→3200
吹っ飛ばしたレシェフの背後に回り込んだラピッドは後ろから更に強烈な一撃を与え、更にレシェフを吹っ飛ばす。
おい。これリアルダメージだけでも十分にレシェフを倒せるんじゃないのか?
「ドロー!」
3枚目のドロー!
さあそろそろこいシャドール!!
ブラック・マジシャン・ガール
(おのれバカ娘ぇぇぇぇぇ!!!)
『ご、ごめんなさいぃぃ!!』
お前は1回の決闘に何回俺の手札にくれば気が済むんだ!?
というか、本当になんだこのバカ娘のドロー率は!? もうここまで来たら精霊補正とかじゃなくて呪いレベルだぞ!
まあいい……これで狂戦士の魂の条件3回目もクリアだ。
「モンスターカード!」
『まだまだまだぁ!!!』
「ぬぐぁ!?」
レシェフLP3200→2700
何度も吹っ飛ばされているレシェフに一応見せ、俺はバカ娘を墓地に送る。
もちろんバカ娘に対する一言も忘れない。
(逝け! 死ね! 落ちろぉ!!)
『マスター!顔芸顔になってますよ!?』
「ドロー!!」
4枚目!! 引いたカードは……
よし! シャドールヘッジホックか!
「モンスターカード!!!」
『まだまだまだまだぁぁ!!』
「ぬぐぅおあぁぁ!?」
レシェフLP2700→2200
『そろそろ可哀想になって来ましたね』
(ああ……)
まったくもってその通り---
『ですよねマスター! 流石にそろそろ終わってあげ---』
(な〜んちゃって!)
『ええ!?』
なんて思うわけないだろう。バカかお前は。
慈悲など必要ない。今必要なのは甘っちょろい偽善などではないのだ。ただ全力で相手と闘うことのみ。
なので俺は---
良かれと思って、レシェフを全力で叩き潰す!!
「さあ、よからぬことを続行しようじゃねえかぁぁ!!!」
『マスター!?顔がまた顔芸になってますよ!? ちょっと小さいお子様には見せられないレベルです!?』
『さあ、よからぬことを続行しようじゃねえかぁぁ!!!』
「……」
私ルインは絶句していました。
レシェフ様と黒乃様の決闘の様子はゾーク様のお力で私達も見ていました。
怪我のことを含めて、黒乃様は苦戦は確実だと思っていましたが、蓋を開ければ今、繰り広げられているのは黒乃様の一方的な
凶悪な顔を含めてこれではどっちが邪神か分かりません。
『5枚目ドロー!! モンスターカードシャドールビーストぉぉ!!』
『ぬぐわはぁぁ!!』
メイドとして思ってはいけないことだとは思いますが、流石にこれは引きますね。いやまあ、多分誰でも引くとは思いますが---
「流石は先生。とっても素敵だわ」
って、ええ!? 雪乃お嬢様!? なんでそんなキラキラした目で黒乃様の顔芸を見てるんですか? え、嘘ですよね? 一体どこに惹かれるのですか!?
「ふ、あの姿。我の若い頃と瓜二つだな」
そしてゾーク様!? あなたも一体何を黄昏てらっしゃるんですか!?
「本当にいい男を見つけてきた。我が娘ながら鼻が高いぞ雪乃。必ずあの黒崎をものにしてみせろ」
「ええ。もしかしたらすぐに孫ができるかもしれないわよ?」
「ふ。孫の名前を考えておこう……」
というか、いつの間にか私の主たちの好感度が黒乃様の頂き知らぬ所でグングン上がってます! それになにか話の内容がとんでもないものになってます!?
色々常識を超越している主人達に私が困惑した……
その時でした。
「6枚目!!……引いたカードはトラップカード リビングデットの呼び声だ。効果は終了する」
黒乃様の
黒乃LP4000
レシェフLP1700
……ついに終わったか。やはり予想通り、モンスターは5枚が限界だった。
「ぬ、ぐ、がはぁ! ふ、ふははは!!」
傷つきながらもレシェフは笑っていた。
「残念だったなぁ。人間にしてはよくやった方だと褒めてやろう」
「しかし」とレシェフは笑った。
「もう貴様には手札がない! いくら儂のLPを削ろうと、それではもうまともに闘えまい!!」
「確かにそうだな」
手札の数だけ可能性がある……遊戯のセリフだがまさにその通り。
インフェルニティのような一部の特殊デッキを除き、手札とはプレイヤーにとって場合によってはライフ以上に貴重なものだ。
それを後攻1ターン目で0にするのは、正直に言って愚策と言ってもいい。
「これで次のターン。儂のエクゾディオスの一撃で貴様は為すすべなく粉々に砕け散---」
「なら、補充フェイズだ」
「なんだと?」
既に手札を補充する布石はうってある。
「墓地に送ったモンスターの効果発動。E・HEROシャドーミストとシャドールヘッジホック。そしてシャドールビーストの効果をそれぞれチェーン1、2、3で処理する」
「な、なんだと!?」
『ふ、ふえ? マスター。それは何の呪文ですか!?』
(チェーンは逆処理ってことだけ覚えてろ)
『はあ……』
バニラが気の抜けたような返事をする。まあ、これは仕方ない。チェーンの処理なんて慣れないと分かりづらいからな。
「チェーンの逆処理により、チェーン3の効果からスタートする。よって俺は墓地に送ったシャドールビーストの効果。このカードがカードの効果で墓地に送られたときカードを1枚ドローする……の効果で、1枚ドロー」
『ふえ?』
おいバニラよ。まさかすでに分からないのか?
「チェーン2はシャドールヘッジホック……こいつはカード効果で墓地に送られた時、デッキからシャドールモンスターを1枚手札に加えることが出来る。よってこの効果でデッキから2体目のシャドールビーストを手札に加える」
『ふええ?』
「そしてチェーン1のE・HEROシャドーミスト。こいつは墓地に送られた時、デッキからHEROモンスター1体を手札に加えることが出来る。よって俺はE・HEROエアーマンを手札に加える」
『はいマスター!!』
バニラが挙手して来やがったので、俺は答える。
(シャドーミストは狂戦士の魂発動時に手札にあったんだ)
『先読みして質問に答えられました!?』
お前の聞いてきそうなことなどお見通しだバカ。
リビングデットを伏せてもいいが……墓地にいるモンスターを出してもエクゾディオスの的になるだけだな。
……ここは温存するか。
「俺はこれでターンエンドだ」
「儂のターン。ドロー。0枚だった手札を一気に3枚に増やしたのは見事だが、それがなんになる? 儂の圧倒的優位に変わりはない! それを教えてやる!!」
レシェフの奴。少し焦り始めたか? さっきと言ってることが違うな。まあ、この状況なら誰だって動揺するか……
「儂は手札から高等儀式術を発動する!」
「……やはり入ってたか儀式の切り札」
高等儀式術
儀式魔法
手札の儀式モンスター1体を選び、
そのカードとレベルの合計が同じになるように
デッキから通常モンスターを墓地へ送る。
その後、選んだ儀式モンスター1体を特殊召喚する。
ここまで通常モンスターをデッキに投入していて儀式が主体ならむしろ入っていない方がおかしいか。
さて、何を呼ぶ気だ? レシェフ……ではないことは分かる。あれはその特性故に後に出した方が強いモンスターだからな。
「儂は手札のライカンスロープを呼ぶためにデッキからレベル3のハウンド・ドラゴンを2体を墓地に送る現れろ我が忠実なる下僕ライカンスロープ!!」
フィールドに現れたのは人口的に生み出された人狼のモンスターだった。
「こやつはただの攻撃力2400のモンスターではない。こやつが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、
自分の墓地に存在する通常モンスターの数×200ポイントダメージを相手ライフに与えることが出来る」
……なるほどな。ここまでデッキに通常モンスターを大量に入れていたのはこいつのためでもあったのか。しかも高等儀式術で通常モンスターを2体墓地に送ったことにより、エクゾディオスの攻撃力も6000まで上昇している。
中々味なコンボをしてくれる。
「行くぞ。究極封印神エクゾディオスの攻撃!! この瞬間エクゾディオスの効果発動! 攻撃時デッキからモンスター1体を墓地に送れる! 儂はデッキからサファイアドラゴンを墓地に送る!!」
「通常モンスターが再び増えたことにより、エクゾディオスの攻撃力は上昇し、更にライカンスロープの効果ダメージも上がる……か」
やれやれ攻撃力7000の一撃って、明らかなオーバーキルじゃねえか。そこまで邪神様は俺にお怒りなのか。少し挑発しすぎたようだな。
「その雑魚を蹴散らせぇい!!」
巨大化した巨人がラピッドに襲いかかる。
いやはや、こいつはまいったな。
『風属性モンスターでなければ、即死だった』
まさにその通りだ。ラピッドよ。
「この瞬間。リバースカードオープン! 速攻魔法エルシャドール・フュージョン! 自分のフィールドまたは手札からシャドール融合モンスターによって決められたモンスターを墓地に送り、シャドール融合モンスターを融合召喚する」
「なに!? 儂のターンに融合召喚だと!?」
その通りだ邪神様。
「俺はフィールドの風属性モンスターラピッド・ウォリアーと、手札のシャドール・ビーストで融合!」
さあ、うちのマスコットの登場だ!
「闇より暗き深淵の影より現れ---全てを守護する防風となれ!!」
「融合召喚!! 現れろエルシャドール・ウェンディゴ!!」
『わたし、さんじょう』
「更に融合素材に使ったシャドール・ビーストの効果でカードを1枚ドローする!」
手札も補充出来たし、今回もウェン子には守備表示で働いてもらうとしよう。
……と思っていたのだが、
『ますたー』
何故かウェン子が、お供の海豚を連れて俺の所までによってくると、手を広げた。
何故か若干甘えたそうな目でこちらを見ている気がするのは気のせいか?
「なんだ?」
ウェン子はちらりと一瞬バニラを見、そして言った。
『だっこ』
「へ?」
え? あの、俺は聞き間違えたのだろうか? 今、仮にも精霊であるモンスターになんか変なことを頼まれたような気が……
『ますたーに、だっこしてほしい』
ごめん。聞き間違えじゃなかった。
『そ、そそそそんなのダメですウェンディゴちゃん! 私だってまだしてもらってないんですよ!?』
『こういうのははやいものがち』
あれ? なんかウェン子とバニラが火花を散らし合ってる気がするのは気のせいか? うん。多分気のせいだ。そういうことにしよう。
「あー。後じゃダメかウェン子?」
『だめ。いまじゃないと。もしことわったら……』
「断ったら?」
『かってにこうげきひょうじになる』
うん。それは正直かなり困る。
「しょうがないな……」
『えぇ!? マスター! 許しちゃうんですか!?』
仕方ないだろう。ウェン子の奴、目が本気なんだから。
「さあ……これでいいか?」
『ん。ごくらく』
ウェン子の奴、バカみたいに軽いな。まあ、人形だから当たり前か。
『いいなあ。抱っこ……』
そしてバニラよ。お前は何故羨ましそうにこっちを見ている?
……あれ? 今更だが、なにか忘れているような……
「エクゾディオスの攻撃でお前の下僕ごと砕け散れ人間!!」
しまった! 今バトルフェイズ中だった!!
まずい! すぐそこまでエクゾディオスの拳が迫っている!!
「俺はウェンディゴの効果を発動! 1ターンに1度、自分のモンスター1体を指定し、そのモンスターはこのターン特殊召喚されたモンスターとの戦闘では破壊されない! 俺はこの効果でウェンディゴ自身を守る!! ウェン子!!」
『うぃんどうぉーるー』
気の抜けた声と共に、俺達の周りに風の障壁が生まれる。それにより何とかエクゾディオスの拳は止まった。
「ちい。防いだか。儂はカード1枚伏せてターンを終了する」
「おいウェン子。ターンが終わったぞ。流石にもう終わりだ」
『わかった』
意外にもウェン子は従順に従った。
そしてその意味はすぐに理解した。
『ばにらおねえちゃんにはないしょ』
離れ際、俺だけに聞こえる声でそう言うと、ウェン子は俺の左胸にそっと触れた。
すると、なんとか隠していた左胸から走る激痛が、少しだけ和らいだ。
「……ウェン子」
お前まさか、最初からこのために?
『これでちょっとは、ましだとおもう』
海豚に乗ると、ウェン子は何も言わずにモンスターフィールドに戻った。
『? マスターウェンディゴちゃんは何のことを言っていたんですか?』
「全てお見通しってわけだよ」
『?』
俺の左胸の痛みが激痛になっていたことや、それをバニラに悟らせないように無駄にテンションを上げていたことも。
「勝つぞバニラ」
『え? あ、はいマスター!』
あのエロ娘のためにも、このバカ娘のためにも、そしてうちのマスコットのためにも、俺はこの決闘負ける訳には行かない……