「まじで疲れた……」
なんとかルインの誤解を解いた俺は今、晩の食事をとるために、バカみたいに広い部屋に案内されていた。
目の前の長テーブルには庶民な俺では決して食べられないような豪華な料理が並べられている。
それはいい。
それはいい……のだが、
「……おい雪乃」
「あら、なにかしら先生?」
俺は少し離れた所にいる雪乃に1つだけ聞かなければいけないことがあった。
「もしかして食べれない物でもあったの? 好き嫌いはダメよ先生」
「違う。俺は基本的に何でも食える。それと、俺が聞きたいのはそんなことじゃない」
食事自体は問題ない。1つだけ
「後ろで俺達を瞬きもせずに見ている奴にすごい見覚えがあるのだが?」
「ああ、あの人はコックの鉄さんよ」
「いや、正直名前はどうでもいい」
問題なのは、その鉄さんがどっかのハンバーガーを召喚するための儀式魔法に描かれているコックと顔がまったく同じだということだ。
更に付け加えると、
「バー、バー、バー!!」
テーブルの上に無駄に元気よく動くハンバーガーがいるんですが?
『さあ、僕を食べるんだ!』
(なに言ってるんだバニラ?)
『いえ、そこのハンバーガーさんがそう言ってるので……』
(喋れるのかこいつ!?)
おい。余計に食いにくくなったぞ! 好き嫌いはないとはいえ、流石に生きたものをそのまま食するには抵抗がある。
「私以外は食事をとる必要がないから、いつも簡単なもので済ませるんだけど、今日は先生がいるから、鉄さんも張り切ったみたいね」
鉄さん。張り切りすぎです。まともな料理だけでいいです。モンスターは作らないで下さい。
「さあ先生。遠慮せずに召し上がれ。私のオススメはハンバーガーよ」
「お前、わざと言ってるだろ?」
「うふふ。何のことかしら?」
澄まし顔で笑う雪乃に、辟易しながら、俺はため息をつこうとしたーーー
その時だった。
「いけません。お引き取り下さい!!」
「えいどけい! 使用人の分際で儂に口出しするな!!」
ルインの大声と、それを遮るような渋いおっさんの声。
なんだ? と思っていると、俺達のいる部屋の扉がばん!と派手に開かれた。
「ゾークはどこだ!?」
部屋に入ってきたのはルインと、長身のオッサンだった。
「ゾークは! ……ほう。貴様はーーー」
怒り心頭という顔で部屋に入ってきたといのに、俺の顔を見ると、なぜかオッサンはにやりと笑った。
誰だこのオッサンは?
『マスター……あの人はモンスターの精霊です』
(分かるのか?)
『はい。それも、かなり上位の精霊です』
上位の精霊か。やれやれ、精霊のバーゲンセールだな。そろそろこの展開に慣れてきたぞ。
「父になにかご用かしら?」
座っていた椅子から立ち上がる
「礼儀も知らんのか、半精霊の未熟者が。儂に対して随分な口の聞きかたをするな雪乃」
「礼儀も知らない邪神に礼儀をつくしてなんになるのかしら?」
しかし、今回はちょっと険悪なムードだな。オッサンもだけではなく、雪乃まで嫌悪感を露にしている。
「儂を大邪神レシェフと知って、その減らず口---」
……て、ちょっと待て。レシェフだって? まさかあのオッサン、大邪神レシェフなのか?
おいおい。またとんでもないのが来やがったな。
「貴様、死にたいのか雪乃?」
「あなたこそ、竜姫神の名は伊達ではないことを思い知らされたいのかしら?」
一触即発とはまさにこのことだろう。二人が相手に向ける視線に殺気すらこもり始めた時だった。
「なにごとだ。騒々しい」
迫力あるラスボス声と共にゾークが不意に出現した。
レシェフのオッサンと雪乃の間に割って入るように、現れたゾークは、雪乃とレシェフを交互に睨む。
「双方、ここでつまらないことで争うな。せっかくの晩餐がまずくなってしまうだろう」
「……ち」
「……ごめんなさいお父様」
互いに完全に納得がいかなさそうだったが、ゾークの登場により一触即発の空気は霧散した。
「それで、我が家になんの用だレシェフよ?」
「決まっている。貴様どういうつもりだ? 我等儀式モンスター達の未来を見定めるための運命の決闘を延期するなど」
運命の決闘だと? なぜかな? 少し嫌な予感がするのだが。
「仕方があるまい。シュヴァルツを持つ決闘者、黒崎 黒乃が負傷したのだから」
って、俺? 俺のせいなのか?
「くだらん。そこの小僧が負傷しているからと言って、なんになる? そいつがくたばろうがくたばるまいが、我等には関係ない」
「あなたーーー」
「よせ雪乃」
「限界ですお父様」
憤り、瞳を黄金に輝かせる雪乃をゾークは制する。だが雪乃は首を横に振った。
「あなた、礼儀だけではなく、誇りすら知らなかったのねレシェフ」
「ほう。どういう意味だ?」
「あなたが先生を負傷させるように仕向けたということは分かってるわ。なのに、よくここにこれたものね? 恥を知りなさい」
「ふ、なんのことだ? それに儂がそれをやったという証拠はあるのか?」
「証拠はないわ。でも自信はある」
「その自信はどこから来るんだ?」
「決まってるわ。女の勘よ」
『---雪乃さんかっこいいです』
(そうだな)
根拠のない勘であそこまで自信満々だと、呆れを通り越して尊敬するな。
「ふん。くだらん貴様のような半端ものの勘など何の意味もない」
「なんですって?」
雪乃がレシェフの言った半端ものという言葉に眉をしかめる。
「そうだろう? 自分が本当は何者かすら分からない半端ものよ。貴様など、ゾークが拾っていなければ、とっくの昔に野垂れ死んでいただろう」
「……」
『え? どういう意味です?』
……なるほどそういうことか。少し前に感じた違和感は間違っていなかった。
「レシェフ。それ以上はいくらお前でも許さんぞ」
「黙れゾーク。この際だから言わせてもらうが、貴様はこの半端ものを拾ってから変わった。なんの繋がりもない偽りの親子関係などのせいで、闇の支配者であったお前は死んだ。ただの甘い奴になりさがった」
「……回りくどい言い方をやめて、ストレートに言え。何が望みだ?」
「簡単だ。今からでも遅くはない。今貴様は我ら儀式モンスター達のリーダーだが、その席を儂に譲れ。儂ならお前よりも数多くの同志達を救える」
ましてやと、レシェフは雪乃を見、鼻で笑った。
「このような正体も分からん半端ものは、すぐに消してやる」
「!!」
その瞬間、雪乃の怒りが臨界点を超えたのを確かに感じた。
『雪乃さん。手を出す気です!!』
(……の、ようだな)
やれやれ。人を手玉に取ることは得意でも、手玉にとられることにはあのエロ娘は慣れていないらしい。レシェフの挑発は明らかに、雪乃かゾークを刺激し、何らかのアクションを起こさせることだ。そのことも気がつかずにあの程度の挑発で我を忘れた雪乃はまだまだガキだ。
……もっとも
雪乃が限界を迎える前に、すでに手を出した俺はもっとガキっぽい部分があるんだろうがな。
「そうして、私は儀式モンスター達の理想卿を---むぅ!?」
レシェフのオッサンの顔にハングリーバーガーが直撃する。いやあ、我ながらナイスコントロール。見事に顔面ど真ん中だ。
『マスター!?』
「先生!?」
突然の奇行に驚いたバニラと雪乃が俺を見る。
「くくく、くはははははは! いやあ、いいねぇ。大邪神さんよ。よく似合ってるぜその顔面パック」
「貴様ぁ!! 何をしたか分かっているのかぁ!!??」
何をしたか分かっているのかって? そんなの決まってるだろう。
「ちょっとしたクッキングだよ。新メニュー『ハングリーレシェフバーガー』のな」
「もっとも」と、俺は肩をすくめて見せた。
「くそみたいな大邪神なんていう、まずい材料使ってうまい料理が出来るはずがない……悪かったな鉄さんとやら、あんたのバーガー1個無駄にしたみたいだ」
背後を見ると、鉄さんは首を横に振ってくれた。いや、それどころか、俺にぐっと親指を立てた。
「これほどの屈辱を儂に与えたのは貴様が初めてだ人間。覚悟はいいだろうな?」
「あんたこそ、覚悟はいいのか? 正直今の俺は---少しキレてる」
「デュエルスタンバイ」
ワードを唱えると、俺の左腕に精霊を封印する力を持つ決闘盤。シュヴァルツディスクが現れる。
「おい、決闘しろよ。それとも大邪神レシェフ様ともあろうお方が、人間に恐れをなして逃げるか?」
「き、きき、貴様ぁぁぁ!!!!」
「ああ、違ったか。『レシェフバーガー』様」
「許さんぞ人間んんんん!!!!!」
オッサンが光を発したかと思うと、レシェフは人間ではなく、本性であるモンスターの姿となった。
「この大邪神レシェフを愚弄した罪……その身で味わうがいい!!」
「いいだろう。ただし、お前もその身で味わうことになるぞ」
俺を怒らせることがいかに恐ろしいかをな。
というわけで黒乃は邪神様に喧嘩を売りました