「大地!!」
敗北した大地に、今までダウンしていた委員長が駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「ああ。いやあ、ダメだな。ちょっとは強くなったはず
だったのに、雪乃には全然歯がたたなかった」
「……仕方ないですよ。雪乃はアイドルであると同時にプロデュエリストでもあるんですから……」
「そうだけどよ。やっぱり悔しいものは、悔しいんだよな……」
「元気出してくださいよ大地。デッキの調整なら私がいくらでも付き合いますから」
「おう! サンキューな麗華!」
……ふむ。なんというかあれだな---
「青春ね」
『ひゃあ! 雪乃さんいつの間に!?』
「……お前、音もなく近づいてくるのはやめろ」
バニラほどでもないが、俺も少し驚かされたぞ。
「うふふ。ごめんなさい。でもどうだった先生? 私の決闘は?」
「同情したよ」
「あら、そうかしら? あれでも大地の坊やは結構頑張ったわよ? 儀式の準備を引けなかったら私の---」
「違う」
「え?」
否定した俺に、初めて雪乃は戸惑うような顔をした。
「俺が同情したのはお前にだ雪乃」
「……それって、どういう---」
「ユキノン!!」
「雪乃様!」
「すごい決闘でした!!」
意味か?と訪ねようとした雪乃を遮るように、見物人だった奴らが一気に雪乃の元に押し寄せた。
「ちょ、おい!」
当然近くにいた俺も、その餌食となり、おしくらまんじゅう状態になってしまった。
(くそがぁ! バニラ!! なんとかならないか?)
『ごめんなさい無理です! 大丈夫ですかマスター!?』
(これが大丈夫に見えるかバカ!)
超値引きセールでもやってるのかとツッコミたくなるぐらいに、押し寄せる人の波に雪乃がどれほど人気なアイドルなのかということを、再認識させられた。
「くそ。いくらなんでもお前らいい加減に---!!」
瞬間叫ぼうとした俺の胸にドスっと衝撃が走った。
『マスター!?』
「な、に?」
見る。すると、左胸……ちょうど心臓の部分に、ナイフが突きたっていた。
刺されたのだということに気がついた。
誰に?
「ふ、ふひひ……」
前に脂ぎった顔の男がいる。狂ったように笑っている。
ああ、こいつか……と。ぼんやりと思った。
「ユキノンは僕のお嫁さんになるんだよ~! なのにさあ、二人の愛を邪魔しないでよね!! ふひひ、ふひはははははははは!!!」
『マスター!! しっかりしてください!! マスター!!!』
バニラの悲鳴を最後に俺の意識は闇に堕ちていった……
『マスター!?』
悲鳴が聞こえた。あの子の---バニラの声。
そちらに目を向け、そして私は正気を失った。
先生が、刺されていた。
「っ!? どきなさい!!!」
近くにいるファンを押しのけ、先生の元に駆け寄る。
「先生!!」
地面に倒れようとしている先生の身体を抱きとめる。
顔色が悪い。血が止まらない。まぶたを開かない。
当たり前なそのことが、私を凍りつかせる。
「ふひ? ユキノンなにしてるの? 君の好きなのは僕だろう? そんな男のことなんか気にせずに---」
刺した相手……見るのも汚らわしい男が何か雑音を発している。
私は躊躇わなかった。
「死になさい」
自分の中にある精霊の力を呼び起こす。あの男……いや、あのクズを殺すための力を行使---
『なにやってるんですか雪乃さん!』
しようとしたのを、バニラによって止められた。
「どういうつもり!?」
こいつは先生を刺したのだ。ならばそれ相応の報いを受けさせるのは当然のことのはずだ!
『今はそんなことよりもマスターのことです!!』
!! そうであった。怒りのせいで最も重要なことを忘れるところだった。
こんなクズを相手にしている暇はない。
「……おいなんだよ。どうして僕を無視するんだよ?」
「……」
「おい!! 聞いてるのか!? 藤原 雪乃!!」
「……」
「こっちを向け!!!!!!」
クズがこちらに襲いかかろうとしている。だがそんなことはどうでもいい。
精霊の力は全て先生に使う。
回復。治療。なんだって言い。それ以外のことは全て些事。
絶対に先生を死なせたりしない。
だってこの人は、やっと見つけた。私の---
「そこまでですよ下郎」
「ぶひ!?」
と、襲いかかろうとしてたクズが背後から首筋に手刀を入れられ、崩れ落ちる。
見ると、そこには私がよく見知ったメイド服の身を包む女性がいた。
「ルイン!!」
「すみませんお嬢様。お迎えに上がるのが少し遅れてしまいました」
頭を下げるのは私の家に仕えるメイド長。ルインがいた。
「そんなことはどうでもいいの!! お願い!!! 先生を---」
「かしこまりました」
すっとルインが先生の胸に手を当てると、あれほど出ていた血が止まった。
流石はルインだ。私の家に仕える精霊の中でも彼女ほど、回復の力を使いこなせる者はいないだろう。
今日の迎えがルインで本当に良かったと、私はほっと息を一つついた。
「応急処置はしました。車を近くに停めていますので、そこまで運びます」
「ええ」
「それと、この男性を刺した下郎も一緒に運びますが、よろしいですね?」
「どうしてよ!?」
先生を刺した奴なんて、顔も見たくないのに、どうして車に運ぶ必要があるの!?
「聞き分けてくださいお嬢様。これはレシェフの策略の可能性が高い……そのためには。あの下郎を調べる必要があります」
「…………分かったわ」
渋々、本当に渋々私は頷いた。
「ではお嬢様。この場の後始末をお願いします」
「ええ……」
あたりはパニックに陥っている。人が刺されたのだから当然だ。
だがこの場にいる者には悪いが、その記憶は消去させてもらう。
その為にーーー
「この場で起きたことを---全て忘れなさい」
私は精霊の力を行使した。
はい。精霊の力はたとえ心臓にナイフが刺さったとしても、応急処置が可能なのです。