GXの世界
『マスター起きてください』
「う……」
頭ががんがんする。気持ち悪い。乗り物酔いした感じに似た吐き気すら感じる。
「彼は大丈夫?」
『世界を初めて飛んだんですからその分疲労しているんだと思います』
「そっか……悪いことをしちゃったね」
『……はい』
何かよくわからんが俺が原因で空気が悪くなろうとしているみたいだ。流石にそれは無視できずに、俺は目を開いた。
まず目に飛び込んできたのは大きな胸だ。素晴らしいほどの巨乳を俺は下から見上げていた。どうやら、俺はベンチの上に寝かされ、更に膝枕をされているらしい。
『あ、おはようございます!』
「……おえ」
うわぁ。てっきり美人で優しいお姉さんが介抱してくれてると思ったのに、なんだよお前かよ電波バカ娘。ないわー。
『ちょ、女の子の顔を見るなり、おえってなんですか、おえって!』
「おぼ」
『おぼも止めて下さい!』
「ひでぶ!」
『私は世紀末みたいな顔してません!!』
こいつ、テンション高いな。一々ボケにツッコミを返すその芸人根性と相まって、完全なネタキャラだ。
「どうやら、もう二人は仲良くやっていけそうだね」
「あ?」
くすくすと忍び笑いを漏らしたのは、ベンチの近くで立っている男だった。
だが……
「な!? あんたは!?」
はっきり言って奇抜でしかない独特のヘアースタイル。そして腕に巻かれたチェーン。間違いないこの男は……
「あんた、武藤 遊戯か!?」
間違いない。遊戯王の初代主人公であり、今だに歴代主人公で最強の決闘者---武藤 遊戯。
その男が、俺のすぐ近くにいた。
「僕を知ってるの?」
「当たり前だ」
遊戯王を知っている人間であんたを知らない人間などいない。
「どういうことだ? あんたがなんで現実にいる?」
「現実……か。ガールに聞いたけど、君の世界じゃあ、僕はフィクションの人間だそうだね」
困ったように笑う遊戯に、俺は首をかしげた。
「待ってくれ。まるで俺が今、別の世界にいるみたいな言いかただな」
半笑いで言った俺だが、遊戯とバカ娘が共に気まずそうに顔を見合わせた。
『すいませんマスター。その通りです。ここは、あなたがいた世界とは別の世界ーーーマスターに分かりやすく説明するなら、アニメの遊戯王GXの世界です』
そして恐る恐るバカ娘がとんでもないことを言いやがった。
「何……だと?」
GXってあれだよな? HERO使いのガッチャマンが、デュエルアカデミアでカードの精霊たちと一緒に三幻魔じじいとか、顔芸お兄さんとか、ヤンデレとかと戦う話だったよな?
普通なら馬鹿馬鹿しい話だと言い切る非現実な話だが……
「俺はモリンフェン様を召喚!」
「なに!? たった1ターンでモリンフェンを召喚するだと!?」
あっちでさ。すごーく見覚えのある機械を腕につけてデュエルしてる奴らがいるんだよ。しかも、ソリッドビジョンとして、モリンフェンがちゃっかり召喚されてるし……
こんなもの見せられたら、異世界に来たという馬鹿馬鹿しい話の方が、むしろ信じられる。
「あー。それで、まあ、仮にも百歩譲ってこの世界が、 俺の生きていた世界とは別の世界とする。だが、なんで俺がここにいるんだ?」
「それは……君に頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
なんだ? いきなり、闇のゲームをやろうZE★とかならごめんだぞ。あ、でもあれはATMのほうか。こっちは表人格と言われた遊戯の方だから、そこまで害はないか……
『マスター。お願いします。私にあなたの力を貸してください!』
「断る」
『即答されました!?』
むしろ危険なのは、このバカ娘の方だ。
『も、もしかして、マスターまだ私のことをちょっと頭がアレな人だと思ってるんですか?』
「いや、その姿と今までの話を聞いていると、お前がブラマジガールだというのは、なんとなく察しがつく。だからこそ余計に、断る」
BMGの頼みごとなんてはっきり言ってロクなことがない。アニメ遊戯王でもダーツ編で王様達に「世界を救ってください!」なんていう無茶ぶりを平気でする奴だ。一般人の俺がそんなとんでもないお願いに付き合えるわけがない。
『お願いします。お師匠さまを見つけるには、あなたの力が必要なんですよ!』
そういえば、先程も似たようなことを言っていたなこいつ。
「なんだよ。お師匠さまが突然世界から消えたりでもしたのか?」
冗談半分で言ってみる。新シリーズになったら、必ず何かが世界から消えるとか、そういうノリは遊戯王ではなく、ヴァン●ードのノリだ。
『その通りです……』
しょんぼりと俯くバカ娘。え、まさか本当に? 遊戯の方を見ると、彼も悔しそうな顔でゆっくりと頷いた。
「黒乃君。ガールが言っていることは本当だ。今、あらゆる世界からブラックマジシャンが消えている」
何を馬鹿なと、言えないほどに遊戯の顔は真剣だった。
「ガールは色々な異世界に行き、ブラックマジシャンを探したけど、どこの世界もブラックマジシャンなんてカードは存在しなくなっていた」
「おいおい。じゃあ、何か? 存在がないってことは誰もブラックマジシャンを知らないっていうことか?」
「そうだよ」
な、なんつー超展開だ。劇場版遊戯王もびっくりなふざけた設定だ。遊戯王の代名詞たるブラックマジシャンがいない世界……カードゲーマーの俺としてはありえないことだ。
「……待て。じゃあ、なんで俺は覚えてるんだ?」
誰も知らないはずのブラックマジシャンのカードを、何故俺は知っている? もしかして俺の世界では、ブラックマジシャンは消えていなかったのか?
『いいえ。マスター---あの世界でもお師匠様はすでにいませんでした』
「じゃあ、なんで俺だけ?」
『理由は分かりません。でも、あなたは他の人とは違う何かを感じます。その証拠に、存在しなかったはずのお師匠さまの名前をあなたは口に出すことができました』
あなたは特別なんですと、バカ娘は言った。
「おいおい。俺なんかより、遊戯の方が特別だろう」
なんてたって主人公だし。
「……残念ながら、黒乃君。僕も『特別』じゃない。普通の人達と同じだ」
「は? どういう意味だよ?」
「そのままの意味さ。こうして話している間も、ブラックマジシャンのことを忘れそうになっている」
「な!?」
おいおい、ブラックマジシャンの使い手で、彼を一番理解し、信頼していた武藤 遊戯でさえ忘れそうになってるってのか?
「だからこそ黒乃君。今、各世界で何が起こってるのかは正直見当も付かないけど、これだけは言える。ブラックマジシャンとガールを助けられるのは君だけだ」
「……」
そんなことを言われてもな。俺はつい数刻前まで本当にただのカード好きな一般人だったんだ。いきなり救世主みたいな扱いされても、正直困るだけだ。
「勿論、どうするかは君の自由だ。僕もガールも最終的な君の判断には何も介入しない」
「……ああ」
ただ静かに頷くしかなかった。
「だけど黒乃君。その判断をするためにも、君にはある所へ向かって欲しい」
「あるところ?」
「ああ。きっとそこ行けば君は自分の進むべき道を決められるはずだよ」
場所はガールが知ってると言われたので、俺はガールの案内の元、そのある所とやらに向かっていた。
そう。向かっているはずだったのだ……
『あ、あわわわわ……』
俺の前にはオロオロと周りを見回すバカ娘。その様子は紛れもなく---
「お前、道に迷ったな」
『ぎ、ぎくっ!』
分かりやすく、びくりと肩を震わせたバカ娘に、俺はため息をつくしかなかった。
「なんとなく分かってたさ。お前が残念系キャラだっていうことぐらいはな。だが、いくらなんでもこれはダメすぎるだろ」
『あうう……力不足でした』
「あーん? 力及ばずで失敗しましただ~~~? 許してやらないよ!!」
『そこは許してくださいよ!?』
うるさい。だがまじでどうするんだ? この異世界での自分がどうするかの方針を決めるために、遊戯が言ったある所とやらには行きたかったんだが、これでは---
「うわああああ!! どいてくれどいてくれ!!」
「あ?」
後ろから何かが猛烈な勢いで近づいてくる。それを理解したが、気づいたときにはもう手遅れだった。
『マスター!?』
ぶつかるが、頑丈さには自信がある俺はびくともせず、逆にぶつかってきた相手が倒れる。
「悪い。大丈夫か?」
「いや、前を見ていなかった俺が悪いんだ。ああ、でもまたカードがばらけちまった」
「拾うのを手伝うぞ」
ぶつかった拍子に、デッキケースでも落としたのか、地面には何枚かのカードが落ちていた。
「ん?」
その一枚を拾った時、何か違和感を感じた。かちりと、欠けていたピースの一つがはまったような奇妙な感覚 。
気のせいだと頭を振ろうとした俺の目が、『それ』を捉えた。
『クリクリ~』
「......」
空に浮かぶ、天使の羽を生やした毛玉。きっと初見ならそいつを一言で表現するなら誰もがこういうだろう。
だが俺はその毛玉の名を知っていた。
「ハネクリボー......」
「ん? ああ、そのカードさっき貰ったんだ」
そして、そのカードを落とした少年はすなわちーーーーーー
「遊城 十代......」
「ん、何で、俺の名前知ってんだ?」
これが、俺の初めての異世界での初となる『主人公』との出会いだった。