存在しないはずの竜の姫
「……ん」
身体が鉛のように重い。生まれてこの方、こんな疲労を感じたことがない。
意識は覚醒しかけているというのに、したくない。まだこのまどろみの中にいたい。そんな気持ちになる。
近くに柔らかくてスベスベした物があった為に、抱き寄せる。
「あら……意外と大胆ね。先生?」
まどろみの中にいたい……なんていう気持ちは一瞬で吹っ飛んだ。
恐る恐る目を開く。
そこには雪乃がいた。
「……なんで服着てないんだ?」
ただし全裸で。一応近くにあったシーツとかで大事な所は隠れているが、これは目のやりどころに困る。
「私、寝るときは服着ない主義なの」
「痴女かお前は」
普通男が隣にいるのに、服着ずに寝るか? 襲われたらどうする?
「先生だからしたのよ。それに襲ってくれるのかしら?」
「ナチュラルに人の心を読むな」
ため息を付き、辺りを見ると……なるほど。ここは、あのホテルのスイートルームの寝室か。キングサイズのベットに俺たちは横になっていた。
……というか、よく見たら俺も服着てないじゃないですかヤダー
それにしても、窓から入る朝の日差しが眩しいな。
HAHAHAHA……
「って、完全にアウトな状況じゃねえかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「いいノリツッコミね。感動的だわ。でも先生。既に手遅れよ」
「うるさい黙れ、エロ娘。一体これはどういうことだ!?」
昨日ベストロウリィとの決闘が終わった後に、気を失ったところまでは覚えている……だが、その後のことの記憶がない。
というか、どうなったらこういう状況になる!?
まるで意味が分からんぞ!!!!
「あら先生覚えてないの? 昨日はあんなに激しく求めあったのに? 私の全てを奪ったのに?」
「嘘をつくんじゃねえ! 昨日完全に俺は気を失ってたからな! 後、もし奪われたとしたら、俺の方だからな!!」
「ふふふ……」
「そこで意味深に笑うな!?」
な、なんとか真実を確かめる術は---
は! そうだバカ娘だ!
「来い! バニラ!!」
『ふえ? ふわあー。マスターおはようございますー』
駄目元で呼んでみると、近くにバニラが出てきた。
よし。こいつなら真実を---
『え?』
あれ? おいなんだバカ娘よ。そのナチュラルな戸惑いのリアクションは? そして何故顔面蒼白になる?
『き、き、昨日はお楽しみでした……か?』
バカ娘よ。お前も真実は知らないんだな……
とりあえず、落ち着くことに成功した。
ベットの脇に置いてあった自分の服を着て、俺はスイートルームの無駄に高いソファーに座っていた。
ちなみに雪乃は部屋に備え付けのシャワーを浴びている。
「先生も一緒に入る?」とかアホなことぬかしやがったので、無視してやった。
「それで? とりあえず俺をここまで運んで魔法で壊れた窓とか、人間の記憶とかを改竄した所で、お前も寝てしまったと?」
『は、はい……』
バニラが知っていることを全部聞き終わると、俺は天井を仰ぎ見た。
ああ、結局真実は闇の中ってわけか……いや、多分大丈夫だよな? だってこれ遊戯王の世界だぜ? そんな展開には流石にならないよな?
「ハハハ……」
『マ、マスターが死んだ魚のような目で力なく笑ってます!?』
「大丈夫だ。問題ない」
『マスターしっかりしてください! そうだ! テレビ! テレビをつけてみましょうマスター!!』
そ、そうだな。スイートルームのバカにでかいテレビ。これでもつけて液晶画面でも見ていれば少しは気が紛れるだろうよ!
『次のニュースです。昨夜、空から突然10円玉と100円玉が落ちてくるという事件が---』
ピ! 一瞬でチャンネルを変え、テレビの電源を落とした。
「バニラよ。何か見たか?」
『い、いいえ! 何もみませんでした!!』
そうだよな。俺たちは何も見なかった。
ちょっとした手違いがあっただけだ。やり直そう。
『マスターしっかりしてください! そうだ! テレビ! テレビをつけてみましょうマスター!!』
そ、そうだな。スイートルームのバカにでかいテレビ。これでもつけて液晶画面でも見ていれば少しは気が紛れるだろうよ!
『次のニュースです。アイドルの藤原雪乃さんの熱愛が発覚しました。宿泊に利用されている高級ホテルに、男性と一緒に入っていく所が目撃されました。これがその写真です』
「もう絶対にテレビなんて見ねえぞ!! こんちくしょうがぁ!!!!」
『お、落ち着いてくださいマスター!!』
うるさい! 落ち着いてられるか!! さっきの写真完全に俺の顔が写されてたぞ? モザイクつけろよ。モザイク!! 訴えるぞ!!
てか……これ完全にアウトだよな!? 異世界来て一日目でなんか俺とんでもなく追い詰められてるよな!?
「ふう。すっきりしたわ。あら、先生。随分楽しそうだけど、面白い番組でもやってるの?」
と、全ての元凶であるエロ娘がシャワーを終えたのか、バスローブというこれまた、エロい格好で出てきやがった。
「何も面白くねえよ。お前、大変なことになってるぞ?」
テレビのニュースを指差すと、
「あらあら……」
雪乃は俺のすぐ隣に腰掛けると、愉快そうに笑った。
「昨日情報を上げたのに、もうニュースにしたのね」
「って、情報元はお前かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!????」
落ち着こう。とりあえず落ち着こう。何がなんでも落ち着こう。
『マスター!? 怒りのせいか、すごい顔芸になってるですけど大丈夫ですか!?』
「大丈夫だよ。問題ねえよ。どんな装備でも俺はいけるよ」
「絶賛錯乱中ね……」
「お前のせいでな!!」
ソファーに座り、俺の肩に頭を乗せる雪乃を俺は睨みつけた。
「お前には聞きたいことが山ほどあるんだが、そろそろちゃんと答えてくれるんだろうな?」
「スリーサイズは……」
「誰も聞いてねえよ!」
あかん。頭が痛くなってきた。こいつと話してると終始ペースが乱される。
「そう怖い顔しないで先生。ほら、なんでも答えてあげるわよ。な・ん・で・もね?」
「とりあえず俺の身体をまさぐるのはやめて貰えませんかね?」
後、この近い距離をなんとかして欲しい。別に劣情を感じたりはしないが、流石に落ち着いて会話できないぞ。
「さて、まずは何を聞きたいのかしら?」
「おい、華麗に無視すんな」
「ちなみに、質問は1日3つよ」
「なに?」
どういうつもりだこのエロ娘?
「簡単に教えたらつまらないでしょう?」
「俺は今すぐお前から離れたいんだが……」
「一文無しで行くあてなんてないのに?」
「……」
それを言われると痛い。確かに現在俺は金が一銭もない。ここから出て行っても多分、厳しい生活が待っているだろうな。
……待てよ。ここは遊戯王の世界だ。裏決闘とかで、金を稼ぐという裏ワザがあるではないか。
それなら---
……嫌、ダメだ。さっきのニュースで俺の顔は完全に世間に知れ渡ってしまった。裏決闘なんか出来るわけないよな。
「うふふ……」
---まさかこれも見越して、マスコミに情報をリークしたのかこのエロ娘は!? いや、流石に俺1人を手に入れるためにそこまでしないだろう。
……しない……よな?
「……まずはお前に今日の分の質問をすることにする」
「どうぞ。優しくしてね?」
一々気にしたらキリがないので、雪乃のセリフにツッコミを入れるのはなしだ。
「バニラから聞いたが、お前精霊と人間のハーフらしいな?」
「ええ、そうよ。信じるの? 私が言うのもなんだけど、バカみたいな話だとは思うけど」
「信じるしかないだろう」
ここは遊戯王GXの世界。正直なんでもありなとんでもない世界だ……事実、異世界来て、一日目に天空で決闘するはめになったしな。
「そう……ありがとう」
何故か、そこで雪乃は少し嬉しそうに微笑んだが、とりあえず気付かなかったことにした。今は質問することの方が大事だからな。
「そこでお前に聞きたいのは、お前が何の精霊なのかだ」
「私もそこのマジシャンの子猫ちゃんと同じで、何かのモンスターの精霊だというの? 半分人間なのよ?」
「半分は精霊だろ? ならおかしくない」
それに、バカ娘が言っていたが、こいつは翼を背中から出して空を飛んでいたという。どう考えてもまともな人間とは思い難い。
「うふふ……流石は先生。怖いくらいの洞察力だわ」
「……胸を押し付けるな。それで? 何の精霊なんだ?」
「うふふ。聞くまでもなく、先生なら分かるんじゃないの?」
「……」
雪乃の言う通り、見当はついている。
ベストロウリィが言った竜の姫というキーワード。その言葉で真っ先に俺の頭にはあるモンスターが思い浮かんだ。
だが、そのカードはこの世界に存在しないカード。
だから確かめたかった。もし、俺の思い描いているモンスターが正しいのなら、この世界はただの『遊戯王GX』の世界ではなくなるからだ。
「少しずつ言ってみて。あなたが思い描いている私の姿を」
……面倒だが、仕方ない
「……レベル6」
「正解」
「光属性」
「正解」
「ドラゴン族」
「正解」
「儀式モンスター」
「正解♫」
「名は---」
「竜姫神サフィラ」
「大正解♫」
存在しないはずのモンスターの一面を持つ少女は、瞳を黄金に輝かせながら本当に嬉しそうに頷いた。
そう。ゆきのんの正体はみんな大好きサフィラさんだったのだ!!