1つの決闘に決着が着こうとしている。
互いに持てる戦略を全て発揮し、カードも使った。
後はたった1枚のドローで全てが決まるだろう。
「さあ、先生。もっと、もっとよ……」
雪乃は魅せられていた。黒乃の決闘に、その存在の全てを引き込まれていた。
もしこの決闘を黒乃が勝つことが出来たのなら---
「もっと、私を夢中にさせて?」
この身の全てを捧げてもいいかもしれない。
「……」
引いたカードを確認する。それは正しくこの決闘に決着をつけるに相応しいカードだった。
「剣闘獣ベストロウリィ」
あえて、フルネームで呼ぶ。それが必要だと思ったからだ。
「なんだ? 黒崎 黒乃」
「俺の勝ちだ」
この決闘で死力を尽くした相手に対してのせめてもの礼儀として。
「そうか……ならば、来い!!」
「ああ……」
行くぞ。
「俺は手札から融合を発動する!!」
「手札のフェザーマン2体で手札融合!」
風が吹いた。この天空の決闘の中で間違いなく一番大きな風が。
「再び、フィールドを疾風の如く駆け抜けろ!」
「 E・HERO Great TORNADO 見参!!」
「TORNADOの効果が発動し、ヘラクレイノスの攻撃力は1500まで落ちる。お前のLPは僅か400……これで攻撃力2800のTORNADOで攻撃すれば---」
「私の敗北だな」
「見事」と、ベストロウリィは両手を大きく広げた。
「来い。その一撃。ヘラクレイノスと共にこの身で受けよう!!」
「いい覚悟だ……」
そしていい決闘だった。
「Great TORNADOで攻撃! シュトルムウントドラング!!」
「消えた!?」
姿を消したTORNADOに目を見開くベストロウリィ。
「違うな」
消えたのではない。
その証拠にTORNADOはベストロウリィの背後で背中を向けている。
同時に、ヘラクレイノスが真っ二つに割かれる。
そう。TORNADOは消えたのではない。
「駆け抜けただけだ」
フィールドを疾風の如く……
ベストロウリィLP400→0
「満足だ……」
決闘が終わり、ベストロウリィは満ち足りた顔で深く頷いた。
「我らを従える力を持つシュヴァルツディスクを人間などには渡せない……そう思ってはいたが、黒乃。お前ならば我らの未来を託してもいいかもしれない」
「何を言っている?」
シュバルツディスク……俺が今つけているこの決闘盤を手に入れるために、ベストロウリィが雪乃の所に殴り込みに来たのは分かる。
だが、一体この決闘盤はなんなのだ? モンスターを実体化させるだけで異常なのに、先程の決闘中に俺が召喚したモンスターの中にはウェン子のように、あまりにも個性が強すぎる奴もいた。
『そのシュヴァルツディスクには、数多ものモンスターが封印されてるわ。その力を借りることが出来れば、あなたは助かるわ』
まさか本当にこの決闘盤の中にはモンスター達が封印されているというのか?
『キャプチャーを開始します』
不意に、頭の中に機械的な声が聞こえた。
「なに?」
キャプチャーとはなんだ。なんのことを言っている?
「おい、ベストロウ---!?」
ベストロウリィに目を向け---俺はすぐに目を見開いた。
「ふ……どうやら、時間切れのようだ」
ベストロウリィの身体が、霞のように消えようとしていたからだ。
「おい! どうなってる!?」
「別に驚くことはない。その決闘盤で精霊と決闘し、勝利した場合、敗者の精霊はその決闘盤に封印される……それがルールだ」
「なんだと!?」
そんなこと聞いてないぞ!
「おい、なんとかならないのか!?」
「そう焦らなくてもいい。封印されるだけであって、死ぬわけではない。ただその決闘盤でお前の操るモンスターの1体となるだけだ」
「……それはおかしいだろう」
「そうでもないさ。我らモンスターにとっての存在意義は主となる者に使役してもらうこと……本来の目的である剣闘獣の同志達をそのシュヴァルツから解放するという悲願は達成出来なかったが、これもまた---モンスターの結末としては正しいのかもしれない」
「……ふざけんな」
なに勝手に満足しているんだ?
「それって結局、諦めるってことだろう?」
「そうなるな……」
ベストロウリィは力なく笑った。
俺はその事に怒りが湧き上がった。
そうじゃないだろう。
封印された仲間を助けたいと思って何が悪い?
あいつは---ベストロウリィはバカ娘と一緒だ。
仲間を助けるために、きっとここまで孤独と戦ってきたのだろう。
そんな奴が封印された仲間を助けたいと思って何が悪い?
間違ってるのは、この馬鹿げた呪われたポンコツ決闘盤だ。
「おい、シュヴァルツ。あいつを封印するのをやめろ」
言ってみる。駄目元で……ではない。何故かこのポンコツと通じるという確信が俺にはあった。
『キャプチャーを中止しますか?』
頭の中に聞こえていた声に、俺は即答した。
「中止だ」
『了解しました』
「な……!?」
俺が言うと同時に、再びベストロウリィの身体は実体を取り戻した。
「黒乃。何故---!」
「少し黙ってろ」
まだやることがある。
「シュヴァルツ……この決闘盤に封印されている全ての剣闘獣を解放しろ」
「黒乃!?」
ベストロウリィが驚愕するが、無視だ。今は忙しい。
『推奨出来ません。戦力の大幅なダウン。DPの激減……マスターにメリットはありません』
「出来るんだな? だったらさっさとやれポンコツ」
『最終確認です。本当によろし……』
「くどい」
『……了解しました』
途端に、決闘盤からカードが何枚も飛び出す。それらは、俺の周りで一周だけすると、全てベストロウリィの元に向かった。
「これで、お前の悲願は達成しただろう?」
問うと、ベストロウリィは分からないと言う風に首を横に振った。
「何故だ? こんなことをして、お前に何のメリットが、ある?」
「あん?」
メリットねえ……確かに特にないな。
だがデメリットは回避出来る。
「生憎、俺には馬鹿でやかましくて間抜けな精霊が既にいるんでな。正直こいつの面倒見るだけで精一杯だわ」
『マスター! それってもしかして私のことですか?』
「おう。分かったかバカ娘」
『ひどすぎますー!!』
ぎゃあぎゃあ喚くバニラを無視して、ベストロウリィに向き直る。
「てなわけで、剣闘獣の面倒まで見切れないんだよ。勝手にしてくれ」
「……」
「……ああ、でも1つだけ---」
呆気に取られた顔。鳩が豆鉄砲を食らった……そんな顔をしているベストロウリィに俺は笑いながら言った。
「また俺と決闘してくれ。お前との決闘は中々に面白かったぞ」
ベストロウリィは何も言えなかった。
ただ全てが幻のように思えた。ずっと夢見てきた仲間を封印から解放するという悲願……それを果たせただけでなく、自分を戦士---否、決闘者として認めてくれる好敵手に出会えたのだから。
多くの言葉は必要ない。
おそらく、必要なのはたった一言でいい。
なのでベストロウリィは深く頷き、たった一言必要な言葉だけを紡いだ。
「承知した」