「一撃、必殺侍……だと?」
フィールドに現れた槍を持った小さな侍に、ベストロウリィの表情が変わった。どうやらこいつの効果を知っているらしい。博識なことだ。
「こいつはステータスこそ貧弱だが、バトルする時、コイントスをし、俺がコインの裏表を宣言。もし、それが当たっていたら、バトルを行った相手を効果で破壊するギャンブルカード」
「外れた場合はそのまま戦闘……だが、君の場にはスピリットバリア。そしてウェンディゴがいる」
スピリットバリアにより戦闘ダメージは全て0。ウェンディゴにより、戦闘破壊耐性を付与出来る。この絶望デッキでの限界レベルのコンボだ。
「その通り。まあ、はっきり言って地味すぎるコンボだが、お前のその苦しそうな顔を見ると、これで十分みたいだな。バトルフェイズに入る前に、ウェンディゴの効果発動。戦闘破壊耐性を侍に付与する」
「うむ……」
さて、このままバトルと行きたいのだが、弱ったな。肝心のコインを持っていないぞ。いや、持っていたとしても、この天空ではまともにコイントスなんて出来そうにないが……
『主』
ん? 今、なんか渋めの男の声が……
見ると。一撃必殺侍がこちらを見ていた。
『問題ない』
そう言うと、侍は懐から10円玉を1枚取り出した。
……どこから突っ込んだらいいのだろうか? ま、まあいい。でかしたぞ侍。
「このままバトルフェイズに入り、一撃必殺侍でヘラクレイノスに攻撃。効果を発動するが、どうする?」
「ならば私は伏せカードを発動禁じられた聖衣……これをヘラクレイノスに使用する」
禁じられた聖衣---攻撃力を600下げる代わりにそのターンカードの効果の対象にならない効果と、破壊効果を受けない効果を付与する汎用性の高い速攻魔法……
これでコイントスが当たろうが、当たるまいがこのターンヘラクレイノスは破壊出来ないな……
「効果を処理する。コイントスだが、コインは侍の持ってる硬貨で行う。10の数字がある方が表でいいな?」
「……よかろう」
「なら、コイントスだ」
俺の指示を受け、一撃必殺侍が10円の硬貨を指で弾く。
宙を舞う1枚の10円玉。それを侍は手の甲で受け止め---
られなかった。
「……」
「……」
『……』
『……おちた』
『……無念』
落ちていく10円硬貨を目で追いながら、何とも言えない気まずさを共感する俺達。
おい、どうするよこの空気。
「やり直しを要求していいか?」
「よかろう」
ベストロウリィの返答は早かった。なんだろうな。実はあいつ凄くいい奴なんじゃないかなって思えてきたぞ?
『主』
今度は懐から100円玉を取り出す侍。俺は無言で頷いた。
「100円の数字がある方が表だ。コイントス!」
俺の指示を受け、一撃必殺侍が100円の硬貨を指で弾く。
宙を舞う1枚の100円玉。それを侍は手の甲で受け止め---
られなかった。
「……」
「……」
『……』
『……またおちた』
『……無念』
落ちていく100円硬貨を目で追いながら、再び何とも言えない気まずさを共感する俺達。
おい、いい加減にしろよ。シリアスな雰囲気だったのに、完全に台無しじゃねえか。
「……やり直しを、要求していいか?」
「よかろう。慌てずゆっくりやれ」
ベストロウリィの返答は優しかった。クソ! お前絶対いい奴だろ!! もうクソ鳥なんて言わねえぞ!
『主』
今度は懐から500円玉を取り出す侍。おい待て。それはダメだ。そんなことやっちゃいけない。気のせいか侍の手も震えている。俺は無言で首を横に振った。
もうこれ以上お前が闘う必要はない。
「バニラ、お前がコイントスしろ」
『ふええ!? わ、私ですか!?』
指名されるとは思わなかったのだろう。かなり慌てるバニラ。
「この風の中じゃ、精霊の奴しかコイントスは出来ない。なら、順当に行ったら次はお前だろう」
『え、た、確かにそうかもしれませんけど……落としても怒りませんよねマスター?』
「別に? とりあえずお前の闇行きが決定するだけだな」
『めっちゃくちゃ怒るんじゃないですか!?』
「うるさい。はやくやれ」
『理不尽です~』
とか言いながら、ちゃんと侍から500円玉を受け取るのだから……まあ、従順さは評価してやろう。
「500の数字がある方が表だ。行くぞコイントス!」
『はい!!』
宙を舞う1枚の500円玉。それをバニラは手の甲で---オタオタしながらもキャッチした。
『やりました!!』
「見事だ……」
大はしゃぎするバニラにうんうんと頷くベストロウリィを見て、なんというか、もう、敵でいるのが辛くなってきた。
「俺は表を宣言する」
さて。長くなったがようやく効果を処理できる。まあ、聖衣のせいで意味はないがな。
『コインは---裏です!』
「むぅ……」
外れだったか。しかし相手のカードを1枚使わせただけで儲けものか。
「俺はカードを1枚伏せ、ターンを終了する」
クロノ
LP4000
手札1枚
ブラック・マジシャン・ガール (攻/2000 守/1700) 攻撃表示
エルシャドール・ウェンディゴ (攻/200 守/2800) 守備表示
一撃必殺侍 (攻/1200 守/1200) 攻撃表示
伏せカード 4
永続トラップ スピリットバリア
ベストロウリィ
LP2000
手札2枚
剣闘獣ヘラクレイノス (攻/3000 守/2800) 攻撃表示
「全て伏せたか。ならば私のターンだ。ドロー!!」
さて、どう来るか? 今の俺のフィールドはベストロウリィのデッキでは少々突破しづらいフィールドのはすだ。奴の残りライフは僅か半分---通常召喚したモンスターで俺のモンスターどれかに攻撃し、特殊召喚した剣闘獣の効果で現状打破を狙う---というのは少々リスクがでかすぎる。
いや待てよ。剣闘獣の効果ーーーか。そういえば奴の墓地には……
「来たぞ!私は手札から死者蘇生を発動する!!」
「……」
おいおい。どんだけチートドローしてるんだよ。この状況で一番引かれたくないカードだ。
やれやれ、どうやら想定していたよりもはやく、クライマックスになりそうだな。
「これで私は剣闘獣ガイザレスを攻撃表示で甦らせる!! 再び羽ばたけ! 我が進化した姿よ!!」
再び現れる鬼畜融合モンスター。さて、ここが勝負所だな。
「特殊召喚時、効果発動! フィールドのカードを2枚まで選択し、破壊する!! 伏せカード1枚と、スピリットバリアを破壊する!」
ガイザレスば巻き起こした突風が俺のフィールドを蹂躙する。
破壊されたのはーーースピリットバリア。
そして、
(エルシャドールフュージョンか)
なるほどな……
「これで俺に戦闘ダメージは与えられるな。だが、このターンで俺のライフ4000を削りきれるか?」
アニメなら確実に死亡フラグだよな。ん、待てよ。この世界はGXの世界だから、ここって一応アニメの世界になるのか?
「ふ、それはどうかな」
あ、やばい。ベストロウリィの奴、遊戯王お約束の台詞を言いやがった。これは---やばいか?
「私は手札から巨大化をヘラクレイノスに装備する!」
「ヘラクレイノスの攻撃力は3000……つまり---」
『攻撃力6000ですか!?』
バニラが驚いている。まあ、実を言うと俺も驚いているんだけどな。まさか、巨大化が入ってるとはな。少し意外だったぞ。
さて、少し困ったな。攻撃力6000ってことは、当然ターゲットになるのは---
『あ、あのーマスター? 何故か私すごーく嫌な予感がするんですけど……』
「短い付き合いだったな。バカ娘。潔く散れ」
『やっぱり!?』
「行くぞ小僧! バトルフェイズだ!!」
『マ、マスター! やばいです! なにかトラップ出して下さいよ~!!』
「お前はの●太か」
まあ、言われなくても発動するがな。
「この瞬間にトラップ発動。イタクァの暴風ーーーこのカードはお前のフィールドのモンスター全ての表示形式を変更する」
突風が吹き、ヘラクレイノス達の動きを止める。
『上手いですマスター! これでこのターン鳥さんは攻撃出来ません!!』
「無駄だ! ヘラクレイノスの効果発動! 手札を1枚捨て、効果発動! イタクァの暴風は無効だ!!」
しかしヘラクレイノスが咆哮をあげると、突風は霧散してしまった。
……だがこれで---
「これで小娘を守る物はない! ヘラクレイノスでブラック・マジシャン・ガールに攻撃!」
『マスター!』
「永続トラップ発動---リビングデッドの呼び声! この効果で墓地のエアーマンを蘇生する! 休暇は終わりだ過労死マン!!」
フィールドに現れるミスター過労死。今回はあんまり働かなかったなお前。
「特殊召喚時効果発動! デッキからHEROモンスターを手札に加える! 俺はフェザーマンを手札に加える。お前の攻撃は巻き戻しになるが、ターゲットはどうする?」
「それに何の意味が有る! ターゲットは、エアーマンに変更! どの道、結果は変わらん!!」
ヘラクレノスが来る。流石は攻撃力6000って所か。精霊ではなく人の身である俺にすらその力が感じられるぞ。
「これで、私の勝ちだぁ!!」
確かにその通りだな。お前の言う通りだよベストロウリィ。
後、1ターン速ければな。
「速攻魔法発動!!」
「な! このタイミングでだと!? だがヘラクレノスの効果を---っ!?」
そう……この『タイミング』でなければならなかった。
最強の剣闘獣ヘラクレイノスの効果の発動コストとなる手札が枯渇したこの瞬間でなければ!!
そして発動するカード。それは---
「瞬間融合!!」
「なんだと!?」
瞬間融合……それは、フィールドのモンスターで融合を行う速攻魔法。
当然素材となるのは---
「俺はE・HERO エアーマンと、風属性モンスター 一撃必殺侍で瞬間融合する!!」
「く。また私のターンで融合を行うか!」
さあ、待たせたな。
「その者は、誰よりも速く、何よりも速く、フィールドを疾風のごとく駆け抜ける!!」
お前も初陣だ!!
「融合召喚!! E・HERO Great TORNADO 見参!!」
風を纏いしHEROがフィールドに登場する。間違いなくこの絶望デッキの最強モンスターであり、ベストロウリィを倒すことの出来る可能性を持つ唯一の希望。
その姿は---正しく英雄だった。
「っ! だが、今更HEROが登場した所で最早、手遅れだ」
「残念ながら、そうもいかない。TORNADOのモンスター効果! 融合召喚に成功した時、相手フィールド上の全てのモンスターの攻撃力、守備力を半分にする!!」
「なんだと!?」
「カウンタートルネード!!」
剣闘獣ヘラクレイノス
(攻/6000 守/2800)
↓
(攻/3000 守/1400)
剣闘獣ガイザレス
(攻/2400 守/1500)
↓
(攻/1200 守/ 750)
TORNADOの起こした風……いや、嵐が敵モンスターを蹂躙する。
これでガイザレスは弱体化。ヘラクレイノスも巨大化でアップした分の攻撃力は削った。
……だが、最後の勝負はここからだ。
「ならば、再び巻き戻しになったヘラクレイノスの攻撃対象はマジシャンの小娘だ!!」
当然、そう来るよな。ならば俺も俺の出来ることを全てやろう。
「ウェンディゴの効果発動! 戦闘破壊耐性をブラック・マジシャン・ガールに与える!」
『おねえちゃんは、まもる!』
ウェン子の優しい風がバニラを守る防風となる。
「だが今度こそダメージは受けてもらうぞ!!」
クロノLP4000→3000
ヘラクレイノスから振り下ろされる斧。それに切り裂かれるバニラ。ウェン子の効果で破壊は免れるが……
「っ、ぐああああああああああ!!!」
瞬間。俺の身体に刃物で切り裂かれたような激痛が走った。
くそが。やっぱり、ダメージはプレイヤーの身体に直接与えられますよ……ってやつか。
『マスター大丈夫ですか!?』
(って……バニラ。お前は痛みはないのか?)
『え、あ、はい。全然大丈夫ですけど』
なんだ? つまり、これはバニラのダメージを俺が肩代わりしたっていうことか?
……凄く、理不尽じゃね?
(バニラ。お前やっぱ闇行き決定な)
『何もしてないのに闇に行くのが決定しました!?』
さて、決闘に意識を戻そう。ヘラクレノスの攻撃はこれで終わった。
残るはガイザレス。攻撃せずにターンエンドって言ってくれれば、楽なんだが……
「まだだ! ガイザレスでウェンディゴに攻撃!」
……だよな。
攻撃力1200のガイザレスがウェン子に特攻する。ウェン子は、何故か持っている杖の下の方を両手で持つと……
「ちぇすとー!」
特攻したガイザレスを---打ち返しただとぉ!?
「ぬぅぅぅぅぅ!!??」
ベストロウリィLP2000→400
さながら野球のホームランボールのように、フィールド外に飛んでいくガイザレス。
『ぶい!』
嬉しそうにピースするウェン子に、もう俺は何も言えなかった。
お前サイキック族だろ!? もっとサイコっぽい防ぎ方しろよ! とか。
攻撃力200なのに、どうして体育会系のノリなんだとか、色々ツッコミたかったが……やめた。
ていうか、俺のモンスター達、バニラを筆頭に自由すぎだろう。
「バトルフェイズ終了! だがこの瞬間にガイザレスの効果発動! ガイザレスをエクストラデッキに戻し。デッキから剣闘獣2体を特殊召喚する! 私は2体の剣闘獣ムルミロを守備表示で特殊召喚する!!」
やはり、ムルミロか!
「効果発動! ムルミロは剣闘獣の効果で特殊召喚した場合、フィールド上のモンスターを破壊する!! 2体の効果でマジシャンの小娘と、その幼女を破壊する!!」
『きゃあああ!!』
『ごめんなさい。ますたー』
キモ魚の効果で破壊されるバニラとウェン子。
……よくやったな。お前ら、上出来だ。
「ウェンディゴの効果発動。このカードが墓地に送られた時、墓地のシャドールと名のついた魔法かトラップを手札に加える。俺はエルシャドールフュージョンを手札に加える」
「私はこれでターンエンドだ!!」
「エンドフェイズ。瞬間融合で特殊召喚したモンスターは破壊される……よって、俺のフィールドは完全にがら空きだ」
まったく。やれやれだ。あんなにカードがあったのに、一気に寂しくなったものだ。
それに加え、俺の手札に逆転のカードはない。
これは所謂、ラストドローってやつか?
「俺のターンだ」
「俺のターンだ」
手札を全て使い切ったベストロウリィは腕を組み、青年の一挙一動を見ていた。
己が出来る全てはやり尽くした。後は、運を天に任せるのみである。
(……だというのに---何故かあの小僧ならこの状況を打破する……そんなことを考えてしまうな)
青年の現在の手札3枚の内、2枚のカードをベストロウリィは知っていた。
1枚は先程エアーマンの効果で手札に加えたE・HERO フェザーマン。
そしてもう1枚も先程ウェンディゴの効果で墓地から回収したエルシャドールフュージョン。
どちらもこの状況を打破できるカードではない。
(唯一の懸念は、奴の最後の1枚だが、帝王の烈旋を使用していた時から持っていた所から察するに上級モンスターだ……)
ならば、警戒の必要はな……
(待て)
その時、ベストロウリィは『違和感』を感じた。
何か重大なことを見落としているのではないのかという不安に襲われた。
見る。青年の手札をそして想起する---
『俺は手札から速攻魔法 帝王の烈旋を発動する。効果説明は必要か?』
『俺は---帝王の烈旋を発動する』
そうだ。これよりも前だ。
もっと前……それこそ、1ターン目に……
『俺はE・HEROフェザーマンを手札に加える』
「っ!?」
瞬間。全てが繋がった。
そして気付かされた。自らがあの青年の掌の上で踊らされていたことに。
(奴は……ヘラクレイノスの効果を発動させ、私の手札を削るためにわざと帝王の烈旋を発動していたのか! 手札に『上級モンスターが1枚も存在しないのに』!!)
序盤のターンで、あのカードの強力さを知ったベストロウリィは、無意識の内にあのカードを無効にしなければならない先入観に囚われていた。
それをあの青年に利用された。全てはベストロウリィの手札を削りきり、ヘラクレイノスの効果を発動出来なくするための布石だったのだ。
(なんということだ……)
最早、見事としか言いようがない。そして認めざる負えなかった。
「小僧!」
「貴様、名を何と言う!?」
彼を1人の戦士と……
「貴様、名を何と言う!?」
唐突にベストロウリィが俺の名を尋ねてきた。
「俺は---」
俺は訝しげに思いながらも本名を名乗ろうとしたが……やめた。
俺にはもうこの世界での名前があった。
ならば、名乗るのならこの場ではその名の方が相応しい。
「俺の名は黒崎 黒乃だ」
名乗りながら俺は、俺の……いや、この決闘の運命を分かつカードを……デッキからドローした。