「ちくしょおおおお!!!」
落ちる。どこまでも落ちる。5D’sのエンディングでオゾンより下なら問題ないとか言っていたが、あれは嘘だと確信した。今にも意識を失いそうだ。
『マスター!』
(バニラ! お前の魔法かなんかでなんとか出来ないのか!?)
『先程の障壁を展開して、マスターのダメージを防ぐこと出来ますが……』
(衝撃はそのまま俺に伝わる……てか?)
『はい……』
それはまずい。いくら身体のダメージはなくとも、この高さから落ちれば、俺はそのショックで死ぬだろう。
となると、他の方法で助かる方法を考えなければならないのだが……なに1つ思いつかない。
「くそ! ここまでなのか!?」
いやまだだ。諦めるな俺。いくらなんでも死ぬには早すぎるだろう。異世界に来てまだ一日も経っていないんだぞ!?
『クスクス……大変そうね。先生』
その時、頭に直接あの甘ったるい声が聞こえた。
「雪乃か!?」
『ええそうよ。わ・た・し。先生が助かる方法を教えてあげようと思ったんだけど、いかがかしら?』
「あるのか!?」
『ええ、勿論よ。ただし、それは先生次第だけどね』
「俺次第……だと?」
どういう意味かと尋ねようとした俺を遮るように、左腕に装着させられた忌々しい決闘盤が突然展開を始めた。
『そのシュヴァルツディスクには、数多ものモンスターが封印されてるわ。その力を借りることが出来れば、あなたは助かるわ』
「どうやったらその力を借りれるんだよ!?」
『簡単よ』
雪乃の言葉を証明するように決闘盤が完全に展開を終え、存在しなかったはずのデッキが出現した。
『ドローしなさい先生。そのデッキのトップにあるのは、封印されているモンスターの中からランダムに選ばれた1枚よ。それがこの状況を打破出来るモンスターでなければ、あなたは死ぬわ』
……やっぱりそういうノリになるのか。
しかしこの状況を打破できるモンスターとはなんだ? 風属性や、鳥獣。後ドラゴンでも大丈夫か。
他には---
「……やめだ」
考えても仕方ない。どの道、何かを引かなければ俺はこの場で為す術なく死ぬ。
「まさに、デスティニードローか……」
デッキの上に手を置き、俺は苦笑した。今まで元の世界で何枚もカードをドローして来たが、ここまでのドローに緊張を覚えたのは、初めてだ。
だがまあ、不思議と悪くないと思っている自分もいるのは、俺が本当に心の底からこの遊戯王というカードゲームが好きだからだろう。
だからまあ……
「ドロー!!」
自分の命を1枚のカードに託すのも悪くない。
「今度こそ、終わったか……」
落下していく青年を見ながら、ベストロリイは1人ごちた。
その表情は以外にも苦悶に満ちていた。
本来戦士であるベストロウリイは、このような強引な方法は絶対にしない。相手から物を奪うのは正々堂々勝負した上でのみだ。それが相手に対する最低限の礼儀だとわきまえているからだ。
だがベストロリイは今、その最低限の礼儀さえも尽くさなかった。
(手段など選んではいられないのだ……)
自らの同士たちをあの忌々しい封印から解放する為にはどんな卑怯な方法でも……
「……すまない」
自然とその言葉が口に出ていた。無意識の内に、ベストロリイは落ち行く青年に謝罪の言葉を口にしていた。
(せめて、最期の瞬間は見届けよう)
そう思い、視線を再び青年に戻した瞬間---
ベストロリイの目は、『それ』を捉えた。
「なんだあれは!?」
夜空でも視認できいるような巨大な漆黒の闇。
それが青年を包み込んだ。
そして同時に青年の落下が止まった。
「バカな!?」
それだけではない。闇がこちらに昇ってきたのだ。
ベストロリイの高さまで上昇した巨大な闇が突如として霧散する。
その中から現れたものは青年と---
「海豚……だと?」
巨大な海豚の人形。
そしてそれを従えた---同じく人形の幼女だった。
俺はドローした。この状況を打破出来る風属性のモンスターを……
だが、出てきたのは意外すぎるカードだった。
『はじめまして。ますたー』
海豚の上で俺にペコリと頭を下げたのは、緑髪の幼女の人形……
最弱のエルシャドールと呼び名高い、エルシャドール・ウェンディゴだった。
『がんばるので、すてないでください』
ぴとりと抱きついてくる幼女の人形……
さて、ここで突然だが、『シャドール』というカード群についてもう一度整理することにしよう。
THE DUELIST ADVENTで登場したカード群であるこいつらは、融合モンスター以外が全て闇属性魔法使い族に統一されている。
そのモンスター融合モンスター以外は効果もリバース効果と、カードの効果によって墓地に送られた時に発動できる2種類のモンスター効果で統一されている。
まあ、その効果は様々なのだが、問題なのはこのシャドールの奴らが強すぎたことだ。
条件を満たしたらデッキ融合や、1ターンに1度しかモンスターを特殊召喚できなくするメタ効果を持った融合モンスターや、特殊召喚したモンスターをダメージステップ開始前に問答無用でぶっ殺す融合モンスターなど。
とりあえずまあ簡単に言えば……「インチキ効果も大概にしろ!!」なカードのオンパレードなのである。
だからこそ……そう。だからこそ、エルシャドール・ウェンディゴの登場は全てのシャドール使いを絶望の淵に叩き込んだ。
融合・効果モンスター
星6/風属性/サイキック族/攻 200/守2800
「シャドール」モンスター+風属性モンスター
このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚できる。
「エルシャドール・ウェンディゴ」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):自分フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。
このターン、そのモンスターは特殊召喚された相手モンスターとの戦闘では破壊されない。
この効果は相手ターンでも発動できる。
(2):このカードが墓地へ送られた場合、
自分の墓地の「シャドール」魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。
そのカードを手札に加える。
そう……弱いのだ。
メタ効果を持った融合モンスター。特殊召喚したモンスターを問答無用でぶっ殺す融合モンスターがいる中で、この防御的能力を持ったモンスター。
しかもこの防御能力が、意外と役に立たない時が多い。味方にも戦闘破壊耐性をつけられるのはいいが、それが出来るのは相手の特殊召喚したモンスターだけ。普通にアドバンス召喚した帝さん達とかは防げないのだ。
しかも効果による破壊は防げない。
シャドールの融合モンスターは、シャドールモンスターと各属性のモンスターを素材にする。
そのため、風相手モンスターを融合素材にできるから一応エクストラに1枚入れるか……
イラストがいいから、1枚入れるよハアハア……
というのが、このウェンディゴさんの扱いなのだ。
『ますたー。こんなわたしをえらんでくれて、うれしい』
すりすりと頭をすりつけてくるウェンディゴ。いや、別に選んで引いたわけではないのだが……とは流石に言えない状況だ。
まあ、いいか。とりあえず助かったんだし。
「ふはははははははは!!」
と、突如としてバカみたいな笑い声が俺の耳に入って来た。
見ると、あのクソ鳥が腕を組み、俺たちを見ていた。
「ただの小僧かと思っていたが……まさかそのシュヴァルツディスクの力を使い、モンスターを実体化させるとはな!!」
うるさい声だ。そしてどこか興奮しているようだった。
「面白い! 面白いぞ小僧!」
言うと、鳥の片腕に決闘盤が現れた。
「決闘と行こう! その力……この身で味わってみたくなった!!」
なんか勝手に話が進んでいるようだが、流石に待ったと言いたい。
このノリだと、なんかこのまま決闘するっていう感じになりそうじゃないか! 俺は嫌だぞ!!
こんなアクションデュエルも真っ青の天空デュエルなんて!!
『望むところです! 私達とマスターがあなたを倒します!!』
おいバカ娘! なに勝手に言ってやがるんだ!?
『ういじん。がんばる』
おい幼女! なんで勝手にやる気満々なんだ!?
「いいだろう。来るがいい!!」
おいクソ鳥! なんで勝手に話を進めてやがるんだ!?
お前ら、まじで俺の話を聞け!!
ああ、もう!! ちくしょう!! やるしかないのか!?
「「決闘!!」」
「先行は小僧にくれてやる!」
「そいつはどうも!」
こうなったらやるしかない。やるからには勝つぞ俺は。
さて、初手の手札は……
E・HERO エアーマン
シャドール・ハウンド
エルシャドール・フュージョン
エルシャドール・フュージョン
スピリットバリア
「あれ?」
なんだこの手札は? さっきクロノスとやった時とデッキ内容が変化してるんだけど?
いや、まあ、冷静に考えればそうか。今俺が使ってるのは決闘盤に突然現れたデッキ。バカ娘のデッキではない。だがなんだ? この漂う地雷臭は?
てか、手札盛大に事故ってないか? 防御用のカード1枚もないんだけど。しかもなんでスピリットバリア入ってんの?
まあ、いいさ。次のドローでまともなカードを引けば……
「ドロー!」
さて、引いたカードは---
ブラック・マジシャン・ガール。
「またお前かバカ娘!!」
『ひゃい!? ごめんなさい!!』
ええい。まあ、いい! とりあえずまずはこのデッキを確認することからはじめよう! 幸い手札にはモンスターをサーチ出来るカードがあるからな!
「俺は手札からEーHERO エアーマンを召喚する!」
現れる皆大好き空気男。最早、HEROデッキには欠かせない存在だ。
「効果発動! デッキからHEROモンスターを手札に加える!」
とりあえずまともな効果のHEROが欲しい! ブレイズマンやシャドーミスト辺りがいれば、まだ立て直しはきく!
「……へ?」
デッキの中を確認する。一応、HEROはいた。たった1種類だけ。
E・HERO フェザーマン
攻撃力1000のバニラさんだが……
いや待て。それ以前に何だこのデッキは!?
デッキの中のシャドールカードとHERO関連カードと後、若干意味不明なカード以外、全部『風』関連のカードしか入っていないぞ!?
いや、でも何故かブラック・マジシャン・ガールは手札の1枚を加えて3枚入ってる。何のいやがらせだよ!!
待て。まさか---
嫌な予感を感じ、エクストラデッキを確認する。
そこには---
E・HERO グレイトトルネード ×3
エルシャドール・ウェンディゴ ×3
しかなかった。
「なんじゃ、こりゃああああああああ!!!???」
悲鳴にも似た俺の絶叫が夜の空を駆け抜けた。