「断る」
即答した。迷う要素など、どこにもなかった。
「あら、少しは悩んだりしないの?」
「ないな。お前の言ってることが、どういう意味を持つのかとか、そんなことはどうでもいい。こちとら、バカ娘一人の相手で精一杯なんだよ」
『バカ娘じゃないです! バニラです!!』
「バニラはもういいんだなお前」
『うぅ、だって、マスターがつけてくれた名前だからーーー』
モジモジと指を合わせながらそう言うバニラに、俺は1つ頷いた。
「悪趣味な奴だなお前」
『酷いこと言われました!?』
などという漫才めいた会話をバニラとしていると、雪乃は何かに納得したように頷いた。
「あなた達二人がとても強い絆で結ばれてるのは、分かったわ。」
雪乃よ。それはただの勘違いだ。そもそもこのバニラとは今日はじめて出会ったのだぞ? 絆もくそもないだろう。
『そうです! 私達の絆パワーは、神さえも打ち砕きます!!』
おいバニラ。なに嘘言ってやがる。ていうか、攻撃力2000ごときのマジシャンの小娘で、倒せるやつは神とは言わん。ヲーと言う。
「そのあなた達の絆を見込んで頼みたいのよ」
『はい! なんでしょうか?』
「おい、勝手に話を進めるな」
話はもう終わったんだ。なんで勝手に了承するみたいな空気になってるんだよ。
「とにかく俺は、世界なんか救う気はない」
バニラが余計なことを言う前にここから離れた方がいいと判断した俺は、雪乃に背を向け部屋の入り口に向かう。
『あ、マスター! 待ってください』
「とことんつれない人ね……まあいいわ」
無駄な装飾の入ったドアノブを回し、部屋を出ようと思った俺の背に、雪乃の声が何故かはっきりと聞こえた。
「もう手遅れだから」
瞬間。俺の目の前のドアが吹っ飛んだ。比喩ではない文字通り、吹っ飛んだのだ。
まるで台風のような巨大な風が扉を吹き飛ばしたのだと気がついたのは、そのバカみたいに強い風を受け、部屋の中に戻されてからだった。
「おかえりなさい先生」
吹き飛ばされ地面に激突する寸前に、雪乃に抱きとめられる。
頭を極上のクッションの感触に止められた。それが雪乃の胸だということを理解するには一拍の間が必要だった。
「ちなみに先生、当ててるのよ?」
「誰も聞いてねえよ……」
ホールドを振りほどき、自分の足で立ち上がる。
『マ、マスター……大丈夫ですか? 一応魔力の障壁を張ってマスターの身体へのダメージを減らしたんですが……』
(その割には思いっきり吹っ飛ばされたんだが?)
『マスターをこっちの世界に連れてくるのに、魔力を使いすぎて、衝撃まで防げる障壁は作れませんでした……』
(いや謝る必要はない。よくやった。こんなことが出来るとは意外だったぞ)
『マ、マスター!』
(初めからお前には何も期待してないからな)
『すごくひどいです!?』
さて、バニラを弄るのは楽しいが、今はそんな暇ではないな。見ると、入り口の方で不自然な風が収束し、形を成そうとしている。
『探したぞ。竜の姫よ……』
竜の姫? いや、考えるまでもなく雪乃のことだろう。
雪乃を見ると、まるで旧友に出会ったかのように親しみのある笑みを浮かべていた。
「誰かと思えば、剣闘獣(グラディアルビースト)の坊やじゃない」
なに? 剣闘獣(グラディアルビースト)だと?
『相変わらずの物言い……懐かしいな』
風が完全に形を成した。
それは遊戯王のモンスターの1体だった。
緑の基本カラーと赤い鬣の鳥人……
かつてその性能と進化先のぶっ飛んだ性能ゆえに、制限カードに名を連ねた鬼畜カードの1枚……
確か名は---
「剣闘獣ベストロウリィ!」
俺が名を口にすると、鳥人は俺に視線を向けた。
「ほう……私のことが見えるか。それに貧弱だが精霊を味方にしている……貴様、何者だ?」
『ひ、貧弱じゃありません! あなたよりも攻撃力が500も上です!』
「何者と言われてもな……」
特に名乗る名などない。強いて言うならあれだ。意味も分からずに巻き込まれている一般人Aか?
「まあいい。私の目的はただ1つ……『シュヴァルツ・ディスク』の奪還のみ……貴様のような小僧など眼中にない」
「シュヴァルツ?」
……確かドイツ語で黒という意味があったよな……そしてディスク---
うわぁ。直訳するだけで何のことを指しているのか何となく分かってしまった。
「探し物はこれかしら?剣闘獣の坊や?」
雪乃が俺の左の側に移動し、例の黒い決闘盤を掲げた。
やっぱりあの決闘盤。とんでもない代物だった。
「それだ。それをこちらに渡してもろうか。それはあなたが持っていても意味がない物だ」
「確かにその通りね。このシュヴァルツには『融合』の力が
「ならば、それを---」
「でもね?」
にやりと腹黒そうな笑みを雪乃は浮かべた。
「あなた達よりも……いや、誰よりもこのシュヴァルツに相応しい人を私は見つけたわ」
そう言い、雪乃は俺の左腕にそのとんでも決闘盤を---
装着しやがった。
「お前!? なにしやがる!!」
「あら先生。とてもお似合いよ」
「バ、バカな!? 人間ごときに、そのシュヴァルツを渡すと言うのか!?」
『あ、あわわわ! 大変なことになりました!』
パチパチと拍手する雪乃。困惑するベストロリイ。そしてパニクるバニラ。
一瞬で辺りの空気が一変した。いや、させられた。
「雪乃! どういうつもりだ!?」
「嬉しいわ先生。初めて名前で呼んでくれたわね……」
話をはぐらかす雪乃に、俺はキレそうになるが、なんとか踏みとどまる。
落ち着け俺。この程度、動揺することではない。そうだ、簡単な話じゃないか。この決闘盤を外せばそれで話は終わ---
「外れない---だと!?」
腕のロックの解除ボタン。力で強引に外す……いくつかの方法を試したが、決闘盤はビクともしなかった。
「あ、言い忘れたけど先生。その決闘盤は死ぬまで外せないわよ?」
「雪乃ぉ!!!」
お前最初から言う気なんてなかっただろう!? くそが! なんだこの決闘盤! 完全に呪われた装備じゃねえか! 魔界の足枷の親戚か!?
「小僧! そのシュヴァルツを渡せ!」
「ならこれ外せよ!!」
そしたらすぐにでも渡してやんよ! こんな呪われた装備!
「むぅ。あくまで渡さないつもりか!?」
「一言もそんなこと言ってないよなそんなこと!?」
「よかろう! ならば力づくだ!!!」
「おい、会話しろよおおおおおおおおおおお!!!!!」
ベストロウリイが俺に向かって突進してくる。回避など出来るはずもなく、俺は為すすべなく、鳥人の手に頭を鷲掴みにされる。
「ぬおおおおおおおおお!!!」
突進は止まらない。速度を維持し、俺の頭を掴んだまま、窓にベストロウリイは突っ込んだ。
『マスター!!』
砕け散る窓ガラス。自然と痛みはなかった。おそらくバニラが先程と同じで魔力の障壁を俺に張ってくれたのだろう。
「む、死なんのか小僧?」
そうでなければ、多分即死だった。
身体にかかっていた重力が消失する。その瞬間、俺は理解した。
あ、今俺、空に飛び出したんだな……と。
「シュヴァルツを渡すのなら良し! それが出来ないのなら、このまま手を離し、お前を地面に叩きつける! さあ、どうする!?」
どうするも何も、お前最初から俺のこと殺す気満々だったよな!? さっき「む、死なんのか小僧?」とか、本音が漏れてたよな!?
「ほう。少し見直したぞ小僧。この状態で沈黙を通すとは……貴様、戦士の素質があるな」
風が強すぎて喋れないだけです! 戦士の素質なんて微塵もねえよ!
「だが勇気と蛮勇は違う……その意味、自らの身体で知るがいい」
そう言い、クソ鳥は手を離しやがった。
「人の話を聞けええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」
当然俺の身体は重力の戒めを受け、地面に落ちていく……
その瞬間、俺は思った。心の底……
否、魂の底から……
ここって本当に遊戯王GXの世界だよな?
(一方的な)リアルファイトの回でした(^O^)。