ハイスクールD×B~サイヤと悪魔の体現者~   作:生まれ変わった人

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はい……今回は……事態が一転、二転と結構チグハグになってきます。

明らかに無理矢理治した感が出ていますが、それでもご覧ください!

それと、後書きの方には今後のオリ展開の告知をしますので興味があれば見に来てください。

それでは駄文をお楽しみください!


揺らぐ心と愚行

夏の合宿二日目

 

昨日の失態を取り戻すかのようにカリフは朝一にグレモリー家を出て行った。

 

イッセーたちが向かった山へ

 

「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

山の中を全力で疾走する影が一つあった。髪はボサボサ、服はボロボロとなって涙を流しながら走っている少年がいた。

 

そんな彼の名はイッセーというブーステッド・ギアに選ばれた少年が何故こんなにも悲惨な状態で走っているのか。

 

それは修業だから

 

その修業内容は単にタンニーンという龍王との実戦サバイバルである。

 

そのサバイバル中ではいついかなる時であってもタンニーンはイッセーを見つけたらブレスなり殴るなり襲撃をしても構わないとのこと。

 

そのせいか修行場として選ばれた山の表面は既に焼け野原と化している。それだけでこの修業の過酷さがお分かりになるだろう。

 

だが、今回は条件が違っていた。

 

そのイッセーは別の大きな生物と並んで生きるために走っていた。

 

「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

それは意外にもイッセーに稽古を付けていたタンニーンだったのだが、その姿にはもう龍王としての威厳は感じられないほどだった。

 

鱗は砂埃で汚れたり、所々に切り傷が見られる。

 

そんな一匹と一人は一体何から逃げているのか

 

「死ぬ! 死にたくないぃぃぃぃぃぃ!」

「仕方あるまい! もう一度しかけるぞ!」

「マジで!? このままどこかに身を隠そうぜ!」

「このまま逃げても何も変わらん! それに……」

 

タンニーンがチラっと後ろを振り返るとそこには……

 

「UGYAAAAAAAAAAAAAA!!」

「“あれ”から逃げられると思うのか?」

「ぎゃあぁぁぁぁ!」

「くそ! 俺の火炎も妙なフォークで防がれる……あそこまで鮮明にイメージが他者に伝わるクオリティの技を繰り出すなど普通では無い!」

 

獲物を求める捕食者(カリフ)が黒いオーラを垂れ流してイッセーたちを執拗に追いかけ回していた。

 

これでもカリフがやって来たのはかれこれ一時間くらい前のこと、急に現れたと思ったら有無を言わさずイッセーとタンニーン一発の顔面を殴ったのをきっかけに命をかけた追いかけっこは始まった。

 

『うお! カリフ! なんでここにグヘェ!』

『ほう、いい塩梅の殺気だな! お前くらいの相手ならこのタンニーンも本気に……!』

『頭が高いんだよ! このウスノロがあぁぁぁぁぁ!』

『ゴバァ!』

 

イッセーはともかく、あのタンニーンが豆粒程度の人間の踵落とし一発で倒された光景を見せられたイッセーはもはや恐怖と生存本能しか頭になかった。

 

しかも、厄介なことにカリフという人間は教え子を殺さない程度ならばどんな手段も厭わない。

 

そして、今回のカリフは初っ端から“無差別”攻撃を開始した。

 

正確に言えばイッセーにはそう見えただけなのだが……

 

流れ的に危険を感じたタンニーンもイッセーと共に逃げることとなっていた。

 

「アザゼルめ! こんなバケモノを俺たちにけしかけたのか! おい、兵藤一誠! こいつに弱点は無いのか!?」

「知らねえよ! あるんだったらとっくに逃げてるっての!」

「あいつ、木々を避けずに走りながらなぎ倒して来ているな! これではかく乱すら難しい! おい、あいつの特徴か何かはないのか!?」

「特徴はとりあえず『強い』『酷い』『無敵』くらいってことしか!」

「お前の友人なのだろう!? 友のことさえ分からんのか!?」

「知るかぁぁぁ! あいつは俺をボコボコにして楽しむ後輩なんだよ! 仲間とはギリギリ言えるけど絶対に友達じゃねえぇぇぇぇ!」

 

話だけ聞けば余裕そうな一人と一匹だが、内心では既に一杯一杯だった。死の淵に立たされる過度の緊張もあってか予想以上に体力を消耗し、逃げ切ることは不可能と判断したタンニーンはイッセーにある作戦を伝える。

 

「おい兵藤一誠! どうやら体力がそろそろ限界のようだが?」

「話かけんな! 今は逃げることで精一杯なんだよ!」

「俺だって辛いんだ我慢しろ! 今からあのバケモノを止めるから貴様も手を貸せ!」

「ファッ!?」

 

突然の無謀な提案にイッセーは仰天する。

 

「無理無理! あんな殺戮マシーンを相手に逃げるだけで精一杯なんだぞ!? おっさんのブレスも効かなかったのに!」

「あくまで足止めした後にあいつを撒くだけだ。正直、俺のブレスがああも防がれたのを見れば奴を仕留めるなど到底無理だ」

「で、でもあいつを止められる攻撃なんか……」

「できる。この元龍王と赤龍帝の力が合わさればな」

 

自信満々とは言わないが、覚悟を決めた様子のタンニーンにイッセーは言葉を失う。

 

「今のお前の攻撃では期待できんから俺が最大級のブレスを喰らわせてやる。お前は俺のブレスを最大限の威力に底上げくらいはできるだろう!」

「そりゃできるけど……おっさんの最大級の威力はどれくらいだ!?」

「威力だけは魔王級と言われる。そんじょそこらの悪魔とは鍛え方が違うわ!」

 

目の前の崖を飛翔して降りて着地、再び逃走する。

 

何とか付いていけているイッセーの体力も流石と言うべきだが、肝心のイッセーは未だに顔が青ざめている。

 

「何をしている兵藤一誠! さっさと倍加の準備を……!」

「無理だ……」

「なに?」

 

突然の諦めの言葉にタンニーンは表情を歪める。その変化にイッセーは気付かずに弱音を吐く。

 

「あいつのタフさは人並み外れている上に俺たちの考えも見越しているはずだ……そんなシンプルな攻撃は通用する訳がねえ……攻撃するより逃げることに専念した方がいい」

「速度を全く落とさずに我々にピッタリ付いて来るような奴からか? 聞けば俺たちの気を察知できるらしいじゃないか。それならここで奴の足を止めるに越したことは無い」

「だけど……もう少し工夫しなきゃどうしようもねえよ! 俺はいつもそうしてあいつから逃げて……」

 

その時だった、タンニーンの雰囲気が変わった。

 

「もういい」

「え?」

 

タンニーンの冷めた声と同時に尻尾を振り上げてイッセーにぶつける。

 

「ふん!」

「ぐあぁ!」

 

突然、タンニーンの尻尾はイッセーの身体を叩きつけて吹っ飛ばした。吹っ飛ばされたイッセーは崖の壁にぶつかると崖は崩れてイッセーを埋もれさせる。

 

だが、それしきのことでダウンしては普段のカリフとの特訓を生きていけるわけも無い。

 

「だぁ!」

 

当然の如くドラゴンショットで瓦礫を吹っ飛ばして復活するイッセーだがすぐにタンニーンに怒りをぶつける。

 

「なにすんだよおっさん!」

「今回の赤龍帝はどんな奴かと思えば……とんだ腰抜けのようだったな。時間を無駄にした」

「なっ! なんだ……!」

 

突然の失望の言葉にイッセーは怒りを通り越して一瞬だけ言葉を失った。しばらくして気を持ち直したイッセーが抗議しようと声を荒げた瞬間、崖から荒ぶるカリフが降りてきた。

 

「ひゃっはー! 汚物は消毒だぁ!」

「若造が! 元龍王が相手をしてくれるわ!」

 

逃げるそぶりも見せず、むしろ迎え撃とうとカリフに真っ向からブレスを放ったタンニーンにカリフは拳を振りかぶって迎え撃った。

 

その瞬間、辺りに炎の衝撃波が生まれ、辺りの木々が根っこごと吹き飛ばされる事態になった。

 

「うわぁぁ!」

 

イッセーは地面に這いつくばって踏ん張ったおかげで飛ばされることは無かった。その間にタンニーンとカリフが爆風から揃って飛び出してきた。

 

「ぶあぁ!」

「なんだそれはぁ!?」

 

互いに空中に止まり、タンニーンはイッセーに放っていた時とは比べ物にならないほどの大火力でカリフを迎え撃とうとするも、隕石の弾幕とも言えるブレスの猛攻をカリフは問題とはしない。

 

軽々と避け続け、当たったと思えば手で弾く。あまりの力技にタンニーンも驚愕しかなかった。

 

「なんて奴だ! 俺のブレスを余裕で弾くとは!」

「弾くだけではないぞ?」

「!?」

 

ほんの一瞬、気を抜いただけで既にカリフの接近を許してしまった。気が点いた時にはタンニーンの頭上でカリフは踵を目一杯に上げていた。その構えからして次の攻撃など分かり切っていた。

 

だが……

 

「オラァ!」

「うぐぉぉ!」

 

単純な話、カリフは移動とモーションにおいて全てが“速かった”

 

避けようと思ったときには既に追撃され、硬いドラゴンの鱗さえも貫通させる衝撃でタンニーンは地面に落とされた。

 

「おっさん!」

 

墜落したタンニーンに駆け寄るイッセーだったが、それを阻止したのは意外にもタンニーンだった。

 

「邪魔だぁぁぁぁぁぁ!」

「ぐあぁ!」

 

ただ吼えただけで起きた衝撃がイッセーの軽い身体を易々と吹き飛ばした。

 

「がは!」

 

気に背中を打ちつけることで吹き飛ばされずに済んだイッセーは安堵したが、そこへタンニーンの檄がイッセーの心を締めつけた。

 

「臆病者など戦場にはいらん! いるだけ邪魔だ消え失せろ!」

「お、おっさん……」

「逆に安心したぞ! 今回の赤龍帝は白龍皇とまともに闘う気概も無いただの腰ぬけだからなぁ!」

 

明らかなタンニーンからの否定にイッセーは何とも言えなくなってしまった。

 

何故、タンニーンが起こっているのかが分からない……ただそれしか考えられなかった。

 

「ち、ちが……」

「オラオラオラオラオラオラオラァ!」

「ぬおぉぉ!」

 

イッセーの言葉に耳を貸す者はいない。カリフの拳のラッシュをタンニーンは巨体に似合わないスピードで避けて上空に離脱するも地面を破壊しながら再び白いオーラを纏って上空に飛び、易々とタンニーンを追い越す。

 

「くそ! バケモノか!?」

「バケモノ? 違う。オレは人間だぁ……」

「抜かせ!」

 

再び上空で連続的に炎が爆ぜる激しい戦いの中、イッセーは一人だけ地上で項垂れていた。

 

「な、なんなんだよ……敵う訳ねえよ……」

 

戦いの経験が浅い自分でも分かるほどカリフのエネルギーは自分たちを大きく上回っていた。それは元龍王ですらも相手にならないほどに

 

あまつさえ戦いに身を投じるドラゴンならそんなことも百も承知である。今まさに戦っているタンニーンも間違いなく……

 

「や、止めろよ……なんで……なんでそこまでして戦うんだよ……」

 

イッセーには分からなかった。自分は戦いは好きじゃないし、そもそも戦うこと自体よくないというのにどうしてそこまでするのか……

 

(俺は……ただハーレムを作って部長と……なのに……)

 

自分の夢が今の状況を作ってしまったのか……イッセーは混乱し、錯乱する一歩手前の状態に陥っていた。

 

そんな時、声が聞こえた。

 

一緒に戦ってくれる相棒の声が……

 

『それは違うぞ相棒』

「ドライグ……」

『タンニーンならカリフに勝てないことくらい覚悟している……本気を出したらここら一帯を焦土に変えてしまうくらいの威力はあるが、本気を出しても奴には敵わないことくらいな……』

 

それならなんでそんな無謀な戦いを続けるのか……そう思っているとドライグは再び語る。

 

『相棒よ。いずれカリフは本気でタンニーンを殺すかもしれん』

「! そんな!」

『だが、お前なら……未だかつてない成長を続ける赤龍帝が加われば少しは好転するかもしれんぞ?』

「そんな訳ねえだろ! 俺がいたっておっさんの邪魔にしかなんねえよ! おっさんだって……!」

『じゃあお前はいざという時に仲間を……グレモリー眷属たちを見捨てて後ろに逃げるのか?』

「なっ!?」

 

聞き捨てならない―――ドライグからの突然の質疑にイッセーは不安の表情を一変させて怒りに表情を変える。

 

「ふざけんな! 俺はそんなことしねえ! 『兵士』ってのはな! 『騎士』や『戦車』や他の駒よりも前に出て皆を守るんだ! 俺は最強の『兵士』に……!」

 

ここでイッセーは自分で気付いた。

 

なら今の自分はどこにいる?

 

戦いから遠ざかって、見上げているだけの自分は何をしている?

 

(お、俺……は……)

『気付いたようだな相棒……今のお前が何をしているのかを……』

 

心が繋がっているからか、ドライグはイッセーの心を呼んで現状を突き付ける。

 

『今のお前は自分の本分を見失い、怯えているだけだ。教えてやろう。お前は“甘ったれ”ているんだ』

「ち、ちが……」

『違わないな。お前は無意識にカリフに……敵に甘ったれていたんだよ。“また助けてくれる”とか“あいつがいれば怖くない”ってな……』

「あ……ぁ……」

 

ドライグはもう感情を隠すことができず、その思いの丈をイッセーにぶつける。

 

明らかにドライグは怒っていた。

 

『昨日までの味方が敵になったからといって貴様は仲間を見捨てるのか!? この悪魔や天使の世界では裏切りなんて日常茶飯事だ! 誰がいつ、裏切ってもおかしくない世界にお前たちが踏み言っていることを忘れるな!!』

「!!」

『最初の頃のお前も絶望したはずだ! お前だけが弱くて、絶望したはずだ……思い出せあの時を……あの夕焼の時に言った言葉は嘘だったのか?』

「夕焼……」

 

絶望と夕焼……そんな場面が一度だけあったことを思い出した。

 

ライザーと事を構える直前での特訓の時、自分はカリフに泣きながら言った。

 

『部長のために何かしてえのに……俺は……よええ……』

 

確かにそう言った……そして、そんな俺を命懸けの特訓に駆り立て、強くしてくれた言葉があった。

 

―――いつだって時代を切り開いてきたのは伝統に縛られるような輩でもなければ今の立場に満足して下の奴らを見下してきた奴じゃない

 

「……そうだ」

 

―――人間賛歌は『勇気』の賛歌、人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさ

 

『思い出したか……相棒……』

「あぁ……そうだよ……俺……本当に馬鹿だった……」

 

 

 

―――弱かろうが、怖かろうが、それは恥ではない

『大事なのは恐怖を理解し―――』

「恐怖を支配して初めて振り絞ることができる!」

『「“勇気”!!」』

 

イッセーは激しい戦いの中へと身を投じようと項垂れるのを止めて走った。

 

『Boost!!』

 

ブーステッド・ギアと“勇気”と言う名の武器をその身に宿して……

 

 

「これはどうだ!」

 

今でも空中戦を続けるタンニーンだが、既に身体の鱗は歪んで少しフラつきが見られる。

 

それでもタンニーンは高速で動き回り、まるで四方から放たれるように隕石のようなブレスがカリフに迫ってくるが、カリフは動揺することは無く両手を突き出して叫んだ。

 

「はぁっ!」

 

だが、カリフは気合を四方に飛ばしてブレスをかき消す。それどころか全身から出した気合砲は巨体のタンニーンさえも容易く吹き飛ばす。

 

「ぐおおぉぉぉぉぉ!」

 

翼の制御が狂ったタンニーンは落ちながら自分を見下ろすカリフに頭を悩ませる。

 

(なんて奴だ! 気合さえもが別次元とは……!)

 

態勢を立て直し、地響きを響かせながら着地したタンニーンは息を整えながら考えを張り巡らせていた。

 

パワー、テクニック、スピードのいずれもが自分と比べても上だった。

 

万事休す―――そう思っていた時、自分に呼びかけてくる声が聞こえた。

 

「おっさーーーん!」

 

振り返ると、そこにはブーステッド・ギアを装備したイッセーがこっちに走ってくるではないか。

 

タンニーンは目を見開き、近付いてきたイッセーとは目を合わせようとはしなかった。

 

「今更何しに来た? 去りたいのならさっさと去ればいい」

 

冷たく言い放たれたイッセーは僅かに身体を震わせながらもタンニーンと並んで構える。

 

「俺……この前まで普通の学生だった……戦いも知らなかったから命懸けの戦いもよく分からなかった……だから死ぬ覚悟なんて今の俺にはまだできない……」

「……なら何故戻って来た。俺に任せて逃げればよかったんじゃないか?」

 

タンニーンの言葉にイッセーは今までよりも力強く言う。

 

「違う……俺は死ぬ覚悟なんかできないから生きるために頑張るんだ」

「……」

「確かにあいつは怖い。だけど、恐怖からいつまでも逃げてちゃ強くもなれない。今頃は部員の皆が頑張っているから……俺も“生きる”ことを頑張りたい!」

「お前……」

「『兵士』は王や皆を守り、戦術の幅を広げる駒だ! 俺は最強の『兵士』になるって決めたんだ! 『兵士』は後退なんてできねえ! ただ前に進むだけだぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

タンニーンはイッセーの身体が少し震えているのを見落とさなかった。

 

それでもイッセーはここまで自分の足で、自分の答えを持って戻って来た。

 

それならもう何も言うことは無い。

 

「ふん……もし次にヘタレたら今度こそ見限ってやるからな」

「はは……まあ努力するよ」

「まあ、さっきまでよりはいい顔にはなったな。これで少しは可能性が……」

「その前におっさん。ちょっと俺に考えがあるんだけど」

「なに?」

 

訝しげにするタンニーンにイッセーは耳打ちで何かを話す。

 

それを聞いたタンニーンは微妙な表情に変わる。

 

「だ、大丈夫なのかそれ?」

「た、多分だけどこれしか……」

「しかしだな……」

 

これには発案者のイッセーもタンニーンも難色を示すが、ここでドライグが宝玉を光らせて喋る。

 

『タンニーン。ここはカリフと特訓を繰り返している相棒の作戦で言ってみよう。それ以外に有効な手も浮かばんのだろう?』

「……それもそう……だな」

「じゃあ……」

「あぁ、お前の策を実行してみよう。お前の勘を信じる」

「あ、あぁ! ありがとう!」

 

意見がまとまった時、上空からカリフがゆっくりと降りてきた。

 

「ようやく二匹の龍が揃ったか……逃げれば生存率が高くなるかもしれんぞ?」

「お前から逃げようってことが無理な話だよ。なら、お前を吹っ飛ばしてやる!」

「ほう? ちょろちょろ逃げ回っていたトカゲが言う様になったのではないか?」

「うるせえ! あれは戦略的撤退だ! だけどこっちにはとっておきの必殺技があんだよ!」

「ほう? この俺に通用するのかぁ?」

『「「!!」」』

 

何やら背後から鬼のオーラが飛び出してくるが、イッセーたちは逃げたい衝動を抑えて言い放つ。

 

「あぁ、そしてお前自身が気付いていない弱点だ」

「あ”ぁ!?」

 

イッセーの言葉に若干の苛立ちを覚えてカリフは額に血管を浮き立たせて更に威嚇を強める。

 

冷や汗を流しながらイッセーは決して弱みを見せない。

 

その姿が余計にカリフを煽る。

 

「いいだろう……そこまで言うなら見せてもらおうか……」

「来るか……っ!」

 

タンニーンたちと互いに構え、膠着状態へと持ちこんだ。

 

普通なら互いの隙を探るはずだが、カリフは逆に考えに耽っていた。

 

(イッセーの目……この数分間で何があった? 明らかに目の色が変わった。さっきまでは受け身の『対応者』だったのに今は完全に『狩人』の目……何かを悟ったか?)

 

それにまだまだ気になることはある。

 

(目に迷いは無い……あれは『命を捨てた』のではなく『命を賭ける』目だ。今のあいつからは気高い『生への執着』が感じられる……)

 

だからこそカリフは得意の電光石火の攻撃も躊躇うこととなった。今まで逃げることが主流だったイッセーが今、自分と対峙して戦うことを決意していた。

 

生きるために死力を尽くす、そんな相手ほど怖いものは無い。

 

しかもそんな相手が弱点の指摘……明らかに誘っている。

 

(どうやらこれ以上嘗めるのは止めた方がよさそうだ……認めてやる)

「む?」

「……」

 

カリフは片手をイッセーたちに向ける。

 

いつでも気合砲を撃てるように構えた……その時だった。

 

「はぁ!」

 

手から気合砲を飛ばして一直線上のイッセーたちを吹き飛ばそうとするも、地面の抉れる場所が近付いて来るのを見て左右に避ける。

 

「うおおぉぉぉぉぉ!」

 

すぐにカリフに接近してきたのは意外にもイッセーだった。

 

そのことにカリフは少し戸惑いはしたが戦闘に何ら影響はなく迎え撃つ。

 

「フライングフォーク!」

「ちょっ! 多!」

 

連射型のナイフがイッセーの元に集中的に襲いかかってくるが、それを後方にいたタンニーンがブレスで追撃する。

 

「俺も忘れてくれるなよ!」

「ちっ」

 

意外な援護にカリフは舌打ちを打つ中でカリフは向かってくるイッセーに目を向ける。

 

今回の攻撃の要はイッセーということは間違いなく倍加の能力を使うつもりだ。

 

それなら対処法は決めるまでも無い。カリフは瞬間移動でイッセーの懐に入り込んだ。

 

「!?」

「まだ遅い!」

「がはぁ!」

 

カリフの拳がイッセーの懐を抉るように打ちこまれた。

 

イッセーは肺の空気と唾液を口から出して悶絶する中、首を掴まれる。

 

「ふん、今日、初めてお前から仕掛けてきたな……随分と成長したようだが……」

「が、げほ……」

「まだ甘い!」

 

イッセーの首を締めあげる力が強まり、気管が潰される苦しみの中で横からカリフに向かって炎のブレスガ飛んでくる。

 

「……」

 

空いた手でブレスを薙ぎ払って炎を飛散させる。どうやらタンニーンが援護射撃をくりだしたようだがカリフには全く効かない。

 

策とは何だったのかが気になる所だったが、これはこれで満足のいく結果だった。

 

イッセーがまた一皮むけただけでも喜ばしいことだがまだまだ詰めが甘い。

 

そうほくそ笑んだ時だった。

 

「ふっ」

 

イッセーは口元を緩ませてポケットから何かを出した。

 

一瞬だけ警戒したが、意外な物にカリフは動きを止めた。

 

「石? いや、鉄?」

 

それは到底武器にはなり得ない物だった。倍加を使ってもとても役に立つとは思えない。

 

イッセーの意図が分からずにいたその時だった。

 

タンニーンの炎を分散させた時の小さな炎がイッセーの石に触れ合った時、ブーステッド・ギアが唸った。

 

『Transfer!』

 

その瞬間、手の平サイズの石からとてつもない光が溢れだして

 

 

 

小規模の閃光が輝いた。

 

 

 

 

「や、やったか……」

 

タンニーンは閉じていた目を恐る恐る開けると、そこには待ち望んでいた光景が広がっていた。

 

「が……目がぁぁぁぁぁぁ……」

「はぁ……はぁ……」

 

なんとそこにはイッセーの首を掴んでいたカリフが目を抑えて悶え苦しみ、イッセーはカリフの手を逃れていた。

 

呼吸を整えるイッセーに対してカリフは目を抑えて苦悶の声を上げていたのを確認してイッセーはガッツポーズを取った。

 

「よし! クソ野郎!」

 

満面の笑みを浮かべるイッセーはタンニーンの元へと逃れることに成功した。

 

「やったな兵藤一誠」

「いや、ほんと……運が良かっただけで……」

 

賞賛するタンニーンの言葉に息を切らしながら謙虚に返す。それほど今の戦法は不安だらけだったということだった。

 

「イッセェェェェェ……貴様ぁ……今のは……」

「はぁ……はぁ……ここらグレモリー領には……鉱山もあるんだよ!」

「ふん、意外に抜け目ない小僧だ。そんな物をいつの間にか拝借してたんだからな」

 

鉱山……金属……炎……この三つのワードはカリフをすぐに答えへ導きだした。

 

「まさか……金属の“炎色反応”か!」

「そうさ! ここには俺たちの知らない金属を含む鉱山があったから使えると思って持ち歩いてたんだよ!」

「貴様……その白光をブーステッド・ギアで……!」

「おっさんとの特訓で逃げ込んだ鉱山の一角が燃やされた時にその石を見つけた時に照明弾代わりに使おうと思ったんだよ」

 

イッセーはこれ以上は言わないが、実質、カリフが至近距離にまで来てよかったと思っている。

 

好奇心旺盛なカリフが意味深な言葉に興味を示さないはずが無い。

 

そして、ここで遠距離攻撃にするのもカリフのプライドが許さないだろう。至近距離の攻撃が来ることは何となく予想はできていた。

 

作戦通りカリフが近付き、反撃し辛い至近距離の態勢を保つだろうとも経験則でなんとなく予想した。その後、タンニーンのブレスが出てくる。

 

「炎のブレスはイッセーへの援護だけだったのか……!」

「余裕こいてその場で打ち消したのは間違いだったな」

「動物の本能を優先的に考えるお前なら必ずさっきの石を凝視すると信じてたよ……他人の視線に釣られるっていうのは仕方ねえ本能だよな?」

 

少し目の痛みが取れてきたが、未だにまともに目が開けられない。

 

だが、それよりもカリフにとっては心のダメージの方が深刻だった。

 

「至近距離にまでイッセーを近付けたのも……鉱石を見せつけるようにしたのもこれまでのブラフ……っ! もしオレがあの炎をジャンプで避けたらどうする気だった!?」

「お前は普段の戦いでも無駄を嫌うからジャンプとかで避けないだろう……って思ったよ。結構自信なかったけど」

「っ……!?」

 

やられた……完全に自分の癖を見抜かれた。

 

否、本来でもこんな癖は解析されていたはず……これはまさに油断だった。

 

(こ、心のどこかでイッセーの……手塩にかけた弟子の成長を喜び、同時に嘗めてかかっていた……いつまでも格下と見下して……!)

 

まさか自分がこんな苦汁を舐めさせるとは……そう思っていた時、イッセーの言葉に更に驚愕する。

 

「そして、これがお前の弱点だぁ!」

『Transfer!』

 

そう言ってイッセーが再び力を譲渡する声を聞き、カリフは気でイッセーの位置を探って追撃しようとした時だった。

 

「が……」

 

突然、身体に違和感を覚えてふら付く。最初は立ち眩みのレベルだったのがだんだん酷くなってくる。

 

そして……

 

 

 

 

 

「が……げ……」

 

カリフは膝を着いた。

 

腹を抑えてその場に立てなくなるほどの苦しみがカリフを襲う。

 

それを見たタンニーンは声を荒げて歓喜した。

 

「成功だ! これで動きが止まった!」

「あぁ! まさか本当に効くなんてな……しかも効果はとんでもないくらいに……」

 

予想以上の結果にイッセーは少したじろぎはしたが、今が絶好のチャンスだった。

 

「おま……これは……」

「普段のお前ならここに至ることはなかったけど……俺だってやられてばっかじゃねえんだよ」

「何を……何をしたぁ!?」

 

襲いかかってくる言い難い苦痛に耐えながらもカリフはおぼつかない足で立ち上がろうとするが、明らかに弱っている。いや、もはや瀕死と言ってもおかしくないほどに。

 

怒り混じりの質疑に答えたのは意外にもドライグだった。

 

『簡単なことだ。相棒はここに来るまでに力を溜めて、今それを使っただけだ』

「な、何をどうしたらこんな……」

『『食欲』と『睡眠欲』』

「!?」

 

意外な答えにカリフは愕然とした。まさか……自分の強みだった“欲求”そのものが以前に増して強くなっただけでこんな事態になろうとは考えたことも無かった。

 

「お前、昔から強かったんだと聞いたよ。だからこういう“我慢”はあまりしたことないんじゃないかと思ってよ」

「な、なぜ……」

「お前は普段からどんな時でも自分の都合で“寝る”こと、食事も毎回の食事量が多いことを思ったよ。もし、そんな奴から“自由”を取ったらどうなるんだろうかと……」

 

それで実行したのが“眠気”と“空腹”の倍加……聞くだけでは到底意味のない行為だが、カリフは全てが普通ではない。

 

もしかしたら弱点も普通では無いんじゃないか……と

 

まさに機転を利かせた結果が大変な事態を呼び起こした。

 

(や、野郎……なんて正確に……恐ろしいことを……!)

 

カリフは食事と睡眠の重要性を理解していた。

 

空腹と眠気は謂わば病気の兆候とも言える。その“病気”を倍加してきたのだ。これを恐ろしいと言わずに何と言う?

 

(空腹時に胃酸が濃くなって起きる吐き気と睡眠不足による頭痛と眩暈……オレの頭が混乱させられて……)

 

やられた。完全に自分の驕りが招いた結果だった。今回、自分はイッセーの成長を見定めようと放置したツケが周って来た。

 

本当なら焦らすことなく有無を言わさずに一撃で仕留めるべきだった。

 

「おっさん! 頼む! あれは本当に眠くしたり空腹になってるんじゃなくてそう思っているだけだからすぐに回復してくる!」

「よし、俺に譲渡だ! 速攻で決める!」

『Transfer!』

 

ここでタンニーンに貯めていた全ての力を譲渡し、最大級のブレスを作り出す。

 

「こ、この……やろ……」

 

あまりの苦しみにおぼつかない足取りで立ち上がってくるカリフの表情は普段よりも強張り、迫力を増していた。

 

苦痛に歪む表情が鬼の形相に見えても仕方ないくらいだった。

 

だが、そんなカリフを自分たちは追い詰めた。

 

「これが最初で最後になるけど……言わせてもらうぜ!」

 

 

 

この日、この時、カリフはこの言葉を一生忘れない。

 

「俺の……勝ちだ!」

 

その直後、ようやく開きかけた目で見えた物は向かってくる真っ赤に燃えた炎だった。

 

 

 

 

カリフがおっさんの炎で遠くへ飛ばされるのをこの目ではっきりと目に焼き付けた。

 

そして、脅威が炎とともに遥か彼方の山の影に消えたのを確認した俺たちはというと……

 

「「はぁ~……」」

 

一気に気が抜けてその場に仰向けに倒れた。

 

おっさんも相当に疲れたのか巨体をねっ転がせて俺の横で仰向けになる。

 

「やった……なんとか、凌いだ……」

「はぁ……まさかあそこまでとは……はぁ……今回は……肝が冷えた……」

 

山の静寂の中におっさんと俺の呼吸の音だけが響く中、俺はおっさんと目が合った。突然のことだったから互いに目を丸くしたけど、それが次第に可笑しくなって……

 

「ふっ」

「はは……」

 

何だか笑ってしまった。

 

「おい兵藤一誠……」

「ん?」

「今日の特訓はこれくらいにしよう……これ以上は無理そうだ」

「分かった……」

「それと、少しお前のことも知りたくなった」

 

あれ? 何だかおっさんいつもより口調が優しくない?

 

それはつまり……認められたってことかな? まあ、それは光栄なことなんだろうな……素直に喜んでおこう。

 

「今日は寝かせんぞ?」

「そういうのは女の子からの方が嬉しいんだけど……」

『やっぱお前はお前だよ。相棒』

 

何やらドライグが突っ込んだのだが今は気にしない。

 

しばらく、俺とおっさんは生存できた喜びと達成感を胸に疲れを癒すのだった。

 

 

 

 

 

一方、弾き飛ばされたカリフといえば……

 

「こ、この……」

 

イッセーたちから離れた地点で炎にしがみつく形で飛ばされていたカリフは力任せに炎の弾を上空に蹴り上げる。

 

「クソがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

蹴り上げられた炎は遥か上空の彼方に飛ばされて消えていく。

 

全てが鎮火したのを見届けたカリフは果てしない空腹と眠気によって舞空術を止めて地上に降り立った。

 

「か……はぁ……はぁ……」

 

まさかここまで手痛い目に会うとは思っていなかったカリフは冷静になることで空腹と眠気を凌駕する一つの気持ちが生まれた。

 

「オレは……負けた……のか……!」

 

その瞬間、カリフの心の中で何やらドス黒い感情が込み上げるのを感じた。

 

 

(コロす……潰してやる……オレをコケにしやがってぇぇぇぇぇぇ!)

 

この世界に転生し、初めてだった。ここまで屈辱を覚えたのは

 

たかだか数カ月しか修業していない戦いの素人にここまで完全なる負けを喫したのは多分初めてのことだろう。

 

(イッセェェェェェェェェェェェェ!)

 

空腹で言葉もまともに喋れなくても憎悪は消えることなく、濃くなってくる。カリフの怒りに周りの鳥や獣たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

そんな怒りを抱いたままイッセーの後を追おうとした一歩手前だった。

 

 

 

自分の額を力任せに殴った。

 

「っはぁ! はぁ……はぁ……くぅぅぅぅぅぅ……!」

 

残り少ない理性で自分を戒め、何とか憎悪を抑えることはできた。急かす身体も自分の爪を食いこませることで痛みを思い出させて律する。

 

感情のままに動こうとした身体は自分で血を流すことによって動きを封じ、血の気を減らすことに成功した。

 

「落ちつけ……これでは……ただの八つ当たりだ……!」

 

これ以上本能のままに行動すればそれはただの獣の殺戮と変わらなくなる。相手は悪魔だが、“勇気”を以て自分に立ち向かってきた“勇者”だ。そんな相手を感情のままに怒りでねじ伏せることは相手への冒涜であり、完全な負けを認めることとなる。

 

(今回はオレの油断と驕りが招いた結果……納得こそすれ相手を恨む道理など無い!)

 

本人がそれを一番理解していた。

 

 

サイヤ人として慢心し、戦いに負けたことへの自分への怒り

 

 

 

 

そして、弟子が成長してくれたことへの師としての喜び

 

 

 

 

そして……僅かな可能性を信じ、光を見出したときの高揚感

 

さっきまでのカリフは精神的に混乱し、何が何だか分からない状況だったが、時間が彼の怒りと苦痛を癒してくれたおかげでやっと受け入れることができた。

 

―――お前も成長したんだな……

 

 

 

「は……はは……」

 

むしろ怒るよりもどこか晴れ晴れとした気分だった。カリフは静かだが、嬉しそうに笑っていた。

 

「やられた……全く……昔を思い出したよ……」

 

自分にもそんな時期があった。

 

ピッコロやベジータ、悟空に加えて悟飯にも何度も向かっては打ちのめされてばっかだった幼少時代。

 

同時に思い出した。ブルマや女性陣が自分に色んな教育を施してくれたことも……

 

最低限の文字の読み書きや一般常識も全部……

 

「あ~……何で最近思い出すかな~……」

 

自分でも不思議な気分だった。

 

まるで最も充実していたあの頃に戻ったような錯覚が……

 

だが、再び自分のあり方を見直すと言う点では大きな成果とも言えた。

 

「……はぁ」

 

久々に忘れていた原点回帰の心が再びこみ上げてきた。

 

この合宿を境に、カリフは……後に予想以上の成果と発見をすることになるだろうとはこの時に予想もしていなかった。

 

 

当面のカリフの目標が定まったことはいいのだが、それでもカリフは先程の敗北のことを引きずってしまっていた。

 

この世界に来てから敗北を味わっていなかったので反省はした。だが、その反省はだんだんと大きくなっていたのが現状だった。

 

今は再びミリキャスと共に本を読んでいる所だが、カリフは上の空の状態でペンでノートに書いていた。

 

―――驕り、昂りが激しい

 

―――コストが悪い

 

―――極限状態での精神面が貧弱

 

ノートに書いたそれらの文は何度も線で囲っているところからして相当重要な所だったのだ。それもその筈、これらは自分の弱点を想定した物なのだから。

 

(イッセーのブーステッド・ギアでオレの食欲と睡魔を倍加させられた所はいい……問題はその後の有様だったな)

 

イッセーとの勝負から既に数時間が経った清々しい昼上がり時にも拘わらずにカリフは苦悩していた。

 

(あの時の空腹に耐えられなかったのは……過度のエネルギー消費……いざという時のエネルギーを普段から大量に消費していたことだ……)

 

カリフの戦闘は必要以上に身体からエネルギーを奪っていく。それは普段の生活でも同じこと。

 

本人はまだ気付いていないようだが、身体の中では摂取したエネルギーはフル稼働している。

 

普通の人とは違ってカリフの身体はいつでも戦えるように筋肉を保温状態にして硬直するのを防いでいる。それは本人の知らない所で寝るとき以外で行われていた。

 

しかも、厄介なことにカリフは他のサイヤ人が決してやるはずもない特訓を続けているために身体が他の人よりも“変異”していた。

 

それは後に明かされることとなるのは言うまでも無い。

 

それらの事情もあって、普段から大量の食事を取らなければならないカリフにとってこれらは大きな穴と言える。

 

(どうする……課題が多すぎる……今回はブロリーの魂は断念してそっちに集中するか……あ、でも……)

 

行き詰った。完全に優先すべき課題が増えて何から手を出せばいいのか分からなくなってきた。

 

テラスの机に突っ伏していると、心配そうにミリキャスが声をかけてくれる。

 

「どうかなさいましたか?」

「いや……ただ行き詰っただけだ……」

「そうですか……えと……」

 

その答えにはミリキャスもどうフォローしていいのか分からなくなっていた。

 

「……よし」

 

だけど目の前で困っているカリフを放っておけるわけがなく、ミリキャスは何かを決めたように椅子から立ち上がった。

 

「そう言う時は一度運動しましょう! ここに座ってばかりじゃあ息も詰まりますよ!」

「……あ?」

「これは母さまには内緒ですけど……僕も息が詰まったら父さまと身体伸ばしたりしたりちょっとだけ遊んでもらったり……」

 

エヘヘ……と笑って照れながらカリフの近くにまで積極的に誘ってくるショタっ子にカリフも力無く返した。

 

「いや、そういう問題じゃねえんだけど……」

 

確かに身体を動かすと言うのはいい考えだとは思うが、今はそんな気分ではない。ここはやんわりと断ろうと思うカリフは断ろうとして寝ようとしていた。

 

「やるならお前一人でやりなさい。オレはここで少し休んでから……」

 

そこまで言って気が付いた。ミリキャスがさっきとは違って落ちこんで俯いていることに……

 

「そうですか……いえ、すみません。カリフ兄さまの気も知らないで……」

「いや、そう言う訳じゃ……」

「あの、今のは忘れてください。僕はそこらで少し散歩してきますから……何か用があれば呼んでもらって大丈夫です……」

 

明らかに作った笑顔の子供の何とも言えない表情に身体が硬直する。

 

ミリキャスほど聡明で可愛げのある子供は最近では珍しい。だからこそ、こう言う時の辛そうな表情は破壊力が凄まじかった。

 

カリフとしては悟天のように泣きわめいてくれた方が気が楽だったのかもしれない。これはこれでザックリと心を抉られる気がする。

 

理由は並べた物の、結局の所カリフの従来の面倒見の良さが災い(?)したのかトボトボと遠ざかっていたミリキャスにすぐに追いついて頭に手を乗せた。

 

「わっ!」

「全く……別の意味で厄介なガキだなお前は……」

 

ガシガシと撫でているつもりだが、実際は乱暴に頭をかき乱しているだけだった

 

「あうあうあうあう……」

「ガキが変な気を遣うな。一人が嫌ならそう言えっつの」

 

ウンザリした口調だが、頭を揺らされているミリキャスにはなんだか優しく聞こえた。聡明だからこそ分かっている。

 

カリフは自分を気にかけているということが。

 

しばらくすると、カリフは頭から手を離してミリキャスの横に並ぶ。何をしているのか髪を整えながら考えているとすぐに答えが分かった。

 

「おら、早く運動して続きするぞ。オレもここにいられるのは夏休み中だけだからな」

「はい! 分かりました!」

「じゃあお前が先導しろよ? その運動ってのはオレは初めてだからな」

 

ミリキャスは嬉しそうに人懐っこく笑いながらカリフの横で身体を動かす。

 

横のショタっ子の機嫌が治ったことを確認したカリフは安堵しながらも情けなくなった。

 

(なんで子守りするはめに……)

 

運動自体はいいことだが、何だか自分が情けなくて仕方が無い。数日前まではここで地獄の特訓を予定していたのに……今じゃどうだ?

 

年端もいかない子供と一緒にラジオ体操とか……何だこれ?

 

だけど子供に本気で泣かれるよかはまだマシだと言い聞かせながらミリキャスに倣って身体を伸ばしたりする。

 

やっていることは間違っていないからこのまま本気でやらせてもらおう……カリフはそう考えて深く気にすることを止めた。

 

「じゃあ深呼吸して身体を十秒間伸ばして下さい」

 

嬉々として体操するミリキャスに倣っていると、ここでミリキャスは補足する。

 

「ここでの深呼吸は全身に行き渡るようにイメージしてください。イメージするのとしないのでは効果は違いますから」

「まあ……確かにな。毎回イメージしてんのか?」

「はい。呼吸のしかたによっては身体の調子がよくなるらしいですよ」

「そりゃそうだろ。酸素は赤血球に乗って動脈を渡って使い終わった空気は静脈……今吸った空気だってあらゆる臓器に……」

 

 

 

 

 

 

 

ここで何かが引っ掛かった。

 

(……あれ?)

 

それは普段のように忘れていたことを思い出させるような物じゃない。

 

何か、新しい物を発見したときの感じだった。

 

(まさか……いや、でも……)

 

それは難くてもできないことではない。また、少し考えれば誰もができそうな考えだった。

 

ある意味では逆転の発想でありながら、当然のこととも言えるアイディア。

 

まだ可能性は未知数だが、実現は不可能ではない。

 

(……試す価値は……あるかもしれん)

「あの……どうかしましたか?」

「……」

 

突然黙りこんだカリフを心配してミリキャスが見上げてカリフの顔をじっと見つめてきた。

 

(どうしよう……何か失礼なこと……)

 

返事が返ってこないことにミリキャスは自分の行いで機嫌を損なわせてしまったのかと不安に駆られていた時だった。カリフは少し軽い笑みを向けた。

 

「ミリキャス……礼を言う」

「え?」

 

突然の感謝にミリキャスも戸惑う中、カリフはテーブルの本とかを持って屋敷へ向かって行った。

 

「?」

 

それを見送りながらもミリキャスはただ可愛らしく首を傾げていたのだった。

 

 

 

冥界での合宿は数日が経っていた。

 

カリフはイッセーに敗北した時から生活が少し変わったことがあった。

 

まず、カリフは皆と一緒に食事することがなくなった。理由としてはカリフは“新たな可能性”を研究し、それを実践する特訓をしていたことによる。そのため、一人で遅めの晩御飯を済ませていたのでまともに女子勢とは顔を合わせていない。

 

そして空いた時間でグレイフィアとヴェネラナによるお料理マナーを教わっている。理由は……確かに一生、食器を手にしただけで発狂する状態は困るから

 

ここまではカリフも心身共に心機一転させて合宿に励んでいた。

 

今回の合宿は本当に豊作だったと満足することができていた。

 

 

 

 

あのような“事件”が起こるまでは……

 

 

合宿から幾日が経った。

 

カリフの特訓は全てが順調だった。身体も鍛え、グレイフィアたちのマナー教室もやっと実を結び始めた頃だった。

 

カリフはふと思い出した。

 

「そういえば……小猫の鍛錬とかあまり見てねえな……」

 

気がかりがあるとしたら小猫のことだった。ここ最近、自分のことに没頭しすぎて小猫の様子など朝と夜にどんな鍛錬をしているかを見ているくらいだった。

 

アザゼルはともかく、自分から小猫の監修を名乗り出たのに本分を忘れてしまっていた。

 

「あ~……これは完全にオレの責任……だよなぁ……」

 

約束を守ることを信条にするカリフにとってこれは痛恨のミスとも言えた。自分は小猫を安心、かつ確実に強くすることだった。

 

それなのに、ここ最近は会う時間も一時間未満と全然であり、それどころか会話もまともにしておらず、『おはよう』と『お休み』くらいしか言ってなかった。

 

以前のカリフならそれでも全く問題は無かっただろう……

 

 

 

だが、イッセーとの戦いの時からカリフはずっと考え、至った結論があった。

 

そして、自分で導きだした結論はカリフの考えを少しだけ変えてしまっていた。

 

「……」

 

カリフは自分の胸の内に秘めていたことがあり、正直言えば今までの自分の行動としてはかなり逸脱するので恥ずかしさがある。

 

だが、そんな『恥ずかしい』などの理由でカリフは立ち止まることは無い。

 

「行くしかねえな! 『言わざるは一生の恥』って誰かが言ってたし!」

 

現在は夜であり、夕食はとっくに終わっていた。

 

カリフは寝るまでの時間を使って小猫に『ある話』をするために小猫が使っている部屋へと向かっていた。

 

グレモリー家から直接発注された寝巻用のローブ姿で小猫の部屋の前で立ち止まってノックする。

 

「小猫! オレだ!」

 

ノックしながらいつものように堂々と声を張り上げる。

 

だが、耳を澄ませても返事はおろか物音一つ返ってこないことからして小猫の不在は確実だった。

 

「はぁ……どーこ行ったんだ?」

 

カリフは気を解放して徐々に索敵範囲を広げていく。

 

やがて気は巨大な屋敷全体を覆ったが、それでも小猫の気は全く感じられない。

 

(外か? こんな時間に何を……)

 

疑問に思いながらもそこから慎重に索敵範囲を広大な庭へと広げていく。

 

東京ドームくらいの庭の半分当たりにまで探っていた時、やっと目的の気が見つかった。

 

(こんなとこにいたか……)

 

内心で安堵しながらそこへ向かおうとした時だった。

 

 

 

(おかしい……気が小さい。小さすぎる)

 

ここで嫌な予感が頭の中をよぎった。

 

それもそのはず、確かに小猫の気には違いなく、屋敷内に健在なのは間違いない。

 

ただ、その気が“小さすぎる”のだ。

 

(あいつ、仙術を……いや、そんな気配は今朝から無かった……!)

 

知らずに足を速めて小猫の姿を確認しようと屋敷の窓を覗いていく。

 

そんな最中でも嫌な感じは消えることなく、むしろ増大していくばかりだった。

 

(それに気が乱れて……! まさか……!)

 

とある窓に差し掛かり、窓を全開にして身を乗り出したその瞬間だった。

 

 

 

 

カリフの頭の中で思い描いてしまった最悪のシナリオを現実で確認してしまった。

 

その瞬間、カリフの頭の中は真っ白ととなり、思考が飛んだ。

 

 

 

視線の先に広がる広大な庭の真ん中地点で倒れ伏す少女を目にして……

 

―――ダレダ……アレハ……?

 

 

―――マサカ……ソンナコトガ……

 

 

―――コレハ……ゲンジツナノカ?

 

―――コレガ……ゲンジツデアッテハナラナイ……

 

 

 

 

 

「小猫ぉぉぉぉぉぉ!」

 

夜中のグレモリー家に必死の叫び声が響いた。

 

それから間もなく、所々の部屋から明かりが付き、慌ただしくなっていった。

 

『なんだ!?』

『どうしました!?』

『テロの攻撃か!?』

 

だが、カリフにそんなことを気にしている余裕もなければ時間も無い。

 

考えるよりも先にカリフは窓から身を乗り出し、強靭な足のバネで窓枠を蹴った。

 

数百メートル離れた地点へと一直線に向かい、ジャージ姿の小柄な少女……小猫の前へと到着した。

 

「おい小猫! 聞こえてるか!?」

 

呼びかけながらも丁寧に抱きかかえながら身体を暖める。

 

だが、カリフの呼びかけには応じない……いや、応じることができないくらいに小猫は弱っていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

顔色が悪いことから貧血と予測できた。

 

しかもよく見れば小猫の本来の姿……猫耳と尻尾が出ていた。

 

(くそ……! 体力だけじゃなくて姿を維持する魔力も無いのか!?)

 

カリフは歯を噛みしめ、すぐに小猫の胸に手を当てた。すると、小猫の胸が優しい光に包まれる。

 

「ん……はぁ……はぁ……」

「オレの気を分けているから休め!」

「ぁ……っ……」

「喋らなくていい! 今は自分のことだけ考えろ!」

 

小猫は意識を戻したのか口を開こうとするが、カリフに抑えられる。だけどそれでも小猫は何かを喋ろうとする姿にカリフは考えた。

 

何かを伝えようとしている。それなら聞き出すしかない。

 

「オレはここにいるから喋らなくてもいい! オレが質問するから“yes”なら一回だけオレの手を握れ! “no”なら二回握れ! しんどいならしなくてもいい!」

「ん……はぁ……はぁ……」

 

小猫の手を掴んで手を握らせると、早速一回だけ握ってきた。どうやら人の話を聞くくらいはできるのだと安堵する。

 

「お前、毎晩ここで自主トレしてたのか!?」

 

一回握る

 

「これを……毎日か!?」

 

一回

 

「お前……まさか寝る間も食事も割いてだなんて言わねえよな!?」

 

 

 

 

一回

 

「……っ! この……馬鹿野郎っ!」

 

一瞬にして頭の中が沸騰し、爆発するかと思った。

 

食事も睡眠も割いて課されたトレーニングを過剰にこなして……無茶にも程がある。

 

それどころか今までよく保ったものだと言うべきであろう。

 

そんな不相応な無茶に対してカリフが怒りを小猫にぶつけようと口を開いた時だった。

 

 

 

 

「……ないで……さい……」

「……!?」

 

爆発寸前の頭が一瞬にして冷やされ、それどころか驚愕さえもした。

 

抱える腕の中で小猫は自分の顔を腕で覆って隠し、呟いていた。

 

「すて……ないで……ください……」

「こね……こ……」

 

悲痛な姿だった。今まで見せたことも無いような弱々しい姿で吐露し、縋るような声にカリフは衝撃を受けた。

 

「……もっと……ヒグ……強くなりますがら……ヒクッ……捨てないで……」

 

痛々しかった……覆っていた腕の隙間から一筋の雫が頬を伝い、カリフの衣服を濡らしていく。

 

「小猫……おい……」

「やだ……やだぁ……怖いよ……助けてよぉ……」

 

抱きかかえる腕が震える。

 

怯える子供みたいに震えて泣きじゃくってしまう小猫にある感情が湧き起こってきた。

 

―――怒り

 

ただし、それはに小猫に対してではない。

 

小猫をこんなになるまで追い詰め、放置した自分に対する果てしない怒りだった。

 

自分の持論を押し付けた挙句に起こった悲劇

 

(オレは……こいつの本心と向き合わなかった……! この国に帰って来てからもずっと……! 話す機会はあった! それを怠ったツケが……!)

 

カリフはただ小猫に気を与えることしかできなかった。

 

ここでようやく、グレモリー家から何人かの人影が見えた。

 

先導していたのはグレイフィアとアザゼルだった。

 

「カリフさま! 一体何が……!?」

「小猫!」

 

二人がパニックになって泣き喚く小猫の姿を見て唖然とする中、カリフは自分に対する怒りを後回しにし、素早く行動に移った。

 

「小猫の体力はある程度回復させた! 後は……点滴で水分と栄養をやってくれ! 早く!」

「っ! 分かりました! それではこちらに」

 

グレイフィアに小猫を任せ、ゆっくりと離れる。

 

「では、私は一足先に戻りますので……」

「あぁ、俺は他の奴らへの連絡は俺に任せろ。時間も時間だから朝イチになるが」

「はい」

 

アザゼルとグレイフィアが互いに役割を確認して頷き、それぞれが動こうとした時だった。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

最後に聞こえたうわ言のように泣きながら繰り返される小猫からの謝罪

 

誰に言っているのかも分からない謝罪はカリフの心に突き刺さり、その傷を抉る。

 

グレイフィアが小猫を抱えて魔法陣で転移する。その姿が見えなくなった瞬間にカリフの理性は弾け飛んだ。

 

 

「くそったれぇぇぇぇ!!」

「っ!?」

 

獣のような叫びと共に力任せに自分の頭を地面に叩きつける。

 

その瞬間、カリフを中心に爆発が起こり、半径百メートルくらいの巨大なクレーターができた。

 

それでもクレーターの中からカリフはうなだれたまま動く気配が無い。

 

「カリフ……お前……」

 

アザゼルは頭を項垂れて身体を震わせるカリフに声などかけられなかった。

 

それほどまでにカリフは追い詰められていた。

 

地面にぶつけた額は土で汚れるだけで傷などつかない。

 

だが、彼が力一杯握りしめていた拳は紅い液体で真っ赤に染められていた。

 

「……」

 

そんな彼の姿に、アザゼルは彼を一人にしてやることしかなかった。

 

今夜の一層に冷え切った風は獣の心を冷やし、責め立てる。




はい、何だかキャラ崩壊が激しい回でしたが、楽しんでくれたら幸いです。よく見かけるのは中々踏み出せない小猫を叱責して奮い立たせる表現が多いですが、ここでは別の方向で攻めていきたいと思います。
次回は何か覚悟を決めるのでお楽しみにしてください。

さて、次は前書きに書いたオリ話ですが、イリナを加えたメンバーで前回に提案した『通学路のドラゴンズ』をやっていきたいと思います。とは言うもののオリジナルなので話自体は短いので過度に期待はしないでください。

それと、オリジナルの話を『通学路のガーディアンズ』に変更いたします。同時に『学外体罰へのジャッジメント』なる話を予定しておりますのでお楽しみに! その章で原作の敵をちょろっと出そう……かと思っていますので。

これからもこの駄作をご覧になってください。

それではまた次回をお楽しみに!

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