ハイスクールD×B~サイヤと悪魔の体現者~ 作:生まれ変わった人
冥界での合宿がスタートしたのだが、好調なスタートとは言えなかった。
「……おし……」
「駄目だ。今のお前には教えることなど無い」
グレモリー家から少し離れた場所で小猫とカリフは二人っきりでいるのだが雰囲気は良好などとは言えず、むしろ最悪だと言える。
小猫はカリフからの指示を待つが、そんな小猫に目もくれず木の下で胡坐をかく。
「そうやってもオレは何もしねえ。お前が真の力に目覚めることができないのならそのまま基礎と今までの復習だけだ」
「……」
「オレにも都合あるんだよ。イッセーや他の奴にもちょっかい出したいし修業したいし調べなくちゃいけねえこともある。お前だけに時間割いてるわけじゃねえんだ」
それほどまでに力を使いたくないのか……カリフは苛立ちを通り越して少し参った口調になってしまった。それに対して小猫がやっと口を開く。
「……じゃあなんで私を監修に?」
「今のお前が一番弱く、精神的にも危ういからだ」
「……」
分かっていた……だけどこうして改めて人から指摘されると複雑な気分になるのか小猫は悔しそうに唇を噛みしめる。
だが、それでもカリフは冷静に言い放っていく。
「お前の向上心は確かに評価に値する。だが、お前は焦って無理を課している……ゲーム前に身体壊すってのも笑えると思わないか?」
「……私のやり方にいけないて言うの?」
「そうだ」
「……っ!?」
この瞬間、小猫は魔力を放ちながらカリフを睨めつけてきた。その目は到底人間の目とは呼べない。瞳は縦に長いひし形となり興奮した猫のような目だった。
そんな怒気をぶつけられたカリフは予想に反して鼻で笑った。
「なんだそんな表情もできるのか? 今まで無表情だったから感情が欠落したのかと心配していたぞ?」
「五月蠅い!!」
「そうだ。その調子だ。その怒りと共に自分というものをさらけ出せ」
「この……くっ……!」
危うく飛びかかってしまう所だったが、僅かな理性が小猫を止めた。ここで怒ってしまったら本当に全てを出してしまいそうだったから……
それほどまでに小猫は自分の力を嫌い、恐れている。
カリフは挑発の嘲笑を止めて鼻を鳴らす。
「ふん……この調子じゃあ時間がかかりそうだ……これ以上は時間の無駄だ。今日はさっき渡した自主練メニューだけやっていろ。オレはもう行く」
立ち上がって気を解放し、少し舞空術で浮く。小猫は少し離れた場所で精神統一しているように動かない。
全く反応を見せない小猫にカリフは振り返りすらしない。
「そんなにアドバイスが欲しいなら一つだけ教えてやろう」
「……」
「LESSON1……『オレに妙な期待はするな』。今はオレが教えてやるが、最後になって頼れるのは自分だけだ……自分の力で切り開いて見せろ」
「……」
「質問が無いなら今日はこれで解散。また明日に来る」
すっかり無言になった小猫を歯牙にかけることなくカリフは舞空術で大空に飛び立った。残された小猫はしばらく動くことも無かった。
「……くっ!」
それほどまでに小猫の闇が深い
今後、どのようになってしまうのか……まだ何とも言えない。
◆
一方、カリフは広大なグレモリー領のどこかに降り立った。
周りには動物や悪魔がいないことを確認して特訓に入る。
イッセーの特訓はまた明日にしようと考え、カリフは今後の課題に取りかかる。
新技の発明
「やっぱ接近戦も大事だよな……」
カリフは生前にベジータたちから鍛えられたり教わったこともした。だが、ほとんどが気のコントロールと気功砲だけだった。
その後の実戦は自分で旅しながら様々な組織たちと戦って身に付けてきた。
そんな中で生まれたのがスプーン、フォーク、ナイフの攻撃法だった。
いつしかカリフはその三つを基盤に技を増やしてきた。
そして今回もアイディアが浮かびかかっているところまできているという訳だ。
「う~む……ミキサーパンチは肉体の負担が大きいからまずはそこの矯正か……」
カリフはその大地に佇む巨大な岩や崖が集まっている場所へと歩いていく。
「この夏は忙しくなりそうだな……」
一人で愚痴を零しながら片腕を捻じり、もう片方の手で気功砲を溜める。
「こぉ~……」
深呼吸をし、そして放つ。
「シッ!」
その瞬間、カリフの居た地点を中心とした大規模な爆発が起こったのだった。
◆
時は正午、一時的に皆は修業を中断させて昼食を取る時間となった。
グレモリー邸の大広間の長テーブルではリアス、朱乃、小猫、ギャスパー、マナ、アザゼルが既に食事を取っていた。そこに遅れてカリフもやってくる。
「おう、遅かったな。その様子だと修業に集中してたようだな」
「ジャージに着替えてきた。これ以外に服持ってこなくてもいいと思ったのが間違いだった」
「何で服にはそう無頓着なのよ……」
リアスが呆れているとそこにもう一人食堂に入って来た。亜麻色の髪であり、見た目がリアスそっくりの女性だった。
「あら、今日はお客様がもう一人増えましたのね」
「む、リアスか」
「いや、私はこっちだから」
「冗談だ」
軽い漫才を織り交ぜる二人にその女性は気品ある笑みを浮かべる。
「私はそこのリアスの母、ヴェネラナ・グレモリーと申します。以後、お見知りおきを」
「オレは鬼畜カリフ。今日から世話になる」
「えぇ、聞けば幾度もリアスたちを助けていただいたそうで……あなたもここを自分の家と思ってくつろいでも構いませんよ?」
中々物腰が柔らかい印象にカリフはヴェネラナを結構上の人物と見なした。
礼を礼で返すカリフとは意外と相性の良い人物であった。
カリフは頭を下げて礼を示すとヴェネラナは少し目を丸くする。
「あら、中々どうして……噂では無礼で粗暴で野蛮だとは聞いておりましたがそれは間違いなのでしたか……」
「初対面でいきなり心外だな。オレでも礼の返し方くらい弁えている。失礼な輩にはそれなりの対応で返しているだけだ」
「いえ、そういう意味で言ったわけではございませんのよ。誤解されたのであればお詫び申し上げます」
けなしたと思ったヴェネラナは頭を下げるもカリフが制止する。
「いい。別に何とも思わんし、今更だ」
「ですが……」
「これ以上の謝罪は本当にオレを侮辱したことと真実を歪めることになる。本当に悪いと思うなら何も言わないことだ」
それを聞くや否やヴェネラナは謝罪を止めてカリフに優しく微笑みかける。
「分かりました。貴方の心遣い感謝いたします」
「ふぅ……あんたみたいなタイプは久しぶりだから対応に困る」
「ふふ……貴方も言いますね」
「ふっ……」
笑い合う二人を見るに互いに気に入った様子だった。それを確認したギャラリーは意外そうにしながらもカリフが素直に打ち解けてくれたこと安堵し、食事を続ける。
「それではお食事になさいましょう。貴方の分もご用意させましたので」
「よし、じゃあ食うか」
表情をあまり変えなくても今のカリフは少し機嫌がいいのだとリアスは分かるほどに声が弾んでいた。
嬉々として席に座ったカリフとヴェネラナだが、ここでアザゼルが気付いた。
「そういえばお前、テーブルマナーは心得ているのか?」
「……」
一言でカリフの動きは止まった。テーブルのフォークとスプーン、ナイフを目の前に硬直した。
その様子に全員がある意味予想通りだと思ったことは間違っても口には出さない。
「あら、カリフさんはこういうの苦手なのかしら? 私が教授致しましょうか?」
「箸持ってきてくだせえ」
「うふふ、ステーキに箸は使いませんわよ?」
「……」
「あの、本気で言ってたのですか?」
急に口数が少なくなったカリフに全員が訝しげに見てくる。
正直、この空間から離れたい。変な視線で見られている上に目の前の御馳走にありつけないというのが耐えられない。
「そういえば……あなた箸を使っている所しか見たことが無いわね」
「あらあら、いけませんわそれは……」
リアスと朱乃の指摘になんだか惨めになってくる。そんなカリフにヴェネラナは優しく問いかける。
「それじゃあここにいる間にマナーを教えましょう。今までの生い立ちはリアスたちから聞いたので仕方ないと言えますがそのままというのも問題ですね……」
「……」
グゥの音も出ないカリフを見たヴェネラナはそれを沈黙の肯定と見なす。
「グレイフィア」
「ここに」
気配すら感じさせることなくヴェネラナの横に瞬間移動で現れるベテランの最強メイドのグレイフィアが現れる。
「今後から私と共に彼にマナーをご教授します。よろしいですね?」
「はい。ではカリフさま、まずはあなたのやり方で構いませんので食事をなさってみてください」
楽しみな食事の時間がいつからこんな羞恥プレイになってしまったのか……興味津々に見てくる仲間たちはともかく笑いながら見てくるアザゼルだけは後でぶん殴ると心に決めながらも必死に思案する。
(落ち着け! 今まで組織の潜入でこう言う場面もあったはずだ! よく思い出せ!)
必死に生前とこれまでの経験を活かして葛藤する。
(目の前には食事の皿と皿を中心に右側にはそれぞれ外側から前菜用が二つ、魚介用、肉用のナイフが四つ。その左には同じ様に外側から前菜、魚介、肉用のフォークも四つ……)
まずは皿の左右の情報を確認した後で皿の上側を確認する。
(左斜め上のはバターナイフで上方は外側からデザートナイフ、デザートフォーク、コーヒースプーン……だっけ?)
半信半疑ながらも次はそのナイフの更に外側の四つの淹れ物を確認する。
(で、後は一番上の外側にあるゴブレットには水……その右に赤ワイン用のグラス……後はその下には白ワインでシャンパングラスだ!)
復習を忠実にこなしながらもカリフはさり気なくヴェネラナがナプキンを膝にかけているのを確認してから自分もナプキンをかける。
「あら」
「なるほど……」
主催者であるヴェネラナを確認する視線もあったことからカリフには最低限のマナーがあることが分かった。その後も二人は静かに見守る。
(ステーキだから……一番皿に近いフォークとナイフを……)
ゆっくりだが、肉用のステーキとナイフに伸びる手を見て二人は関心したと同時に疑問に思った。
―――何が問題なのだろう……
二人は……皆は知らなかったのだ。カリフの今の技のルーツを……
カリフはその身を武器に変える手段として最も模倣しやすい食器をイメージしたこと、そしてその模倣のために一時は食器で遊んだり、齧ったり、弄ったり、または自分のん身を食器で突いたりとしてきた。
そのため、いつしかカリフの体は食器はただの道具ではない。
“兵器”として認識してしまったことに……
その“兵器”を手に掴んだ瞬間、カリフの“スイッチ”が入った時はもう遅かった。
「っ!」
「あら?」
「え?」
間の抜けた声をリアスたちが出した時には既にカリフがフォークとナイフを振りかぶっていた。
「うおおおぉぉぉぉ!」
身体が勝手にフォークとナイフに反応して目の前のステーキを標的と認識、同時にあらん限りの力をステーキに向けた。
その直後、グレモリーの誇る長テーブルが煙を上げて破壊、切断された。
その衝撃は食堂に止まらずにグレモリー邸を……辺りの土地さえも震わせた。
本日二度目の爆発を起こったのだった。
◆
食事が終わった後、カリフは軽い説教を喰らった後に昼食を個室で、自分流の食べ方で済ませていた。
その直前にヴェネラナとグレイフィアによるマナー教室が決定されたことが何よりショックだった。
『マナーは悪くありません。ですが、これはマナー以前の問題です』
『カリフさまの深層心理のせいでフォークやナイフ、スプーンといった物が臨戦態勢の引き金となっており、身体が食器を兵器として見なしている兆候があります。まずはそれを治しましょう』
この合宿は自分の思ってた以上に辛いものになるのかと少し気後れしながらも、歩んでいく場所はグレモリー家の広大な庭だった。
図書館からいくつもの本を持ち出して外である案件を調べようとしていた。
―――精神と身体との相互関係
カリフの身体には、もう一人のブロリーの魂が宿っており、それが身体に定着している。
朱乃、小猫にも指摘したのだから自分も己と向き合おうとカリフなりに考えた結果である。そのために、今回は力でどうこうできる問題でもなく、カリフは苦悶の“学問”の力を借りようと至った訳である。
先程の失敗を頭の隅に追いやり、適当な場所を探していると自分の方に近付いて来る気配がある。
その方向に目をやると自分よりも小さな少年がこっちに向かってきている。髪は紅であり、格好も貴族を思わせるほど上品である。
大方グレモリーの血縁者だと考えているとその少年は遠慮がちに近付いてきた。
「あの……突然で申し訳ありませんが、あなたはカリフさま……でよろしいでしょうか?」
「ん、まあそうだな」
不安げだった少年の顔は少し柔らかくなった。
「は~、よかったです~。もし違う人だったらどうしようかと……」
「ふむ、そう言うお前は何者だ?」
カリフが名を聞くとその少年は姿勢を正してお辞儀をする。
「すみません。こちらが名乗り出ないままお名前を聞いてしまって。僕はミリキャス・グレモリーと申します」
「あぁ、やっぱ血縁者ね。リアスの弟か?」
「いえ、私の父さまは魔王さまで母さまはここでメイド長をされています」
「あぁ、サーゼクスとメイド……長?」
「はい!」
人懐っこい笑みのミリキャスにカリフは意外そうに舌を巻いた。
「はぁ……まあサーゼクスなら分かるが……グレイフィアか……魔王とメイドね……あぁ~そういう関係ね……」
「どうかしましたか?」
「いや、まあ意外だって話だ。そんなに深く考えなくていい」
「はい!」
人懐っこい笑みを浮かべるミリキャスにカリフは生前の義弟たちの姿を照らし合わせる。
―――カリ兄ちゃん!
天真爛漫な悟天
―――カリフー!
少し生意気だったトランクス
二人と似ているとは言えないミリキャスだが、そんな幼子がカリフを一時的に過去へ戻らせていた。
(懐かしい……そういえばこんな風に小さい奴らだっけか……)
散々二人に振り回されてきた当時は鬱陶しいと思っていたのだが、同時にカリフの心を癒していたのだと今になって分かる。
そんなこともあってかカリフの子供の扱い方には意外にも定評があった。
ミリキャスの視線に合わせるように膝を付いて話しかける。
「それで、オレに何か用があったのか?」
「あ、いえ、用と言うほどではないのですが……ちょっと話を聞きたくて……」
「? それなら構わんが?」
「でも、今は修業中ですよね?……それではご迷惑かと……」
遠慮する少年にカリフは溜息を吐いて少し軽やかな口調で言い聞かせる。
「ガキにそんな心配されるほどじゃねえよ。ガキなら遠慮しねえで言ってみろ」
「ほ、本当ですか?」
「いくらオレでもガキに当たるほど落ちた覚えはねえ。それに、これから修業じゃなくて調べ物だから大丈夫だ」
「調べ物……ですか?」
「あぁ、正直言えばこう言うのは得意じゃない。ここで会ったのも何かの縁だ。ギブ・アンド・テイクとして提案があるんだが?」
「つまり交渉という訳ですね? 分かりました! 何でもお手伝い致します!」
年相応の子供みたいに目をキラキラさせて喜ぶミリキャスに何故だかカリフは滅多に見せない苦笑を浮かべる。
「オレはこういった悪魔の文字が読めねえからお前がオレに教えてくれ」
「はい。それくらいなら」
「その代わりオレはお前の希望を聞いてやる」
「そ、それじゃあお話してくれるんですか!?」
「嘘は言わねえよ」
そう言うと、ミリキャスは体一杯にお辞儀して嬉しさを体現した。
「ありがとうございます! 僕ずっと楽しみにしてたんです!」
「本当に話だけでいいのか?」
「大丈夫です! だってこの世界で一番強いとされる人間と呼ばれるあなたがグレモリー家まで遠路はるばる来て下さったのですから! そんな人の話を直に聞けること自体幸運です!」
「はぁ~……これが英才教育の賜物って訳ね……」
ニコニコと自分を見てくるミリキャスの頭をカリフは思わず撫でてしまう。何だか愛玩動物を撫でたくなったような保護欲に駆られてやったことなのだが、ここ最近、撫でたと言えばフェンリルの頑強な身体くらい。
思わず強く撫でたせいでミリキャスの綺麗に整った髪はグシャグシャになってしまった。
「わっ! ちょっと強いです!」
「わ、悪い。普段からこんな感じで……」
「あはは……大丈夫ですよこれくらい」
普段のカリフを知っている人物が今の彼の姿を見たら何と思うだろう。あの年中威張りまくって毒と暴言しか吐かない暴君が小さな少年を目の前に狼狽しているこの姿に。
これは本人も分かっていないことだが、カリフは無意識的に年下の子供にはどうしても甘くなってしまう。
その原因となったのが生前のヤンチャボーイズである義弟たちだということは言うまでも無い。暴君は意外と子煩悩であった。
気を取り直そうとカリフは咳払いをしながらグレモリーの所有するテラスを指差す。
「じゃああそこで研究するぞ」
「はい! 僕の知識もお貸しいたします!」
「うむ、オレに尽くせ」
そう言うとカリフはこれまた無意識的にミリキャスの手を握って向かおうとしていた。
「あ」
「ん? うお!?」
自分でも気付かなかったようで、ミリキャスの声が聞こえなければ気付かなかった事態に思わず手を離して引っ込めようとするが、その前にミリキャスがカリフの手を握り返す。
「えへへ、大丈夫ですよ。カリフさまの手は暖かくて好きです」
「う、うむ……」
「じゃあ行きましょう」
ミリキャスがカリフをエスコートするみたいにカリフの手を引っ張る中でカリフは自分に呆れていた。
(何やってんだ……オレ……)
悟天たちのことを思い出してから何だか自分が自分じゃないかのような奇妙な感覚に呆れるしかなかった。ましてや自分より小さな男の子に主導権を握られている感じがして一層に情けなくなる。
リアスたちは知らなかった。
まさかすぐそこの庭先で最も恐れるべき暴君が無垢で素直な小さな甥っ子と思わずニヤけてしまうようなやり取りがあったことに……
◆
夕食の時間、壊れた広間の代わりに広い客室を代用したこれまたゴージャスな部屋に長テーブルを移動させて皆で食事を取っていた。
『『『……』』』
だが、そのアザゼルでさえもある人物の意外な姿に言葉を失っている。
「……」
「お、おい……」
ドヨ~ンと聞こえてきそうなくらい頭を項垂れて食卓につくカリフにアザゼルも心配してしまう。
「カリフさん。何があったのかは分かりませんが、ここは食卓です。厳しいようですがそのような格好は……」
「母さま。カリフ兄さまを怒らないであげてください。私が悪いのです」
「ミリキャス? それは一体……」
申し訳なさそうに話すミリキャスにリアスが聞くとポツリポツリと話していく。
「今日、カリ兄さまに悪魔の文字を教える代わりにお話を聞かせてもらったんです……でも、僕……あまりに嬉しくなってしまって、どんどん質問ばっかりして……」
「それで時間を使い果たしたということなのね?」
「はい……そのせいでカリフ兄さまの研究の邪魔しちゃって……」
シュンと申し訳なさそうに頭を下げるミリキャスに対して誰もが信じられない話を聞いた感じで何も言えなかったのだが、その沈黙を破ったのはカリフだった。
少し慌てた口調で
「べ、別にそれくらいなら後で取り戻せるし、何はともあれ前半はお前から教わったのは事実だから気にするな」
「でも……ご迷惑じゃないかって……」
「いやぁ……子供はあれくらい好奇心旺盛な方が健全なんじゃない……かな? 子供の何でも知りたがることは大事なことだし……」
「本当……ですか?」
「オレは嘘言わないよ!? むしろ子供の探究心を侮っていたオレにも責任が無いとは言えないし……」
信じられない……あのカリフがミリキャスに対して圧されているように見える。
今まで見せたことも無いような狼狽し、上ずった声のカリフにリアスたちは目を丸くしていた。
その一方ではカリフは今にも泣きそうなミリキャスに自分でも分かるほどに混乱しながらも慰める。
その成果があってかミリキャスも暗い顔から安心したような笑顔を浮かべる。
「あはは……ありがとうございます」
「あ、あぁ……分かればいいんだ分かれば」
「はい! お次は僕もお役に立つように頑張ります!」
泣かれる事態を避けられたことにカリフは安堵のため息を吐く中、隣のアザゼルに膝を突かれて呼ばれた。
「なんだよお前、結構可愛い所あるじゃねえか? ん?」
この瞬間、カリフの中で何かがキれる音がはっきりと聞こえた。
―――ほざけこの腐れカラスがぁぁぁぁぁぁぁ!!
―――ほぎゃああぁぁぁぁぁぁ! 的確に足の小指をテメェェェェェェ!!
無言で交わされた会話はカリフが力一杯アザゼルの足の小指を踏むことで行われた。
目の前で機嫌が良くなったミリキャスには悟られないような攻撃を終えたカリフはフラフラとテーブルから立ち上がる。
「あら、食事はもう済みましたの?」
「あぁ……何だか今日は疲れた……風呂入って寝たい……」
「そ、そう……お疲れ様……」
食事はとっくに済ませてあったカリフは本当に疲れた様子で部屋から出ようとする。リアスたちも何とも言えない感じで挨拶を交わす。
そんなカリフにリアスが戸惑いながら挨拶する。
「お、お休みなさい……きっと疲れているのよ……ね?」
「あ~……お休み……」
おぼつかない足取りのカリフを全員で見送る中、ミリキャスが輝く純粋無垢な笑顔をカリフに向ける。
「お休みなさい! カリフお兄さま!」
「そんな綺麗な目でオレを見るんじゃねえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「あぁ! カリフお兄さま!」
「オレはお前が思うような奴じゃねぇぇぇぇぇ!」
普段は向けられないような純粋な眼差しに耐えられなくなったカリフはその場から走って去った。その真偽は誰にも分かるはずが無い。
完全に姿が見えなくなった所でリアスたちは感嘆ともいえる溜息を吐く。
「あんなカリフ……初めて……」
「えぇ……何と言えばいいのか……新鮮でしたわ」
「……ギャップ」
「子供が苦手なのかな?」
「何だか別人です……」
率直に驚くリアスたちに対し、ミリキャスは満面の笑みを浮かべる。
「何だか噂と違って本当にいい人でしたカリフ兄さま。僕の質問にもちゃんと答えてくれたり相談してくれたり、それにすごく面白い方です!」
「へ、へぇ~……それにしても兄さまって呼ぶようになったのね?」
「はい、何だか逞しくて優しくて……すごくお兄さんって感じがして……」
「あぁ……分かります……普段は当たりがきついのにいざとなると助言してくれたりクラスの人たちに質問攻めされたときもさり気に助けてくれたこともあって……ミリキャスさまのお気持ち分かります~」
ギャスパーとミリキャスが幸せそうにホッコリしている様子をリアスたちは微笑ましくなった。
カリフにも意外な弱点があったことに。
そんな中、さっきまでの光景を見ていた小猫は複雑な気持ちになる。
(……昼に見せたカリフくんはあんな顔しない……)
本当は分かっている。カリフは意味も無くあんな憎まれ口を叩くような人物ではないと言うことを……
そして、いつまでも自分の力から逃げることなんてできるはずもないことに……
だけど、頭では分かっているのに気持ちが拒否する。
そんな自分がもどかしい。
(私……どうすれば……)
心と身体が上手くかみ合わないのはカリフと同じだった。
小猫は考えても仕方のない途方も無い悩みをこの夏の間に解決しなければならない。
こうして様々な想いが行き交う合宿一日目が終了した。
新たな主人公の弱点を露呈……というか主人公が人間くさいということを表した回でした。思いきった人格ブレイクだったのですがどうでした?
それではまた次をお楽しみください