ハイスクールD×B~サイヤと悪魔の体現者~   作:生まれ変わった人

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プール後、白龍皇

「冗談じゃないわ」

「?」

 

部室に入ってきたカリフが最初に聞いた一声はリアスのものだった。

 

見れば、イッセーがリアスに抱きかかえられ、胸で窒息寸前だった。

 

「むがー! ふがー!」

 

入ってきたカリフにいち早く気付いたのが木場とゼノヴィアだった。

 

「やあ」

「また会えて嬉しいよ」

「ちゃっす。早速だけどなにこれ?」

 

カリフがイッセーたちに指差して聞くと、それにはリアスが憤慨しながら答える。

 

「ここの所、イッセーを指名して何度も呼び付けていたのよ。内容の割には代価が大きすぎるからおかしいと思っていたのだけれど」

「良いじゃん別に」

 

カリフの一言にリアスはさらにイッセーを強く抱きしめる。

 

「大問題よこれは! 悪魔、天使、堕天使の三すくみのトップの会談がこの街で執り行われるとはいえ、私の縄張りに侵入して営業妨害していたなんて……! しかも私のかわいいイッセーにまで手を出そうなんて万死に値するわ! アザゼルは自他共に認めるセイクリッド・ギアの収集家、きっとブーステッド・ギアが目的ね」

「いや、暇だっただけだから」

「暇で会談前に不謹慎過ぎ……」

 

カリフの事実に小猫が突っ込みを入れるもそれが真実だから深くは言わない。どうせ、イメージ悪くなるのはアザゼルだし、庇う理由も無いし。

 

「大丈夫よイッセー。私がイッセーを絶対に守ってあげるわ」

「犬の扱いだな。それ」

「思ってても口にしないで。なんだか微妙な気分になるから……」

 

イッセーの頭を撫でながら抱きしめられながらもイッセーはカリフに傷を抉らないように懇願する。

 

「モテるじゃないかイッセー。ハーレムの夢が近付いてるんじゃないか?」

「人のこと言えねえだろ……やっぱり俺と木場、カリフのセイクリッド・ギアが目的なのかな……」

 

イッセーは不安げに洩らした。

 

その呟きにリアスたちは首を傾げた。

 

「? イッセー。イッセーと祐斗なら分かるけど、カリフのセイクリッド・ギアって?」

「え? 知らなかったんですか?」

「えぇ、私たちも初耳ですわ」

 

全員の視線がカリフに向かうと、当の本人はシレっと答える。

 

「だって聞かれなかったし」

「あ、あなたねぇ……」

 

リアスとしてもカリフの行動理念やらを把握しかけてきたのだが、未だに彼女の手に負えない気まぐれな性質がある。

 

彼の人並み外れた非常識さに頭を抱えていると、ゼノヴィアが豪語する。

 

「大丈夫だよ。イッセーくんは僕が守るから」

 

イッセーを落とすような木場の言葉にイッセーは嫌悪の表情を露わにする。

 

「いや、気持ちは嬉しいんだけど、真顔で男にそんなこと言われても反応に困る……」

「真顔で言うに決まってるじゃないか。君は僕を助けてくれた。君は僕の仲間であり、僕の守るべき人だ」

「おい、発言に気を付けろって……!」

 

イッセーが木場に何らかの危機を感じ取る中、木場は顔を紅潮させながら続ける。

 

「僕のバランス・ブレイカーに至ったセイクリッド・ギアとイッセーくんのブーステッド・ギアが力を合わせればどんな危機でも乗り越えられると思うんだ。ふふ……少し前まではこんな暑苦しいこと言うタイプじゃなかったのに、君に影響されているのかな? それでも嫌じゃないのは何故だろうか? 君のことを考えると胸の辺りが熱くなるんだ」

「ち、近寄るな! 触れるな!」

 

迫ってくる木場を一心不乱に振り払おうと躍起になるイッセーに木場もしゅんと気落ちする。

 

「そんな、イッセーくん……」

 

だが、その横では朱乃がカリフの肩に手を置いた。

 

「じゃあ私はカリフくんをお守りしますわ」

「む、朱乃さん。その役は私の役でもある。たとえアザゼルだろうがカリフと私を引き離そうものなら私とデュランダルが黙っては無いからな」

 

ヒートアップする強き女たちにカリフは鼻を鳴らし、イッセーは泣きながらカリフを羨ましがっている。

 

「カリフくんならアザゼルでも撃退できそうです」

 

小猫が小さく呟いた言葉に部員全員がその光景を容易く想像している中、カリフは朱乃の手を振りきって立ち上がる。

 

「オレより自分の心配をしたらどうだ? コカビエルに手も足もできなかったお前らじゃあアザゼルなどに返り討ちされんのがオチだ」

「いや、でもあれは昔の堕天使なんだぞ? いきなり勝てだなんて……」

「今からそんなんでは話しにならん。戦って分かったが、奴は堕天使幹部の中でも実力は下の下、幹部の中ではあまり実力はない」

「いやいやいやいや、あれで下の下って……」

 

イッセーが突っ込むが、カリフは耳をかさない。

 

「どっちにしろ、だ。この前の戦いは100点中60点、これからアザゼルに勝とうと思っているなら論外だ」

「あ、あんな死ぬ思いで修業したのに……」

「一般人だったイッセーをあのトリ戦で使い物にする程度で修業だと思ったのか? この機会だまたお前等をミッチリ鍛えてやる」

「お、おおぅ……」

 

あまりに正直な意見にイッセーたちの胃がキリキリと締めつけられてくる。

 

また何度も夢の中で殺されるのかと……

 

「だけど、アザゼルの動向には注意しないと……相手が相手だし下手に手を出すのも……」

「アザゼルは昔からそう言う男だよ。リアス」

 

堕天使総督という肩書だけあってリアスも対応に困っているようだが、それを明るく笑い飛ばす者が現れた。

 

全員が声のした方向を見ると、そこには紅髪の男性が微笑んでいた。

 

すると、イッセー、アーシア、ゼノヴィア以外の眷族たちは跪き、先の三人は疑問符を浮かべ、カリフは笑いながら再びソファーに深く座る。

 

リアスはイスから慌てて立ち上がる。

 

「お、お、お兄さま!?」

 

リアスがイッセーの頭を落として驚愕してい中、カリフは男の巨大な気と別の強大な『何か』を察知していた。

 

もちろん、その後方のグレイフィアの気も無視するようなカリフではなかった。

 

そして、名前くらいは聞いていた。

 

ルシファーの名を冠する現・魔王の『サーゼクス・ルシファー』のことを……

 

「コカビエルのようなことはしない。ただ悪戯が好きな総督さまだよ」

 

サーゼクスのことを思い出してか、イッセーとアーシアが跪くのを見てサーゼクスは手を上げる。

 

「楽にしたまえ。今日はプライベートで来た」

 

そうとだけ言うと他の面子も姿勢を楽にする。

 

その中でもカリフだけは姿勢も態度も一ミリとも変えていない。

 

欠伸をしながらサーゼクスの話しを耳に入れる。

 

「お、お兄さま、どうしてここへ?」

「何を言っているんだ? 授業参観が近いのだろう? 未来のために頑張る妹の姿を一目見ようと思ってね」

「グ、グレイフィアァ?」

「これも女王の務めですので」

 

授業参観のある数少ない高校の機会を使って妹を見に来た妹バカの話にカリフはというと……

 

「……」

 

無言で学ランのあちこちのポケットをまさぐっていると、奥から何かを掴んだ。

 

「……」

 

見てみると、洗濯機と一緒に回されてクシャクシャになった紙の塊が一つ。広げてみると、大抵は分からなかったが、かろうじて見て取れる字があった。

 

『授……参観……』

 

その三文字だけ何とも言えない表情で見ていると、ソファーの後ろから小猫が現れてカリフの髪を覗き込んで呟く。

 

「……私たちの授業は体育だから」

「うい」

「今度からもらったプリントはその日の内におばさまたちに見せること」

 

特に気にした様子も無く返すカリフに溜息が漏れる。

 

そして、横では自分とは対照的に驚愕したり文句垂れているリアスを一瞥する。

 

「魔王たるお兄さまがいち悪魔を特別視してはなりません! 魔王の仕事を休むなどもってのほかです!」」

 

本音か武装理論とも言える言い分にサーゼクスは首を横に振る。

 

「いやいや、これは仕事でもあるんだよリアス。実はこの学園で三すくみの会談を執り行われることになってね。その下見も含めてね」

 

サーゼクスの言葉に部員全員がまさに驚愕の表情を浮かべる。

 

「ほう……楽しそうじゃん」

 

その中でもカリフだけ、悪魔、天使、堕天使の未来のあり方が決まるかもしれない会談の話しに興味を示す。

 

「本当に……ここで……?」

「ああ、この学園とは何かしら縁があるようでね。魔王ルシファーの妹であるお前とレヴィアタンの妹、伝説の赤龍帝、聖魔剣使い、聖剣デュランダル使いに加えてコカビエルと白龍皇の襲来があった場所。偶然で片付けるには無理がある事象ばっかりだ。様々な力が入り混じってうねりとなっているのだろう。そのうねりを加速度的に増しているのが兵藤一誠くん……赤龍帝と……忘れてはならない存在がいる」

 

サーゼクスとグレイフィアの視線に眷族全員の視線が追う。

 

「それらの異常な力の更に上位の位置に存在し、うねりの起爆剤ともなっているのが君だ。史上最強の人間……鬼畜カリフくん」

「ふ……」

 

全員の視線にも関わらず未だにソファーで横になっていると、サーゼクスがおもむろに近付いてきた。

 

「人間でありながら常識を逸脱した行動力と精神力、そして腕力も闘気までもが既に上級悪魔クラスだと聞いたが、実際は違う」

「そ、そうだよな……いくらなんでも魔力無しで上級悪魔とか……」

 

イッセーが苦笑交じりに呟いている横でサーゼクスは不敵な笑みに変えてカリフを見る。

 

「私は既に君は神、魔王クラスではないかと踏んでいるのだよ」

 

その言葉に眷族全員が驚愕に目を見開かせる。

 

対するカリフは依然変わりなく。

 

「君の言う通りコカビエルは幹部の中では下位にランク付けされてはいるが、それでも大戦を生き残った上級堕天使には変わりない。しかも、彼らの光の結界から生還だ」

「あの結界ってそれほどのものだったのか?」

 

ゼノヴィアが聞くと、サーゼクスは気付いたように微笑み返す。

 

「君が聖剣デュランダル使いかい?」

「あぁ、ゼノヴィアという。始めまして」

「こちらこそ、新たな眷族としてリアスや皆を支えてやってくれ」

 

軽い自己紹介を二人で交わすと、サーゼクスは気を取り直す意味合いで咳払いする。

 

「質問の答えだが、幹部クラスの堕天使の光の結界に捕まれば悪魔は一瞬で蒸発、天使でさえもあまりに強すぎる光の力に身を焦がすほどだ。魔力の無い人間が閉じこめられたらまず、無傷では済まないはずなんだ。その証拠にその結界から生きて出られる確率は1%以下となっているからね」

「え、でもカリフは……」

「そう、だからこそこの時点で彼が神クラスでないと個人的には納得できないんだ。このことは既に天使、堕天使勢でも似たような見解が出るだろうね。いずれは彼の名も瞬く間に全世界の神話体系に通ずるだろうね」

 

その答えに皆が呆然とカリフを見る。

 

今まではこの駒王学園のいち生徒であり、友であり、後輩でもあった同級生がそこまでの力を有していたことに驚きを隠せない。

 

「それ以前にカリフくんは過去に色んな所でやらかしている節が見られる。例えば今から数年前に狂信的な神の信徒の歯を全て折って顎を砕いた後、素っ裸にして真冬の街中の街灯に鎖で逆さまに吊り上げたとか……」

「あわわわ……」

「思い出したぞ。行き過ぎた信仰で神の意志を履き違え、罪のない人々に圧力をかけていた信徒が見るも無残に攻撃を受けたとか……上級のエクソシストだっただけに結構有名にはなったが、まさかカリフが……」

 

教会組二人はカリフを見て体を震わせていると、サーゼクスが続ける。

 

 

「あのライザーの一件以来、アジュカは君に興味を持ってね、レーティングゲームの話をしたがっていたよ。あのファルビモウスでさえ君を雇う様に眷族に奔走させている。なによりセラフォルーは……」

「まだ諦めてないの? 懲りないねホント」

「そう言ってやるな。彼女なりに君のことを……」

「レヴィアタンさまがどうかなさったんですか?」

「実はね、セラフォルーは彼に……」

 

突如、リアスの問いにサーゼクスが可笑しそうに話そうとしている所をグレイフィアが頭を叩いて粛清する。

 

「他の魔王さまのプライベート事情を面白おかしく話すのは感心できかねます。おふざけも大概にしてください」

「あ、あぁ……愛が痛いよグレイフィア」

 

頭を押さえながら苦笑するも、すぐに取り直してカリフに向き直る。

 

「ともかく、君は既に普通の一般人では周りも納得できないんだ。だから今度の会談は君の出席がなければ執り行われることは無い。是非、出てくれないか?」

「……なら条件を一つ、会談でも提案する条件を飲むなら出よう」

「何かな?」

 

すると、カリフは指一本立ててサーゼクスに突きつける。

 

「オレもあんたの強さが知りたい。今度手合わせ願おう」

「カリフ!?」

 

その提案にイッセーとグレイフィアを含めた他全員が驚愕し、サーゼクスだけが面白そうに豪快に笑う。

 

「はっはっは! まさか褒美とかじゃなくて戦えときたか! 君も物好きだね!」

「……で?」

「それくらいなら構わないよ。いや、むしろこちらから願おうとしていた所だったよ。セラフォルーに頼まれてね」

「OH……あいつの差し金かよ……」

 

初めて会った時もそうだが、やはりセラフォルーだけはどこか頭のねじが抜けてるんじゃないかと疑うほど自分に固執している。

 

だが、そう言う女も嫌いじゃないのでそれほど邪険にすることはしてないのだが。

 

「その時にはアジュカも呼んでパーティーしようと思っている。私の眷族とも手合わせも計画しているのだが、どうかな?」

「うむ、そそる話じゃないか?」

 

二人の会話にイッセーが気になってリアスに聞いてみる。

 

「あの、魔王さまの眷族ってやっぱり強いんですよね?」

「ええ、中には神獣、歴史に名を残す者や英雄の子孫もいるわ。一人一人が私以上の実力を伴っているんだけど、全員が集まるなんてことは大抵、有り得ないことなのよ」

「部長以上ってマジですか!?」

 

もはや規模の違いにイッセーはとてつもなく大きな壁を感じてしまった。カリフに殺されながら続けた特訓が世界ではまだ通用しないということも彼にとっては落胆する理由となっていたのに、目の前で自分よりも一個年下の後輩が自分たちとは及びもつかない領域の中で戦おうとする姿勢に嫉妬さえ覚える。

 

横では木場も同じ心境なのか決心したように表情を引き締めていた。

 

一方で、リアスは意外にも円滑にカリフの会話が終わりそうで安堵していた。

 

だが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「なんだ、魔王といっても予想以上に好青年じゃんか」

「それは光栄だね。以前はどう思っていたんだい?」

「妹を食い物にして不死鳥の家に取り入る様はまさに外道だと思った」

 

その瞬間、部室内の気温が一気に下がったのを感じた。

 

リアスが持っていたティーカップを落として割ろうともこの空気だけは変わらなかった。

 

後方のグレイフィアがすかさず口を挟んだ。

 

「あなたさまが幾ら人間であろうとも口にはお気を付け下さい。魔王さまの御前です」

「だから何? 魔王だからといって妹との約束を反故にしたあげく望まない相手との交尾を推し進めることも許されるの?」

「そこには込み入った事情が……」

「カ、カリフ……それはもういいわよ……」

 

リアスが場を鎮めようと宥めるが、カリフは真顔で続ける。

 

「第一、悪魔は契約を重んじると聞いていたが、魔王自身がそれを破って詫びも無し、ズカズカと話勝手に進めて……何様のつもりだ?」

「カリフさま、それ以上の侮辱は……」

 

たまらずグレイフィアがカリフの向かおうとする所をサーゼクスは手を添えて制す。

 

「魔王さま?」

「いや、これはいずれ私の口から伝えなければと思っていたことだ」

 

そうとだけ言うと、サーゼクスはカリフに臆することなく続ける。

 

「その件に関しては私も父上も急ぎ過ぎた節は感じている。だが、魔王には強大な力と同時に大きな責任を持っている。その魔王が……魔王だからこそ約束を……種の信念さえも曲げなければならぬ時もあるのだよ」

「権力ね……めんどくせえ」

「君には君の信念があるように私たちにはそれぞれの信念がある。たとえ脅されようとも殺されようとも曲げてはならぬ信念があったのだよ」

「……」

 

互いに強いまなざしを交差し合う二人に周りの眷族やグレイフィアも生唾を飲み込んでその光景に見入る。

 

だが、先にカリフが以外にも先にカリフが笑うのだった。

 

「臆さず言う所から嘘は無さそうだ……」

「そう言ってもらえると助かる」

「別に許しが欲しくてやっている訳ではない。もし、あの時のことに見合う言い訳が無かったらこの場で痛めつけようとは思っていたがな」

「はははは! これは手厳しいね!」

 

笑い合う二人だが、どこがそんなに面白かったのだろうか、周りの皆は生きた心地が全くしなかった。

 

危うく魔王と人間最強が潰し合う寸前だったというのに……

 

「と、とりあえずここまで来たのですからお茶でもいかがでしょうか?」

「うむ、じゃあそうしようか」

 

この空気を変えるべく、リアスの合図で朱乃は二人分の紅茶を淹れてテーブルの上に置いたのだった。

 

 

 

その夜、カリフはベッドの上で物思っていた。

 

それは会談で提示する条件の考察

 

そして、もう一つは……

 

(会談中はこの家どうするかな……)

 

一番の懸念である『両親の身の安全確保』

 

正直言えば、世界がどうなろうとまず、第一に考えるのは両親の身の安全である。

 

必要とあればアザゼルとかを身代りにするくらいは考えているが、それだと後でテロリストのカオス・ブリゲートが調子に乗って町を攻撃しないとは限らない。

 

(ドッグとウルフに任せるにしても逆にこの家に『何かあります』って教えるようなもんだしな。ペットということで家に置くなら話はまた別だがな、二匹か……)

 

マナは街の下調べもしていたから少なからずここにも来るだろうと睨むカリフは悩んだ。

 

フェンリルのあの大きい力を隠しながら家の傍に置いておける良い方法は無いかと……

 

そう思っていると、部屋のドアがノックされ、小猫が入ってきた。

 

「何だ?」

「……明日はプールの日だから」

「あぁ、一番に使わせる条件のだったな。そう言えば明日かぁ……」

 

自分としても珍しく真面目に掃除したのに、忘れていた。

 

あの時はなんであんなに『一番』の言葉に魅かれて掃除を承諾したのか思い出せなかった。

 

「まだまだオレも若いね~」

「?」

 

少し自分が若いことへの未熟さと嬉しさが混ざってしまって苦笑する。そんな珍しいカリフに小猫が首を傾げていると、カリフは思い立った様に小猫に聞く。

 

「小猫は泳げんのか?」

「……ちょっと苦手だけど」

「それはいかんなぁ、泳ぎは調子でない時には効果的なトレーニングでもある。スポーツ選手の大半がリハビリで水泳を推すくらいにな」

「……だから明日には泳げるようにするの」

「それなら教えてやろう」

 

まさかのカリフからの提案に一瞬だけ驚くも、すぐに微妙な表情になって返す。

 

「……私を溺れさせるのが目的?」

「いやいや、普通の特訓なら殺す気でやるとこだけど、下手に恐怖を植え付けるとできることも一生できなくなるからな。ただ顔を水に付けてバタ足程度で慣れさせてから自由にやらせる程度だ」

「……本当?」

「オレが嘘吐くと?」

「思わない」

 

小猫も今回は特訓のようなことをしないと分かってどこかホっと安堵したような表情になる。

 

「あ、でもこれイッセーでも簡単に教えられるか、ならイッセーにでも……」

「……(フルフル)」

 

無言で首を横に振って否定すると、今度はカリフが意外そうな表情になる。

 

「オレがいいと?」

「……イッセー先輩は何かありそうだから怖いけどカリフくんならその点なら問題ない。それに……偶にはこういうのもいいかなって……」

「良いのか? まあいいならオレも別にいいけど」

 

そう言いながらカリフはタンスの中から様々な水着やゴーグルを嬉々としてカバンに詰めていく。

 

無意識に鳴らす鼻唄も相まって小猫はカリフの意外な一面を見た。

 

(案外、楽しみなんだ……)

 

昼に聞いた神クラスの強さを誇る幼馴染がなんだか自分たちと同じような子供だと認識することができてどこか安心できた。

 

そんな安堵感からかカリフを見て思わず優しい微笑みを浮かべながら見ていた。

 

(それにしても、以外に可愛い所もあるんだね……)

 

幼馴染を理解するにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

 

そしてやってきたプール開き。

 

暑さを取り戻してきた最近では嬉しい行事でもある。

 

「本日快晴! 絶好調なプール日和だ」

 

カリフはテンションを上げて目の前の輝くプールを前に準備体操していると、そこへ朱乃がカリフの顔を覗き込むように現れる。

 

「うふふ、張り切ってらっしゃるわね」

「そりゃそうだろ。泳ぐなんて日本に帰ってからオホーツク海から日本海まで泳いだのが最後だったしな。ちったあ楽しまねえと。オレは今日、世界新記録を塗り替える!」

「ふふ、応援してますわ」

 

朱乃はまるで子供の愛らしさを前にして微笑む母親のような微笑みをカリフに向けるが、その前にカリフが突っ込んだ。

 

「というよりその恰好すげえなオイ」

「昨日、選りすぐりのを選びましたの」

「通りで昨日いなかった訳か……露出多すぎだろ」

 

朱乃の水着はとても布面積が小さく、そのはち切れんばかりの胸やヒップラインをこの水泳が終わるまで支えられるのかどうかが気になる所である。本当にはち切れたらこの水泳の時間も全て台無しとなる心配があった。

 

「うふふ、似合いますか?」

「にあってるにあってる」

 

何を言っても無駄だと気付いているのか素っ気なく返すカリフに朱乃はカリフに後ろから抱きつく。

 

「そんな心の籠っていない返事は悲しいですわ……もっと私を見て……」

「っ!」

 

美人の柔らかい双丘を押し当てられるという男なら泣いて歓喜するシチュエーションをカリフは朱乃をプールに『投げる』という選択肢で放棄した。

 

男として信じられない行動に木場も朱乃の官能攻撃に耐えていたイッセーやリアスですらもポカンとした。

 

水飛沫を上げてプールに投げられた朱乃はすぐに水面から顔を出して這い上がる。

 

「どこかお気に召しませんでしたの……?」

「すまん、今のは癖だ。後ろから羽交い締めにされるとついつい投げ飛ばすか反撃してしまうんだ」

 

長年、死線に立ち続けてきたカリフに沁みついた癖は厄介で、決して治ることのない戦う者の本能。

 

「今のは悪かった」

「いえ、私こそさしでがましいことして、ごめんなさい……」

 

朱乃はやっぱり自分たちとは住む世界が違うんじゃないかと思ってしまうが、そんな彼女にカリフは続けた。

 

「まあ、これもオレの課題みてえなもんだ。気にすんな。お前のように積極的な女は好きな方だし」

「本当ですか!? じゃあこれからも……! その……」

 

だが、恋する乙女には一つや二つの障害などどうということも無かった。

 

カリフからの讃辞に朱乃は舞い上がってつい素に戻ってしまう。

 

しどろもどろの彼女にカリフはタイムウォッチを投げて渡す。

 

「じゃあオレは泳ぐときはタイム計測よろしく」

「はい! うふふ……今日は役得ですわ」

 

すぐにいつものお姉さま口調に戻るが、イッセーはさっきの素の女の子に戻った朱乃に放心していた。

 

「朱乃さんって、あんなにはしゃぐんですか?」

「あれが本来の朱乃よ。友達に冗談言って笑い合ったり、普通に恋する女の子よ?」

「何と言いますか……お姉さまキャラだったので少し驚きました……」

「朱乃のこともいいけど、こっちも見て」

「え? ってぶちょ……!」

 

無理矢理イッセーと向き直って首に腕を絡ませてホールドするリアス。

 

あまりに官能的なシチュエーションにイッセーは顔を赤くさせ、舌も回らなくなる。

 

「あ、あのですね部長! こ、これは流石に刺激的といいますか何と言いますか……!」

「あら? イッセーはこういうのお嫌い?」

「大好物です!」

「素直で結構」

 

楽しそうに笑いながらイッセーという想い人をからかうリアスにとってこの時間はまさに至高の一時に違いない。

 

「ほらほら、そんなに固くならないで。もっと一歩を踏み出して?」

「良いんですか!?」

「この前のコカビエルのときに頑張った御褒美って言えば納得するかしら?」

「いただきます!」

 

体を互いに引き寄せてゆっくりと密着する寸前のことだった。

 

突然、イッセーの体がスクール水着のアーシアによってリアスから引き剥がされた。

 

「部長さんだけずるいです! 私もイッセーさんと……」

「あの、アーシア?」

「私の数少ない楽しみを掠め取るなんて随分じゃない? この子は私の眷族で下僕なのよ?」

「あの、部長?」

 

頬を膨らませて怒るアーシアと余裕たっぷりのリアスの間で飛び散る火花! その間に挟まれ、委縮するイッセー!

 

早くもプールサイドでカリフの大好物な『修羅場』が繰り広げられていた。

 

「はははは! 本当にあいつはオレより年上か!? ヘタレもいいとこだな!」

「その割には楽しそうだね……」

「もっとやれ! オレが許す!」

「ははは……!」

 

カリフのねじ曲がった性格に木場も苦笑しながら準備運動を続ける。

 

カリフはアーシア同様のスクール水着の小猫に向いた。

 

「じゃ、軽く始めるか」

「……うん」

 

 

そこからしばらくの間はカリフが率先して小猫の水泳指導を行っていた。

 

今は小猫の両手を掴んでバタ足でゆっくり泳がせている。

 

最初は不安がっていた小猫もカリフの対応に安心して着実に初心者用のメニューをこなしている。

 

「ぷはー。ぷはー」

「息は深く吸って肺の空気を全て出すような感じでやってみろあまり息継ぎしない方が速く泳げるぞ」

「うん……」

 

サイズの差もあってか傍から見れば兄妹の微笑ましいワンシーンと思わせるほどのどかだった。

 

そんな光景にイッセーから泳ぎを教えてもらっていたアーシアたちも無意識に笑顔になる。

 

「教えるときは教えてくれるんだよな~。こんな一面知ってんのってオカルト部員だけかもな」

「本当は優しい子なんですよ」

 

学園では番長やら世紀末覇者やらで恐れられているカリフの優しい一面に皆は微笑みを浮かべる。

 

その一面を見ていたゼノヴィアに至っては意外そうにしながらもなんだか嬉しそうに笑って見つめていた。

 

「ほれ、25メートルついたぞ」

 

ここで壁に着いたのだが、熱心に泳いでいた小猫は勢い余ってカリフの体にぶつかって腕で掴んできた。

 

見た所、小猫がカリフに抱きついている姿になり、イッセーは羨ましがっていたが、アーシアはその光景から自分もやってみようかと画策していた。

 

そんな中で小猫はカリフの固い体に抱きついたまま顔を上げた。

 

「たったこれだけでも疲れるだろう?」

「うん、だけど気持ちいい」

「泳ぎのいい所だ。後は自分で精進しろよ?」

 

いつもと違って丁寧に教えてくれるカリフに小猫は珍しく控えめな笑顔をカリフに向ける。

 

「……今日はごめんね? 迷惑かけて……」

「別にいい。教えることはそんなに嫌いじゃないし、参観日も近いからな」

「……時々だけど、君は本当は優しいかもって思う時があるよ」

「オレは優しさでできてるんだ。それが何か?」

 

相も変わらずの様子に小猫はいつものように呆れるもすぐにお礼を言って休むべくプールサイドに上がろうとするが、そこでカリフに止められる。

 

「あのよぉ、後でオレのタイム測ってくれねえ?」

「タイム? それくらいならいいけど……」

「それならよかった。そんじゃあ少し休んでから測定ヨロ」

 

そう言い残してカリフはプールから勢いよく出て、休憩室に入り、そこのイスを使って寝転がる。

 

そのままカリフは横になってしばらく休む。

 

「今いいかい?」

 

そこへ、ゼノヴィアが顔だけ見せて遠慮がちに聞いてきた。

 

別に休んでいただけでそれほどやることもなかったカリフはそのまま手招きする。

 

カリフの傍に来て朱乃には劣るが、魅了のプロポーションを強調するようなポーズを披露してくる。

 

それに対し、カリフから一言

 

「流行ってんのそれ?」

「う~ん、何だか反応がイマイチだね。このやり方は気に入らなかったかな?」

 

見るにゼノヴィアは不満そうだが、カリフは片目だけ開けて一瞥するだけ。

 

「で、何しに来た? お前がそれだけ言いに来たわけではあるまい?」

「うん、じゃあ早速だけどこれから子作りしようと思ってね」

「……は?」

 

信じられるだろうか? 急に日常会話の如くゼノヴィアから子供を作ろうなどという画期的なプロポーズを受けた。

 

カリフも普通に会話していたつもりがなぜかプロポーズを受けたことには目を丸くして驚く。

 

すぐに理解すると、カリフは面白そうに笑う。

 

「はっ! 何の前触れも無く急じゃないか!」

「回りくどいことは嫌うと思ってね。それなら正攻法で正面からアタックしてみたけどどうかな?」

「いい線はいっているが……お前がどう思ってそう至ったのかが知りたい」

 

カリフがそう言うと、ゼノヴィアは顎に手を置いて語る。

 

「どうって……今まで教会暮らしだった私は今度は悪魔になったから女の欲望を解放して……」

「それがオレとの子作りって訳か……確かに子作りは男にとっても女にとっても大事なことだ。オレはそれを否定するつもりは毛頭ない」

「そうか、それなら……」

 

ゼノヴィアは寝ているカリフに覆いかぶさるようにカリフと体を密着させようとするが、カリフは両目を見開いてゼノヴィアを射止める。

 

「だが、オレはまだ作る気はない」

「え?」

「今、子供なんて産んだら自分の時間が消えるからな。今はまだその時ではないと思う」

 

ゼノヴィアもその場で動きを止めた。

 

「それに、ガキ産んでからお前はどうする? オレもお前も幸せになれるのか?」

「どうなんだろうね……」

「オレはお前のことを知らんが、お前もオレのことをあまり知らんだろう。まずは互いを知ることだ」

「そういうものかな?」

「親の受け売りだけど」

 

この世界の親から教えられた円満家庭の築き方なることを食事中とかによく父親とイチャついて話している。

 

正直、食事中にあれは参ってしまうから止めて欲しい。

 

(散々注意してんのになぁ……)

 

人の家庭に茶々入れるほど無粋では無いし、ましてや親なのだから中がいいのはいいことだと分かる。

 

だが、息子(仮)としては流石に知りたくなかった点も多々あったのは事実だった。

 

「なるほど、確かにあの夫婦が言うのなら確実か……いや、だからと言ってここで退いていいのか? 女性の体は効果無し。朱乃さんという強敵に勝つには先手を打つくらいしか……」

「なにブツブツ言ってやがる。さっさと降りろ。でないと後がうるさく……」

 

そこまで言った時、言葉を止めた。

 

なぜなら、そこまできて今頃気配に気付いたのだから。

 

多分、プールに入る前の高揚で油断していた部分はあったのだろう。この部屋に何人かが入ってきた。

 

「あらあら、これは何事ですの? うふふ……」

「……油断も隙も無い!」

 

そこではニコニコ顔の朱乃と額に皺を寄せている小猫が不機嫌のオーラと魔力を纏って対峙していた。その後ろでは木場、イッセー、リアス、アーシアが巻き込まれないようにと後ろを向いていた。

 

朱乃たちには迫りくるゼノヴィアをカリフが迎え入れているようにしか見えない。普段のカリフなら今頃ゼノヴィアを投げ飛ばしているはずなのだが、朱乃のこともあって反省していたことと無駄な体力を使いたくないと思ったが故の一時的な行動に誤解をするのも無理はない。

 

それに対してゼノヴィアは何を言っているのかと首を傾げて答える。

 

「? 子作りしようとしてただけだが?」

「こ……ども? 本当ですの?」

「ん~、そうなるな。まあ今は自重させはしてるけど」

「“今”……は?」

 

だが、もう少し言葉を選ぶべきだった。朱乃と小猫はより一層に濃い魔力を放出させる。それに対してリアスは不味いと思ったのか朱乃を制す。

 

「お止めなさい朱乃! あなたが本気で暴れたら今度はプールを治す手間がかかるのよ!?」

「離してリアス、ここは先輩らしく後輩に教え込まなければならないの」

「素に戻ってるあなたが一番恐ろしいのよ! あなたのその周りが見えなくなることは悪い所だわ! ただでさえあなたは狂暴で性欲が強すぎて……」

「……それはどういう意味かしら? リアス」

「あ……」

 

ここでリアスは自分が言ったことを理解した。喋り過ぎた……と。

 

朱乃は振り返ってリアスと真正面から対峙する。

 

「私のことは関係無いのになんでそんな酷いこと言えるのかしら?」

「え、いや、あの……ごめんなさい。ただちょっと熱くなりすぎて……」

 

明らかに自分の失態だと理解できる。言ったことは間違いないのだが、あまりにタイミングが悪すぎたせいもあって朱乃は見て分かるように不機嫌だった。

 

なぜか必死になるといらんことまで言ってしまう性を呪う。

 

「まあ、それは昔から言われていたことだから聞き流すわ。あなたもイッセーくんで上手くいってないが故の過ちよね。ここはイーブンにしましょ」

「……待ちなさい朱乃。それは聞き捨てならないわ」

 

だが、ここで急展開となる。朱乃からのささやかな反撃に今度はリアスの方が表情を強張らせて朱乃の前に回り込む。

 

「上手くいっていない? それはどういう意味かしら?」

「分からない? あなたはイッセーくんというごちそうを前にうろたえているということよ」

「違うわよ! まず相手を攻める時には対策を立てて……!」

「恋愛はゲームじゃないのよ? 本なんかで恋や愛を語るだなんて冒涜もいい所だわ」

「目の前の相手を考えなしに貪るよりはマシだと思うけど?」

「何か言ったかしら? 紅髪の処女姫さま?」

「もう一回言ってあげましょうか? 雷の痴女」

「あの……部長? 朱乃さん?」

 

いつの間にか脱線しまくって学園二大お姉さまのバトルまでもが多方面で勃発する。イッセーとアーシアは新たな戦いの火ぶたに恐怖を感じて泣き出し、木場に至っては遠くから騎士のスピードを活かしてその場を離脱していた。

 

雷の魔力、滅びの魔力、デュランダルの聖のオーラ、小猫の闘気とが混ざり合ったプールの休憩室の中の位置的に最も不利な場所にいるカリフは未だに呑気に寝ている。

 

ゼノヴィアはカリフの前に守るかのように立って小猫を遮る。

 

「待て小猫。カリフの体は将来、私と一つになる大事な体だ。そんな物騒な拳を向けるのは止めてもらおう」

「どいてください。彼の性格は知っていますが、これを機に一発だけでも叩きこみたいんです」

「はは、中々威勢がいい幼馴染だ」

 

小猫とゼノヴィアもヒートアップする中でカリフは楽しそうに笑いながらイッセーの前にやってくる。

 

「そんじゃ、とりあえずタイム測ってよ。ほいタイムウォッチ」

「いやいやいや、部長たちを放っておいていいのかよ!? ていうかスルー!?」

「ああいうのには何言っても無駄だ。それならトコトンやらせるのが後腐れがなくていいからな」

「原因作った奴とは思えない発言……」

 

カリフのあまりにスルースキルにイッセーやアーシアも対応に困りながらもとりあえずカリフの言う通りにする。

 

逆らって怒りを買うのもからかわれるのも相手が相手だけに慎重に対応せねばならない。

 

その後、カリフは普通にウォーミングアップとしてクロールやバタフライを軽めに楽しんでいた。

 

その最中に休憩室から紅のオーラやら雷やら聖剣のオーラやらが飛び出したりしていた。

 

(聞こえない、俺は何も聞いてません!)

 

イッセーは聞こえないふりしてやり過ごそうとしたり、木場は苦笑し、アーシアに至ってはこの状況に対応しきれずオロオロしている。

 

「よーし、行くぞー」

「いやあ待って! まずこの状況にだけは突っ込ませて! おわぁ!」

 

様々な力がプールを破壊していく中、カリフは無邪気に飛び込み台からイッセーに呼びかけて合図する。

 

火の粉のように飛んでくる魔力の弾幕を避けて計測どころでは無いのだが、カリフにとっては知ったことではないらしい。お構いなしに跳びこむ構えを取るのを確認した時、なんとかストップウォッチを構える。

 

(後で「測れなかった」なんて言ったら間違いなく殺される!)

 

イッセーは脅迫概念に駆られながら構える。

 

たかが後輩のタイム計測なのに自分の命がかかっているのだ。

 

「位置について……ヨーイ……」

 

イッセーの合図の最中にも魔力の弾幕でプールが焼け焦げていく。

 

イッセーも必死にアーシアをかばいながら避け、タイムウォッチに手をかけた。

 

「ドン!」

 

この時、カリフは魔力の雨の中でジャンプ台からプールに飛翔したのだった。

 

 

「あ~……疲れた~……」

 

結局、俺ことイッセーは今日の昼のことはあまり覚えていない。

 

あの後、カリフが泳いでいる最中に俺は魔力に当たって気絶させられたらしい。

 

気絶した俺は魔力の雨の中に晒されていて絶望的だったようだが、木場が救出してアーシアが治療してくれたらしい。

 

そして、荒ぶる部長たちを治めたのが意外にもカリフとのこと。

 

その経緯に至ってはアーシアも木場も中々離してはくれなかった。

 

「知らない方が幸せなこともあるんだよ」

 

木場の言葉に何か引っかかるが、あまり深入りしない方が賢明だということは良く分かった。

 

部長たちの怯えた表情も気になったが、泣きながら壊れたプールの修復している姿に何も聞かないであげよう。

 

とりあえず一番重傷だったオレは一足早くプールから上がって待つことになった。

 

丁度校門の前辺りだろうか、一人の校舎を見上げる美少年を見つけた。

 

男なのに銀髪と良く合う顔立ちに一瞬だけ幻想的な何かを感じた。

 

俺が見つめていると男はこっちに気付いて笑いかけてきた。

 

「いい学校だね」

「え、まあね……」

 

急に話しかけてきたのだから反応に困って微妙な返事しかできなかった。

 

きっと留学生なのだろう。じゃあ次に来るのは学園の質問かな?

 

そう思っていると、男の方からてを差し伸べられた。

 

「俺はヴァーリ。よろしく」

「あぁ、こちらこそ……」

 

握手だと分かって俺はヴァーリという男の手を握ろうと近付いた時だった。

 

 

―――ザワッ

 

「!?」

 

突然、俺の身体を悪寒が包み、男の手を払いのけて後ろにさがる。

 

こ、この感じ……カリフの夢の中でも何度か味わった……死への危険の予兆に似ている!!

 

男は払いのけられた手を見つめた後で俺に向き直って面白そうに笑う。

 

「いい勘と反応だ。危機対応能力は優秀だな」

「な……何者だよお前!」

 

自惚れと言われるかもしれないがカリフとのマンツーマン特訓と今までの戦闘で相当鍛えられたと思っている。目の前の敵のやばさが俺を刺激する。

 

それに加えて俺のセイクリッド・ギア……ドライグが反応しているってことは……まさか……

 

「そうだな、俺がここで兵藤一誠に魔術的な何かをかけたら……」

 

尚も俺に近付いて来る奴にブーステッド・ギアを出して構える。

 

その時―――

 

「何しに来たか知らないけど、冗談が過ぎるんじゃないかな?」

「ここで赤龍帝との決戦を始めさせるわけにはいかないな。白龍皇」

 

騎士のスピードで俺が木場とゼノヴィアを確認する頃には既に二人で剣を男の喉に突きつけていた。

 

やっぱりこいつ、白龍皇だったのか!

 

木場もゼノヴィアもドスを利かせて剣を握る手に力を入れるも、白龍皇は動じない。

 

「止めておいた方がいい。手が震えているぞ?」

 

聖魔剣と聖剣の強大なオーラを持ってしても木場とゼノヴィアの手は震えたままだった。その気持ち、俺にも痛いほど分かる。目の前の奴の危険度がピリピリと肌に伝わってくるぜ!

 

「誇ってもいい。相手との実力差が分かるということは強い証拠だ。コカビエルごときに苦戦を強いられた君たちと俺では決定的に実力差がありすぎる」

 

俺たちを簡単に追い詰めたコカビエルを『ごとき』と見下せるこいつはどれだけ強いんだよ! 悔しいけどこいつから感じる力はコカビエル以上かもしれねえ!

 

「兵藤一誠。君は自分がどれだけ強いと思う?」

「なんだよ急に……」

「ただ聞いてみたかっただけさ。君がどれだ自覚しているかをね」

「……相当下だろうな。ブーステッド・ギアがあってもそれを使いこなせていない俺は弱い」

「どうやら自覚はできているようで安心したよ。これなら将来有望だ、大切に育てるといい。リアス・グレモリー」

 

白龍皇の目線を辿ると、そこには不機嫌そうに仁王立ちして腕を組む部長の姿があった。

 

部長の後ろではアーシアが対応に困っているようだが、その傍らには小猫ちゃんと朱乃さんが臨戦態勢に入っている。そのまま半目で白龍皇を睨みつける。

 

「白龍皇。堕天使側あなたなら必要以上の接触は……」

「心配しなくてもいい。今回は俺のライバルになるであろう男の観察と……彼だ」

 

その瞬間、俺たちの前にカリフが颯爽と現れた。

 

「よお、昼間っからご苦労なこって」

「校門をくぐろうとすれば威圧してきた君がそれを言うか……今は君を相手に嬲り殺される訳にはいかないんでね」

 

やっぱり白龍皇でさえもカリフを相手にしたくない口ぶりのようだ。

 

カリフはズカズカと近づいてガン飛ばすように顔を相手の顔に近付けて目を見る。

 

「今まで待ってもらったんだ。茶くらい飲んで行けよ。なぁ?」

「残念だけど俺にもやることがあるからまたの機会に頼むよ」

 

あの威圧タップリのガン飛ばしに白龍皇は毅然としていることに驚愕させられる。

 

カリフ自身もその反応に面白そうに笑った後、白龍皇から一歩だけバックステップで離れる。白龍皇も俺たちから踵を返した。

 

「やはり君が一番面白い。アザゼルから話を聞くだけだったが、実際に会って納得したよ。君は俺の想像以上の存在だ。一日でも早く君に追いつきたいな」

 

そう言い残して奴はその場を去って行った。

 

木場たちは剣を仕舞うも、緊張の糸は切れずに険しい表情のままだ。

 

アーシアは俺の汗ばんだ手を握ってくれることで少し緊張が解けた気がした。ありがとう。

 

そして、カリフはというと……

 

「この街も随分と賑やかになったものだ。これも龍の加護って奴か?」

 

意味深なことを口ずさんで好戦的な笑みを浮かべていた。俺たちには及びもしない気配や力を感じているんだろう。

 

この街に力が集まりつつあった。




次回、遂に魔王少女と引きこもりヴァンパイア登場です!

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