ハイスクールD×B~サイヤと悪魔の体現者~ 作:生まれ変わった人
ライザーとの一件以来なんの変化もなく、カリフも手持無沙汰に黙々と修業をこなしていた。
小猫と朱乃の修業も案外順調に進んでいき、今度はイッセーと木場をも鍛え直すつもりなのだが……
「つまらん……」
一言だけ自宅のリビングで呟いた。
最近、目立った事件もなければライザーの一件のようなゲームのお声もかかってこない。
もはや、退屈であり、無駄な時間だった。
かといって、今は修業も終えて一段落しているのだが、小猫と朱乃は部活で行ってしまった。
両親と妹もショッピングに行ってしまったから正真正銘一人だった。
「……出るか」
なんだか腹も減ってきた。
そう思ったカリフはソファーから立ち上がり、何かを食べに行くために家から出たのだった。
◆
都心部の商店街を歩いている最中、目の前からガラの悪い不良集団がこちらへと歩いてきた。
ただでさえ狭い道を大幅に占領しながら向かってきた。
周りの人たちは恐れるかのように道を避けていく。
だが、カリフは?
決まっている。彼は進んで道を譲ろうなどの精神など持ち合わせていない。
カリフは何も考えることも無くそのまま通り過ぎようとした時だった。
「……おいそこのお前」
急に不良の界隈がカリフに因縁をふっかけてきた。
それに連なって他の不良も止まってカリフを囲む。
そして、不良たちがニヤニヤ笑う中、リーダー格の男がサムズアップしてきた。
「お前……さっきオレを睨んでなかったか?」
これである。カリフの目つきは生まれつき鋭く、周りに誤解されることもしばしばある。
こうして絡まれるのも珍しいことじゃなかった。
周りの人も気の毒そうにしながらも通り過ぎて関わらないようにする。
そんな中、絡まれているカリフはというと……
「どけ、邪魔だ。オレの前から失せろ」
率直な意見を通した。
それに対し、周りの取り巻きの空気が一変したのを肌で感じた。
「あ?」
集団の中で最も鼻ピアスやらイアリングやら鬱陶しいくらいにアクセサリーを付けまくっているガラの悪い男の表情が不機嫌に歪む。
「は? 今なんつったよ?」
「『消えろ』と言ったんだ。この言葉が理解できなかったとは……とことん愚かな奴だな」
シレっと答えて男を肩でどかす。
強引に突き飛ばされた男は怒りに身を震わせて拳を固く握った。
周りの取り巻きも「あ~あ」と嫌らしい笑みを浮かべている。
「おいこらぁ!」
「……」
「聞こえてねえのかこのチビっ!」
男は無視を決め込むカリフの背後から拳を握って振り抜いた。
このままでは当たるという単純な『未来』を感じた周りの通行人は軽い悲鳴を上げる。
そして、カリフの後頭部と拳の距離が数十センチの所まで近付いた時だった。
「……?」
突然、『ペキョ』という今まで聞いたことのない音と共に自分の拳が『ブレて』見えた。
まるで、残像にでもなったようだったが、すぐに手のボヤケさは消えた。
そこでカリフは男にしか聞こえないように呟いた。
「体中に付けている趣味の悪いアクセサリーもこれでマッチしたな……その『趣味の悪い形の手』とよく似合っている」
カリフはそう言って男の手をゆっくりみやる。
背景から『ドドド……!』という効果音が聞こえてくるような緊張感が男を襲い、ゆっくりと手を見つめる。
すると、そこには男の『手』があっただけだった。
歪に、まるで絞られたままの雑巾のような形になり果てた『手』だけがそこにあった。
「お……おぉ……」
傍から見たら、殴りにかかった男が急に攻撃を止めて手首を押さえてへたり込んだようにしか見えなかった。
だが、その実カリフは後ろ向きの状態で男の手首に合気道の要領で捻った『だけ』だった。
その際、カリフの手も一緒に『ブレた』ことなど見えていなかった。
「おい? どうした?」
「手押さえてねえか?」
「何してんだよお前……」
流石に変だと思った取り巻きも不審に思ったのか集まって急に苦しむ男に群がる。
「きゅ……救急車……」
そうとだけしか言わない……言えない友人に従う。
「お、おぉ……あれ? 俺の携帯は?」
しかし、ポケットをまさぐっても携帯がないことにここで気付いた。
「おい! 俺の携帯もねえ!」
「携帯だけじゃなくて財布もねえじゃねえか!!」
次第に、携帯どころか財布さえも無くなっていることに気付いて慌てふためいていく。
不安が伝染する中、しばらくの間不良たちは道路の真ん中で立ち往生していたのだった。
◆
「邪魔くさ……」
後ろでサイレンの音が鳴り響く中、カリフは不良どもから早業で『スった』携帯やらサイフを両手一杯に抱えていた。
ムシャクシャしてやったこととはいえ、現在、置き場に困っていた。
流石に捨てるとまた奴等に回収される、それはなんだか癪だと思って捨てることはしない。
もう誰かあげてしまおうかと思いながら歩き続けていると……
「えー、迷える子羊にお恵みを~」
「憐れな私たちにお慈悲をぉぉぉぉぉ!」
白いローブを被った女性二人が商店街の道の隅で祈りを捧げながら白い箱を置いて物乞いしていた。
その光景もさることながら、一方の緑のメッシュを入れた青髪の女性と栗毛のツインテールの女性の容姿はローブ越しでも分かるほど華麗だった。
だからこそ、そんな二人が道の端で物乞いする様子はシュールであり、周りから奇異の視線を集めた。
そして、カリフは思った。ちょうどいいゴミ箱見つけた……と。
「く……これが超先進国の日本の現実か……これだから信仰の匂いが無い国は嫌なんだ」
「毒づかないのゼノヴィア。これも任務のため、今は路銀集めに集中して」
「ていうかここは物価も高いじゃないか。だからこんなところに来たくなかったんだ」
「ブツブツ言わないの。すぐにそう陰気になるから皆離れていくのよ」
「うるさい。イリナはやかましいだけだ。私と一緒にしないでくれ」
「ちょっと! その物言いは聞き捨てならないわ! 陰気よりはマシでしょ!?」
「性格で信仰が広まるものか。お前の国なのだからもう少し……」
不審人物が勝手に空腹での苛立ちで内輪揉めを開始し、さらに近寄り難い結果を作ってしまった。
睨み合う二人だったが、その後で二人は静かになった。
なにやら箱の中で『ボトッ』と何かが入ったような音だったからだ。
飢えていた二人が反射的に箱を見ると、そこには財布と携帯がまるごと入っていた。
そして、二人が前を見ると……
大量に持ち込んでいた財布と携帯を無造作に突っ込むカリフが自分たちを見下ろしていた。
「え……あの……」
イリナという女性が何か言おうとするも、カリフは財布と携帯を箱の中に全て落とし入れた。
「こ、これを……寄付するのか……?」
流石のゼノヴィアも突然なカリフの奇行に若干の高揚と戸惑いを隠せない。
「……」
カリフは二人を無視し、その場を離れる。
その後ろ姿を二人は放心状態で見やることしばらく、ゼノヴィアが真っ先に気が付いた。
「待て! 気持ちは嬉しいがこれは困る!」
いくら寄付とは言っても度が過ぎる。そう思ったゼノヴィアは曲がり角を曲がって見えなくなったカリフを追い掛けた。
だが、ゼノヴィアも曲がり角を曲がった時には既にカリフはいなかった。
「き、消えた……」
辺りを見回してもあの小柄な男子が見当たらない。
しばらく探していると、続いてやって来たイリナがゼノヴィアに問いかけてきた。
「ねえ、ゼノヴィア……まさかあの子って……神を名乗る異教徒に騙された子なの?」
「……そういえば紛い物の宗教をふりかざす詐欺集団が日本にいると言っていたな……多分だけど、それは有り得ないよ」
「なんでそう言えるの?」
それにしたってさっきの行動は常軌を逸している。
そう思っている二人であったが、ゼノヴィアだけはイリナとは別の見解をカリフに抱いていた。
「彼からは信仰の匂いもなければ悪魔の気配もしない無神論者って感じだった……いや、どっちかと言えば欲望の匂いが感じたから若干悪魔よりかもしれない」
「あ、悪魔に魅入られたってこと?」
イリナとしてはどんな形であれ自分たちに救いの手を差し伸べたカリフを疑いたくはなかったが、話を聞く限りではそうとしか考えられなかった。
だが、予想に反してゼノヴィアは頭を捻った。
「う~ん……何て言うのかな……私は悪魔と似ているけど、実は悪魔とは『逆』だと思うんだよ」
「? なんか要領を得ないわね」
「なんていうのかな……悪魔は快楽のために欲望を求める。だけど、彼は『何か遠い物』……夢のために生きている感じだと思う……今までにあまり会ったことのない匂いを発していたからよく分からないけど」
かなり混乱してるかもしれない。ゼノヴィア自身も自分の言葉に自信が消えていき、何も言わなくなった。
そんな微妙な空気が続く中、それを打ち破ったのは……
「とりあえず……何か食べようか」
「そうね……」
辺りに響き渡った彼女たちの腹の虫だった。
◆
カリフはさっきの女性たちから別れた後、何気なしに行きつけのバイキングへと足を運んだ。
値段はともかく、使う素材は中々にいい物を使っていると思う。
ちゃんと地下格闘技場でオプションとしてもらった無限ブラックカードで店側にも不利益は出さない。
なにより、食べ放題で食べた肉分の金を支払わないと簡単にツブれてしまう。
カリフなりの配慮によって生き延びてこられた店も相当に潤っている状況だった。
そんな事情はあまり考えていないカリフはいつものように一人で席に座って店員から手渡される皿を受け取る。
いつものことであり、なんら変わりない食事風景。
カリフは皿に食べ物を乗せようと席を立って向かっていく時だった。
「やっぱり一定の値段で食べ放題のバイキング! 懐かしいわ~!」
「これもあの子からの慈悲のおかげだね。日本も捨てたものじゃないね」
白いローブを着こんでいる奇異な二人組が募金箱から財布の一つをまさぐって取り出し、店員に金を払っている。
店員は困惑しているようだが、客と分かっているので比較的問題なく通した。
そして、案内されている時、カリフと彼女たちは目が合った。
「あ」
「「あ……」」
一度あることは二度ある。
彼女たちとカリフは再び出会ったのだった。