理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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九十三話 正義の真実

 マルクと戦う真名と楓を助けに、カギが現れた。麻帆良の建物の屋根の上に、薄暗くなった夜空を照らすように、黄金の鎧を着た少年。勇ましくも誇らしげに、腕を組んで仁王立ちするカギに、その場の三人は視線を奪われていた。

 

 

「貴様は!?」

 

「か、カギ先生……!?」

 

 

 マルクはさっき先へ進んだ少年が、また戻ってきたことに驚いていた。だが、それ以上に自分のO.S(オーバーソウル)を破壊されたことに、かなり頭にきていたのだった。だ。そんな怒れるマルクなどどうでもよさげに、カギは真名の隣へと降り立っていた。

 

 

「……ここは大丈夫だと言っておいたはずだが……?」

 

「確かにお前らでも十分だったかもしれねぇが、俺はお前らの教師だからな。面倒を見るのは当然ってやつだぜ」

 

「……フッ、そうかい……」

 

 

 どうしてカギは戻ってきてしまったのか。真名も楓もそう考えた。任せておけと言ったはずだった。こちらは問題ないと断言しておいたはずだった。だが。カギは戻ってきた。自分たちの助太刀に戻ってきた。

 

 そしてカギはそんな真名の質問に、単刀直入に答えた。別に深い理由などない、簡単なことだった。お前たちは俺の生徒だ、それだけの理由だとカギは言ったのだ。その言葉を特に気にした様子もなく、さわやかな表情で話すカギ。真名はそのカギを見て、小さな笑いをこぼしていた。

 

 いやはや、まだまだ自分たちは甘い。こんな自分よりも年下の少年に、面倒を見てもらってしまうとは。真名はそう考えていた。ただ、あのカギが自分たちを心配し、助けに来てくれたことを、心から嬉しくも思っていたのだった。

 

 

「カギ坊主……!? 戻ってきてしまったでござるか!?」

 

「まぁな。色々と厄介なヤツの動きが封じられたみてぇだからな。助太刀に来たってワケよ」

 

 

 楓もまた、カギが戻ってきたことに驚き声をかけていた。カギはそこで楓へと視線を移し、一番厄介な相手、つまり上人の動きが封じられたと話した。そしてだからこそ、助っ人として参上したと答えたのだ。そのカギの答えに、楓は仕方ないかとうなづいていた。

 

 

「それに、あー言ーのは俺が相手をするに限るってもんだぜ!」

 

 

 楓の無事を確認したカギは、すぐさま再びマルクへと視線を戻し、睨みつけながらも余裕の表情を見せていた。”転生者には転生者を”カギはそう考えて、マルクを倒しに戻ってきたのである。

 

 

「貴様、ノコノコと死にに来たか!」

 

「あぁ? 俺はこいつらの助太刀に来たっつってんだろ? 耳が遠いのか?」

 

 

 そう余裕の態度を見せるカギが気に食わなかったのか、さらに苛立ちをまして叫ぶマルク。自分に倒されに来たかと怒りをぶつけるマルクに、カギは二人の生徒の助っ人に来たと、アッケラカンとした態度で話したのだった。

 

 

「な、何だとオォーッ!? ならば貴様も裁いてくれる!!!」

 

「煽り耐性ゼロってやつかよ……。茹蛸みてぇだぜ、オタク」

 

 

 カギの今の態度に、マルクはまたしても怒りの声を上げていた。この程度の安い挑発に乗るなど、なまっちょろいヤツとしか言いようが無い。カギもそんなマルクに呆れたようで、煽り耐性がまったく無い人間だと、逆に感心していた。加えて顔を真っ赤にして怒るマルクを、茹蛸と称してさらに挑発をして見せた。

 

 

「黙れェ!! 今すぐ消し去ってくれる!! ミカエルゥゥゥゥッ!!!」

 

「おいおいおい、その程度の挑発に乗ってくれるのはありがてぇが、ホント馬鹿だな!」

 

 

 くだらない挑発だがマルクには効果覿面だったようだ。完全にキレたマルクは、怒りのままにO.S(オーバーソウル)を作り出し、ミカエルをカギへと放った。いやはや、この程度の挑発に乗ってくれるのはありがたい、カギはそう考えた。それにまったく持ってありがたいが、バカすぎるとも思っていた。

 

 

「つーか俺も昔はあーだったんじゃね? うわ、俺ってケッコーいてぇーヤツだったのかよ……」

 

 

 そういや自分もくだらないことでよく怒っていたなあ、カギは怒れるマルクを見ながら、ふと昔の自分を思い出し、そのことを恥じていた。それはまるで黒歴史を思い出すかのようなもので、カギの心をえぐったのだった。だが、そんなことを思い出して感傷に浸っている時ではない。カギは頭を抱えてもだえたい気持ちを抑えながら、向かってくるミカエルを迎え撃つ準備に移っていた。

 

 

「くたばるがいい!!」

 

「ハッ! それはこっちの台詞だってぇの! ”王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”!!!」

 

 

 ミカエルはマルクの叫びとともに、カギへと近づき剣を振り下ろした。しかし、その剣はカギに届くことは無い。その前に、すでに王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から、剣や槍が発射されていたからだ。王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から放たれる武器は全て宝具。強力な神秘を宿した最高の武器である。その武器が雨あられに降り注ぎ、ミカエルを打ち抜き破壊する。それはまるで、雨に打たれて穴だらけになる紙のようだった。

 

 

「グウウウウッ!?」

 

「どうしたどうした? その程度ってやつゥー?」

 

 

 こうも簡単に渾身のO.S(オーバーソウル)が破壊されるなど。マルクはその光景に歯をきしませるほどに悔しがっていた。今のでカギは、このマルクがあまり強くないことを理解した。ミカエルは非常に強力なO.S(オーバーソウル)だが、力任せのごり押ししか出来ていない。この程度ならばすぐに片がつくだろうと考え始めていた。そこでさらにカギは、マルクを煽り倒す。もっとかかって来いよと。

 

 

「ふざけるなアァーッ!! ミカエル!!!」

 

「何度やっても同じことだぜ!!」

 

 

 マルクは怒りをさらに募らせ、再びO.S(オーバーソウル)を生み出しカギへと攻める。だが、昔のカギならいざ知らず、今のカギにこの程度の攻撃が通用することはない。カギはニヤリと笑いながら、同じことの繰り返しでは無駄だと叫んでいた。

 

 

「フハハハハハッ! 甘いぞ!!! 私の巫力は1250000もあるのだ! あの”ハオ”と同じだ! 底が尽きるなど考えんことだな!!」

 

「そういう”特典(ちから)”貰ったっつーことか……! だがやりようはいくらでもあるんだぜ?」

 

「ナメているのも今のうちだ!! すぐにほえ面かかせてやる!!」

 

 

 それでもなおマルクは余裕を見せていた。それは自分の巫力の量に自信があったからだ。マルクはシャーマンキングのハオと同じ量の巫力を特典で貰った。その巫力の量は何者をも寄せ付けぬ最大最強の巫力量だ。O.S(オーバーソウル)をいくら破壊しようとも、その巫力量ならば底が尽きないと考えていたのである。そう、相手の方が先にへばると思っていたのだ。

 

 だが、カギは別にその程度のことでは驚かない。何せ”ハオの能力の特典”を貰った覇王を知っているからだ。それに、何度も復活するO.S(オーバーソウル)も対策があるような口ぶりで、問題ない様子を見せていたのだ。

 

 

「こいつの相手は面倒だなあ……。そう思うよな、お前ら?」

 

「ん? ……確かに……!」

 

「そうでござるな……!」

 

 

 そこでカギは首を動かさず、視線のみを背後に居る真名と楓の二人へと送り、そうポツリとつぶやいた。それに何か不思議な感じを覚えた真名は、何かに気がついたのかフッと笑いつつ、その言葉に同意をしていた。楓も真名のその行動に、何かを感じたようで、同じくカギの言葉を肯定したのだった。

 

 

「この世から滅びるがいい!!!」

 

 

 マルクは滅びろという号令とともに、生み出したミカエルを操り、カギへと突貫させた。それを見たカギは杖を王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から呼び寄せ、右手に握り締めた。そしてミカエルと交戦すべく、戦闘態勢をとったのだ。

 

 

「行くぜ!」

 

「了解……!」

 

「うむっ!」

 

 

 だが、その前にカギは後ろに控えていた真名と楓に、攻撃の合図を声を上げて送った。二人はカギの合図に反応し、力強く応えていた。カギも二人の返事を聞き、即座に攻撃へと転じたのだった。

 

 

「”雷神斧槍”!! アンドォ!! ”王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”!!」

 

「何ィィ!? O.S(オーバーソウル)に似ているだと!?」

 

「それを基にしたらしいからな!! そら食らっちまいな!!」

 

「チィィ!! ミカエル!!」

 

 

 カギは術具融合を杖に使い、雷のハルバードを作り出した。さらに背後に展開した王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)が神々しく光を放ち、宝具の山をその空間から覗かせていた。圧倒的なその力は、すさまじいほどの威圧感を放ち、それはこの場を支配するほどのものだった。ただ、マルクが驚いていたのは王の財宝ではなく、術具融合の方だった。何せ行なっていることがO.S(オーバーソウル)とそっくりで、見た目も同じようなものだったからだ。

 

 そしてカギは飛び込んでくるミカエルへと、その数々の武器を飛ばして応戦する。それだけではなく、自らもミカエルの懐へと入り込み、その雷神斧槍を振るったのだ。するとミカエルは大量の武器に貫かれ、カギの攻撃により胴体が分断されて消滅していった。なんとあっけないことか。カギは拍子抜けした様子を見せながらも。次の攻撃に備えてマルクへ睨みを聞かせていたのだった。

 

 

「この程度かよ?」

 

「なめてもらっては困る。何度O.S(オーバーソウル)を砕こうとも、我が巫力は無尽蔵! いくらやっても無駄だ!!」

 

 

 カギはさらにマルクを挑発する。弱い、弱すぎると。倒してくださいといわんばかりに突撃させるミカエル。そのミカエルも簡単に破壊出来てしまった。カギはもう少し耐えてくれると思っていたのだが、そうではなかったので拍子抜けしていたのだ。しかしマルクもその程度では負けぬと笑っていた。自分の巫力は膨大だ、何度でもO.S(オーバーソウル)することが出来る。その過信から来る余裕が、マルクをそうさせていたのだ。

 

 

「あぁ? やってみねーとわかんねぇぞ?」

 

「フン、今黙らせてやる!! ミカエル!!!」

 

 

 それでもカギは、特に問題なさそうな様子でマルクを眺めていた。まるですぐにでも決着がつくかのような、そんな態度だった。その余裕もこれまでだと、マルクはカギへと叫んでいた。持久戦に持ち込めば勝てると確信していたからだ。そこで再びミカエルを作り出そうと、右手の銃をカギへと向けて大天使の名を叫んだのだ。

 

 

「ガッ!? な、何!?」

 

「やはりあの機械天使の媒介は弾丸だったか。そして、それを撃つ銃がなければ呼び出せないんだろう……!?」

 

「こっ、小娘風情がぁぁぁ!!!?」

 

 

 しかしミカエルが出現することはなかった。マルクがO.S(オーバーソウル)を行おうとした瞬間、真名がマルクの拳銃を打ち抜いたからだ。真名はマルクのミカエルが、何らかの媒介を使って操られているものだと考えた。さらに、それは何なのかを推測していたのだ。

 

 そこで、ふとマルクの行動を思い返してみると、必ずミカエルが出現する前に発砲していることに気がついた。もしや媒介は銃から放たれる弾丸なのではないか。それに気がついた真名は、実証すべくマルクが銃を構えた瞬間に、その銃を撃ち抜き手から叩き落したのだ。そして、その推測は正しかった。マルクは銃がなければあのミカエルを呼び出すことが出来なかったのだ。

 

 また、拳銃を撃たれたマルクは、その反動の痛みを我慢しながら、怒りの言葉を叫び別の手で握った拳銃の引き金を引こうとしていたのである。

 

 

「もらったでござるよ!」

 

「なっ!? ギャッ!?」

 

 

 だが、そこへすかさず現れたのは楓だった。楓は瞬時にマルクの背後へと回りこみ、握っていた拳銃を叩き落し、両腕を拘束して動けなくしたのだ。さらに分身を使い完全にマルクを拘束し、すばやく鎖で縛り上げたのである。なんということか、この三人の見事なコンビネーションにより、マルクは完全に無効化されてしまったのだ。

 

 

「再生怪人相手すんなら、再生させねぇのが基本だぜ」

 

「違いないね」

 

「グッグッグゥ……!!」

 

 

 何度でも何度でも、何・度・で・も蘇るならば、それを封じる手を使うのは基本。カギはそれを当然と話し、真名もその言葉に同意していた。完全に動きを封じられたマルクは、悔しそうにカギたちを睨みつけることしかできなくなっていたのだった。もはやマルクは手も足も出ない状況だ。O.S(オーバーソウル)を封じられた以上、マルクに勝ち目などないのである。

 

 

「つーか、お前らよくわかってくれたな。この作戦」

 

「なんとなくだったがな。予想は出来た」

 

「うむ、勘で動いたが問題なかったようで、こちらも安心しているでござるよ」

 

 

 カギはマルクが完全に動けなくなったのを確認すると、真名と楓へと視線を移し話し出した。それはカギが、ただチラリと二人を見るだけで自分の作戦の意図を察してくれたことに少し驚いていたのだ。

 

 真名はその質問に、ある程度予想できたと答えていた。マルクはO.S(オーバーソウル)を何度も呼び出し戦わせる戦闘スタイルだった。確かに接近戦もやってのけてはいたが、一撃一撃があまり強くなかった。ゆえに真名とマルクは拮抗していたのである。そこを考えれば相手の攻撃を封じようとするのは必然。カギがそう考えたかは微妙だったが、それにかけたのも事実だった。

 

 そして楓も勘でそれをやってのけていた。相手の攻撃を封じるというのなら、次は動きを封じるのは当然のことだ。カギの意図はつかめなかったが、直感的に楓はその行動を取ったのである。それによって、完全にマルクは手も足も出ない状況に追い詰めたのだ。

 

 

「そいつぁー嬉しいねぇ」

 

 

 カギは二人が自分の意図を汲み取ってくれたことを、素直に喜んでいた。そんなカギを見た二人も、自然と笑顔がこぼれていたのだった。

 

 

「まあ、戻ってきてくれたおかげで簡単に片付いたよ、助かった」

 

「ヘッ! 生徒を守るのが教師の仕事だかんな! 当然じゃねーか!」

 

 

 そこで真名は、カギが戻ってきたことへ礼を述べていた。あのまま戦っていればいつ勝負が終わるかわからなかった。さらに、こちらも負ける気が無かったとはいえ、あのまま粘られていたらどうなっていたか予想できなかったからだ。カギは真名のその言葉に、したり顔で生徒を守るのが教師の仕事だと、胸を張って言い放った。

 

 

「いやはや、カギ坊主からそのような言葉が聞けるとは思ってなかったでござるよ」

 

「そ、そりゃねーだろ!?」

 

 

 しかし、楓はそのような言葉が普段ちゃらけたカギから出てきたことに驚き、随分と人が変わったと感じながらも、そのことをカギへと言葉にしていた。カギはそれが地味にショックをだったらしく、せっかくのきめ台詞が台無しだと叫んでいたのだった。

 

 

「き、貴様らァァァ!! 離せ!! 離すんだ!!!」

 

「で、コイツをどうする?」

 

 

 そのカギたちの会話の横で、解放しろとわめき散らすマルク。諦めが悪いのか往生際が悪いのか。そんな非常にうるさく叫ぶマルクを、親指を立てて指を指したカギは、マルクをどうするかを真名と楓へ質問したのだ。

 

 

「気絶させて学園に引き渡した方がよいでござろう」

 

「それがいいな」

 

「俺もそれにサンセーだな」

 

 

 楓はならば気を失わせて学園側へ引き渡せばよい。そう答えたのである。それは最もな答えであり、一番安全だった。ゆえにカギも真名もその案に賛成したのである。

 

 

「な、何をするー!?」

 

「安心してほしいでござる。少し寝ていてもらうだけでござるよ」

 

「まあ、多少痛みは伴うがな」

 

「や、やめろぉ!?」

 

 

 その三人の会話に不穏な響きを感じたマルクは、情けない声をあげていた。だが、そこで楓は薄ら笑いを浮かべつつ、何をするかを説明しながら、マルクへとじりじりと近づいていったのだった。また、その横で真名が不適に笑みを見せながら、恐怖をあおるような言葉を発していた。マルクはその言葉に恐れを抱いたのか、やめてくれと恐怖に引きつった表情で懇願していたのだった。

 

 

『その必要はない……』

 

「な、何!?」

 

「この声はビフォア……。だが一体どこから……」

 

 

 しかし、その時、突如としてあのビフォアの声が聞こえたのだ。一体どこから聞こえてきたのか。誰もが緊張に包まれた。

 

 

「び、ビフォア様ぁ……! 申し訳ございません!!! このような輩に敗北し、捕まってしまうなど……」

 

『気にすることは無い。君は良くやってくれた』

 

「は、ハハー! ありがたきお言葉!!!」

 

 

 ビフォアの声に反応したマルクは、今の戦いの失態を謝り、苦虫をかんだような表情となっていた。その謝罪に気にすることはないと語り、むしろ賞賛の言葉をビフォアの声は送っていた。それを聞いたマルクは、縛られた体を限界まで動かし、頭を地面につけて、寛大な言葉に感激していたのだった。

 

 

「アイツの腕時計、そこから声がするぜ!!」

 

「通信か? だが通信は確か……」

 

 

 カギはビフォアの声がどこから聞こえるか、耳を澄まして聞いていた。そして、その声がマルクの腕時計から発せられていることに気がついたのだ。ただ、そのことを聞いた真名は、疑問を感じたかのように、何かを考えるかのような表情をしていた。

 

 

「ビフォア様! 申し訳ありませんが、私を救っていただきたい!!」

 

『……君はもう用済みだ。どこへでも消えるがいい』

 

「なっ、今なんと!? ど、どういうことでしょうか!?」

 

 

 マルクはビフォアの声を聞いて安心したのか、今度は情けなく地面に頭をこすりつけ、助けを求め始めたのだ。いやはや、先ほどまでの態度はどこへやら、その姿は本当に情けないものだった。また、誰もがマルクの情けない姿に、少し引いていた。しかし、帰ってきた答えはノーだった。用済みだと、消えろと、冷淡な声で拒絶されたのだ。今のビフォアの声に、マルクはまったく理解が追いついていなかったらしい。だからもう一度、一体どういうことなのか聞いたのである。

 

 

『……ハッキリと言っておこう。君ははなただしい勘違いをしている』

 

「な、何を!?」

 

『私こそが悪の権化、この麻帆良を乗っ取ろうとする悪しき存在だ』

 

「そ、そんな馬鹿な!? 麻帆良の魔法使いどもは一般人を盾にしていると言ったのはあなたではありませんか!?」

 

 

 ビフォアの声は突如として、自らが悪の親玉だと名乗りだした。マルクはまったく何がなんだかわからなかった。なぜならマルクに麻帆良の魔法使いが悪しき存在だと刷り込んだのは、紛れも無くビフォアだったからだ。

 

 

『それは嘘だ』

 

「で、では認識阻害による一般人の洗脳とやらは……!?」

 

『全て嘘だ』

 

「ばっ、馬鹿なぁ!? そ、そんなあっああっあああああああ!!!?」

 

 

 さらに、話した全ては嘘だとビフォアの声は断言した。なんということだろうか、マルクはビフォアに騙されていたのだ。正義を語り、自らを正義としてきたマルクにとって、この言葉はショックだった。

 

 元々マルク自身、麻帆良の魔法使いを怪しんでいたので、ビフォアにそこを付け込まれた形だったようである。そして、ビフォアはマルクに嘘の情報を与え、自分を慕うようにしていた。また、騙されたマルクは麻帆良の魔法使いを、本格的に恨むようになったというワケだったのだ。その嘘を知ったマルクは、自分が何をしてきたかを思い出し、後悔の念に苛まれていたのだった。

 

 マルクはビフォアの言葉を否定するように大声で叫び、それが終わると崩れるように膝をつき、うつむいて動かなくなってしまった。今まで正義だと思っていたものが悪であり、価値観が崩壊してしまったのだから当然だろう。

 

 

「まさか正義を名乗る自分が悪の組織に加担していたとは、と言う感じだな」

 

「正義厨にはめっぽう効き目が強いクスリだなありゃ」

 

「……ビフォアはもう、あの男など不要と言うことでござるか……」

 

 

 もはや誰もが捨てられたマルクを哀れに思った。また、正義を名乗っていたマルクが悪に加担していたという事実は、正義を語るものにとって大きな衝撃だったろうと、真名もカギも話していた。そして楓はビフォアと言う男が、このマルクを不要としたことに少し不憫に思っていたのだった。

 

 

「馬鹿な……!? 馬鹿な……!? で、では私がしてきたことは一体なんだったというのだ……!!!?」

 

「信じてきたものに裏切られた末路か……」

 

「少し可愛そうになってきちまった……」

 

 

 完全にビフォアに切り捨てられ、絶望のふちに立たされたマルク。戦う気力すらも完全に失っていた。さらに自分の過去の行いを思い出し、今までの自分はなんだったのかと自問自答を始めだした。これほどまでに沈みきったマルクを見ていた真名とカギも、楓と同じく不憫になってきたようだった。

 

 

「わ、私が悪そのものだったというのかァァァアァァァァッ!? アアアアウウウウゥゥアアアァァァァアァアアアァァァッ!!!!?!?!」

 

 

 マルクは最後に縛られた体を精一杯伸ばし、天に顔を向けて絶望の絶叫を喉の奥から吐き出た。正義だと思っていた全てが悪だったことを認識し、信じるものを失った絶望。その全てを大声と涙とともに、体の外へと流していたのだった。そして完全に力をなくし、地面に膝をついて失意した様子だった。もはや整った顔立ちは涙と鼻水によりグシャグシャとなり、失望により色あせ、焦点が定まらなくなっていた。

 

 

「……すまないが、その腕時計を見せてもらおうか」

 

「……好きにしろ……」

 

 

 完全に廃人同然となったマルク。もはや先ほどまでの姿はなく、年齢よりも老けて見えるほどにまで枯れ果ててしまっていた。そこに真名が不思議に思っていた時計を、マルクに見せるよう指示したのだ。だが、もはやすべてがどうでもよくなってしまったマルクは、抵抗することも無く、勝手に見てくれと言ったのだった。

 

 

「もうこの男は再起不能だな……」

 

「そうでござるな……」

 

 

 全ての気力を失いうなだれるマルクに、カギも楓も再起不能だと感じたようだ。もう戦うことはおろか生きていけるのかさえわからぬほどに、マルクは燃え尽きてしまっていたのだ。それだけマルクは自分が行ってきたことが悪行だと理解したのが、世界が滅びるほどにショックだったということなのだろう。

 

 

「やはりか……」

 

「何かわかったのか?」

 

「この腕時計に通信機などついてなかった」

 

「は? じゃあ今の声は何だってんだ!?」

 

 

 そして、マルクの腕時計を見た真名は先ほどの疑念を確信へと変えた。その様子を見たカギは、真名へと質問すると、すぐさま答えが返ってきた。それは腕時計に通信機の類などが、まったく無いということだったのである。

 

 ならば、先ほど聞こえたビフォアの声はなんだったのか。通信していたからこそ、腕時計から声が聞こえたのではないのか。そうカギは疑問に思った。だが、真名はビフォアが通信など出来るはずが無いことを知っていた。何せビフォアも通信を遮断するためジャミングをかけていた。

 

 それならと超側も、同じ手を使いつつも、自分たちは通信出来るように改良していたのだ。ゆえにビフォア側が通信できるはずがないと、真名は思っていたのである。そうなると、先ほどのビフォアの声は一体なんだったのだろうか。その答えはやはり腕時計の中に存在したようだ。

 

 

「簡易的なAIでの受け答えと、音声が入っていたんだろう。コイツの質問に答えるだけのものがな」

 

「しかしどうしてこのタイミングで起動したでござろうか……」

 

「コイツが負けたら起動するってのは、難しいだろうしなあ……」

 

 

 時計の中に簡易的なAIが組み込まれており、起動した際には簡単な受け答えが可能だった可能性があったと、真名は予想した。しかし、それが何故、今起動したのかと、楓は疑問に思ったようだ。また、カギもマルクが負けた時に起動すると言うのは、難しいと考えていた。何せ何で負けを決定するかなど、機械が判断できるか微妙だったからである。

 

 

「たぶん、最初からこのつもりだったのだろう。もはやこの男など、すでに手駒ですらなかったってことになるが……」

 

「つまりコイツはもう不要になったから、こういう細工を施したって訳か……。ヒデーことをしやがるぜ」

 

「うーむ……、流石に不憫でならないでござる」

 

 

 ならば最初からそのつもりで仕込んでおいたのだろうと、真名は考えた。それならばつじつまが合うというものだ。そう、最初からビフォアは、マルクを切り捨てるつもりだったのだと、真名は自分の考えを冷静に口にしていた。それを聞いたカギは、流石にマルクが哀れになったらしく、ヒドイことをすると怒気を含んで言葉にした。楓も同じく、マルクに哀れみを感じていたようだ。

 

 

「わ、私は一体……。何を信じれば……」

 

「もはやかける声すら見つからん……」

 

「だがまあ、こーなっちまったのはこいつの責任でもあるし、容赦なく学園側に引き渡させてもらうぜ」

 

 

 完全に自分が何を信じれば良いかもわからなくなったマルクは、膝を着いて自問自答を繰り返すだけだった。こうなってしまったマルクを見て、流石に何を言ってよいかもわからないと、真名が腕を組んでいた。だが、こうなってしまっても所詮敵は敵、自業自得な部分もあるのだ。ゆえに、学園側に渡すことに変わりはない。カギはそうはっきり言って、マルクを引きずりながら、真名や楓と共に学園へと向かうのであった。

 

 

 


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