理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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勝利を手にするのは誰だ


七十話 怒れカギよ

 そこは日が落ちた噴水公園。その場所にてカギと神威は、またもや対峙していた。また、カギはアキラと刃牙を守るよう、その二人の前に杖の上に立ち、神威を睨みつけていた。神威もまた、再び邪魔に入ってきたカギに、殺気だった視線を送っていた。

 

 

「片割れ……、またしても邪魔を……」

 

「あぁん? テメー俺の生徒に手を出すなっつたよなぁ? 頭パープリンか?」

 

 

 カギは亜子だけではなくアキラにも攻撃を仕掛けた神威に、本気で怒りを感じていた。自分のものにならないなら、消してしまおうなどという、身勝手な発想が許せないからだ。しかし神威も完全にキレていた。自分のものにしたはずのアキラが、刃牙へと寝返ってしまったからである。さらに、そこでカギが現れ、その二人を助けたというのにも、頭にきていたのだ。

 

 

「今度は本気で消し去ってやるよ、片割れ……。そこの二人を含めてね……」

 

「ハッ、忘却の消滅を迎えるのはテメーの方だぜ! このクソ銀髪ヤローが!!」

 

 

 またしても対峙する二人。神威は完全に怒りで我を忘れており、カギや刃牙だけでなく、アキラすらも攻撃対象にしていたのだ。そんな完全にプッツンした神威へと、カギは挑発して意識を自分に向けようとしていた。でなければアキラが攻撃されてしまうかもしれないと、カギは思慮したからである。その傍らで、アキラは刃牙の左肩の傷を見て、何とかしないといけないと思っていた。

 

 

「刃牙、その怪我を手当てしないと……」

 

「いてぇが気にしてる暇はなさそうだ……、早々にここから立ち去った方がいい」

 

 

 その左肩の深々と貫かれた刃牙の傷を、アキラは手当しようとしていた。なぜなら刃牙の左肩は、神威の右手が貫通し、風穴が開いていたからである。そして、おびただしい血をそこから流したはずだからだ。それでも刃牙は、顔色を青くするだけで気を失うことはなかった。しかし、だからこそ止血ぐらいしておかないと、命にかかわるとアキラは思ったようだ。

 

 だが刃牙はそれを拒み、ここからすばやく逃げた方がよいと行っていたのだ。何せあの神威が、キレて危険な状態だったからである。そこで刃牙は、再びアキラを右腕で抱えると、噴水へと一直線に走り出したのだ。またそんな時に刃牙は、自分の血で汚れてしまった、アキラの服を見て一言謝っていた。

 

 

「なんか悪ぃな。その服高かったろ?」

 

「別にいいんだ、気にしてないよ……」

 

「今度おごってやるからよ! だが、その前にここから逃げねぇとな……!」

 

 

 刃牙はデート用に着飾ったアキラの服が、自分の血で汚れてしまったことに少し罪悪感を感じていた。そう申し訳なさそうな表情をする刃牙に、アキラは気にしていないと微笑んで言葉にしていた。しかし、その笑みの中に不安の色が見え隠れしているのを、刃牙は見逃さなかった。あの神威のこともそうだが、今の刃牙の傷を見て、早く手当てしたいとアキラは考えていたからである。だから刃牙は、この場から立ち去るべくさらに足を急がせ噴水へと飛び込もうとしていたのだ。

 

 

「とりあえず噴水の中に飛び込むぞ!」

 

「え? な、何で!?」

 

「気にするな! これが最短の脱出ルートってやつだ!!」

 

 

 そして刃牙はアキラを右腕で抱えたまま噴水へと飛び込もうとしていた。だが、神威はそれを逃そうと思っていない。すぐさまアキラと刃牙へと、攻撃を始めたっだ。そこでカギも、それを阻止すべく魔法を使っていた。

 

 

「……逃げれると思うなよ」

 

「させるかよバカ野朗!」

 

 

 神威は再び気の砲撃を繰り出した。それは戦神の怒りであった。だが、カギがそこで最大障壁を展開し、それを防いだのである。それを見た神威は瞬間的に移動し、刃牙の目の前に現れたのだ。

 

 

「な、何!?」

 

「二人とも、さようならだ!」

 

 

 そう言うと神威は、刃牙とアキラへ神々の神罰を繰り出そうとしていた。もはや刃牙に、それを避ける力など残されていない。さらに刃牙はアキラを抱えた状態だ。完全に避けることなど不可能であった。だからそれが発動すれば、二人は一撃で吹き飛ばされ、地面に転がるのは確実だった。しかし、そこへ巨大な鮫が神威を襲ったのだ。それは刃牙のスタンド、クラッシュだったのである。

 

 

「何!? 馬鹿な!?」

 

「テメェの後ろはすぐ噴水だというのを忘れてたのか? それほどまでに余裕がなくなっちまったんだな!」

 

 

 そして神威はクラッシュに顔から胸にかけて噛み付かれ、一瞬戸惑っていたのだ。アキラはなぜか苦しむ神威を見て疑問を感じたようである。だが刃牙がアキラを抱えた状態で、今の隙をついて噴水へと飛び込んだ。そのためアキラは、水の冷たさでその疑問を忘れてしまったようだ。また刃牙が、噴水の水に飛び込んだ瞬間、クラッシュは神威から消え去り、再び噴水の中に出現したのである。

 

 

「ちぃ! やってくれたな……!?」

 

「それはこっちの台詞だぜ、ボゲ!!」

 

 

 そこで神威が刃牙に向くと、背後にカギが回っていたのだ。神威は今のことに気を取られてしまい、カギのことを一瞬だけ忘れてしまっていた。カギはその無防備な神威の背中へ、強烈な拳を叩き込んだのである。しかもそれは、ただのパンチではなかったのだ。

 

 

「ギッ!?」

 

「これがまたまたテキトーに編み出した術具融合”爆熱炎拳”だぜ!!」

 

 

 カギはエヴァンジェリンから指輪の魔法媒体を貰っており、それに術を合体させたのだ。さらに合体させた魔法は灼熱の炎の嵐を操る”奈落の業火”だったのだ。その魔法の姿は、巨大な炎の篭手であり、人をつかんで握れるほどの大きさだったのである。それに殴られた神威は、噴水を飛び越して地面に転がったのだ。

 

 

「アキラ、目を瞑ってろ!」

 

「え? わ、わかった……」

 

「クラッシュ!!」

 

 

 その隙に刃牙はアキラをつかみ、クラッシュを自分に噛ませて水中へと沈んだのだ。そして二人は噴水から姿を消し、別の水源へとジャンプしたのである。それを見たカギは安堵し、これで神威との戦いに集中できると思ったのだ。だが、神威もそれを見て、暴れんばかりの怒りを感じていたのである。

 

 

「……逃が……しただと……? グッググググググッ……」

 

「情けねーな、天下の銀髪様がこのザマたーなー!」

 

「……ならば、ならば片割れだけでも……コロス!!」

 

 

 もはや怒りで完全におかしくなった神威は、カギのみに執着を見せ始めていた。そんな余裕すら失った神威を、カギはおかしく感じて笑っていたのだ。あのスカした表情の神威が、激怒で顔が歪んで居る姿は、なんとも滑稽なのだろうか。そこで神威はまたしても戦神の怒りをカギへと放ったのだ。

 

 

「やれるもんならなぁ! このド腐れがぁ!!」

 

 

 だがカギは、その砲撃をギリギリで回避し、神威へと突撃する。そしてその巨大な炎の腕で、神威を殴り飛ばしたのだ。本来の神威ならその程度の攻撃、避けれないはずがないだろう。だが、もはや神威は完全におかしくなっており、判断力が鈍っているようだった。

 

 

「グゲアッ!?」

 

「”千の雷”!!」

 

 

 さらにカギは今の攻撃で吹き飛んだ神威へと、追撃を繰り出した。それは千の雷であり、天から大地を焦がすほどの雷撃が、轟音と共に神威へと落下したのだ。神威はその攻撃を受け、動きにが鈍くなってきていた。そこへカギは、その巨大な炎の腕で神威を掴んだのだ。

 

 

「ガアアアッ!?」

 

「どうだぁ? 格下だと思ってた相手にボコられる気分はよお?」

 

 

 灼熱の炎の腕に掴まれた神威は、その掴まれている間にも熱量のダメージを受け続けていた。その状態のままカギは、神威を強くにらみつけたまま、話を始めていたのだ。しかし神威は、もはやしゃべれる状況ではなかったようで、叫び声以外の言葉を発することはなかった。

 

 

「俺は最高の気分だぜ……。こういう気分、美酒にも勝るとはこのことだなぁ? オイ!」

 

「ググッグゥウウウウアアアッ!!」

 

「抜け出そうったってそうはいかねぇぞ!!」

 

 

 カギの話を無視しながらも、神威は必死にその腕から抜け出そうともがいていた。だが、さらにさらに強く握り締め、逆に逃がさんとするカギだった。そして神威は徐々に握りつぶされていき、完全に身動きが取れない状態となっていたのだ。

 

 

「さらに潰す! パクリっぽいが”爆熱ゴッドフィンガー”!!」

 

「ギググアァァァッ!!!」

 

 

 すさまじい爆熱の腕により圧迫により、神威は地獄の業火に焼かれるような絶叫していた。しかし、なぜ神威はこれほどまでに、カギから無抵抗なほどに痛めつけられているのだろうか。それはアキラにかけたニコぽが解けてしまったからである。

 

 この神威はニコぽを絶対と信じて疑ってはいなかった。そして、その絶対の自信を砕かれたことにより、精神的に大きなダメージを受けていたのだ。だからこそ、今の神威は従来の戦闘力の10分の1も出せてはいなかったのである。

 

 

「くたばりやがれ! 銀髪ゥゥゥゥゥッ!! ”術式解除、業火招来”!!」

 

 

 そこでカギは腕で握り圧迫する神威ごと、その爆熱炎拳の術を解き、奈落の業火へと戻したのだ。すると神威は爆発と同時に真っ赤な炎に包まれ、その場に倒れ伏せたのである。もはや全身を焼かれた神威は、戦う力すら残っていないようだ。美しい銀髪はすすに汚れ、本人がかっこいいと思っていたファッションもボロボロで無残な姿となっていた。その姿はまさしく自らが醜いと称し、サンドバッグにしてきた転生者と同じ様であった。

 

 

「どうだ? どっちが醜かったか、思い知ったろう? ええ?」

 

「う、うぐぐぐぐ……」

 

 

 神威は痛みから動けなくなり、立ち上がるので精一杯の状態のようだった。それを見たカギは、今度こそトドメをさすため、雷神斧槍を作り出していた。そしてその魔法を神威へと突こうとした直後、神威の目の前に一人の少女が現れたのだ。

 

 

「待つです! カギ先生!!」

 

「な、ゆえ!?」

 

 

 その少女はなんと夕映だったのである。夕映はカギに痛めつけられている神威を発見し、その神威の盾となるようにカギへと立ちふさがったのだ。その夕映の表情は怒りで染まっており、目には涙をためていたのだ。そこでカギは雷神斧槍を夕映の目の前で停止させ、固まってしまったのである。

 

 

「カギ先生、何でこんなことをするです!? 少しやりすぎです!」

 

「……ゆえ、どけよ。そいつは生かしちゃいけねぇやつなんだ……」

 

「嫌です! 絶対にどきません!」

 

 

 夕映は神威のニコぽのせいで、カギが悪いことをしていると勘違いしてしまっていた。だから神威をかばい、カギの前に両手を広げて立ち尽くしていたのだ。また、その状況に神威はほくそ笑み、夕映の後ろからその首に手を回し、人質に取ったのである。

 

 

「フフフ、形勢逆転だね。動くとユエちゃんを傷つけることになるよ……?」

 

「え……?」

 

「て、テメー!!」

 

 

 もはや神威は形振りかまっていられなくなっていたようだ。どんなことをしてでも、この場は逃げようと目論んだのだ。なんという下衆な行動なのだろうか。かばってくれた夕映を人質に取るなど、最低最悪の行為である。そんな神威にカギは雷神斧槍を構えたまま、殺したいほどの目つきで睨みつけていたのだ。

 

 

「ハハハハハハ! やはり私は神に愛されていた!」

 

 

 そして神威は夕映を人質に出来たことを心から喜び、最低最悪の表情で大きく笑っていた。夕映は後ろに居る神威の表情を見れなかったようだが、妙な恐怖心だけは覚えたようだ。また、そこで夕映は神威へと、何故このようなことをするのか、恐る恐る聞いたのである。

 

 

「か、神威さん、どうしてこのようなことを!?」

 

「ユエちゃん、君は私のものだろう? だからこのぐらい気にしないよね?」

 

「で、ですがこれでは……」

 

 

 しかし神威が返した答えはなんともひどいものであった。夕映を自分のものと称し、人質にしていることに対して、この程度だと言ったのだ。その神威の言葉に夕映も驚き、それはおかしいと思い始めていた。そんな神威を見たカギは、ここまで心が腐っていたとはと、怒りの叫びを上げていたのだ。

 

 

「ふざけやがって……。それでもテメーは男かよ!!」

 

「ああそうさ。まあこのまま彼女も一緒に逃げてもらい、未熟な体を堪能するのも悪くは無いかな?」

 

「神威さん……。そ、それは一体どういうことです……?!」

 

 

 さらに神威はカギの質問にそう答え、あまつさえ夕映を連れ去り卑猥な行為に及ぶと言い出していた。それを聞いた夕映は、一体何をどうするのか、神威に震えた声で質問していたのだ。夕映は今の神威の言葉が、どのような意味で使われたのかわからなかった。だが、何か不穏なことなのだろうとは察したらしく、少し怖くなったのである。そしてカギは今の神威の言葉を聞いて、目を見開き逆立った髪の毛だけではなく、全身の毛を逆立てていたのだ。

 

 

「テメー……。おいゆえ! 今日の昼間に言った命令、今してやるから言うこと聞けよ!?」

 

「片割れ、何をほざいてるんだい?」

 

「か、カギ先生……?」

 

 

 そこでカギは夕映に、図書館島での命令を今ここで使ったのだ。神威はそのカギの言葉が一瞬理解出来なかったようで、何を言っているのかと聞き返していた。夕映も突然そのことを言われて、どういうことなのかわからなくなっていた。さらにカギは夕映に、動かないよう強く念を押していたのである。

 

 

「……絶対に動くなよ!?」

 

「フハハハハ! 何を言うかと思えば、それは命令にもなっていないではないか!」

 

「そ、そうです……、動きたくても動けません……!」

 

 

 だが、夕映は神威に背後から押さえつけられ、動けない状況だった。それで神威はカギが何を言っているかわからず、笑っていたのである。また、それは夕映も同じであり、一体何をする気なのか考えていたのだ。

 

 

「そうか、でもそれでいいんだよ!」

 

「まさか彼女と共に、この私を攻撃するつもりか? 正気か君は!?」

 

「か、カギ先生……!?」

 

 

 するとカギは右手に握っていた雷神斧槍を構え、夕映ともども神威を貫こうとしていたのだ。さらに、カギが放つすさまじい魔力のスパークが、噴水公園を照らしてまばゆい光に包んでいた。それは本気で夕映ごと神威を、その魔法で貫こうと言うものだった。神威はそれを察したのか、カギがやけになったと思ったようである。さらに夕映も、すさまじい形相で睨みつけ、自分もろとも神威を打ち抜かんとするカギに、驚き悲しみにあえいでいた。

 

 

「な、何で……? カギ先生……!!?」

 

「あ? そんなクソ野朗をかばうようなヤツなんて、俺の生徒でもダチでもねぇ! ましてや従者ですらねぇ!!」

 

 

 そして自分ごと神威を攻撃しようとするカギを見て、夕映はまるで悪夢を見ているような表情をしていた。バカでヘンタイでスケベだが、妙に憎めないこのカギがこんなことをすると思っていなかったからだ。そこでカギはその理由を憎憎しげに叫んでいた。それは単純に神威をかばうヤツは敵だと言うことだったのである。そうカギは叫びながら、神威に気づかれぬよう、左手に一枚のカードを握りしめていた。

 

 

「ハハハハハ! とうとう嫉妬に狂って壊れたか! 所詮醜い片割れは、醜い片割れのままだったようだね!」

 

「そ、そんな……。わ、私はただ、カギ先生がやりすぎだと思ったのでこうやって……」

 

 

 神威はその狂ったカギを見て、汚い笑い声を上げていた。所詮はクズの転生者で、醜い存在のままだったと笑っていたのだ。また夕映はそれを見て、涙ながらに自分の行動の理由をカギへと話していた。それはカギの攻撃は明らかにやりすぎで、神威がボロボロだったからと言うものだった。だからこそ、カギを止めるために、神威を助けるために間に入ったと、夕映は悲しげに語ったのである。

 

 だが、カギはそんな話など知らぬふりをし、さらに魔力を高めて周囲がまるで昼だと思えるほど閃光の輝きを発していたのだ。もはやカギ自身はその発光で眩しすぎて、目で直視出来ぬほどであった。

 

 

「知らねぇよ! じゃあな! あばよ!!」

 

 

 そこでカギは別れの言葉を述べ、その雷神斧槍を夕映と神威へと投擲したのだ。雷鳴と共にその魔法が神威と夕映へ襲い掛かったのである。

 

 

「ハハハ、ハァァア!? ガハァァァ!!!?」

 

 

 そして夕映すらも犠牲にしようとするカギに、大笑いをしていた神威は、その魔法に胸を貫かれていた。だが、神威の目の前に居た筈の夕映は、なぜかカギの左側の少し離れた場所へと移動していたのだ。それを見た神威は、魔法を受けた痛みと共に、驚き混乱しかけていたのである。

 

 

「ケッ、動かなくて正解だったろーが! こっちにゃ仮契約カードのマスターカードがあるんだよ!」

 

「ぱ、パクティオーカードでの転送……!?」

 

 

 そう、カギが使ったのは仮契約カードによる従者の転送だった。カギは仮契約カードをコピーしており、マスターカードを自分で保有していたのだ。それを上着の内ポケットに入れていたのを思い出し、利用したのである。また、夕映もそれを思い出したようで、驚きの表情でカギを見ていた。

 

 

「バレねーように挑発したんだよ、ボゲ。まっ、こんな単純な罠も見抜けねぇとは、随分余裕がねぇなぁ……!」

 

「ば、馬鹿な……、こんな……」

 

「……か、カギ先生……?」

 

 

 しかしこの方法は転送には魔方陣が出現し、神威に気づかれる恐れがあった。だからカギは神威が喜びそうなことをしゃべり、魔力を放出して自らを光らせたのだ。そうやって神威の目を欺き、夕映を転送したのである。そのカギの説明を聞いた神威は、もはやこの世の終わりのような表情で、ありえないことだとつぶやいていた。夕映もカギの方を驚きながら見ており、自分も含めて攻撃しようとしたのではなかったのかと思っていたのだ。

 

 

「ハッ、俺だって自分の生徒を、自分のダチを犠牲にしてまで、そんなカスを倒す訳ねぇだろ?」

 

「……で、ですが私は……」

 

「気にすんなよ! 悪夢は今、ここで終わるんだからなァーッ!!」

 

 

 そんな驚きつつも悲しそうな表情をする夕映に、カギはそう豪語していた。自分の生徒を、友達を攻撃するなんて、あってはならないことだと。さらに神威ごときに、そんな大切な人を犠牲にするなんて勿体無いと、そう強く言葉にしていたのだ。

 

 夕映はそれを聞いて、なぜか心が苦しくなった。神威を助けることが正しいことだと思っていたはずなのに、どういう訳かそれに対して罪の意識を感じたのだ。そう考えて沈痛な表情をする夕映に、カギは気にするなと言っていた。今すぐニコぽの呪いから開放してやると、そう言っていたのだ。

 

 

「あばよ、テメーだけ消えな! ”雷斧招来”!!」

 

「パギャァァァア!?」

 

 

 そこでカギは神威に突き刺さった雷神斧槍の術式を解除し、雷の斧へと変質させた。それを受けた神威は、謎の悲鳴を上げて完全に力尽きたようだった。また、そこへ一人の少年が暗闇の空から神威の目の前に降りて来たのである。

 

 

「ふぅん、たしかカギ先生だっけ? やるじゃないか」

 

 

 そこに来たのは覇王だった。覇王は強力な魔力の放出を感知し、ここまでやってきたのである。そしてすでに決着がついており、あの子供先生の兄がここまでやるとはと、素直に関心していたのだ。カギはそんな関心する覇王を見て、かなり驚いていた。接点こそほとんどなかったものの、強力な特典の持ち主だと考え警戒していたからだ。

 

 

「お、お前は赤蔵覇王!?」

 

「え? 確かこのかさんの彼氏の……」

 

「……な、なぜ……君までここ……へ……!?」

 

 

 夕映も覇王を見て少し驚いていた。何せ覇王は3-Aでも地味に有名だからだ。と言うのも、3-Aの全体的な意見では、基本覇王は木乃香の彼氏扱いなのである。そんな覇王が突如空からやって来て、神威の目の前に立ちはだかったのだ。驚かない方が無理があるだろう。

 

 神威もまた、覇王の予期せぬ登場に恐れを抱いていた。この覇王とは木乃香をめぐって一度戦い、苦戦を強いられた相手だからだ。また神威はも、はや戦う力など残っておらず、その目の前に立つ覇王から、しりもちをつきながら後ろへ後ずさりする以外、何も出来なかったのである。

 

 

「たまたま通りかかっただけさ。だけどちょうどよかった。お前をやっと滅ぼせる……!」

 

「や、やめろおおおおお!!」

 

 

 そして覇王はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)O.S(オーバーソウル)し、神威の前に出現させた。もはや完全に瀕死の神威に、これをしのぐすべは無く、恐怖に歪んだ表情で叫ぶことしか出来なかった。ここで神威が冷静であれば、影の転移魔法(ゲート)で逃亡出来た可能性があった。だが、今の神威はニコぽを解除され、格下だったカギからの敗北で精神的に余裕が無くなっており、冷静ではいられなくなってしまっていたのだ。

 

 

「ちっちぇえな」

 

「ピアアギャアピピアアアアアッ!!?」

 

 

 そこで覇王は一言、お決まりの台詞を神威へ吐き捨て、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を操った。すると神威はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の煉獄の炎に瞬間的に包まれ、火柱を上げて燃やされたのだ。その巨大な炎に神威は焼かれ苦しんだ後、事切れたようだった。

 

 

「さて、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)、喰っていいぞ」

 

 

 覇王は神威の特典を破壊すべく、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に神威の霊を喰わせたのだ。そしていつも通り、特典のみを喰わせて神威の霊を吐き出させ、渋々と神威を蘇らせたのだ。

 

 

「ぐ、ぐああああああ!? こ、殺してやる! 殺してやるぞおおお!!!」

 

「ちっちぇえ、なんてちっちぇえヤツなんだ……」

 

 

 蘇生された神威は別人のようにのた打ち回り、殺すと叫んでいたのである。その表情はあの冷徹な神威とは思えぬような、歪んだ表情となっていたのだ。覇王はその神威を見て、あまりにも小さい過ぎると感じたようだ。またそこで神威は、気を操ろうとしてもうまくいかず、力が出ないことに気がついたようだった。

 

 

「な、なんで力がうまくはいらねぇ!? ど、どうしてだ!?」

 

「ああ、お前の特典はもうない。僕のS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に喰わせたからね」

 

「う、ウソだぁぁぁ!! うおおあああ!!!」

 

 

 覇王はそんな神威へ、お前の特典はもう存在しないと説明した。それを聞いた神威は頭を抱えて跪き、ウソだと叫び号泣し始めていた。その泣き顔やいなや、あの銀髪だとは思えぬほどに崩壊していたのである。もはや完全に別人となった神威に、カギは本気でドン引きしていた。そして神威の特典が失われたことで、夕映にかかっていたニコぽも解けたようだった。

 

 

「あ、あれ? なんで私はあの人のことを……?」

 

「ゆえ! 正気に戻ったのか!?」

 

「カギ先生? それは何の話です?」

 

 

 すると夕映はどうして神威に惚れていたのかと疑問に思い、首をかしげていた。あんな情け無く号泣し、縮こまる男のどこがよかったのかと、少しだけ考えていたのだ。その夕映にカギが声をかけると、夕映は不思議そうな表情でカギの話を聞いていた。

 

 

「とりあえず正気に戻ったようで、何よりだぜ……」

 

「? 別に私は元々正気ですけど……?」

 

 

 カギは夕映にかかっていたニコぽが切れたことを見て、ほっと一息ついていた。しかし夕映にはニコぽが解けたという実感がさほどなかったようで、よくわかっていないようだった。それは惚れた相手に対する熱が冷めるような現象だったようで、夕映には大きなことのように感じていなかったのだ。覇王もそれを見てニコぽが解けたことを理解し、表情を緩ませていた。

 

 

「ふむ、ニコぽが解けたみたいでよかったね」

 

「何したのか訳がわからねぇが、これにて一件落着!!」

 

 

 カギはどうやって覇王が、神威の特典を抜いたかわからなかった。だが、そんなことなどどうでも良いほどに、神威を倒したことを心から喜んでいたのだ。その傍らで神威がカギと覇王に怯え、尻を地面につきながらはいずっていた。

 

 

「……ハヒィーハヒー……ハッヒィ……! た、助けてぐえー!!」

 

 

 特典を失い、恐怖に支配された神威。なんと哀れな姿だろうか。これこそまさに、自らが醜いと称した転生者よりも醜い、みすぼらしい姿ではないだろうか。そんな悲惨な神威の姿を見た夕映も、特になんとも思ってなかった。むしろなぜ怯えているのだろうかと、疑問に思う程度だったのだ。

 

 

「あのカギ先生、あそこの人は何に怯えているですか?」

 

「自分の罪の重さに怯えてんじゃねーの? すっとぼけってな」

 

「あ、あああ!! あああああ!!!」

 

 

 そこで夕映はカギへ、神威がどうして怯えているのか聞いてみたのだ。するとカギは、今まで自分が行ってきた悪行の罪悪感に潰されてるのではないかと、適当な理由をつけて答えていた。実際は自分と覇王に怯え、逃げようとしているとカギは思っていたようである。そしてとうとう恐怖に負け、神威はその場から走って逃げていったのだ。その神威の後姿は、醜い踏み台にふさわしい哀れな姿だった。

 

 

「やれやれ、アレこそが銀髪の本性だったようだね。本当に醜くてちっちぇえ……」

 

「アイツ逃がしていいのかよ?」

 

「もう彼には何も出来ないよ。特典を失った転生者は、のた打ち回るしか出来ないからね」

 

 

 覇王は逃げ出した神威の背中を見て、本来の神威の姿を垣間見たようだった。なんと小さく醜く歪んだ姿だろうか。あんなやつを本気で相手にしようとしていた自分がバカだったと思えるほど、神威が滑稽に映ったのである。また、逃げ出す神威を見たカギは、覇王に大丈夫なのかと尋ねていた。あれでも一応転生者であり、自分を苦戦させた相手だったのだ。逃がして大丈夫なのか、少し心配だったのである。

 

 だが覇王は問題ないと答えていた。どうせ特典はすでに無く、基本的に特典を失った転生者は、その現実を受け入れきれずあがき苦しむのみなのを知っているからだ。

 

 

「そ、そうか……。待てよ、俺もアレみたいなことをしてたら、お前に特典抜かれてたっつーことか!?」

 

「そのとおりだよ。よくわかったね?」

 

 

 また、カギは特典を抜くということを考え、もしも自分が神威のような真似をしていたら、覇王に狙われたのではと思ったようだ。そう考え少し青ざめたカギへ、覇王はYESと笑顔で答えていた。その覇王の笑顔に、さらにカギは恐怖を覚えたようである。

 

 

「そ、そうだったのか……。やはりニコぽに頼らずハーレム作るしかねぇな……」

 

「君が特典を使って暴れなければ、特に気にはしないさ」

 

 

 そしてカギは、ハーレムを作るなら自力でやるしかないと、決意を新たにしていた。まあ、決意を新たにしてもハーレムが出来るかはわからないが。そんなカギへ、覇王は特典で暴れなければ敵対はしないとカギへ告げていた。この転生者同士の会話に、夕映は一体どんな話をしているのか、少し疑問に思ったようだ。それをカギへと何のことなのか、その疑問をぶつけたのだ。

 

 

「カギ先生、その話ってどういうことなんです?」

 

「何でもねーよ! 気にするなって! それよりクラスの連中んとこに帰ろうぜ?」

 

「そうですね……」

 

 

 だがカギは何でもないと叫んで、転生者と言うことを話さなかった。さらに話題を変えるように、クラスメイトが居る場所に戻ろうと夕映に提案していた。加えてカギは残りのクラスメイトの、ニコぽも切れたか確認したかったので、こういうことを言ったのである。夕映もカギが話したくないなら、それでいいかと思ったようで、そのまま二人はクラスメイトの下へと戻っていくのだった。

 

 

「ふう、これで銀髪は終わったが……。今のところ、残るはあのビフォアという男か……」

 

 

 そしてこの噴水公園から去っていくカギを見て、覇王はビフォアのことを考えていた。ビフォアも転生者であり、この麻帆良をどうにかしようとしていることは、うすうす感づいていたからだ。そのため、あのビフォアと敵対し、どうにかしたいと覇王は考えていた。

 

 

「だが、あの男は僕ではどうすることも出来そうに無い……。最悪を想定して動いた方がよさそうだ」

 

 

 しかし覇王はいつに無く弱気だった。あのビフォアは自分で倒すことを出来ないと、覇王は思っていたのである。なぜならビフォアの特典は強大と言うほどではないが、自分ではどうすることも出来ないと考えていたからだ。あのビフォアを倒さなければまずいと思うものの、どうしようもないことだと認識していたのである。

 

 さらに言えばあの坂越上人と言うやつが、そのビフォアの仲間となっているのも大きかった。上人を倒すことは出来るだろうが、倒すのにかなり力を使うと考えていたからだ。そんなことを考えながら、覇王は闇に染まった噴水公園を後にし、とりあえずは明日のことを考えるのだった。

 

 

 また、刃牙は転移後にアキラと保健室へ行き、しっかりと手当てをしてもらっていた。と言うか、あの傷が手当て程度で済むはずがないのだが、流石ジョジョのキャラにそっくりと言わざるを得ないだろう。そんなアキラは、刃牙に再び謝り、お礼を言っていた。あの銀髪が悪い虫で、その虫を払ってくれようとしてくれたのが刃牙だとわかったからだ。

 

 それを見た刃牙は、嬉しさのあまり静かに涙を流していた。だが男なので、それを必死に隠していたのだ。そう涙する刃牙をアキラは見て、同じく涙を流し静かに微笑んでいた。しかし、この二人、やはり妹分と兄貴分と言う関係は変わらないようで、アキラは刃牙を頼れる兄として、刃牙は可愛い妹として接するのだった。

 

 

 




決着ゥゥゥッ!

だが、麻帆良祭はまだ終わらない……

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