二人の少女が衝突する
第七試合にて敗北した木乃香は、かなり落ち込んでいた。
それは負けたこともあるが、まだまだ自分が覇王に届かないことに肩を落としていたのだ。
そんな木乃香は、救護室のベッドの上で治療を受けていた。
あの錬の雷による攻撃で、全体的にやけどを負っていたのだ。
普段なら巫力を用いたイメージによる治療で、簡単に回復できる。だが今は、木乃香にそれを行えるほどの巫力が残っていなかった。
そして木乃香は治療を受けながら、普段は絶対に見られないほどの、暗い表情を見せていた。
その木乃香を刹那もアスナもよも、どう励ましたらよいかわからないと困っている様子であった。しかし、そこへ覇王がやってきたのである。
「手ひどくやられたみたいだね、木乃香」
「は、はお……」
そこで、あちこち包帯を巻かれた木乃香へと、覇王は話しかけていた。
木乃香は覇王を見上げると、すぐさま顔を下に向け伏せてしまった。
今の弱った姿など、覇王に見られたくないようだ。また、木乃香は覇王の顔を見たせいで、再び涙が瞳から溢れ出してしまったのである。
「ウチ、負けてしもうた。勝てへんかった……」
「そうだね、なかなかの負けっぷりだったよ」
しかし、覇王は木乃香を慰める気はないようだ。
また、木乃香も覇王が慰めてくれるような人間ではないことを知っているので、その辺は気にしないのである。
それに覇王は木乃香が負けたことを、仕方ないとも感じていた。
なにせ初実戦の木乃香と、警備などで実戦経験のある錬では、戦いでの錬度が違うのである。シャーマンとして互角だとしても、やはりその差は大きいのだ。
「だけど勉強になったろ?」
「うん……」
「それならそれでいいんじゃないか?」
そこで覇王は木乃香に、今の戦いで得るものがあったなら、それでよいと話していた。
木乃香は先の戦いで、シャーマン同士の戦闘での厳しさを味わった。
そして痛みや恐怖と言った負の念と、自分の技術が通用したことや勝利への渇望など、色々学ぶことがあった。
また、あれがシャーマンファイトということを、木乃香は戦いを通して体で覚えることができたのだ。
あれこそ、覇王に並ぶならば必要最低限のことだと、木乃香は考えたのだ。
「……はおは、あー言う戦いをせなあかんのやな?」
「シャーマンキングになるためには、必要なことさ。最も、この世界にどれほどシャーマンが居るかはわからないけどね」
この先シャーマンキングとなるために、覇王は他のシャーマンと戦うのだろう。
そして、それについていくなら、先ほどの戦いと同等のことが起こるのだろう。木乃香はそう考えたようだ。
そこで覇王も、木乃香の質問に肯定の意見を述べていた。
「そなら、ウチもつよーならんとアカンよね」
「そうだね。もっと強くなってもらわんと困る」
だからこそ、木乃香はもっと強くなる必要があると考えた。
そこで覇王も、もっと強くなってほしいと言っていた。
しかし、覇王は特に木乃香を戦わせたい訳ではない。ただ、戦いに巻き込まれた場合、自分で身を守れるぐらいにはなってほしいと考えているのだ。
「うん……。もっとつよなる。だから、ずっといじけてられへんな……」
「そうさ、いじけている暇なんてないよ」
「うん、うん……。でも、やっぱ悔しいんよ……」
木乃香はいじけてられないと言葉にした。
そして覇王もそうだと答えていた。
だけどやはり、木乃香は先ほどの戦いで負けたことが、すごく悔しかった。
だから、覇王の胸を借りて、少しだけ涙したのだ。
その木乃香に胸を貸して、覇王はやれやれと言う表情をするだけであった。
だが、木乃香は覇王が胸を貸してくれているだけで十分だった。
それだけで、とても嬉しかったのだ。
そして数分間ほど、木乃香は覇王の胸の中で、静かに、静かにその瞳から悔しさと共に綺麗な雫を流すのだった。
「……もう大丈夫かい?」
「うん……。ありがとう、はお」
「弱ってる弟子は邪険にできないからね」
そして木乃香は普段の笑顔に戻っていた。
まだ少し目は赤く、涙を溜めてはいるが、それでも微笑んでいた。
そこで木乃香はいつの間にか体の痛みが消えていることに気がつき、覇王の顔を覗き込んだ。
その覇王も、いつもの微笑みを浮かべ、気にしないでよいという表情をしていた。
覇王は木乃香に胸を貸した時に、イメージによる治療を施していたのだ。
「はお、ほんまありがとう」
「気にしなくていいよ。木乃香は女の子だから、肌は大事にしないとね」
「うん! はお!」
木乃香は覇王が治療してくれたことに気づき、再びお礼を言っていた。
覇王も気にするなと言いつつ、女の子たる木乃香に肌を大事にと、普段の覇王では聞けぬような言葉を使っていた。
その言葉に木乃香は嬉しくなり、ついつい覇王に抱きついていた。
「はお、好きやー!」
「木乃香、二人が見てるのに、少し自重しようとは思わないのかい?」
「せっちゃんもアスナも知っとるし、別に気にならへんもん!」
アスナも刹那も、今の覇王と木乃香のやり取りをずっと見ていたようだ。
そこで刹那はそれを見て、少し顔を赤くして照れていた。
だが、アスナはいつものことのように、すまし顔でそれを見ていたようだ。
そして木乃香は、二人に見られていても特に気にしていなかった。
というのも木乃香は、二人とも自分が覇王のことを好きだというのを知っているので、問題ないと思っているのだ。
「やれやれ、仕方がないやつだなあ」
「えへへー」
先ほどまでの涙はもう木乃香からは見られなかった。
覇王に胸を貸してもらって泣いたことで、ようやく元気を取り戻したのだ。
そして覇王に抱きつき甘える木乃香。
そんな木乃香を、仕方がないと思いつつも、覇王は好きにさせているのであった。
とりあえず、覇王は木乃香に抱きつかれながら、観客席へと戻ることにしたようだ。
そして、アスナと刹那はそれを見て安心した後、次の試合の準備をするのであった。
…… …… ……
そしていよいよまほら武道会第八試合の開始である。
刹那とアスナはリングへと移動していた。
その姿は戦闘するよりも、給仕をするような格好だった。
なんと刹那は和風メイド服を着ており、アスナもフリルだらけのゴスロリメイド服姿であった。一体誰の趣味なのだろうか。それは置いておくとしよう。
しかし、やはり手には武器を持っていた。
刹那は刃物である刀を使うことが出来ないため、デッキブラシを握っていた。
またアスナは、ハマノツルギをハリセン状態にして使うようだ。
そこで木乃香も二人を応援するために、その近くへとやって来ていた。
また、二人の晴れ姿を見て目を輝かせていたのである。さらに、戦闘準備の用意が完了し試合開始を待つ二人の下へ、アルビレオとエヴァンジェリンがやって来ていた。
「二人とも、次の試合頑張ってくださいね」
「別に頑張らんでもよいが、つまらん戦いはするなよ?」
「会場ガ血シブキデ埋マルグライ、ヤッチマエー」
なにやらこの二人はアスナと刹那に檄を飛ばしに来たようだ。
エヴァンジェリンはそんなことを言いつつ、次の試合を楽しみに思いニヤリと笑っていた。
そして、一応チャチャゼロもつれて来ており、なにやら物騒なことをつぶやいていた。流石殺人人形である。
また、アルビレオも静かに微笑んでいた。
が、その意味は二人の可愛らしい衣装を見てのことである。
流石変態だ。そんなアルビレオとエヴァンジェリンの方を二人は向き、試合が始まるまで話そうと思ったようだ。
「クウネルさん、こんにちわ」
「エヴァりん、久々ね」
とりあえずアスナと刹那は、やって来た二人に挨拶をした。
しかし、アスナはアルビレオに挨拶をしなかった。
あえて無視しているのである。
また、ネギは他の生徒にモミクチャにされているので、この場には来れなかったらしい。合掌。
「私も居ますよ? アスナさん」
「ノーセンキュー」
「アスナさん、流石にそれは……」
いやはや今の態度はないだろうと刹那は思っていた。
だがこのアルビレオの扱いをある程度知っているアスナは、これが普通なのである。
そんな漫才まがいなことをしているアスナとアルビレオを見て、愉快に笑うエヴァンジェリンが居た。
「アハハ、いい気味だなアル。身から出た錆とはこのことだな」
「いいのですよセツナさん。しかし二人ともすばらしい衣装ですね」
「いえ、これは……!」
ああしかし、そのエヴァンジェリン、悲しいことにアルビレオに無視されたのだ。
このアルビレオ、クウネル・サンダースと言う名前が気に入っている。つまりこの名で呼ばないと反応してやらないのだ。
そしてアルビレオは、二人の衣装をべた褒めしていた。
そう褒められた刹那は、意図していないので頬を赤くして照れていた。だが、その横でアスナは目を細めて、そんなアルビレオを睨んでいた。当たり前である。
「そう言って恥ずかしがらせようとする訳ね、ヘンタイ」
「流石にアスナさんには効きませんか」
「むしろ、こんなフリフリで動きが鈍らないかの方が心配よ」
そう言うアスナはスカートをつまんで、数センチだけ上にあげた見せていた。
それでもって、アスナはアルビレオの意図を察していた。
そのためまったく動じないのだ。
むしろ、ここで少しでも焦ったり照れたりすれば、このアルビレオの思う壺なのである。
さらに言えば、アスナはこの可愛らしい服の見た目よりも、戦いでしっかり動けるかのほうが心配だったらしい。
そんな言葉すら動じないアスナに、アルビレオもこうなることを予想していたようだ。
そこで先ほどから無視され、静かに体を震わせながら、怒りのボルテージを溜めていたエヴァンジェリンがついに爆発したのだ。
「おいアル! 無視するとはいい度胸だな! 試合に出る前に退場にしてやろうか!!?」
「……今の私はクウネル・サンダースと申し上げたと思いますが?」
「ふざけてるのか貴様!!!」
「真剣ですよ?」
アルビレオは旧友のエヴァンジェリンにさえ、クウネルと呼ぶように言っていたようだ。
だからこそ、クウネルと呼ばないエヴァンジェリンを、あえて無視していたのだ。
そのことにカンカンに怒ったエヴァンジェリンは、そんな態度のアルビレオに叫んでいたのである。
だが、怒るエヴァンジェリンを涼しげに見てアルビレオは、余裕の微笑を見せているのだ。
「どの口がほざくか!!」
「まあエヴァンジェリン、私をクウネル・サンダースと呼べばよいだけですよ」
「貴様というやつは!!」
この漫才をするエヴァンジェリンとアルビレオを放置し、アスナはとりあえず動けるかどうか確認していた。
そこでアスナは両手を左右に伸ばして回転し、一回転した後停止して今度は両腕を高く上へ伸ばす。
さらに今度は後ろへ数歩ステップし、空中へ飛び上下に回転しながらも、体を左右にひねり二回ほど回転させ、元の場所へと綺麗に着地していた。
まるでしっかりと動けるかどうか、一つ一つ確認しているのである。つまるところ、本気で刹那に勝つ気なのだ。
そのアスナの行動を、刹那は静かに眺めていた。
「うん、問題なし。いや、問題ならあったわ……」
「え? 今の動きのどこに問題が……?」
アスナは問題ないとしたことを即座に訂正していた。
それを聞いた刹那は、今の動きに問題があるようには見えなかった。
むしろすばらしい身のこなしだと感じ、アスナの言葉に疑問を感じたようだ。そこでアスナは、刹那の今の疑問に答えたのだ。
「スパッツか短パンぐらい履きたいわ。これじゃパンツが見えちゃうじゃない!」
「あ、そういうことですか……」
アスナは膝上ぐらいあるスカートである。
そのぐらい長いスカートだとしても、動けば下着が見えてしまうと考えたのだ。
いや、アスナは今の空中回転などで、それが実感できたので、そう文句を言ったのだ。だからせめてスパッツぐらい履かせてほしいと思っていた。
それを聞いた刹那も、そりゃそうだと納得したのだ。
しかし、この程度で動きが鈍くなるほど、アスナは甘くはない。
と、そこへさらに人がやって来た。あのメトゥーナトだ。
その横に焔もついてきていた。
だが、あの数多は覇王の方へ行ったらしい。まあ、男子だから女子だらけのアウェーな空間には入りたくないだろう。
「アスナ、試合は次か」
「来史渡さん、来てくれたんだ。それと焔ちゃんも」
「いや、予定していなかったんだが、兄がどうしてもと言うものだからな……」
アスナはメトゥーナトと焔の姿を確認すると、二人に笑いかけた。
来てくれるかは半信半疑だったので、二人が来てくれたことをとても嬉しく思っているのだ。
ただ、焔は少しだけばつが悪そうであった。
何せ本来ここへ来る気が、あまりなかったからである。
あの数多がこの大会を見たいと言わなければ、さらに妹と一緒に居たいと言わなければここへ来なかったはずだからだ。
そこへ刹那もやって来て挨拶をしていた。
「あ、はじめまして。私は桜咲刹那と申します」
「丁寧にどうも。わたしは銀河来史渡と言う。よろしく頼む」
「ああ、あなたが長のご友人の……!」
そこで刹那はこのメトゥーナトが、関西呪術協会の長である、近衛詠春の友人だということを思い出したようだ。
それを聞いたメトゥーナトも、刹那が木乃香の護衛だったことを思い出したようだ。
「そのとおり、わたしは詠春の友人だ」
「そうでしたか。ではアスナさんを鍛えたのも……」
「それもわたしだ」
あのアスナの強さが普通ではないと思っていた刹那は、このメトゥーナトが鍛えたのではないかと考えた。
そしてそれを質問すると、肯定の言葉が返ってきた。
刹那はその言葉に、やはりと思っていた。そこに先ほどまでエヴァンジェリンに絡まれていたアルビレオがメトゥーナトへ話しかけた。
「久しいですね、来史渡」
「ふ、クウネルも相変わらずのようだな」
いやはや同じ偽名持ち同士、なかよくしようや。
そうアルビレオは考えているようだ。
しかし、相変わらずなのはそのパクリっぽい偽名だろう、と今の言葉を述べたメトゥーナトはそう考えていた。
また、エヴァンジェリンもトコトコとやってきて、メトゥーナトにアルビレオの文句を言いだした。
「おい貴様、このヘンタイを何とかしろ!」
「な、なぜわたしにそれを……?」
「なぜって貴様の戦友だろう!」
確かにメトゥーナトも紅き翼の良心、ストッパーとして頑張ってきた。
しかし、このエヴァンジェリンはメトゥーナトよりも古くからアルビレオを知っている。
そう考えると、やはりなぜ自分がこのアルビレオを抑えなければならないのかと思うのだった。
「それを言うならマクダウェル、君の方が彼の古い友人だろう? 自分で何とかするのだな」
「あ! 貴様それを言うのか!」
「まあまあ、エヴァンジェリンも来史渡も、そう喧嘩しないでください」
しれっとした態度でエヴァンジェリンを突き放すメトゥーナト。
それに反応して叫ぶエヴァンジェリン。なんと大人気ないことか。そこへその喧嘩の仲裁としてアルビレオがやってきたのだ。いや、お前が原因なんだけど。
「アル……いやクウネル、元はと言えばお前が悪い」
「貴様が原因じゃないか! 何部外者ぶってるんだ!?」
「おやおや、そうでしたか?」
当然アルビレオは二人から非難轟々である。
当然といえば当然だった。だが、アルビレオはそれをとぼけて流していた。なんというやつだ。
そんなバカなことで騒いでいる三人をよそに、とうとう試合が始まろうとしていた。
アスナと刹那は司会に呼ばれ、リングへと移動することにしたようだ。そこでメトゥーナトはいったん会話をやめ、アスナの下へやってきた。
「とりあえず全ての力を出し切るんだ。さすれば勝利を得ることが出来よう」
「ふ、最初からそのつもりよ。それじゃまた後でね」
そう言うとアスナはリングへと歩いていった。また、そこへ木乃香と焔が、刹那の方へ移動して話しかけていた。
「私はどちらも応援したいが、とりあえず刹那も頑張ってくれ」
「ウチも両方応援しとるえ!だからせっちゃんも頑張ってな!」
「ありがとう、このちゃん、焔さん。では後ほど」
木乃香と焔はアスナも応援したいが、とりあえずアスナの方にはメトゥーナトが話しかけていたので、刹那に話しかけたのだ。
そして刹那は、木乃香と焔の応援に感謝を述べ、リングに上がっていくのだった。
そこでアスナと刹那が並び、同時にリングへと向かっていった。
…… …… ……
まほら武道会第八試合、そのリング内でアスナと刹那は微笑みながら見つめ合っていた。
それは好敵手とであった感覚。
まさにライバルを見つけ、全身に雷が落ちたような衝撃を二人は受けていたのだ。
そして、二人はこの試合を待ちわびたかのように、話しかけていた。
「悪いけど刹那さん、この勝負、勝たせてもらうわ」
「私もそう簡単には負けませんよ? アスナさん」
そこへアスナは刹那へ宣戦布告を叩き込んだ。
絶対に勝つと宣言したのだ。
だがその挑戦を、刹那は微笑みながら受けていた。
さらに簡単に負けない、むしろこちらが勝つと返していた。
そして両者ともに規定の位置につき、試合開始の合図を待つのである。
「さて、ようやく第八試合の始まりだあああッ! 対戦する二人は美少女! この二人がどう戦うか見ものというものでしょう!!」
やたらテンションの高い司会による演説が会場を揺らす。
その司会が叫んでいる間に、アスナと刹那は互いに見つめ合っていた。
しかし、それは甘い関係などではなく、やはり好敵手としてのにらみ合いに近いものであった。
また、この二人にはもはや司会の演説すら聞こえないようで、どちらも微笑みながらも、高い戦意を出していたのだ。
そこで、司会から試合の火蓋を切る合図が出されたのだ。
「レディ―――――ッ!ファイッ!!!」
その合図と共に、二人は即座に空中で武器を合わせていた。
さらに、すでにアスナは咸卦法を、刹那は気で身体能力を強化していたのである。
その最初の接触のみで、会場を揺らしていると錯覚するほどの気迫だった。
「やる……!」
「出来る……!」
両者とも落下する前に、さらに空中へと舞い上がり武器をぶつけ合っていた。
アスナも刹那も虚空瞬動による空中移動を行いながら、互いの武器でせめぎあっていたのだ。
もはやこの試合、最初からクライマックスであった。すさまじい力と技のぶつかり合いである。
「素早く鋭い剣術ね、流石刹那さん」
「アスナさんこそ、豪快ながら隙のない剣術、見事です」
アスナも刹那も互いを褒めあい、されど引くことなく衝突していた。
アスナは刹那が京都で魅せた美しい剣術を褒め称え、刹那も強い力で打ち合いながらも、そこに隙を作らないアスナの攻撃を褒め称えていた。
アスナの場合、技術こそ刹那に劣るものの、その咸卦法でのパワーとスピードを生かし、強力な一撃を生み出すことに特化している。
刹那の場合、力こそアスナに劣るものの、気でのスピードの増幅と鋭い剣術での封殺を得意としている。
風を切るほどの、すさまじい速度で振り払われる刹那のデッキブラシを、命中する手前で回避するアスナ。
そしてそこへアスナは、すかさず強力な一撃を刹那へと繰り出す。
だが、刹那は無手でも神鳴流を使いこなしている。
その攻撃を斬空掌にて振り払い、すかさずデッキブラシをアスナへと振り下ろす。
しかし、アスナはそれを咸卦法の力で素早く掴み、刹那を床へと投げ飛ばす。
「やっぱり刹那さんは強い……!」
「いえ、アスナさんこそ予想以上です!」
そう会話する中、投げ飛ばされた刹那は床に着地すると、すぐさまアスナの居る上空へと飛んだ。
それを追撃すべく、アスナはハマノツルギを振り払った。
だが、それを刹那は二度の虚空瞬動にて回避し、アスナの背後を取った。
その直後アスナは背後へ蹴りを放った。
その蹴りは命中すれば大木すらもへし折りかねないほどのものだ。しかし、その蹴りを刹那は腕で受け流し、デッキブラシをアスナへと叩きつける。
「貰いました」
「甘いわね」
しかしアスナはその攻撃を、虚空瞬動にて落下することで回避し、素早く上昇し下から上へ目掛けてハマノツルギを振るった。
それを刹那はデッキブラシで受け止め、アスナを空中へと振り払う。
しかし、アスナはまるで磁石が引き合うかのように、瞬時に刹那へ距離をつめた。
それは空中から重力と虚空瞬動を用いた加速であった。
するとアスナはハマノツルギを、刹那の右腰へと目掛けて横に振るった。
だが、それを今度は刹那が華麗なアーチを描くように飛び、それを回避して見せたのだ。
なんという戦い。両者とも完全に互角だったのである。
「今のは危なかったです」
「ウソばっかり」
二人はそう言うと微笑みながら、どちらも目を見ていた。
そこへ刹那はそのままアスナの背中へ向けて斬鉄剣を放つ。
されど、それをハマノツルギで押さえ、刹那を吹き飛ばした。
そして今の攻撃でいったん地上へと戻り、二人は距離を取っていた。
しかし、二人は不適に微笑んでいたのである。
まるで好敵手に出会ったような、そんな感動を覚えるような、そんな心境だったのだ。
もはやこの戦いに、観客も声が出せなかった。
すさまじい拮抗した試合だったからである。
そんな最中、メトゥーナトとアルビレオがこの戦いについて話し合っていた。
「この試合、どう見ますか?」
「どちらが勝ってもおかしくない試合だ。正直このわたしですら、どちらが勝つか予想もできん」
このメトゥーナトですら勝敗がわからないというほど、アスナと刹那が互角ということだった。
そこへエヴァンジェリンがやってきて、その会話に加わっていた。
「ふん、面白い試合じゃないか。それでいいんだよ、それで」
「エヴァンジェリン、あなたは最初から、この試合を期待していたのでしょう?」
「まあな。あのアスナと桜咲刹那との戦いだ。つまらん試合になるとは思ってなかったよ」
エヴァンジェリンですら、この二人の試合を期待していたのだ。
それほどに、この試合が面白いということだ。
そして、それはつまるところ、この試合がこの先どうなるか、予想がつかないということでもある。
しかし、エヴァンジェリンはなぜ刹那のことを知って居るのだろうか。
それはエヴァンジェリンが夜の警備をしているからである。
そういう訳で、同じく夜の警備をしている刹那の実力を、ある程度知っていた。
だからエヴァンジェリンは、刹那とアスナとの戦いに期待していたのである。
そこでアルビレオは、エヴァンジェリンへ賭けを要求したのだ。
「ではエヴァンジェリン。一つ賭けをしませんか?」
「どちらが勝つか、ということか。で、貴様はどちらに賭ける? そして、賭けるものはなんだ?」
アルビレオの賭けとは、アスナと刹那、どちらが勝つか賭けようということだった。
エヴァンジェリンはそれを悟り、ならばどちらに賭けるか、賭ける商品はどうするかをアルビレオにたずねていた。
そして、その賭けの対象とは驚くべきことであった。
「そうですね、私が負けたら私が今まで集めた”転生者”の人生の記録を見せましょう」
「む? それに何のメリットがあるというのだ?」
アルビレオは転生者の人生も収集していたようだ。
それをエヴァンジェリンへ提供すると言ったのである。
しかし、エヴァンジェリンはそれが自分にメリットがあるか疑問だった。
そこでアルビレオは、そのメリットをエヴァンジェリンへ話したのだ。
「その中で使えそうな魔法を持つ転生者が居れば、あなたの技術も向上するのでは?」
「居なかったら丸損だろう? だが確かに興味があるな……」
その集めた転生者の人生の中に、エヴァンジェリンが使える魔法を持つものも居るとアルビレオは言ったのだ。
とは言え、居なければ丸損だとエヴァンジェリンは思った。
しかし、そうでなくても不思議な力を持つ転生者、その能力を見れるだけでも面白そうだと考えたのだ。
「いいだろう。だが私は、何を貴様に差し出せばいいのだ?」
「そうですね、これを着て今日一日過ごしてもらいましょう」
「は?」
エヴァンジェリンはアルビレオに渡せるようなものを持っていない。
だから何を賭ければいいかわからなかったのだ。
それを聞いたアルビレオは、なにやら布キレをどこからとも無く取り出したのだ。
そして、それは旧型のスクール水着だった。
さらにご丁寧に名札まで張ってあり、そこには”えゔぁ”と記載されていたのである。
そのスクール水着をエヴァンジェリンが見て、間抜けな顔をして完全に停止していた。当たり前である。
また、それを見ていたメトゥーナトも、額を手に当てドン引きしていた。当たり前の反応だ。
そこで数秒停止していたエヴァンジェリンが、次は顔を真っ赤にして怒り出して叫んだのだ。それも当然である。
「ふざけているのか!! そんなこと出来るか!!」
「真剣ですよ? それに今は麻帆良祭の最中です、仮装として着ていれば特に問題はありませんよ」
「私には大問題だバカ!!」
麻帆良祭は仮装衣装が借りられる。
つまりそういうことにしてしまえば、問題ないとアルビレオは言ったのだ。
だが、そんな格好で麻帆良を歩ける訳がないと、エヴァンジェリンは大声を上げていたのだ。
しかし、エヴァンジェリンはこの賭けをどうするか考えていた。
負ければヘンタイのような格好をさせられるが、勝てば面白いものが見れそうなのだ。
だから、とりあえず賭けをすることにしたようだ。
「ふん、まあいいだろう。ならば私はアスナに賭けるとしよう」
「おや、てっきりセツナさんに賭けると思ったのですが」
「何、あいつは昔からの友人だ。そのぐらい義理立てしてやらんとな」
「そうでしたか。では、私はセツナさんに賭けるとしましょうか」
アルビレオはエヴァンジェリンが刹那に賭けると思ったようだが、予想とは違ったようだ。
そこでエヴァンジェリンは、アスナは旧友だから賭けてやろうと思ったのだ。
それを聞いたアルビレオは、残った刹那に賭けることにしたようだ。
しかし、なぜエヴァンジェリンはこうも簡単に、このような賭けを承諾したのだろうか。
負ければ赤っ恥じ、こきっ恥を晒す羽目になるというのに、どういうことなのか。
アスナが絶対に勝利するという確証や自信があるというのだろうか。いや、そうではない。
アルビレオは確かに、エヴァンジェリンが賭けで負けた場合、スクール水着を一日着てもらうと言った。
だが、それ以外を着てはならないとは一言も言ってない。
つまり、エヴァンジェリンは下着代わりにスクール水着を着て、上に普段通りの服を着れば問題ないと考えたのだ。
さすれば約束をたがえることは無く、アルビレオが文句を言っても、反論の余地はないと踏んだのだ。
いやはや、普通に考えればすさまじい揚げ足取りだ。
その姿を拝もうと楽しみにしているアルビレオは、間違えなくがっかりするだろう。
いや、むしろエヴァンジェリンは、心底がっかりするアルビレオが見たかったりもするのだ。
また、アルビレオもそのエヴァンジェリンの考えを察したのか、普段以上の微笑を見せていた。
抜け穴など用意させませんよと言うような、そんな笑みであった。
さらに、アルビレオからは、すさまじいどす黒い執念が湧き出し、はっきりとそれが見えるほどだった。
そして、再び試合へ目を向けると、先ほど以上のすさまじい攻防が、上空で繰り広げられていたのだ。
「神鳴流決戦奥義、”真・雷光剣”!!」
「”無極而太極斬”!!」
真・雷光剣、神鳴流決戦奥義であり、雷の力を爆発させることにより、広範囲にわたって破壊する技である。
それを刹那はアスナに向け、放ったのである。そして、太陽を越えるほどのすさまじい輝きがアスナを包みかけたのだ。
しかし、そこにすかさずアスナも無極而太極斬を使用した。
するとアスナの周囲で展開されていた光の渦を吹き払い、完全に無効化したのである。
そう、ハマノツルギは気すらも無効化することができるのだ。
だからこそ、今の刹那が放った真・雷光剣をも消滅させれたのである。
「まさか、この奥義すらも無効化してしまうとは……」
「危ないじゃないの、それ!」
その奥義を無効化された光景を見ていた刹那は、流石に戦慄していた。
まさか、この決戦奥義である真・雷光剣ですら消滅させられるとは思っていなかったのだ。
だが、それを無効化した張本人は、のんきな台詞をはいていた。
しかし、そんな台詞とは裏腹にアスナは、驚きのあまり一瞬動きが鈍った刹那へと、一直線に突撃していた。
そして、その一瞬の隙をつかれ、まずいと刹那は思った。
「し、しまった!?」
「もらった!」
その一瞬だけ硬直した刹那が、そう言った時には遅かった。
虚空瞬動と咸卦法による加速を上乗せし、その勢いを生かしたまま思い切り横へ振り上げられたハマノツルギが、刹那の腹部へと命中したのだ。
その想像を絶する衝撃をもろに受けた刹那は、声も出ないほどの激痛を感じながら、勢いよく後方へと吹き飛ばされたのだ。
だが、そこでアスナは止まらない。
そこでアスナはハマノツルギを握っていない、左腕を持ち上げた。
そして、トドメの一撃といわんばかりに、吹き飛んだ刹那へと、その左腕を振り下げたのだ。
「”光の剣・波”!!」
「くっ!?」
光の剣・波とは、全てを貫通して切り裂く光の剣を衝撃波にすることで、斬るのではなく衝撃を与えるように変化させた技である。
また、この技は剣などの武器を使わず拳のみで使うことが出来るのだ。
だからこそ、衝撃波として打ち出しているのである。
それをアスナは下に居る刹那へ向けて、左腕を振り下ろすと同時に放ったのである。
咸卦法により強化された、アスナの左腕の手刀が、刹那の右肩に命中していた。
さらにその光の剣・波をゼロ距離で受けた刹那はその衝撃により、リングへと急速落下したのだ。
また、今の攻撃でかなりのダメージを受けた刹那は、すでに受身を取れるような状態ではなかった。
だからこのまま落下すれば、リングに衝突して重傷を負うことになるだろう。
しかし、刹那がそのリングの床に衝突する寸前で、アスナが刹那を抱えたのである。そのすさまじい衝撃により、アスナの足が床にめり込み、小さな隕石が落ちたような、数メートルのくぼみを作っていた。
「ア、アスナさん……?」
「大丈夫?刹那さん」
今のアスナの攻撃でボロボロとなった刹那も、床への衝突を回避できないと考え、激痛が来るのを待った状態であった。
だが、アスナも刹那が地面に衝突することを考え、刹那を助けたのである。
また、刹那は床に衝突すること無く、アスナに抱えられている状況に驚いていた。
まさかアスナがここまでしてくれるとは、刹那も思っていなかったようだ。
そこで刹那は、そんな驚いたままの表情で、アスナの顔を見上げたのだ。
そして、そこへアスナは刹那の無事を確認する言葉を述べていた。
「は、はい。大丈夫です」
「よかった。ちょっとやりすぎたかなって思ったから」
刹那はアスナのその言葉に、大丈夫だと答えていた。
だが実際は、今のアスナの二発の攻撃で、かなり体が痛かった。
ハマノツルギが直撃した腹部もそうだが、二発目の攻撃で全体的に傷を負ったのである。
特に光の剣・波とハマノツルギが直撃した右肩はひどい怪我で、右腕が動かない状態だった。
そんな刹那の姿を見て、アスナは少しやりすぎたと反省していた。
別に二発目に、技を使わなくてもよかったと思ったようだ。
しかし、そう言うアスナに、刹那も同じようなことを言葉にした。
「いえ、私も同じです。私だって決戦奥義を使いましたから」
「そうね。あれには流石に焦ったわ」
刹那もまた、決戦奥義の真・雷光剣をアスナへ向けた。
あの奥義は命中すれば、ただではすまないものだった。
だが、どちらも大技を使うほどに、戦いが白熱してしまったのである。
そこで、ずっと抱きかかえられている刹那は、その姿に気恥ずかしくなったようだ。
「あの、アスナさん……。そろそろ、おろしてもらえますか?」
「あ、ゴメン!」
刹那は少し照れた感じで、顔を桃色に染めていた。
そして、そう言われたアスナも、即座に謝り刹那を腕からおろし、立たせたのだ。
しかし、まだ試合は終わっていない。
どちらかが倒れるまで、試合は終わらないからだ。
だから刹那は、今の自分の状況を見て、負けを認めることにしたようだ。
「今回はアスナさんの勝ちですね。私はもう右腕が動きませんので……」
「うん、悪いけど今回は私の勝ちってとこかな」
刹那はアスナの攻撃で右腕が動かなくなってしまっていた。
それはつまり、この状態で戦っても、どの道勝ち目がないということだ。
ゆえに刹那は、あっさりと自分の負けを認めたのだ。
そして刹那に勝利宣言をされたアスナも、今回は自分の勝ちだと言っていた。
そこで司会がアスナの勝利と判定し、アスナの右腕を掴み天高く掲げてたのである。
「勝者! 銀河明日菜選手!!」
そして司会は勝利者を高らかに宣言し、これにて第八試合は終了となった。
また、その後刹那は動く左腕をアスナへ差し出し、アスナもそれを握り締め握手を交わしていた。
この握手にて、刹那はアスナの勝利を祝い、アスナは刹那の強さに敬意を払ったのである。
「次は負けませんよ?」
「ふふん、次も勝たせてもらうわ」
しかし、それだけではなかった。
次に戦うならば、次こそは自分の勝負だと刹那はアスナへ力強く宣言していた。
それを聞いたアスナも、次も勝つと刹那へと自信満々に宣言したのだ。
なんと二人はこの戦いでライバルとなったらしい。
そして刹那は傷を癒すため、救護室に足を運ぶ事にした。
そこでアスナも、刹那の左肩を抱えて一緒に救護室へと移動することにしたのである。
そして、エヴァンジェリンはアスナが勝利したことを少しばかり安堵していた。
また、アルビレオにそのことを豪語し、約束を忘れぬように誓わせていたのであった。
こうして第八試合は終了し、二回戦目へと突入するのだった。
無極而太極斬で、気を無効化できないのでは? と質問を頂きましたので、お答えします
作者個人の考えですが、多分出来ると思っています
それは、ハマノツルギ自体に、気を無効化する力があるからです
ハマノツルギの力を利用できるのであれば、可能だと考えました