久々のアルカディア帝国。その接客用の部屋に一組の男女がいた。片方はフェイトである。そしてもう片方はやはり栞の姉であった。名前がないのが少々不便なこの栞の姉である。どうしてフェイトが接客用の部屋で過ごしているかというと、最近皇帝は忙しいらしくフェイトをかまってやれないのだ。また、フェイトの従者三人は気を使って別の部屋で待機したようである。
そういえば新しくフェイトの従者となった、転生者のランスローは一人街を徘徊しに行ったらしい。”原作知識”には存在しない国や都市なので、新鮮味があるのだろう。
だからこそ接客用の部屋で、客用ソファーに座りながらフェイトは珈琲を飲んでいるのだ。そして、その隣に栞の姉が座り、休憩時間を利用してフェイト相手に接客をしているようだ。
「旨い」
「フェイトさん、いつもそればかりですね?」
「む? それは悪いね。だけど自然と言葉に出てしまうだ」
このフェイト、珈琲を飲むたびに旨いとつぶやく癖があるようだ。そこを栞の姉が指摘すると、謝罪と共に勝手に言葉に出るとフェイトは言ってのけた。いや、どんだけだよ。そこでフェイトはふと思い出したことを隣に座る栞の姉に話した。
「そういえば、今度は僕から君を誘うと言ったはずだけど、今度の休日にでもどうかな?」
「え!? い、いきなりそんな!?」
突然のデートの誘いに、戸惑い頬を紅く染める栞の姉。さらに両頬に両手を添えて首を左右に振る姿は、とても可愛らしいものであった。そんな栞の姉を横で座るフェイトは無表情で見つめていた。いや、普段から無表情であるため、実際何を考えて居るかはわからないが。
「都合が悪いなら、別の日でもかまわないけど?」
「あ、いえ、そういうことではなくて……」
「?……どういうことだい?」
栞の姉の気持ちを知ってか知らずか、しれっとした態度で別の日にしようかと申し出た。だが実際はフェイトからの誘いに戸惑っているだけで、都合が悪い訳ではないのが栞の姉であった。だからそうではないと栞の姉は否定した。が、しかし、フェイトはそれを察せ無いのかわからないが、そのことを聞きなおしてきたのだ。
「突然フェイトさんから誘われたもので、少し驚いただけです。日程は問題ありませんよ?」
「なるほど、つまり大丈夫と言うことかな?」
「はい! 今から楽しみにしてますね!」
そこで栞の姉は、まったく問題ないことをとても良い笑顔でフェイトへと告げた。フェイトはそれを聞き、よかったとポツリと溢し、再び珈琲を飲む作業へと戻っていった。また、栞の姉も休憩時間が終わりかけたので、少し後引くようにその部屋から出て行った。しかし、出て行く前にすでにフェイト用の珈琲が入ったポットを二つほど用意してから出て行く辺り、なかなか気が利くようである。
…… …… ……
そしてその休日。休日と言っても栞の姉の休日である。と言うのも、フェイト自体は職業についていない超絶暇人である。悪く言えばニートだ。ただ、一応ボランティアレベルでの活動はしているので、そこまで悪く言わないであげてほしい。
そんなフェイトは帝都アルカドゥスのアルカディア城正面門前にて、栞の姉を待っていた。ちなにみこのフェイト、やはり大人モードであった。デートでは決まって大人モードのフェイトは、彼なりに栞の姉へ自分をアピールしたいのかもしれない。と、そこに普段より少し着飾った栞の姉が、手を振りながら笑顔でやって来た。
「お待たせしましたわ」
「いや、そんなに待ってないよ」
やはりお決まりのこの台詞。だが、この言葉があるのと無いのでは地味に違いが大きいだろう。まさか結構待ったなどと言うやつはそうはおるまい。そしてどこへ行くかを、二人で相談していた。
「今日はどちらへ行きますか?」
「君が行きたい場所でかまわない」
フェイトは自分から誘ったくせに、デートプランがまったく出来ていないようだ。まあ、こういうことが初めてであり、この帝都のこともよくわからないフェイトに、そこまで考えさせるのも酷だろう。しかしだ、本来誘った相手がデートプランを考えるのが当然だろう。だから栞の姉は腰に左手を当て、右手の人差し指を立てながら少し怒った表情で、そのことでフェイトを窘めた。
「もう、フェイトさん! 誘ったのならそのあたりも、しっかり考えてきてくださいね!」
「ふむ、それは悪いことをしたと思う。しかし、僕はこの辺りをよく知らない、だから君に尋ねたほうがよいと思ったんだ」
「やっぱり! そんなことだと思いました」
フェイトも流石にそう言われると、申し訳なかったと思ったようだ。しかし、自分がそういうことに疎いのなら、よく知っている栞の姉に頼んだ方がよいと考えていたようだ。だが、そのあたりは栞の姉もわかっていたようで、しっかりと考えてきたようだった。
「だから私がどこへ行くか、ちゃんと考えてきましたからね?今回は特別ですよ?」
「いや、本当に申し訳ない」
「そうですとも、今度誘うときはフェイトさんが考えてきてくださいね?」
「わかったよ。今度からは入念に調べて、しっかりとしたプランを立てて誘うとしよう」
今回のはよくなかったと反省したフェイトは、次からは必ず計画を練って誘うことを約束した。その言葉に栞の姉は満足したのか、再び笑顔になっていた。そこで、栞の姉は自分が考えてきたプランを、両手を腰に当て、少し得意な顔でフェイトへと説明した。
「なら、今日は帝都公立のプールへ行きましょうか」
「プール?」
このアルカディア帝国には海がない。いや、浮遊大陸の真下には広大な大海が広がっている。だが、海水浴場と酷似する場所はないのである。この帝国は浮遊大陸なので当然なのだ。だからこそ、水源での遊び場は川や湖に限られてしまう。そこでアルカディア帝国は各地にプールなどのレジャー施設を建造し、そう言った場所を確保しているのだ。中でも帝都アルカドゥスにある帝都公立のプールはとても有名で、何十種類ものプールが存在するのである。しかし、突然そのような場所へ行くと言われても、フェイトは何も用意をしていないので少し困っていた。
「確かに悪くは無いけど、僕は何も用意していないが大丈夫なのかい?」
「大丈夫ですよ。あちらで大抵のものは用意できますから」
「そういうことか。それは便利だね」
そのプールではある程度のものが店で販売されており、ある程度手ぶらでも行けなくは無いのである。そこまで見越して栞の姉はそのプランを立てていたのだから当然だ。それを聞いてなるほど、と関心するフェイトだった。そして栞の姉が一通りフェイトへ説明を終えると、そのプール行きの直送バスへ乗り込んで、二人は目的地へと向かうのだった。
…… …… ……
そして二人がやってきたのは帝都公立プール施設、カイザーブルーである。何十種類という数のプールに、時期を気にせず利用できるという点が特徴の巨大な施設である。
とりあえず二人は必要なものを購入し、各自用意のために一度分かれた。フェイトは一応男子ゆえに、さっさと着替えを済ませてプールサイドで栞の姉を待つことにした。しかしまあ、このフェイトが着ている水着、とても簡素なものであった。普段着ているブレザーっぽいものと同じような色一色のハーフパンツだったのである。もう少しなんというか、派手なものでもよかろうと考えるほど、地味なものだった。そこで、ただ待つのは時間がもったいないので、先ほど自分の水着と一緒に買った鯨っぽい形の浮き輪を膨らませていた。そして、それを膨らませ終わると同時に、栞の姉が合流してきたのである。
「お待たせしました、フェイトさん!」
「いや……」
またもやフェイトは、その栞の姉の姿に言葉を失っていた。これで何度目だろうか。栞の姉の格好は、普段よりもとても露出が多く、いつもは服の下に隠れて見えない、美しい白い肌を光の下に晒していたのだ。なん今回栞の姉が着ていた水着は、白の生地に花柄のワンポイントがあるビキニタイプの水着であった。普段の彼女からは想像できないようなとても大胆な姿に、フェイトが言葉を失うのも当然だった。また、その姿をフェイトの前に晒す栞の姉も少し恥ずかしいのか、ほんのり桃色に顔を染めており、照れくさそうにしていた。
「あ、あの、どう……ですか?ちょっと頑張ってみたんですけど……」
「……そうだね、普段の君からは考えられない選択だけど、とても似合っていると思うよ」
「そ、そうですか? フフ……、ありがとうございます」
普段からロングスカートのワンピースなどを着て、あまり露出させることが少ない栞の姉。元々露出が少ない服装を好んでいた栞の姉は、仕事着のレディーススーツもロングスカートであり、あまり肌を見せることなどないのである。そんな彼女がここまで大胆に露出するなど、フェイトも想像していなかったようだ。そしてフェイトに頑張ったと称した水着姿を褒められて、照れながらもうれしそうに笑う栞の姉だった。
「それではうんと遊びましょうか! このプールは広いので、一日居ても飽きないはずですよ」
「それは楽しみだね。ではまず、普通のプールから行ってみようか」
とりあえずポピュラーな流れも無い普通のプールへやってきた二人。多少水に慣れるという意味でも、間違った選択ではない。だが、その前にやることがある。忘れてはいけないだろう。
「フェイトさん、一応準備運動をしておきましょうよ」
「そうだったね」
水場で遊ぶ前には必ず準備運動をするべきである。ある程度体をほぐしておかないと、水の中でおぼれるかもしれないからだ。しかしフェイトは、自分は人形でありはっきり言って意味があるか、疑問に感じていたりもしていた。ただ、空気を読んであえてそれを口に出していなかった。そこで栞の姉の言葉を素直に聞いて、フェイトは栞の姉と一緒に手足をほぐしていた。そしてそれを終えると栞の姉は、そのプールへと足を伸ばす。
「では入ってみますか」
「そうしようか」
ゆっくりと二人はプールへと入った。その水の微妙な冷たさを感じながらも、初めてのプールということを実感する栞の姉であった。また、フェイトもこういうものは初めてのようで、微妙に不思議な気分を味わっていた。
「あ、フェイトさん。私、実はあまり泳げないんですけど、フェイトさんは泳げますか?」
「さあ、試したことが無いからわからないかな。でも一応知識にはあるから、出来なくはないかもしれない」
栞の姉は山中近くの平原で育ったため、あまりこういう場面に出くわさなかったようだ。川などはあっても、泳ぐようなことが無かったのである。だから彼女はあまり泳ぎが得意ではなかった。そこでフェイトが泳げるなら、少し教えてほしいと考えたのだ。そしてこのフェイトも、そういった経験がまったく無かった。だが知識としては残っているので、出来なくはないと考えたようだ。
「少し待っててほしい。試して見るから」
「はい、なら少しここで見てますね」
「わかった、では泳げるかやってみるよ」
フェイトは自分が泳げるかどうかを考え、とりあえず泳いでみることにしたようだ。造物主から作り出されたチートボディーが、この水の上で通用するか試そうというのである。そして水面に浮かび知識を使って泳ぎだすフェイトを、プールサイド付近で眺めている栞の姉が居た。いやはや、このフェイトはやはりチートボディーだったらしく、最初はぎこちなかった泳ぎが、すぐさますばらしいフォームでの泳ぎとなっていた。泳げることを確信したフェイトは、そのまま栞の姉の下へと戻ったのである。これがチートというものだ。
「特に問題は無かったようだ」
「すごいですね、もうあんなにうまく泳げるようになるなんて」
「まあ、僕は特別だからね」
そのフェイトの泳ぎに栞の姉は感激していた。そこで問題なく泳げたフェイトは、栞の姉に泳ぎを褒められると自らを特別と称していた。まあ、確かに造物主から作り出されたチート人形なので、特別といえば特別なのだ。しかし、そんなことは気にもせず、栞の姉は泳ぎを教えてほしいとフェイトへと頼んだのだ。
「特別かどうかは別として、私に泳ぎを教えてほしいんですけど」
「僕が君に泳ぎを教えるのかい?」
「はい、私はあまり泳いだ経験がないので、出来れば教えてほしいかな、と思いまして」
泳げないから泳げるフェイトに教えてほしい。そう栞の姉はフェイトに頼んだのである。頼まれたフェイトも、さて自分の知識で教えられるか腕を組んで悩んでいた。だが、出来なくも無いだろうと考え、とりあえずそれを承諾したのである。
「わかったよ。じゃあとりあえずプールサイドに両手をつけて」
「はい、こうでしょうか?」
「そうだね。それでそのまま力を抜いて、水に浮くことを考えるんだよ」
「むー、難しいですね。ちょっと沈んでしまいます」
初心者に泳ぎを教えるように、レクチャーするフェイト。なかなか様になっているようだ。その指導をしっかり聞いて、栞の姉は水に浮くことに集中していた。だが、やはりどこか力が入ってしまうのか、なかなか水に浮けないようだった。そこでフェイトは栞の姉の体を支えたのである。
「ひゃ!? ふぇ、フェイトさん!!?」
「いや、すまない。でもこうやって浮くイメージをつければ出来るかと思ったんだが」
突然体を支えられ水に浮かされた栞の姉は、驚いた表情で顔を赤くしていた。それもそのはず、フェイトは栞の姉のひざ上とつま先あたりを持ち上げていたのだ。しかし、確かに触れられても大きな羞恥がない場所でもあるため、栞の姉も焦って水に落ちることはなかったようだ。
「もう、支えてくれるなら支えるって、一言ほしかったですわ!」
「それは悪かったね。でもこのぐらいやらないと、なかなか水に浮けないと思ってね」
「……うーん、まあ、特には気にしていないので……」
栞の姉は今のフェイトの行動に、プリプリと怒って見せた。それを見たフェイトは少しだけ申し訳なさそうにしたが、こうでもしないと上達しないと話していた。そこで栞の姉も、特に気にするほどのことではなかったと感じ、元の笑顔へ戻っていた。とても仲むつまじい光景。そんな二人をひっそりと隠れてみて居るものがいた。
最近フェイトの従者となった黒騎士、ランスローである。ランスローはフェイトのデートを察した皇帝から、尾行してその行動を報告するよう命じられていた。そしてそのランスローは、そのフェイトと栞の姉の幸せそうな姿に感激していたのだ。
「おおぉ……なんということだ……」
ランスローはフェイトからどういう経緯で今の考えにいたったかを聞かされていた。だが、それを聞くのと見るのでは大違いだった。また、ランスローは”原作知識”がある。しかしある程度歳を重ねており、多少その知識が消えてきていた。そんなランスローの多少残っている”原作知識”でも、フェイトと仲良く遊ぶ彼女が、栞の姉だということに気がつくことが出来た。確かに妹の栞にそっくりな彼女だ。”原作知識”が無くとも、一目見ればすぐにわかるというものである。
「やはり想い人の生存こそ、貴殿が答えに行き着いた要因でしたか……」
フェイトは栞の姉が生きているからこそ、彼女の珈琲が飲めるからこそ、この幻想なる魔法世界を残したいと思うようになった。ランスローもあの恋人のような二人を見て、それを言葉で無く心で理解したのだ。そしてランスローは、そんな二人の邪魔などできようかと、方向を反転して歩き出していた。
「皇帝陛下には申し訳ないが、二人の邪魔などできますまい……。このランスロー、帰還させていただく……」
ランスローは二人の幸せを願い、そそくさと帰っていった。このランスロー、皇帝の命令より、主の気持ちを優先したのだ。流石騎士である。そのイケメンぶりは、類を見ないだろう。ランスローはクールに去るぜ。
…… …… ……
そして二人は色々なプールを遊びつくし、休日を堪能したようだ。特にハプニングなどもなく、何事も無い平穏な一日が終わったのである。もう夕焼けも随分とおとなしくなり、辺りは夜の闇に染まってきていた。そこでフェイトと栞の姉はバス亭からアルカディア城へ帰るために、横に並んで歩いていた。
「フェイトさん、今日はありがとうございました」
「いや、感謝するべきは僕のほうだ。君に全て任せてしまったからね」
「そうですよ。でも、誘ってくれたのはフェイトさんですから、この気持ちは受け取ってください」
今日と言う素敵な休日にしてくれたフェイトに、栞の姉は感謝を述べていた。だが礼を言われたフェイトは、今日の計画の全てを栞の姉に丸投げしてしまったことに、多少罪悪感を感じていたようだ。
だからこそ、感謝など不要と言ったのだ。しかし、それでも誘ってくれたことには変わりは無いと、その感謝を受け取ってほしいと栞の姉はフェイトへと言葉を贈った。
「そうかい? なら、どういたしましてと言って置こう」
「はい、それでいいんですよ。だけど次に誘うときはフェイトさんがプランを考えてきてくださいね?」
「そうだね。今度からは入念に調べて計画を立てるとしよう」
誘ったからには最後までやり遂げる。そう言う意味でも誘った側が計画を立ててエスコートするべきである。今回のフェイトはそういう意味ではマナー違反であった。
だからこそフェイトは、次はしっかりと計画を練って栞の姉をエスコートしようと思ったのだ。つまり、またデートに誘うという約束を意味しているのだ。
そう言い終えたフェイトは、無意識に栞の姉の首を背中から手を回し、その華奢な肩に手を優しく乗せ、自分の方へと抱き寄せた。
そのフェイトの突然の行動に栞の姉は戸惑い、驚いて顔を紅色にしていた。
「あっ……」
「む? 嫌だったかな?」
そこで驚いた拍子に栞の姉は声を漏らしていた。それを聞いたフェイトは、少し無遠慮だったと考え、それを栞の姉に聞いていた。だが、栞の姉は嫌という訳ではなく、むしろとても嬉しかったのだ。だから顔を赤くしながらも、嬉しそうな表情をしていた。
「え、あ、いえ……別に嫌ではありません……。むしろ、その……」
「むしろ?」
「……フェイトさんがこのようなことをしたもので、少し驚いただけです」
そのぎこちない台詞と態度に、フェイトは疑問を持って質問したのだ。そこで栞の姉は流石に嬉しいとは言えなかったが、驚いたことだけを答えた。それを聞いたフェイトも、その答えに満足したらしくそれ以上このことで質問することはなかった。すると栞の姉からも、フェイトへと身を寄せた。そのことでフェイトも栞の姉のほうを向いたようだ。
「急にどうしたんだい?」
「フフ、フェイトさんが背の高い時でないと、こういうことができませんから」
フェイトは基本少年である。だが、今は大人モードで背が高い。つまり栞の姉がフェイトの隣でこうやって身を寄せれるのは、大人モードの時だけなのである。だから抱き寄せられたのなら、そのまま身を任せてようと栞の姉は思ったのだ。そこでフェイトはそれならずっと大人モードのほうがよいと考えたようだ。
「なら、普段からこの姿で過ごすけど?」
「こういうのはたまーに出来るのがいいのですよ? だからこういう時にこそ、こうしていたいものなんです」
「ふむ、君がそう言うのならいいかな」
しかし栞の姉はこういうデートの時でもいいから、こうしていられることが幸せだと感じていた。だから普段から大人モードでいる必要はないと、フェイトへと話したのだ。
その答えにフェイトも納得したらしく、うなずいていた。だが、やはり大人モードの方がよいかもしれないとは思っていた。と、ここで不意に栞の姉は、フェイトにこう質問していた。
「フェイトさんは、今幸せですか? 私はとても幸せだと思ってます。こうしてフェイトさんと並んで歩けるのですから……」
「幸せ……か……」
栞の姉は質問した後、とても照れくさそうに、だけどとても眩しい笑顔で、今の自分は幸せだと言った。それはフェイトと一緒に居られること、一緒に歩いていることに対して幸せだと口にしたのだ。それを聞いてフェイトは幸せについて考えていた。今自分は幸せなのだろうかと。そんな難しく考えるフェイトへ、栞の姉は話しかけていた。
「何か難しく考えてません?別に難しいことではないはずですよ?」
「……僕は」
しかしフェイトはなかなか言葉が出ない。本当に今幸せなのか、わからないのである。
確かにとても充実していると感じていた。こうして栞の姉と並んで歩いていられることを。そして栞の姉が淹れた珈琲が飲めることを、とても素敵なことだと感じていた。
だが、フェイトにはまだ懸念があった。この魔法世界の行く末のことである。
あのライトニング皇帝は何とかすると言っていた。その言葉にフェイトは疑問を感じてはいない。だからこそ、自らの生みの親である造物主を裏切ってでも、あの皇帝についたのだから。
そして、あの造物主がこの世界を消し去ることを、やめるはずがないと考えていた。そういう考えが頭によぎり、本当に幸せなのかフェイトはわからなかったのだ。
そこでやはり難しくそう考えるフェイトに、栞の姉は優しく語りかけていた。
「フェイトさんは何を考えているかわかりませんが、少し考えすぎだと思います。もう少し、気楽に考えた方がいいと思いますよ?」
「……気楽にかい?」
「そうです。きっとフェイトさんのことだから、色々考えたいことがあるのでしょう。ですが、そればかりでは疲れてしまいますよ?」
難しく考えるフェイトに、もう少し気楽でいいと栞の姉は説いていた。そうでなければ疲れてしまうと思って出た言葉であった。
その言葉にフェイトは、自分がライバルと考えた、あの千の呪文の男を思い出していた。あれもまた、あまり深く考えるような男には見えなかった。何でもかんでも拳で解決していたあの男は、どう考えていたのだろうかと。
だが、何かを変えようとしていたのは事実だった。それなら、自分が今出来ることだけを考えればよいのではないかと、フェイトは考えたのだった。
「そうだね、もう少し気楽に考えるとするよ」
「それがいいと思いますよ。それで、フェイトさんは今幸せですか?」
フェイトはもう少しだけ気楽に考えようと思ったようだ。自分が出来ないことは、あの皇帝に任せよう。そして自分が出来る最大のことをしていこうと考えたからだ。そこで、栞の姉は再び先ほどの質問をフェイトへと送っていた。
「僕は多分だけど幸せなのかもしれない。こうして君の隣に居られるからね」
「あ……。そ、そう言って貰えると、とても嬉しいです……」
フェイトは栞の姉にその答えを述べていた。それは甘い甘い言葉であった。そんなフェイトの答えを聞いて、自分で質問したというのに顔を耳まで赤くする栞の姉であった。
だが、その表情はやはり幸せの微笑みを浮かべていた。とても今の言葉が嬉しかったのだ。その横に居るフェイトも、表情こそ普段と変わらないが、多少嬉しそうな感じであった。そして、こんな状態でアルカディア城へと二人は帰っていくのだった。
…… …… ……
栞の姉はアルカディア城の自室へ帰ってくると、そのままベッドにダイブして転がっていた。さっきのフェイトの行動と答えにドキドキしたままで、いまだにその興奮が冷めないでいたのだ。もはや恥ずかしすぎて、でも幸せすぎてどうにかなりそうな状況を、なんとか治めようととりあえずベッドで転がるしかなかったのだ。というよりも、仮契約とは言えキスした仲だろう。なんと初々しい娘なのだろうか。
そして帰ってきた姉に一言伝えようと妹の栞がその部屋を覗くと、案の定転がっている姉がいるのを見てしまったのだ。それを見た栞は、そっと扉を閉じて明日にでも今日の出来事を聞こうと考えるのであった。
そして皇帝は今日の出来事をまったく知れなかったことに愕然とし、肩を落としていた。それを申し訳なさそうに黒騎士が見ていた。だが後悔はないと断言するように、随分と胸を張っていた。皇帝はそんな黒騎士をチラりと見て、こいつも中身まで騎士なのかと考えるしかなかったのである。
村娘さん名前が無いのがつらくなってきた
やはり勝手に捏造するしかないのか……
しかし、考えてみればこの二人、10年ぐらい付き合ってるような……