理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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テンプレ86:転生者という存在を大暴露


四十二話 銀髪の魔手

 あのヘルマン事件、ひいては転生者襲撃事件から数日たった次の休日。覇王は木乃香に約束したとおり、デートをすることにした。一度言ったことなので、男として二言は無いのである。そこでまたしても噴水公園にて、待ち合わせをしているのだった。しかし覇王は普段どおりの星だらけのラフな格好。見た目などどうでもよいのが覇王であった。

 

 そこへ木乃香が手を振りながら走ってきた。とても可愛らしい笑顔だった。また、木乃香はそこそこ着飾ってきたようである。その姿はピンクのシャツに白の長袖の上着、そして水色の膝丈ほどのスカートというものであった。それに頭には白のキャスケットをかぶっていた。

 

 

「やあ、木乃香」

 

「おまたせー、はお」

 

「今着いたばかり、と言えばいいのかな?」

 

 

 覇王は実際今来たばかりである。しかし、やはりそう聞かれれば、こう答えるのが定番だ。当然のごとく、今着いたばかりだと、覇王は木乃香へ言ったのである。

 

 

「はお、それよりウチの今日の姿はどーや?」

 

「ふうん、馬子にも衣装とはこのことか」

 

「はお、それはちょっとひどいんやないかな?」

 

 

 さらっとひどいことを言う覇王。あまりにもひどい。流石にそう言われた木乃香も、少しむくれてしまっていた。覇王はそんな木乃香を見て、いつものように笑っていた。

 

 

「冗談さ。なかなか可愛いんじゃないか?」

 

「最初からそー言えばええのに。でも、はおにかわえーって言われたら、許すしかあらへんわ!」

 

「ゲンキンだなあ」

 

 

 今の言葉が冗談で、さらに可愛いと言われた木乃香は、頬を赤く染めて喜んでいた。そんな木乃香を見て、チョロイなあと思いながら、やはり笑っている覇王であった。だが、そう思っている覇王だが、今日の木乃香は可愛いというのは本心なのだ。

 

 

「さて、今日は街に出ようか」

 

「そやな。はお、腕組んでええ?」

 

「まったくしょうがないやつだ。いいよ」

 

「やった! じゃーよろしくー」

 

 

 木乃香は覇王と腕を組み、嬉しい様子だった。いつも以上の笑顔を見せ、照れながらも覇王に引っ付いた。覇王はまあ、慣れているのか特に気にせずに、そんな木乃香を眺めていた。そして二人は、繁華街へと出歩くのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 木乃香と覇王は繁華街にある適当なファッション店などに入り、色々見回っていた。定番といえば定番である。そこで木乃香は覇王に服を選んでもらっていた。これも定番である。木乃香は嬉しそうに服を自分に重ね、それを覇王に見せてその意見を聞いていたのだ。

 

 

「はお、こんなんどーやろ?」

 

「もう少し派手な方がいいんじゃないか?」

 

「そーやなー。じゃあこっちは?」

 

 

 しかし覇王はあまりファッションに詳しくないので、よくわかっていない。だから、とりあえず自分の感性で、似合っているか似合ってないかを言っている覇王であった。そんな木乃香も覇王がファッションに疎いことを知っているので、そこを気にはしていないのである。ただ単純に、こういうことを覇王と出来ることが嬉しいのである。そこで木乃香は覇王に露出が多いほうがいいか聞いてみた。

 

 

「もっとダイタンなほうがええんか?」

 

「むしろ肌が出ないほうがいいと思うけど?」

 

「どーしてそー思うん?」

 

「木乃香はおっとり系だし、変に露出を増やしても似合わないと思うよ」

 

 

 木乃香は大和撫子っぽい美少女だ。あまり露出を増やすより、肌を見せないほうがよいと覇王は考えた。その言葉に木乃香は、覇王が少しだけ独占欲があるのかと思った。だからちょっと、面白おかしく質問してみた。

 

 

「ウチの肌を見るんは、はおだけでええってこと?」

 

「なんでそうなったのか。特に理由はないよ」

 

「そこは嘘でも、そうだよって言うもんやないの?」

 

「ハハ、僕は君の師匠でしかないからね。そこまで思わないよ」

 

 

 覇王は木乃香の師匠。まだそれだけだと覇王は言うのである。という訳で、そんなこと考えていないと否定する覇王だった。だが、いまだ師匠気分である覇王に、木乃香は少しせつなく感じたようだった。こうして付き合ってもらっているが、覇王は自分を弟子としか見てないと思ったからである。

 

 

「はおはまだししょー気分なんやな」

 

「そりゃね、約束はしたからそうさせてもらうよ」

 

「うん、そうやな!」

 

 

 だが、そのせつなさも木乃香は飲み込んだ。シャーマンとして強くなるためには、強い意志が必要だからだ。それに覇王としっかり約束したのだから、その約束どおりに頑張ればよいと心に決めていたのだ。

 

 その覇王と木乃香の約束。それは木乃香がシャーマンとして覇王に並び立つぐらい強くなった時、恋人になるというものだ。そして木乃香はその約束さえ覇王がしっかり覚えていてくれれば、それだけで嬉しくなった。だからこそ、木乃香は強くなろうと頑張っているのである。

 

 

「はお、絶対つよーなる! なって見せる!」

 

「フフ、そう簡単に僕ぐらいになれたら苦労しないよ?」

 

「それでも、ウチはガンバル! 絶対はおの隣に立つんや!」

 

「そうか、それじゃ頑張っておくれ。君が横に並ぶのを、いつも楽しみにしているよ」

 

 

 木乃香の隣に立つとは、つまり恋人として側にいたいという意味である。覇王もある程それを度察しているのだが、それでもシャーマンとして横に並んでくれと言っていた。だが、結果的にはどちらも同じなので、さほど大きな差は無い。しかし、そんなことを言う覇王も、実は少しその木乃香の決意を嬉しく感じているのだ。そして色々な店を二人は回り、のんびりと休日を過ごしていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして二人はとりあえず休憩しようと、いつも覇王が通う喫茶店へと足を運んだ。あの時のオープンカフェである。そこで適当に注文した飲み物を飲みながら、二人は雑談をしていたのだ。

 

 

「ここがはおのお気に入りかー」

 

「そうだよ。この街へ来る時は、決まってここを使うんだ」

 

「何がそんなに気に入ったん?」

 

「雰囲気かな」

 

 

 このオープンカフェは、ある程度落ち着いている。随分混雑していることもあるが、外でのんびり茶が出来るところを、覇王は気に入っていた。そう言うと覇王は手に持っていた珈琲を、ずずいと飲んでいた。

 

 

「雰囲気かー、確かに落ち着いとる感じはあるかもしれへん」

 

「だろ? 僕は静かにのんびりするのが好きだからね」

 

「はお、精神的にふけすぎや」

 

 

 覇王はいつだって静かを好み、一人でのんびりしていることを選んでいた。木乃香はそんな覇王を見て、老け込んどると考えてきた。だがそれは、誰もが思う覇王の印象なのである。あのリゾート島でも、しょっぱなから釣りなどを始める覇王を見て、どうしようもなく枯れた印象があるのだ。だが、そんな枯れた、いや普段から大きく構えた覇王だからこそ、木乃香は好きになったのである。

 

 

「そうだ、これを木乃香にやろう」

 

「はおからウチにプレゼント?」

 

「そうだよ。木乃香は持霊がいるけど、まともな媒介がないからね」

 

 

 すると覇王は一つの箱を取り出した。綺麗にラッピングされた箱だった。それを木乃香に手渡すと、木乃香は好奇心と嬉しさでいっぱいになっていた。なにせ覇王からの贈り物など、そうそうなかったからである。アクセサリーや服ではなく、シャーマンとしての媒介と聞いても、木乃香にはそれがとても嬉しいものだった。

 

 

「開けてええ?」

 

「どうぞ。むしろ、すぐ見てくれたほうがいい」

 

「うん! どんなプレゼントやろなー」

 

 

 木乃香は覇王からの贈り物を箱の梱包を綺麗にはがし、そこから中身を取り出した。それは確かに媒介だった。美しい赤銅色の金属で出来た、二つの扇子だった。儀式的な装飾が施され、どこと無く神々しく感じられるものであった。

 

 また、覇王が形を扇子にしたのは理由がある。まず状助から、木乃香のアーティファクトが扇だと知らされていたからだ。もう一つは体術があまり得意ではない木乃香が、剣などの媒介を与えてもあまり意味がないと考えたからである。

 

 

「これが媒介?」

 

「そうだよ、知り合いに頼んで作ってもらったのさ」

 

「銅で出来た扇子やー!」

 

 

 その扇子の素材は青銅だった。青銅は昔から色々なものに使われてきた。鏡、銅鐸、銅像などである。また、そう言ったものは儀式に使われることもあったとされ、そういう意味ではとても媒介として優秀な金属だ。その青銅を用いた扇子に、防錆などのコーティングを施したのが、その媒介である。また、少女の木乃香が扱いやすいようにとても軽く作られていた。それを覇王は木乃香に説明したのだ。

 

 

「あの世界樹から切り出してもよかったけど、何を言われるかわからなかったからね。そっちにしたんだよ」

 

「はお、それは流石によーないわー」

 

「だけど、あの世界樹から媒介を作れれば、最も優れた媒介になると思うんだけどね」

 

 

 麻帆良に存在する巨大な樹。世界樹である。あれから切り出した媒介なら、とても優秀なものが出来るだろう。しかし流石に覇王も、そこまでしたらヤバいと思い、やめたのである。実はとてもそれを残念に思っていたりする。そして、それをとても喜び覇王へ木乃香は元気にお礼を言っていた。

 

 

「ありがとう、はお!」

 

「せっかく持霊が出来たのに、媒介がペンや鉛筆だなんて可愛そうだと思っただけさ」

 

「えへへ、はおからのプレゼント!」

 

 

 木乃香はこの媒介をとても気に入った様子だった。何せ覇王がくれたものだ。嬉しくない訳がないだろう。そこで木乃香は自分が覇王に何も贈っていないことを考えた。覇王からはずっと貰いっぱなしで、何も自分から贈っていないのだと。

 

 

「ウチはずっとはおから、貰ーてばっかやね」

 

「おや? そうだね、でも気にすることはないさ」

 

「でも、魔法のこと、シャーマンのこと、今日のプレゼント、ウチは貰ーてばかりで、はおに何も贈っとらん」

 

 

 覇王がその祖父に頼み、自分の父を説得して魔法のことを教えてもらえるようにしてくれた。また陰陽術、さらにはシャーマンとしての占術や巫術までも教えてもらった。持霊である前鬼、後鬼も貸してくれた。京都では力を貸してもらった。さらには今日、このような媒介を貰った。ずっと貰ってばかりだ。木乃香はそう考えて、自分が何を覇王に贈れるか、考えたのである。

 

 

「はお、ありがとう。こんなにいろんなものを、ウチに贈ってもろーて」

 

「この媒介一つで、随分と大げさだね」

 

「はおにはそうかもしれへんけど、ウチには大事なんやえ?」

 

 

 覇王は渡すのが当然だと思っている。木乃香は弟子であり、友人だからだ。さらに言えば、少しだけ生まれた日が早かったというのもあるだろう。また、1000年も存在しているし、そういう意味でも年上といえば年上なのではあるが。だから覇王は、特に木乃香から恩を返してもらわなくても気になどしないのだ。だが、それでは木乃香の気が済まない。ゆえに木乃香は自分が今出来る中で、最も大切にしているものを、覇王にあげようと考えた。

 

 

「せやから……、はお、少しだけ寄ってくれへん?」

 

「ん? むっ!」

 

 

 突然覇王は木乃香にそう言われ、木乃香へと近寄った。すると、木乃香はそのまま覇王の顔に近づけて、自分の唇と覇王の唇をあわせた。接吻、いや、キスと言ったほうがいいかもしれない。そう、木乃香は覇王の唇を奪った。否、自分の唇を覇王にささげたのだ。

 

 そして、これは木乃香のはじめてでもあった。あの時、頬にしたものとは違う、本物のキス。今の自分に覇王にあげれるものは、これしかないと木乃香は考えたのだ。さほど長くないキスの時間だったが、木乃香にはこの時間がとても長く感じられた。また覇王は突然のことに、混乱していた。どうなっているのか、まったくわからなかったのだ。

 

 

「こ、木乃香……!?」

 

「……はお、今のがウチのはじめてや。ウチはこのぐらいしか、はおにあげれへん」

 

「……やれやれ、気にするなと言ったのに」

 

「ごめんな、ちょっと卑怯やった。でも、このぐらいせんと、ウチの気がすまへんかった」

 

 

 覇王は肩をすくめ、やれやれと言っていた。が、内心ドギマギしている部分もあった。まさか、まさかここまでするとは。覇王は本気で驚いていた。しかし、その分喜びもあった。接吻をされたからではない。覇王が木乃香にした約束は、フったと思われても仕方の無いことだったからだ。自分と並ぶなど、普通に考えて出来る訳がないからだ。誰も追いつけなかったハオの能力を持つ覇王に、追いつけるはずが無いからだ。しかし、木乃香はそれでも追いつくと言った。並ぶと言ってくれた。それが覇王にとって、衝撃的であり嬉しく思う部分でもあったのだ。

 

 また、木乃香は今のキスを、流石に卑怯だったと思っていた。不意打ちだったし、約束を無視した形になったからだ。だけど、このぐらいしておかないと、気が済まなかった。覇王から貰いっぱなしでは、いやだったのだ。だから、自分が最も大切にしてきた一つを、覇王にあげたのだ。

 

 今の行為に、顔を赤くしながらも、いじらしく覇王を見る木乃香が居た。その姿は本当に可愛いもので、覇王もちょっと驚いていた。ドキりとしていた。そこで、木乃香は今までの貰ったもののお礼を、覇王にしたのだ。

 

 

「はお、ほんまにありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 その言葉を、覇王は素直に受け取った。そこで覇王は思う。この自慢の弟子を守っていかなければと。そして、シャーマンキングとなろうとも、ずっと木乃香を見守ろうと。それは覇王の初めての誓い。今まで感じたことの無い、強い意志だった。覇王はかれこれ1000年も存在し、この世界に二度ほど転生してきた。だが、ここまで決意したことも実は一度も無かったのである。それほどまでに、木乃香が愛おしく感じていた。弟子として、友人として、一人の女性として。

 

 そんなことを考えながら、今の木乃香の行動に驚きつつ、よくやるなあ、と覇王は言葉にしていた。

流石の覇王も、ここまで平常心を乱されたのも今世では初めてだったからだ。

 

 

「君は本当に何をするかわからない。いつだって予想不可能な行動を取る」

 

「んー、それも全部、はおのおかげなんやよ?」

 

「それは僕が木乃香をそうさせてしまったということかい?」

 

「そうや、はおがウチに自信をつけてくれたから、今のウチがおるんや」

 

「そ、そうなのか……?」

 

 

 しかし返ってきた答えが、まさか自分のせいだというのだった。覇王は自分のせいで、木乃香がこうなってしまったなど、まったく思っていなかった。確かにシャーマンとして強くした。自信はそこから来るものだろう。だが、それ以上に何かしたか、覇王は過去を振り返って考えてみた。その様子をはやり照れながらも、おかしそうに笑って眺める木乃香が居た。

 

 

「はおはホンマにカタいわー、何をそんな気にしとるん?」

 

「いや、木乃香をそうさせてしまった原因を考えているんだ……」

 

「そんなん、はおがウチを弟子にしてくれたからやろ?」

 

「な、んだと……」

 

 

 そんでもって、木乃香が覇王の弟子になったからこうなったと言ってきた。ショックだった。まさか弟子入りの時点でこうなることが決まっていたというのか。まあ、どうにでもなるだろうと覇王は考え、とりあえず木乃香との休日を楽しもうと思った。だが、そこへ突如来訪者が現れたのだ。危険な来訪者だった。

 

 覇王の座る席に、突如魔法の射手が飛んできたのである。それに気がついた覇王は、木乃香を抱きかかえ、すぐさま飛んでそれを回避した。そして魔法の射手が座席に着弾し、爆発を起こしてそこの地面に巨大なくぼみを作っていた。

 

 

「君、その娘は私のものになる予定なんだ、渡してくれないか?」

 

「誰だ? そんな恥ずかしい台詞を吐く馬鹿は」

 

 

 覇王は騒ぎ出した周りの人々を無視し、とりあえず認識阻害と人払いの結界符を投げる。それはまるで生物のように動き、ある程度はなれた場所に張り付き、周囲に結界を張り巡らせた。そして木乃香を自分の後ろに下げ、その目の前の少年を警戒していた。

 

 

「君、なかなかやるね。いつもの醜い連中とは違う訳だ」

 

「ハハ、醜いのは君のほうじゃないのか?」

 

「ど、どしてこないことをするん!?」

 

 

 少年。銀髪イケメンオッドアイのこと天銀神威であった。今の覇王の言葉に怒りを感じつつ、冷静な表情を崩さない神威。そこで木乃香はこんなひどいことをどうしてしたのかを、神威に語りかけていた。

 

 

「ああ、目的は君だよ、このか譲」

 

「う、ウチ?」

 

「木乃香、こんなやつとしゃべる必要などない。後ろで静かにしてるんだ」

 

 

 この神威、原作キャラを手篭めにするのが目的だ。その目的のためなら、手段を選ばないのである。だからこそ、いい雰囲気のこの二人の邪魔をしようと考えたのであった。また、覇王はその神威を鋭く睨み、殺気をにじませていた。

 

 

 ――――――銀髪イケメンオッドアイ。天銀神威の特典の一つはニコぽである。それは確定した事実だ。ニコぽを選んだことにより、銀髪イケメンオッドアイの姿となっている。だが、もう一つ特典がある。それは一体何なのだろうか。これは今それを見ている覇王にしか、わからない事実であろう。そして、その覇王は今、この銀髪イケメンオッドアイたる天銀神威と対峙していたのだ。

 

 

「木乃香、離れていろ。ヤツは何をしでかすかわからん」

 

「う、うん……。はおも気つけてな」

 

 

 そう木乃香は覇王に言うと、建物の柱の影へと移動した。それを確認すると、覇王は神威に視線を向け、鋭く睨みつけた。神威も同じく、その覇王の行動に苛立ちを覚え、睨んでいた。

 

 

「やはり邪魔をするのか、君」

 

「邪魔をするつもりは無い。お前から彼女を守っているだけだ」

 

「それが邪魔なんだけどねー、君」

 

 

 この神威、本気を出すようであった。そのすさまじい殺気を出し覇王を威嚇していた。そこで覇王も同じく殺気を出し、神威を威圧していたのである。また、覇王はこの神威を見つけ次第倒したいと考えていた。相手の特典がわかる覇王は、神威がニコぽを持っていることをあらかじめ知っていたからだ。だが、どんな人間なのかわからないので、すぐには手を出さなかった。しかし、こうも正面から攻撃してきた挙句、下衆な言動を行う神威に、容赦など不要と考えたのだ。そして、周囲の人が離れ見えなくなったところで、戦いが始まった。

 

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)、やれ」

 

「”神々の神罰”!!」

 

 

 この世界のO.S(オーバーソウル)は魔力でダメージを与えることが出来る。本来なら巫力で出来たO.S(オーバーソウル)からの攻撃以外、ダメージを受けないO.S(オーバーソウル)だが、魔法で破壊できるということだ。そして、ネギまの世界において、魔法と同等の力がある。それが”気”だ。

 

 気は自らの生命エネルギーを利用した力であり、周囲の力を利用する魔法とは逆の位置にある。だが、効果は同じようなものであり、強い気の力ならば、O.S(オーバーソウル)を破壊できる可能性があった。

 

 神威が放った”神々の神罰”は、気を圧縮した衝撃波である。右腕から放たれる大砲のような衝撃波は、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の右腕を吹き飛ばしたのだ。しかし、その程度でひるむ覇王ではない。普段と同じく余裕の態度を崩さない。

 

 

「やるね。だがその程度では僕は倒せない」

 

「なら本体を狙うだけだ、消えるがいい!」

 

 

 神威はそう言うと、覇王に一瞬で距離をつめた。虚空瞬動である。そして覇王の目の前で、右腕を伸ばし覇王を狙う。

 

 

「”神狼の咆哮”!」

 

 

 その右腕からは、拡散する気の衝撃波が放たれた。覇王はそれに吹き飛ばされたが、まるでダメージがないようであった。すでに覇王はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を自らの服の上にO.S(オーバーソウル)し、それを防御していたのだ。S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)は酸素が媒介、この程度訳ないのだ。なんという速さのO.S(オーバーソウル)だ。誰もがそう思うほどの力であった。

 

 

「その程度でこの僕に届くと思ったのか? 愚かな」

 

「その程度? ハッハ、何を言っているんだろうかねえ、君」

 

「……!?」

 

 

 そう言うと神威は覇王の視界から消えた。そして狙いは自分ではなく、木乃香だと察し、木乃香の目の前にS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)O.S(オーバーソウル)させたのだ。だが、それは間違えだった。神威は覇王の右側へと移動し、醜悪な微笑を見せていた。

 

 

「違うなぁ、彼女がそんなに気になるかい?」

 

「当たり前だろ?」

 

「大丈夫だ、しっかり貰ってやる。”神狼の咆哮”!!」

 

 

 覇王は今S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の防御は無い。その一撃は覇王の右腕に突き刺さった。とっさに覇王は右腕で防御したのだ。だがやはり、覇王にはダメージが無い。どうしたのかと、神威は考えていた。

 

 

「おかしいな、神狼の咆哮が決まったと思ったのだけどなあ」

 

「フフフ、ハハハ。だからその程度だと言ったんだよ。お前、この覇王を甘く見すぎだぞ?」

 

 

 すでに右腕には長い刀が握られていた。認識阻害の札を大量に貼ってあった布から、その長刀を取り出したのだ。さりげなく何かあってもいいように、覇王は物干し竿を持って来ていたのだ。さらに、リョウメンスクナをO.S(オーバーソウル)させ、神殺しを作り出していた。だからこそ、今の神威の攻撃を無傷で防御したのだ。その光景に、神威は少しだけ驚いていた。

 

 

O.S(オーバーソウル)神殺し、お前を倒すのにぴったりじゃないか」

 

「つまらない冗談だねえ、その程度の剣で、私が倒せるはずがないよ!!」

 

「ならば受けてみるか?我が神殺しの切れ味を」

 

 

 神威は虚空瞬動で覇王の左側へと移動した。覇王はそれを目で追うことなく、瞬間的に神殺しを左側へと振るう。

 

 

「”神蛇の毒牙”!!」

 

「ふん!」

 

 

 神蛇の毒牙。右腕を捻るように相手を突き刺す手刀。さらに気の周囲に発生させ、その鋭さを増させている。覇王はその攻撃を神殺しで受け止めていた。両者とも、一歩も引かぬ攻防であった。

 

 

「ちっ、醜いやつらと違って、鬱陶しい」

 

「君ほど醜い輩は、そうそう居ないぞ」

 

「その醜い口を今すぐ黙らせてやる。”神の鉄槌”!!」

 

 

 今度は気で固めた右腕を振り上げ、それを覇王にぶつける攻撃だった。すさまじい気が集中した右腕からは、まるで鉄槌のような形状の気が発生していた。覇王はそれを神殺しで受け流し、神威から距離をとった。そして受け流された神威の右腕が地面に衝突し、すさまじい爆発が起きたのだ。

 

 

「ふうん、なかなかやるね。随分と修練したんじゃない?」

 

「そうさ、私はこの特典を伸ばし、最強になったのだ。最強のバグキャラを超え、全てを超越する存在となるためにね」

 

「確かにバグだね。だがその程度なんてこと無い」

 

 

 覇王にはその程度、気にならない程度であった。確かに強い。他の転生者よりも数百倍は強いだろう。だが所詮は転生者。特典を貰ったまがい物だ。その特典の持ち主が生涯かけて鍛えたものを、数十年で完成させることなど難しいのだ。しかし、覇王はかれこれ1000年という長い年月をかけて、ずっと修行してきた。だからこそ、今の強さがあるのだ。地力が違いすぎるのだ。

 

 

「最強になって、洗脳かい? 最強ならそんな小細工捨てればいいだろ?」

 

「ふん、攻略とか面倒だろう? チート貰ったんだ、チートで補うのが普通ではないのかな?」

 

「つまらないやつだ。その特典を伸ばす根性があるなら、男を磨くべきだったね」

 

 

 モテモテになりたければそうすればよかった。覇王はそう言った。間違っては居ない。見た目がイケメンなのだから、当然モテモテになれる要素があるのだ。洗脳まがいなことをせずとも、男を磨けばモテまくる可能性もあった。だがこの神威は、最強になるために時間を費やした。だからモテることをチートに頼ったのだ。いや、転生神から特典をもらった時から、そうする計画だったのだ。

 

 

「そんなもの、面倒だろうに。彼女たちは、私の側にいれば幸せになれるのだよ」

 

「やはり醜いのはお前じゃないか。お前なんぞに人を幸せにできるものか」

 

「ハッ、そう? じゃあそういう君は? 私と同じ転生者の君が?」

 

 

 覇王はその質問に、ふと考えがよぎった。確かにそうだ。自分はこの特典をもらったハオの贋作。所詮まがい物だ。だがその考えている一瞬の隙を、神威に付かれてしまった。その思考をする覇王の背後に回り、必殺技を神威は繰り出した。

 

 

「”神の鉄槌”!!」

 

「くっ……!!」

 

 

 その気の鉄槌が覇王に直撃し、大爆発が起きた。覇王はギリギリで神殺しを使い防御したが、その衝撃までは防げなかった。その爆発に吹き飛ばされ、カフェのテーブルを蹴散らし地面に転がったのだ。今の攻撃を見ていた木乃香は、たまらず覇王へと近寄った。

 

 

「はお!!」

 

「いつつ、してやられたよ……」

 

「今のを防いだのか、流石だねぇ」

 

 

 だがこの程度では覇王を倒すことはできない。巫力による治療で、回復できるからだ。だが木乃香は吹き飛ばされた覇王が心配だったようだ。近寄って覇王の体を木乃香が支えていた。そこで神威は、木乃香に転生者のことを話し出した。

 

 

「そうだなあ、木乃香譲。いい事を教えてやろう。我々は君たちとは違う存在だ、そこの彼もね」

 

「お前、まさか」

 

「え……? 何がや? それはどーいうことなん!?」

 

 

 覇王は特に隠してきた訳ではない。だが木乃香には教えてこなかった。自分がこの世界に転生したことも。1000年前に存在し、二度もこの世界で転生させられたことも。神威は自分たちがこの世界の異物だということを木乃香に教えようとしているのだ。木乃香はそれがわからない。だからどういうことなのか説明を求めていた。

 

 

「そうだね、簡単に言えば”転生者”というものさ。他の世界から神に力を与えられた、所謂神に選ばれた存在だよ」

 

「て、てんせいしゃ?」

 

「木乃香、ヤツの話など、聞く必要はない」

 

「神に与えられし力により、不思議な力を持つ。この私も、彼もそうだ」

 

 

 神から与えられた力。特典。この世界の転生者は、特典により見た目が左右される。特典こそが全てであり、特典が転生者の中心にあると言っても過言ではなかった。覇王もまた、最強の特典を持つ転生者だ。神威はお前は私と同じだと、覇王に言っている部分もあるのだ。

 

 

「その男のシャーマンとしての力。それこそが神の与えた力だ」

 

「な、何を言うとるん? 神からもろーたのが、はおの力なん?!」

 

「そういうことだね。その力もその精霊も、神からの施しなのだから」

 

「何を言っとるかわからへん……。でも、そんなんウソなんやろ?」

 

 

 木乃香は覇王にウソであってほしいと聞いた。だが覇王はウソをつきたくはない。だから絶対に首を縦に振らなかった。普段余裕の覇王も、この時だけは辛そうな表情で、本当のことだと言ったのだ。

 

 

「……ウソではない。ヤツの言うとおり、僕は神から力を貰った、世界の異物でありまがい物さ」

 

「う、ウソ……。ウソやって言うてな……」

 

 

 教えてきてもらった力が、神から与えられた力だったとは。木乃香はその言葉に衝撃を受けた。そして涙ながらに覇王を見ることしかできなかった。

 

 だが実際に木乃香が悲しいのは、今まで覇王がそれを教えてくれなかったことだ。突然神から与えられた力と言われても、釈然としないのが当たり前だろう。木乃香は覇王の弟子としてずっと一緒に居たのだ。だからこそ、そういう話もしてほしかったと思い、ずっとそれを覇王が黙っていたことに対して、悲しい気持ちになったのだ。

 

 そして、その覇王は今まで黙っていたことに、罪悪感を感じていた。先に打ち明けておけばと考えていた。ただ、覇王が罪悪感を感じる部分はそれだけではない。

 

 覇王は”神”から貰った特典(のうりょく)である、シャーマンの力を木乃香に教えた。それは必要だったからこそ教えたが、やはり貰った力を自分のもののように教えるのには後ろめたさがあったのだ。故に覇王は、神威のその発言に、大きく心を揺さぶられてしまったという訳だったのである。

 

 また、神威はそんな二人の姿に愉悦を感じていた。喜びで邪悪な笑みを浮かべていた。まるで楽しい劇を見るように、嘲笑っていたのだ。

 

 

「クククク、どうだい? わかっただろう? 私は別に痛みはない。このまま、木乃香譲を貰っていくだけだからね」

 

 

 神威は転生者をバレても痛みがない。どうせニコぽで惚れさせるのだから。そういう部分も全て関係なく、単純に惚れさせることが出来るのがニコぽだ。そしてゆっくりと涙で頬を濡らす木乃香に神威は近づいていた。だが、その目の前にS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が立ちはだかった。

 

 

「何!? 君はまだ!?」

 

「……ああ、確かに……僕は転生者と呼ばれるまがい物だ。僕は所詮その域を出ていない……」

 

 

 しかし、覇王はこの程度では折れない。確かにこの特典(のうりょく)は神からの貰い物でまがい物だろう。神威の言うことはもっともだ。そこは間違いないと認めよう。それを木乃香に教え、慕われたことも間違ってはいない。

 

 だが、ここに自分の魂がある。特典だろうとS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を扱ってきた。特典だろうと燕返しを必死に修練した。特典を貰ったが、それだけに満足してきた訳ではない。ここにあるものは、全て自力で習得してきたものばかりだ。

 

 それに、それは必要だからこそ教えたことだ。木乃香を鍛えたのも、木乃香の将来を心配してことだった。それに木乃香が応えてくれたのならば、その行為は決して間違いなんかじゃない。間違いであってたまるか、覇王はそう考えながら、静かに心の炎を燃やし、再び足に力を入れる。

 

 

「どうして戦える? 君は所詮まがい物だぞ! 特典の原点の贋作でしかないんだぞ!!」

 

「……ああそうさ、だけどね。僕の姿、能力はまがい物でも、この身に宿る魂だけは……、気持ちだけは偽者ではない。この今の意志は、嘘ではない!」

 

「は、はお……?」

 

 

 そして、自分はシャーマンだ。ならば肉体よりも魂を優先すればよい。魂だけは偽者ではない。この世界に転生する前からずっと存在した、自分だけのものだ。転生神から与えられた特典と接合された魂であろうとも、昔も今も同じ魂なはずだ。

 

 また、今抱いている気持ちや意思も嘘ではない、まがい物であってたまるか。そして、お前のような呪いを振りまく輩と一緒にされてたまるか。覇王は本気でそう考えていた。そうだ、覇王は折れない、立ち上がる。その程度では、折れないのだ!

 

 

「だからこの覇王を甘く見るなと言ったはずだ。その程度では僕を折ることはできんぞ」

 

「ぐ……!?」

 

 

 動揺した神威にS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の右腕を叩きつける。神威は瞬時に反応し、後退してそれを回避した。そして神威は先ほどまでの醜悪な笑いが消え、焦りの表情を見せていた。また、覇王は神威を睨みながら、そっと木乃香に話しかけた。自分のことで涙を流す一番弟子に、やさしく語りかけたのだ。

 

 

「木乃香、ずっと隠してきて悪かった。だから、後でゆっくり話そう……」

 

「はお……。うん、絶対後で、その話しを聞かせてな?」

 

「……ああ、絶対だ。約束しよう」

 

「そやな、後でゆっくり、話しよな……」

 

 

 覇王は今の言葉を口にした後、微笑みながら木乃香の方を振り向いた。木乃香もそれにつられて、涙を流すのをやめ、いつもの笑顔でそれに答えていた。木乃香は覇王が全て話してくれる約束をしてくれたことで、さっきまでの悲しい気持ちを打ち消していたのだ。

 

 また、その光景を見て神威はおかしいと感じていた。なぜ木乃香はあの覇王を信じられるのか。転生者であり、世界の異物たるあの覇王を、なぜ。まったく理解できない光景だった。

 

 特典での能力をただ教えられてきたはずだ。そんなクズ、普通は軽蔑されてもおかしいはずだと。だからこそ、今の覇王と木乃香のやり取りに驚いているのだ。そして、覇王は驚く神威の方へと向きなおすと、先ほど以上の鋭い殺気を放ち、神威へ射殺すほどの視線を向けていた。

 

 

「馬鹿なやつだ。僕はハオの特典を貰ったが、ハオであろうとしたことはない」

 

「何!? 口調だって似ているじゃないか! 真似でなくてなんだというのだ!?」

 

「ああ、そんなもん知らん。気がつけばそうなってたとしか言えん」

 

「ば、馬鹿な!? 真似やなりきりでなくて、何だというのだ!!」

 

 

 神威は覇王がハオの真似した馬鹿な転生者だと思っていた。だが覇王はそう思ってなかった。というのも、何かいつの間にかこうなってたというのが覇王の考えだった。正直気がつけばこうなっていたとしか言えなかったのだ。それもまた特典の力か、転生神の悪戯か、さすれば特典との100%憑依合体なのだろうか。でも今は、そんなことはどうでもいいのだ。重要なことではない。

 

 

「意味がわからない……」

 

「僕はお前の方がわからない。いや、わかりたくもないね。……滅びろ」

 

 

 S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が瞬間的に神威の背後にO.S(オーバーソウル)され、その右腕を振るわせる。そして覇王も、虚空瞬動を使い神威の目の前に立ち、構えを取る。そこで神威は完全に挟まれた形となり、焦りながらもどうするかを考えた。だが、考えている暇も余裕も、この状況では存在などしないのだ。

 

 

「秘剣”燕返し”」

 

「がっ!?」

 

 

 S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の右腕を回避した神威だが、燕返しまでは回避が間に合わなかった。同時に放たれる三連撃、そうそう避けれるものではない。その攻撃を受けながらも、体制を整えとっさに覇王の右側へと飛び、距離をとったのだ。今の攻撃のダメージは相当なものだったが、神威は何とか耐えたようであった。

 

 

「”気合防御”。これが無ければやられていた……」

 

「お前の二つ目の特典、”ジャック・ラカンの能力”か」

 

「……よくわかったね、そのとおりだよ、君」

 

 

 ジャック・ラカン。理不尽なまでの強さを誇る、ネギまの中でも最強に等しい男である。技の半分がエロいことに使われているが、一瞬で必殺技を編み出すバグった男だ。特に気を操ることに長けており、全身から気を放つ技すらも一瞬で編み出していた。そんなバグった特典を確実に鍛えてきたのが、この神威なのである。しかし、最初の特典がジャック・ラカンの能力だったら、見た目がマッチョなおっさんになっていただろう。

 

 

「この特典のおかげで、随分気を使う技は開発できた。そして魔法もある程度操れる」

 

「……だが地力が違いすぎるね」

 

 

 1000年間も鍛えてきた覇王と、十数年しか鍛えていない神威では、まるで地力が違う。そういう部分で大きく差が出ていたのだ。だから神威は覇王に勝てなかった。だが、勝てなくとも逃げればよい。神威は覇王から逃げることに決めたのである。

 

 だが、覇王は神威を逃がさぬよう、さらにS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を神威の背後にO.S(オーバーソウル)し、追撃させようとしていた。しかし、その状況でさえ、神威は醜悪な微笑みを浮かべ、余裕を保っていたのである。

 

 

「ああ、そうだ。そして今日はここまでボロボロにされた。退散させてもらうよ!」

 

「そうはいかないさ。秘剣……”燕返し”!」

 

「なっ!? 初速がはや……!!」

 

 

 神威は正直いまのでボロボロだった。確かに気合防御でダメージを抑えることに成功した。が、それでも今の一撃はこたえるものだった。その証拠に体は切り裂かれ、血塗れであった。故に、神威は撤退を試みたのだ。

 

 が、当然覇王はそれを許さない。即座に構え、瞬時にその奥義を解き放つ。完全に流れるような動作で、確実に相手を倒すように。

 

 その技は速かった。中々のワザマエだった。神威が撤退をしようと行動をした時には、すでに攻撃が到達し、再び三つの斬撃が同時にその身を切り裂いた。

 

 

「ぐう……、馬鹿な……! なんて速さだ……!!」

 

「お前が遅いんだろ?」

 

「……本当に鬱陶しいヤツだな!! ”神々の神罰”!!」

 

 

 何と言う技のスピード、なんという技の鋭さ。恐ろしい、目の前の相手が恐ろしい。神威は転生してはじめて、”恐怖”を感じていた。今まで相手にしてきた連中は雑魚だった。正直汚物だと考えるほどの弱小な奴らだった。

 

 だが、目の前の相手は違う。なんという錬度。なんという実力。これほどまでに磨き上げられた技を、容易く放ってくる。神威はこれほどの相手と戦うのは、はじめてだった。ヤバイと感じていた。

 

 そんな神威を冷静に睨みながら、自分が速い訳ではないと語る覇王。正直言えば、神威が遅い。思ったほどの相手ではなかったと、冷徹に考えていた。それでも覇王は油断をしない、慢心をしない。誰であろうと、確実に滅ぼすために。

 

 神威は本気で撤退を考えた。だからそこで、再び神々の神罰を覇王へと撃ち放った。ただ、それは目くらましでしかなく、それを避けるか、あるいは防いだ隙をつき、逃げようと思ったのである。

 

 

「……秘剣”燕返し”!」

 

「グギャッ!!」

 

「逃がす訳ないだろ?」

 

 

 しかし、なんということだろうか。覇王は神々の神罰を回避することも防御することもせず、そのまま奥義を撃ち出したではないか。何故なら覇王が握っているのはただの刀ではない。甲縛式O.S(オーバーソウル)神殺しだ。その程度の気での衝撃波など、いとも容易く切り裂けるというものだ。

 

 そして、三つの鋭い刃が、同時に神威に牙をむいた。神々の神罰と同時に、神威は再び三連続、同時に切り裂かれたのである。神威は今の攻撃で血まみれとなり、神々の神罰も切り裂かれ、消滅した。

 

 まさか、まさかこれほどとは。神威は激痛から小さく悲鳴を上げた。痛い、痛い。神威は苦痛で表情を歪ませていた。こんなに痛い目を見たのもはじめてだった。

 

 覇王は神威へ、絶望的な言葉を投げ捨てた。撤退させてもらう、神威はそう言ったが、それはさせない。ここで決着をつけ、特典を焼却してやる。覇王は瞳の中に熱い炎を燃やしながら、神威を逃がすまいと鋭い視線を送っていたのである。

 

 

「アグ……、ハヒィ……ハヒィ……。こっ、こんなヤツがいるなんて……! クソ! なんて腹立たしいんだ!!!」

 

「ふん、世界を知らないヤツだな。お前程度の相手なんぞ、ごまんといるぞ」

 

「グググ……」

 

 

 神威は非常に焦った、覇王のその実力に。後悔した。こんな化け物に喧嘩を売ったことに。たかが転生者などと侮った自分が愚かだったと、ようやく理解したのだ。

 

 覇王はそんな神威を、まるで養豚場の豚を見る目で見下ろした。神威ほどの実力者など、何百人とも相手にしてきた。そのどれもを倒しつくしたと、冷徹に語りかけた。

 

 神威は悔しんだ。神威は憤怒した。こんなことがあるはずがない。これは何かの間違いだと。自分は修行して強くなった。この程度で終わるなぞ、あってはならない、そう思って苛立っていた。

 

 

「……燃えろ」

 

「おのれおのれおのれぇぇぇ!!!! ”神々の神罰”!!!」

 

 

 覇王はもはや言うことはない、即座に燃やして特典を消し去るべく、神威へとS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)へと攻撃を命じた。

 

 が、神威は最後の最後、悪あがきを行った。呪詛を吐き散らかしながらも、己が助かる道にしがみついたのだ。そして、その技は、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の右腕を貫いた。

 

 

「甘いぞ。秘剣”燕返し”!!」

 

「アギッ!?」

 

 

 神威は身を守るべく、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を攻撃し、その迫り来る右腕を破壊することに成功した。

 

 しかし、その瞬間、覇王は再びその奥義を解放した。絶対に目の前の男を逃がさないために、その奥義を放った。

 

 神威は度重なる燕返しに、もはや血まみれの状態だった。気合防御で防いではいるが、それにも限界があるというものだ。今の一撃で、神威の体は紙切れのように吹き飛び、力なく宙を待ったのであった。

 

 

「クッ……クックックッ!! クッハッハッ!!! それでいい!!!」

 

「何?」

 

「”神々の神罰”!!!!」

 

 

 神威は今の一撃で瀕死だというのに、突然笑い出したではないか。完全に追い込まれ狂ったか。頭がおかしくなったのだろうか。だが、神威の目はまだ死んでいなかった。

 

 覇王は神威の様子がおかしいと思った。故に、すぐさま追撃を行おうとしたその時、神威は自らの必殺技を解き放った。だが、その方向は覇王ではなかったのだ。 

 

 なんと神威は宙に吹き飛ばされたまま、今使える最大の力で神々の神罰を木乃香へと向けて放ったのだ。神威に狙われた木乃香は、とっさのことで身動きが取れずにいたのだ。それを見て覇王は木乃香へと叫んでいた。

 

 

「え……?」

 

「な!? 木乃香!!」

 

 

 覇王は焦った。木乃香が狙われたからだ。守るべき相手が攻撃されたからだ。さらに、今の神威の攻撃は、明らかに渾身の一撃だった。本気で木乃香を殺せるほどの、すさまじいものだったからだ。

 

 覇王は考えた、あの技をどう防ぐかを。S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を木乃香の前に再O.S(オーバーソウル)するか? いや、それだけでは不十分だ。あの技は普通にO.S(オーバーソウル)したS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の腕を吹き飛ばしている。その時以上の威力だと考えれば、防ぎきれない可能性がある。防ぎきれなければ、木乃香が傷ついてしまう。

 

 ならば、どうするか。覇王はそれを瞬時に考え、答えを導き出した。そして、それを即座に、瞬間的に行動へと移した。答えは簡単だ、その神威の放った技を追い越し、自らが木乃香の盾になればいいだけだ。

 

 覇王は、目を瞑りながら痛みを我慢する姿勢で縮こまった木乃香の前へと、瞬動を用い移動し立ちふさがった。神威の放った衝撃波を追い越し、危機にさらされそうになっている木乃香を庇ったのだ。

 

 

「クソッ!」

 

 

 覇王は木乃香の目の前に立ち、神殺しを振るった。すると神々の神罰はかき消され消滅したのだ。それに安堵した覇王と、そこで目を開けて、目の前に立って守ってくれた覇王に、感謝と嬉しさで涙する木乃香が居た。だが、今の隙は大きかった。神威はすでに影の転移魔法(ゲート)に体の半分が沈んでいたのだ。

 

 

「フ……、フハッ……フハハハハハハッ! アディオス!」

 

「お前……!」

 

 

 神威は覇王の行動が自分の予想と一致していたのを見て、大いに笑った。そして、影の転移魔法(ゲート)で逃げていった。

 

 ジャック・ラカンはバグの中のバグ。少しとはいえ闇の魔法すら使うことができるほどだ。魔法も覚えさえすれば、大抵のものが使えるのだから頭がどうかしている。そんな特典を持つ神威に、影の転移魔法(ゲート)なぞ朝飯前なのだ。

 

 そこで覇王は、神威の側にいるS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)へと、すぐさま指令を送った。神威が影へと消える前に、焼き尽くせと。だが、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の残っていた左腕は神威には届かなかった。ギリギリ、本当にわずかな差だったが、神威が影に消える方が早かったのである。

 

 してやられた、覇王はそう思った。しくじった、そう思った。まさか、土壇場であのようなことができるなどと、覇王は思っていなかった。侮ってしまったと、悔やんでいた。

 

 さらに覇王は基本的に”攻め”が得意だ。相手を見つけ攻めに攻める、これが覇王の戦い方だ。しかし、”守り”はさほど得意ではない。基本的に一人で戦い続けてきた覇王は、誰かを守りながら戦うことに慣れていなかったのだ。

 

 また、ここは繁華街。人払いを行ったとは言え、ド派手な炎をばら撒いて戦う訳には行かなかった。それを行えば神威を取り逃がすことはなかっただろう。が、その被害は想像を絶することになる。故に覇王は全力を出し切ることが出来なかったのだ……。

 

 

 そこで逃げられたことに悔しく思いながらも、冷徹な目を神威が消えた場所へ向ける覇王に、木乃香は声をかけたのだ。

 

 

「はお、大丈夫?」

 

「……ああ。それより木乃香こそ、大丈夫だったかい?」

 

「……うん、ウチは平気やよ? だってはおが守ってくれたんやもの……」

 

 

 そう言うと木乃香は覇王に抱きつき、顔をうずめていた。今の覇王がとても心配なだけではなく、身を挺して守ってくれた覇王にとても感謝していたからだ。だが、そこで顔をうずめながら、静かに木乃香は涙を流していた。自分が銀髪に見つかったから、今の戦いが起きたのだと。そして自分が居たから覇王はあの銀髪の少年を逃がしてしまい、それを苦に思っているのだと、木乃香はそう考えたからだ。

 

 

「ゴメンな、ウチがおったから……。ウチがしっかりせんかったから……」

 

「……木乃香、君のせいではないよ。全てはこの僕の失態だ。だから気にする必要なんてない」

 

 

 覇王もまた、今のは自分のミスだと感じていた。神威のダメージを見て、侮った自分が悪いのだ。確実に止めを刺しきれなかった自分が悪いのだ。あの神威を取り逃がすことも無く、こうして木乃香を泣かせることもなかったと考えたのだ。そこで覇王は、涙する木乃香の背にそっと手を添えた。また、残った手でゆっくりと木乃香の頭を撫でていた。泣く子をあやすように、ゆっくりと撫でていたのだ。

 

 

「ほら、泣かないでおくれ。木乃香が泣くと、僕も悲しいじゃないか」

 

「せ、せやけど……」

 

「僕は木乃香との約束を果たしただけさ。だから木乃香が悲しむことなんて何一つないんだよ」

 

 

 覇王は木乃香を泣き止んでくれるよう、優しく説いていた。だが木乃香は、今のことに深い罪悪感を覚えてしまったようで、涙が止まらなかったのだ。だから、覇王は木乃香へ一人前になるまでは守ると約束していた。だからこれを実践しただけだと言ったのである。

 

 

「木乃香、いつものように笑っておくれ。僕は木乃香の笑顔が好きなんだ」

 

「う、うん……。はお、ゴメンな……」

 

「謝るのは僕のほうさ。危険に晒してしまって、悪かった」

 

 

 木乃香は覇王の言葉を聞いて、泣くのをやめて笑って見せた。少し涙を目に浮かべながらではあったが、覇王にいつもの笑顔を見せたのだ。それを見た覇王も、普段の微笑みを浮かべていた。そこで覇王の今の言葉に、ほんの少し木乃香は照れていた。まさか覇王から好きだという言葉が出るとは思っていなかったのだ。

 

 

「……はお、ありがとう」

 

「今日は木乃香から礼ばかり言われている気がするよ」

 

「そやな、あと、はおがウチの笑顔が好きって言うの、ホンマに嬉しかったわぁ……」

 

 

 木乃香は覇王へ助けてもらった礼を言った。それを聞いて覇王は、今日は木乃香から礼ばかり貰っていると言葉にしていた。それを聞いた木乃香も、確かにそうだと思ったようだ。そして覇王が笑顔が好きだと言われたことに、木乃香は顔を少し紅く染めながらも、優しい笑顔のまま嬉しかったと静かに口にしていた。

 

 

「フフ、そう、その笑顔こそが木乃香だよ」

 

「えへへ、はおー!」

 

「おいおい、そんなに強く抱きつくなよ」

 

 

 そう覇王に言われて、木乃香はさらに強く覇王に抱きついたのだ。覇王は特に気にはしないが、強く抱きつかれすぎると木乃香に言って聞かせていた。また、とりあえず神威が消えたことで、この街に平和が戻ったようだ。しかし、周囲はボロボロであり、覇王はそれを直す術はない。しかたがないのでその辺りは放置して、覇王はとりあえず木乃香に抱きつかれながらも、物干し竿を認識阻害がかかった袋へど戻した。そして認識阻害の符と人払い符を遠隔操作で破棄し、結界を消滅させたのだ。

 

 

「しかしひどい有様だね、さっさと退散したほうがいい」

 

「う、うん……。でもほっといてええんかな……」

 

 

 覇王はなんかもうメチャクチャになった周囲を見て、こりゃあかんと思っていた。そこで状助が居ればすぐ直せるんだよな、便利だな状助、と状助を羨んだ。そして、もうさっさと立ち去ったほうがよいと考え、歩き出していた。木乃香はこの現状に少し胸を痛めていたが、自分でもどうすることも出来ないので、しかたなく覇王に抱きついたまま歩き出すしかなかった。そこで木乃香は先ほどの転生の話の続きが気になるようで、覇王に教えてほしいとせがんでいた。

 

 

「そうや、さっきの話の続き、してもらうえ」

 

「ああ、そうだったね。ならば話そうか」

 

 

 そこで覇王は歩きながら、自分がどうしてこの世界に誕生したかを木乃香に話した。そして1000年前、大陰陽師をしていたこと、500年前に一度転生したこと、さらに今、再び転生したことも全て話した。木乃香はそれでも、覇王が変わるわけがないと考え、覇王は覇王だという結論に達したようである。この騒動で、木乃香と覇王の距離は随分とまあ縮んだようであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:天銀神威(あまがね かむい)

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代会社員

能力:笑顔を見せた異性を惚れさせる、デタラメな魔法や気を使った攻撃

特典:ニコぽ、オマケで容姿が銀髪イケメンオッドアイ

   ジャック・ラカンの能力




本当にどうしてこうなったんだ

そして、銀髪君がここで退場してほしいと望まれた方々、本当に申し訳ございません
しかし、一応銀髪君は麻帆良祭あたりで退場してもらう予定なので、もうしばらく銀髪君とお付き合いください

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