理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百七十八話 ランサーの意志

 

 一方で、数多とコールドは激しい衝突を繰り広げていた。

 

 

「フハハハハハッ!! 素晴らしい!! 素晴らしいぞ熱海数多!!!」

 

「テメェもなぁ!!」

 

 

 コールドの凍てつく蹴りと数多の燃え盛る拳が、幾度となく衝突しあう。

衝突すればするほど、両者のテンションもどんどんボルテージを上げていく。

 

 

「これほど心躍る戦いは生まれて初めてだ!」

 

「そりゃよかったな!」

 

 

 コールドは数多の実力と戦いに満足しながら、さらに数多へと強気に攻める。

数多も防御などお構いなしに、コールドへと拳を打ち付ける。

 

 

「しっかし、そんなテメェがこんな組織にいんのがまったくわからねぇぜ」

 

「知れたこと! 俺は強者とのしのぎあいがしたかったにすぎんからな」

 

 

 ただ、数多はコールドと戦い、疑問に思ったことがあった。

それはこのコールドが、何故こんな組織(完全なる世界)に入っているかということだった。

 

 そんな問いにコールドは、せせら笑いながら強い相手と戦うためだと豪語する。

なんとこのコールドは、強者との戦闘を追い求めるためだけに、完全なる世界の一員となったのだ。

 

 

「修行したかったってことか?」

 

「簡潔に言えばそうなるだろう」

 

 

 数多はそれはつまり、と拳とともに言葉に出すと、コールドも蹴りとともに答えを出す。

 

 

「はっ! テメェも物好きだな!」

 

「貴様に言われる筋合いはないがな」

 

 

 修行するというだけで闇の組織に身をゆだねるなど、酔狂だと数多は思った。

が、コールドも修行バカな数多に、お前にだけは言われたくないと返す。

 

 

「だったら存分にやらせてもらうぜ!」

 

「ああ、こちらも同じ気持ちだっ!」

 

 

 であれば、両者ともせめぎあい高めあうのみ。

数多とコールドはさらに戦闘の速度を加速させながら、衝撃を生み出し続けるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 また、アーチャーの転生者も、クゥァルトゥムを固有結界へと引きずり込み、赤茶けた荒野で対峙していた。

 

 

「――――御覧の通り、貴様が挑むのは無限の剣」

 

 

 荒野にはいくつもの剣が突き刺さり、それを見せるかのようにアーチャーは手を開いて笑っていた。

これからお前が挑むのはこの剣の丘だと。

 

 

「ほざくなよ……、人間風情がっ!」

 

 

 しかし、その見下された物言いがクゥァルトゥムの癪に障る。

自分は造物主の使途、他のどんなものよりも強く作られた存在。崇高なる神の手先。

そんな自分が、たかが人間ごときに見下されるなど、許せるはずがないのだ。

 

 

「ふっ」

 

「その程度で! なっ!?」

 

 

 そして、アーチャーは()()()を生み出し、クゥァルトゥムへと距離を詰め、その槍を突き出す。

 

 クゥァルトゥムはその攻撃に対して、余裕の態度をとっていたが、その次の瞬間、驚愕の表情へと変貌させた。

 

 

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)

 

「馬鹿な……!? 何故障壁がかき消されたのだ!?」

 

 

 何故なら、多重障壁に囲まれた強固な防御が、無視されたからだ。

たかが槍の付き程度など障壁に阻まれれば無意味となるはずが、障壁が掻き消えて自分へと迫ってきたからだ。

 

 そこでアーチャーはその槍の名をぽつりと口にする。

 

 ――――破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)

いかなる魔術的な防御を無効化するという、フィオナ騎士団有数の戦士、輝く顔のディルムッドが使用していた宝具。

 

 その効果によって多重障壁すらも消失させ、クゥァルトゥムを直に攻撃できたのだ。

 

 が、クゥァルトゥムも馬鹿ではない。

障壁が無効化されたのを見て、瞬時に体を反らしてアーチャーの突きを回避して見せる。

されど、障壁の消失に戦慄し、何故障壁がピンポイントに消えたのかと疑問を叫んでいた。

 

 

「それは自分で考えることだな、はっ!」

 

「おのれ……! おのれぇぇ!!!」

 

 

 アーチャーはクゥァルトゥムの漏らした言葉に対し、答えは教えぬと吐きながら、突き出した破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を横なぎにふるう。

 

 クゥァルトゥムは屈辱を感じ、怒りと悔しさを口から吐き散らしながら、振られた槍を後方へと飛びのいて回避。

 

 

「ハァッ!」

 

「ぐっ! ”炎帝召喚”!!」

 

 

 しかし、アーチャーはクゥァルトゥムを逃がす気はない。

即座に再びクゥァルトゥムの懐へと入り込み、さらに紅い槍をクゥァルトゥムへと突き抜く。

 

 クゥァルトゥムはこのままではまずいと考え、新たな魔法を唱え始める。

 

 

「させんっ!」

 

「があっ!? 貴様!?」

 

 

 だが、アーチャーはクゥァルトゥムが魔法を使おうとしたのを察し、丘に刺さった剣を飛ばしてクゥァルトゥムへと攻撃と同時に、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)をクゥァルトゥムへと突き刺す。

 

 それによりクゥァルトゥムを包んでいた障壁を無効化させ、飛ばした剣でクゥァルトゥムの左腕を貫き、切り落としたのだ。

 

 その攻撃にクゥァルトゥムは切断された左腕から血液のような液体をまき散らしながら、苦悶の表情を浮かべアーチャーを睨みつける。

 

 

「遅いぞ!」

 

「馬鹿な……造物主の使途として生み出された火のアーウェルンクスが……たった一人の人間ごときに押されているだと!?」

 

 

 そこへチャンスとばかりにアーチャーは、左手に黄色い槍、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を作り出して攻撃を畳みかける。

 

 片腕を失ったクゥァルトゥムは、目の前の人間に押されている状況に戸惑いを感じていた。

自分は最強なはずだ。造物主の使途であり、神の使い。パラメーターも高く設定されている。

火力の高い炎の属性であり、本来ならばこんな苦戦など強いられるはずがない。

 

 なのに何故、何故人間程度に片腕を失い、苦しい戦いを強いられているのだ。

何故だ、どうしてなのだ。クゥァルトゥムは理解しがたいという思考で頭がいっぱいとなっていた。

 

 

「ありえん……、ありえん!!」

 

「ならば、現実を実感させて差し上げよう……!」

 

「グワァ!?」

 

 

 ありえない。頑強な多重障壁がたやすく破られるなど。

ありえない。自分が片腕を失っているなど。ありえない、ありえない、この状況はありえない。

 

 クゥァルトゥムがそう叫ぶと、それならとアーチャーは両手の紅と黄の槍をクゥァルトゥムへと投げつける。

 

 すると、二本の槍はクゥァルトゥムへと吸い込まれるかのように突き進み、右肩と左脇腹を貫いた。

そのダメージにクゥァルトゥムは、たまらず苦悶の声を吐き出す。

 

 

全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!」

 

「貴様ァァァッ!!!」

 

 

 さらにアーチャーはここぞとばかりに畳みかける。

自分の背後に大量の剣を作り出し、それをクゥァルトゥムへと一斉発射したのだ。

 

 そのゾッとするような光景を見たクゥァルトゥムは、もはや表情を歪めて絶叫するしかなかった。

最初の余裕の表情も態度ももはやなく、ただただ情けない様子を見せるだけ。

 

 

「アアアアアアァァァァァァッ!!!」

 

 

 そして、その全ての剣がクゥァルトゥムへと突き刺さり、クゥァルトゥムはまるでハリネズミのような姿となった。

また、その次の瞬間、刺さった剣が壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)にて大爆発を起こし、クゥァルトゥムは塵すら残らぬほどに木っ端微塵となったのであった。

 

 

「とりあえず、()()()()()()()()()危機は脱出したか……」

 

 

 もはや姿すらも消し飛んだクゥァルトゥムを見たアーチャーは、この場の危険はなくなったことを確認した。

ただ、アーチャーも知っている。造物主がいるかぎり、彼らは何度も復活することを。

故に、一時的な安全の確保ができた、程度に認識したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、バーサーカーたちとランサーとの戦いも、白熱した激しい戦いを繰り広げていた。

 

 

「うおおおぉぉぉ――――ッ!!!」

 

「ハアァァ――――ッ!!!」

 

 

 石畳の床は吹き飛び粉々となり、強烈な衝撃波があちらこちらで発生している。

それはバーサーカーの鉞の宝具である黄金喰い(ゴールデンイーター)と、ランサーの槍が衝突して発生させているものだ。

 

 その衝突は加速的に数を増やし、すでに周囲は原形のないほどにまで滅茶苦茶な状態となっていた。

 

 されど両者は気にも留めず、握りしめた武器を振り回す。

次の瞬間、両者が最大限に力を込めた一撃が衝突し、今まで以上の強烈な轟音と衝撃が空気を吹き飛ばし、さらには周囲の瓦礫をも吹き飛ばした。

 

 

「なっ……無茶苦茶っすわ……!」

 

「本当ですね……」

 

 

 その衝撃で吹き飛ぶ埃を防ぐかのように、片手で顔を覆いながらも戦いを眺め隙を窺う緑のアーチャー、ロビン。

横には今のマスターであるナビスも、同じようにしてランサーの行動を凝視していた。

 

 されど、バーサーカーとランサーのとてつもない戦いぶりに、ロビンはドン引きしていた。

自分じゃあんな力と技の衝突ばかりの戦い方はできないが、いや、無理だろこれ、という心境だった。

 

 

「まっ、しっかりと仕事させてもらいますけどね!」

 

 

 そして、ロビンも見ているだけという訳ではない。

極大な一撃を放ち硬直したランサーへと、ロビンは矢を放つのだ。

 

 

「っ!」

 

 

 ランサーは背後から飛んできた矢に気が付き、即座に体を捻ってかわす。

 

 

「もらったぜ!」

 

「甘いな」

 

 

 さらにその隙を見逃さんと、バーサーカーは黄金喰い(ゴールデンイーター)を縦に振り落とす。

 

 が、ランサーはその行動を読んでいたかのように横に飛び回避し、そのまま流れるように回転し、槍をバーサーカーへとたたきつける。

 

 

「チィィッ!!」

 

「ヌウッッ!?」

 

 

 しかし、バーサーカーは舌打ちしながら力任せに黄金喰い(ゴールデンイーター)を振り回し、迫りくる槍をたたき飛ばす。

 

 その馬鹿げた予想外の行動にランサーは怯み、数歩後ろへ下がり体勢を立て直した。

 

 

「オラアァァッ!!」

 

「フウゥンッ!!!」

 

 

 そして、再び両者は力をフルに込めた一撃を放ち、どちらもその武器を衝突させて力比べを始めたのである。

 

 

「やっぱりスゲェぜ! アンタはよォ!」

 

「そちらもかなりの実力だ……」

 

 

 バーサーカーはランサーの強さを再び実感し、改めて褒めたたえる。

それはランサーとて同じことであり、ランサーもバーサーカーの実力に感服せざるを得なかった。

 

 両者、お互い称えあった後に、どちらも力を放出して弾け跳び、一旦距離を開けたのだった。

 

 

「お前のような好敵手に出会えて、オレは久々に気持ちが高潮している」

 

「それはこっちのセリフだぜッ!」

 

「お互い様と言う訳か……!」

 

 

 ランサーはバーサーカーという強敵との出会いに感謝していた。

戦士としてこれほどの相手と戦えるなど、誉れ高いことこの上ないからだ。

 

 なんという実力だろうか。これほど戦いを楽しむのはいつぶりだろうか。

ランサーはそう語れば、バーサーカーとて同じだと言うではないか。

 

 バーサーカーもまた、ランサーとの戦いを心から楽しんでいた。

この喧嘩みたいな戦いは、まるで遊んでいるかのような感覚だった。

 

 そんなバーサーカーの言葉に、ふとランサーから笑みがこぼれる。

自分だけが楽しんでいる訳ではないことに、本当に目の前の男に出会えてよかったと。

 

 

「だったらどんどん行くぜぇッ!!」

 

「来るがいいッ!!」

 

 

 ならば、もっと楽しまなきゃ損だとばかりに、バーサーカーは再び大地を蹴ってランサーへと肉薄する。

ランサーもこの戦いをすぐに終わらすには惜しいと考えながら、迫りくるバーサーカーを撃退する体制をとっていた。

 

 

「あの二人楽しそうにやりあってやがる……。戦闘狂とか手に負えませんよ」

 

「すさまじい戦闘です……。これではまったく援護できません」

 

「困ったもんですわ」

 

 

 そんな二人を見ながらロビンは、完全にあきれ果てていた。

滅茶苦茶で出鱈目な戦いぶりに、もはやついていけんと疲れた顔でロビンは愚痴った。

 

 そのロビンの隣のナビスはそこまで引いてもいなければあきれてもいないが、神話の再現みたいな戦いの前に、援護するタイミングがないと言葉にする。

 

 ナビスの言葉にロビンも同意し、さてどうしたものかと考えあぐねるのであった。

 

 

「本当に強えぇ」

 

 

 何度も何度もぶつかり合いながら、バーサーカーはランサーの実力を改めて認めた。

 

 

「だが、それが全力って訳じゃねぇんだろ?」

 

「…………」

 

 

 しかし、バーサーカーは微妙に納得できないことがあった。

それはランサーが最大の力を未だに見せていないことだ。

 

 ランサーはバーサーカーの言葉に、あえて何も言わなかった。

バーサーカーの指摘は本当だからだ。

 

 

「出しな、テメェの最大の宝具をよォ……!」

 

「…………いいだろう」

 

 

 ならば、それを見せろとバーサーカーは挑発する。

お前の全てを出し尽くせ、そして自分はそれを受け止めてやると。

 

 バーサーカーのその発言に、ランサーは静かに肯定する。

そこまで言うのであれば仕方あるまい。この場で使うのは躊躇われるが、言うのであれば使ってやろうと。

 

 

「おっ、おい……!? 何相手を挑発してやがるんですか!?」

 

 

 だが、ロビンはそのやり取りを見て、アホぬかすなと大声で叫んで焦りだす。

手を抜いてくれてるなら今の状態で倒せばいいだろ。あえて全力を出させるバカがいるかと、バーサーカーの正気を疑ったのだ。

 

 

「…………このまま戦い続けても、決着はつきそうにない」

 

 

 とは言え、ランサーとてこの戦い、終わりそうにないと考えていた。

どちらも実力は同等であり、先ほどからずっと拮抗した状態が続いていた。

 

 息切れというものがほぼ存在しないこの現状、それが続くのならば終わりなどない。

ランサーはそれを踏まえて、どうするべきか悩んでいたのも事実だ。

 

 

「であれば……、お前を倒すための、最大最強の一撃が必要だと思っていた」

 

「そいつはどうも!」

 

 

 そして、それを突破する方法はただ一つであることも、ランサーはわかっていた。

自分の使える最大の武器、最高の奥義を使わなければならないことを。

 

 バーサーカーもランサーの発言に景気よく返事を返しながらも、同じ意見だったことを理解する。

このままただただ殴り合っているだけでは、決着がつかないであろうということを。

 

 

「――――ならば、その身に受けてみろ……!」

 

 

 で、あるならば、出すしかないだろう。最大最高の一撃を。

神をも燃やし尽くすと言われた、自分が持つ最強の宝具を。

 

 ランサーは目を細めてバーサーカーを一睨みすると、突如として燃え上がる魔力を放出し、限界まで高めていく。

 

 

「神々の王の慈悲を知れ」

 

 

 ランサーはゆっくりと浮き上がりながら、言葉を並べ黒く巨大な槍を天高くつき上げる。

 

 

「インドラよ、刮目しろ」

 

 

 その槍は神が慈悲として与えた槍。

インドラが黄金の鎧を奪う際に、その潔さを称えて代わりに渡された槍。

 

 背にある赤い片羽根が、ゆっくりと開き伸びていく。

そして、片羽根から炎が放出されると、一対の炎の翼へと変化した。

 

 

「絶滅とは是、この一刺」

 

 

 その一撃は、全てを滅ぼす光と熱。

膨大な光と熱は槍の穂先へと集まり、巨大に膨れ上がってく。

 

 さらに、背の翼からも光と熱が帯び、太陽のごとき光を後光のようにきらめかせていた。

その光景はまるで、天に輝く太陽を相手にするかのようであった。

 

 

「灼き尽くせ、”日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)”ッ!!!」

 

 

 そのまま槍をバーサーカーへと向け、真名を宣言し開放する。

太陽のように輝く光と熱は、指向性を得てバーサーカーへと襲い掛かった。

まさに、まさにその地上の全てを焼き尽くすに相応しい、滅びの光だ。

 

 

「すげぇなこりゃ! だがよォッ!!」

 

 

 誰もがその光景を見たならば、絶望するだろう。

されど、されどバーサーカーは、むしろ奮い立ち武者震いすら感じていた。

 

 とんでもねぇ相手だと思ったが、本当にとんでもねぇ。

こんな相手滅多にいねぇ、だからこそ、こっちも本気を出すしかねぇ。

 

 

「一撃! 必殺!! 黄金衝撃(ゴールデンスパーク)ッッッ!!!!!」

 

 

 大地を蹴り上げ、バーサーカーは音速で飛び上がる。

蹴られた石畳は衝撃で砕け散り、クレーターが出来上がった。

 

 そして、バーサーカーは一転集中させた黄金衝撃(ゴールデンスパーク)日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)を迎え撃つ。

 

 巨大な太陽へと突撃するかのように、バーサーカーは鉞を振るい上げ、その真名を力強く解放する。

 

 黄金喰い(ゴールデンイーター)はバーサーカーの怒号に呼応し、巨大な鉞の刃を振動させ、雷鳴を轟かせて龍神の雷を解き放つ。

 

 

 光の渦と爆発する雷、その両者が衝突し、魔力の衝撃が発生した。

周囲の石畳は吹き飛び、建造物が溶解。もはや地獄のような光景へと一瞬にして変貌していた。

 

 

「なんつー無茶な……!? 押し返せるってのかよあんなもんを!?」

 

 

 ロビンはその神々の戦いに等しい光景を、ただただ仰天しながら見ていた。

されど、あの鉞だけで、地上を、神をも滅ぼせそうな一撃を、どうにかできるとは思えなかった。

 

 

「グググゥゥゥゥ…………ッ!!」

 

 

 そのロビンの不安通り、バーサーカーは押され始めていた。

灼熱の光に全身をさらされながらも、黄金喰い(ゴールデンイーター)で巨大な光を断ち切るように押さえつけている。

 

 されど、されど押せども押せども、その倍の力で押し返されるのみ。

なんて相手だ、まるで本当にお天道様と戦っているかのようだと、バーサーカーすら錯覚していた。

 

 

「ウウウウオオオオオォォォォォォッッッ!!!!!!」

 

 

 だが、だがだが、バーサーカーは諦める気などない。

全身全霊を賭して、この一撃を乗り越えなければならないからだ。

これを超えた先にこそ、完全なる勝利がある。そのためには、ここで散るわけにはいかない。

 

 

黄金(ゴールデン)ッッ!! 衝撃(スパーク)ッッ!!!」

 

 

 大声で叫びながら、バーサーカーは再度、宝具の真名を怒号のように解き放つ。

雷に覆われた鉞は、さらなる雷を受けて、まさに龍のごとく灼熱の光へと噛みつき抗う。

 

 

「グウウウオオオオオォォォォォオオオォォッッッ!!!!!!!」

 

 

 しかし、しかしだ。しかし、その雷すらをも、光の渦は飲み込まんと襲い掛かる。

光と熱は雷すらも喰らい、バーサーカーは叫び声とともに、光の中へと消え去っていく。

 

 その光は墓守り人の宮殿へと接近するも、直撃だけはさせぬと言う意思が働き、軌道をそらして天へと昇って行った。

 

 

「――――是非もなし」

 

 

 全ての光を打ち尽くしたランサーは、ぽつりとそれを口からこぼすと、力尽きたかのように空から落ちていく。

赤く輝いていた翼は、花が散るかのように砕け散り、ランサーは力を失ったかのように地面へと足をつけた。

 

 

「や……やられちまったってのかよ……、バーサーカーのやつ…………」

 

 

 ロビンはバーサーカーが消滅してしまったと感じ、冗談ではないと思い歯を食いしばり首を下げ、目をつぶって悔やむ。

豪胆で快男児のバーサーカーが消えたなど、ロビンとしても受け入れきれない様子だった。

 

 

「……いえ、まだです」

 

 

 がっ、ロビンのマスターたるナビスは、バーサーカーは未だ健在だと声を出す。

その声てハッとしたロビンが顔を上げれば、天高くからあの男の声がした。

 

 

「――――黄金(ゴールデン)ンンンッ! 衝撃(スパーク)ウウゥゥゥッッッ!!!!」

 

 

 天から降り注ぐ一筋の稲妻。

怒れる龍のごとき雷鳴とともに、バーサーカーの宝具は再度真名を開放。

天から降り立つ龍神のように、雷の嵐となってランサーへと落ちていく。

 

 そのバーサーカーの姿は、両腕を燃やしたかのように真っ赤にし、白い勾玉を三つ片腕ずつに浮かせていた。

 

 これぞ赤龍の尺骨。バーサーカーの両腕に眠る、龍神の力。

それを解き放つことにより、灼熱の光を乗り越えたのだ。

 

 

「グウゥゥッッ!!!??」

 

 

 そして、バーサーカーの一撃はランサーを捉え、ランサーの右肩から右わき腹までを斬りえぐった。

さらには雷の光と熱も加え、その衝撃でランサーは吹き飛ばされて荒くれた石畳に叩きつけられたのであった。

 

 

「ハァ……ハァ……。スゲェ衝撃(インパクト)だったぜ…………。だが……オレの勝ちだったな」

 

「まさか、しのぎ切るとは…………」

 

 

 ランサーへとまんまと一撃を食わせたバーサーカーであったが、白いシャツやムキムキの肉体があちこち焦げており、サングラスも砕け、普段サングラスで隠れていた美しい碧眼が覗いていた。

 

 疲労や消費も激しかったようで、流石のバーサーカーすらも肩で息をし、腕をだらりと下げて前のめりだ。

 

 また、ランサーも今のダメージにて疲労困憊の様子で、バーサーカーを見ていた。

なんということだろうか、あの最大最高の一撃を受けてなお生きているなど、驚かざるを得ない。

 

 

「ギリギリ、本当にギリギリだったがな……。こっちも全力全開でなきゃ消滅してたところだったぜ」

 

「…………そうか」

 

 

 だが、バーサーカーとてあの一撃を乗り越えるのはギリギリであった。

 

 二度の真名開放と赤龍の尺骨の力を開放。

その二つと根性と負けん気、そして最後にまた根性、それが無ければ負けていたのは自分だと、バーサーカーはニヤリと笑って語った。

 

 ランサーも自分の一撃がしのがれたことを悔しく思った。

されど、全力を出してなお敗れたのなら仕方のないことだ。こちらが至らなかったと言うだけだ。

そう思いながら、少しの間目を瞑り、バーサーカーの言葉を聞いていた。

 

 

「…………こちらも、今の一撃は…………、想像を絶するほどのダメージだった…………」

 

 

 ただ、ランサーがバーサーカーから受けた一撃は、ランサーにとっても大ダメージだったのである。

治癒してくれるマスターなどおらず、全身を雷で焼かれ、右肩から右わき腹にかけて切断されるほどの重傷だ。

 

 

「だが、オレは……、ここで消える訳にはいかない…………!」

 

 

 本来ならば消滅してしまってもおかしくないほどの一撃だったが、ランサーもまた根性でそれを防いでいた。

 

 ここで倒れれば、自分のマスターがどうなるかわからないからだ。

故にランサーは、ここで消滅する訳にはいかないと再び目を見開き、両足を踏ん張った。

 

 そこでランサーは、自分とマスターの出会いをふと思い出していた。

 

 

…… …… ……

 

 

 ランサーが召喚されたのは、今から数年前のことだった。

 

 その小さな小屋の内部で、まるでおとぎ話のような光景が目に入った。

青白く輝く魔法陣から一人の男性が現れ、ゆっくりと立ち上がったのである。

 

 白い髪と肌、黒く覆われた体、黄金に輝く鎧、それと大きな耳輪。

そして、胸の中央に光る赤い宝石のようなものに、背中には炎が燃えるかのように靡く真っ赤な外套。

 

 あまり太くはないがしっかりと筋肉が付いており、武術の心得があるその肢体。

その姿から神話に聞こえし英雄、その一人だと言うことを告げているようであった。

 

 

「召喚に応じランサーのクラスとして参上した。我が真名はカルナ」

 

 

 その魔法陣こそ英霊召喚の儀式であった。

また、この英雄然とした男は、自らをランサーのクラスと言葉にし、真名を口にした。

その英雄の真名は()()()と言った。

 

 ――――カルナ。

インドの叙事詩、マハーバーラタに登場する主人公格の存在であるアルジュナのライバルであり兄弟。

 

 貧しい育ちでありながらも高潔な精神を持ち、他者に対して取り繕うことのない率直な言葉を発する、黄金の鎧があるかぎり不死身の肉体を持つ英雄。

 

 姦計によって肉体と同化している黄金の鎧を剥奪され、アルジュナによって謀殺に近い形で討ち取られ、最期を迎えた悲劇の英雄。

 

 

「――――お前がオレのマスターか?」

 

「え? あ……、その…………、よくわかんないけど……、……たぶん? ……かも……」

 

「……承知した」

 

 

 ランサー、カルナがマスターと思われる人物を見てそれを問う。

ただ、内心カルナは驚きを感じていた。マスターと思われる人物は、5歳ぐらいのまだ年端もいかぬ少女だったからだ。

 

 赤茶けた長い髪を持ったとてもかわいらしい顔つきの少女で、驚きの眼をしながら、まだあどけない様子を見せていた。

また、その小さな手の甲にはしっかりと礼呪が浮かび上がっており、マスターであることを証明していた。

 

 ――――当然、このマスターとなった少女も転生者である。

されど転生者とて千差万別というものだ。

 

 この少女は幼くして死んでしまい、転生させられた存在だった。

特典もわからぬままくじで選び、それが英霊召喚を行う黄金の呼符だった。

 

 この呼符もランダム召喚であり、召喚対象を選ぶことができないやつだ。

それでも対象を選んで召喚する特典と違い、令呪を得ることが可能だった。

 

 5歳になった今特典が解放され、少女はふと思い出したかのようにそれを使った。

それで数多く存在する英霊の中から、呼び出されたのがランサー・カルナであった。

 

 

 マスターらしき少女は、ランサーの登場や問いに驚きつつも、あまりわかってない顔をしながら、たどたどしい態度で言葉を濁しつつ小さくこくりと縦に頷いた。

 

 それを見たランサーは、少女との繋がりを確認すると、小さく承諾の言葉を述べる。

 

 

「……マスターは一人なのか?」

 

「うん……」

 

 

 そこでランサーは、ふと気になることをマスターの少女へと質問した。

その質問は至極真っ当なもので、幼いマスターが一人でいることに疑問を感じたからだった。

 

 いや、一人でひっそりと、召喚をしているのではないかとランサーは考えた。されど、近くには目の前の少女以外、誰の気配も感じることができなかったのだ。

 

 マスターの少女は一人かと聞かれれば、寂しげな表情で小さく頷く。

なんと、この少女は小さいのにも関わらず、親兄弟や親戚などもなく、たった一人で生きているというのだと言うではないか。

 

 少女は親を早くに失い、一人でここで生活しているようであった。

幸いにも近所の人たちがある程度の世話をしてくれているらしく、生活に苦労することはなかったようだ。

 

 

「そうか……」

 

 

 ただ、その事実にランサーはショックだった。

こんな小さな子が親を失って寂しく生きているということは、ランサーとしても許しがたい事実であった。

 

 ランサー、カルナとて母親に捨てられ川に流されたが、それでも拾われ育てられた。

だと言うのに目の前のマスターは、たった一人。こんな寂しく悲しいことはないとランサーは思ったのである。

 

 

「オレではマスターの親の代わりにはなれないが、兄弟の代わりぐらいにはなれるだろう」

 

「本当?」

 

「ああ」

 

 

 であれば、自分がその部分を埋めねばなるまい。ランサーはそう理解した。

されど、自分が親になるなどおこがましいにもほどがある。

 

 故に、親ではなく兄としてマスターの少女に接しようと考えた。

いや、兄弟ですらおこがましいとさえ、ランサーは思うのだが。

 

 マスターの少女にそれを言えば、キョトンとした顔で聞き返してきた。

その目は何かを期待しているような、期待してもいいのだろうかと言うような目であった。

 

 ランサーは少女が寂しかったのだと理解し、小さくも優しい声でそれを肯定した。

少女はその後嬉しそうに笑い、ランサーへと抱き着いてきた。

 

 そこでランサーはこの小さなマスターを守ることを心に誓った。

いや、ランサーにとってマスターを守り抜くことは当然だと思っている。

それでも、抱きかかえれば砕けてしまいそうな小さなマスターならばなおさらだと、強く思ったのである。

 

 

 その後の少女の生活はランサー・カルナによって激変した。

ランサーは少女の面倒を見るようになり、少女もランサーにくっついて常に傍にいるようになった。

 

 また、少女は寂しさから解放されたことが一番大きかった。

とは言え、両親がいないというのはやはり寂しいものであったが、それでもランサーがそばにいるだけで充分であった。

 

 ランサーと少女の間柄は、家族のような従者のような、なんとも奇妙な関係であったが概ね良好だった。

いついかなる時でもランサーは少女のそばに寄り添い、守ってくれる存在だった。

 

 

 ――――しかし、そんな生活も長くは続かなかった。

 

 普段はいつも少女とカルナは一緒に行動していたが、今日に限ってはカルナ一人で買い物へと出かけていた。

それが運命を分けてしまった。

 

 

「カルナ!!」

 

「動くな。この娘がどうなってもよいのか?」

 

「…………」

 

 

 ランサーが買物から少女の住まう家へと帰れば、何者かわからぬ複数の大人が少女をかこっていたのである。

そして、彼らはあろうことか、少女を人質に取ったのだ。

 

 少女は人質にされ大人につかまり体を震わせながら、ランサーの名を叫ぶように呼ぶ。

その少女を羽交い絞めにした見知らぬ大人は、カルナを脅し始めた。

 

 ランサーは少女を一人にしてしまったことを、心の奥底から後悔した。

普段は買い物すらも一緒にしていたが、今日に限っては自分一人でいいと言って一人で買い物に出てしまった。

 

 それが失敗だったと、この状況になって過去の自分の判断の甘さを悔やみながら、黙って大人の言葉を聞いていた。

 

 

「この娘の力が我々には必要なのでね。手荒な真似はしたくない。おとなしくついてくるのなら何もしないことを誓おう」

 

「…………いいだろう。お前たちの言葉に従おう」

 

 

 その近くで彼らの様子を見ていたその仲間と思わしき白髪で赤い外套の男が、ランサーへと要求を述べ始めた。

彼が言うには何故か自分のマスターに用があり、どこかに連れていきたいようだ。

 

 ランサーはその気質からか、それもまたよしとする性格だった。

自分のマスターが無事ならばと、彼らの要求を飲むことにした。

 

 

「か……カルナ……」

 

「マスターよ、オレでは気が利く言葉など出せないが……」

 

 

 少女は不安げな声色でカルナを呼ぶと、ランサーは静かにその重たい口を開いた。

 

 

「マスターの無事はオレが保障しよう」

 

 

 そして、ランサーは少女を安心させるかのように、優しい声で大丈夫だと言う。

 

 

「だから、どうか安心してほしい」

 

「う、うん……」

 

 

 そうだ、どんなことがあっても、絶対にマスターを傷つけさせたりはしない。

自分が泥を被ろうがこの身が砕かれようが、絶対にマスターを助け出すと、ランサー・カルナは心の奥で決意を固めた。

 

 いや、ランサーはマスターの少女に出会ってから、すでにそう決めていた。

この幼くか弱いマスターの幸福を願っていた。

 

 少女はランサーの言葉に多少安心したのか、体を震えさせるのをやめたようだ。

されど不安が完全に拭えたわけではなく、不安げな表情でカルナを見ていた。

 

 こうして少女とランサーは完全なる世界へと招かれ、墓守り人の宮殿へと入ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

「……アンタのマスターのことか」

 

「………………」

 

 

 ランサーが気合で倒れないようにしているのを見て、バーサーカーはふとマスターと口にした。

その言葉にランサーはぴくりと反応するも、無言のままだ。

 

 

「…………あの男(アーチャー)から全部聞いたぜ」

 

 

 また、バーサーカーはランサーのことも、その現状もアーチャーから聞いていた。

そこで無言のままこちらを見ているランサーへと、バーサーカーは語りだした。

 

 

「それであの男からの取引を受けたことも……」

 

 

 ランサーはアーチャーと取引を行っていた。

その内容は単純で、完全なる世界に協力するのであれば、マスターの無事を保障するというものだった。

 

 

「アンタのマスターが人質になってることも、………アンタのマスターが幼い子供だってこともな……」

 

「…………」

 

 

 そして、ランサーのマスターが小さい子供だという情報も、バーサーカーは教えてもらっていた。

 

 ランサーはバーサーカーの言葉を聞いてバーサーカーを見ているが、あえて何も答えずにいた。

表情も微妙なもので、複雑な心境を表しているようであった。

 

 

「――――だったらよ、行こうぜ?」

 

 

 が、そこでバーサーカーは、疑いたくなるようなことを急に言い出したのだ。

 

 

「マスターを助けによ!」

 

「…………何を言っている……?」

 

 

 さらにバーサーカーは畳みかけるように言葉をつづけた。

そのバーサーカーが放った言葉は、理解を超えたものであった。

それはなんと、ランサーのマスターを助けようという話だったのだ。

 

 ランサーにはバーサーカーの言葉が理解できなかった。

何故、急に敵である自分のマスターを助けようと言い出したのか、まったくもってわからなかったのだ。

 

 

「確かに今こうして、オレとアンタはガチでバトってるがよ」

 

 

 ランサーの納得してない顔を見たバーサーカーは、今の発言の理由を説明し始める。

言われてみれば今この時点では、ランサーと自分は敵対して戦っている訳でもある。

 

 

「別に憎しみあってバトってる訳でも、聖杯巡ってバトってる訳でもねぇ」

 

 

 とは言え、自分自身はランサーに憎悪を感じている訳でもなく、何かを求めて争っている訳でもない。

ロビンが襲われていたから割って入り戦っただけにすぎない。

 

 

「アンタはただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 さらに、バーサーカーは一つの真実を大きく言葉に出した。

それはランサー自身も、アーチャーの取引という楔のみで、戦っていることを。

 

 

「んでもって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして、その取引相手だったアーチャーは、もう完全なる世界(そっち側)ではなく、自分たち(こっち側)についている。

 

 

「だからアンタは、別にもうオレらと戦う理由もねぇし、必要もねぇって訳だ」

 

「……」

 

 

 つまりバーサーカーが言いたいこととは、もう自分たちと戦う必要性も理由もない、ということだった。

 

 ランサーはそれを聞いて、静かにバーサーカーを見ていた。

それはバーサーカーが何を考えてこんな発言をしているか、見極めるためであった。

 

 

「それに今、決着(ケリ)はついたようなもんだろ?」

 

「ああ……、非常に悔しいが…………、この戦いの勝者はお前だ……」

 

 

 また、この戦いの勝敗はすでについていると言っても過言ではない。

どちらも死力を尽くして戦った。最大最強の一撃で一騎打ちした。

それを突き破って一撃入れたのは、バーサーカーの方だった。

 

 であれば、勝利者はバーサーカーだ。

ランサーはそれを悔しく感じながらも、素直に認めた。悔しいのは自分が至らなかったことも含めてだが。

 

 あの一撃をしのぎ、自分に一撃を与えたのだ。

さらに、こちらも先ほどの一撃を受けて、気合と根性で立っているのがやっとなのだ。

もはやこちらが敗北したも同然だった。

 

 

「だったらもういいじゃねぇか! 今日の敵は明日の友って言うだろ?」

 

「…………お前は……、それでいいと言うのか……?」

 

 

 ならば、勝敗が決したのであれば、もうこれ以上戦う必要はない。

バーサーカーはニカっと笑いながら、そんなことを豪語しだしたのだ。

 

 されど、ランサーはバーサーカーの碧眼を見ながら、問いを述べる。

ここで死ぬ気はさらさらないが、とどめを刺さずともよいのかと。

何故協力するようなことを言い出したのかと。

 

 

「いいに決まってんだろ? はなっからそのつもりだったんだからよォ!」

 

 

 しかし、しかししかししかし、バーサーカーは豪胆に笑って言う答えはただただ一つしか存在しない。

あの時、アーチャーとやらからランサーの事情を聴いた時から、すでに答えは決まっていた。

助けるのは当たり前だろ? それだけだった。

 

 

「オレはなぁ……。ガキがアブねぇ目に遭ってるってのが、最高に気に食わねぇんだよ」

 

 

 そして、何故そう考えたかという理由を、バーサーカーは言葉にする。

つまるところ、ランサーのマスターたる幼子が、危機的状況というのが許せないのだ。

子供を人質にしている連中が、最高に許せないのだ。

 

 と言うのも、これほどの無茶をやってまで、ランサーを止めたかった理由がこれなのだ。

ランサーと戦ってそして生かし、マスターに再び会わせたかった。

 

 だからこそ、ここでバーサーカーがランサーに勝つ必要があった。

ランサーに勝って納得させ、説得する必要があったのだ。故に、バーサーカーとてさの一撃で消し飛ぶわけにはいかなかった。

 

 全ては悲しむものを生み出さないために。

ランサーとそのマスターが、もう一度幸せに生きられるようにするために。

 

 

「…………そうか」

 

 

 ランサーは、しかめっ面をしてそう説明するバーサーカーの透き通るような目を見て、静かに目を瞑った。

この男の言っていることは嘘ではない。本気で自分のマスターの安否を心配している。

 

 いや、マスターのことだけではない。

その中には自分すらも含まれていることを、ランサーは薄々感じていた。

 

 バーサーカーの言葉に納得したランサーは、ぽりと一言こぼし、彼の言葉を信じることにした。

 

 

「…………オレは万が一お前たちに倒されるのであれば、お前たちにマスターを託すつもりでいた」

 

 

 そこでランサーは、今まで考えてきたことを、静かに語りだした。

 

 ランサーはこの戦いにて負けたのであれば、バーサーカーたちにマスターの保護を頼もうと思っていたのだ。

とは言え、簡単に負ける気などなければ、マスターのために負けるなどと言う失態はしないとも強く心に刻んでいたが。

 

 

「故に……、お前がそう言うのであれば、おこがましい話ではあるが…………、むしろこちらから願い出たい」

 

 

 が、バーサーカーたちが自分の味方になると言うのならば、むしろそれは願ってもないことだ。

 

 ただ単純に殲滅だけをすると言うのならば、相手が組織だろうが国だろうが、かまわず叩き潰す気概は存在する。

 

 されど、マスターを人質にとった相手、しかも組織を敵に回すのは、一人ではリスクが高いと判断していた。

故に、慎重に行動して隙を伺うことにしていたのである。

 

 

「――――オレのマスターを救ってほしい」

 

 

 で、あるならば、彼らのようなものが助けてくれるなら、かなりありがたいことだった。

だからこそランサーは、自分のすべてを賭けて助力を願い出る。

 

 全ては我がマスターのため。幼きマスターの幸せのために。

 

 

「はっ! 頼まれなくたってやってるぜっ!」

 

 

 そして、ゆっくりと頭を下げたランサーにバーサーカーは、そんなことなど不要と豪語した。

 

 バーサーカーはアーチャーの助言を聞いたときから、すでにこのことを決めていた。

幼きマスターのために戦っているランサーに感銘を受け、どんなことがあろうとも、ランサーのマスターは必ず助けると。

 

 

「まあ、確かに子供が人質に取られてんのなら、助けに行かなきゃいけねぇでしょ」

 

「……当然のことです」

 

 

 また、ロビンやナビスもバーサーカーと同じ気持ちだった。

ロビンの前のマスターもまた、幼き日のナビスを救うために犠牲になった。

 

 前のマスターがやったように、同じく幼子を助けたいと思うのは当然だった。

それに幼き子供が人質になっているというのが、許せないという気持ちも強かった。

 

 それはナビスも同じだ。

ナビスも20年前、完全なる世界に囚われて操られ、自分のサーヴァントをいいように使われたことがあった。

その過ちを二度と繰り返さないためにも、ランサーのマスターを助けたいと思ったのである。

 

 

「そうか……、そうか……」

 

 

 彼らの温かい言葉を聞いて、ランサーは静かに微笑む。

自分の事情など気にする必要もないのに、それを自分たちの問題のように対応してくれている彼らに、強い恩と優しさを感じたのだ。

 

 こうしてランサーとバーサーカーの戦いは一時的に中断され、協力体制という形をとることにした。

そして彼らは、ランサーのマスターを助けるべく行動を開始するのであった。

 

 


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