理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百七十五話 始まった決戦

 

 一方、飛空艇の防衛班はというと、上部での戦闘が行われているのを知らず、静かに会話していた。

 

 

「……ネギ先生」

 

 

 そこでのどかがぽつりと、自分の担任の小さな少年の名前をこぼす。

 

 

「心配ですか?」

 

「それは、……そうだよ」

 

 

 その言葉を聞いた隣の夕映は、ネギのことが心配なのかとのどかに聞けば、当然だと返してきた。

当然その表情も少し不安を感じさせるようなものであり、心配していることがうかがえた。

 

 

「私もカギ先生が心配です」

 

「カギ先生が?」

 

「はい」

 

 

 そこで夕映も、自分もカギに対する考えは同じようなものであると告白する。

のどかはあのカギ先生を? と思ったのか再び聞き返せば、はっきり夕映は返事を返した。

 

 

「また一人で道に迷ってないかが心配です」

 

「ゆえ?」

 

 

 と言うのも、あのカギは何かいつも迷子になっているからだ。

自分を探しに来てくれた時も、何やら迷子になって彷徨ったと聞くではないか。

 

 そのことを考えたら、この広い宮殿の中、人知れずにはぐれてしまっていてもおかしくない、と夕映は思ったのである。

 

 その言葉にのどかは、何を言っているの? という眼差しで夕映を見た。

いやまあ、確かにそういうこともあるかもしれないけど、そういうことじゃなくて、と言いたげな顔だった。

 

 

「確かに色々心配するトコはありますけど、彼らは強いです」

 

「……そうだね。信じて待つしかないね」

 

「はい。そうです」

 

 

 何故そんなことの心配を? という感じののどかへと、夕映は言葉を続ける。

それはネギやカギたちが強いからだ。強いからこそ、そちらの心配は不要と強く言葉にしたのだ。

 

 のどかもそれを聞いて不安を拭い去るように、自分に言い聞かせるかのように彼らを信じることを選んだ。

夕映ものどかの言葉に頷き、小さく笑って見せたのだった。

 

 

「しっかしよぉ……。ここも安全って訳じゃあないっスから……」

 

「敵地だもんね」

 

 

 とは言え、こちらもあちらの心配などしていられないというのも現状だ。

状助はそのことを考え不安な表情で口に出せば、裕奈も同意という意見を述べる。

そう、ここは敵地。何が起こるかわからない場所だ。

 

 

「そのとおりさ」

 

「――――っ!?」

 

 

 そして、その不安は的中することになった。

急に飛空艇の甲板から、知らぬものの声が響いたのだ。

 

 誰もがそれに絶句し、周囲を警戒しだす。

 

 

「ドラァッ!!」

 

 

 だが、そこでその敵影を発見し、瞬時に攻撃したものがいた。

それこそ状助だ。状助は特典(スタンド)のクレイジー・ダイヤモンドの拳をその声の方向へとぶっ放したのだ。

 

 

「か弱きものかと思ったが、なかなかいい反応をするじゃないか」

 

 

 しかし、そのものは見えざるはずのクレイジー・ダイヤモンドの拳を、危機と察知して回避し、甲板の先端に立って笑っていたのである。

 

 

「出てきやがったな!!」

 

「随分とまあ吠える」

 

 

 そのものこそ造物主の使徒、(クゥァルトゥム)。火のアーウェルンクス。

 

 状助はそのクゥァルトゥムへと顔を向け、すでに臨戦態勢をとりながら強気の態度を見せて大声で叫ぶ。

クゥァルトゥムは叫ぶ状助を見ながら、弱い犬ほどよく吠える、と思いながらニヤニヤと笑っており、当然のように余裕の表情だ。

 

 

()()()()()()()()……だったか。くだらない……。まあ死なない程度に痛めつけて再起不能になってもらうか」

 

「やっ、やってみろよコラァッ!!」

 

 

 と、そこでクゥァルトゥムは自分の行動に制限があることを愚痴るようにこぼす。

されど、ならば殺さなければいいだけだと、さらに残虐的な表情を見せて言葉にしだしたのだ。

 

 その言葉に状助は多少臆した顔を見せるも、だったらどうしたと強気の姿勢だけは崩すことはなかった。

とは言え、この状況かなーりヤバいんじゃあねえか? かなりヘヴィーじゃあねえか? と心の中で思っていたりするのだが。

 

 

「だが……、()()は別だ!」

 

「っ!!」

 

 

 しかし、クゥァルトゥムの標的は状助よりも、この世界の住人(人形)へと向け、炎の槍を魔法で作り出せば、その一番目の標的となった焔へと向けられたのだ。

 

 焔は自分が狙われていることを瞬時に察し、炎の槍を寸前でかわす。

とは言え、これで攻撃が終わるわけではない。焔は次の攻撃に警戒しながら、多少距離を取ってクゥァルトゥムを睨みつける。

 

 

「ほう、悪くない動きだが、その程度ではな!!」

 

「くっ!」

 

 

 当然クゥァルトゥムは次の手に移り、焔へと接近して再び炎の槍を構えて突き出す。

だが、焔も負けてはいない。この程度ならばとステップを踏んで再び回避。

 

 ただ、相手の動きもかなり素早い。この回避も楽々と言う訳ではなく、ギリギリと言った様子だった。

 

 

「ほらっ!」

 

「あっ!?」

 

 

 ギリギリ回避した焔だったが、そこでクゥァルトゥムは左指を自分の方へとクイッと曲げる。

すると、先ほど投げた炎の槍が、なんとクゥァルトゥムの方へと戻っていくではないか。

それはクゥァルトゥムの前にいる焔へと襲い掛かったのだ。

 

 その戻ってくる炎の槍を焔はもう一度回避して見せたが、回避の一瞬の隙を付かれる形となってしまった。

 

 この一瞬の隙を狙っていたクゥァルトゥムは、回避でできた硬直にかぶせるように、焔へと炎の槍を再び伸ばせば、それは焔の体の中心に吸い込まれるかのように突き刺さったのだ。

 

 

「ぐぅぅあぁ!?」

 

「甘かったなぁ!」

 

「焔さん!?」

 

 

 炎の槍を胸に貫かれた焔は、炎の灼熱と胸を貫きえぐる痛みに、苦悶の声をたまらず漏らす。

その苦痛に喘ぐ焔の表情を見て、たまらず笑い出すクゥァルトゥム。

 

 そして、その状況に驚き、咄嗟に彼女の名を叫ぶ夕映の姿があった。

されど、彼女とてこの状況をどうにかするほどの力はなく、どうすれば、と思考を巡らせている状況だ。

 

 

「ドラァッ!!」

 

「っ! なに?」

 

 

 しかし、そんな時に咄嗟に動き、焔を灼熱の苦しみから解き放つものがいた。

 

 それこそ状助だ。

状助はクレイジー・ダイヤモンドの拳で炎の槍を消し去り、さらに焔へと治癒を施したのだ。

 

 それを見たクゥァルトゥムは嘲笑の表情から一転し、何が起こったのか理解できず硬直し、表情をこわばらせた。

 

 

「その程度などではないッ!!」

 

「ぐおっ!?」

 

 

 さらに、焔はそこですぐさま反撃へと転じ、クゥァルトゥムへと体当たりしたのだ。

しかもただの体当たりではなく、魔力強化を乗せた鉄山靠だったのだ。

 

 それをもろに受ける形となったクゥァルトゥムは、小さなうめき声を出して数メートル吹き飛ばされてバランスが崩される。

 

 

「こんのおぉッ!!」

 

「チィ! こんな豆鉄砲などぉ!」

 

 

 その隙をつき、裕奈が銃型の魔法触媒で魔法弾をクゥァルトゥムへと乱射する。

されどクゥァルトゥムは迫りくる魔法弾を障壁にて防御し、再び体制を立て直そうと試みる。

 

 

「今だよッ!!」

 

「よっしゃ! みんな伏せて! 何かにつかまって!!」

 

 

 だが、そこで裕奈はハルナへと号令を叫べば、ハルナは飛空艇の操縦桿へと手を伸ばす。

 

 

「逆噴射フルスロットル!!」

 

 

 そして最大出力で急遽バックに入れて、瞬間的に飛空艇を後方へと飛ばしたのだ。

 

 

「っ!」

 

 

 完全に隙をつかれてその場に取り残されたクゥァルトゥムは、してやられたと言う顔を見せた後、加速的に後退していく飛空艇の方を睨みつける。

 

 

「……ふん。ならば、もう少し遊んでやろう」

 

 

 なるほど、しぶとい連中だ。

クゥァルトゥムはそう思いながら、ではもう少しいたぶってから倒すと決めたのである。

 

 

「”紅蓮蜂(アベス・イグニフェラエ)”」

 

「あれはまずい!」

 

「任せてくださいっ!」

 

 

 と、そこでクゥァルトゥムは炎の魔法で作り出された小さな蜂を、10数体ほど召喚しだした。

たかが小さな蜂が呼び出されて飛んでくるだけ、と一見すると全く脅威に見えない。

 

 しかし、焔はそれの危険性を察知し、あの魔法が凶悪な破壊力を持っていることを大きく叫ぶ。

その近くにいたブリジットは、焔の声にすぐさま反応して植物の根を召喚し、その魔法を防御。

 

 すると樹の根と蜂がぶつかった瞬間、とてつもない巨大な爆発が発生したのだ。

とてつもない爆発の衝撃は、飛空艇の全員に音と風という情報となって伝えられ、誰もが表情を凍らせていた。

 

 

「なんて爆発なの!? 当たったらひとたまりもないよ!」

 

「大丈夫です。なんとか守り切れます」

 

 

 ハルナは今の爆発に、非常に強い危機感を覚えた。

いや、この飛空艇に乗っている誰もが、この状況がかなり危険なものであると察したのである。

 

 だが、ブリジットはこの召喚した樹の根で、今の魔法は防ぎきるとはっきり言うではないか。

そして、召喚した樹の根を飛空艇を包むようにして巨大なバリアを作り出し、紅蓮蜂(アベス・イグニフェラエ)を完全に防ぎきることに成功したのだ。

 

 

「ってもバックじゃ振り切れない! 追いつかれる!!」

 

 

 が、当然クゥァルトゥムは彼女たちを逃がす気はなく、樹の根の防御を炎で焼き尽くしながら、飛空艇へと向かってくる。

 

 その様子をハルナは見て大きく焦った。

ギアを最大までバックに入れてはいるが、所詮はバック。

前進よりもスピードが出ないのは当たり前であり、このままでは先ほどのように飛空艇内に侵入されてしまう。

 

 

「距離が開けられれば上々だ! 我が骨子は捻じれ狂う……」

 

 

 しかし、距離が開けばやれると、転生者の自称アーチャーは弓と(つるぎ)を作り出す。

 

 

「”偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)”!!」

 

 

 そして、螺旋状の剣を弓にセットし、向かい来るクゥァルトゥムへと、魔力を最大限まで高めて解き放った。

 

 

「”燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス・)炎の神剣(フランマエ・アルデンティス)”!!」

 

 

 クゥァルトゥムとてその矢を見て、何も感じないわけではない。

あの矢はかなり危険なものだと察し、巨大な炎の剣を魔法で作り出し、アーチャーの放った矢を燃やし尽くしたのだ。

 

 

「くっ! 防がれたか!」

 

「このまま真っ二つに裂いて燃やし尽くしてくれる!!」

 

 

 今の攻撃を完全に防がれたのを見たアーチャーは、流石に分が悪いと感じ、今の自分の不甲斐なさを嘆く。

これが英霊・エミヤ(本物)であればどのような戦い方をするのだろうか、届いたであろうか、そう考え始めていた。

 

 されど、そんなことを考えているような暇など存在しない。

何故ならクゥァルトゥムが巨大な剣を左腕に武装し、飛空艇へと急接近してきているからだ。

 

 

「やばいよあれ!!」

 

「ど、どうすれば!?」

 

 

 ハルナはあの炎の剣をまともに受ければ、確実に飛空艇は破壊されることを予想し青ざめる。

裕奈も自分の今の装備や魔法では、あの攻撃に太刀打ちできないと混乱した様子だ。

 

 

「チィ! これで!」

 

「はっ! なかなかの炎だが、その程度で止められると思うなよ!!」

 

 

 だが、焔は諦めずに炎をブラスター状にしてクゥァルトゥムへと攻撃する。

それでもクゥァルトゥムの強固で堅牢な多重障壁の前に防がれてしまう。

 

 

「防御をっ!」

 

「その程度の軟弱な木などぉ!!」

 

 

 ブリジットもその炎の剣を防ぐべく、再び樹の根を召喚して巨大なバリアを編み出すも、再びクゥァルトゥムが炎の剣を振れば、たちまち燃えつくされて消滅してしまうだけであった。

 

 

「――――体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)……」

 

 

 この状況を打破できる最上の一手、それを何とか出すべくアーチャーが詠唱を始める。

しかし、この状況で間に合うか、いや、間に合わないかもしれないと、焦りながら”最強の秘儀”の呪文を唱えていた。

 

 

「詠唱などさせるものかぁッ!!」

 

 

 その詠唱を聞いたクゥァルトゥムは、その魔法か何かを妨害せんと、否、そのまま飛空艇ごと真っ二つにせんと、炎の剣を高らかと振り上げた。

 

 

「え……っ?」

 

「シャボン玉……?」

 

 

 と、その時、誰もがもうダメだ、と思ったその瞬間。

のどかと夕映の顔を横切るようにして、ふわりと光に照らされた、透明な泡が流れてきた。

 

 それはシャボン玉。

小さく、されど大量のシャボン玉。

 

 こんな時に何故、こんなものが? のどかと夕映は疑問に思った時に、クゥァルトゥムに異変が起きたのだ。

 

 

「何っ!? 我が魔法が消失しただと!?」

 

 

 なんということか、何が起こったのか。

突如としてクゥァルトゥムの巨大な炎の剣が焼失し、クゥァルトゥムも理解ができずに大声で叫んでいるではないか。

 

 

「さっきから随分と滅茶苦茶やってくれるじゃあねぇかよ~」

 

「東さんがこれを!?」

 

 

 のどかと夕映がシャボン玉が流れてきた方を見れば、とてつもなく恐ろしい形相でガンつけている状助がいたのである。

 

 のどかが今のシャボン玉を、状助が作り出したと理解した。

何故なら状助の口元に、シャボン玉を浮かび上がらせているキセルのようなものがあったからだ。

 

 

「10倍にして返してやっからよぉ~ッ!!」

 

 

 状助はのどかと夕映の言葉や視線など気にせず、驚愕の表情で塗りつぶされたクゥァルトゥムのみを見定めていた。

今まで随分とまあ調子こいてやがったな、その分きっちりお返ししてやる、そんな反撃の言葉を吐き出しながら。

 

 

「”柔らかくそして濡れている(ソフト&ウェット)”!!」

 

 

 そして、シャボン玉を生み出すキセルのようなものこそ、アスナとの仮契約にて手に入れたアーティファクトだった。

その名も柔らかくそして濡れている(ソフト&ウェット)

 

 それはジョジョの奇妙な冒険第8部、ジョジョリオンの主人公が持つスタンドと同じ名前のアーティファクト。

それはジョジョリオンの主人公、定助が持つスタンドと同じ能力を持つアーティファクト。

 

 

「その効果は……、シャボン玉でどんなものでも奪い……そして……」

 

 

 ソフト&ウェット、その能力とはつまり、自分以外のすべてのものをシャボン玉の中に奪うこと。

それは見えないもの、慣性までもを奪うことができる。その能力でクゥァルトゥムが魔法で生み出した炎の剣をシャボン玉の内部に取り込んだのだ。

だが、シャボン玉の能力はそれだけではない。

 

 

「――――解放できる」

 

「なっ!?」

 

 

 状助はおもむろに、最後の一言を述べれば、クゥァルトゥムの周囲に浮かんでいた大量のシャボン玉が一気に弾けだしたのだ。

その直後の光景に、クゥァルトゥムは驚愕し、言葉を一瞬失った。

 

 

「ぐうおぉぉあっ!?」

 

「どうだ? 自分の魔法の熱で焼かれる気分ってのはよぉ~!」

 

 

 なんと、シャボン玉が弾けたとたん、クゥァルトゥムが炎に包まれ焼かれたのだ。

そう、ソフト&ウェットは奪った力を別の場所で開放することで、その力を移動させることが可能なのだ。

その力を使い、奪った炎の剣の魔法を、クゥァルトゥムにかぶせたのである。

 

 クゥァルトゥムは訳も分からず自分の魔法の炎に焼かれ、叫び声をあげる。

それを見た状助は、してやったりという顔で挑発するのだった。

 

 

「ックソッ!! だがこれしきの事でぇ!」

 

 

 されど、この程度で倒されるクゥァルトゥムではない。

魔法力を噴出し炎を消せば、怒りの形相で状助を睨みつけ、そちらに高速で飛んだのだ。

 

 

「――――その体は、きっと剣で出来ていた(So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS)……!」

 

「しまっ!」

 

 

 だが、忘れてはいけない。彼が詠唱をしていることを。

状助が時間を稼いでいる内に、すでに詠唱が終わりそうになっていることを。

 

 アーチャーはその詠唱を唱え終えれば、ニヤリとニヒルに笑って見せた。

 

 また、クゥァルトゥムは失念していた。

状助の攻撃によって、アーチャーが詠唱をしていたことを。

そして再び驚いた。今度は周囲が炎に包まれ始めたからだ。

 

 

「では参ろうか。無限の剣製の世界へ――――」

 

「チィッ!!」

 

 

 その炎が周囲を焼き尽くし、赤茶けた荒野を生み出す。

空も台地も枯果てて、残ったのは大地に刺さった複数の剣と空に浮かぶ歯車のみ。

 

 しかも飛空艇の甲板にいたはずなのに、もはやその面影すらない剣が刺さった丘。

固有結界と呼ばれる現象であり、本来アーチャー・エミヤと呼ばれた男の心象風景。

 

 これぞ、アーチャー・エミヤの切り札、アンリミテッドブレードワークス。

その特典を貰ったアーチャーの秘儀。

 

 そして、固有結界にアーチャー自身とクゥァルトゥムを引き入れ、一対一の戦いへと持ち込んだのである。

 

 もはや完全にしてやられたという顔を見せるクゥァルトゥムの前に、したり顔で剣を握るアーチャーがいたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、竜の騎士バロンの弟子を名乗る男と一対一で戦っている少女、トリスはというと。

 

 

「このっ!」

 

「遅い! その程度ではかすりもせん!」

 

 

 バロンの弟子、ハルートとの戦闘にてすでに外壁を破壊し、外周に出て戦闘を繰り広げていた。

 

 もはや目に見えぬほどの超高速での戦闘。

金属同士が衝突する音は聞こえど、二人の姿はまったく見えない。

 

 そんな中で、トリスは武装した左足でハルートへと何度も切りかかるも、ハルートは余裕の態度で回避し続ける。

 

 

「そちらこそナメてもらっては困るわね!」

 

「むっ!」

 

 

 が、トリスとてその程度では終わらない。

さらにトリスは加速。その攻撃速度にハルートは思わず槍を用いて防御を行う。

 

 

「ほう、このオレの速度についてくるか」

 

「スピードなら負けないわよ!」

 

 

 いやはや、自分に防御させるとは、なかなかやる。

ハルートは自分のスピードに自信があり、自分と同等に速い相手などいないと思っていたようだった。

とは言え、自分はこれでも本気ではないという気持ちと自信から、未だにトリスの実力を見抜けてはいない様子だ。

 

 当然、トリスもスピードは負けていないと豪語する。

トリスとてスピードには自信がある。下に見られているのは癪なのだ。

 

 

「ならば、さらにスピードを上げていくか」

 

「やってごらんなさい!」

 

 

 ハルートは、ならば更なる絶望を与えようと、そこからさらなるスピードアップを図る。

そんなハルートの宣言にもどこ吹く風という様子のトリス。

 

 

「っ! これでもまだついてくると言うのか……!」

 

「当然でしょう?」

 

 

 ハルートは宣言通り、最大速度で動き回りトリスを撹乱し始めたが、なんと当然のようにトリスもハルートのスピードについてきているではないか。

 

 ハルートは驚愕した。

まさか、まさかこれほどまでに自分と同等の速度で動ける相手がいるとはと。

 

 されど、トリスはそれもさも当然と笑って言葉にする。

トリスとて並大抵ではない特典を貰った存在。

何せFate/EXTRA CCCのアルターエゴ、メルトリリスの能力を貰った転生者なのだから。

このスピードについていくぐらいは余裕なのだ。

 

 

「ナメないでって言ったじゃない? 聞こえなかったのかしら?」

 

「確かに、お前のことを侮っていたかもしれんな」

 

 

 トリスはまだ下に見ているのか? まだ本気じゃないのか? と笑顔でハルートを煽る。

ハルートは今この状況でさえ、未だに目の前の敵を舐めていたと考え、トリスの実力を認め認識を改めた。

 

 

「ならば、本気でぶつかってやろう!」

 

「今更? 馬鹿にしてるわけ?」

 

 

 では、本気を出そう。ハルートはそう宣言すれば、今まで以上のスピードで周囲を駆け出す。

しかし、その今のハルートの言葉に、トリスは再びカチンときた。

 

 

「ぐお!?」

 

「私は最初から全力よ? さっさと倒れて地面に頭をこすりつけなさい!」

 

「ぬぅぅ……、これほどとは!」

 

 

 何故なら、トリスはすでに本気であり、ハルートを確実に仕留める気だったからだ。

それ故に、ハルートの本気の速度を捉え、足の槍にてハルートの脇腹へと突き刺す一撃を入れたのだ。

 

 ハルートはその一撃を受けてうめき声をあげて停止。

それを見たトリスは更にハルートへと畳みかける。

 

 それでもハルートは再び高速で動き出し、トリスの追撃を回避する。

 

 

「だがな! これしきで負けるオレではない!」

 

「なら、さらに苦しむだけよ!」

 

 

 ハルートとて負ける訳にはいかないという強い意志があるからだ。

師であるバロンのためにも、ここで敗北はないと思っているからだ。

 

 だと言うのであれば、さらに猛追して叩き込むだけだと、トリスはハルートと同速で並び、さらなる攻撃を見舞う。

 

 

「ふっ!」

 

「っ!」

 

 

 そのトリスの攻撃を槍で防ぎ、ハルートはさらに速度を上げてトリスから距離をとった。

トリスは何か来ると予感し、ハルートを追うようにして速度を上げたが――――。

 

 

「そちらこそ調子に乗るなっ! 受けろ! ”ハーケンディストール”ッ!!」

 

「しまっ!」

 

 

 ハルートはスピードを乗せたまま槍を回転させると、そのまま今度は猛追するトリス目掛けて槍を振り下ろした。

その槍の先からは鋭利な真空の刃が発生し、その衝撃とともにトリスを飲み込んだように見えた。

 

 ――――ハーケンディストール。

とてつもない速度から放たれる強烈な真空波。

竜の騎士、竜騎将バランの部下の一人、陸戦騎ラーハルトが使用する奥義。

 

 見れば地面はぱっくりとと割れ、深いクレバスを形成しているではないか。

それだけにはとどまらず、その衝撃波は宮殿を貫き外部にまで及び、外装を吹き飛ばし外にまで吹き飛んでいったほどであった。

 

 

「っつ……」

 

「寸前でかわしたか……」

 

 

 この一撃を受けてしまったトリスは、地面のように真っ二つに引き裂かれてしまったのだろうか。

否、トリスは何か来る予感があったが故に、何とか直撃だけは避けることに成功していたのだ。

 

 とは言え、直撃はしなかったものの、衝撃波を受けてかなりのダメージを受けてしまったのである。

 

 何せ本来の特典元であるラーハルトが闘気などを用いず使うこの技に、ハルートが()()()()()()を乗せて放ったからだ。

それによって本来すでに凶悪な威力をさらに強化し、威力が上乗せされていたのだ。

 

 さらに、衝撃波を受けたトリスは自分も高速で動いていたがために、その場に何度か転がり数メートル吹き飛ぶ。

そして、ようやく速度が減退したところで受け身を取って、再びゆっくり立ち上がって見せたのだが。

流石に着ていた服もズタボロで、全身血濡れになっていた。

 

 ただ、ハルートも今の距離と相対速度で回避されるとは思っていなかったので、回避されたことに対して驚いた様子で、立ち上がってきたトリスを見ていた。

 

 

「未だ立ち上がれるとは……」

 

「うっ……、余波でこの威力だなんて……」

 

 

 また、目の前の少女の姿をした存在が、ゆっくりとだが立ち上がってくることに、ハルートは戦慄を覚えた。

 

 今の一撃が直撃ではなかったとはいえ、とてつもない衝撃を身に受けたはずだ。

確かにハーケンディストールの直撃は避けられたが、それでも目の前の少女の状態を考えれば、立ち上がってくるのが不思議に思えるほどだったのである。

 

 しかし、トリスとてかなり厳しい状況に追い込まれたのを理解している。

今の一撃の威力は狂っていると言うほどにすさまじく。余波を受けただけだと言うのに、すでに逆転されて追いこまれた。

これをもう一度、さらに直撃で受ければ、ただではすまないことは火を見るよりも明らかだからだ。

 

 

「ならば! 倒れるまで何度も叩き込むだけだッ!」

 

 

 だが、ハルートは女だからと言って、ここで気を抜いたり手を抜くような男ではない。

さらなる一撃をトリスへと叩き込むべく、再び槍を回転させて動き出した。

 

 

「”ハーケンディストール”ッ!!!」

 

 

 そして、その一撃が槍から放たれると、真空の刃が再び動けぬトリスへと襲い掛かった。

 

 

「ぐうぅ……!? ああぁぁああぁぁぁぁッッ!!!???」

 

 

 トリスは先ほどの一撃のダメージでまともに動けなかった。

故に、最大最高の一撃をその身でまともに受け、大きく悲鳴を上げるしかできなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ――――刹那は未だに月詠を倒しきれず、何度も剣をふるっていた。

 

 

「流石はセンパイ……、これでもまだ余裕そうですなあ」

 

「月詠っ!」

 

 

 月詠は愛おしそうな表情で、向かってくる刹那の剣の舞を二刀の剣でいなし続ける。

なんという幸福の時間だろうか、と月詠はうっとりしながら思っていた。

必死に自分へと向かい、幾度となく鋭く卓越した斬撃を放ってくる刹那を前に、月詠はひたすら気持ちよくなっていた。

 

 刹那はそんな月詠に対して、早く倒さねばとさらに剣撃の速度を上げていく。

それが逆に月詠を喜ばせることになり、ひたすらに焦燥感を煽られていく。

 

 

「ホンマにお強いですわ~」

 

 

 最大の一撃がぶつかり合った瞬間、両者は距離をとって動きを止めた。

そこで月詠は笑いながら、刹那の実力を心の奥底から賞賛する。

 

 

「なら……」

 

「っ!! なにっ!!?」

 

 

 だが、それは月詠が敗北を認めたという訳ではない。

新たな、次の一手を繰り出そうと思った時に出た言葉でしかなかった。

 

 すると、なんと月詠が右手で握っていた長刀の方から、何やらどす黒い瘴気のようなものがあふれ出したではないか。

 

それを見た刹那は大変驚いた。

そんなはずがある訳がない、そう叫びそうなぐらいの表情を見せながら。

 

 

「その剣……何故貴様が!?」

 

 

 何故そこまで驚いているのか。

それは月詠が急に闇的な力を出したからではない。

その原因となっている刀の正体を知っていたからだ。

 

 月詠が握っていた刀は”妖刀ひな”だったのである。

東にて伝わる妖刀であり、握れば闇に心を囚われると言う。

それを握ったものは魔に取りつかれ、破壊の限りを尽くす。

 

 幾多の神鳴流の剣士がそれを封じようと戦い、神鳴流剣士が絶滅寸前まで追いやられたほどだと、刹那は伝えられていた。

 

 それを何故か月詠が握り、あまつさえ使っていることに驚いていたのだ。

 

 

「力のために魔に身を委ねるとは……!」

 

「違います。全てはセンパイを心行くまで味わうためですわ」

 

 

 そして、”妖刀ひな”を持つということは、とてつもない力を得ると同じであるということも、刹那は知っていた。

 

 あの力を使ってまで自分に勝利したいのか、そう刹那が問えば、月詠は刹那とさらに本気で戦いたいと言うではないか。

 

 月詠は勝利以上に、今目の前の刹那との戦いのひと時を、無限にかみしめたいのである。

 

 

「さあ……、味わわせてください。センパイの全てを……!!」

 

 

 だからこそ、()()()()を超える力が必要だった。

何度も打ち合ったと言うのに刹那の実力を引き出せなかったが故に、さらなる力を求めたのだ。

 

 

「神鳴流奥義”黒刀斬岩剣”!!」

 

 

 月詠は全身に闇を纏わせ、瞬間的に刹那へと接近し、奥義を解き放つ。

 

 

「っ! なんという力か……!!?」

 

 

 刹那はそれを刀で受け止めるも、闇で強化されたその力に驚くばかりだ。

だが、月詠の猛攻はそれにとどまることはない。

 

 幾度となく両者は周囲の床などを破壊しながらも衝突。

刹那は月詠が放つすさまじい威力の斬撃を回避するべく宙を舞う。

 

 だが月詠は、その猛攻の中で妖刀の闇を左手に持つ短刀にも纏わせ、妖刀二刀化を行ったのだ。

 

 

「秘剣”一瞬千撃・二刀黒刀五月雨斬り”!!」

 

 

 瞬間、月詠はさらなる奥義を刹那へと繰り出す。

その破壊力はまさに凶悪の一言。とてつもない衝撃に周囲は崩壊し、刹那にも強烈な衝撃が伝わっていく。

 

 

「……疾さも桁違いと言うわけか……!!」

 

 

 しかし、刹那とてこの程度ではやられはしない。

それをすべて受け止めいなし、無傷でしのいで見せたのだ。

 

 とは言え、衝撃だけは殺せず吹き飛ばされるも、咄嗟に宮殿の壁へと足をつける。

 

 

「まさか、この程度やありまへんよねえ? センパイ?」

 

「当たり前だっ!!」

 

 

 そこへ瞬間的に月詠が刹那の後ろへと現れ、刹那へ向けて笑いながら問いかける。

刹那もこの程度では負けぬと、強気の姿勢を崩すことなく再び月詠と相まみえるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 墓守り人の宮殿、その中の大広間にて激戦はいまだに繰り広げられていた。

強力無比で壮大な魔法や岩をも切り裂く斬撃が飛び交い、周囲を破壊しながら轟音が大広間に響く。

 

 

「ハアッ!!」

 

「ふうぅん!!!」

 

 

 漆黒の騎士は白銀の剣を振りかぶり、相対する竜の騎士も最強と言われた剣を振り下ろす。

その両者が衝突すれば、さならる金属音が盛大に音を立て、両者の力比べが始まるゴングとなる。

 

 

「貴様のその剣は厄介だ。まずは貴様から死んでもらうぞ!!」

 

「そうはいかんぞ!!」

 

 

 竜の騎士、転生者のバロンはその漆黒の騎士が握る白銀の剣、竜殺しの剣無毀なる湖光(アロンダイト)を警戒し、目の前の騎士から倒そうと意気込む。

 

 漆黒の騎士、今は剣とフェイトから与えられた転生者の男、ランスローは自分が目の前の竜の騎士の竜闘気(ドラゴニックオーラ)を貫くことができると理解し、それを拒む。

 

 

「”万象貫く黒杭の円環”!!」

 

「ぬうっ!?」

 

 

 両者一歩も引かずに力比べしているその隙をつき、フェイトは大量の黒い杭を螺旋状に配置し解き放つ。

ランスローはすかさずその場を離れれば、黒き杭は竜の騎士へと殺到する。

 

 

「”闇の吹雪”!!」

 

「っ! その程度で!!」

 

 

 さらにフェイトの魔法に合わせるようにして、エヴァンジェリンが暗闇の竜巻を竜の騎士へと見舞う。

されど、竜の騎士は竜闘気(ドラゴニックオーラ)を最大限に引き出し、防御を行った。

 

 

「ハアァァッ!!!」

 

「ぐうおおお!!?」

 

 

 しかし、その大魔法の波状攻撃はただのおとり。

本命は魔法が飛び交うのを回避し姿をくらましたランスローにあった。

 

 魔法を防御して固まっている竜の騎士へと、その白銀の剣を鋭く横なぎに振るったのだ。

 

 無毀なる湖光(アロンダイト)は先ほども述べた通り竜殺しの剣でもある。

能力の一部に、”竜属性に対して追加ダメージを負わせることができる”、と言うものがある。

 

 その効果を使い、強靭で強固な竜闘気(ドラゴニックオーラ)に守られた竜の騎士の肉体を、容易く切り裂くことができるのだ。

さらに無毀なる湖光(アロンダイト)の剣身に魔力を流すことで、威力を水増ししていた。

 

 その一撃により竜の騎士はわき腹を引き裂かれ、真っ赤な血を噴き出して声を上げた。

 

 

「かたじけない!」

 

「いや、この作戦こそ彼を倒せる唯一の方法かもしれないね」

 

「ああ……、だが……」

 

 

 そしてランスローは、即座にフェイトたちのところへと移動し竜の騎士から距離を取り、二人の助力に感謝を述べる。

 

 とは言え、フェイトもエヴァンジェリンもこの作戦こそが竜の騎士を倒せる方法だと考え、気にしてはいない。

 

 が、このままうまくいくとも思えないと、エヴァンジェリンは戦慄の冷や汗を流す。

 

 

「そう簡単にはいかないだろうがな」

 

 

 エヴァンジェリンがその言葉を言い終える頃には、さらに青く光る竜の騎士が嫌でも目に入ってきた。

額の竜の紋章はさらなる輝きを増し、周囲の瓦礫が宙を舞うほどの重圧がのしかかってくる。

 

 

「流石に上級者三人を相手にするのは骨が折れる」

 

 

 なかなかどうして。三人がかりであるが、本来であればこの程度など造作もなく蹴散らせるはずである。

竜の騎士は三つの神が生み出した調停者。この程度では苦戦もしないはずなのだが。

 

 やはりあの三人は強者。

竜の騎士をこうも苦戦させ、あまつさえ竜闘気(ドラゴニックオーラ)に守護られた肉体に傷を負わせてきた。

 

 なるほど、自分を倒そうというだけはある。

最強の力を得て、さらに鍛えたこの自分を倒そうともがくだけはある。

認めざるを得ない。目の前の三人の実力を。その強い信念を。

 

 竜の騎士は彼らを認める言葉を言い放ちながら、さらに殺気を乗せた鋭い目で、三人を睨みつける。

 

 

「ならば全身くまなく粉砕してくれる!」

 

「この程度でいい気になるなっ!!」

 

 

 されどもその竜の騎士が放つ強烈な殺気と重圧にも負けず、むしろ皮肉めいたことを吐き出すエヴァンジェリン。

 

 そのエヴァンジェリンの言葉を合図に、竜の騎士は怒気に飲まれた叫びを竜闘気(ドラゴニックオーラ)とともに掃き出し、三人へと突撃していくのだった。

 

 

 

 


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