理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百七十一話 完全なる世界

 ネギたちの目の前に現れたザジ。

無言でザジらしき人物は彼らを眺めていた。

 

 そこへさっと現れ、構えの姿勢をとるアルス。

アルスは知っているからだ。彼女が何者なのかを。

 

 

「ありゃ別人だ。お前さんのクラスの生徒じゃねぇ」

 

「えっ……!? ですが」

 

 

 そして、アルスはザジらしき人物に焦点を定めながら、ネギへと説明を始めた。

目の前の少女はザジではない、別人であると。

 

 とはいえ、あれほど彼女にそっくりなので、ネギは本当なのかわからなかった。

故にか、多少戸惑いを感じた様子を見せていた。

 

 

「その通りだぜ! こいつはザジじゃねえ!」

 

「ラスボス格なのは間違いないがよお……」

 

 

 さらにそこへカギと状助も現れ、アルスの言葉を肯定した。

また、状助も少しビビりながら、目の前のザジらしき人物が超強い相手であることを言葉にする。

 

 

「やはり知っていたポヨか」

 

「ポヨ!?」

 

「わりぃな、()()()()()()()()()()()()

 

 

 すると、ザジらしき人物は諦めたかのように態度を崩し、自分がそうではないことを暴露しだした。

 

 されど、その言葉よりも語尾に気を取られるネギ。

そんなネギなど気にせずに、アルスは横で自分たちがチート持ってることを語りだす。

 

 

「彼女はザジさんではないんですか!?」

 

「その通りだぜ。つーかよ、旧世界からどうやってここに来るんだって話だ」

 

「……確かにそうですね……」

 

 

 ただ、ネギはあれほどザジとそっくりなので、未だ呑み込めていない様子だった。

 

 そんなネギへとカギがさらに説明する。

ザジ本人は旧世界の麻帆良にいるのに、どうやってここまでワープしてくるのだと。

 

 そう言われたネギも、そこでようやく納得した様子だった。

急にここに来てあの無口なザジが、新しいキャラ付けしてるとは考えにくい、と考えたようだ。

 

 

「彼らの言う通り、私はザジではないポヨ」

 

「……何ものだ」

 

「それはどうでもいいポヨ」

 

 

 また、ザジらしき人物はここではっきりと、自分がザジであることを否定した。

そこへ新たに龍宮も少し離れた場所からライフルを構え、ではお前はなんだと問い詰める。

 

 しかし、ザジに似た少女は、自分の正体は重要ではないと言う様子で答えなかった。

 

 

「しかし、これだから()()()()()()()()()()()は厄介ポヨ」

 

「知ってんのか」

 

「マジかよ……!」

 

 

 さらに、ザジに似た少女は転生者(かれら)を知っているようなことを言い出した。

それに反応したアルスと状助。

 

 アルスは転生者(それ)を知っていることにはあまり驚いた様子を見せず、どうして知っているのかとという方に疑問を抱いた。

状助はというと、転生者(それ)を知られていることに、謎の恐怖を感じて本当なのかと疑問に思った。

 

 

「私の友人も同じ存在だからポヨ」

 

「なるほど……、()()()()()()()()()()()()……」

 

「オイオイオイ……、勘弁してほしいっスねぇ……」

 

 

 しかし、何故彼女が転生者(それ)を知っているのか。

その答えは別に難しいものではない。単純に()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 アルスはそれを聞いて、むしろその友人と呼ばれた転生者の存在を警戒した。

状助もそういう敵が増えることに焦りを感じ、嘘だろマジかよという様子で顔色を悪くさせたのだった。

 

 

「……まあ、彼はもうやられてしまったみたいだポヨ。彼を倒せるものが存在したことに驚くポヨ」

 

「そりゃ、こっちにとってはラッキーってこった」

 

 

 が、その友人と言うのは、すでに敗北済みだったらしい。

ザジに似た少女は、少々残念という様子でその事実を語りだした。

 

 その友人とは、すなわちバァン。

大魔王バーンの能力を貰った転生者であり、先ほど覇王に敗北した存在だ。

 

 また、ザジに似た少女は、そのバァンを倒せたものがいることに、驚きを感じた。

バァンは魔界にて上位の存在であった。ラスボスくらい偉いと自ら称する彼女が、バァンを自分よりも強い魔族だと認識していた。

 

 そのバァンが敗れ去ったことは、大きかれ小さかれショックであったのは間違いない。

とは言え、ショックだったという態度はみじんも見せない。流石は自称ラスボスクラス。

 

 

 そして、アルスはその転生者がすでに敗北していることに、安堵してニヤリと笑った。

そんなヤバいやつが増えたなら、大変めんどくさいと思ったからだ。いやあ運がよかった。

倒してくれた誰かさんありがとうと、心の中で感謝していた。

 

 

「とは言え、あなたたちのような存在は、私の相手にならないポヨ」

 

「そいつはどういうことだ……?」

 

 

 されど、ザジ似の少女はアルスに煽れたことを気にした様子を一切見せず、逆に転生者ほど相手にならないと言い出した。

何が何故だ? アルスはふと疑問に思ったが、その疑問はすぐに氷解することになる。

 

 

「つまり、こういうことポヨ」

 

「ッ! まずいそいつは……!」

 

「オイオイオイッ!?」

 

「ヤベェッ! そいつはマジでヤベェッ!!」

 

 

 何故なら、ザジ似の少女が一枚のカードを取り出し、胸元で浮かせたからだ。

そのカードこそ仮契約のカードだったからだ。

 

 さらに、そのカードの能力が、凶悪なものだと転生者たちは知っていたからだ。

アルスも状助も、さらにカギも理解していたが故に、それを見て大いに焦り駆け出した。

使わせてはならぬと動き出した。

 

 

「”幻灯のサーカス”」

 

「くそっ! 間に合わねぇ!」

 

「マジかよグレート……ッ!」

 

「うおおおぉぉぉッ!?!?」

 

 

 ――――だが、一手遅かった。駆け出した時にはすでに遅かった。

ザジ似の少女はそのアーティファクトの名を一言語れば、周囲が光に包まれ始めたではないか。

 

 もはや遅かった。

アルスは発動を阻止できなかったことを悔やみながら、状助はマジかよと言う顔をしながら、カギは叫びながら光の中へと飲まれていった。

 

 それだけではない。

その場にいた誰もが、そのアーティファクトの放つ光に飲まれ、その能力を受けて――――。

 

 

 

 

 

 

 朝。太陽が徐々に地平線から登り始め、夏ももう終わりという時期だが、日もそれなりに高い位置に上っていた。

 

 その太陽の日差しを受けてもなお、爆睡する少年が一人。

 

 

「スヤァ……」

 

「起きてよ兄さん! 起きてって!!」

 

 

 その少年はカギ。転生者としてネギの兄に生まれた男。

そんなカギはまだ起きる気配がなく、未だに夢の中で戯れている様子だ。

 

 されど、時間は切羽詰まっていた。

何せこの日は()()ではなく、()()だからだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に、弟のネギは必死になってカギを起こそうと、その体を揺さぶっていた。

もう時間がギリギリだ。朝礼に間に合わなくなる。早く起きてくれ、そうネギは祈りながらカギを起こそうと頑張っていた。

 

 

「あと5分……、いや10分……」

 

「なんで時間が伸びるの!? 起きてって遅刻するよ!!?」

 

 

 が、ネギの努力もむなしく、まるで起きる気のないカギ。

5分、さらには10分寝かせてくれと、寝ぼけながら要求し始めたではないか。

 

 これにはネギも思わず叫んでつっこんでしまった。

もう時間がないのだから起きてくれ、頼む。その祈りは果たしてカギに届くだろうか。

 

 

…… …… ……

 

 

 結果を言うと、ネギの祈りは届いた。

あの後5分もカギが粘ったと言う点を覗けば。

故に、もはや時間はギリギリ。ギリギリで一刻の猶予もない状況だ。

そのため、兄弟二人は当然ながら、猛スピードで支度をしていた。

 

 

「ちっ! ちくしょうっ! もう時間がねーじゃねーか!! なんで早く起こしてくれんかったの!?」

 

「起こしたよ!? 起こしたけど起きなかったのは兄さんだよ!?」

 

「嘘だろマジかよー!」

 

 

 いやはや、誰のせいでこうなったのか。

そのような疑問が頭からでるようなことを、その犯人(カギ)本人の口から放たれているではないか。

 

 弟たるネギも、自分はしっかり努力したけどダメだったとはっきりと叫ぶほど。

カギもそれを聞いたら信じざるを得ない。自分がどんだけ寝坊助なんだと、改めて思い知るのであった。

 

 

「兄貴は本当に朝が弱いなあ」

 

「るせーぞカモ! んなこた言われんでもわかっとるわい!!」

 

 

 そこへテーブルでくつろいでいたカモミールが、そのことをつぶやいた。

カギはいつもいつも、毎日毎日寝坊ばかりしていると。

 

 されど、カギとてそんなことは百も承知。

言われるまでもないと、ちょっと怒ったような態度でカモミールへと叫ぶ。

 

 

「だったら直す努力をしましょうぜ兄貴ー!」

 

「できるもんならやっとるわ!!」

 

 

 そう怒るんなら、寝坊を解消しようぜー! とカモミール。

が、そうそうできるものではないと、カギはその努力をすることすら否定する。

それを聞いていたネギは、カギの寝坊はもう直らないと諦めた表情を見せるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 急いだおかげで何とか時間内に学校へと到着し、教室へと向かうネギとカギ。

カギはネギの前を早歩きで移動しながら、いつも通り教室の扉に手をかけた。

 

 

「おいーっす! うーっす!」

 

「わーっ! カギ先生おはよー!」

 

「おはようございまーす!」

 

 

 そして、いつも通りガラッと扉を開け、いつもの調子で生徒たちへと挨拶をしたカギ。

だが、その次の瞬間、なんと生徒たちが元気よく挨拶を返したと思えば、カギを囲って小さい体をモミクチャにしてきたではないか。

 

 

「はっ? 何ぃ!? うおお!? どうなってんだこりゃ!? 寄ってたかってベタベタとーっ!?」

 

 

 なんじゃこりゃぁ!? とカギもこれには驚いた。

なんでこんなに可愛がられてんだ俺!? 一体何がどうなってんだ!?

カギは普段とは違う様子の生徒たちの行動に、滅茶苦茶戸惑った。意味が分からなかった。

 

 

「どっ、どうなってんだ!? 俺モテ期来た? 来ちゃったかー!?」

 

 

 思い当たることがあるとすれば、きっとモテる時期が来たんだろう。

いや、んなわけねえわ、と思うカギであったが、この様子はただ事ではない。

やはりモテ期が来たんだろう、と納得しておくことにした。

 

 

「だがここはあえて教師らしく! コラーっ! 授業すんぞ!! 離れて席つけーっ!」

 

 

 とは言え、カギとてこの教室に来たのはかわいがられるためではく授業。

生徒たちへとそれをはっきり叫べば、みんな元気のいい返事を返して席に戻っていった。

その後すぐさまネギも教室へと入ってきて、いつも通りの授業が始まったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 授業も終わり、学校も終わった夕方の時刻。

誰もが教室から退室し、帰っていくところにカギはいた。

 

 

「なんかおかしいな……。俺ってあんなにモテモテでチヤホヤされてたっけ?」

 

 

 今日はなんかやけにちやほやされた。

一体何がどうなってんだろうかと、腕を組んでカギは考えた。

 

 

「いや、今の俺は絶好調なんだ! そうに違いない」

 

 

 されど、そこで行き着く答えは、やはり自分がモテる時期に突入したから、というものだった。

今の自分は最高潮であり、きっと我が世の春が来たーっ! という状況になったに違いないと。

 

 

「おっ! マスター! つーかマスターなんでここにいんだ!?」

 

「なんだ貴様は……? なれなれしく声をかけるな」

 

「えっ!? ちょ……」

 

 

 が、そこでカギが目にしたのは、少しおかしい人物。

おかしいというのは、なんで教室(ここ)にいるのかわからないからだ。

 

 それこそカギの師匠をやっており、600年もの時を生きてきた吸血鬼、エヴァンジェリンだったのだ。

何せ()()()()エヴァンジェリンは、呪いもなく中学生もしていないからだ。

 

 カギはいつもの調子で挨拶した後、どうして教室にいるのかを驚きながら聞いた。

正直、本気で謎だったからだ。

 

 しかし、そこで帰ってきた言葉は答えではなく、罵倒に等しい言葉だった。

それを言い放ち終えるとエヴァンジェリンは、そそくさと退室していったのである。

 

 そこにポツンと残されたカギは、意味がわからんと言う様子でその後ろ姿を眺めていた。

 

 

「……ひどくね?」

 

 

 そして、今のエヴァンジェリンの言葉に、ちょっと言いすぎじゃね? とこぼすカギ。

正直()()エヴァンジェリンが、意味もなくあんなことを言うとは、カギは思ってもみなかったのだ。

 

 

「し、しっかし今のなんだってんだ……? 意味がわからんぞ……」

 

 

 故に、本当に意味がわからないと、カギは頭を抱えた。

もしかして知らないうちに、自分が何かやっちゃったのか? と考えたが、思い当たる節はない。

 

 思い当たらないだけで何かやっちゃった可能性もあるが、あんなきつい言い方するような人物ではなかったとカギは思った。

 

 

「ネギは……、普通か? わからん……」

 

 

 それで確かめるようにネギの状態を見るカギ。

されど、カギは生徒から色々と質問を受けている様子で、特に変なことはない。

 

 一体どうなってんのやら。

そんな風に考えにふけるカギの背後へと、何者かが忍び寄った。

 

 

「何を一人でブツブツ言ってるですか」

 

「ウギョアアアーッ!!?」

 

 

 それは夕映だった。

夕映は何か一人で悩んでる様子のカギへと、後ろから話しかけたのだ。

 

 が、独り言を言っていたカギは、夕映の声に驚いて飛び上がりそうな様子で叫びだしたのだ。

 

 

「急に驚かないでほしいです!」

 

「そりゃ急に後ろから声かけられりゃ驚きもすんだろ!?」

 

 

 ちょっと声をかけただけで滅茶苦茶驚かれた。

夕映は別に何気ないことしかしていないと思い、驚いたカギへそれを言う。

 

 されど、カギとしては驚くには十分な出来事。

これで驚かない訳がないと、夕映の方向を向きなおし、少し語気を荒くして反論していた。

 

 

「で? なんか用かい?」

 

「ちょっとしたことなんですが……」

 

「だからなんだい? 勉強の相談かい? それなら俺ちょっと頭よくないからネギにしたほうがいいぜ?」

 

 

 そして、急に話しかけてきたのだから何かあるのだろうかと、カギは夕映へと聞く。

だが、夕映はその内容を、中々言い出し来なかった。何か言いたげな様子ではあるのだが、はっきりと言わないのだ。

 

 カギはそれを勉強のことかと考えた。

昔は成績が悪かった夕映であったが、最近よくなってきている。

しっかり授業を真面目に聞いて勉強しているからだ。

 

 ならば、自分よりも頭のいいネギの方が適しているだろう。

カギはそういうことならと、相談相手はネギを薦めるのだ。

 

 

「いえ、そういうことではなくてですね……」

 

「歯切れ悪いなあ。何が言いたいだよおー!」

 

 

 しかし、夕映は別に悩んでいるという訳ではないようだ。

そういうことではないと、はっきりと否定した。

 

 だったら何が言いたいのか。

何か言いたいから声をかけてきたのではないのか。

カギはそれを困った様子で聞き返す。

 

 

「もしよろしければ、放課後、私と少し付き合ってもらえないでしょうか」

 

「ああ? 放課後暇だし問題な……い……、…………は?」

 

 

 すると、夕映は一呼吸した後、本題を切り出した。

その内容は、すなわちデートの約束のようなものであった。

表情にもそれが出ており、ほんのりと頬を紅色に染め、少しはにかんだ様子だったのだ。

 

 カギはそれを聞いて、別に何もないし問題ねえな、と思ったが、その数秒後、今の夕映の言葉の真意を考え、フリーズしてしまった。

え? 今なんて言った? 聞き間違えかな? そう思った。

 

 

「だめ……ですか?」

 

「い、いや……OK! 当然OK!!」

 

「よかったです……!」

 

 

 夕映はカギが言葉を濁したのを聞いて、忙しいのかと思い再び尋ねる。

 

 そのしおらしい態度の夕映に数秒ほど見惚れたカギであったが、すぐさま首を振って応えなければと声を出す。

それにカギとしては願ってもないことであり、それを拒否するなんてとんでもないと、はっきりしっかりOKと叫んだ。

 

 その答えを聞いた夕映は、パアーっと花開くように笑顔を見せ、安堵の声を漏らしていた。

 

 

「それでは、放課後の玄関で!」

 

「おう!」

 

 

 では、と夕映は最後に約束の集合場所を言うと、そのまま教室を出て行く。

カギもとりあえず約束したと言う態度で、強く返事を返していた。

 

 

「どうなってんだ? 本当にモテ期来ちゃったのか?」

 

 

 だが、一人残されたカギは、この状況に戸惑いを感じて首をかしげる。

何か朝から変である。こんなにうれしいことの連続が起こっていいのだろうか。

まあ、考えても仕方ないので、約束に送れぬよう準備しようと、カギも教室を後にしたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 放課後、夏も終わり少し日が傾いてきたころ。

夕焼けに照らされながら、人を待つ少女が一人。

 

 

「よーお! 待たせちまった?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 

 その少女、夕映に声をかける少年。

カギは少し時間が遅くなったことを気にしてか、夕映へとそれを聞く。

 

 夕映はそれに対して、気にしていないと言うそぶりを見せる。

思ったよりも待ち時間が少なかったからだ。

 

 

「悪いねえー、ネギのやつに捕まって説教されちまってよー!」

 

「ネギ先生は真面目ですからね」

 

 

 カギは夕映と歩き始めたところで、遅れたことを謝罪すると同時に遅れてきた理由を言い訳しはじめた。

それは弟であるネギに怒られていたからだと言う。

 

 まあ、昔と変わったとはいえ、ズボラな部分は変わらないカギは、そういうところを怒られているのだ。

 

 夕映はカギが叱られた理由を察しながら、ネギの真面目さを語る。

真面目で妙なところで頑固である、そう夕映はネギの性格を分析していた。

 

 

「俺と違ってな!」

 

「そうですね」

 

 

 そこでカギは、ネギは自分と違うからと言い出した。

自分は不真面目でぐーたらで毎日寝坊するダメ人間、それがカギの自己評価である。

 

 とは言え、それを否定する材料がない夕映は、カギの言葉に同意する。

まあ、それが個性ってものなのかもしれない、と思いながらではあるが。

 

 

「そこは同意しねぇだろ普通!?」

 

「えっ!? そうですか!?」

 

 

 しかし、カギとしては否定してほしかったのか、つっこみを入れだした。

が、夕映はまったくわからなかったという様子で、驚くだけであった。

 

 

「お世辞でもなあ!!!」

 

「あっ、はいです」

 

 

 されど、カギとて心の奥底から否定してくれとは思ってない。

お世辞、嘘でもいいから否定してほしいだけであった。

 

 それを聞いた夕映は、微妙に察したのか軽い感じで返事を返した。

そうやって自分をおちょくろうとしているんだろう、いつものカギだと思ったからだ。

 

 

「んで、急にどったん? こんなデートみてぇなことしちゃってさ」

 

「デートに……見えるですか……?」

 

 

 そんなことよりもこの状況、どう見てもデートではないか。

カギはそう思った。何故そう思ったかと言えば、歩いている方向が世界樹の公園の方だったからだ。

何故かわからないが、自然とそっちの方へと向かっていたからだ。

 

 夕映は最初からそれを意識していたみたいな様子で、今の言葉を聞き返した。

 

 

「えっ……、いやまあ、他からはそう見られてるかもしれんが……」

 

「そう……ですね……」

 

 

 夕映からの予想外の反応に、思わずカギはしどろもどろな態度を見せた。

何言ってるんですか、みたいに言い返されるとばかり思っていたカギ。

 

 急にストレートで殴られたような、不意打ちを食らった顔を一瞬見せたカギは、今のは言葉のあやだと言い出した。

こういうところがカギの自信のなさであり、チキンなところでもある。

 

 そんな夕映はカギの言い訳のような言葉を聞いて、むしろそれを肯定する。

そう、二人きりで並んで歩くという行為、これをデートと呼ばずなんと呼ぶのかと。

 

 

「ちょっと急に何湿っぽい空気出しちゃってんの!?」

 

「え……、それは……」

 

 

 何やら夕映の様子が変なのだ。

カギは夕映が少し顔を赤く染めて、何やら恋する女の子みたいな雰囲気が出てるじゃないか。

この状況にカギは、場の空気を変えようと、茶化すかのようにつっこむかのように声を出す。

 

 だが、そのカギの言葉にさえ、夕映は妙な反応し、どもってしまう。

そして、顔を伏せて何やら考えるようなそぶりを見せだしたのである。

 

 

「もしかして俺の魅力に気付いてトリコになっちゃったかー!? んなわけね」

 

「……かもしれません」

 

 

 中々この雰囲気が抜けないと考えたカギは、ギャグっぽく”自分に惚れたかー!”とボケる。

これでそんなはずがない、と言う答えが返ってくるのを、期待するかのように。

 

 しかし、返ってきた答えはカギの想像したものとは違った。

それはなんと、肯定の言葉だった。YESだった。

 

 

「……は?」

 

 

 カギは夕映の今の言葉に、再び思わず一瞬フリーズした。

脳みその思考が凍り付き、何を言われたのかまったくわからないという態度を見せていた。

 

 

「最近私、カギ先生の傍にいると、なんかこう……胸が高鳴るんです……」

 

「え? いや、ちょっと待て、今のは軽いアメリカンジョーク……イギリス人がアメリカンジョークってなんだよなあ!! ガハハハハ!!」

 

 

 さらに夕映は言葉を続ける。

カギの傍にいるとドキドキする。これは一体なんなのだろうかと。

 

 されどカギは、そこでもギャグっぽい言葉で、雰囲気を濁そうと必死になる。

 

 今さっきの言葉はただのジョーク。アメリカンジョーク。

いや、現在はイギリス人なのでイギリスジョークだわと言って、わざとらしく笑い出したのだ。

 

 それに何? ドキドキする?

若いのに病気か何か? それ病院行ったほうがいいんじゃない? とカギは夕映の言葉を否定するかのように、逃げるように思考を続けた。

 

 

「私は本気ですよ……」

 

「お、おい……、マジでかよ……おい……?」

 

 

 そこで夕映はカギ顔をしっかり見て、カギの目を見て、決意したかのようにそれを言う。

すなわち、この胸の高鳴りは嘘や勘違いではなく、真意であると。そう、それが意味する答えは、一つしかないと。

 

 されど、カギはそれすらも否定しようと、足を止めて一歩後ずさりを始めた。

いや、これはない、ありえない、絶対にない。カギはそう思うからだ。

 

 

「……私はカギ先生……、あなたのことが……」

 

 

 そんなカギへと、夕映は最後の告白をゆっくりと述べ始めた。

ゆっくりとその気持ちを吐き出すように、はにかみつつも自分の本音をカギへと届けるように。

 

 しかし、夕映が最後まで言葉を言い終える前に、まるで時間が止まったかのように、世界全てが凍り付いた。

 

 ――――カギ一人を除いて。

 

 

「はああぁぁぁぁぁ――――……」

 

 

 そして、カギは大きく、本当に大きくため息をつき始めた。

それはこの世界に生まれて吐いたため息の中で、一番大きなものであった。

 

 

「……こういうのってさあ……、マジでシラけんだよな……」

 

 

 次に、カギは頭をポリポリかき、がっかりしたという顔を見せて愚痴った。

なんだよこれ。つまらねぇ。くだらねぇ。その全てが凝縮した言葉であった。

 

 

「――――わかってんだろ? ザジちゃんよお」

 

「お気づきでしたか」

 

 

 また、カギはその場で一歩も動かず、首も動かさずに背後へと急に声をかけた。

自分の生徒の一人の名を述べて。

 

 すると、カギの背後から、その生徒の声が聞こえてきた。

全てが停止したこの世界でカギ以外に動ける人物。それこそカギとネギの生徒である、ザジ・レイニーデイ本人であった。

 

 

「ネギんとこはもう行ってきたんだろ?」

 

「はい」

 

 

 カギは体を半分ずらして、ザジの方へ視線を合わせながら、ゆっくりと語りだした。

それは全てを察したという言葉であり、全て理解したという言葉であった。

 

 ザジは表情を変えることなく、ただ一言肯定するのみ。

 

 

「んで、ネギの方は……、()()()()()()()()()?」

 

「はい」

 

 

 さらにカギは、ネギのところへ行ったのならば、終わったのだと言い出した。

何故ならカギは知っているからだ。この状況を。この状況の結末を。

 

 ザジはやはり肯定するだけで、特に反応を見せなかった。

つまり、ネギはもうすでに、この夢から脱出したということだった。

 

 ただ、()()()()のネギはフェイトに対して執着もなく、原作ほど不幸でもない。

彼は彼自身のこの世界での経験や教えを信念とし、完全なる世界を否定したのである。

 

 

「……どうしてこれが完全なる世界(都合のいい夢)だと?」

 

「んなもん最初っからすげー違和感しかなかったぜ」

 

 

 だが、ザジにも一つの疑問が生まれた。それをカギへと質問をする。

この世界、今は全てが凍り付いたこの世界が、どうして作り出された理想の(都合のいい)世界だとわかったのかと。

 

 カギはチラリと動かぬ夕映を見た後、自虐するかのように笑ってそれを答えた。

なんかもう最初から変だった。何もかもがおかしかったからだ。

 

 

「俺があんなにモテモテのモテ期に入る訳ねぇだろ。自己評価超超マイナスなめんじゃねぇぞ」

 

「……そうでしたか」

 

 

 何せカギの自己評価は最悪の最悪。

自分があんなにモテる訳がない。モテる要素なんてない。そもそも夕映が自分に対してこんなことになる訳がない。

そんなマイナス評価こそがカギの自己評価だったからだ。

 

 だからこそ、こんな世界ありえない。自分がモテる世界はありえない。

つまり、それは何かの幻術、これは幻術なのか? 夢なのか? と察してしまったのだと。

 

 ザジはカギの答えに何も言わず、ただ、なるほど、とうなずくだけだった。

 

 

「なら、ここにいればずっとあなたはモテ放題ですよ」

 

「だろうなあ。それは確かに最高だろうなあ」

 

 

 ならば、この夢の中にいれば、ずっとそのままであると、甘い誘惑を言い放つザジ。

その言葉にカギは、それは確かに一理ある、と言う。

 

 

「では、そうすればよいのでは?」

 

「よいかもなあ、よいかもなあ、って……」

 

 

 であるのなら、そのままここで夢を見続けるのも悪くはないのではないか、とザジは続ける。

カギも肯定するような言葉を吐くが、その続きがあった。

 

 

「笑わせんなよ。こんな笑えねぇ冗談でよ」

 

 

 んなわけねーだろ。

それはひょっとしてギャグで言ってるのか?

カギの答えはこれであった。

 

 

「こんな夢見続けたって、自分がみじめなだけじゃねぇか」

 

 

 確かに、この夢は気持ちがいい。

自分の思った、願った状況がやってくる、素晴らしく最高の世界だ。

まさに楽園、完全なる世界とは言ったものだ。

 

 しかし、所詮は夢。

現実のように作りこまれているが、夢でしかない。現実ではないナニカ。

その中でただひたすら自分が気持ちよくなるだけなんて、むなしいとカギは思った。

 

 

「クッソさもしい人形劇で俺だけ人間役してよ」

 

 

 何故なら、それこそ転生者そのものだからだ。

転生して自分の好きなように生きて、自分の思い通りにやりたい放題する。それが転生者。

 

 だから気持ちが悪かった。

前に戦い、悔い改める切っ掛けとなった銀髪のようで。

 

 それ以上に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

自分が作り出した理想(よくぼう)が、自分のためだけに動いて喜ばせてくる。

これを一人芝居と言わずして何と言うのか。

 

 

「舞台の上で一人で踊るとか、洒落にしても面白くなさすぎんだよなあ」

 

 

 一人だけ人間で、それ以外はただの人形(NPC)

そこに感情も何もなく、ただひたすらに自分をよいしょするだけの世界(システム)

あまりにもむなしく、あまりにもさもしい。

 

 

「ただの自慰行為と変わらねぇよそれじゃよ」

 

 

 自分だけが気持ちよくなるという世界、まさに自慰の骨頂。

それは馬鹿な自分の考えで、他人には他人なりの別の考え方があるのだろうが、自分の答えはこれだ。

カギがこの世界の評価として結論づけたのは、それであった。

 

 

「あっ、仮にも教師が自分の生徒のJCに、んな例え使うのは最低だったわ。わりぃわりぃ」

 

「いえ、別にそれは気にしません」

 

 

 が、カギは今の自分の表現が相応しくなかったと考え、ザジへと謝罪した。

されど、ザジは気にした様子もなく、問題ないと一言述べるだけだ。

 

 

「いいんですね? それで」

 

「あったりめぇだろ? ……まあ、昔の俺だったらこれでいいとか思ったかもしれんけどな」

 

 

 ザジは、ならばこの世界に未練はないのか、とカギへと問う。カギへの最終問題。

 

 カギはそれを考えることもせず、すぐさまYESと答えた。

昔ならこの世界にしがみついた、と続けながら。

 

 

「なかなかどうして、カギ先生からは真実に向かおうとする意志を感じます」

 

「冗談はヨシコさんだぜ。俺はまだまだ臆病もんよお」

 

 

 そんなカギに対して、ザジは称賛の言葉を贈る。

この魅惑の罠を跳ねのけて、苦しい現実に立ち向かおうとする目の前の少年。

いや、転生者ならば中身は少年ではないが、それでも称賛するに値する意思を持っているのだと。

 

 だが、カギとしてはそこまで褒められたものなんてないと思うのだ。

嫌われるのは怖いし、痛いのだって実はあまり好きじゃない。真面目に修行するのだって、実は結構つらいと思っている。

故に、自分はまだまだ弱く、この甘い世界も悪くないと少しは思ったりもした。

 

 それでも自分の力で歩いていきたいと決意したばかりのカギは、この世界で甘えることはしないと強い意志で否定したのだ。

 

 とまあ、盛大なことを言っているようだが、単純にこんなことで夕映と仲良くなりたい訳ではないということ。

あのクソったれな銀髪と同じようなことで、夕映とさらにお近づきになりたい訳ではないということ。

それこそが今のカギの真実であり、信念であり、決意だったのだ。

 

 

「んで、合言葉は確か」

 

わずかな勇気(アウダーキア・バウラ)です」

 

「そうそう、それそれ!」

 

 

 もうこの世界に未練はない。

カギはそう思い、ザジにこの世界からの脱出するためのキーワードを聞き出した。

 

 それこそわずかな勇気(アウダーキア・バウラ)

小さな勇気であるが、次の一歩を恐れずに踏み出すためのもの。

些細な前進だが、前に進むためのもの。

 

 カギはその言葉を原作を思い出し、確かそうだったと口に出した。

 

 

「……カギ先生、ネギ先生にも言いましたが、麻帆良で帰りをお待ちしております」

 

「ああ、もう少し待っててくれや」

 

 

 最後に、ザジはカギの帰りを待っていると、微笑みながら言葉を残す。

カギも悠々とした態度で、ニヤリと笑いながら、絶対に帰ることを約束した。

 

 

わずかな勇気(アウダーキア・バウラ)!!!」

 

 

 そして、カギは教えられたキーワードを、はっきりと言葉にする。

すると世界が光に包まれ、その光にカギも飲み込まれていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 


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