理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百六十一話 戦いの前奏曲

 一方そのころ。

他の仲間たちは、すでに待ち合わせ場所である物資運搬入港へとやってきていた。そこにはハルナ、まき絵、アキラ、夏美、楓、小太郎、そして茶々丸の姿があった。

 

 

「いやー、まさかこんなことになるとはねぇー」

 

「一体全体どうなっちゃってるの!?」

 

「敵も本格的に行動を開始したということでござろう」

 

 

 何とか難を逃れてやってきた彼女たち。

敵が攻めてきたことに対して、ハルナはただただ驚いたと言う様子であった。

 

 その横でまき絵も、この突然の状況に焦りと戸惑いを感じ、大声で叫んでいた。

それに対して、楓は冷静な表情で、この前襲ってきた連中が、本気になってきたのだと語ったのだ。

 

 

「こりゃチョイとまずい状況だぜ?」

 

「それに、単にうちらを攻撃してきただけじゃなさそうだし、何か別の目的があるのかもしれないねぇ……」

 

 

 また、敵が攻めてきたのは予想内ではあるが、まさかこれほどの規模とは予想できていなかった。

ハルナの肩に乗っかりながら、カモミールは渋い顔でそれを言う。

 

 ハルナもこの場所を攻めてきただけではなさそうだと、怪訝な表情で言葉にした。

どうしてやつらがここを攻めてきたのか、純粋に疑問があったのだ。

 

 そもそも、自分たちだけを狙うのならば、こちらを集中的に攻撃してきてもいいはずだ。

だと言うのに、関係のない一般人や兵士を相手にしている。これは何かの策略がある。裏があると考えるのが自然であった。

 

 

「マスターはご無事でしょうか……」

 

 

 茶々丸は自分のマスターであるエヴァンジェリンのことを、大変気にかけていた。

とは言え、この程度でどうにかなるようなエヴァンジェリンではない。されど、やはり心配してしまうのが茶々丸の心境であった。

 

 ところで、茶々丸何故ここへ彼女たちについて来たかと言うと、単純に戦力として足手まといになると、自分で判断したからだ。

 

 ()()()()茶々丸は()()()()に改良が加わっているものの、()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()。なので、自分に何かあればエヴァンジェリンが悲しむと考え、あえて戦闘を回避してこの場へとやって来ていたのだった。

 

 

「……」

 

「どうしたの? さっきから何か考え事?」

 

「えっ!? いや、なんでもない」

 

「そう?」

 

 

 と、ここへ来てから……、いや、敵が大量に現れた時から、ずっと黙っているアキラ。

それを見ていたまき絵は心配になり、声をかけてみた。

 

 と言うのも、アキラはこの世界へ来てから、ずっと悩んでいた。

刃牙に忠告されたのに、それを無視してしまったことをだ。

 

 さらに、このような危険な状況にまでなってきた。

それを見越しての発言であったのならば、刃牙は何を知っていたのだろうか、とも考えていたのだ。

 

 そうずっと考えていたところに、まき絵の声が聞こえてきた。

それに気が付いたアキラは慌てながら、問題ないとだけ言うしかなかった。

まき絵はそんなアキラを見て、そうには見えないと思い訝しむのであった。

 

 

「しっかし、夏美ちゃんのアーティファクトのおかげで助かったよ」

 

「ホントそれすごいね」

 

「そ、そう?」

 

 

 そんな時、ハルナは夏美のアーティファクトのことを思い出して褒めだした。

夏美のアーティファクトの孤独な黒子は、顔につけると誰にも意識されることがなくなる仮面だ。

 

 しかも、装備者にくっついているものならば、人であれ服であれ道具であれ、同じく姿をくらますことができる優れものなのだ。

それのおかげで敵に見つからずに、ここまでこれたのである。

 

 その効果はすさまじいもので、あのフェイトですらも見破ることができないものだ。

まき絵もそれを聞いてそちらの話題へ入り、同じくそれを褒めたたえた。

 

 とは言え、それが本当にすごいのか自信がない夏美は、ただただうろたえるばかりだ。

 

 

「そうやで! もっと自信持ってもええやんで!」

 

「う……、うん……」

 

 

 そこへ小太郎も同調し、謙遜する必要はないと盛大な声で夏美を激励した。

そんな小太郎の言葉に嬉しくなった夏美は、頬を朱くして小さくうなずき笑って見せたのだった。

 

 

「これからどうしたものでござろうか」

 

「とりあえず、まだ来てない人たちを待つしかないかな」

 

 

 しかし、これからが問題だ。

そのことを楓が言葉にすると、ハルナはまだここに着いてない仲間を待つべきだと述べた。

 

 

「ふむ、ならば拙者がまだここにいないものを、探しに行って参ろう」

 

「大丈夫?」

 

「問題ないでござるよ」

 

 

 ならばと楓は、仲間を迎えに行くことにした。

ハルナはこの状況で単独行動をしても大丈夫かと聞けば、楓は自信に満ちた笑いを見せてそう答えた。

 

 と言うのも、忍者である楓ならば、隠密行動も可能。

一人で忍びつつ、仲間を探すことは造作もないと考えたのだ。

 

 それにこの物資運搬入港に敵影はなく、今はまだ安全な様子だ。

また、夏美のアーティファクトや小太郎もいるので、自分が抜けても大丈夫だろうと楓は考慮し、そう提案したのだ。

 

 

「じゃあ、お願い」

 

「お任せあれ!」

 

 

 自信ありげな楓を見たハルナは、なら問題ないだろうと考えて、意見をのんでお願いした。

楓はハルナの言葉を聞き一言いい終えると、その場から一瞬にして消えていったのだった。 

 

 

…… …… ……

 

 

 一方ネギたちも、仲間の元へと急いで駆けていた。

ネギを先頭にのどかが並列し、そこからアスナ、エヴァンジェリン、ガトウが並び、その後ろをクルトが追っていると言う状況だった。

 

 

「敵の数はかなりいるみたいだ」

 

「好き勝手やってくれちゃって……!」

 

 

 特別室へと続く長い渡り廊下を走りながら、窓から外をちらりと見る。

すると、巨大な怪物と周囲を囲う悪魔のような姿が見えた。

 

 ガトウは敵の規模が相当なことを見て理解し、アスナもこれほどのことをやらかされたと愚痴をこぼした。

 

 

「おい! どけ!」

 

「なっ!? 何!?」

 

 

 だが、エヴァンジェリンが、突如としてアスナを突き飛ばしたではないか。

アスナは突然のことで何が何だかわからない顔をしながら、数メートル飛ばされた先で崩したバランスを取り直した。

 

 

「うおおおっ!!!」

 

「ぐううっ!!?」

 

 

 だが、アスナの疑問は次の瞬間、一瞬にして氷解することになる。

この渡り廊下の壁をぶち破り天井を砕き、両手に剣を握りしめた男が、襲い掛かってきたからだ。

 

 それこそ、竜の騎士たる男、バロンであった。

そして、バロンが握る真魔剛竜剣を、魔法で生み出した氷の剣で必死に抑えるエヴァンジェリンの姿があった。

 

 

「この人は!?」

 

 

 のどかはバロンの姿を見て、街で襲い掛かってきた人だと言うことを理解した。

バロンもその言葉に反応し、ちらりとのどかの方を見たが、すぐにエヴァンジェリンの方へと視線を戻した。

 

 

「吸血鬼、今度こそとどめを刺してくれよう!」

 

「やれるものなら……な……!」

 

 

 つばぜり合いながらバロンはエヴァンジェリンへと最終判決を口にすると、さらに剣に力を入れて押し始めた。

それを若干苦しそうにしながらも、何とか抑えつつ言い返すエヴァンジェリンの姿があった。

 

 

「建物が!?」

 

「マズイぞ!?」

 

 

 すると、二人の衝突の圧力で、渡り廊下が崩壊を始めたではないか。

壁は軋みひび割れ砕け、床は突如として持ち上がりながら折れ始めた。

 

 アスナは渡り廊下の状態を見て、このままでは崩落すると焦り、ガトウも崩壊を考えて周囲に危険だと警告していた。

 

 

「く……、このままでは……」

 

「余所見などしている場合か?」

 

「グッ……貴様ァ……ッ!!」

 

 

 しかし、この崩壊を止めることは誰にもできない。

未だにエヴァンジェリンとバロンは力比べを行い、その余波が降り注いでいる状況だ。

 

 エヴァンジェリンもこの状況をちらりと見てマズイと思うが、目の前のバロン相手に何かできるほど余裕などなかった。

バロンもこの好機を逃す手はないと考えており、むしろさらに力を加えてきているのだ。

 

 

「きゃああああ!?」

 

「のどかさん!?」

 

 

 そして、崩壊は一番先頭にいたネギとのどかにも襲い掛かった。

限界を超えたのか、ついにエヴァンジェリンとバロンを中心に、渡り廊下が二つにへし折れてしまったのだ。

 

 しかもただ折れただけではなく、周囲の渡り廊下は崩落、地面へと落下し始めたのである。

その崩落を受けたのどかは大きく悲鳴を上げながら、崩落した渡り廊下とともに落下し始めたではないか。

何とか無事だったネギは、それを見てとっさに伸ばした手と同時に、のどかの名を叫んだのだ。

 

 

「待って! 今助けるから!」

 

「そうはいかぬぞ雑種ども!」

 

 

 同じく崩壊に巻き込まれたアスナだったが、虚空瞬動を用いてのどかを助けに出た。

が、それを邪魔をするかのように、男の声とともに黄金の剣が降り注いだのだ。

 

 

「なっ!? キャッ!?」

 

「なんだこれは!?」

 

 

 アスナはそれを瞬時に回避して見せたが、その間にのどかは砕けた渡り廊下とともに落下していってしまったのだ。

 

 同じようにすでにクルトとともに安全な場所へと移動し、今のどかを助けんとしていたガトウも、その黄金の剣に阻まれ動けず、ただただ突然のことに驚くばかりだった。

 

 

「のどかさあぁぁぁん!!?」

 

 

 崩壊して落ちていく渡り廊下だったもの。それは地面へとたたきつけられ、完全に瓦礫の山と化してしまった。

その光景を目の当たりにしたネギは、大きな声で彼女を呼んだ。

 

 

「ネギ先生!! 私なら大丈夫です!!」

 

「のどかさん……!! よかった……」

 

 

 しかし、呼んだ傍からすぐさま大きな声で、返答が返ってきたではないか。

のどかも崩落する寸前に、ネギたちとは反対側の、まだ安全なところへと移動し難を逃れていたのだ。

元気そうなのどかの声を聞いたネギは、心の底から安堵して再び彼女の名前をつぶやいていた。

 

 

「ふん、このまま押しつぶしてくれる!!」

 

「グッ!? くっ!!」

 

「エヴァちゃん!?」

 

 

 また、バロンとエヴァンジェリンは先ほどと同じ位置の空中で、未だに力比べをしている状態だった。

だが、バロンがさらに剣を握る腕に力を籠めると、エヴァンジェリンを押してその場から遠くへと飛び去ってしまったのだ。

 

 なんとか黄金の剣の雨を回避して安全地帯へと移動したアスナは、その一部始終を見てエヴァンジェリンの名を叫んでいた。

が、もはやすでに遅く、エヴァンジェリンはバロンとともに暗き夜の闇の中に消えていったのだった。

 

 

「今そっちへ迎えに……」

 

「させると思うか?」

 

 

 ネギは孤立してしまったのどかを助けに行こうと行動を開始しようとした。

のであるが、それすらも阻もうと、男が再び黄金の武器を嵐のように撃ち出したのだ。

 

 

「うわああああ……!」

 

「なんというでたらめな……!?」

 

 

 剣や槍の雨を前にネギは、叫びながら後ずさりをして、なんとかそれを回避。

その剣や槍の豪雨を見たクルトも、その無茶苦茶ぶりに驚きを言葉に漏らすほどだった。

 

 

「雑種どもよ! (オレ)、手ずから相手をしてやることを光栄に思うのだな!」

 

「あの人はあの時の!?」

 

「知っているのかね?」

 

「前に一度だけ攻撃されて……」

 

 

 黄金の武器をばらまく黄金に輝く鎧を装備した金髪逆毛の男は、空を飛ぶ黄金の船の上で仁王立ちしながら、天を仰ぎ笑っていた。

 

 その姿を見たアスナは、あの男が新オスティアで襲ってきた連中の仲間の一人だと気が付いた。

アスナのそのつぶやきにガトウは、あの空を飛ぶ船の上の男のことを尋ねた。するとネギが代わりにアスナの答えを言葉にし、深刻そうな表情で冷や汗を流していたのだ。

 

 また、ネギとアスナは再び疑問を感じていた。

黄金の武器もそうだが、あの黄金の船もカギが使っていたものと同じだったからだ。

 

 それもそのはず、黄金の男はFateのギルガメッシュの能力を持つ転生者だ。

故に、カギが持つ王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を保有しているので、カギと同じものを使うことが可能なのである。そして、先ほどから放たれてていた黄金の剣や槍も、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から撃ち出されたものであった。

 

 

「我が前で会話などと、なんと不敬な輩よ……!」

 

「ぐっ!? ううう……!!」

 

 

 目の前で相談事をするネギたちを見た黄金の男は、それが非常に気にくわなかった。

この輝かしき自分を目の前にして、言葉を交えるなどとなめられていると思ったからだ。

 

 故に、さらなる追撃として剣や槍を再び発射。

ネギたちはそれに恐れながら、後ろに下がり避けるしかなかった。

 

 

「ちょっと、あっちからも!?」

 

「チィ! あっちのデカブツまで攻撃してきやがった!」

 

「マズイですねこれは……」

 

 

 だが、敵は目の前の男一人ではない。

今度は巨大な召喚魔の触手部分が、渡り廊下に巻き付き破壊を始めたのである。

 

 

「これじゃのどかさんのところには……!」

 

 

 黄金の男だけでもかなり厄介だと言うのに、これではまともに動くこともできない。

誰もがそう考えている中、ネギは何とかして孤立したのどかを救出しに行こうと模索していた。

されど、この状況じゃどうすることもできない。どうしたら……、そう悩んでいるところに、ふと声が聞こえてきた。

 

 

「大丈夫かい嬢ちゃん!」

 

「クレイグさん!?」

 

 

 その声とはのどかのトレジャーハンター仲間のクレイグであった。

クレイグはのどかのことが心配になり、近くまでやってきていたのだ。また、クレイグだけではなく、アイシャも駆けつけてくれていた。

 

 そのクレイグはのどかへと駆け寄り、心配そうに無事を尋ねた。

ただ、のどかはここまでクレイグが来るなんて思ってなかったので、驚きの顔でその彼の名を口からもらした。

 

 

「おいぼーず! 嬢ちゃんは俺たちに任せろ!」

 

「……! お願いします!!」

 

 

 そして、クレイグは先ほどからうっすらと見ていた状況から判断し、のどかを自分たちで保護することにした。

そこでのどかが最も親しくしているであろうネギへと、その趣旨を叫んで伝えたのだ。

 

 ネギもこの危機的状況ではそれが一番だと判断し、クレイグへとのどかを預けることにした。

 

 

「よし、とりあえずこの場は逃げるぜ! 嬢ちゃん!」

 

「はい!」

 

 

 そうと決まれば即座に行動だ。

クレイグは来た道へと方向転換し再び走り出し、のどかも元気に返事をしたあと、自分も逃げようとを足を動かした。

同じくクレイグについてきたアイシャも、クレイグを追うように駆け出していた。

 

 

「ネギ先生!」

 

「また後で会いましょう!!」

 

 

 ただ、やはりのどかが気がかりなのは、ネギのことだった。

故に、のどかは最後にネギへと呼びかけると、ネギからも元気な声が返ってきた。それを聞いたのどかは決意をし、クレイグたちの方へと急いで走り去っていったのだった。

 

 

「そうはさせんぞ雑種ども!」

 

「それはこちらの台詞だぜ!」

 

 

 しかし、それを許すような黄金の男ではなかった。

のどかたちが走っていった方向へと王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を構え、逃がすまいと発射の態勢に入ったのだ。

 

 されど、それをさせまいとガトウが、そこで無音拳を放ちそれを遮断したのだ。

黄金の男は体を移動して回避して見せたが、突如として振るわれた圧倒的な拳圧に一瞬だけひるんだ。

 

 

「雑種風情が……!」

 

 

 が、それが逆に黄金の男の逆鱗に触れた。

その程度で自らの体を動かし、あまつさえひるんだと言うのが、黄金の男をさらに怒りを募らせる要因となったのだ。

 

 

「いいだろう! 我が財の(おそろ)しさ、とくと見るがいい!」

 

「なんだ!? この数の武器は……!?」

 

「アレ、かなりやばいわよ!」

 

 

 ああ、ならば。そこまでするのであれば。容赦はいらん。容赦は不要。

黄金の男は今しがた展開していた王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の10倍の規模を展開。もはや滅ぼしても構わんと言う程の、圧倒的な物量であった。

 

 黄金の男の背に出現した、とてつもない量の武器に、ネギたちは戦慄していた。

クルトすらもその光景にたじろぎ、アスナもこの攻撃の恐ろしさを叫んだのだ。

 

 

「消え失せるがよい! 雑種どもよ!!」

 

「うおお! こっちも撤退だ!」

 

 

 その大量の武器を、今にも発射するかのように、号令を叫ぶ黄金の男。

こりゃいかんとガトウは撤退を進言、ネギたちはその場から即座に全力で走り去ったのである。

 

 

「脱兎のごとく逃げたか。まあよい、これも作戦の内よ」

 

 

 まるでネズミのように逃げ去った連中を見て、計画通りだと内心ほくそ笑んだ。

そして、黄金の男は右手を掲げて軽く振ると、背後にあった武器は後ろに下がり消え、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)が解除された。その後、黄金の船とともに夜空へと去っていったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、未だに宮殿内に残っている仲間は、数多くの召喚魔に囲まれながらも、地下の搬入港を目指していた。

その残された仲間とは、アーニャ、古菲、そしてあやかの三人だった。

 

 

「あーもう! これじゃ前に進めないじゃない!」

 

「数が多すぎるアル」

 

「お二人とも、ご無理をなさらず!」

 

 

 敵の数に翻弄され、思うように動けないことにイラつくアーニャ。

同じようにあやかを後ろに下げて守っている古菲も、圧倒的な敵の数には焦った様子を見せていた。

そんな前の二人へと、あやかも心配そうにしながら、気遣いの言葉を送っていた。

 

 

「この程度の相手、苦じゃないけどね!」

 

「その通りアル!」

 

 

 とは言え、相手としては問題ないと、二人は戦闘態勢の構えをしながら自信満々に豪語した。

この程度の相手に後れを取っていたら、さらに上は目指せないと、両者は思うのである。

 

 

「とは言っても、集合場所まではまだまだ遠いわね……!」

 

「他も無事だといいアルが……」

 

 

 されど、敵の数に圧倒されているのも事実。

ゆっくりであるが前に進めてはいるものの、まだまだ目的地は遠い。

 

 アーニャはこの状況に少し疲れを感じながらそれを言うと、古菲もこの状況に別の仲間も巻き込まれてないかと心配の言葉をこぼした。

 

 

「では、私がお手伝いをさせていただきましょう」

 

「誰!?」

 

 

 が、そこで突如、見知らぬ女性の声が頭上から聞こえてきた。

一体何者だ。アーニャはその声を聞いた瞬間、すぐさま警戒し周囲を見渡し、質問を飛ばした。

 

 

「なっ、何よこれ!?」

 

「こっ、これは一体……!?」

 

「一体何事アルか!?」

 

 

 しかし、そんなことがどうでもよくなるような光景が、次の瞬間に広がったのだ。

なんと、周囲を埋め尽くしていた召喚魔が、突然現れた巨大な植物の蔦に巻き込まれ始めたのだ。

 

 その巨大な蔦は地面から出現し、召喚魔を絡めとるように伸びると、一瞬にしてその場を制圧して見せたのである。

 

 この状況に三人は驚きを隠せず、何が起こったのかとさらに周囲を警戒した。

そこへ、一人の少女がゆっくりと、天井付近から降りてきたのだ。

 

 

「あなたがこれを……?」

 

「そのとおりです」

 

 

 降りてきた少女が静かに着地し、アーニャたちの方へと顔を向けた。

その少女は頭に大きな角を生やし、髪型は足元ほどにも届くロングヘアーで、何故か目は閉じたままの、何か不思議な雰囲気を感じるかのような少女だった。

 

 誰もが驚き開いた口がふさがらない中、あやかが最初に言葉を発した。

それはこの植物の蔦を操ったのは、目の前の少女かどうか、と言う質問だった。

 

 少女はその問いに、素直に”はい”と述べ、この状況が自分の行動によるものだとはっきりと答えたのだ。

 

 

「ありがとうございますわ」

 

 

 すると、あやかはその行いが助けてくれたということを理解し、静かに小さく頭を下げ、丁寧にお礼を述べた。

 

 

「助かったアルよ!」

 

「あっ、ありがとう……」

 

「いえ、私はギガント様からあなた方を手助けするよう言われたので、そうしただけですので」

 

 

 あやかのお礼を聞いて、他の二人も続けて感謝の言葉を目の前の少女へと送った。

少女もその好意を受け取りつつ、自分がそうしたのはそう命じられたからだと、理由を語ったのだ。

 

 

「お師様から……!?」

 

「……ああ、あなたもギガント様のお弟子でしたね」

 

 

 そこでギガントの名を聞いたアーニャは、再び驚いた表情を見せていた。

また、ギガントの名前に大きく反応したアーニャを見た少女は、()()()その弟子であることに気が付いたのである。

 

 

「申し遅れました。私の名はブリジット」

 

 

 ならばと、ゆっくりとお辞儀をしながら、丁寧に自己紹介を行う少女。

彼女こそ”原作”ではフェイトの従者として”調”と呼ばれ、”ここでは”ギガントの保護下に入り弟子となっていた、あのブリジットだった。

 

 しかし、何故ブリジットの攻撃が、周囲の召喚魔に通じたのだろうか。

彼女も当然魔法世界の出身であり、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)によって守護られた召喚魔には、攻撃が一切通用しないはずだ。

 

 その理由は彼女の両手の人差し指に一つずつつけられた二つの指輪だった。

これは焔に贈られたものと同じものであり、これによって造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の効果を貫通できたのである。

 

 

「また、あなた方のことはギガント様から聞いております」

 

「私たちのことを知っているアルか……?」

 

「はい」

 

 

 また、ブリジットは、すでにギガントからネギたちの情報を聞いており、目の前の彼女たちのことも知っていた。

それを聞いた古菲は、そのことを聞き返すと、再び素直な肯定の返事が戻ってきた。

 

 

「むっ、無事でござったか?」

 

「楓!」

 

 

 と、そこでまたしても天井から、シュッとスタイリッシュに降りてくる少女が現れた。

それは忍者の楓であった。ハルナたちと別れた後、ここへ来たのである。

 

 まず楓は周囲の状況の把握に努めながら、目の前の知らない少女に警戒しつつ、古菲たちへとなんともないかを尋ねた。

古菲も突然の楓の登場に驚くも、すぐさま表情は明るい表情を見せながら彼女の名を呼んだ。

 

 

「この方が助けてくれましたから」

 

「それはかたじけない」

 

「お気になさらさず」

 

 

 そこへあやかが楓へと今の状況を説明すれば、楓も見知らぬ少女を友人を助けてくれた恩人と判断し、小さく感謝を述べたのである。

 

 礼を言われたブリジットも悪い気はしない様子で、大したことではないと言う感じの言葉を返していた。

 

 

「しかし、楓はどうしてここに来たアルか?」

 

「何人かはすでに集合場所に着いているので、迎えに来たでござるよ」

 

「そうでしたか」

 

 

 ただ、何故ここに楓がやってきたのだろうか、と古菲は疑問に思い、それを口に出した。

それに対して楓もわかりやすく説明すると、あやかもなるほど、と納得した様子を見せたのだ。

 

 

「それと、他の仲間も全員無事なので安心するでござる」

 

「それはよかったですわ」

 

 

 また、ここへ来る前に楓は、他の仲間の状況も把握してきた。

 

 状助たちはなんとか刹那たちと合流することができ、安全を確保することができたので、問題はないと判断。

 

 他にも裕奈とアルスは招待客を逃がすことに成功したので、今は集合場所へと移動中だ。

 

 千雨にはカズヤと法が付いており、当然無事に移動中。夕映たちにはなんと高畑先生が近くにいるので、心配はないと考えてここへ駆けつけたのである。

 

 それ以外のネギたちは、戦力的に無事だと思い、あえて偵察へは行かなかった。

 

 また、その話を聞いたあやかは、全員が無事であることに安堵した様子を見せていた。委員長であるあやかは、やはり他の人たちのことが気がかりだったのである。

 

 

「さて、そろそろ移動するでござるか」

 

「そうですね。こんな場所には用はありませんもん」

 

「それに、待たせるのは悪いですからね」

 

「ウム!」

 

 

 まあ、長話をしている状況ではないので、一旦切り上げて集合地点へと移動することにした楓。

 

 アーニャもさっさとこんな場所から退散したいと言う様子だ。

あやかもすでに集合場所に集まっている人を待たせられないと、当然移動に賛成だった。

古菲もその意見に賛成とし、力強くうなずいて見せていた。

 

 

「私もついて行ってもよいでしょうか?」

 

「友人の恩人は大歓迎でござるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そこでブリジットも、同行の許可を貰いたいと、楓へとそれを尋ねた。

例えギガントから命じられたことだとしても、黙って付いて行くのは悪いと思ったからだ。

 

 その問いに楓は、むしろ大いに結構と小さく笑いながら快く受け入れてくれた。

ブリジットも部外者な自分を引き入れてくれたことに感謝し、ふと笑みをこぼしたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 その頃、宮殿の外。

二つの月が輝く夜の空にて、一人の少年がふわりと宙へと浮かんでいた。

 

 

「中々やってくれるじゃないか」

 

 

 それは覇王。

夕闇を背後に不敵に笑いながら、その夜風にまぎれるかのように漆黒の鎧(黒雛)を身にまとい、小さく独り言をこぼしていた。

 

 

「さてと、木乃香たちにも大見栄張った訳だし、本気でやらないとね」

 

 

 覇王はここへ来る前、木乃香や刹那に、この状況を何とかすると豪語してしまっていた。

実際何とかなるかは別だが、そう言ってしまったのだからそうるすしかあるまいと、全力で打破にあたろうとやる気になっていた。

 

 

「まずは、あのデカブツからだ」

 

 

 そして、最初の目標は目についた巨大な躯体を持つ、巨人のような召喚魔だ。

なんとも偉そうに雲を突き抜けて、デカイ図体で構えているではないか。

 

 いやはや、とても目障りとしか言いようがない。

覇王にとって、あの巨大な怪物でさえ、邪魔な小石に過ぎないのだ。

 

 

「”鬼火”!!!」

 

 

 だから、すぐさま消し去ってしまおう。

そう覇王が思った時には、すでに。すでに、背中の二本の蝋燭が下がり、超高温の巨大な炎球が発生。炎球の発射と同時に、爆発的な炎が巨人を飲み込んで焼き滅ぼされたのだ。

 

 あっけない。なんとあっけない。

今の寸劇は、本当に一瞬の出来事だった。覇王が本気でやったのだから当然だ。あの程度の相手に時間を使う程、覇王はぬるくない。

 

 

「あとは残った下の雑魚どもを滅ぼすだけ……」

 

 

 さて、最も驚異であり、精神的負担にもなっていただろう巨大な物体は消失した。

次にやるべきことは雑魚の掃除だろう、と覇王は考え、地上へと降りようと考えていた。

 

 

「”無無明亦無”!!」

 

「ふん」

 

 

 が、その時、宮殿の屋上から、何者かが()()を放ってきた。

()()は、覇王がよく知る技だった。その者も覇王がよく知る人物だった。

 

 その声が聞こえた時には、すでに覇王は回避の態勢を取っていた。

まるでそよ風を感じているかのような表情で、少し体をずらして、その攻撃をかわしたのである。

 

 また、その技こそ、覇王が身にまとう最強のO.S(オーバーソウル)さえも消失させる、無無明亦無だった。

そして、それを放てる人物は、覇王が知る限り木乃香ともう一人、自分の血を分けた兄弟ぐらいだ。

 

 

「はあぁ!? なんでナチュラルに避けてんだよクソ兄貴!!!!」

 

「当たり前だろ? お前の殺気はずっと感じてたぞ」

 

「ふざけんな!!!」

 

 

 二人は宮殿の屋上へと降り、少し距離を離して対面するように立った。

すると、覇王を襲った何者かが、そこで突然怒りに任せて叫び始めたではないか。

 

 その人物こそ、覇王の弟であり同じく転生者でもある、陽だ。

陽は渾身の不意打ちを回避され、とてつもない怒りを感じてキレちらかしていた。今の技が決まれば黒雛を解除することができ、そのまま地上に落下させられたかもしれなかったからだ。

 

 が、覇王はその程度など不意打ちに入らないと言う様子で、陽へとそれを言ってやった。

と言うのも、巨人を燃やし尽くす前から、自分へと強い殺気を放っている誰かがいるのを、すでに覇王は感知していたからだ。

 

 そんな理由で簡単に避けられたことに、陽はさらに苛立ちを増すばかり。

大きな喚く声で叫び体を震わせジダンダを踏み、右手に握ったO.S(オーバーソウル)、スピリットオブソードを振り回して、悔しさを体全身で表現してた。

 

 

「しかし、お前が僕の前に現れるなんて思ってもみなかったよ、陽」

 

「オレだってテメェなんかの顔なんか見たくなかったぜ!」

 

 

 とは言え、覇王も陽が現れたことに、小さく驚いた。

何せ、陽は自分の目の前に現れるとは思ってなかったからだ。

 

 陽もそりゃ当然、覇王の顔なんか見たくなかった。

覇王のチートっぷりを理解している陽は、自分じゃ歯が立たないことぐらい招致だからだ。

 

 

「だが、あえてテメェの前に出てきたのは! テメェをぶっ潰して木乃香をいただくためだぜぇ!」

 

「ふぅん……。やってみろよ」

 

 

 されど、覇王の目の前に現れた陽は、なんとも自信に満ちていた。

覇王の目の前で、お前を倒して木乃香を自分のものにしてやると、豪語して見せた。それは虚勢ではなく、本当に心の奥底からそう思っていることのようだった。

 

 それを聞いた覇王は、今しがたの不敵な笑みがスッと影を潜めたではないか。

さらに、その表情は影がかかり冷徹で冷酷な表情へと変わり、その氷のように冷えく鋭い視線を陽へと向けたのだ。

 

 

「……まっ、ぶっ潰すのはオレじゃないがな」

 

「……みたいだね」

 

 

 が、陽はそんな覇王の視線など気にも留めず、けらけらとしていた。

しかも、なんとぶっ潰すと言いながら、それは自分じゃないとまでほざきだしたのだ。

 

 その物言いに覇王は呆れて目をつむりながらも、ふと、体を少し右へとそらした。

すると、すさまじい風圧が、覇王のいた場所に発生し、覇王のマントを大きくなびかせたではないか。

 

 覇王が薄目を開いてちらりとそちらを見れば、そこには伸ばされた手があった。

手の形は手刀になっており、その腕からは明らかに尋常ではない気の力が発せれられていたのだ。

 

 

「……今のを避けるか。流石と言ったところだ」

 

「……二本の角を生やした魔族……、そうか、お前が」

 

 

 さらに、覇王が視線を上にあげると、そこには髪を長く伸ばし角が二本生えた男がいた。

その体はなかなかの屈強で、額には光る宝石のような目を持つ魔族だった。

 

 魔族も視線を覇王へと向け、なるほど、とその実力を理解した顔を見せていた。

また、今の不意打ちが避けられたことに、何の感慨も浮かばない様子でもあった。むしろ、避けられて当然と言い出すほどで、覇王の力が噂が偽りではなかったことを確認できたと言う感じだった。

 

 覇王も目の前の魔族を見て、状助の話を思い出していた。

少しの間だったが、アスナを襲い完封した魔族がいると言う情報を。

 

 故に覇王は警戒をさらに強めていた。

その情報通りの魔族が、目の前の魔族と一致したからだ。

 

 

「はああ!? なんで今の不意打ちも避けれんだよ!!?」

 

「お前が一人で来る訳ないだろ……?」

 

「ぐっぐうううう!!!!」

 

 

 そんな時、横から喚く声が聞こえてきた。

陽は今の魔族の一撃で覇王を倒せずとも、かなりのダメージを与えられると確信していた。だと言うのに、こうも簡単に避けられたことに、とてつもなくイラついていたのだ。

 

 覇王は怒れる陽へと、その避けられた理由の一つを語りかけた。

それは単純に、陽が一人で自分の目の前に現れることはないと、覇王が考えていたからだ。もう一つの語らない理由は、陽以外の、何かとてつもない力を近くに感じ取っていたからだ。

 

 それを聞いた陽は、悔しさからさらに怒りが増したようで、もはや言葉にならないようなうめき声をあげ、顔を真っ赤にしていたのである。

 

 もはや三下みたいな態度の陽など無視し、覇王は再び魔族へと目を向けた。

魔族もサッと後ろへと下がり距離を取ると、覇王の方を眺めながら、ほんの少しだけ小さく笑っていた。

 

 

「……我が名はバァン。()()()()()()()()()

 

「お前が? 謙虚なことだ」

 

 

 そこで魔族は、自ら名乗り出た。

その名はバァン。名と見た目の通り、大魔王バーンの能力を貰った転生者。老いた姿ではなく若い見た目で、その姿を顕現させていた。

 

 覇王は魔族、バァンの言葉に、少し訝しむ様子を見せていた。

先ほどの攻撃は回避したが、あれはかなり鋭利な技であった。そんな男が()()()()などと言うのだから、謙虚以外ありえないと覇王は感じたのだ。

 

 

「余がこのような下郎と組まされるのは癪だが、……まあいい」

 

「なんだとテメェ!?」

 

 

 されど、やはりバァンも陽をつけられたことに不満があった。

こんな奴をつけられるなら、一人の方がましだと思っていたのである。それを目をつむって心底不服そうに言葉にするバァン。

 

 陽もその言葉は聞き捨てならないと、ふざけんなと食って掛かりそうになっていた。

 

 

「チッ、まあいいさ。クソ兄貴さえぶっ潰してくれんならな!」

 

「言われずとも……」

 

 

 が、陽はバァンにつかみかかることを我慢し、覇王が倒せればいい、と自分をなだめたのである。

バァンも陽の言葉などなくとも、覇王を打ち倒す気でいた。自分の全てを使ってでも、噂の覇王を倒せる自信はあった。

 

 

「さあ、我が力、……刮目せよ!!」

 

「……リョウメンスクナ……、O.S(オーバーソウル)……」

 

 

 そんな会話の数秒後、ゆっくりとバァンが構え始めた。

それはあの大魔王バーンが得意とする天地魔闘の構えではなく普通の構えだった。

 

 だが、バーンが構えを取った瞬間、すさまじいプレッシャーが覇王を襲った。

やはり思っていた通り、目の前の男は強大だ。全力を出すに値する難敵だ。

 

 故に、覇王も最初から全力で相手をすることにした。

リョウメンスクナを巨大な刀のO.S(オーバーソウル)、神殺しへと変え、黒雛のアームに握らせたのだ。

そして、いつでも動けるように構えると、バァンの隙を伺うかのように強烈な視線を送りつけた。

 

 

 両者とも隙を見せず動けない状況が数秒続くと、ふと、強風が舞い込んできた。

その風が過ぎ去った瞬間、どちらも瞬動にて距離を詰め、すさまじい衝撃とともに両者が衝突したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこは結界内部、灰色がかった舞踏会の会場内。

二人の男の戦いによって、すでに崩壊寸前なのではないかと言う程、ボロボロとなっていた。

 

 そして、ブラボーとラカンの戦いも、いよいよ終局と言うところまできていた。

 

 

「ウオオオオオオラアアアアアアッッッ!!!!」

 

「オラよオオッ!!」

 

 

 すさまじいラッシュを放つブラボー。

まさに鬼気迫る表情。何が何でも勝利してやると言う強い執念が、体全身から湧き出てるかのようだ。その愚直な信念を込めた拳を、すさまじい気迫とともに放つ。

 

 ラカンも拳だけではなく、アーティファクトで剣を何本も造り出し、それを両手で握りしめながら超高速で振るいまわしていた。

 

 

「ぐうぅぅ……!」

 

「ぬうぅっ……!」

 

 

 されど、両者とも小手先の技では決着がつかない様子であった。

現に今のブラボーのラッシュは、ラカンの無数の剣圧にて吹き飛ばされる始末。

ブラボー本人もその衝撃にて後方に軽く押され、歯を食いしばっている状況だ。

 

 ラカンはと言うと、ブラボーのラッシュで握っていた武器が砕かれ、唸り声をあげていた。

まさか無敵のアーティファクトが、こうも砕かれるとは思っていなかったようだ。

 

 

「テメェ、マジで強えぇぜ! 俺が戦った中でも五本の指に入るほどにな!」

 

「それは嬉しいことだ……!」

 

 

 なんというブラボーの執念深さ。なんという実力。

ラカンは素直にブラボーを褒めたたえた。これほどの相手は自分た戦ってきた中でも5人といないほどだと。

 

 それを聞いたブラボーは、ふっと小さく笑って見せた。

目の前の男にそう褒められて、嬉しくないはずがないからだ。

 

 

「だが、今それがすべて過去のものとなるッ!」

 

「ハッハッハッハッ!! いいじゃねぇか! やれるもんなら見せてみな!」

 

 

 だが、その程度で満足など、ブラボーはしていない。

その5本の指がすべて自分の下となり、一番になってみせるとブラボーは豪語した。つまりそれは、勝利すると言う宣言でもあった。

 

 ラカンもそれにはたまらず笑いが出た。

馬鹿にしたのではない。この男がそれを言うにふさわしいぐらい、強い存在だと認めたからだ。

 

 されど、ラカンとて負ける気などはまったくない。

あるのは勝利のみ。目の前の男を倒し、ネギたちのところへと行かねばならない。

 

 

「ああ、存分に見ろッ! これが俺の最大の技だッッ!!」

 

「だったら俺も最大の技で応えてやるのが礼儀ってもんだなッ!」

 

 

 これまでずっと殴り合いをしてきたが、これでは埒が明かないとブラボーは考えた。

であれば、やはり最大最強の必殺技をぶつける以外、倒す方法はないと結論に至った。

 

 そこでブラボーは、ならばと自ら次に繰り出されるものこそ最強の技であると宣言し、腰を落として拳を強く握りしめ、構えた。

 

 それに対してラカンはニヤリと笑いながら、ならばと同じく最大の必殺技で応じると宣言し返し、同じく構えた。

 

 

「……”一・撃・必・殺”……ッ!」

 

「”ラカン”……」

 

 

 グググ……と拳と腰に力を入れつつ、腰をゆっくりと落すブラボー。

上半身の筋肉を隆起させ、気を右腕に全集中させていくラカン。

 

 

「”ブラボー正拳”ッッ!!!!」

 

「”インパクト”ッッ!!!!」

 

 

 そこで発せられた技の名を叫ぶ声は、同時だった。

 

 ブラボーは足腰に力を加えながら、まるで大砲から発射された弾丸のように、拳を前へと突き出した。

踏ん張った脚の地面には巨大なクレーターが形成され、その力の巨大さが一目で理解できるほどだった。

 

 ラカンも最大に集中した気を、伸ばした右腕と同時に放てば、戦艦の主砲のようなエネルギーが光の渦となって発せられたではないか。

その巨大な光のうねりはラカンの気の砲撃であり、ラカンのでたらめさを表しているかのようであった。

 

 そして、次の瞬間、両者の最大の奥義が衝突した――――。

 

 

…… …… ……

 

 

 のどかたちは後ろを注意しながら、ひたすらに宮殿内の廊下を走っていた。

 

 

「あの金ぴかしたのは追ってきてないわね……!」

 

「なんとかまいたみてぇだな」

 

 

 アイシャは背後から誰も追ってきていないのを確認しながら、警戒は怠らずにいた。

クレイグも先ほどの金色の鎧の男をなんとか振り切れたことに、多少安堵した発言を飛ばしたのだ。

 

 

「いやーしっかし、まさかまた嬢ちゃんと一緒に走れるとはな!」

 

「は、はい! そうですね!」

 

 

 ただ、それ以上にクレイグは、再びのどかとこうやって並走できることに、感激を覚えていた。

心から仲間としてのどかを見ていたクレイグは、のどかが自分の仲間と合流した時、もうこのようなことはないと思っていた。されど、その機会がもう一度来たことに、喜んでいたのである。

 

 のどかも同じく、助けてもらって仲間にしてくれたクレイグと、こうしていられることを喜んだ。

だからこそ、走りながらも元気な声で、返事を返していたのだ。

 

 

「安心しな! しっかりあのぼーずんところに届けてやるよ!」

 

「お願いします!」

 

 

 そこでクレイグはニヤリと笑いながら、のどかを安心させるようなことを口にした。

その表情は自信にあふれており、絶対にやり遂げると言う意思を感じさせた。

 

 そんなクレイグにのどかも笑みを見せながら、それまでの間は彼らに甘えることにした。

どの道一人では仲間(ネギ)たちの元にはいけそうにない。それに、彼らと一緒にいるのも、結構好きだったからだ。

 

 

「でも、なんでこんなところに……」

 

「それはこいつがノドカを心配して様子を見に来たからよ」

 

「お、おい! 余計なことを言うんじゃねぇぜ!」

 

 

 ただ、一つだけのどかは疑問に思ったことがあった。

それはどうして彼らがこの場所にきてくれたのか、だ。

 

 確かに、この宮殿内にいたのは知っていた。

だけど、舞踏会の会場と特別室への位置は、それなりに離れていたはずだ。ならば、どうして彼がここにいるのだろうか、と。

 

 しかし、その理由は至極単純なのものでしかなかった。

ただ単に、クレイグがのどかのことを気になって、こっそりと追ったからだ。

 

 それをアイシャが笑いながら言えば、クレイグ照れを隠すように、怒ったように文句を飛ばした。

 

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

「気にすんなって! もう嬢ちゃんは身内みたいなもんだからな!」

 

 

 それほどまでに気遣ってくれているなんて。

のどかはそれを嬉しく思い、声を大きくしてお礼を述べた。

 

 それに対してクレイグは、ふっと笑いながら、身内、仲間なんだから当然だと言ってのけたのである。

 

 

「また、前みたいに一緒に迷宮に挑もうぜ!」

 

「はい!」

 

 

 そして、また前のように宝が眠る迷宮を、攻略しようとクレイグは言った。

のどかの帰るべき場所があるだろうと思いながらも、再び出会える日を心待ちにして。

 

 のどかも、そうできればいいな、と心から思った。

事故で彼らと仲間になったけど、それはかけがえのないものになっていたからだ。

 

 

「あっ、待ってください!」

 

「ああ、何かいるな……」

 

 

 だが、のどかはそこで前方を見て、クレイグたちに制止を呼び掛けた。

それは前にある部屋の中央に、誰かが佇んでいたからだ。

 

 クレイグもそれに気が付き、警戒をしていた。

それは黒いローブを身にまとった人影だ。その背後には何やら鍵のような形の杖が、一本宙に浮いていた。

一体何者かは知らないが、何か嫌な感じだった。明らかにこちらの味方と言う感じもなく、確実に敵と言う印象だった。

 

 

「ミヤザキノドカ……、危険だと聞いている」

 

 

 その人影はぽつりと、何か独り言をつぶやき始めた。

そこで聞こえてきたのは、確かにのどかの名前だった。

 

 

「消しておこう」

 

 

 そして、その人影がゆっくりと構えを取り、のどかを消すと断じたではないか。

すると、その人影は突如としてのどかたちの目の前へと現れ、立ちふさがったのだ。

 

 

「んだてめぇ? 頭イカれてんのか? 嬢ちゃんには指一本触れさせねぇぞ」

 

「うるさい木偶だ……」

 

 

 クレイグはこの目の前のローブの男らしきものが、敵であると確信した。

故にのどかの前へと立ち、剣を握りしめて、ローブの男へと立ち向かおうとしたのだ。

 

 が、ローブの男はそれを大きく気にすることなく、ただただ鬱陶しいと言う態度を見せるだけであった。

それはまるで道中で飛んでいる羽虫を相手にするような、そんな態度だった。

 

 

「人形は人形師には逆らえない……」

 

 

 ローブの男は余裕の態度で、木偶(クレイグ)を見下ろした。

さらに、ローブの男は一言ぽつりとこぼすと、背に浮かべた謎の杖を右手に移動したではないか。

そして、謎の杖の先端の球体が光り、杖が起動し始めたのだった……。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちが仲間との集合地点へ駆けている最中、フェイトたちもネギを探して移動していた。

 

 

「皇帝は僕に何をさせたいのか」

 

 

 そこでフェイトが思うことは、あのアルカディアの皇帝が自分にどうさせたいのか、ということだった。

 

 確かに、今襲ってきている敵は、もともと自分の仲間だった。

裏切って皇帝の方に付いたのだから、皇帝の仲間として、元仲間である完全なる世界の連中を討てと言うことなのだろうか。それとも、けじめの為に彼らと戦えということなのだろうか。

 

 

「まあ、()()()も僕たちを攻撃してきてるし、すでに僕たちは彼らの()なんだろう」

 

 

 どちらにせよ、戦わなければならないことには変わりないのだろう。

それに、完全なる世界の方も、もはや自分を敵として扱っているようだ。でなければ、あの召喚魔が自分たちに攻撃し来るはずがないのだ。

 

 

「ならば、僕は僕で、僕のやりたいようにやらせてもらうだけだ」

 

 

 それに、隣には愛すべき栞の姉がいる。

フェイトが今一番大切なのは、彼女の安全だ。それ以外も、自分の従者の無事もまた、当然のように大切なのだ。

 

 それらを守るためならば、なんだってする。

元の仲間だろうが、襲い掛かってくるならば、蹴散らすだけだ。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それだけだ。

 

 フェイトはそう考えながら、襲い掛かる召喚魔を撃退していった。

当然ランスローも支援に加わっており、特に問題なくここまで歩みを進めてきたのだ。

 

 

「ふん、威勢はいいようだな、()()()()()()

 

「誰だい? その名で僕を呼ぶのは」

 

 

 が、そこで突如、何者かが自分を()()()()で呼んできた。

一体誰だとそちらに目を向ければ、背後に鍵のような杖を浮かせた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、そこに立っていたのだ。

 

 

「きゃああ!?」

 

「この炎は……」

 

「馬鹿な! ()()()()()()()()()……!?」

 

 

 すると、その少年はすさまじい灼熱の炎を操りだし、周囲を炎の海に変えてしまったのだ。

 

 栞の姉はその光景に驚き悲鳴を上げ、フェイトも栞の姉や従者を守るように障壁を張りながら、その炎に驚いた顔を見せていた。

 

 しかし、最も驚いていたのは、フェイトの従者となった転生者、剣のことランスローだった。

ランスローは()()()()を持っており、当然目の前の少年のことも知っていた。

 

 知っていたから驚いた。何故、こいつが()()()いるのか。

本来ならば、もう少し先に現れるはずの、こいつが何故。そう疑問に思いながら混乱していたのだ。

 

 

(クゥァルトゥム)……。火のアーウェルンクスを拝命」

 

「……僕の兄弟、という訳か」

 

 

 そして、少年は両手に炎の渦を掲げながら、自ら名乗り上げた。

そう、それこそ本来ならば墓守り人の宮殿での最終決戦で、ようやく投入された完全なる世界の新戦力。フェイトの兄弟機である、アーウェルンクスシリーズの4番目だったのだ。

 

 フェイトも見た瞬間から気が付いていたが、改めて名乗られてようやく彼が自分の弟であることを理解した。

だが、弟と言えど味方ではなく、自分にとって次第の敵だることも、同時に理解したのである。

 

 

「目覚めて初めてやらされる仕事が欠陥品の処理というのは、なんとも許しがたいことだが」

 

 

 クゥァルトゥムは機嫌の悪そうな表情で、何やらぶつくさと文句を言い始めた。

目が覚めたばかりのクゥァルトゥムは、裏切り者を消すと言う任務を不服に感じていたのである。

 

 しかし、なんという余裕の態度だろうか。

自分と同等であるフェイトを前にして、すでに勝ったような自信に満ちた様子だった。

 

 

「貴様はもはや欠陥品だ。欠陥品は欠陥品らしく朽ち果ててもらうぞ」

 

 

 愚痴を言い終え、はあ……、と最後に小さくため息を吐き終わると、ようやく動きだしたクウァルトゥム。

ゆっくりとフェイトたちへ近寄り始めると、両手の炎をさらに巨大に膨れ上がらせたのだ。

 

 

「みんな、下がって!」

 

「し、しかし!」

 

 

 今しがたフェイトを守るように展開していた従者の栞・暦・環に、フェイトはむしろ自分の後ろに下がれと命じた。

 

 されど、従者たちはフェイトを守護ることこそ自分たちの役目だと思っている。

故に、ここで下がりたくはない、と意義を唱えていたのだ。

 

 

「相手は僕と同等、君たちでは危険だ」

 

「わ、わかりました……」

 

 

 フェイトにとって彼女たちの行動は嬉しいものだが、それでも目の前の相手は強大だ。

何せ自分と同じような存在。その能力は自分と同等かそれ以上なのは間違いない。であれば、彼女たちを戦わせるのは危ないのは一目瞭然。

 

 フェイトは険しい表情の中に優しさを感じる目で、彼女たちへともう一度下がるように命令した。

 

 従者たちもそれを理解したようで、ようやく後ろへと下がり、フェイトを見守ることにした。

同じく栞の姉も彼女たちとともに下がり、妹の栞に身を寄せ合い、フェイトの無事を祈るのだった。

 

 

「……私が助太刀いたそう」

 

「お願いするよ」

 

 

 しかし、そこで一人だけフェイトと並び、戦おうとする者がいた。

それこそ黒き全身甲冑を身にまとった騎士、ランスローだ。

 

 ランスローは静かにフェイトの横へ移動し剣を構えた。

フェイトはランスローの言葉に答えつつ、ゆっくりと功夫の構えに出たのだ。

 

 

「フェイトさん、剣さん、気を付けて!」

 

「わかってる」

 

「任せていただきたい」

 

 

 そこで後ろから、栞の姉の心配する声が飛んできた。

それをフェイトは嬉しく感じながら、ふと笑みをこぼしながら大丈夫だと答えていた。

当然ランスローもしっかりと答え、さらに気を引き締めるのだった。

 

 

「フハハっ! 人形の心配などしている暇があるのか?」

 

「……っ!」

 

 

 ようやく戦いが始まったかと思えば、クゥァルトゥムはその両手の炎を周囲にまき散らした。

それだけでなく、炎の蜂を召喚し、すさまじい速度で飛び回らせたのだ。

 

 とてつもない広範囲な炎に、フェイトはとっさに後ろを守るように障壁を張り巡らせた。

さらに、飛び回る炎の蜂を追撃するように、石の杭を飛ばして撃墜させたのだ。

 

 

「我が属性は()だ。火力ならお前よりも上だぞ!」

 

「くっ……!」

 

 

 だが、炎の蜂がつぶれたと同時に大爆発を起こしたではないか。

さらに、クゥァルトゥムは巨大な炎の槍を形成すると、それをフェイトへと投擲したのだ。

 

 なんという火力だろうか。

炎のアーウェルンクスの名は伊達でなかった。

灼熱の炎が周囲の壁や柱を溶解させ、まさに地獄絵図と化し始めていたのである。

 

 フェイトはその炎の槍を何とか受け切りながら、やはり後ろを気にかけていた。

この広範囲の炎が、従者や栞の姉に届いていないか気が気ではなかったのだ。

 

 

「やらせんぞ!」

 

「貴様の相手はこちらだ」

 

「何……!? ぐうお!?」

 

 

 とは言え、炎であれ魔法ならば、対魔力でほとんどをシャットアウトできるランスローは、完全にフリーの状態だった。

 

 このままでは押し切られると考えたランスローは、一気に勝負に出た。目に見えぬほどの速度でクゥァルトゥムへと近づき、神速にて剣を振り下ろしたのだ。

 

 だが、そこで急にクゥァルトゥムとは違うところから、ふと声が聞こえてきた。

すると、どういうことか、ランスローは何かに大きく吹き飛ばされ、苦悶の声とともに壁に激突し、その壁にめり込んだのだ。

 

 

「剣……!?」

 

「よそ見をしている暇はないぞ!」

 

「……ッ!」

 

 

 突如として吹き飛んだランスローを見て、たまらず彼の名を呼ぶフェイト。

しかし、フェイトとて他人を気にしている余裕などどこにもない。

 

 クゥァルトゥムは目を離されたことにイラつき、さらに火力を上げた炎を、フェイトへとぶつけてきたのだ。

もはや防ぐので精いっぱいのフェイト。声すら出せずに障壁を張り巡らせるのがやっとであった。

 

 いや、フェイト一人だけならば、ここまで苦戦はしないだろう。

やはり後ろの4人を守護りながら戦うのは、流石のフェイトも厳しいと言わざるを得なかった。

 

 

「貴様はまさか……!」

 

(クゥィントゥム)……。風のアーウェルンクスを拝命」

 

「4番目だけではなく5番目までもが……!」

 

 

 また、ランスローは即座に態勢を立て直しながら、驚くべき存在を目撃していた。

そこにいたのはまたしても少年だった。フェイトと同じ服装をした、クゥァルトゥムと同じ少年だったのだ。

 

 ランスローを突き飛ばした張本人、逆毛をしたフェイトのような少年は、そこで自ら名を名乗った。

なんと、ランスローを吹き飛ばした人物こそ、アーウェルンクスシリーズのクゥィントゥムだったのだ。

 

 この事態にランスローは、兜の下で一筋の冷や汗を流していた。

まさか、まさか、アーウェルンクスシリーズが2体も同時に、この場所へ投入されるなど思っても見なかったからだ。

 

 この状況は明らかにマズイ。ランスローはそう考えていた。

 

 フェイトがフリーな状態ならば、まだ問題はないだろう。

されど、今フェイトは後ろの4人を庇いながら戦っている状況だ。

 

 これを打破するのは並大抵のことではないと、ランスローは思考を巡らせていた。

 

 

「なるほど、僕を確実に倒そうという訳か……」

 

「そういうことだ!」

 

 

 また、フェイトも二人が自分を攻撃してきたということが、どういうことなのかを理解した。

裏切り者は許さない。ここで絶対に消えてもらう。そういうことなのだと。

 

 クゥァルトゥムも当たり前のことだと叫びながら、さらに炎をフェイトへとぶつけていた。

 

 

「しかし、先ほどから防御ばかりではないか!」

 

 

 そんな攻防が幾度となく繰り返されたところで、クゥァルトゥムはフェイトがほとんど攻撃してこないことに気が付いた。

 

 

「そんなに後ろの人形どもがよいのか?」

 

「当然」

 

「……やはり人形ごときに情が湧いたようだな……」

 

 

 何故ならば、後ろの従者たちと栞の姉の4人を庇いながら戦っているのだ。

動いて攻撃できるような余裕がまったくなかったのである。

 

 いやはや、そんなものを守って何になるというのだ。

くだらないものを見る目をフェイトに向けながら、クゥァルトゥムはそう尋ねた。

 

 そんな問いにフェイトは、一言、強い信念がこもった言葉で返した。

彼女たちは自分の大切な存在だ。それをないがしろにする訳がない、と。

 

 その答えにクゥァルトゥムは、さらにくだらないと言う様子で吐き捨てた。

人形ごときに情を感じるなど、あってはならないというのに。

 

 

「いいだろう! それならば、まずは貴様が一番気に入ってるであろう人形からあちらに送ってやろう!」

 

「……そうはさせない!」

 

 

 ならば、その情を消し去ってやればよい。

クゥァルトゥムはそう考え、フェイトへと宣言した。フェイトが最も愛しいるであろう、女性の人形を消し去ってやると。

 

 だが、それを許すほどフェイトは甘くない。

来ると言うのならば、全力で消えてもらう、それだけだ。

 

 

「甘い」

 

「なっ……ガッ!?」

 

 

 しかし、そんなフェイトへと襲い掛かる一筋の光があった。

光、いや、雷が、フェイトの体に大きく突き刺さったのだ。

 

 それは今しがたランスローを相手にしていたクゥィントゥムであった。

クゥィントゥムは魔法にて雷化し、雷速でフェイトへと突撃してきたのだ。

 

 その突進の直撃を受けたフェイトは、小さく苦悶の声を上げながら、吹き飛ばされて地面に転がった。

 

 

「フェイト殿オォッ!」

 

 

 ランスローもクゥィントゥムを逃がすまいとしていたが、流石に雷速で動く相手を抑えていられるはずがない。

一瞬の隙をついてフェイトへと向かったのクゥィントゥムを見たランスローは、そこで大きくフェイトの名を叫び、警告を呼び掛けていたがすでに遅かった。

 

 

「さて、人形は楽園へ誘ってやる!」

 

「や……やめろ……!」

 

 

 フェイトが吹き飛んだ隙に、クゥァルトゥムがニヤつきながら、妹の栞を抱きしめる栞の姉の前へと現れた。

そして、背中に浮かせていた杖を手に取りながら、それを栞の姉へと向けたのだ。

 

 その光景を見たフェイトは、普段は聞けないような焦りと不安が入り混じった、悲痛に聞こえるような叫び声で制止を呼び掛けていた。

 

 このままではまずい。このままでは栞の姉が完全なる世界へ送られてしまう。

そうなれば、二度と会えなくなる。二度と、あのコーヒーが飲めなくなる。そんな絶望が頭に過る中、なんとしてでも阻止せんと、フェイトは栞の姉の方へと走り出した。

 

 

「すでに遅い! リライト!!」

 

 

 ああ、しかし。しかし、遅かったのか。

クゥァルトゥムもそう叫び一つの呪文を唱えると、杖が起動して先端が光り輝いたのだった。

 

 

 


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