理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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魔法世界編 招待と招来
百五十三話 メガロメセンブリア元老院議員 その①


 拳闘大会も無事に終わり、とりあえず一つの山を抜けた。誰もがそれに安堵してる中、別のことを気にする男が二人いた。

 

 

「やつら、あれから一度も現れてないな」

 

「ああ、何か嫌な感じがするぜ」

 

 

 それは法とカズヤだ。二人は敵があれから一度も攻めてこないことに、何やら不安を抱いていた。

 

 

「それに、直一もまだ戻ってこない」

 

「最速の男が何もたついてやがんだ?」

 

 

 それだけではない。あの猫山直一が、未だに戻ってきていないのだ。最も速さを愛する男が、どこでノロノロやっているのだと、二人は思っていたのである。

 

 

「わからん。何かあった可能性すらある」

 

「かもな。だが、直一は強ぇし、そこんとこは心配ねぇだろうがよ」

 

「確かにな……」

 

 

 これほど遅いのであれば、直一に何かあったかもしれない。

法はその可能性があると言葉にすると、カズヤも同じことを考えていたような発言をした。

 

 ただ、そこに心配する様子はまるでなく、何かあったにせよ無事であるとカズヤは考えていた。

何せあの直一は、相当な強さを持っている。相手が転生者であれ、遅れをとることはない。

 

 カズヤの言葉に、法も納得をした顔を見せていた。

法とて直一の実力を知らない訳ではない。あの男がやられるとは微塵も思っていないのだ。

 

 

「なんだ、お前らヤケに静かだな」

 

「んだよ、長谷川。そんじゃまるで俺がいつも騒いでるみてぇじゃねぇか」

 

「そう言ってんだが……」

 

 

 そこへメガネの少女がやってきた。彼らの友人である千雨だ。

あのカズヤが法を目の前にしても、騒動を起こさずやけに静かだ。それを見て少し意外だと感じながら、千雨は二人へ声をかけたのだ。

 

 その千雨の言葉に、カズヤはそんなレッテル貼られてたのかと渋った顔で言い出した。

千雨はカズヤのその台詞に、当然だとはっきりと言い切ったのである。

 

 

「るせーよ。俺だって毎回喧嘩ばっかじゃねぇよ」

 

「本当かよ……」

 

 

 ただ、カズヤはそれを否定した。

確かに喧嘩馬鹿なのは認めるしそう公言しているが、四六時中喧嘩三昧という訳ではない。毎日毎時毎分レベルで喧嘩してたら疲れるだろうが、と文句を飛ばしたのだ。

 

 しかし、千雨はその言葉をまるで信用していなかった。

出くわすところ大抵喧嘩が起こしていた。どこで何をしてようが、会えば誰かと必ず喧嘩していた。故に、千雨はカズヤのことを、まるで喧嘩を呼ぶ台風みたいな存在だと思っていたのである。

 

 

「しかし、ゲートが使えるようになるまでは、ここで足止めか」

 

「そうみたいだな」

 

 

 そこへ法が、ある程度問題が片付いたと言うのに、未だあっちへ帰れないことを千雨へと尋ねた。

千雨も少し悩んだ様子で、返答を返していた。

 

 

「まあ、別にこっちの生活で苦労はねぇから、気は楽っちゃ楽だが」

 

「ほう? こんなファンタジーな場所で気が楽とは、千雨も成長てきたらしい」

 

「私が成長……?」

 

 

 それでも、とりあえずではあるが、一定水準の生活が確保されている。

それだけは幸運だったと、千雨は肩をすくめて言葉にした。

 

 すると、法は不思議そうな表情をしながら、千雨の今の言葉に少し驚きを見せていた。

千雨が魔法の世界で気が楽など、千雨が言うとは思ってなかったのだ。

 

 いやはや、あの大冒険で少しは精神的に成長しておおらかになったらしい。なるほど、それはとても喜ばしいことだと、法はそこで思ったのである。

 

 が、千雨自分が成長したと言われても、まったくピンと来なかった。

なので、何がどうしたと言わんばかりに、法へとそれを聞いたのである。

 

 

「麻帆良でさえ普通じゃないだと騒いでいたのに、大人しくなったものだな、と思っただけだ」

 

「……ぶっちゃけ、何か色々ありすぎて、頭が追いついてないだけだろ……」

 

「そ……そうか……」

 

 

 それに対して法は、質問の答えを少し嬉しそうに語りだした。

千雨はあっちの環境でさえ文句を幾度となく言ってきた。それだと言うのに、こっちで気が楽だと言ったのだ。それを考えれば、千雨が成長したのだと考えられる、と法は説明したのである。

 

 しかし、千雨はそうではないと言い出した。

はっきり言って、こっちに来てからと言うもの、気が休まる場面がほとんどなかった。

 

 いきなりジャングルに放り出され、訳わからんモンスターに襲われ、挙句に知らない場所での生活。

それ以外にも”完全なる世界”とか名乗る意味がわからんテロリストに攻撃され、いきなりアスナがカミングアウト。

 

 正直言って、千雨の頭はパンク寸前であった。

この非日常の連続で、完全に感覚が麻痺ってしまっているのだと、千雨は思っていたのだ。そのため、こうして一定水準の生活ができる状態に、気が楽だと考えたのである。

 

 法は千雨の疲れきった感じの説明に、何かこう、お疲れ様、としか言いようがなかった。

何とかして早く帰れればいいな、そう思った。

 

 

「とりあえず、ゲートさえ動けば帰れるみたいだ」

 

「はっ、連中がそれを許すかどうかは別だがな」

 

「ああ、それが一番危惧すべきことだ」

 

「そうだよな……はぁ……」

 

 

 ただ、確かな朗報は存在する。

()()()()()()()が解決した今、ここにいる理由はない。あのゲートとか言うものが動けば、ここへ来た時のようにあっちへ簡単に帰れるのだ。それまでの間、静かにここで生活していればいいと、千雨は前向きに考えていた。

 

 だが、カズヤはそれに対して水を差すようなことを言い出した。

あの”完全なる世界”とか言う野郎どもが、自分たちの帰還を簡単に許すだろうか、ということだ。それは多分ありえないだろう、と言うのがカズヤの見解だった。

 

 また、敵はそれだけではなく、あのナッシュとか言うヤツも何かを企てている。

それを考えれば、素直にあっちに帰れるなんて、甘すぎる考えだとカズヤは思っていた。

 

 法も同じ考えだったようで、カズヤの言葉に便乗しつつ、それが最も不安であると言うではないか。

 

 千雨はそれを考えたくなかったと言う感じで、盛大にため息を吐いた。

もうこのまま帰りたい。疲れた。自分の部屋でパソコンいじりたい。ずっと頭の中でそれを巡らせながらも、今の現状を受け入れるしかなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 場所は変わって、そこはエヴァンジェリンが保有するダイオラマ魔法球の内部の別荘、その一つの部屋の中。

スカートが短いヒラヒラしたメイド服を着た少女が一人、まるで暇を潰すかのように掃除をしていた。

 

 その少女は転生者のトリス。

完全なる世界に属していたが先の戦いで捕まり、今はエヴァンジェリンの従者となりて、この別荘で掃除を任されている。

 

 そこへエヴァンジェリンが現れ、トリスへと話しかけたのだ。

 

 

「どうだ、ここでの生活は慣れたか?」

 

「どうだって、まだ数日も経ってないじゃない」

 

 

 エヴァンジェリンはトリスへと、この別荘内での生活について語りかけた。

しかし、トリスとてこの中に入ったのはつい数日前程度であり、慣れたと言われてもわからないと、皮肉を言って返していた。

 

 

「で、何か用? ()()()()()?」

 

「それは皮肉か? まあいい」

 

 

 そして、さらにトリスは皮肉を言って煽りまくる。

トリスは形として従者にはなったが、従者になったと言う気は毛頭ない。が、あえてそれでもエヴァンジェリンを(マスター)様と呼んだ。それも満面の笑みを浮かべてである。

 

 エヴァンジェリンはそれを皮肉と捉え、嫌われたものだと思った。

されど特に気にした様子もなく、別によいと捨て置いた。と言うのも、そんなことよりも気になることがあったからだ。

 

 

「聞きたいことがあると、この前言っただろう?」

 

「ええ、覚えているわ」

 

「それを聞きに来たんだよ」

 

「ふーん、で?」

 

 

 また、その気になっていることをトリスへ聞くために、エヴァンジェリンはここへ来た。

なので、それを話し出すと、トリスも思い出しだかのように、そう言った。

 

 ならば話が早いと、とりあえず質問をするとエヴァンジェリンが言うと、トリスはつまらなそうな態度で対応した。

 

 

「あっ、あいつらの情報なら、聞き出そうとしても無意味よ?」

 

「そんなこと聞くくらいなら、頭の中を覗いているから安心しろ」

 

「は!? ちょっと今何言ったの!?」

 

 

 ただ、トリスはそこで完全なる世界の情報を聞きだそうとしても、無駄だと言い出した。

何せ彼女は鉄砲玉。内部事情などほとんど知らされていないからだ。

 

 しかし、エヴァンジェリンはそのような回りくどいことをする気はない。

そう言う必要な情報があるのならば、記憶を覗けばいいだけだからだ。故に、別に必要ないと言う感じでそれを説明すると、トリスは大変驚き戸惑った様子を見せ、声を大きくしたのである。

 

 そりゃ、突然頭の中を見ることができるなど言われたら、驚かないはずがないだろう。

トリスはそれを聞いて、聞き間違えではないかと、確認するかのようにそれを聞き返したのだ。

 

 

「それよりも、質問してもいいか?」

 

「ぬぬ……、……いいわ。どうぞ?」

 

 

 だが、エヴァンジェリンは記憶を覗く気もないので、どうでもよいと言う様子で質問を迫った。

 

 トリスは記憶を覗くと言うことに疑念を感じながらも、その質問に答えると静かに答えた。

何せ記憶を覗くと言いながらも、質問をするという選択を行っていたからだ。記憶が覗けるなら、態々質問する意味があるのかと思ったからだ。

 

 

「……ディオ、と言う男のことを知りたい。貴様らの仲間にいただろう?」

 

「ああ、そういえばいたわね。そんなやつ」

 

 

 エヴァンジェリンの質問とは、ディオのことについてだった。

ディオは転生者にてエヴァンジェリンの兄だ。そのディオが突如として、自分の前に現れたことに、エヴァンジェリンは大変悩んでいた。

 

 今の兄はどんな人間なのか。自分と同じ吸血鬼となって、同じ時を生きてきたと言っていた。顔を見て話を聞いた感じでは、昔の兄と大きな差はなかったと、かすかな記憶を頼りに兄を思い出した。それでも自分の前以外の場所で、兄はどんな人物だったのか、少し知りたく思った。

 

 兄は転生者だった。エヴァンジェリンにとっての転生者は、基本”悪”である。突然惚れただ自分の(もの)になれだと騒ぎたて、襲ってきた変な連中が転生者だったのだから、仕方のないことだった。よって、あの兄も自分の知らない裏側の顔があるのではないかと、少し勘ぐってしまっていたのである。

 

 

 その質問に、はて? どんなヤツだっけ? と思い出すトリス。

確かに完全なる組織の一員として、少し近い場所にいたようで、姿形は思い出せたようだった。

 

 

「どんなヤツだった?」

 

「さぁ……、はっきり言って接点なんてなかったし、わからないわね」

 

「……そうか……」

 

 

 トリスが思い出したのを見て、エヴァンジェリンはすかさず新たな質問を投げた。

 

 しかし、トリスも大きく接したことのない男のことなど、気にも留めることなどしない。

はっきり言ってしまえばどうでもよかったので、わからないとしか言いようがなかったのだ。

 

 それを聞いたエヴァンジェリンは、表情こそ崩さないが、少し落ち込んだ様子を見せた。

何でもいいからディオの情報が欲しかったエヴァンジェリンは、何も得られなかったことを残念に思ったのだ。

 

 

「っ! もしかして、あいつがマスターの……?」

 

「ああそうだ。ディオと言う男は、私の兄だ……」

 

「まさかって思ったけど、本当にそんなことあるのね……」

 

 

 エヴァンジェリンのただならぬ雰囲気に、トリスはハッとしてそれを察した。

もしや、そのディオとか言うヤツは、エヴァンジェリンの関係者か何かか、と。

 

 いや、確かにディオは見た目がDIOの転生者だ。吸血鬼の可能性が大いにある。そして、エヴァンジェリンもまた吸血鬼。そのエヴァンジェリンたる存在が、これほど大事な様子で質問してきたのだから、肉親である可能性もあるのではないか。それを考えたトリスは、その事実に突き当たったのである。

 

 トリスの驚きの言葉に、エヴァンジェリンは正解であると、小さく答えた。

そのディオこそが自分の実兄。600年も前に生き別れた兄であると。

 

 なんということだろうか。

確かに憑依の転生は存在しないと言われていたが、原作キャラの親兄弟姉妹に転生しないと言う枠組みはない。それを思い出したトリスは、そんな奇遇なこともあるもんだと、しみじみと考えていた。

 

 

「まあそうねえ。しいて言えば、私に突っかかってこなかったってのは確かね」

 

「どういうことだ?」

 

 

 先ほどの質問の答えを受け肩を落とすエヴァンジェリン。

トリスには目の前の強大なはずのエヴァンジェリンが、少し小さく見えた。

 

 なので、わからないことはわからないが、自分が思ったことをトリスは並べ始めた。

何かちょっとだけ可愛そうに思えたからだ。それに生き別れた兄のことを知りたいと思うのは、当然だと思ったからだ。

 

 すると、エヴァンジェリンはピクりと反応し、さらに追及してきたのである。

そのトリスの言葉の意味は一体なんなのだろうかと。

 

 

「私こんな見た目(ナリ)でしょう? 転生者(あいつ)ら、私に一々ちょっかいかけてくる輩が多かったのよ」

 

「なるほど、それは大変だったろうに」

 

「ええ! まったくもってね!!」

 

 

 トリスは今の言葉の意味を、ゆっくりと説明した。

自分の姿は特典の元であるメルトリリスとほぼ同じだ。自画自賛と言う訳ではないが、美少女そのものだ。メルトリリス本人が言うに、完璧な肢体だ。

 

 そんな見た目なので、当然他の転生者はちょっかいを出してくる。

体に触ろうとするのは当然のこと、服を武装解除で脱がそうとする輩までいたのである。

 

 それをトリスが少しイラついた様子で語ると、エヴァンジェリンは同情の眼差しを向けながら慰めの言葉を述べた。

と言うのも、エヴァンジェリンもその苦悩は理解できるし、実際に似たような目に遭って来たからだ。

 

 エヴァンジェリンの同情を受け、トリスはさらに声を荒げた。

本当に度し難い連中だ。無法、無秩序もいいところだ。可憐な少女が転生者だったからって、セクハラしていい訳がない。トリスはそのことを思い出し、頭に血を上らせて憤慨していた。

 

 

「でも、あの男はそう言うの、感心なさそうだったわ」

 

「ふむ……」

 

 

 だが、あのディオと言う男は、そういうことはしてこなかった。

むしろまるで意にも介さないと言う様子でさえあったと、トリスは語った。

 

 エヴァンジェリンはその話を聞いて、少しだけディオと言う存在が理解できた気がした。

あのディオが言っていた言葉、”自分を迎えに来た”と言うのは、本音なのではないかと思った。

 

 

「まあ、私が言えるのはこのぐらいね」

 

「そうか、わかった。助かる」

 

「別に礼なんて言われるほど、質問に答えてないのだけれど」

 

 

 とりあえず言いたいことは言ったと言う様子で、トリスは肩をすくめた。

それ以上はわからないが、あのディオとか言う男は、多分変態ではないのだろうと。

 

 それに対してエヴァンジェリンは、トリスへと礼を述べた。

些細なことであったが、収穫はあった。ほんの少しだけだが、兄の人となりが理解できたからだ。

 

 そんならしくもない礼を言うエヴァンジェリンへと、気にするほどではないと言うトリス。

まったくもって情報になってないのだから、礼を言われる程でもないと感じていたのである。

 

 

「まだ、貴様はここを出す訳にはいかんが、もう少しだけ我慢してくれ」

 

「わかってるわ。それに、特に問題ないし、さほど気にはしなくなってきたし」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは話を切り替え、トリスの現状について話し出した。

ただ、その表情は少しだけ柔らかくなっており、声からもそれが伝わって取れた。

 

 トリスも言われるまでもないと言う態度で、それを言い返した。

しかし、トリスも先ほどのように刺々しい態度ではなく、穏やかな対応を見せたのである。

 

 

「ただ、何かあったその時は、頼むぞ?」

 

「何か無ければ最高なんだけどねぇ……」

 

 

 とは言え、今後のことを考えると、トリスを出さなければならないかもしれない。

エヴァンジェリンはそれを信頼した様子でトリスに言うと、トリスは小さなため息をついて、何事もなければよいとこぼした。

 

 そして、エヴァンジェリンは再び別荘の外へと出て、アスナの護衛をすることにした。

何せ魔法無効化能力すらも利用されたとあれば、いくら強いアスナでも対応は困難だと考えたからだ。まあ、護衛とは言っても、気配を消してこっそりと後ろから付いて行く程度ではあるが。

 

 トリスも部屋の掃除が終わっていない部分へと、掃除に取り掛かった。

やることのないトリスは、こうして掃除をして気を紛らわせるのが、今の暇つぶしになっているのである。また、この部屋のソファーに腰掛けるチャチャゼロは今の話を聞いて、むしろ騒ぎがあればいいなー、と心の中で思っていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 拳闘大会決勝戦が終わった翌日の昼ごろ、一人の少年が新オスティアの街中を歩いていた。

それは最近出番が全くなかったあのカギだ。

 

 その肩には同じく出番がなく、しかも未だに仮契約陣すら描かせてもらえていない、哀れなカモミールもいた。

 

 

「なあ、カモ」

 

「どうしたんだい兄貴ぃ?」

 

 

 何故彼らが街中を歩いているのだろうか。

カギは一応夕映のボディーガードとして、彼女たちの傍にいることにしているはずである。

 

 ただ、その理由は彼らの歩く先にあった。

そこには夕映とその警備隊仲間となったコレット、エミリィ、その付き人のベアトリスの4人が歩いていた。

 

 彼女たちが警備隊の休暇と言うことでこの街で遊んでいるところを、カギは護衛と言う形で後ろを歩いていたのだ。

 

 しかし、カギはこの状態に何やら疑問を感じ、カモミールへと声をかけた。

カモミールは一体なんだろうかと、カギへと何が言いたいのかを聞いたのである。

 

 

「俺ら、完全にストーカーじゃね?」

 

「えっ!? でも護衛なんだからしょうがねーっしょ!?」

 

「いやでもさあー、複数の女子の後ろに距離開けて歩くとか、やっぱ変質者じゃね?」

 

「ま、まあ確かに他から見りゃそうかもしれねぇ……」

 

 

 そのカギの疑問とは、自分たちが少女たちをストーキングしている変態なのではないか、ということだった。

護衛とは言え、前を歩く少女たちをジロジロ見ながら、距離を保ち歩く様はまさしくストーカーそのもの。それを思ったカギが、そう言葉にしたのである。

 

 ならば、彼女たちと一緒にいればいいだろう、とカギも思った。

だが、カギは彼女たちの中に入って邪魔したくないなー、と言う気持ちがあったようだ。まあ、それ以外にも夕映が楽しそうにしているところに、水を差したくないと言う気持ちもあるのだが。

 

 とは言うが、それはしょうがないことだとカモミールは言った。

カギが彼女たちの中に入らず、後ろについてくと決めたのだから、それは諦めろと言うものだった。それでもカギが言うとおり、客観的に見ればそう思われてもしかたないかも……とも思ったりもした。

 

 

「でもよー! んなことよりも、やっと祭りを楽しめてよかったぜー!!」

 

「兄貴はずっと我慢してたからなあー」

 

 

 とは言え、そんな半分冗談めいたことよりも、この街の祭りに来れてよかったと豪語するカギ。

カギは祭りに行きたくてしょうがなかったので、それを心底楽しんでいたのだ。

 

 カモミールも夕映の護衛でお空で待機していたカギを思い出しながら、うんうん、と頭を上下に振るのだった。

 

 

「うおお! あれもうまそうだぜ!」

 

「ちょっ! ゆえっちから目を離しちゃマズイだろ!?」

 

「かー! そうだったわー! かー!」

 

 

 しかし、カギは一度はめを外すと碌なことをしない。

祭りの方にどんどん集中力が持っていかれているカギは、ついつい色んな食べ物に目を奪われがちになっていった。

 

 それを見たカモミールは、護衛として仕事をするようカギへと叫んで注意した。

ただでさえ人が多いのだ。一度でも彼女たちを見逃したら、見つけるのは困難になると叱咤したのである。

 

 カモミールの注意に、カギは悔しそうに声を上げた。

確かに護衛なんだから、当然とは当然のことだ。それでもやはり祭りをさらに楽しみたいと思うカギは、この現状をやっぱ辛れぇわ……と心の中で思うのだった。が、夕映の護衛は半分は自分で決めたことなので、文句は言えないのである。

 

 

「まっ、あっちの方の問題も解決したっぽいし、気軽にやろうや」

 

「とは言え、これからっしょ? あぶねーの」

 

 

 まあ、とりあえず闘技場関係の問題は終わったのを察したカギは、肩の力を抜こうと言い出した。

カギはエヴァンジェリンからその情報を聞いたので、概ね()()()()()あちらの問題が解決したと思った。

 

 そんなカギへと、カモミールはいぶかしみながら、今後のことを言い出した。

むしろ、この後の方が危険な匂いがプンプンすると思ったカモミールは、カギへそのことを尋ねたのである。

 

 

「うーむ、敵はまだいる訳だし、そうっちゃそうだわなー」

 

「んじゃ、ついでにパクっちまおうぜ! パク!」

 

 

 カギもそのことについて、懸念している部分があった。

未だに全部解決した訳ではなく、”完全なる世界”の残党は残っている。しかも、それはほとんどが転生者であり、強敵であることは間違いないのだ。

 

 それを聞いたカモミールは、ならばとすかさず仮契約をカギに勧めた。

こう言う時仮契約をしてアーティファクトを得るべきだと、そう言ったのである。

 

 

「いやあでもよ、相手がヤバイからなあ。トーシロを戦力に数えんのはちょっとヤベーと思うんだぜー」

 

「別に戦力として見てる訳じゃねーさー! アーティファクトがあった方が身を守れるかもしれないと思った訳よ!」

 

「あー、なるほど。確かになー」

 

 

 されど、カギはそれに対してNOを突きつけた。

敵は転生者軍団で何をやらかすかわからない連中だ。万が一があったら困るし、戦闘力のない生徒を戦わせる訳にはいかんと、カギは意見した。

 

 それに対してカモミールも自分の意見を述べる。

別に彼女たちを戦力として考え、戦わせようなんてカモミールも思っていない。敵の強さはよくわからないが、カギが警戒するレベルの相手なのは理解できていたからだ。

 

 であれば、むしろアーティファクトを使って身を守れるようにした方がいいと、カモミールは思った。

何が出るかはわからないが、防御や身を隠すができるアーティファクトが出るかもしれないと思ったからだ。

 

 それにアーティファクトを持てばさりげなく防御力がアップする追加効果もあったりする。

カモミールはそこを見越して、カギへと仮契約を勧めていたのだ。

 

 まあ、それ以外にも一度しか仮契約を自身で行っていないカモミールは、何でもいいから自分で仮契約を成功させたいと言う願望も強いのだが。

 

 

「まあ、それはいずれとして考えるかな」

 

「えっ!? いずれってどういうことっすか!?」

 

 

 だが、カギはそのカモミールの申し出を、いずれと言ってごまかしたのだ。

そう言われたカモミールは、何で!? と言う顔でつっこみを入れた。

 

 

「いずれはいずれよ」

 

「そんじゃ手遅れになっちまうじゃねーっすか!?」

 

 

 カギはハーレムを作りたいと豪語する変態だ。しかし、それ以上にシャイでもあった。

 

 確かに従者はいっぱい欲しいと、少しは思っているカギ。

それを差し引いても、チューするのはちょっと……とためらいがあったりするのもカギだ。今のカギは従者が欲しいだけであって、キスがしたい訳ではない。

 

 さらに言えば、夕映との仲を深めたいと思っているのがカギの現状だ。

そこでさらに従者を増やすのは、あまり好ましくないと悩んでいたりもするのであった。

 

 なのでカモミールが提案する接吻式の仮契約に、カギは乗り気になれないのである。

と言うことで、先延ばしを言葉にするカギだった。

 

 そんないい訳じみたことを聞いたカモミールは、それじゃいつ仮契約するんだ、今でしょ!? と言いたげな感じで声を荒げた。

危険が迫っているこの現状、のんきなこと言っていていいのか? とも思ったりもしたからだ。

 

 

「でーじょぶだ。俺は強い……!!」

 

「うわー、心配だなその自信……」

 

「ちょ……、俺、カモにすら信用されてねぇのかよ……」

 

 

 だが、カギは不安視するカモミールへと、胸を張って自分の強さをアピールした。

自分には最強の特典がある。しっかりと鍛えてきた。誰にも負けない自信があると、はっきり言ったのだ。

 

 しかし、カモミールはそのカギの態度に、さらなる不安を募らせた。

そのカモミールの態度に、ショックを隠しきれないカギがいたのだった。

 

 

「いやあ、兄貴は調子こくとすぐずっこけるタイプだし……」

 

「くっ……言い返せねぇ……」

 

 

 何故カモミールが、カギの自信に不安を感じたのか。

それは単純な理由だ。カギは調子こくと、碌な目に遭わない。

 

 この魔法世界へ来た時だって、自分の魔力でどこまでも飛んでいけると豪語し、アリアドネーへ向けて単独で旅立った。

その結果、迷子になる羽目になった。完全に調子こいてやらかした典型であった。

 

 それを考えれば、カギの自信ほど不安なものはないと、カモミールは思ったのである。

 

 そのカモミールの言い分に、カギ自身も言われてみればそうである、と思うほどだった。

確かに調子こいて天狗になったら必ずと言っていい程に痛い目を見ている。

 

 俺は最強なんだ! と豪語していた癖に、銀髪との初戦でボコボコにやられた。

その銀髪にリベンジ決めてボコした時も、俺TUEEEEEEEと思ってた矢先、模擬戦とは言え逆にアスナからボコボコにされた。

 

 それを考えたらカギ自身すらも、調子こいた俺クソだな、としか言いようがなかったのである。

 

 

「おっ、ネギたちじゃねぇか。そういやまだちゃんと顔見せてねぇな」

 

「そういやそうだったなー」

 

 

 そうこう話している内に、何やら夕映の前にネギたちも現れたではないか。

こっちに来てからと言うもの、ネギたちに特に会話らしき会話すらしていないのを、カギは思い出した。

 

 

「ちょいと挨拶がてら行ってくるべ」

 

「おう!」

 

 

 とりあえず、こっちに来てから初めての挨拶を、ネギたちにもすんべと、そちらの方へとカギは歩き出したのである。

カモミールもカギの言葉に、一言声をかけ、ネギたちの方を見るのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じ頃、闘技場のテラスから外の街を眺める男がいた。

それはアルスだ。アルスは今後のことを考えて、どうするかを悩んでいた。

 

 敵は転生者。何をするかわからない連中だ。

裕奈やその友人たちに襲いかかる可能性が、非常に高い。自分は彼女たちを守護れるだろうか。そこをずっと、クソ面倒くせぇ、と思いながら考えていた。無論、面倒くさいと感じている部分は、襲ってくるだろう転生者のことなのだが。

 

 そんな頭を悩ますアルスのもとへと、一人の少女がとことこと近寄っていった。

 

 

「ねー、アルスさん」

 

「ん? どうした?」

 

 

 その少女は裕奈だった。

裕奈は聞きたいことがあって、アルスのところへやってきた様子だった。

 

 アルスは名前を呼ばれたのに気が付き、裕奈の方へと振り返った。

 

 

「すぐにはあっちに帰れないから、少しの間こっちに滞在するってことになったよね?」

 

「ああ、そうだが?」

 

 

 裕奈はまず、この前に話を決めたことを、確認するかのようにアルスへ尋ねた。

 

 ネギたちはこの新オスティアでもう少し生活することにした。

それはゲートが使えないからだ。ゲートが開かなければ、元の世界へ帰れないので、開くまでの間はここに住むしかないのである。

 

 アルスはそれに対して、当然のようにYESと答えた。

 

 

「それって、いつごろ帰れる予定なのかなって」

 

「あー……」

 

 

 しかし、裕奈が聞きたかったことは、それではない。

その滞在期間がどのぐらいになるか、ということだった。

 

 その質問を聞いたアルスも、確かにそれは知りたいことだろうと考え、言葉を漏らしていた。

 

 

「それはわからん」

 

「えー!? それじゃいつ帰れるかわからないってことじゃん!?」

 

「そりゃ、俺にだってわからんことぐらいある」

 

 

 ただ、アルスとてゲートがいつ開くかなんぞ、わかる訳がない。

何せ使わせてもらうゲートは、覇王の知り合いの国が所有するゲートだ。まったく知らない場所のゲートの事情なんぞ、把握できるはずがないのである。

 

 それ故、当然答えは知らないだ。

宇宙の果てを知らんように、そんなことは知らん、としかアルスには言いようがなかった。

 

 裕奈はそんなアルスの言葉と態度に、大きな声を上げて困ったと言う言葉を発した。

わからない、と言うことは、数日から数週間、数ヶ月、もしくは数年の可能性もあるのではないか、と考えたからだ。

 

 だが、そう文句を言われても、アルスにもわからんのだ。

アルスは無茶言うな、と言う態度で、裕奈へとそう言った。

 

 

「ただ、一つ言える事は、()()()()()()()()()はずさ……」

 

「ふーん……?」

 

 

 とは言え、アルスは”原作知識”を保有する転生者だ。

この拳闘大会が終わったならば、さほど帰るのに時間はかからないことを”原作知識”で知っているからだ。

 

 もうすぐ”完全なる世界”が本格的に動き出し、”儀式”が始まる。

そうなれば、嫌でもこの問題は終結する。そうすれば、後はもう帰るだけになるのを、アルスは記憶していたのだ。

 

 それでもわからないと言うのは、”原作知識”が全く当てにならないからである。

何せ、アスナが捕まらずにこちらにいる。あの状助が何とかやったみたいだ。

 

 アスナがこちらにいるということは、”儀式”が行えないということだ。そのことを考えると、この先のことなど、わかるはずがなかったのだ。故に、言葉の最後に”はず”、と付け加えていた。

 

 そんな、まるで予言のようなことを言うアルスへ、裕奈は不思議に思って声を出すだけだった。

 

 

「それと、……この事件って、お母さんが昔やった仕事と、何か関係あるんじゃないかなーって」

 

「っ!」

 

「あれ? もしかして予想通りだった……!?」

 

 

 だが、裕奈が本当に聞きたかったことは、そういうことではなかった。

裕奈は10年前、自分の母親がエージェントとして活動した任務と、今回の事件が関係しているのではないか、と勘ぐった。

 

 それをアルスへ尋ねれば、アルスは驚いた表情を見せたではないか。

つまり、それは正解だったということに他ならなかった。まさか、とは思っていた裕奈も、アルスの顔を見てそれを確信したのだ。

 

 

「そっか、アルスさんも同じ仕事だったんだもんね……」

 

「……よく覚えてたな……」

 

 

 そこで裕奈は、アルスも10年前、自分の母親と同じ任務についていたことを思い出した。

アルスは幼かった裕奈がそれを覚えていたことに、少し感心した様子で言葉を漏らした。

 

 

「まーね、お母さんが引退したきっかけだったしね」

 

「ああ……、そうだったな」

 

 

 10年前の任務の後、母親はエージェントや魔法使いを引退して一般人となった。

それを覚えていたからこそ、今回のこともピンと来たと裕奈は話す。

 

 それを聞いたアルスも、それを思い出したようだった。

そのことはアルス本人が一番知っていることだし、理解していることでもあるからだ。

 

 

「あの時何があったかは教えてくれなかったし聞かなかったけど、まさかって思っちゃってさー」

 

「はぁー……、ゆーなは時々鋭いから困る」

 

「ふふーん!」

 

 

 10年前、急に仕事をやめた母。誰もそのことに関しては教えてくれなかった。

それに裕奈自身も、何かあったと思ったがあえて聞かなかった。

 

 ただ、何か大きな事があったのだろうと言うことだけは、幼いながらに察していた。

それ故にか、今回の事件も、それに関連しているのではないか、と少し疑ったのである。

 

 そんな裕奈に、大きなため息を吐いて、少し困った表情を見せるアルス。

いやはや、まさかそこまで察しがよいとは思っていなかったと言う様子で、言葉を漏らしていた。

 

 そこで、今のアルスの物言いに、裕奈は褒められたと思い、大きな胸を張って踏ん反りがえった。

 

 

「褒めてないぞ……」

 

「え!? 褒めるところじゃないの!?」

 

「冗談だ」

 

「冗談だったの!?」

 

 

 しかし、そこでアルスは別にそう言うつもりはなかったと言い出したではないか。

 

 いやいや、それは褒めているのでは? 褒める場面では? と思った裕奈は、とっさに叫ぶようにつっこみを入れた。

 

 すると、アルスは今度はそれに対して冗談だと言い出した。

何が本当なのか混乱した裕奈は、再び声を大きくしてつっこんだのである。

 

 

「……いや、まあ、そりゃ関係ないとは言えないな」

 

「やっぱりかー……。何かうすうすそうかなって思ってたんだよねー」

 

 

 そう冗談を言っていたアルスも、ふと真剣な表情を見せて語った。

あの10年前の任務は、間違いなくこの戦いに通じている部分があると。

 

 それを聞いた裕奈は、はーっ、とため息を小さくついて、そんな予感がしていたと言葉を漏らした。

 

 

「んで、用事はそんだけか?」

 

「うん! 何かすっきりしたよ! ありがとー!」

 

「どういたしましてだ」

 

 

 アルスは話が終わったのかと思い、裕奈へとこれ以上質問はないか尋ねた。

裕奈もとりあえず聞きたいことは聞けたと言う様子で、さっぱりした笑顔を見せて礼を言っていた。その礼に応えるように、アルスも微笑み返した。

 

 また、裕奈はそこで過去に何があったかを根掘り葉掘り聞こうとはしなかった。どうせ過去のことであり、終わったことだ。それに母親も健在であり、気にすることも無いからだ。聞きたければ無事に帰った後で母親に聞けばよいので、ここでアルスに聞く程野暮ではなかった。

 

 

「じゃ、私は友達んとこ戻るから!」

 

「おう。何かあったら行ってこいよー」

 

「はーい! わかったー!」

 

 

 そして、裕奈は一言アルスへ言い終えると、そのまま友人がいる場所へと走っていった。

そんな裕奈へと、アルスは大声で言い忘れていたことを伝えたのだ。

 

 アルスの最後の一言に、裕奈は顔だけ振り返って、手を大きく振りながら、承諾の一言を叫んだ。

その後裕奈の姿は見えなくなり、アルスは一人、裕奈が立ち去った方向を、じっと眺めていた。

 

 

「はあ……、何とか無事に帰してやんねぇとなぁ……」

 

 

 そこでアルスは、今後迫り来るであろう転生者だらけの敵のことに悩みつつも、彼女たちの無事に帰還ことだけを考えるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 場所を戻して、そこはカギが追跡している場所。

いや、追跡は終わり、彼らは新オスティアのアーケードにて、お茶をしながら会談していた。

 

 

「そういえば、今ふと気がついたのですが、あなたはもしやナギ様の……」

 

「はい、息子です」

 

「やはり!」

 

 

 そこでエミリィは今しがた会った少年ネギが、憧れの英雄ナギの子供であることに気が付いた。

ネギはその問いに、素直にYESと答えた。すると、エイミィは感極まって席から立ち上がって大声を出し始めたのだ。

 

 

「なんということ! 今まで気づかないなんて!!」

 

「いいんちょ。彼らは一応賞金首扱いなんだから騒いだら目立つよ!?」

 

 

 いやはや、よく見れば顔つきや髪の色までそっくりではないか。

どうして最初に会った時点で気がつかなかったのだろうか。それを声を荒げて叫ぶエイミィ。

 

 しかし、声が大きすぎることを、横のコレットが嗜めた。

何せ彼らは一応ではあるが賞金首。エイミィの大声で注目を浴びて、バレてしまったら大変だと思ったのである。

 

 

「ああ、それなら大丈夫です」

 

「はい、この指輪があれば、正体がわからなくなりますから」

 

 

 そこへネギが、別に騒いでも問題ないと言い出した。

さらに、ネギの横にいたのどかも、今右手の人差し指につけてる指輪で、正体が隠せていると説明したのである。

 

 

「その指輪は?」

 

「エヴァンジェリンさんが貸してくたものです」

 

「なっ!? なんですってー!!」

 

 

 その指輪はエヴァンジェリンが作った、認識阻害の魔法を発生させる指輪だ。

学園祭の時に、ネギに数個手渡された、あの指輪である。

 

 エイミィはさらに質問を重ね、その指輪について聞いた。

すると、今度は夕映がそのことについて、小さく説明を入れたのだ。

 

 だが、エヴァンジェリンの名を聞いたエイミィは、再び声を大きくして叫ぶではないか。

いや、()()のエヴァンジェリンはアリアドネーでは英雄のような存在であり、憧れの的だ。その名前を聞いて、興奮しないものなどいないのである。

 

 

「だからって、騒がないに越したことはないって!」

 

「そ、そうでしたわね……」

 

 

 それでも騒ぐのはよくない、とコレットはエイミィへと注意する。

エイミィも確かにはしたないことだと考え、落ち着きを取り戻して再び席に座った。

 

 

「えっ、ということは……」

 

 

 だが、そこでもう一つ、エイミィはふと気がついたことがあった。

 

 

「こちらの方も、ナギ様のご子息で?」

 

「あ? 俺?」

 

 

 それは、みんなが囲っている円状のテーブルの近くで、立ちながらそれを眺めている少年のことだ。

その少年こそ転生者でありながらネギの双子の兄である、カギだった。

 

 よく見ればカギも、目の前のネギにそっくりだった。

もしや、とエイミィがそれに対して質問すると、カギは自分のことが突然話題に浮上したのを聞いて、は? と言う抜けた顔を見せたのである。

 

 

「はいです」

 

「なんということ……、まったくわかりませんでした……」

 

 

 そこへすかさずYESと答えた夕映。

間違いなくネギの兄であり、そのナギの息子であると。

 

 それを聞いたエイミィは、額に手を当てて気がつかなかったことを悔やみ始めた。

一体どうして今まで気がつかなかったのだろうか。カギはアリアドネーからこの新オスティアに来る前から顔を見ていたはずだ。それでもまったく意識しなかったことを、エイミィはナギファンとしてとてつもなく恥じた。

 

 

「ま、まあ、カギ先生はちょっと抜けた顔つきですから……」

 

「えっ!? そっちのフォロー? 俺をダシにそっちをフォロー!?」

 

 

 だが、夕映は落ち込むエイミィへ、慰めるように言葉を述べた。

カギの顔はちょっとマヌケなので、キリッとした感じのナギとは違うからわからなかったのではないか、と。

 

 それを聞いたカギはかなりショックだったようで、大声で愚痴を叫び始めた。

確かに自分の顔はマヌケだと認めているが、そこまで言われたらつれーわ……と、カギは思ったのである。

 

 

「かーっ! 悲しいわー! かーっ!」

 

「兄さんも静かにしなよ……」

 

「ぐえー! 弟にまで見放された!」

 

 

 しかも、従者であり友人でもある夕映にそこまで言われたので、カギのショックは案外大きかったようだ。

だからか、ちくしょー! と言う感じの呪詛のような叫びを、カギは何度も叫んでいた。

 

 しかし、やかましく騒ぐカギへと、ネギが注意を行ったのである。

ネギにまで見放された、と思ったカギは、情けない声を上げながら、誰にも慰めの言葉一つないことに絶望したのである。まあ、半分以上は冗談だが。

 

 

「おや、これはこれは……。誰かと思えば、アリアドネーの名門、セブンシープ家のお嬢様ではありませんか」

 

「!?」

 

 

 そんなところへ、一人のメガネの男が、少し離れた場所から声が聞こえてきた。

その相手はエイミィだったようで、おやおや、と言う様子で語りかけてきたのである。

 

 エイミィは突然男に声をかけられたのを聞き、そちらを振り向いて驚いた顔を見せた。

何故なら、その男が非常に地位の高い男だったからだ。

 

 

「……それに、そちらは()()()()のご子息様でありませんか」

 

 

 だが、男の狙いはエイミィではなかった。エイミィへと声をかけたのは、単なるきっかけ作りにすぎなかった。

本当の狙いは、ネギとカギにあった。故に、今度はネギとカギを見て、近づきながらそちらへと言葉を送ったのである。

 

 しかしながら、彼らには認識阻害の指輪があった。なので、メガネの男がネギたちを遠くから認識した後に、ここへと足を運んできたようであった。

 

 

「おっと、私としたことが名乗らずに無礼なことを」

 

 

 されど、いきなり知らない人から、何やら自分たちのことを知ってそうな男が現れても、ネギは誰? と言う顔をするだけだった。

ただ、カギは目の前の男が何なのかを”原作知識”で知っていたため、かなり驚きながらも、喧嘩を売るかのように睨んでいたのであった。

 

 そこへ男はネギの顔を見て、自分が何者であるかを言い忘れていたことを思い出した。

そして、その男は自らの正体を声高らかにして述べ始めたのである。

 

 

「私はクルト・ゲーデルと申します。この()()()()()()の総監であり、メガロメセンブリア元老院議員でもあります」

 

 

 そのメガネの男こそ、クルト・ゲーデルであった。

元々はガトウが身を預かった男であり、紅き翼の仲間だった男だ。さらに、現在の”新オスティア”の総監であり、メガロメセンブリア元老院議員となった、メガネの男だ。

 

 クルトはネギたちの目の前までやってきて、綺麗な礼を行った。

また、横には少年らしき付き人がおり、その手にはクルトが愛用しているであろう刀が握られていた。とは言え、()()でのクルトは彼以外の部下を連れておらず、私兵の護衛はいないようであった。

 

 そして、クルトは一礼を済ませると、ネギたちに胡散臭い笑みを向けるのだった。

 

 

 


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