理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百四十話 転生者アーチャー

 ネギは転生者アーチャーを追って、川の方までやってきていた。アーチャーもネギが付いてきていることをちらちらと確認しながら、まるで誘導するように行動していた。

 

 

「待て!」

 

「ふむ、まだ追ってくるのか」

 

 

 アーチャーへとネギは、大声で静止を呼びかけた。するとアーチャーも、少し考える素振りを見せると、その場へと降り立った。

 

 

「ならば、ここで勝負をつけるとしようか」

 

「っ!」

 

 

 そして、アーチャーはネギへと振り返り、夫婦剣を投影した。その瞬間、アーチャーはネギの方へと飛び込み、ネギはとっさに防御をとった。

 

 

「ぐっ!」

 

「流石に硬いな……」

 

 

 アーチャーの動きは、かなりのすばやさだった。音速か、それ以上であった。一瞬でも判断が遅れていたら、そこでネギはやられていただろう。

 

 ネギはそれを考えながらも、ギリギリで術具融合の盾”最果ての光壁”で防ぎきることに成功した。本当にギリギリ、間に合うか間に合わないかの瀬戸際だった。

 

 また、アーチャーもその盾の強度に、舌打ちをしていた。

何と言う防御力だろうか。たとえ贋作である自分の贋作の剣であれど、完全に防がれるというのには驚きを隠せなかった。

 

 

「だが、やはり動きは鈍いか」

 

「この! ”魔法の射手! 連弾! 97矢!”」

 

「あたらんよ!」

 

 

 しかし、アーチャーはネギの弱点も理解していた。

”原作でのネギ”は接近戦を優先的に鍛えてきたが故に、高スピードでの戦闘を得意としていた。だが、こちらのネギは魔法使いとして、中・遠距離の攻撃を得意とした。

 

 だから、どうしてもスピードが落ちてしまう。アーチャーはそれに気が付き、そこを狙うことにしたのだ。

 

 ネギはすばやい動きでけん制を始めたアーチャーに、負けずと魔法の射手を発射した。が、アーチャーにそれは当たらない。剣で弾かれながら、全て回避されてしまった。

 

 

「これならどうかね? ふっ!」

 

「くっ!」

 

「”壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”!!」

 

 

 さらにアーチャーは握っていた夫婦剣を両方ともネギへと飛ばした。ネギはそれが爆発することを知っていたので、危機感を感じて再び防御の姿勢をとった。

 

 そして、ネギが思ったとおり、その夫婦剣は爆発を起こした。いや、アーチャーが爆発させたのだ。

 

 

「っ! しまった!? 視界を!?」

 

「理解したか! ”赤原猟犬(フルンディング)”!!」

 

 

 ネギはそれを無傷で防ぐことに成功した。だが、ネギはアーチャーの今の攻撃の意図に、そこで気が付いた。

 

 今の爆発と川の水が蒸発したことで、白い煙にネギは包まれた。その白い煙によって視界をふさいでしまったのだ。これではアーチャーがどこにいるかわからない状態だ。ネギはそれを見て、大いに焦った。

 

 アーチャーはネギの焦りの声にニヤリと笑い、さらなる矢を投影した。それは真紅の(つるぎ)だった。それを弓に構えると、真っ赤で禍々しい魔力を帯びだしたのだ。その魔力を纏った(つるぎ)を、アーチャーはネギへと目がけ撃ち込んだのである。

 

 

「なっ!」

 

「避けたと思わない方が身のためだ」

 

「何を!?」

 

 

 ネギは突然煙の奥から飛んできた矢に、驚きながらも回避して見せた。

が、アーチャーはその剣の特性を理解している。よって、余裕の表情でネギに忠告を述べたのだ。

 

 ネギはアーチャーの物言いが意味することをわからなかった。

故に、一体何が言いたいと、叫ぼうとしていたのだ。

 

 

「っ! ぐああ!?」

 

「その(つるぎ)はどこまでも追跡する。どこまで防ぎきれるかな?」

 

「ぐっ……! うあっ!!」

 

 

 そこへ、ネギが今避けたはずの矢が、急に方向を変えてネギの背中を狙ってきた。

急、と言うよりも、もはや進行方向が一瞬で切り替わり、まさに壁に跳ね返ったがごとく矢は転回したのである。

 

 ネギはそれを察し、体をそらして何とか回避した。が、無傷という訳にも行かなかった。左腕にその矢が命中し、その矢と同じ赤色の血が噴出したのである。

 

 そう、この赤原猟犬(フルンディング)は追尾能力のある剣だ。本来ならば単純に狙った獲物を見逃さない程度の追尾機能、もしくは最適な斬撃を繰り出せる程度の剣なのだが、矢として放たれたそれは、獲物を狙った猟犬のごとくしつこく追尾し続けるのだ。

 

 

「”最果ての光壁”!」

 

「ふむ、それで防ぐしか手はないだろうな」

 

 

 ネギも今ので赤い矢の特性を理解した。

これは回避し続けるのは困難だ。周囲の視界が白い煙でふさがれているのならなおさらだ。ならば、やはりここは防御しかない。ネギはそう考え、再び矢が切り返してきたところで、最果ての光壁で防御したのだ。

 

 すると最果ての光壁と赤原猟犬(フルンディング)が衝突。その衝撃のエネルギーで、周囲を覆っていた煙は吹き飛び、晴れたのである。

 

 アーチャーはその様子を少し離れた場所から見ながら、防御以外はないだろうと腕を組んで眺めていた。

 

 

「しかし、これで終わりではないぞ? ハッ!!」

 

「またあの双剣!?」

 

 

 とは言え、ネギが防御しているのをただ見ている訳はない。アーチャーは再び両手に夫婦剣を投影し構え、それを防御中のネギの無防備な背中へと投げ飛ばしたのだ。

 

 ネギは赤い矢を防ぐので手一杯だった。もはや、今再び投げ出された双剣を防ぐことはできない。このままでは赤い矢と双剣、どちらかを食らってしまう。さてどうする、ネギはそれを必死に考えた。

 

 

「はっ!」

 

「ほう?」

 

 

 二つの攻撃を同時に防ぐのは困難だ。ならば、一度距離をとらざるを得ない。

ネギはそれを考え、最果ての光壁を槍のモードに変化させ、それにまたがり瞬時に加速して、その場から離れた。

 

 アーチャーはネギの行動を冷静に眺めていた。

流石に赤原猟犬(フルンディング)と夫婦剣の両方を、受け止めるほどの力はないかと。

 

 

「防ぎきれぬと考え、逃げに徹したか。だが、どこまでもそれは追って行くぞ」

 

「……!」

 

 

 そこでアーチャーは冷静に、ネギへと一言忠告した。

たとえ夫婦剣を避けたとしても、赤原猟犬(フルンディング)は追い続けると。その速度も尋常ではない、逃げ切れるなど甘いことを考えるなと言いたげだった。

 

 ネギもそれをその身で実感していた。

超加速したはずなのに、あの赤い矢はもう既に後ろに迫ってきている。いや、もうすぐ追いつかれそうになってしまっていた。ドッグファイトにもならないほどだった。

 

 

「風の分身か! しかしだ、その程度で止まることはない!」

 

「言われなくとも……!」

 

 

 そこでネギは風の精霊で分身を作り、それをおとりとして矢を受けさせた。が、それでも矢の速度はまったく変わらず、ネギを貫かんと直進するのみだった。

 

 アーチャーもそれを見て、無意味だと言葉にしていた。

ただ、ネギとてそのぐらい理解していた。だめもとで行ったことだったが、やはりダメだったというだけだった。

 

 

「それに、その(つるぎ)だけに集中していていいのかね?」

 

「ううっ!!」

 

 

 しかし、攻撃はその赤い矢だけではない。アーチャーはそれをおもむろに述べると、新たに適当な矢を投影し、それを超スピードでネギへと射始めたのだ。

 

 そのすさまじい矢の嵐に、ネギは即座に障壁を張ることで防いだ。

今、盾である最果ての光壁は杖を媒介にして作り出している。故に、それを槍にして騎乗している状態だ。この状態では防御に使うことは不可能。アーチャーの矢の嵐は、障壁で防ぐ以外手はなかった。

 

 

「中々の障壁だ。だが、いつまで持つかな?」

 

「ぐう……!」

 

 

 とは言え、そのネギの障壁は相当な強度を誇る。簡単には打ち抜けない。

アーチャーもそれを見て、素直に褒めていた。それでも、この矢の嵐。長く持つはずが無いのも事実だった。

 

 それ以外にも、ネギは未だ赤い矢に追われている状態だ。障壁で防御しつつ、それから逃げるために加速しなければならない。その疲労は想像を絶するものだろう。このままではどちらかの攻撃で撃墜されてしまうだろう。

 

 だから、ネギはそれを考え、賭けに出ることにした。

再び停止し、もう一度最果ての光壁で赤い矢を受け止め、矢の嵐を防ぎ始めたのだ。

 

 

「止まった……? 観念したか?」

 

「……いえ」

 

 

 アーチャーはネギの動きが止まり、攻撃を再び防ぎ始めたことを見て、諦めたと考えた。

しかし、ネギはまったく諦めてはいない。一か八かではあるが、それに全てを賭けることに決めたのだ。

 

 

「最果ての光壁よ、その力を解き放て!」

 

「何!?」

 

 

 ネギはなんと、赤い矢を最果ての光壁で受け止めながら、その力を解放した。すると、盾となっていた光壁は槍となり、さらに巨大な光の柱となったのだ。

 

 

「はあああああ!!」

 

「光の柱……!」

 

 

 その巨大な光の柱は、ネギの叫びとともに光の渦となり、赤い矢を飲み込み始めた。そして、極光がネギを包み込むようにして巨大な槍となり、赤い矢を穿つようにして突撃を始めたのだ。これこそが火力不足を補う為に、ネギが編み出した最果ての光壁の広域攻撃モードだった。

 

 その光景をアーチャーは、驚きの眼で見ていた。

ただ、手は休むことなく矢を放ち続けていたが、光の槍に包まれたネギに、それが届くことは無かったのである。

 

 

「くっ! 贋作とは言え我が赤原猟犬(フルンディング)を砕くとは……! だがしかし!」

 

「っ!」

 

 

 こうしてネギは赤い矢、赤原猟犬(フルンディング)を破壊することに成功した。だが、それに力を費やしすぎたが故に、最果ての光壁も消滅してしまったのだ。

 

 アーチャーは赤原猟犬(フルンディング)が破壊されたことに驚きつつ、チャンスとばかりにネギへと接近した。

ネギはアーチャーの接近を感知したが、すぐに動ける状態ではなかった。とっさに障壁を張るのが精一杯であった。

 

 

「うあっ!」

 

「別に、剣だけが武器ではない」

 

 

 アーチャーはその障壁を回避するかのように、ネギの背へと瞬時に移動した。そこへアーチャーは強烈な蹴りをネギへと叩き込んだのだ。

 

 特典ではあるものの、英霊としての力を持ったアーチャーの膂力での蹴りは、かなりのダメージだ。ネギはそれを受け大きく吹き飛び、数回水面に跳ねとんだ後、川岸に衝突して倒れこんだ。

 

 アーチャーは吹き飛んだネギをすばやく追い、倒れたネギの足元に立ち、動けないネギを見下ろしていたのだった。

 

 

「さて、これでわかったはずだろう。君では私には勝てないと」

 

「……くぅ……」

 

 

 そこでアーチャーはネギへと、勝利の宣言を突きつけた。

ネギも悔しそうにアーチャーを睨むが、もはや体が動かなかった。

 

 

「では、とどめとするか。さらばだ、少年」

 

「やられる……!」

 

 

 アーチャーは別れの言葉を述べると、再び夫婦剣を取り出し、ネギへとじりじりと近づいていった。そして、ネギへととどめをささんと、アーチャーは夫婦剣を振り上げた。

 

 しかし、アーチャーにネギを殺す気はまったくない。ちょいと痛めつけて、二度と自分に歯向かえないようにしてやろう、と言う程度だった。何せアーチャーの目的は”原作遵守”。これを機会に、ネギがさらに強くなることすらも、計画として入れていたのだ。

 

 ネギはそれを知らぬ故に、もはや万事休す、助かる道はないのかと、必死でそれを模索していた。

だが、もはやどうしようもない状態だ。それでもなんとかしようと、微力ながら障壁を張ろうと右手を伸ばしたのだった。

 

 

「”我、汝の真名を問う”!」

 

「……しまっ!」

 

 

 アーチャーはその持ち上げた右腕を、剣とともに振り下ろそうとした。

だが、その時、影から小太郎とともに、のどかが現れたのだ。のどかがそれを宣言し、アーチャーの真名を奪ったのだ。

 

 アーチャーはそれを見て、してやられたという顔を見せた。

なんてことだ、自分の名を知られたということは、思考を読まれるということだ。これはマズイことをした、大きな失態だと後悔していた。

 

 

「マヌケやったなぁ! アーチャー!」

 

「くっ!! やられた!!」

 

 

 小太郎もアーチャーへの不意を付くことに成功し、煽る言葉を放った。

アーチャーは逃すまいと握っていた剣を振りぬくも、小太郎はのどかとともに再び影に沈んでいったのだ。

それを見たアーチャーは、しくじったと考えた。

 

 

「わかっていたものを……! ヤツらの行き先は確か……!」

 

「待て! くっ……!」

 

 

 アーチャーは相当今のが悔しかったのか、眉間にシワを寄せていた。

と言うのも、アーチャーは転生者であり、原作知識を持っている。こうなることぐらい予想していたのだ。

 

 しかし、ネギとの戦いに熱中するあまり、小太郎とのどかの出現をうっかりド忘れしてしまったのだ。それを考え、歯を食いしばるほどに悔しく思っていたのである。

 

 ただ、アーチャーはそれ故、彼女らの行き先を知っている。そこを思い出しながら、動けぬネギを捨て置き、飛翔してそちらの方へと移動し始めた。

 

 ネギはアーチャーが彼女らを追ったことを悟り、静止を呼びかけた。

が、すでにアーチャーの姿はなく、ネギはゆっくりと立ち上がり、アーチャーを追うことにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 小太郎とのどかはアーチャーの名前を奪い、闘技場の屋上へと転移していた。両者とも一仕事終えたという様子であり、ある程度気が緩んだ様子だった。

 

 

「大丈夫か?」

 

「はい」

 

「17箇所も転移したし、追ってはこれんはずや」

 

 

 小太郎はのどかを気にかけるような言葉をかけると、のどかも平気だと静かに述べた。

また、小太郎はアーチャーをまくために、何度も転移を行った。故に、自分たちを見つけることは困難だろうと考えたようだ。

 

 

「そっちの首尾は?」

 

「大丈夫みたい。これであの人の本名が……」

 

「よっしゃ!」

 

 

 さらに小太郎はのどかがアーチャーの名を手に入れたかを尋ねた。

のどかは問題なくできたと言葉にし、小太郎もそれに喜びを見せていた。

 

 

「赤井弓雄……?」

 

「日本人みたい……」

 

 

 そして、のどかは魔法具を滑らせると、そこにアーチャーの真名が光の文字として現れた。

そこには”赤井弓雄”と表示されていたのだ。

 

 小太郎はその名前に、意外だという様子を見せていた。

のどかもこの名前を見て、あんな外見だが日本人なんだろうかと考えていた。

 

 

「おし! 大収穫や! とりあえず俺もネギんとこ戻って助太刀に」

 

「それなら私も! あの人の思考を遠くから」

 

「そらあかん! これ以上は流石に危険や!」

 

 

 作戦もうまくいった。アーチャーの名前がわかったのは大きい。ならば、苦戦しているネギを応援に行くと、小太郎は意気込んだ。

 

 そこへのどかが自分も行くと、アーティファクトを展開しながら言い出した。

名前がわかったということは、思考を読むことができることに繋がる。少し離れた場所からアーチャーの思考を読み、何を考えているのかを知ろうと考えたのだ。

 

 が、小太郎はそれに反対した。

確かにもともとの作戦はアーチャーの思考を読むことだった。それでもこれ以上欲張るのは危ないと考え、それは無茶だと言ったのだ。

 

 

「そうだ。好奇心は猫をも殺すぞ」

 

「え?」

 

 

 そんな時、突如として声が聞こえた。それは先ほど聞いた男の声だった。

 

 のどかがそれを聞いて、不意にそちらを向けば、先ほど見た男が立っていた。そう、それはアーチャーの声だった。

 

 

「なっ!? んな馬鹿な!?」

 

「ふぅ……、()()()そこにいたか」

 

 

 小太郎はアーチャーの姿を見て、かなり驚いた。

何度も転移して追跡を逃れるようにして、ここまで来たからだ。

 

 しかし、このアーチャーは追ってきたという訳ではない。

いや、追ったのは事実だが、追跡した訳ではないのだ。”原作知識”を用いて、彼女らが最終的に現れるポイントを予測し、そこへ先回りしただけなのだから。

 

 ただ、原作どおりになるかはわからない。故にアーチャーは、二人の姿がここにあったことを見て、安堵した様子を見せていたのだ。

 

 

「この!」

 

「遅いな! すでに!」

 

「何やて!? この剣は!?」

 

 

 小太郎はとっさにアーチャーへと攻撃を開始した。

しかし、アーチャーは既に攻撃を終えていた。

 

 小太郎がそれに気づいた時には、すでに遅かった。

回り込むように白と黒の剣が、小太郎へと迫ってきていたのだ。

 

 

「”壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”」

 

「ぐあぁ!?」

 

「コタロー君!?」

 

 

 そして、その剣が小太郎の近くに差し掛かったところで、アーチャーが一言唱えると、剣が爆発したのである。

 

 小太郎はその爆発に巻き込まれ、苦痛の絶叫とともに大きく吹き飛び倒れこんだ。しかも、今の爆発のダメージがかなり大きかったのか、そこからまったく動かなくなってしまったのだった。

 

 のどかは小太郎が吹き飛ばされたのを見て、焦りに彩られた声を上げていた。

今のはかなりマズイ攻撃だった。何とか近くによって魔法で治療してあげなければ、そう思った。

 

 

「さて、君のアーティファクトは危険だ。解除させてもらう……」

 

「……! 赤井弓雄さん! あなたの目的は……!」

 

 

 だが、アーチャーがそうさせてはくれない。じりじりとのどかへと距離をつめながら、さらに新たな短剣を投影し握り締めていた。

 

 そのいびつな形をした短剣、刺すにはまったく適していないような、くの字に曲がった短剣。

これこそ破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)であった。

 

 破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)の能力は、魔術の破戒。魔術的な契約や魔術で作り出されたものを、強制的に戻してしまうというものだ。これを使い、のどかとネギの仮契約を断ち切り、アーティファクトをなくしてしまおうと考えたのだ。

 

 ただ、再びのどかとネギが仮契約すればアーティファクトは出現する。それでも、今ここで心を読まれるということは無くなると言うのは、大きなメリットにも繋がる。

 

 と、そうアーチャー考えていたところで、のどかが()()()()を唱えていた。そう、名指しに問いただすこの行為こそ、心を読んだ証拠だったのだ。

 

 

「くっ! 貴様!!」

 

「ああ……!」

 

 

 アーチャーは今、それをやられたことを即座に理解した。故に失態と、してやられたという悔しさから、怒りの叫びを上げつつ、その短剣をのどかへと振り下ろしたのだ。

 

 のどかはその振り下ろされる短剣を見ながら、小さく悲鳴を上げていた。否、それだけではなく、しっかりと障壁を張ってそれを防ごうとしていた。

 

 ここののどかは魔法使い見習いとして、ある程度ではあるが魔法を習得していた。さほど才能の無いと言われた彼女であったが、数ヶ月間修行したおかげで、治癒や障壁などは使えるようになっていたのだ。

 

 だが、その障壁など破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)には無意味だった。短剣が障壁に触れたとたん、障壁が消滅してしまうからだ。それをただ、のどかは不思議に思い見ていることしかできなかったのだ。

 

 

「女子供にムキになるとは、大人気ない」

 

「何!?」

 

 

 しかし、そこで少年の声とともに、石の杭がアーチャーへと襲い掛かった。アーチャーはそれに気が付き、とっさにその場を移動しその杭を回避したのだ。

 

 

「ぐっ!? まさか貴様!?」

 

「また僕を知っているものか……」

 

 

 そこでアーチャーが見たものは、驚くべき人物だった。どういうことなんだろうか、幻術か何かか、そう考えながらも、驚愕を隠せない様子でその人物を見ていた。

 

 アーチャーの攻撃を阻止した人物、それは白髪の少年だった。また、その人物は何度目となるかわからない、自分を知る見知らぬ相手に慣れたという顔を見せていた。

 

 

「フェイト・アーウェルンクス……!? 貴様が何故ここに!?」

 

「さてね……」

 

 

 それこそ、あのフェイトだった。なんとフェイトがここへ現れ、アーチャーの邪魔をしたのだ。

 

 アーチャーはフェイトの登場に、かなり動揺していた。”完全なる世界”から抜け、行方をくらませたフェイト。それが今になってこの場に現れることなど、まったく考慮していなかったのだ。

 

 故に、アーチャーはそれをフェイトへ問いただす。今更どうしてここへ来たのか、その目的はなんだと。

 

 が、フェイトはとぼけるだけで何も言わなかった。

むしろ、敵であるアーチャーに、それを言う必要も意味も無いという態度だった。

 

 ただ、フェイトがここに来た理由は存在する。それは当然、あの皇帝からの使命だ。とは言え、とりあえずここへ行け、完全なる世界(ヤツら)が暴れるから何とかしろ、そう言われただけであったが。

 

 

「待て!」

 

「追いついてきたか!?」

 

 

 そこへ、ようやく追いついたネギも登場し、とっさにのどかをかばうように立ちふさがった。

アーチャーは”原作よりも”遅い登場の主人公に、追いつかれたという顔を見せていた。

 

 

「のどかさん! 大丈夫ですか!?」

 

「はっ、はい!」

 

「……この人には指一本触れさせません……!」

 

 

 そして、背後にいるのどかへと、ネギは気遣う言葉をかけた。

のどかは助かったことに安堵しつつ、少し緊張した様子で返事をした。

 

 するとネギはアーチャーへと視線を戻し、のどかには手を出させないと宣言した。

それを聞いたのどかは、ネギの後ろで照れながら顔を赤く染めていたのだった。

 

 

「へえ、彼が……」

 

 

 そこでネギを少しはなれたところから、興味ありげにフェイトが見ていた。

なるほど、あれがあの英雄ナギの息子か。確かに見た目は似ているな、そんな感想を抱いていた。

 

 

「やっと見つけた!」

 

「むっ……! ()()明日菜……」

 

 

 さらにそこへアーチャーへと、ハマノツルギを振り下ろしながらアスナが現れた。

アーチャーはそれをとっさに回避しながら、アスナの登場を”原作どおり”と考えながら眺めていた。

 

 

「クレイジー・ダイヤモンド!! ドラララララララァァァッ!!」

 

「何!?」

 

 

 が、その直後、横からすさまじい勢いと凄みをアーチャーは感じた。

すると、リーゼントの男子が現れ、大きく叫んでいるではないか。

 

 それこそあの状助だった。状助はアスナの攻撃をかわしたアーチャーへと、クレイジー・ダイヤモンドの拳を浴びせようとしたのである。

 

 アーチャーもこれには予想外だったようで、かなり驚いた顔を見せていた。

しかも、アーチャーにはスタンドを見る力はない。スタンドはスタンド使いぐらいにしか見えないからだ。なので、とっさに虚空瞬動で距離をとり、それを何とか回避したのだ。

 

 

「ふぅー、ちっときつかったぜ」

 

「そう言うわりには、ちゃんとついてこれたじゃない」

 

「必死だったがなぁー!」

 

 

 状助は攻撃をかわされたのを見て、さっと瞬動でアスナの近くへと移動した。

そこで、アスナの後ろを追っていくのが大変だったと、ため息交じりで言葉にしていた。

 

 そう言う状助へ、アスナは小さく笑いながら自分の後をついてきたことを褒めた。

虚空瞬動を用いてかなりスピードを出したはずだが、状助はそれにしっかりとくっついてこれた。アスナはそれを状助がやり遂げたのを見て、素直に認め喜んだのである。

 

 ただ、やはり状助は結構しんどかったようだ。

未だ虚空瞬動を使えない状助は、建物の屋根を瞬動で飛び回るしかなかった。スタンドの”脚”を使ってそれを行っても、やはり虚空瞬動で空を翔るアスナを追うのは、相当な苦労だった。

 

 

「ぬう……()()()()の……。つまり、ヤツらは失敗したということか……」

 

 

 アーチャーはアスナとともに現れた状助を見て、作戦の失敗を悟った。

あの状助は転生者だ。原作知識があるかはわからないが、アスナの傍にいるというのなら、原作知識を持っている可能性があるだろう。であれば、アスナを助けるのは必然だ。そして、二人が同時に現れたということは、当然作戦が失敗したことを告げる証拠だ。

 

 と言うか、アーチャーはあの連中にはまったく期待していなかった。成功すればめっけもの、その程度の認識だった。しかし、アスナが手に入らなかったというのに、割と余裕な様子だった。それ以上に、次の行動をどうするかを模索していた。

 

 ただ、それ以外に、あの東方仗助が生きているということに、多少の驚きはあった。何せゲートで受けた傷は致命傷だったはずだ。それでもここに生きて現れ、再び合間見えたことに驚きがないはずがないのである。

 

 

「剛なる拳! ”臥龍! 伏龍”!!」

 

「またしても!!」

 

 

 だが、アーチャーはそのような悠長なことをしている暇などなかった。

そこへ新たな攻撃がアーチャーを襲ったからだ。

 

 それこそ真なる絶影から放たれた、二つのミサイル状の攻撃だった。アーチャーは再びその場から飛び跳ね、何とかそれを回避して見せた。

 

 また、法は絶影を操りつつ、倒れた小太郎を抱えて身の安全を確保していた。

 

 

「っ!」

 

「おいーっす! 俺も混ぜろや!」

 

「ジャック・ラカンか……!」

 

 

 アーチャーを襲ったのはそれだけではなかった。無数に放たれた剣の雨が、アーチャーが回避行動に移ったと同時に飛び込んできたのだ。

 

 アーチャーはそれを夫婦剣を再び投影し、それ使って全て叩き落し、何とか事なきを得た。そして、それを投げてきた相手を、しっかりと目で確認したのである。

 

 そう、それで攻撃を行ったのは他でもない、ジャック・ラカンだ。

また、木乃香は法に抱えられて動かない小太郎へと、治癒の魔法を使っていた。

 

 ただ、そこにはあの陽の姿は無かった。木乃香たちは陽たちを取り逃がしてしまったようである。

 

 

「……これは流石に分が悪いか……」

 

 

 アーチャーはこの状況に、冷静な態度で分析していた。

だが、内心はかなり焦りを感じていた。ラカンが現れることは”原作”でも同じなので対して気にはしていない。問題は他に増えた転生者だ。それ以外にも、フェイトが敵対者となって現れたことも大きな要因の一つであった。

 

 なので、もはや引き際だと考え、逃げる算段を立て始めた。

こうなってしまっては、もはや勝ち目はない。むしろ、すでに負けている状況だ。ならば、さっさと退散してしまった方が賢いというものだ。

 

 

「ふっ! はっ!」

 

「双剣!」

 

「なんだありゃ? 俺のアーティファクトにそっくりな能力だな」

 

 

 ならばと、アーチャーは握っていた夫婦剣を即座に投げ、ネギたちへと襲わせた。さらに、何本も夫婦剣を投影し、それも同じくネギたちへ投擲したのだ。

 

 ネギはあの剣の特性をある程度理解してきたので、投げてきたという行為に警戒する態度を見せていた。

また、ラカンは何度も武器を作り出すアーチャーを見て、自分のアーティファクトに似ていると思ったようだ。

 

 

「気をつけてください! 爆発します!」

 

「ほー、おもしれぇことするじゃねぇか」

 

 

 ネギはあの剣が爆発することを恐れ、大声でラカンへ警告した。

ラカンはそれに対して、ただただ面白いとだけ言って、本当に面白そうだという顔をするだけだった。

 

 

「”壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”」

 

「またしても視界を!?」

 

 

 そして、その呪文がアーチャーの口から解き放たれる。当然そこで飛び交っていた夫婦剣はネギたちの前で爆発、その視界を煙がふさいだのだ。

 

 ネギはその自体に焦りを感じた。

何度も受けたことだが、視界を遮られるというのは危険だからだ。再びあの赤い剣を放たれたら、今度は避けきれる自信がないからだ。

 

 

「しょうがねぇなぁ……、オラァ!!」

 

「ちぃ! やはりジャック・ラカンこそ最大にして最強の難関か……!」

 

 

 が、そこでラカンは面倒だとばかりに、脚を踏みしめ衝撃波を発生させた。するとどうだろうか、周囲を覆っていた煙が晴れ、視界が良好となったではないか。

 

 さらに、ラカンはその踏みしめた脚を利用し、そのままアーチャーの近くへと飛び込んだのである。

 

 アーチャーはそれを見て恐れ入った。

流石はバグと言われた男、この程度では臆することなどないのだと。また、接近してくるラカンをどう対処するか、アーチャーは次の一手を手探りで探していた。

 

 

「だが……、なっ!?」

 

「僕を忘れないでほしいね」

 

「フェイト……!」

 

 

 しかしだ、アーチャーは一つ忘れていた。今目の前にいる強敵が、ラカンだけでないことを忘れていた。この少年を忘れていた。白髪の淡白な表情をする少年が、ありえないことにここに来ていることを忘れていた。

 

 そう、ご存知フェイトだ。フェイトはすでにアーチャーの背後へと回り込み、石でできた剣を振りかぶっていた。アーチャーはそこで再び複製した夫婦剣にて応戦し、それを防いだのである。

 

 

「俺のことも忘れてもらっては困るぞ! 絶影!!」

 

「クッ! このままでは!」

 

 

 それ以外にも、攻撃するものがいる。アーチャーと同じく転生者の法だ。法はその場から真なる絶影を操り、フェイトの攻撃を防いで動けないアーチャーへとけしかけたのだ。

 

 アーチャーはそれを見た後、別の方向から迫り来るラカンの姿も捉えた。

これはマズイ、この三人から攻撃を受ければ、自分とて勝ち目などない。どうすればよいか、アーチャーはそれを必死に脳内でめぐらせていた。

 

 

「はっ! 所詮そこが雑種の限界よなぁ」

 

 

 そんな時、突如として空から男の声が聞こえてきた。

いったい誰だろうか、何者だろうか、それを確認する暇も無く、その攻撃が降り注いだ。

 

 

「ぐっ!? これは……!」

 

「新手ってやつか!?」

 

「何!? ううっ!?」

 

 

 その降り注いだもの、それは光り輝く美しい武器の数々だった。剣や槍、はたまた矢か、数多くの伝説の欠片が天から豪雨のごとく降り注いだ。その全てが、数多の英雄たちが自分の命を預け相棒としてきた、伝説に名を残すほどのものだった。

 

 フェイトはそれを障壁で弾こうとするも、すさまじい力で貫通されてしまった。フェイトの障壁は城砦とおも言えるほどのすさまじい防御力を誇っている。それをたやすく破壊されたことに、フェイトは驚いた。

 

 が、驚いてばかりはいられない。すぐ目の前に剣が、槍が迫ってきているのだから。故に、フェイトは防御をやめ、跳ね飛ぶ形で攻撃範囲から脱出した。

 

 ラカンはその武器を拳を高速で動かし弾くことで、事なきを得ていた。否、事なきを得たが、降って来る武器の数が多すぎた。なので、その場から後ろへと下がり、ネギが立つ安全圏へと非難したのだ。

 

 また、法の操る絶影はそれを防ぐ手が存在しない。数本の武器の雨を受け、左腕や右肩などを破損させていた。それでも分身するほどの超スピードを出すことで、その危機から脱出し、法の後ろへと下がることに成功した。

 

 

「増援!? いえ、今のは……!?」

 

「おっおいおいおい?! 今のってまさかよぉー!?」

 

 

 ネギは今の攻撃で敵が増えたことを理解した。

だが、それ以上に今見た攻撃が、自分の知っているものだということに気が付いた。

 

 それは当然転生者たる状助も同じだった。

この攻撃こそ、かの黄金に輝く英雄王が持つとされる王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)に他ならなかったからだ。

 

 

「っ! これってまさか……!」

 

「はい……! でも何故……?」

 

 

 アスナも今の攻撃のことを一瞬で理解した。

何せ”同じ攻撃が可能な”人物を知っているからだ。

 

 ネギも当然それを知っていた。

いや、わりと最近知ったことだったが、これはまさしく自分の身近な人物が使う攻撃だった。故に、どうしてこの攻撃が他人にもできるのか、わからないという顔を見せていた。

 

 

(オレ)が抑えているうちに、さっさと最後の仕事を仕上げろ、雑種」

 

「っ……わかっている!」

 

 

 すると、闘技場の屋根の上に、黄金の男が立っていた。

その男が今の攻撃を行った張本人で間違いないようだ。

 

 その男は演技しているかのような口調で、アーチャーへと命令した。

アーチャーはそれを聞いて、苦虫を噛んだ表情を見せながらも、肯定する一言を述べたのだった。

 

 

「退くわよ!」

 

「っ! すみませんのどかさん!」

 

「キャッ!? ネギ先生……!?」

 

 

 さらに黄金の男の攻撃は加速していき、安全地帯であったネギたちがいる場所をも、その武器の豪雨が浸食しだした。

 

 アスナもこの攻撃を知っていた。なので防御は不可能と即座に判断し、その場から離れたのだ。

 

 ネギも防御は不可能だということを理解していたので、とりあえず疑問は後にして、後ろにいるのどかを抱きかかえ下がったのだ。

 

 その時のどかは顔を赤く染めながら小さく悲鳴を口から漏らしていたが、ネギはそれにかまっている余裕はなかった。

 

 何故なら王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の武器一つ一つが強力なもので、命中すればよくて瀕死、悪くて即死レベルの攻撃だったからだ。

 

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉッ……!?」

 

「すげぇ武器の嵐だな!」

 

 

 その攻撃は状助にも届いた。

状助はヤバイと感じスタンドで必死に叩き落しながら、その場から下がった。何せスタンド、クレイジー・ダイヤモンドは、銃撃の嵐すら掻き分けられるほどのスピードでのパンチが可能だ。それをフルに使い、なんとかギリギリで攻撃をしのいでいたのだ。

 

 ラカンもその攻撃を、すさまじい速度で拳を放つことで防いでいた。

単純に大量の武器を落とすだけの質量攻撃でしかないが、この武器の数は驚くに値していた。

 

 

「絶影! くっ! なんという……!!」

 

「ちぃ! 礼言ーとる場合やないな!!」

 

「これって……、もしかしてカギ君と同じ……!?」

 

 

 また、法も王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)に手を焼いていた。

すばやく真なる絶影を操り、助けた小太郎とそれを治療しに来た木乃香をつれてその場から脱出したのだ。

 

 小太郎は治療されて元気になったものの、悠長にはしていられないと考えた。

さらに、木乃香もネギたちと同じように、この攻撃が自分の知るものだということに気がついた。

 

 

「我が骨子は捻れ狂う……」

 

「しまった! またあの矢を!?」

 

 

 そして、フリーになったアーチャーは、弓と矢を投影しだした。その矢こそ、螺旋に渦巻いたあの剣だった。

 

 ネギはそれを見て、再びあの矢を使われると思い焦りだした。

何せ偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)の威力は二度ほど見ている。いやと言うほどに、その力を理解しているからだ。

 

 

「上に!?」

 

「どうして!?」

 

 

 だが、どういう訳かアーチャーは、弓を真上に向けて放ったのだ。

ネギとアスナは何故何も無い空へ、その矢を放ったのか疑問に思った。

 

 

「貴様らはただただ、我が宝物の輝きの前にひれ伏しておればいい!!」

 

「なんという……、すさまじい攻撃だ……!!」

 

「ちぃ、剣が刺さらないだの言われた俺様だが、この武器はちーっとばかしヤベぇな……!」

 

 

 しかし、そんなことを考えている暇すら与えんと、黄金の男はさらに攻撃を加速させた。もはや無数の宝物の嵐に、誰もがたじろぎ後退を余儀なくされていた。

 

 フェイトもひるみ、あのラカンですら飛び交う伝説の武器のすさまじさを理解し、恐れるほどであった。

 

 とは言え、この黄金の男も本気で攻めている訳ではない。この攻撃は所詮時間稼ぎ、アーチャーの行動が終わるまでの間のお遊びでしかないのである。

 

 

「”偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)”!」

 

 

 そして、アーチャーが放った矢は上空で大爆発を起こした。それはまばゆい閃光となり、天を白一色へと塗り替えるほどだった。その数秒後には荒れ狂う衝撃とともに、膨大な爆音となって地表へと降り注いだ。

 

 

「うわっ!!」

 

「おいおいおい!!」

 

 

 当然ネギたちはそれに面くらい、防御の姿勢をとった。

いや、それぐらいしか行動できなかったほどであり、その衝撃のすさまじさを物語っていた。ただ、幸いにもその衝撃で周囲の人や建造物に被害があったという訳でもなかったようだ。

 

 

「さて、今回は退くしかないようだ。では諸君さらばだ」

 

「フハハハハハハッ! 王の威光に触れただけでもありがたいと思うのだな!!」

 

「待て!!」

 

 

 だが、アーチャーはその時を待っていたという様子で、その場から転移の符を使い退散していった。

アーチャーの最後の仕事とは、今の矢のことだったようだ。

 

 また、黄金の男も高笑いをしながら、アーチャーと同じようにして去っていった。

法がそれを静止しようと叫ぶも、すでに二人は消えていなくなっていたのだった。

 

 

「逃げられたか!」

 

「みてぇだな……」

 

 

 法は逃げられてしまったことを見て、悔しそうな顔を見せていた。

状助も敵を逃がしたことにショックだという様子だった。

 

 

「……あの攻撃、同じだった……」

 

「ええ……。間違いなく()()……」

 

 

 しかし、ネギやアスナは敵を逃がしたこと以上に、気になることがあった。

それはやはり黄金の男が使った攻撃、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)のことだった。この宝具を使う人物はもう一人、ネギの兄であり転生者でもあるカギが使っていたからだ。

 

 と言うのも、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)はありふれた宝具だ。

いや、実際は黄金に輝く最古の英雄王のみが持つ、宝物をしまっておく為の倉庫、宝物庫だ。当然その宝物庫の中には宝がぎっしりつまっており、武器の原典などが数多く眠っている。

 

 何故ありふれているかと言うと、転生者が好き好んで特典としてもらうものだからだ。かの贋作者、赤い外套の男エミヤが持つ無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)と並んで人気の特典だからだ。

 

 何せ強力な武器がセットでやってくる上に、適当に飛ばすだけで十分強い。その武器もおぞましいほど強い上に、たいていの相手の弱点がつける強力無比の宝具だ。まあ、実際武器は特典のオマケで付いてくるので、本来ならば宝物庫だけが特典なのだが。

 

 そう、カギが王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を特典に選んだように、他の転生者が同じようにして選ぶこともある。むしろ、選ぶ転生者は多い。ならば、本来一人しか操ることがない王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を、複数の人物が使えてもおかしくはないのだ。

 

 ただ、ネギやアスナは転生者を知らない。いや、アスナは転生者と言う存在ぐらいは知っている。メトゥーナトが教えたからだ。

 

 が、その中身を良く知らない。せいぜい神と言う存在から不思議な力を貰って生まれてきた、程度の知識だ。その不思議な力がダブる、ということは知らないのだ。

 

 そのため、二人はどういうことなんだろうかと悩んでいた。まさかあのカギが裏切ったと、一瞬だけ考えた。だが、その考えはすぐに消えた。昔ならいざ知らず、今のカギならそれはありえないと思ったからだ。

 

 確かに本質的な部分に変わりは無い。スケベだし馬鹿だしアホだ。それでもカギは、自分の失敗を振り返り反省し、誠実さを持つようになった。

 

 自分が悪いことをしたら謝ることを、しっかりとできる人間になった。ならば、そんなカギが自分たちの敵になるかと言えば、ノーだろう。

 

 また、二人はカギがこの魔法世界に来ていることを未だ知らないでいた。カギはウェールズの田舎で寝坊して、ここにこれなかったと思っているからだ。なので、カギ以外の何者かが、カギと同じ力を持っていると考えた方が妥当だった。

 

 とは言え、問題は誰が何故その力を持っているか、ということではない。その力の強大さは、カギを見て理解しているのが二人だ。その力が自分たちに牙を向くということが、今の二人が抱く不安なのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 少し時間をさかのぼり場所を変えると、戦いに明け暮れる二人の男が映った。それこそ数多とコールドだ。どちらも同格、拮抗した状態のまま、勝負がまったくつかないという様子だった。

 

 

「素晴らしい。あれだけ差があったはずだと言うのに、もうここまで差を縮めてきている!」

 

「あったりめぇだろうが! 目標はテメェじゃねぇんでね!」

 

「俺よりもっと高い目標があるのか。なるほど、それなら納得だ」

 

 

 数多が右拳を出せば、そこを的確に狙ってコールドが蹴りを放つ。数多が左足を使いコールドの右足を狙えば、コールドは確実にそれをかわし、その伸びた左足を狙ってくる。されど、数多は伸びた左足を瞬時に上に振り上げることで、むしろ回避しつつもコールドの顎を狙ったのだ。

 

 だが、コールドは後ろに飛び上がる形で回避、その反動で右足を持ち上げ、数多の上半身へ鋭い攻撃を放ったのだ。それでも数多もそれを後ろへ一歩下がることで回避し、瞬動を用いて宙に浮いた状態のコールドへと右拳を伸ばした。

 

 しかし、コールドは上下逆転した状態から地面を殴ることで、空に舞い上がった。故に、数多の拳はコールドの頭ギリギリのところでかわされ、コールドは上空で回転し、足に張り付いた氷の刃で上から数多を攻めた。

 

 数多はそれに対し、しゃがみこんで一撃をかわし、体をばねにすることで瞬発力を利用し、回転するコールドへと燃える拳を叩きつけたのだ。

 

 そこでコールドの凍て付く脚と数多の焼け付く拳が衝突し、爆発的な蒸気が生み出された。その蒸気は次の瞬間、コールドと数多を中心に吹き飛び一瞬にして周囲が晴れ渡った。

 

 どうして蒸気が晴れたか、それは数多とコールドの拳と脚が、何度も超音速で衝突したからだ。その衝撃の数々により、蒸気が吹き飛ばされてしまったということだった。

 

 そして、数多とコールドは渾身の攻撃を同時に放つと、それも先ほどと同じように相殺された。もはやどちらも引かぬ状態、両者ともに勝負がまったくつかない完全に膠着した様子だった。

 

 

「実にいい。これほどの好敵手は久々だ」

 

「ああ、俺もそう思うぜ。テメェみてぇなのがいると、成長ってやつが実感できる」

 

 

 二人は一度互いに距離をとると、小さく笑って互いを称えた。

 

 そこでコールドは思った。

あの学園祭だかで出会った時なんかよりも、数多がすさまじく強くなっているということを。

それに対して喜びを感じ、ふつふつと湧き上がる高鳴りすらも感じていた。

 

 それは数多も同じだった。

やはりライバルが目の前にいるというのは、自分が強くなっていることを理解しやすい。相手が強敵であればなおさらだ。故に、自分が着実に強くなっていることに喜びを感じていた。強くなっていることを実感していた。

 

 

「だが、まだまだ俺には追いつけない!」

 

「ほざくなよ! 今すぐこの場で抜き去ってやるよ!!」

 

 

 とは言え、自分の方がまだまだ上、この程度では自分を倒せんと、笑いながらコールドは叫んだ。

そして、その瞬間数多へと攻撃をしかけようと、瞬動を使い加速したのだ。

 

 数多はそれに対して、今ここで倒してやると大きく吼えた。

それは挑発された怒りではない、純粋にこのまま強くなり、一つの壁である目の前の男を乗り越えるという意味だった。また、コールドが攻撃へと移行したのを見て、再び両手から炎を出し、臨戦態勢を整えた。

 

 

「何だ!? この光は!?」

 

「ちぃ!! いいところだと言うのに……!」

 

 

 だが、そこで突如として上空が真っ白に染まりあがった。それこそアーチャーが放ち、上空で爆破した矢の光であった。

 

 数多はその光を見て、一体何事だと思い驚いた。

もしや敵の新たな攻撃なのではないか、そう考えた。

 

 ただ、コールドはその光の意味を理解していた。

それは撤退の合図だったからだ。そう、アーチャーが矢を上空で爆破したのは、ここで戦う多くの味方全員に撤退の合図を知らせるためのものだったのだ。

 

 故に、コールドはかなり歯がゆい表情をしていた。

これからが楽しくなるところだった、戦いがさらに加速していく時だった。そんな時に撤退命令が出た故、悔しくて残念で仕方がないと言う様子を見せていた。

 

 

「……非常に腹立たしいことだが、今回はこれで終わりのようだ」

 

「何言ってやがる!!」

 

 

 コールドは歯を食いしばりながら、先ほどとは打って変わって表情を暗くしながら、この戦いの終了を告げた。

いや、実際は終わりたくないし、これでは不完全燃焼であると感じていた。それでも撤退命令が出たならば、潔くそれに従わざるを得なかった。

 

 ただ、数多はそんなことなど関係ない。ここでケリをつけんという様子で、勝手なことを言うなと叫んだ。

 

 

「悪いな。次があれば再び合間見えよう。ではな」

 

「まっ! ……クソッ! あの野郎……、水の転移を使えるのかよ……!」

 

 

 はっきり言えばコールドも、ここで逃げ出したいとは思っていない。コールドもここで決着をつけてもよいとさえ、考えていたからだ。

 

 故に、悔いを残したような表情で一言謝り、次を楽しみにしていると言葉に残すと、自分の足に張り付いていた氷を瞬時に溶かしたのだ。そして、次の瞬間、その溶けた氷で発生した水を使い、転移を使って沈んで行ったのだ。

 

 数多は待てと叫ぼうとしたが、その時にはすでに、コールドが水の中に消えていった後だった。コールドが水を使った転移が使えるということに、数多は驚きながらも逃がしたことに苛立ちを感じていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、同じように別の場所で、今度は少女が二人、剣で斬り合いをしていた。片方は二刀流の使い手の月詠、片方は一本の刀を握り締めた刹那だった。

 

 

「流石センパイですわー! これほど見事な太刀は中々お目にかかれませんなー!」

 

「……」

 

 

 両者ともすさまじい速度での斬撃を繰り広げ、無数に交差し、そのどちらもそれを剣で受け止めていた。

 

 それを楽しそうに、愉快そうに、悦に入った表情で月詠が笑って剣を振り回していた。

 

 刹那の鋭く研ぎ澄まされた剣撃は美しい。このような腕前の剣士など、そうそう存在しないだろう。だからこそ、だからこそ、目の前で鋭い目を見せる刹那と斬り合いたかった、そう月詠は考えながら、ただひたすらに剣を振るった。

 

 しかし、刹那は無言のまま、静かに、冷静に、精密に、月詠が放つ鋭利な斬撃を受け止め、またはかわしていた。今、刹那が思うことは一つだけ。目の前の月詠が予想以上に強いことだ。

 

 京都においては一瞬で刀をへし折ったが故に、その力を見ることは無かった。

だからこそ、ここで合間見えてようやく理解した。この女は強い。研ぎ澄まされた刃のごとく、されど荒れ狂う荒波のごとく、その剣の鋭さと荒々しさを実感していた。

 

 

「あの時は刀をやられてしまいましたが、今回はそうはいきませんえー」

 

「やはり、同じ手は食わないか」

 

「あたり前ですわー」

 

 

 そう、京都では刀が折られてしまったので、あれ以上斬り合いができなかった。

それだけが月詠の心残りであった。本来”原作”ならば、それ以降も何度か戦う機会があった。だが、ここではそれがなかった。すぐに事件が解決してしまったからだ。

 

 そのため、月詠はこの瞬間をずっと待ちわびていた。長い時間、待っていた。

また、あの時と同じようにはなるまいと、刀が折られぬよう細心の注意を払いつつ、繊細かつ大胆に剣を縦横無尽に振るっていたのだ。

 

 刹那とて、その程度のことはわかっている。

同じ手を食らうほど、相手も馬鹿ではないことを。

 

 それ以外にも、剣と剣が交われば交わるほど、月詠の剣が鋭さを増していることにも気が付いた。それは月詠が悦びで調子があがり、加速的に苛烈している証拠であった。

 

 月詠は刹那の一言に、笑顔で答えた。

当然、あの時の時の二の前にはならない。これほどの斬り合いが一瞬で終わってしまうのは、面白くないからだ。

 

 

「この打ち合いの時こそウチの至福の時。すぐに終わってしもうてはもったいあらへんやないですか~」

 

「くっ……!」

 

 

 刹那との斬り合いこそが今の月詠にとっての、最も幸福の時間だった。

思うことなら勝負が付くことなく、ずっと戦っていたいとさえ思うほどに、この果し合いに熱が入っていた。

 

 しかし、刹那は逆だ。

この戦いを長引かせる訳には行かないと考え、いかにして早く月詠を倒すかを考えていた。何せ、アスナやネギたちがどうなっているのかわからない。できれば早く加勢に行きたいと考えていた。

 

 それだけではない。目の前の月詠はどんどん加速的に動きをよくしている。どれほどまで強くなるかわからないが、月詠がこれ以上強くなるのは面倒だった。

 

 であれば、決着を早くつけるしかない。だが、目の前の月詠が、そうさせてはくれなかった。

 

 

「うふふー、本当にセンパイは強いですな~。でも……」

 

「呪符……?!」

 

 

 そこで月詠は刹那の剣をかわしながら、一つの符を取り出した。

刹那はそれを警戒するが、その符が解き放たれた時にはすでに遅かった。

 

 

「なっ!?」

 

「隙あり~!」

 

 

 なんということか、符からは小さな河童が召喚され、刹那の服を剥いだではないか。この式神の河童はスーパーかぱ君と言い、脱がし専門に作られた式神だったのだ。

 

 刹那は突然のことで理解が追いつかない様子だった。

そこへ月詠が、一瞬動きの止まった刹那へと、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 

「……でも、なんだ?」

 

「……いえー、なんでもありません。今のに反応できるなんて、ホンマにセンパイは強いですな~」

 

 

 だが、刹那はその月詠の攻撃を、しっかりと刀で受け止めていた。いや、それは今しがた刹那が振るっていた刀とは、多少異なるものだった。

 

 柄と刃が分離し、その中央には宝玉状の物体がついていた。それこそアーティファクトである、”建御雷”だった。そう、すでに刹那は木乃香と仮契約を結んでいたのだ。そして、アーティファクトを展開したことにより、和風のメイド服へ着替えていた。

 

 とは言え、建御雷はマスターである木乃香の魔力を用いて巨大化などの力を操る。今ここに木乃香がいないため、その機能は使用不可能だ。それでも、単純な剣としてなら扱えるので、特に問題はなかった。

 

 刹那はそれで月詠の剣を受け止めながら、睨みつけてそれを述べた。

先ほどの言葉の続きはなんだ、何が言いたかった、続けろと。

 

 月詠はそれを聞いて、少し静かになった後、再び笑顔でそう答えた。

いやはや、一瞬固まったはずだというのに瞬時にそれに対応し、すぐさま切り返して自分の不意打ちを受け止めた。

 

 なんという強さだろうか。これだからセンパイとの戦いはたまらない。愉しすぎてとまらない。そう思っていた。

 

 

「うふふふふ、それなら、もっともっとウチのこと、気持ちよくしていただきましょか、センパイ?」

 

「……いや、すぐに終わらせてやるぞ、月詠……」

 

 

 ああ、ならば、ならばさらに愉しみたい。もっと戦っていたい。

月詠はそう考え、さらに頬を紅潮させながら、刀を握りなおして刹那へとゆっくりと近寄った。

 

 だが、刹那は今ここで、すぐに戦いを終わらせると決めた。

これ以上長引くのは厄介だ。面倒だ。仲間が心配だ。故に、建御雷を強く握り締め、最大の奥義で迎え撃つことにした。

 

 

「爆発!?」

 

「はれま……」

 

 

 しかし、ここで遠くの空で光が発生した。

それはアーチャーが放った合図だった。刹那はそれに気を取られ、月詠もそれを見て残念という顔を見せていた。

 

 

「うふふ、本当に本当に残念ですけど、終わりの時間が来たみたいですなー」

 

「何!? 逃げる気か!?」

 

 

 月詠はそれなら仕方がないと、されど次回を楽しみにすればよいと、笑いながら逃げる準備へと入った。

刹那は突然の月詠の態度に、逃げる気であることを悟り、逃がさんと月詠へと攻撃を行った。

 

 

「この続きはまた今度で、楽しみにしといてくださいなー!」

 

「待て……! 逃げ足の速いやつめ……」

 

 

 月詠はその攻撃を後ろへ下がり回避し、最後に言いたいことを言い残すと、転移の符を用いて消えて行った。

刹那は転移する前に攻撃しようとしたが、時すでに遅く逃げられた後だった。

 

 一人残された刹那は、月詠を取り逃がしたことを悔しく思いながらも、爆発にて光った場所を目指し移動し始めた。

一体何が起こったのかまったくわからない。ネギやアスナに何かあったのか、そう心配したからだ。こうして、決着がつかないまま、この戦いの幕は閉じたのだった。

 

 

 しかし、ここ以外にもまだ戦いがあったはずである。

その戦いはどうなったのだろうか。どんな結末を迎えたのだろうか……。

 

 

 


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