理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百三十九話 男たちが来る

 アスナは魔族の男の攻撃により、街の細い路地裏へと落とされた。幸いにも大きなダメージはなく、すんなりと着地はできた。

 

 

「っつ……! やられた……!」

 

 

 とは言え、これで完全にネギを見失ってしまった。それでもアスナは焦らずに、敵の攻撃にしてやられたと思いながらも、建物の壁に隠れ次の攻撃を警戒するのだった。

 

 

「でも……、何で積極的に攻撃してこないの……?」

 

 

 しかし、敵は追撃に来なかった。一体どうなってしまったのだろうか、何を考えているのだろうか。アスナはそれを考えながら、敵がいた方を確かめようとゆっくりとそこを覗こうとした。

 

 

「それはなぁ!」

 

「ここにお前が落ちて来ればそれでいいからだよ!」

 

「新手!?」

 

 

 すると、路地裏の奥から二人ほどの人影が現れた。それはまさしく”完全なる世界”に属する転生者だった。

 

 彼らは偉そうな顔で偉そうに吼えながら、アスナがここへ来るのを待っていたと豪語した。

そう、ここにアスナを叩き落すことだけが、あの魔族の任務だったのだ。

 

 アスナは突如現れた敵に、ハマノツルギを握りなおして身構えた。そこでアスナは、彼らは自分を囲って捕まえようと言う気だと考え、逃げるか戦うかを選んでいた。

 

 

「フハハッ!!」

 

「影から……!?」

 

 

 だが、さらに唐突に高笑いが、アスナの真下から聞こえてきた。

なんと、アスナの影からもう一人敵が現れたのだ。影のゲートを使い、影の中から登場したのである。また、その敵はアクロバティックな動きとともに、アスナの首に小さなペンダントが一つついたネックレスをかけたのである。

 

 

「何……!? これ……!?」

 

「クックックッ、なんでしょうねー!」

 

「何でしょうねぇー!」

 

 

 急に出てきた敵から怪しげな装飾を装着され、アスナは困惑した。

この意図は一体なんだというのだろうか。これには何か大きな意味があるのだろうか、そう考えた。

 

 すると、アスナのもらした言葉を聞いて、敵が意味深にケタケタ笑い出した。

まるで小馬鹿にしたような、罠に嵌ったウサギを見るような目で、アスナを見ていた。

 

 

「このっ! ふざけないで!!」

 

「おらよぉ!」

 

 

 目の前の敵三人の鬱陶しい態度に、アスナは頭にきたようだ。

ネギを見失い、多少なりと焦っているという部分もあった。そこですかさずハマノツルギを振るい、その敵へと攻撃を仕掛けたのだ。

 

 敵もそれを察知したのか、三人の中の一人が飛び出しそれに応戦した。この転生者は三人の中でも最も接近戦に長けるようで、日本刀らしき剣で切りかかったのだ。

 

 

「くっ! はぁ!!」

 

「何!? こいつ強いぞ! 早くしろ!!」

 

「わかってるよ! オラジオ・ラジオ・ジライゲン!」

 

 

 だが、アスナの攻撃はすさまじく激しかった。

転生者はアスナの鋭く重い剣撃に驚き戸惑い、たじろいだ。一撃一撃受けるたびに、転生者は手が痺れる感覚を覚え、その剣の重さに恐れおののいたのだ。

 

 故に、次の作戦を他の転生者にせかした。

目の前のアスナはかなり強い。抑えていられるのも短期間のみだと直感したからだ。

 

 また、せかされた転生者もそれを理解したようで、早々に呪文を唱え始めた。

 

 

「契約により我に従え高殿の王、来たれ巨神を滅ぼす燃ゆる立つ雷霆!」

 

「詠唱……!?」

 

 

 とても長い詠唱。明らかに大魔法の詠唱だ。アスナはその詠唱を聞き、ふとそちらの方を見た。

 

 

「余所見してる暇はねぇ!」

 

「こっちだって、こんなところで時間かけてる場合じゃないのよ!」

 

「があっ!? 早くしろぉ!」

 

 

 アスナに接近戦闘を挑んだ転生者は、余所見をしたアスナへとチャンスとばかりに激しく攻撃を行った。

だが、アスナもそちらに再び集中し、その攻撃を簡単に防ぎ、むしろ逆に押し返したではないか。

 

 敵は簡単に逆転され、苦悶の声をもらしていた。

なんだこの目の前のアスナは。本当にあのアスナなのだろうか。そう疑問に思いながらも、何とかアスナを抑えながら、詠唱を早く終えろと叫んだのである。

 

 

「百重千重となりて走れよ稲妻! ”千の雷”!!」

 

「千の雷!? だけど私には通じないわよ!」

 

 

 そして、敵が詠唱を終えたようだ。その魔法は”千の雷”。雷系で最も強力な大魔法で、膨大な雷が雨あられに降り注ぐ、広域魔法である。

 

 しかし、アスナには魔法無効化能力がある。魔法はなんら彼女に危機を与えることはできない。故に、アスナは千の雷と聞いても、余裕の様子だった。

 

 

「いいや、狙うのはお前じゃない」

 

「俺だ!」

 

「何を!?」

 

 

 そんな余裕のアスナへと、敵はそうではないと言い出した。

この千の雷が狙うのはアスナではなく、別だと。

 

 さらに、千の雷に撃たれるのは俺だと、もう一人の影から出てきた転生者が言い出したのだ。

 

 一体これはどういうことだろうか。仲間を攻撃して何をしようと言うのか。アスナは意味がわからないという顔で、敵の行動を模索していた。

 

 

「なっ!? えっ!? ああああぁぁぁぁ!?」

 

「はっはっはっ! 成功だ! やったぞ!」

 

 

 そこへ千の雷が、その転生者へと降り注いだ。雷が千も束ねられたような、激しい雷撃がその転生者を襲ったのだ。

 

 しかし、なんということだろうか。千の雷を受けた転生者は無傷だった。いや、その転生者はどういう訳か、その千の雷を無効化していたのだ。

 

 また、アスナにかけられたペンダントが光だし、アスナが突如として苦しみだした。

アスナは意味がわからなかった。一体何が起こったのか、まったく理解できなかった。ただただ、謎の虚脱感と苦痛とを全身に受け、小さく悲鳴を漏らすだけだった。

 

 いや、この感覚はどこかで覚えがある。アスナはふと、それを思い出していた。どこだったのだろうか、いつだったのだろうか。それを必死に探っていた。

 

 そのアスナを見た敵は、高笑いをして喜んでいた。

作戦が成功し、喜びを全身で表していた。うまくいった、これで勝ったと言いたげだった。

 

 

「何を……したの……!?」

 

「何って? 簡単だぜ。お前のその邪魔な魔法無効化を奪ったのさ!」

 

「何ですって……!? まさか、このペンダントが……!?」

 

 

 アスナは今の現象を、敵へと尋ねた。

敵が千の雷を無効化し、自分が苦しんでいる。これは何かおかしいと考えたからだ。

 

 すると、敵は愉快そうな顔でそれを親切にも教えたのだ。

アスナが持つ魔法無効化能力を、こちら側が有効利用していると。

 

 それを聞いたアスナは、ハッとして胸元のペンダントをすぐに見た。

まさかこのペンダントが、悪さをしているのではないかと察したのだ。

 

 また、この力は自分が昔幽閉されていた”塔”と似ているということに気が付いた。

先ほど受けた感覚は、幽閉されていた塔で自分の能力を利用されていた時と似た現象だと。

 

 

「そのとおり!」

 

「もはやお前の鎧は剥がれ落ちたも同然!」

 

 

 敵はアスナの言葉に、まさに正解だと言い出した。

その隣の敵もこれでは自慢の魔法無効化も使えまいと高笑いしていたのだった。

 

 

 ……このペンダントは”原作”では、悪魔であるヘルマンが麻帆良に現れた時に使われたものだ。いや、実際ここでもヘルマンはそれを持ってきていた。ただ、使う機会が訪れなかっただけである。

 

 ヘルマンはメガネの男たるマルクが操るO.S(オーバーソウル)、ミカエルの剣で貫かれ消滅した。

だが、ペンダントだけは無事だったので、転生者たるアーチャーが頃合を見計らって、回収したものをここで今使ったのだ。まあ、その時にアーチャーはゴールデンなバーサーカーに見つかり、追われることになったのだが。

 

 

「だったら引きちぎって……!」

 

「無駄無駄ぁ! それは装備してる本人でははずせず壊せない呪いがかかってるのさ!」

 

「くっ! 切れない……!」

 

「だから無駄だって!」

 

 

 ならば、これをはずせばいい。アスナはそう考え、ネックレスを握り千切ろうとした。

だが、敵はその行動は無意味だと笑っていた。

 

 何故ならそのペンダントには呪いがかかっており、装備している本人ははずすことも壊すこともできないからだ。当然のことだが、はずされないように対策がされていたのだ。つまり、これをはずすには他人に取ってもらうしかないのである。

 

 アスナは力強くネックレスを引っ張るが、まるで何十本も束ねられたワイヤーのように硬く、まったく千切れそうになかったのだ。

別の敵もそれを見かね、無駄無駄と叫び嘲笑っていた。

 

 

「よーし! もう一度だ!」

 

「すでに! ”千の雷”!!!」

 

 

 そして、敵はさらに千の雷を撃たせ、アスナを弱らせようとした。

魔法を使った敵もそれをすでに考えており、詠唱を完成させていたのだ。

 

 

「ああっ!? うあああああああぁぁぁぁぁっ!?」

 

「どうだぁ! 強制的に能力を行使させられるつらさはよぉー!」

 

 

 アスナは再び魔法無効化を強制的に使用され、苦痛を訴えるように叫んだ。

また、過去の幽閉されていたあの時の苦痛も、脳裏に映った。

 

 してやられた。まさかあの時と同じように、自分の力を利用されるなんて。

そうアスナは思いながら、全身へと発せられる痛みに耐えていた。

 

 そんな苦しむアスナを、敵は笑いながら眺めていた。

あのペンダントの効果は絶大だ。すばらしいものだと。

 

 

「くっ……うぅ……」

 

「そんでもって……」

 

 

 また、この状況のアスナは無防備であった。他者に魔法無効化を奪われ苦痛を感じているこの状況では、とっさな行動は不可能だった。かろうじて武器を手放さず両足で立っているものの、それが限界だったのだ。

 

 そこへ今魔法を使っていた敵が、その隙を突いた。

その敵はそこで肉体強化の魔法を用いて、アスナへ一瞬にして接近したのだ。

 

 

「”風花・武装解除”!!」

 

「っ……! あっ……!?」

 

 

 敵とアスナの距離はゼロ。密着した状態だ。敵は杖をアスナの胸の下付近に押し当て、一つの魔法を放った。それは風属性の武装解除だった。そして、武装解除は武具を剥ぎ取る魔法、脱がす魔法だ。

 

 アスナは密着状態からの武装解除だったが故に、ハマノツルギで防ぐことができなかった。そのまま強風の力により服はおろか下着すらも、花弁に変えられ消し飛ばされてしまったのだ。つまりだ、アスナは今、何も着ていない生まれたままの姿にされてしまったということだ。

 

 ゼロ距離だったとは言え、本来ならばキャンセルできるはずの武装解除すら、アスナはその身に受けてしまった。ハマノツルギで無効化することすらかなわず、その魔法が直撃してしまったのだ。ただ、ハマノツルギには魔法無効化の力がある。そのおかげでハマノツルギだけは手放さずに済んだようだ。

 

 そして、服を散り散りにされたアスナは、自分の今の状況を見て目を見開いた。こんな街中でこのようなあられもない格好にさせられ、一瞬にして顔を耳まで焼けた鉄のように真っ赤に染め上げていた。

 

 

「……このっ!!」

 

「うおっと!? あっぶねぇ……!」

 

「あの状態で攻撃できんのかよ……」

 

 

 しかし、アスナはなんと恥ずかしさに耐えながらも、怒りをぶつけるようにハマノツルギを、目の前の魔法使いの敵へと振り抜いたのだ。

 

 魔法使いの敵は寸前のところでそれを回避し、焦った表情のまま仲間の近くへと下がった。剣を持った敵も今のアスナの攻撃には驚かざるを得なかった。脱がされても反射的に攻撃してくるとは思ってなかったのだ。

 

 

「しかしまぁ! ぐへへははは!! 丸裸になっちまったなぁー!」

 

「ふひひへへへへ!! 最高だな! 最高だなぁ!!」

 

「おーおー! いい眺めじゃねぇかよぉー! あぁん?」

 

 

 それでも、遠くから眺める分には危険を感じなかった。故に、そんな状態のアスナを、敵たちはニヤニヤとニタニタと、下品な笑いを出しながらいやらしい目で眺めていた。

 

 そうそう、こういうものこそがネギまの醍醐味。女の子が裸になるって最高だ。そう言いながら下劣な嘲笑でこの場を埋め尽くしていた。

 

 

「こっ……、この……!」

 

「おーいおい、まだ戦うってのかよ!」

 

「諦めろって。もう終わりだ!」

 

 

 だが、アスナはこの状況になっても、未だ諦めてはいなかった。

恥ずかしがりながらも、目の前の敵への威嚇は怠らなかった。まだ負けてはいないと、目で訴えていた。鋭い目つきで、ここで捕まってたまるか、終わってたまるかと無言の威圧を見せていた。

 

 しかし、敵はもはや丸裸のアスナに恐れることなど何もなかった。

こんな姿になってまで戦おうとするアスナを、ただただ笑いものにするだけだった。もう終わったのだと。戦いはお前の負けだと言葉にしていたのだ。

 

 

「ヒハハハー!! ”千の雷”!!!」

 

「ああああぐうああぁぁぁ……!!」

 

 

 そこへとさらなる千の雷が、大地に落とされた。無論、それも転生者の一人に落とされ、先ほどと同じように魔法無効化によってかき消された。また、当然同じように魔法無効化を強制使用させられ、アスナは苦しみ悲痛な悲鳴をあげたのだ。

 

 

「今だ! ハイヤー!!」

 

「しまっ!?」

 

 

 その苦しんでいる瞬間を、剣を持った転生者は見逃さなかった。アスナの四肢の力が緩んでいる隙をつき、すばやく彼女の前へと移動した。そこで武装解除でもはじくことができなかったハマノツルギを、握っていた剣で弾き飛ばしたのだ。

 

 アスナは武器すらも遠くへ飛ばされ、かなり焦った顔を見せた。ハマノツルギがあればある程度魔法を無効化できる。それすらなければ、もはや完全に無防備となってしまうのだから。

 

 しかも、武装解除で裸にされた恥ずかしさと、今のダメージで咸卦法での強化をといてしまった。ハマノツルギと咸卦法での強化を失ったアスナは、本当にただの裸の少女しかなかったのだった。

 

 

「これで武器もなくなっちまったなー?」

 

「完全に詰みにはまっちまったなー!」

 

「まっ……まだよ……!」

 

 

 剣を持った敵は再び仲間の近くへ戻り、アスナを眺めた。あえて追撃しなかったのは、素手での反撃の可能性を考慮したからだ。一人で攻めるよりも、仲間と同時に攻めたほうが安全だと考えたからだ。

 

 別の敵も武器を失ったアスナに対し、勝利を確信する言葉を発していた。

魔法無効化もハマノツルギもない弱ったアスナなど、もはやただの女子中学生同然でしかないと思ったのだ。

 

 だが、それでもアスナはへこたれない。

武器がなくとも戦える。こんな状態でも負けない。負けられない。そう自分を奮い立たせながら、敵をしっかりと睨んでいた。

 

 

「んなら景気づけにもういっちょ! ”千の雷”!!!」

 

「ううあああああああぁぁぁぁ!!?」

 

 

 そんなアスナを完全にへし折ろうと、魔法使いの敵は再び千の雷を仲間へ向けて放った。すると、やはりアスナの力が強制的に発動し、無効化されたのである。

 

 もはや何度もそれを受けて弱っていたアスナは、耐え難い苦しみにより苦悶の声を上げるだけだった。全身を駆け巡るような苦痛に、叫ぶことしかできなかった。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

「すげぇ根性だな、まだ倒れねぇのかよ……」

 

「でも随分弱ってるぜ?」

 

 

 もはや幾度となく大魔法を強制的に打ち消させられたアスナは、慢心創痍であった。脚はおぼつかない様子となり、体はフラフラと揺れていた。戦う力すら残っていないという状態だった。

 

 故か、ヨロヨロと力ない様子で後ろへ下がり、敵から距離をとった。しかし、そこには建物があり、これ以上さがることができなくなってしまったのだ。

 

 それでもなお、アスナは倒れなかった。背中を壁にもたれかけながらも、膝を地面につけることはなかった。負けるものかと言う気合だけで、二の足で立っていた。未だに心は折れていなかった。

 

 

「んじゃ、そろそろ遊ぶとしますかねぇ」

 

「ああ、そうしますか」

 

 

 そこへ追い討ちをかけようと、転生者たちはアスナへとゆっくりと近寄り始めた。このままアジトへつれて帰れば任務は完了だ。ただ、それだけでは面白くない。そう考えた敵たちは、舌をなめずりながら、見繕うような目でアスナを眺め、その距離を一歩一歩と縮めていったのだ。

 

 また、魔法使いの敵は懐から、一つの小さなのっぺらぼうな人形を取り出した。それはあの”パーマン”に出てくる”コピーロボット”だった。多分、他の転生者から借りたか、奪ったものだろう。

 

 

 ……コピーロボットとは、パーマンが自らの正体がばれないように、自分の分身を部屋において置き身代わりにするための人形だ。顔すらない小さな人形だが、顔の中心、鼻の部分にボタンがあり、そこのスイッチを押した人間に化ける道具である。

 

 何故、彼らがこれを持ち出したかと言うと、”栞”がフェイトとともに”完全なる世界”から抜けてしまったからだ。本来ならば栞がアーティファクトを用いて、アスナの替え玉になるはずだった。しかし、フェイトはおろか栞すらいなければ、それは不可能だ。

 

 そこでその役割に最も適していると考えられたのが、この”コピーロボット”だった。何せスイッチを押した本人に変身し、記憶なども引き継がれるのだ。欠点もあるが、これほど適した道具はなかったのである。それを使ってアスナとコピーロボットを入れ替え、本物を連れ去るのが彼らの目的だったのだ。

 

 

「くっ……!」

 

「まだ目が死んでねぇってのは褒めてやるが……」

 

「お前はもうおしまいだぁぁ!!」

 

 

 そんな敵に、アスナはキッと睨みつけたままだった。

自慢のハマノツルギは吹き飛ばされて、遠くに転がっている状態だ。もはや四肢に力は入らず、立っているのが精一杯の状況だった。

 

 それでもアスナは負けたくない一心で、両手に力を込めようと必死だった。

武器がなくても腕がある、足がある。力が入らないだけで、どちらも付いているし動く。ならば、それを使って戦えばいい。

 

 裸が何だというのだ。見られたら恥ずかしい? 目の前の敵に好き勝手されるより、断然ましだ。捕まってみんなの迷惑になるより、ずっとましだ。そうアスナは自身を奮い立たせていた。この状況を打破しようと、最後まで諦めていなかった。

 

 敵もアスナの様子を見て、中々しぶといと考えた。

しかし、所詮もはや赤子同然のアスナなど、敵ではないとも思っていた。彼らにとって今のアスナは、餓死寸前のねずみほどでしかなかった。これで終わりだと叫びながら、歩み脚を加速させたのだ。

 

 

「っ……!!」

 

 

 敵が勢いをつけて迫ってくる。

アスナはそれを見ていた。敵を見失わないように、しっかりと目を見開き、睨みながら見ていた。やれるものならやってみろ、そう思いながら抵抗を試みようと体を動かそうとしていた。

 

 だが、ここで大きな異変が起こった。

 

 

「なっ!? 何ぃぃっ!?」

 

「空から瓦礫が……!?」

 

 

 なんと、突如としてアスナを護るように、瓦礫が上から降ってきたのだ。その瓦礫に驚き、敵三人はたじろいだ。また、敵からは瓦礫とその衝撃で発生した土煙によって阻まれ、アスナが見えない状態となったのである。

 

 

「これは……?」

 

 

 アスナもこの事態が飲み込めずにいた。

突然の瓦礫の雨、一体何があったというのだろうか。土煙が立ち込める中、ふと周囲を注意深く見回していると、一人の男子が瓦礫の後に続き振ってきた。

 

 

「あっ……、まさか……」

 

 

 その男子こそ、アスナがよく知る人物だった。何度も顔を合わせたことのある、背が高く肩幅が広いリーゼントの髪型の男子だった。そして、その男子はアスナを背に、しっかりと安全に脚をバネにして着地すると、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「じっ……状助……!!」

 

「Yes、I、a……ブッ!? なぁ!? おま!?」

 

 

 アスナはその男子の名を、ゆっくりと大きく言葉にした。

そう、その男子こそあの状助だったのだ。状助の登場に喜んでいた。

 

 状助はアスナの後ろにある建造物の屋根を、クレイジーダイヤモンドで砕いて瓦礫にして真下へと叩き落した。それは彼にとってとっさの行動だったようで、アスナが何やらピンチだと感じてそれを行ったのである。

 

 ただ、真上からではアスナがどんな状態なのかまでは見えなかったようだ。壁に追い詰められているというのはわかったが、まさか裸になってるとは思ってなかったらしい。そして、それが彼にとって焦る原因となってしまった。ちょっとした事故になってしまった。

 

 状助は気取った様子でクルリとアスナの方を向き、お決まりの台詞を述べようとしたのだが、それは失敗に終わった。何故なら、状助は今のアスナの格好を見て、驚きのあまり噴出し慌てふためいたからだ。真上からではよく見えなかったが故に、こんなことになってしまったのだ。

 

 

「ななななっ!? なんちゅー格好してるんだオメェはよぉー!!!」

 

「え……? あっ、やっ……、やだっ!」

 

 

 アスナは今、裸だった。すっぽんぽんだった。状助はそれを目の当たりにし、滅茶苦茶焦った。ヤバイと思った。

 

 だから、とっさに目を瞑り顔をそらし、顔を真っ赤にしながら叫んでいた。いやはや、見られてる方以上に、見た方が恥ずかしそうと言う奇妙な状況だった。

 

 また、アスナは状助が現れたことに気を取られ、今の自分の状態を忘れてしまっていた。そこで状助の態度を見たアスナは、ハッとして自分の現状を確認すると、サッと体を丸め顔を真っ赤に染めて恥ずかしがった。

 

 

「ちょっ、ちょっと待ってて……。”去れ(アベアット)”、”来れ(アデアット)”」

 

「もっ……、もういいか!?」

 

「えぇ……」

 

 

 流石に男子の友人に裸を見られたら恥ずかしい。いや、別に友人でなくとも恥ずかしい。アスナは見られたっ!? と思いながらも、この格好をどうしようかとすぐさま考えた。そこで少し待つよう状助に言うと、その方法を思いつき即座に行動に移した。

 

 その方法とは簡単だった。アーティファクトを一度カードへ戻し、再び呼び戻すだけだった。それを行うことにより、仮契約カードに保存されている衣装も呼び出すことができるのだ。

 

 こうしてアスナは漆黒のドレスのような衣装を纏うことができ、手元にハマノツルギも戻ってきたのである。まさに一石二鳥であった。

 

 状助はアスナへもう目を開いて大丈夫か尋ねると、アスナも問題ないと疲れた感じで返した。

 

 何と言うことか、この状助は律儀に今まで、ずっと顔をそらして目を瞑っていたのだ。好奇心で見たいとかそう言うことよりも、何か見たらマズイことになると言う意識の方が強いらしい。

 

 それはやはり、そう言うことをすると、お決まりで殴られると言う印象が強いからだった。ラッキースケベの末に殴り飛ばされるというのは、よくあるパターンだった。状助はその部分に恐怖心を持っていたようで、そうならないよう必死だったのである。

 

 

「ふぅー、驚いたぜぇ……」

 

「それはこっちもよ。でも、なんで状助が……?」

 

 

 もう大丈夫と言われ、ようやく状助はアスナの方を向きなおした。

いやはや、とんだハプニングだった。こんなことになってるとは思わなかった。そんな様子の状助だった。

 

 しかし、それはアスナも同じであった。

何せ状助が突然空から降ってきたのだ。驚かないはずがなかった。また、状助が空から降ってきた理由を、アスナは尋ねた。

 

 

「いやー、騒がしかったんでよぉ、見に来たら案の定だったって訳だぜ」

 

「そう……。あっ! 建物の上に角の生えた男がいなかった!?」

 

 

 状助はその理由を、簡単に話した。

街が騒がしくなったので、何かあったと思ってここへ来たと。

 

 だが、実際は”原作知識”でこの時”イベント”が発生することを急に思い出し、慌ててやってきたということだった。そういえばこの時間のこの場所で、敵が攻めてくるはずだ。それをふと思い出したため、急きょ動き出したのである。

 

 アスナは状助の述べた理由に納得した様子だった。

そこで、再び別の質問を状助へと行った。

 

 それはあの魔族の敵がいなかったかというものだった。あの敵は強敵だった。攻撃を仕掛けた時、何があったかわからない内に返り討ちにされてしまった。それを思い出したアスナは、状助がここに現れたのを考え、敵はどうしたのか疑問に思ったのである。

 

 

「ん? 俺が今来た時には見なかったが……」

 

「そうなんだ……」

 

 

 しかし、状助がここへ来た時には、すでにあの魔族の男は立ち去った後だった。なので、状助はそんなヤツは見てないと、少し困惑した様子で語ったのだ。

 

 その答えにアスナはどうして敵が消えたのか疑問に感じながらも、いなければそれでいいと考えた。

ただ、姿を消しただけの可能性があるし、他の場所に移動した可能性もある。アスナはそれも考え、どうするべきかを悩んでいた。

 

 

「そうだ! このペンダントをはずして! これのせいで魔法無効化が使えなくて……」

 

「そっ、そいつはまさか!?」

 

「……? 知ってるの?」

 

 

 ただ、そこでアスナはそれよりも重要なことを、ハッと思い出し切り出した。

それは首にぶら下がったネックレスのペンダントのことだ。これによって魔法無効化を奪われ、困った状態にされてしまった。

 

 しかも、これはアスナがはずせないように呪いがかかっている。なので、状助にこれを取ってもらうように頼んだのだ。

 

 すると状助は、そのペンダントを見てたいそう驚いた。

まさか、今ここで”このペンダント”が登場するなど、思っても見なかったからだ。

 

 アスナはペンダントを見て驚く状助が不思議であった。

だから、見覚えがあるのかを不思議そうな顔で尋ねたのである。

 

 

「いや……、とりあえず取るぜ」

 

「ええ、お願い」

 

 

 状助はその問いを、あえてはぐらかした。

今はそこが重要という訳ではないからだ。そして、とりあえずは、そのペンダントをとることにした。

 

 アスナもこれが外れさえすれば、先ほどの敵の思い通りにはならないと考えた。

故に、もう一度はずしてくれるよう頼んだのだ。

 

 

「……いやまてよ? 俺にいい考えがあるぜ!」

 

「……?」

 

 

 だが、そこで状助は何やら思いついた様子だった。

そうだ、ただはずすのではなく、何かしら細工をしよう。そう考えたようだ。

 

 ただ、アスナは状助が何を考えているかわからないようで、なんだろうかと言う顔をするだけだった。

 

 

「ちっ! 瓦礫と砂埃のせいで向こう側が見えねぇ!」

 

「今誰かが建物の上から落ちてきたように見えたが……」

 

 

 一方、先ほどの敵三人は、瓦礫と舞い上がった土煙に阻まれた反対側の状況がわからずにいた。また、今しがた人影のようなものも、土煙の立ち込めた中へと入っていくのを見ていた。

 

 

「んなことはどうでもいい! さっさと瓦礫をぶっ壊して煙をなんとかしろ!」

 

「ちっ、えらそうに……。あ?」

 

 

 しかし、これではアスナが見えない。今どうなっているのかわからない。攻撃を仕掛けられない。ならば、この瓦礫と土煙を撤去すればよい。一人の敵はそれを考え、えらそうに剣を持つ転生者に命令したのだ。

 

 剣を持つ転生者はその言い草に苛立ちながら悪態をついた。

そして、とりあえず瓦礫と土煙をなんとかすることにし、瓦礫の方を向いたのだ。

 

 と、そこでその敵は気がついた。何だろう。瓦礫がどんどん、大きくなっていくぞ。変だな、おかしいなと思った。

 

 

「なっ!? 瓦礫がこっちに!?」

 

「来る――――!?」

 

 

 されど、瓦礫が大きくなるはずがない。そうではなく、単純に瓦礫が敵三人の方に飛んできたのだ。その巨大な岩の塊が土煙を吹き飛ばしながら、敵に襲い掛かってきたのだ。

 

 敵たちはそれを見て、かなり慌てふためいた。

あれに押しつぶされれば、死ぬかもしれない。死ななくてもかなりヤバイだろう。だからとっさに防御や迎え撃つ構えを、敵はそれぞれ取ったのだ。

 

 

「うおお、あっぶねー……」

 

「まだそんな元気があったのかよ!?」

 

 

 かろうじて飛んできた瓦礫を回避した敵たちは、この攻撃はアスナが行ったのではないかと考えた。

いやはや、あれほど弱らせておいたと言うのに、まだ反撃する力が残っていたとは。しかし、それももう終わりだ。そう思いながら、瓦礫が飛んできた方を敵たちは向いた。

 

 

「むっ!? アイツは!?」

 

「新手の転生者か!?」

 

 

 すると、敵が土煙が晴れた場所を見ると、アスナとは別に新たに現れた男子を発見した。

状助だ。状助を見た敵は、もしや転生者ではないかと考え、警戒したのである。また、今の瓦礫はその転生者が落としてきたものだということに気が付いた。

 

 

「オメェらよぉ、ちょいとやりすぎなんじゃあねぇのかぁ?」

 

「絶対に許さない……」

 

 

 そんな転生者を、状助はガンつけるように睨みつけた。

まさにメンチを切るというやつだ。すごいキレていた。そりゃ見知った少女、友人が素っ裸に剥ぎ取られていたのだ。頭にこない訳はない。

 

 アスナも当然プッツンしていた。

敵の罠にはまったのは多少なりに警戒不足だった自分が悪いと思っている。

 

 それでも裸にされたというのは、滅茶苦茶恥ずかしかった。裸にひん剥きニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた目の前の敵に、許す訳にはいかないと怒り心頭だった。

 

 

「ふん! 出てきたのはいいが、ソイツを何とかしてからにするべきだったな! マヌケ!!」

 

「やってくれ!」

 

「はっ! ”千の雷”!!!」

 

 

 だが、敵は自分たちが有利なのはゆるぎないと考えた。そう、あのペンダントは未だ健在だったからだ。故に、一人がもう一度魔法を使えと叫び、魔法使いの敵も詠唱を完成させていたのだ。

 

 

「があああああ! があああああ!!」

 

「え!?」

 

「何で!?」

 

 

 しかし、その千の雷はどういう訳か、無効化されずにその敵に命中した。敵は全身を雷で焼かれる痛みから、大声で悲鳴を上げのた打ち回った。

 

 それを見た他の敵たちは、驚き戸惑い焦った。

無効化は成功していたからだ。完璧だったからだ。それが今となって失敗したのは、彼らにとって衝撃的だった。

 

 

「あががが……」

 

「おまっ! 何してんだおい!!」

 

「しっ、知らねぇよ!? おかしいぜ!? あのペンダントは健在なのに……」

 

 

 無効化を失敗し千の雷に撃たれた敵は、ぷすぷすと煙を出しながら黒こげとなり、パタリと倒れ動かなくなった。

 

 そこで他の敵は魔法を使ったヤツに、失敗したことについて文句を言ったのだ。

とは言え、魔法使った敵もこの状況を把握できてはいなかった。一体どうして失敗したのか、皆目検討も付かなかったのだ。

 

 

「マヌケは見つかったようだなぁー! 何の対策もせずに出てくると思ったのかよぉー!」

 

「野郎!?」

 

 

 それを見た状助は、ニヤリと笑いながら敵たちを煽った。

敵たちは何もせずに出てきたと笑ったが、そんなハズがある訳ないだろうと状助は言ったのだ。

 

 敵はその発言に、してやられたのかと考えた。

さらに、一体どんな方法で何をしたのだろうかと、思考したのである。

 

 

「チクショウ! ”千の雷”!!!」

 

「”無極而太極斬”!!」

 

「ゲェェ――――!?」

 

 

 とは言え、そんな悠長に構えている暇などない。復活したアスナと、新たに増えた転生者を相手にせねばならなくなったのだ。

 

 魔法使いの敵はもはやなりふり構わない様子となり、千の雷を唱えた。一人の敵が自らの魔法でくたばったのを受け、焦りが強まった結果だった。

 

 千の雷は文字通り雷を落とす魔法だ。雷の速度を対応するのは難しい。しかし、千の雷は大魔法故に詠唱が長い。いつ発動するかなど簡単にわかるのだ。

 

  であるからこそ、冷静さを取り戻し復活したアスナには、その魔法は通用しない。アスナは、発動した直後に魔法無効化現象を撃ち放つ技を使い、千の雷を消滅させた。来ることがわかれば千の雷レベルの魔法ですら、アスナにとって脅威ではないのだ。

 

 今の千の雷は最高の魔法だった。だと言うのに、あっけなく消滅させられた。それを見た魔法使いの敵は、ムンクの叫びのような顔で絶叫することしかできなかった。

 

 

「ドラァ!」

 

「ぐげ!?」

 

 

 そんな驚く敵へと、状助がすかさず攻撃を行った。状助はようやく習得した瞬動を使い、魔法使いの敵に接近し、その勢いを使いクレイジー・ダイヤモンドの拳をたたきつけたのだ。敵はその拳を顔面でもろに受け止め、血を噴出しながら吹き飛び倒れた。

 

 

「はあぁ!!」

 

「ドバァ!?」

 

 

 同時にアスナも、残りの敵へと攻撃を仕掛けていた。すでに咸卦法を再度かけ直したアスナは瞬動にてすばやく動き、そのハマノツルギを逆刃にし、それを勢いよく敵の腹に命中させたのだ。今のアスナの瞬間的な動きに敵はまるで反応できず、気が付けば悲鳴をあげ膝を地につけ、動けなくなっていたのだった。

 

 

「まったく気がつかねぇクサレ脳みそにわかるよう、しっかりと教えてやるぜ」

 

「……何だとォォ!?」

 

 

 膝をつき動けない敵へと状助は近寄り、どうしてこうなったか説明してやると言い出した。

敵はもはや逃げられない状況となり、叫ぶだけで精一杯だった。

 

 

「俺の能力でちょいと瓦礫の破片をペンダントの宝石と融合させたのさ。それだけで機能は崩壊し、その役目を失ったって訳だぜ」

 

「なっ!? 何ィィ!?」

 

 

 状助はあのペンダントに、小さな瓦礫の破片をクレイジー・ダイヤモンドを使って埋め込んだ。ペンダントは異物である瓦礫の破片と融合させられたことにより、その機能が停止し効能を失ったのだ。それによってアスナが復活できたのである。

 

 まあ、状助も意表をつけれればいいと思ったが、まさか自爆してくれるとまでは思ってなかった。ただ、勝手に自滅してくてラッキーだとも、内心思っていたりするのだった。

 

 敵はそれを聞いて、そんなこと知らないという様子で叫んでいた。

いや、普通に考えれば対策されていると考えるのが当たり前だ。それを驕りと慢心で無視した彼らこそ、確かにマヌケであったということだ。

 

 

「そういう……こと!」

 

「ドギャァ!?」

 

 

 そして、アスナは最後のとどめと言う感じで、強く強く握り締めたハマノツルギを敵に振り下ろしたのである。敵はその直撃を受け、悲鳴とともに気を失い、その場にその場に倒れたのだった。

 

 

「ふん……!」

 

「おーおー、怖ぇ……」

 

 

 アスナはようやく怒りを発散できたと言う様子で鼻息を鳴らすと、おもむろにネックレスを引きちぎり、敵の目の前に投げつけたのだ。

 

 その様子に状助は、やっぱアスナを怒らせると怖いと改めて実感していた。いやはや、昔からわかっていたことだが、敵対したら相変わらず容赦がないなと思ったのだった。

 

 

「で、こいつらどうする? 壁の中にでも埋めちまうか?」

 

「……縛っておけばいいと思うけど」

 

 

 さて、倒したとは言え気絶させただけの敵を、ここに放置する訳にもいかない。状助はそれを考え、ならばクレイジー・ダイヤモンドの能力で、壁にめり込ませてしまおうかと考え言い出した。アスナを怖いと言った状助だが、彼もまた怒らせると随分過激であった。

 

 それに対しアスナは、流石にそこまでは、と言う様子で静かに縄で縛ればよいと言った。

壁に埋めるというのは良くわからないが、それはそれでやりすぎなのではと思ったようだ。

 

 

「いえ、それは我々がやりましょう」

 

「誰だ!?」

 

 

 すると、突如として建物の影から男の声が聞こえてきた。

状助はとっさに反応し、そちらの方を向いて警戒を行った。

 

 

「我々はメトゥーナト様に仕える騎士です」

 

「……? ああ、あのおっさんのか……?」

 

 

 状助がそれを言うと、影から二人の騎士風の男が現れた。

そして、自らをメトゥーナトの部下だと名乗ったのである。メトゥーナトの部下の騎士である、グラディとスパダだった。

 

 状助はメトゥーナトと聞いて、一瞬誰だろうと考えた。

そこでふと、アスナの親代わりの来史渡と言う男の本名がそれだったことを思い出した。

 

 

「あっ、グラディさんにスパダさん。お久しぶりです」

 

「お久しぶりです、アスナ殿」

 

「いえ、我々は久々と言う訳でもありませんが……」

 

 

 また、アスナは二人のことをよく知っており、気軽に挨拶を述べていた。

この騎士二人は彼らが言うとおりメトゥーナトの付き人同然。アスナも見知った仲だった。

 

 それに対し、グラディはそのまま挨拶を返した。

ただ、スパダは珍妙な様子で、それを小さな声で述べていた。

 

 何せ彼らはずっとアスナたちの守護のため、気が疲れぬよう張り込んでいた。なので、自分たちはアスナの顔を毎日見ており、特に久しいと言う訳でもなかったのである。

 

 

「あなたたちがどうしてここに……?」

 

「全てはメトゥーナト様からのご命令で」

 

 

 アスナはそんな二人が何故ここに現れたのか気になった。

それを聞かれたグラディは、簡潔にそれを答えた。

 

 その問いにグラディが簡潔に答えた。

上司であるメトゥーナトから命令を受け、ここに参上したと。

 

 

「この街で大きな争いが起こる可能性があると。それで街で暴れるものどもを捕獲しろと言われました」

 

「そうだったんだ……」

 

 

 また、二人はメトゥーナトからこの新オスティアにて、何かよからぬことが起こることを告げられていた。その時、未だ動けぬ自分に代わり、何かあれば対処し、街の防衛を行うように任されていたのである。

 

 アスナはスパダからの説明を聞いて、なるほど、と思った。

確かに、こうなることが予想されていたのならば、あのメトゥーナト(パパ)ならそうするはずだと。

 

 

「ああ……、それでも最重要任務はアスナ殿の守護ですので」

 

「メトゥーナト様はあなたを大そう心配しておられましたよ」

 

「……別に気を使ってくれなくてもいいのに……」

 

 

 そこでグラディは気を使うように、一番優先されるべきことはアスナの守護だということを説明した。つられてスパダもメトゥーナトの心情を、アスナへと伝えたのである。

 

 アスナはそれを聞いて、嬉しく思い小さく笑った。

ただ、アスナとてそのぐらい理解していたので、そのことを小声でもらしたのだった。

 

 

「しかしまあ、我々が出るちょうど前に、彼が現れてしまったのですが」

 

「え? そうだったのかよぉ……。何かスイマセン……」

 

 

 そして、彼ら二人がアスナを助けようとした時に、状助が先を越した形だった。

状助はそれをグラディに言われ、何か悪いことをしたかもしれないと思い、頭を下げて謝った。

 

 

「気にすることはありませんよ。出遅れた我々が悪いだけです」

 

「それに、アスナ殿をしかと助けられた訳ですから」

 

「そ、それならいいんっスけど……」

 

 

 だが、むしろそれでよかったと、グラディは言葉にした。

初動が遅れたのは自分たちだし、結果的に状助がしっかりとアスナを助けることができたのだ。

それを同じく思っていたスパダも、助けられたのであれば誰でもよいと述べたのである。

 

 それでも状助は恐縮していた。

自分ではなく彼らなら、もう少し楽に助けられたのではないかと思ったからだ。

 

 

「そうよ。それと、助けてくれてありがと……」

 

「おっ、おう……」

 

 

 そこへアスナが状助へ、気にしすぎだと言った様子で語りかけた。

また、まだ言っていなかったお礼を、頬をほんのり染めながら、小さく語り微笑んだのである。

 

 そんなアスナを見た状助は、ほんの少し顔を赤くして、照れながら返事をした。

 

 

「とりあえず、この連中は我々にお任せを」

 

「そう、わかったわ。ありがとう」

 

 

 そんな二人を見てほっこりした騎士二人であったが、こうもしてはいられない。気絶させられた敵のことは自分たちに任せておけばよいと、グラディはアスナへ話した。

 

 アスナもこの気絶させた敵をどうしようか考えていたので、助かったとお礼を述べた。

それにアスナはネギを追う最中だった。早く行かなければ、そう再び考えたのである。

 

 

「じゃ、私は行きます」

 

「あまりご無理をなさらぬように……」

 

「了解!」

 

 

 とりあえず、アスナはネギに追いつきたいので、グラディたちにここを任せることにした。

グラディも行くのであれば、気をつけて欲しいとだけ述べ、気遣いを見せていた。

 

 アスナも今のようなことがないよう、さらに気を引き締めながら、グラディの忠告に元気よく返事をしたのだった。

 

 

「俺も行くぜ! なんだかんだって心配だからよぉー!」

 

「大丈夫? あの時のようなことにならない……?」

 

「これでもちったぁ修行したんだぜ? ま、ちっとだけどよ……」

 

 

 そこへ状助もアスナについていくと言い出した。

今のようなことがないとも言い切れないと考えた状助は、自分もお供することを選んだのだ。

 

 しかし、むしろアスナは状助を心配した。

状助はゲートで瀕死の負傷を受けたことがあった。それを考え、大丈夫なのかと心配そうな声で聞いたのである。

 

 状助はそれに対し、少しは力をつけたと話した。

覇王に修行をつけてもらい、瞬動ぐらいは習得した。

 

 それでも強くなったとは言え、焼け石に水、雀の涙程度の強化ではあると状助は思っていた。なので、最後の方は少し自信がない様子で、少し、ほんの少し強くなった、と述べたのである。

 

 

「そっ。ならしっかりとついて来てよ!」

 

「おうっ!」

 

 

 そこまで言うなら自分のスピードに追いついて来て。

そうアスナは状助に言うと、瞬動を使って瞬く間に空へと跳び上がった。

 

 ネギを見失ってしまったが、行った方向は覚えている。アスナはそれを考え、向かった方角を目指して移動し始めたのだ。

 

 そこで状助もはっきりとそれに返事をし、同じく瞬動を使いアスナを追ったのだった。ちなみに、破壊した建造物はちゃっかり破片に能力を使って、きっちり直して行った。

 

 

「……では、この連中は任せたぞ」

 

「そちらも、彼女を見失わないように頼む」

 

「任せておけ」

 

 

 また、そこに残ったグラディとスパダは、次の行動に移った。グラディはスパダへここに倒れている敵のことを任せ、スパダはグラディへアスナの護衛の継続を任せたのだ。

 

 そして、グラディはスパダへそれを告げると、アスナたちを追って動き出した。スパダもグラディが去った後、敵の捕獲を開始したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、法と小太郎は突如として襲い掛かってきた、笑う男と黒い甲冑の敵と未だ交戦していた。と言うよりも、敵がどちらもしぶとく、なかなか倒せないでいたと言った方が正しかった。

 

 

「絶影!!」

 

「はぁ!!」

 

 

 それでも二人は手を休めず、敵を攻撃し続けた。

法は特典で与えられたアルター能力である真なる絶影を操り、巨大なロボのアルターであるスーパーピンチを何度も破壊。小太郎も甲冑の敵へ何度も打撃攻撃を行ったのである。

 

 

「ハハハハハッハハハッ!!!」

 

「……!!」

 

 

 だが、笑う男は破壊されたアルターを、本当に笑いながら何度も修復して襲わせるだけだった。甲冑の敵も何度も小太郎の拳や脚を受けているにも関わらず、その動きが鈍ることはなかった。

 

 

「あれはピンチバードか!」

 

「なんやこいつ……。人間と相手しとる感覚がせへんぞ!?」

 

 

 そして、笑う男はさらなる力を解放した。スーパーピンチクラッシャーの強化パーツたるサブメカ、ピンチバードを呼び出したのだ。

 

 法はそれを見て、このままではまずいと考えた。スーパーピンチクラッシャーとピンチバードが合体すれば、さらに巨大なアルター、グレートピンチクラッシャーへと変貌するからだ。

 

 また、小太郎も甲冑の敵に苦戦を強いられていた。なんというか、殴った時の感触や動きが、”人間”とは思えなかったのだ。確かに、見た目や息遣いは”人間”であることに違いはない。それでも、”人間”のように痛みを感じたり、自分の体を労わる様子がなかったのである。

 

 

「させん! 絶影!!」

 

「もう一発食ろうとき!」

 

 

 法はスーパーピンチクラッシャーとピンチバードが合体する前に、決着をつけようと攻撃を急いだ。真なる絶影をスーパーピンチクラッシャーの懐へと飛び込ませた。そして、頭部に存在する触手状の武器である、柔らかなる拳、列迅を用いてスーパーピンチクラッシャーを4等分に切り裂いたのだ。

 

 

「なっ! ぐう!? 合体せずに同時攻撃とは……!」

 

「があ!? 今の攻撃を……、避けたやて……!?」

 

 

 しかし、なんと本体であるスーパーピンチクラッシャーを破壊したのにも関わらず、ピンチバードが単独で攻撃を仕掛けてきたのだ。とっさのピンチバードの、翼を使った突進攻撃を法はなんとか回避し直撃は免れたものの、カスリのダメージで吹き飛び地面に横たわった。

 

 また、法はピンチバードが合体せずに、単独で攻撃してくることを予想できなかった。故に、このような攻撃を仕掛けてくることに意外性を感じながら、もう一度ゆっくり立ち上がったのだった。

 

 小太郎も甲冑の敵に攻撃をしかけ、その拳を命中させんとした。だが、甲冑の敵は何と言うことか、無理な体勢をとりその拳をかわしたのである。

 

 小太郎はその動きに驚いた直後、甲冑の敵の巨大な剣が小太郎を襲った。しかも、やはり無理やり体をひねった体勢からの、無茶な攻撃だった。それにより小太郎も吹き飛び、数メートル先で何とか体勢を立て直していた。

 

 

「だっ、大丈夫なのかよ!?」

 

「大丈夫だ……! だが……!」

 

 

 見かねた千雨が法へと無事かどうか叫んだ。

法は今の程度では問題ないとし、自分の怪我は気になどしていなかった。

 

 と言うよりも、それ以上に気にしなければならないことがあったからだ。

それは目の前で再び構成されたスーパーピンチクラッシャーが、ピンチバードと超ピンチ合体を果たしていたからだ。

 

 

「ハハハハハハハハハッ!!」

 

「ヤツめ! まさかこんな場所でアレを使うつもりか!」

 

「どういうことだよ!?」

 

 

 さらに、笑う男はグレートピンチクラッシャーとなった自分のアルターに、笑い声で新たな攻撃命令を下した。

法はその攻撃を察し、あの攻撃をここで使わせる訳にはいかないと考えた。

 

 ただ、当然のことだが、千雨にはそれがまったくわからなかった。なので千雨は一体それはなんだと、大声で問いただした。 

 

 

「ヤツの武器は攻撃範囲が広い。ここで使えば周りの関係ない人々まで巻き込むことになる!」

 

「なっ!? ヤバイじゃねーか!?」

 

 

 法はそれをすばやく説明した。

グレートピンチクラッシャーの武器の一つ、デンジャーハザードは広範囲にも及ぶ射撃武器だ。胸部の脇から連続発射されるデンジャーハザードは、ところかまわず撃ちまくる無差別攻撃だ。

 

 千雨はその説明を聞いて、顔を真っ青にして驚いた。

このままだと自分も後ろにいるハルナやのどかも、付近にいる関係ない街の人も危ない。それを千雨は考え、マズイだろうどうするんだと法へと叫んだ。

 

 

「ああ、だからこそ、そうはさせん! 絶影……何!?」

 

「……!」

 

「アイツ!?」

 

 

 どうすると言われれば、阻止するしかあるまい。

法はそれをはっきり口に出し、その攻撃が来る前にグレートピンチクラッシャーを沈めようとすでに動いていた。

 

 だが、なんとここで小太郎を吹き飛ばした甲冑の敵が、法へと瞬間的に接近してきたのだ。

法はその敵の攻撃を避ける為に、意識をそちらに集中してしまった。それ故、絶影の操作が遅れてしまったのである。

 

 また、小太郎も今まで戦っていた自分を無視し、法を狙ったことに驚いた。

小太郎も法の話を聞いていたので、これはマズイと考えた。

 

 

「ハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

 

「しまっ! やめろ!!」

 

「ちぃ!」

 

 

 そして、とうとう笑う男が大爆笑しはじめ、その凶弾がグレートピンチクラッシャーから放たれようとしていた。

 

 法はそれを見て焦り、静止の言葉を大声で叫んだ。

小太郎もあのでかいのを一人でとめるには、少し骨が折れると考えあぐねいでいた。

 

 

「なっ!?」

 

「え!?」

 

 

 しかし、しかしなんということだろうか。その直後、グレートピンチクラッシャーが光とともにひび割れ、爆発四散して虹色の粒子へと返ったのだ。

 

 それを見た誰もが目を見開いて驚いていた。

一体何が起こったというのだろうか。突如としてあの巨大なロボが爆発するなど、何があったのだろうかと。

 

 

「ハハハハハッッ!?!?!」

 

「!?」

 

 

 その爆発の衝撃でそれを操っていた笑う男が、笑いながら苦悶の表情で吹き飛ばされた。また、それを見た甲冑の敵も、予想外と言うような驚いたような反応を見せていたのだった。

 

 爆発の光が止むと、そこに一つの人影が建物の屋根へと飛ぶのが見えた。その人物の背中が見えた。見知った男の背中だった。

 

 

「あれは!」

 

 

 そこには黒くたくましい背中があった。小太郎はその背中に驚いた。

 

 

「あの男は!?」

 

 

 そこには巨大な黄金の腕があった。法はその腕を知っていた。

 

 

「あの人……!」

 

 

 そこには逆立った赤黒い髪があった。のどかはその髪の人物に見覚えがあった。

 

 

「どうして!?」

 

 

 そこには一人の男が、背を向けて立っていた。ハルナはその男が誰なのかを理解した。

 

 あれは誰だ。あれは何だ。あれは確か、間違いなくあの男だ。どうしてここに。何故今になって。誰もがそう声に出していた。言葉を漏らしていた。

 

 

「一元……!? 一元なのか!? あのカズヤなのか!!? 一元カズヤなのか!!!」

 

 

 千雨はその姿を見て、アイツが来たのか、とうとう来たのかと、そう思いながらその名を叫んだ。

お前なのか、本当にカズヤなのか、それを確かめるかのように間違いないと確信しながらも、千雨は何度も確認するかのように名を呼んだ。

 

 

「おうよ」

 

 

 それに対しカズヤは顔だけを振り返りながら、一言だけ小さく返事をした。

そうだ、この男こそ一元カズヤだった。シェルブリットを特典に選んだ転生者、カズヤだった。

 

 その通りだ、何度も言うな、そんな感じの返事を小さくニヤリと笑って言った。

ああそうだ、俺がカズヤだ。一元カズヤだ。それ以外の何者でもない、これほど馬鹿な男は俺だけだ、そんな顔を千雨へと覗かせていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 数分前、カズヤは直一が駆る車中で、新オスティアの都市部へと向かっていた。今ようやく直一とカズヤは、浮遊する新オスティアの島へと入り、目指す場所へと向かっていた。

 

 空港と都市部では少しだが距離がある。だが、直一が操縦する車ならば、最速で到着するだろう。その間にカズヤは色々考えていた。くだらないことを自問自答していた。

 

 

「なさけねぇよな。喧嘩でボロボロにされてよ。挙句の果てに挑発されて周りが見えなくなるなんてよ」

 

 

 カズヤは思い出していた。ゲートの時、あの連中にボコられて敗北したことを。さらにポケモンの里にて、同じくいいようにボコられ、あの男の挑発に乗ってしまったことを。カズヤはそれに苦心した。

 

 

「んでもって、野郎の言葉なんかに惑わされて、術中にはまっちまうなんてよ」

 

 

 野郎、ナッシュ・ハーネスを名乗ったあの男は、あろう事か自分を踊らせやがった。ヤツの言葉に惑わされ、色々くだらないことを考えてしまった。カズヤはそれを後悔した。

 

 

「野郎が俺を狙う限り周りに迷惑がかかる。お前らには会わず、一人で野郎をぶちのめす……」

 

 

 あのナッシュは間違いなく自分を狙っていた。何が目的かは知らないが、この”(アルター)”を狙っていた。そんな自分が仲間のところに戻っても、きっと迷惑になるだろう。野郎が襲ってくる限り、邪魔になる。だから、カズヤは自分ひとりでケリをつけようと、その方向を目指して歩いた。

 

 

「そんなこと考えてたんだぜ。この俺が……!」

 

 

 いやはや、なんと女々しいことだろうか。わりと自分勝手に生きてきたと思っていた自分が、そんなくだらないことを考えるようになるとは。カズヤはそれを眼を瞑りながら、自分を嘲笑していた。

 

 確かに大きくはみ出すこともしなかったが、それでも好きに生きてきた。それが今はなんだ。誰かのことを気にしている。らしくない、ちっともらしくない。カズヤはそれを思い、情けなかった自分を投げ捨てるように、決意を固めた様子で眼を見開いた。

 

 

「だが、それは罠だ。ちっとも好転しねぇ」

 

 

 それに、この状況は野郎の思惑通りだ。ヤツの流れに乗せられちまってる。腹立たしいことだ。かなりムカつく状況だ。こんなクソ食らえな状況に乗ってても、うまくいくはずがない。

 

 そう考えながら、カズヤは車の屋根へと上がりこんだ。車から振り落とされぬようかがみながら、されどひるむことなく前を向いて遠くを見ていた。

 

 また、直一が操るアルター化した車がさらに加速をつけた。都市部に入ったからだ。もうすぐ目的地に到着するからだ。

 

 

「まずはアイツらのツラを見て、アイツらに色々と考てもらう!」

 

 

 だが、自分じゃうまいことを考えられねえ。考え事は苦手だ。この状況を打破する方法なんて、これっぽっちも思いうかばねえ。

 

 だから、そうだな。まずはお前らの顔を見て、それを考えてもらおう。それしかない。それ以外いい方法が思いつかない。カズヤはなんと自分が自分勝手なんだろうと思いつつ、それが自分なんだと嘲笑(わら)っていた。

 

 そこでカズヤは右腕を分解しアルターを構築していった。虹色の粒子が右腕にあった部分に集まり、巨大な黄金の腕が作られた。

 

 カズヤは既に直一から、この場所で争いがあることを聞いていた。直一も転生者だ。しかもカズヤと違って”原作知識”を持っている。

 

 さらに、聞いたとおり何やら騒がしい、戦いがすでに起こっているようだ。それは自分が向かう先としてはおあつらえ向きの場所だ。どうせどこにいたって戦いが付いてくる。しょうがないことだ。それに戦い自体は嫌いじゃない。

 

 カズヤにもはや迷いはなかった。腹をくくった。仲間にも腹をくくってもらう。はっきり言えば自己中心的だろう。それでもそんなのしょっちゅうだ。もはやためらう必要はないと、カズヤは開き直っていた。

 

 

「俺は馬鹿か? そうだな、馬鹿だな……。ああ、そうさ、俺は馬鹿さ!」

 

 

 ただ、カズヤそんな自分を何も思いつかない自分は馬鹿だと、自分勝手な大馬鹿だとも感じていた。しかし、それが俺。それが自分だ。それを今更変えられない。生前からそうだったことを、今更変えられるはずがないと、カズヤは笑っていた。

 

 そうこうしているうちに、車は都市部の中心へと近づいていた。中心部は人が多い。車を超高速で走らせるのは辛い。そこでなんと直一は、車をジャンプさせ建物の屋根の上へと上ったのだ。

 

 屋根から屋根へ飛び跳ね、時にホバーリングを行いながら、スピードを緩めることなく目的地へと一直線に駆けて行った。その車の上でかがみながら、まだか今かと目的地を見据えるカズヤだった。

 

 

「だからよぉ!」

 

 

 それでもそんな馬鹿な自分が、”今”できることがある。これしかないが、これだけは確実に間違いなく、絶対に可能なことだ。カズヤが今できること、それは一つだけ。一つだけだが、不可能と言わせないことがある。

 

 それを可能にするためにカズヤは、おもむろに立ち上がり行動に出た。車が地面へと下り、急カーブをターンする時に発生した慣性を利用し、車の屋根から飛び出したのだ。そして、地面を思い切り殴ると、目的に向かって一直線に飛び上がったのだ。

 

 

「ただ殴る! それだけだぁッ!」

 

 

 そうだ、今できることは殴ることだ。今がその時だ。ならば盛大に殴り飛ばしてやろう。目の前のあのいけすかねぇ巨大ロボのアルターを粉砕してやろう。

 

 カズヤはもう殴ることだけを考えた。後のことは後で考えればいい。今はただ、目の前に捉えた敵を、殴り飛ばすだけだ。

 

 そこでシェルブリットの装甲が左右に開き、手の甲のシャッターが開いた。シャッターが開いた部分の内部が回転し、強風を起こしてさらに拳を加速させた。

 

 その加速した拳にエネルギーが集中すると、カズヤはそのまま勢いよくグレートピンチクラッシャーの胴体を殴り飛ばしたのだ。その衝撃でたった一撃でグレートピンチクラッシャーは光を伴い大爆発。

 

 まるで胸のマグマを噴出すかのような、熱く強烈な一撃だった。そして、カズヤは建物の屋根に着地し、次の目標を定めたのだ。

 

 

「もう一発っ!!」

 

「ッ!!!」

 

 

 カズヤは建物の屋根を右拳で殴り飛び上がり、落下と同時に甲冑の敵へ目がけて拳を振るった。甲冑の男は突然のことで判断が遅れたのか、その拳を腹部へモロに受けたのだ。

 

 そのままカズヤは甲冑の敵を地面に衝突させ、めり込ませた。このダメージはかなり大きかったようで、ようやく甲冑の男の動きが鈍くなった様子だった。

 

 

「あの男……、今更のこのこと……! しかし、剛なる拳! ”臥龍! 伏龍”!!」

 

「!!!?」

 

 

 法は出遅れたカズヤに悪態をつきながらも、カズヤが甲冑の敵から離れたのを見て、そこに追撃を放った。その法の号令とともにミサイル状の物体が、未だ地面にめり込みもがいている甲冑の敵へと、放たれたのだ。

 

 甲冑の敵はそれを見て流石に焦った感じだった。何か大きなデジャブを感じているような、そんな様子だった。

 

 そして、直後大爆発。臥龍と伏龍が甲冑の敵に到達し、強大な衝撃とともに吹き飛んだのである。

 

 

「……!」

 

「転移……! くっ……、逃がしたか……」

 

「でかい方も逃げおったようやな……」

 

 

 だが、甲冑の敵は何かに反応した様子を見せると、その場から転移して消えていった。法はそれを見て逃がしたことを理解し、悔しそうな顔を見せていた。

 

 また、小太郎もあの巨大なロボを操る敵も、いつの間にかいなくなっていることに気が付き、そちらも逃がしたと思ったようだ。

 

 

「一元!」

 

「よっ!」

 

 

 カズヤは戦いが一段落したところを見て、アルターを解除した。そこへ千雨が走ってやってきて、その名を大きく叫んだ。

 

 そんな千雨へ、カズヤは軽い挨拶を投げていた。

いやあ久々だな、その顔を見るのは何日ぶりだろう、そんな感じだった。

 

 

「お前……!? 何だよその目は!?」

 

「ああ? 別に大したことねぇよ」

 

 

 そこで千雨は、カズヤの右目が閉じていることに気が付き驚いた。

一体何があったのだろうか。とてつもない怪我でもしてしまったんだろうか、そう思った。

 

 が、カズヤはこの原因を知っている。

右腕のアルターが侵食したせいで、こうなってしまったことを知っている。だから、別に気にすることは無いと、気軽な感じで答えたのである。

 

 

「兄ちゃん無事やったんか!」

 

「まあな、あの程度でくたばるかよ」

 

 

 そこへ小太郎もやってきて、カズヤの無事を喜んだ。

また、少し離れた場所でのどかとハルナも、カズヤの無事にほっとした表情を見せていた。ハルナはそれ以外にも、千雨とカズヤの関係を邪推するような、そんな顔を覗かせていたが。

 

 カズヤも同じく仲間たちが無事だったことを見て、安堵する様子を見せていた。

 

 

「よぉ、テメェも元気そうだな」

 

「ふん、よく生きていたな」

 

「ぬかせよ」

 

 

 すると、法もカズヤの近くへゆっくりとやってきた。

カズヤはそれに気が付き、普段と変わらぬ様子で言葉を交わした。

 

 法はそんなカズヤへ、辛辣な挨拶を飛ばした。

とは言うが、法もカズヤの無事を喜んでいない訳ではない。ただ、これがこの男への最大の挨拶だと思っているのだ。

 

 カズヤも法の態度のことは理解している。

なので、そんな法の発言にもニヤリと笑い、小さく文句を飛ばすだけだった。

 

 

「しかし、どうやってここに?」

 

「直一のヤツが送ってくれた」

 

「ヤツもこっちに……。……で、ヤツは?」

 

 

 また、法はカズヤがこの場に現れたことを見て、どうやって来たのだろうと疑問に思った。

それをカズヤに尋ねると、あの直一がこの魔法世界にいると言うではないか。

 

 法はそこに驚きそうになったが、あの男は”自分たちの知らないことを知っている”様子だった。故に、あえてそこはおいて置くとして、その本人はどこへ言ったのかを再びカズヤに尋ねた。

 

 

「アイツなら別の場所へ行くっつってたぜ」

 

「ふむ。確かに周囲が騒がしい。俺たち以外にも攻撃を受けているという訳か」

 

 

 すると、直一は別の場所へ向かったと、カズヤは言った。

何せここは未だ他の場所でも戦闘が起こっている。この状況を考えた直一は、ここをカズヤに任せて別の場所に向かった方がよいと考えたのだ。

 

 それを聞いた法も、直一の意図を察したようだった。この場で戦っているのは自分たちだけではない。他の場所でも戦いが発生していることに、法も最初から気が付いていた。

 

 

「あっ! そうだった! のどか!」

 

「え!?」

 

「あの赤い人の心を読むチャンスだよ!」

 

「ハァ!? まだ諦めてなかったのかよ!?」

 

 

 そんな時、ハルナが思い出したかのように大きな声を上げた。

のどかは突然ハルナに呼ばれ、ビクッと体を震わせて驚いた。

 

 ハルナは最初の目的だった、あのアーチャーの心を読むことを諦めていなかった。

千雨はあれだけの目にあったのだから、諦めたとばかり思っていたようで、まだ続けるのかと大きく怒鳴った。

 

 

「そんなら俺が影で送ったる! 行けるか?」

 

「はっはい!」

 

「おい! ちょっと待て!」

 

 

 そこへ小太郎がのどかへと、そのアーチャーの居場所に送ると言い出した。

影の転移ならば不意を付くことが可能。故に、適役と判断したようだ。

 

 のどかもそれに戸惑いながらも、はっきりと返事した。

準備はできている。今すぐ行けると。

 

 だが、千雨はそれに待ったをかけた。

危険すぎるからだ。相手はテロリストだ。先ほどのように命の保障はないからだ。

 

 

「ほんじゃ、しっかりつかまっとれよ!」

 

「お願いします!」

 

 

 しかし、二人は話を勝手に進め、影を使って転移していった。のどかは小太郎にしがみつくようにして、そのまま影に沈んでいったのである。

 

 

「おい! くそ! 危険だっつってるだろう!」

 

「なら俺も彼女たちを追おう」

 

「どこにいるのかわかるのか!?」

 

 

 千雨は影に消えていった二人に、激怒した様子で叫んだ。

危ないからやめろと、あれほど言ったのにも関わらず、再び戦場へと戻っていった。何かあってからでは遅いというのに、勇敢と蛮勇は違うというのに。

 

 そこで法が一つ提案を出した。

それなら自分も小太郎とのどかを追い、助けると言ったのだ。

 

 千雨はそれはいい判断だと思ったが、影で転移した二人を見つけるのは困難だ。故に、どこに行ったかわかるかを尋ねたのである。

 

 

「いや……。だが、”赤い人”と言うヤツのことならわかる。ソイツがいる場所を探し、そちらへと向かう」

 

「ああ、なら頼む」

 

 

 法はアルター使いではあるが魔法使いではない。転移を追跡したり発見することは不可能だ。

それでも赤い男、アーチャーとやらは一目でわかる。法は直一からアーチャーと自ら名乗る男の情報を貰っていたからだ。

 

 二人がそのアーチャーの下へ行ったのならば、その男を見つけるのが手っ取り早いだろう。そこへ向かえば二人も見つけられ、護ることが可能なはずだからだ。

 

 法がそこへ向かうと言うと、千雨は少し申しわけなさそうに一言頼むと述べた。

先ほどから護ってもらってばかりだというのに、すまないという気持ちがあるようだ。

 

 

「だったら俺も!」

 

「貴様は長谷川たちを護衛しろ」

 

「何だと!?」

 

 

 そこへカズヤも同じく、後を追うと言い出した。

さらにその場所に行けば新たな戦いがある。そう考えての発言だった。

 

 が、法は一人で行くと言い出した。カズヤはここに残った千雨たちを護れとも言った。

それに対してカズヤは、大きく反発する態度を見せたのだ。何せ、目の前の男に命令されるのだけは、非常に気に入らないからだ。

 

 

「彼女たちは戦う力はあまり持ってない。貴様が守れ」

 

「……っわーったよ。だから早く行けよ」

 

「貴様に言われるまでもない……、絶影!」

 

 

 法は力なき彼女たちを残すのは危険だと考えた。ならば、力があるカズヤが残るのが妥当だとも考えた。

 

 機動力なら法の方が高く、追跡に向いている。まあ、護ることに関して言えば、カズヤは殴るだけなのであまりうまい方でもないのだが。

 

 それでも誰かが護ってやらねばならない。故に、カズヤには残ってもらわなければならないと、法はカズヤへ簡潔に説明したのだ。

 

 カズヤはそれを聞いて、少し考えた後にそうすることに決めたようだ。

確かに法の言っていることは正しい。この状況下で彼女たちを残して行くのは、いいことではない。なので、それはわかったからさっさと行けと、手をヒラヒラさせて法を催促したのだ。

 

 法はカズヤが自分の言葉を理解したことに小さく笑った。

そして、皮肉を一言述べて真・絶影の尾の部分に乗り込み、飛行してこの場を去ったのだった。

 

 


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